取材・写真・文/大草芳江
2019年05月07日公開
産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。
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※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。
第3回 産総研EBISワークショップ レポート
「わが社で使える放射光」
「わが社で使える放射光」のようす=産総研東北センター仙台青葉サイト(仙台市)
東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に2023年度完成予定の次世代放射光施設をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「わが社で使える放射光」が2月13日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催され、企業や支援機関担当者ら21名が参加した。企業に新たな事業の柱につながるような気づきの場を提供しようと、産総研東北センターが進める「TAIプロジェクト」の勉強会(EBISワークショップ)の一環で、宮城県内では第1回目の開催となる。
勉強会では、はじめに産総研東北センター所長の松田宏雄さんから挨拶があった後、同センター所長代理の伊藤日出男さんからTAIプロジェクト及びEBISワークショップについて紹介があった。次に、国と共に次世代放射光施設の整備運営を担う一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹さんから「次世代放射光は地域の強い味方」と題した基調講演があった後、東京大学物性研究所教授の原田慈久さんから「放射光で食を科学する」と題して事例紹介があった。最後に「わが社に放射光など先端分析機器はどう役立つのか」をテーマに総合討論が行われ、高田さん、原田さん、東北経済連合会(東経連)常務理事事務局長の江部卓城さんがパネラーを務め、参加者と活発な討論を行った。
◆ 開会挨拶
/国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長 松田 宏雄 さん
本日は産総研東北センターが企画・開催した「Tohoku Advanced Innovation Project」、略称「TAIプロジェクト」のEBISワークショップにご参加いただきありがとうございます。TAIプロジェクトとは、詳細はこの後伊藤からお話しますが、企業の皆様がイノベーションや新たな事業を起こそうという時、これまで新しい技術を一方的に聴くだけではタイムラグが長かったところを、素早く事業化に取り組んでいただけるよう、お互いに意見を言い合える場をつくろうと始めたものです。東北経済産業局様からご指導いただきながら検討を重ね、今回やっと宮城県で第一回目の開催となります。本日はご講演の後に2時間ほど総合討論の時間を設けておりますので、ご参会の皆様からぜひ一言ずつお話いただければ、本会の目的の90%は達成できるのではないかと思います。また本会の終了後にフォローアップのヒアリングに伺うことも考えております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
◆ TAIプロジェクト EBISワークショップについて
/国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長代理 伊藤 日出男 さん
産総研は、旧通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が2001年に統合・再編された研究所です。2015年度からの第4期中長期目標期間(5年間)のスローガンは(技術を社会へ)「橋渡し」の実現で、その実現のために研究組織も7つの領域に再編しました。人員は約一万人で、つくばセンターを中核に全国7ヶ所に展開する地方センターが、それぞれ重点化研究の推進に取り組みながら各地域の企業との連携に取り組んでいます。ここ宮城県仙台市には東北センターがあり、「化学ものづくり」を旗印に研究を進めています。一例として、東北地域産出粘土の持つ特性から高い耐熱性・耐久性・ガスバリア性を有する粘土系材料「クレースト?」を開発し、食洗機に耐えるコーティング材として仙台の伝統工芸品「玉虫塗」に施した事例などがあります。技術コンサルティングから事業化支援まで、さまざまなステージで企業の皆様をサポートする連携メニューをご用意しています。さらに東北各県の公設試験研究所等の方にも「産総研イノベーションコーディネーター」を委託し、地域の企業との連携を深めています。
産業・技術環境の急速な変革が進みつつある中、既存の支援メニューにつながる一歩手前の、企業皆様の曖昧模糊としたニーズを明確化する領域をつくりたいと考え、東北センターでは2018年夏から新たにTAIプロジェクトを立ち上げました。各企業に対する新たな市場の気づきと明確化から新規事業の挑戦を掘り起こし、最終的には新たなニーズとシーズを備えイノベーションによる新産業構造を担えるような企業に発展いただくため、産総研がハブとなって地域の支援機関の皆様と支援を進めるものです。その気づきを得ていただくための勉強会を「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」と名付けています。AIや放射光など、重要そうだけどもよくわからない言葉がどのように自分の会社に役立つのかを一緒に勉強しましょう、というものです。我々からテーマを押し売りするのではなく、皆様からテーマをご提案いただき一緒に勉強する会をシリーズ化していきたいと考えています。その宮城県での第1回目のテーマが放射光です。「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」という気持ちで企業の皆様をお手伝いさせていただきますので、お気軽にご連絡ください。
◆ 基調講演 「次世代放射光は地域の強い味方」
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん
☆→ 講演内容はこちら
◆ 事例紹介 「放射光で食を科学する」
/国立大学法人東京大学 物性研究所 教授 原田 慈久 さん
☆→ 講演内容はこちら
◆ 総合討論 「わが社に放射光など先端分析機器はどう役立つのか」
【パネリスト】
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん
国立大学法人東京大学 物性研究所 教授 原田 慈久 さん
一般社団法人東北経済連合会 常務理事事務局長 江部 卓城 さん 他
伊藤 これから総合討論を始めます。まず、ご講演いただいた高田先生から追加事項等ございましたら、お願いします。
高田 次世代放射光ができるのは5年後とお考えかもしれませんが、すでに利用に向けたは始まっているとお考えいただいてよろしいと思います。実はもう現在15社がSPring-8等の既存の放射光施設を活用した「フィージビリティ・スタディ(FS)」と呼ばれる試験研究を進めています。そこでは、「次世代放射光施設で何が解決できるかだけでなく、今お困りのこと」について、ご相談を受けております。その時に、「放射光を勉強しないでください」とお願いをしています。放射光で解決できるかもしれない課題は、あらゆるところに潜んでおり、それに出会える貴重な機会を損失したくないからです。新しいサイエンスの種は、大企業、中小企業、町工場のあらゆる産業界の「お困り事」に隠れているのです。放射光は、それを照らし出す光です。地域の皆様でお困りのことがありましたら、ご遠慮無くご相談いただきたいと思います。それを学術の先生や、分析会社と解決するためにコウリション(有志連合)コンセプトはこの地域から提案されたのです。次世代放射光施設が完成するまでの5年間は、今の「お困りごと」を解決しながら、次世代放射光施設の活用を考えていく準備期間であるという理解が産業界で広がっています。
伊藤 事例紹介いただきました原田先生からもお願いします。
原田 講演でも申し上げましたように、サンプル周りさえ何とかなれば分析対象は何でも測ることができます。今回のように事例紹介をすると、それに関連したことは皆さんお考えになりますが、全く違うところで皆さんが何に困っているかは、私たちからしてもわからない状態です。私自身は企業さんとの共同研究は多い方ですが、それでも企業さんが本当に困っていることを言い出すのに時間がかかります。それはそういうものだと思っていますし、ある程度話し込まないとわからないことも多いと思いますので、コミュニケーションを重ねていきたいと考えています。その時間は我々にとっても財産ですので、ぜひお願いします。
伊藤 東経連の取り組みについて、ご紹介をお願いします。
江部 東経連の取り組みについて、3点お話させていただきます。1点目は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会にあわせ、東北の情報を発信する拠点を東京都内に設置する計画についてです。東日本大震災から10年目となる節目に、被災地が復興を成し遂げつつある姿と、地域性豊かな食文化など東北の魅力を世界中の人々にアピールする拠点を整備します。
2点目は、国際リニアコライダー(ILC)計画です。北上山地の地下100メートルに全長約20キロメートルの地下トンネルを掘り、直線状の加速器で電子と陽電子を加速して衝突させることで、いわゆるビックバンの状態をつくる素粒子物理学の大型実験施設です。週刊漫画誌「モーニング」(講談社)で人気漫画の「会長 島耕作」でILC特集を連載中ですので、ご興味のある方はぜひご覧ください。ILCに関しては日本学術会議が学術的意義は認めつつも国際経費分担などの課題を挙げ慎重意見を出したところですが、日本政府が正式に誘致を表明するかはまだ検討中の状況です。皆様からもILC誘致を求める声をあげていただくことが一番の力になりますので、ご協力をお願いします。
3点目が、本題の東北放射光施設についてです。建設費約360億円のうち、地域や企業が負担する最大約170億円を確保するため、高田先生がご講演されましたように、光科学イノベーションセンターは、10年間にわたり年間最大200時間ずつ放射光を利用できるコウリションメンバーを民間企業から1口5,000万円で募っています。我々東経連としては、東北の中堅・中小企業にも放射光を利用いただき、繁栄の礎をより築いていただきたいとの思いから、地元企業を対象に、1口50万円の小口資金を募って共同利用の形で参画する仕組み「ものづくりフレンドリーバンク」を設立しました。50万円で10年にわたり年間最大2時間の施設利用権を取得できるスキームです。当面は2口分の1億円を目標に募集中で、現在40数社が参画し、7,200万円ほど集まっています。実は寄付が約半分含まれていますので、実際には年間2時間以上ご利用いただけると考えています。昨年度みやぎ工業会さんとタイアップして加入促進を行ったため、現時点の加入状況は宮城県のものづくり企業が中心ですが、これから東北地域各県へ順次お声がけ予定です。目標1億円のうち7,200万円と、もう枠があまりございませんので、お早めにお申し込みいただけるとありがたいです。また、各金融機関からも関心が高い放射光施設です。ぜひ皆様からも引き続きご支援ご協力のほどよろしくお願いします。
高田 ものづくりフレンドリーバンクは、目標金額を2億円に限ってはおりません。仙台市の10億円の出資との決定的な違いは、民間か自治体かということです。仙台市の出資は、市民の税金を原資としています。よって、研究成果は、当然、仙台市に帰属するものと考えられます。ものづくりフレンドリーバンクの場合は、その成果は出資者に帰属します。プロジェクトに参加するプレイヤーのアイデンティティと、そのインセンティブ・メカニズムを明確化することが、コウリションコンセプトの特長でもあるのです。
仙台市や宮城県は、宮城県下の公設試験機関の職員を集め、次世代放射光を、地域産業の振興や地域の課題の解決にどう活かしていくか、議論する場を設けました。フレンドリーバンクに加入した企業のFSも始まっています。ものづくりフレンドリーバングに参画されましたら、まずは「今のお困り事」を我々にご相談ください。ご出資に納得いただきたいというのが私どもの基本的な考え方です。どうビジネスに活かすかを徹底的に議論する場に我々も加えていただければと思っています。放射光の専門家にとって、企業の「お困り事」は、新しいサイエンスの種がたくさん埋まっている宝の山なのです。次世代放射光は、それを掘り出す道具であり、本多光太郎から始まったものづくりのメッカであるこの地域から生みだされる未知の成果に期待を膨らませています。
伊藤 ありがとうございました。それではお申込みいただいた、企業やNPOの皆様から、簡単にご紹介と、放射光のどんな点に興味を持っておられるか、あるいは期待されているか、お話いただければと思います。
小数賀(リコーテクノロジーズ) 本社がある海老名市から参加しています。我々のミッションのひとつに再生樹脂があります。コピー業界はリサイクルが進んでおり、回収した機械のうち、使用できる部品は新しい製品に再利用しますが、そのまま使用できない部品は粉砕して樹脂に戻してから使用します。その開発に、今回の放射光の技術が応用できたらという興味があります。相談に乗っていただけると我々も早いうちに技術開発を開始し実際に動けますので、ご指導いただきたいと思っています。
松本(リコーテクノロジーズ) 小数賀からも話がありましたように、再生材をもとの性能を持つ樹脂に作り直す開発を行っています。実際にできた再生材を叩いたり引っ張ったり曲げたりして評価するだけでなく、断面を電子顕微鏡で観察して性能評価を結論付けられるのではないかと考えています。しかし現在の装置ではやはり限界がありますので、放射光でどんなものを見ればどんなことがわかるか、ぜひアドバイスいただきたいと思います。
高田 まさに今からSPring-8などでのFSの検討を開始されてはいかがでしょうか。熱処理条件によってソフトマターのダイナミクスがどう変わるとか、架橋構造の分散との関係を可視化することは、ソフトマター全般にとって共通テーマです。中国で2024年に向けて次世代放射光を建設中で、ゴム分子の架橋を外してゴムのリサイクル利用を実現するプロジェクトが青島に作られた「ラバーバレー」で検討が開始されています。そのためには、ゴムの架橋を構成する硫黄(S)や、ゴム分子を形成する炭素(C)などの軽元素を可視化するための光、すなわち軟X線向けの次世代放射光施設が必要です。SPring-8は、8GeVの電子を使う高エネルギーの硬X線の放射光向けの施設ですので、軟X線は、次世代放射光が用いる3GeVの電子に比べて、輝度が100分の1になってしまいます。SPring-8でのFSが、100倍によく見える状態をつくることにも必要な準備になります。
畑中(キョーユー) ものづくりフレンドリーバンクの加入促進を東経連とみやぎ工業会が熱心に行っていたため、将来どのように使えるかはわかりませんが、その勢いに押されて、入らせていただきました。みやぎ工業会の責任者を務めている関係で、放射光とは何か勉強するために参加しました。私は、金属加工を中心に機械加工や金型を生業にしていますので、放射光が将来、我々のものづくりにどのように使えるかを知りたいと思っています。
高田 金型に関してもお問合せを多数いただいています。金型の表面がナノレベルでどのような状態になっているか、どの様な薬剤を使えば、品質の高い製品加工が可能か、放射光で調べたいというご要望です。エネルギーの高い硬X線はモノを透過する能力が高過ぎて、表面の情報に比べて透過した内部の情報がはるかに多くなってしまいます。モノの表面や界面を調べるには、モノを透過しすぎない軟X線が得意なのです。社長の「お困り事」もぜひご相談ください。どのように解決できるかを一緒に考えさせてください。エンジニアリング技術とサイエンスをつなぐのが放射光なのです。
河内(東栄科学産業) ひとつは商社として、地元で起こるプロジェクトに我々がどのような形で参画できるかに興味があって参加しました。ご講演を拝聴して、大きな電子顕微鏡等のご提案も考えられると感じました。また、我々はものづくり事業も行っているため、サイエンスパークにも興味を持っています。原田先生が仰っていたツール開発の側面でも何かお手伝いできることがないかなという思いで、参加させていただきました。
高田 大手商社からもお問い合わせをいただいております。顧客のビジネスを支援するサービスを考えている企業もあれば、科学技術に関する情報をアップロードして追跡調査をするビジネスを考えている企業もあろうようです。単に放射光を使って何かを測定する話を超えた、いろいろな新しいビジネスが、コウリションをきっかけに展開し始めています。
松田 高田先生のご講演で、分析会社がサービスを提供する話がありました。すると今お話になったことは、今まで分析装置を売っている会社さんが、東北放射光を光源として分析のサービスを提供する商売はありということですか?
高田 もちろんあります。それに加えて、企業が有するラボ装置との役割分担が明確となります。放射光を専門とする学術の先生と比較すると、様々な分析装置を有する分析会社は、放射光や、ラボのX線装置、電子顕微鏡などの得意とする分野の事例を多く有しています。よって、課題を解決するための最適な分析装置を選択してくれるという点でユーザーフレンドリーです。技術流出のリスクも低くなります。その利点を活かした実戦的なFSのアイデアを独自に展開しています。計測装置を製造する会社は装置が売れなくなるので困るのでは?と心配する方もおられます。しかし、放射光施設と企業のラボ装置との役割分担が、分析会社のサービスを通じて明確になることで、逆に売れるようになると思います。似たような事例は、SPring-8でも起こりました。
さらに、計測装置の製造会社は計測限界の性能評価と性能証明を、次世代放射光で正確に示すことができるようになるかもしれません。サイエンスパークは、様々なラボの計測装置を備えた分析会社が集い、陳列された分析装置の性能も競う、計測エンジニアリングの見本市のような場となるかもしれません。そうすればコウリションコンセプトが計測エンジニアリングの技術の底上げにもつながるでしょう。その一方で、次世代放射光を活用する先端計測の技術は特注品を必要とする世界です。そこでは秀でた"一品物"を創り出す匠の技を有する地域の町工場の活躍の場となるでしょう。実際に、SPring-8の周辺地域の町工場がそのような立場で活躍しています。
板垣(東栄科学産業) 私もSPring-8の装置を開発した経験があります。そんなチャンスがあればとの思いから、放射光関連のセミナー等には何度か参加しています。
高田 SPring-8でも装置開発経験豊富なものづくり企業の退職者をパートタイムで雇用し、エンジニアリングチームをつくっています。科学技術立国として日本が築いてきた「エンジニアリング」の財産を、しっかりとテクノロジーとサイエンスに結びつけ、次世代に継承し、単なる生産拠点としての「モノづくり」ではなく「価値づくり」に高めていく必要があります。ここでもこの地域の力が必要とされるところです。
石川(宮城大学) 大学で食の研究と教育を行っています。企業の食品開発の担当者からは「美味しさの可視化、数値化で、何か新しい手法はないか」と相談されることが多いので、原田先生の講演を拝聴し、放射光の有効性を感じました。原田先生にひとつ専門的な質問があります。食品の場合、油と水のインタラクションが重要で、油に電波信号を与えるとカラッと揚がる装置があります。油の中の水や気泡も放射光で測れますか?
原田 昔はサンプルを真空中に置いていましたが、今は大気圧下に置いているため、油でも全く問題なく放射光で測定できます。
高田 油と水ならコントラストが強いので、むしろよく見えます。また、料理した食品の旨味をどのように閉じ込めるかや、ボイルのプロセスなど、食品加工方法もテーマになると思います。「食の宮城」をサイエンスでさらに強く支え、付加価値の高い商品の開発に放射光をお役立ていただきたいと願っています。
松田 関連して質問です。軽元素を高輝度で見ようと思えば、集光するので焦げますよね。すると見たい対象がダメージを受けるので、やはり見えない限界はあるのでは?
高田 その通りです。これまでは、放射光ビームを絞っても試料が焦げないように、タンパク質の構造解析を行う時はタンパク質の結晶を低温にして凍らせて計測していました。それでも、完全にダメージを避けることはできません。次世代放射光では集光を活かした計測だけでなく、コヒーレンスと呼ばれる新しい光の性能の活用に大きな期待が寄せられています。コヒーレンスとは、光の波の形が揃う、レーザーと同じのような性質です。こうすると、光が結晶のようになるので、光を当てた領域が複雑に乱れた構造でも、情報理論を使って可視化することができるようになります。光を極限まで絞ってひとつひとつ場所を特定して観察する必要がなくなります。また高性能な検出器を開発が進むと、短い時間でそのことが可能になります。SPring-8の100倍のコヒーレンスの性能を有するという次世代放射光では、そのような新しい光の使い方も始まります。
遠藤(natural science) 仙台で科学教育の普及啓蒙活動を行っています。仙台に放射光ができるということで、理解した上で今後の普及啓蒙に活かしたいと思い参加しました。非常におもしろい講演で、特に水分子の電子状態までリアルタイムにわかると聞いて、わくわくしました。ひとつ基本的な質問ですが、次世代放射光では、どのような原理でコヒーレント光を出せるのでしょうか?
高田 加速器の中で電子のビームが回っています。電子はそれぞれ反発力を持っていますので、広がろうとするのを磁石で無理やり抑え込みます。ところが、電子が向きを変える時、光はまっすぐにしか進めないため、光はそのまま直進します。その光が放射光です。放射光を発する際に向きを変える電子の塊は広がろうとしますので、電子の軌道の曲率を小さくすることにより、その広がりを抑える考え方も、施設が大きくなってきた理由のひとつです。最近の技術革新で、沢山の電磁石を並べて、光源となる電子の塊を、どんどん小さくしぼることができるようになりました。その結果、光の波が揃いコヒーレントな光の割合が増えたのです。
放射光施設は、研究のみならず教育にも大きな効果をもたらします。それは、先端科学の現場に触れるという効果です。実際にSPring-8にも、スーパーサイエンスハイスクールや修学旅行生をはじめから幼稚園まで、子どもからお年寄りまで、多くの方々が毎日のように施設見学に訪れます。そして、日本が科学技術立国であることを実感していただけるのです。ですので、次世代放射光は、観光や広告(広報)業界にとっても、大きなビジネスチャンスをもたらすことと思います。先端科学技術の普及啓蒙を、「わかりやすい」に終わらせないものに変えていくことも、次世代放射光施設の重要な役割であり、国民への重要な説明責任であると考えます。
伊藤 開発したツールの汎用化(プラグイン)についてお話がありましたが、プラグインの基本仕様はすでにできていますか?
高田 参画した企業と議論中です。出資企業のメリットは施設の建設運営プロセスにコミットできる点です。計測装置を備えたビームラインの整備構想もコウリションメンバーに参画した企業と学術有識者によりまとめられ、国との議論の基本資料となっています。このように、現在検討中の企業も含め、100社規模のコウリショングループを作り、研究基盤の建設運営にコミットする例は、海外でも存在しません。それは、産業界の「ある種の世論」となるかも知れません。ですから、責任をもって社会に問うていかなければなりません。
伊藤 高田先生が先程仰っていた、放射光施設が計測原器のように働くことによって、周囲にある計測装置の限界を担保しながら使えるお話は、トータルの計測のコストは下がりレベルは上がることにつながる素晴らしいお話だと思いました。目から鱗でした。
高田 うまく見方を変えてきちんとやれば、この施設はいくらでも使いようだと思います。
伊藤 ありがとうございます。原田先生から、水とアルコールの混合に関する事例をご紹介いただきました。実際のお酒には水とアルコール以外にもアミノ酸等が含まれていますが、そのような不純物が入っていても放射光で測れますか?
原田 水とアルコールだけを測ったのはエッセンスだけを見たかったためで、他のものが入っていても分離は簡単にできます。ただ、例えば非常に薄いものを測る場合には分解能や強度が問題になりますので、その辺りは新しい放射光の強みになると思います。
伊藤 そろそろ閉会の時間が近づいて参りましたので、最後に東北経済産業局地域経済部の蘆田部長からコメントをお願いします。
蘆田 次世代放射光では、今まで見えていた世界とは全く異なる世界が見えること、それによってできることは非常に幅広いことを、今回改めて感じました。もともと東北大学の周辺には世界トップクラスの装置が集積する中で、今回新たに次世代放射光施設が建設されることを、融合プラットフォームのような強みとして発信できればよいと思いました。また、私は仙台に赴任し、「学都」と掲げるように仙台では子どもたちが学べる場面がとても多いことがとてもよいと感じておりましたが、さらにこの地で育った人が素粒子について語れるくらいのことが起こっても不思議ではないくらい、ILCも含めて、科学教育を行っていく可能性も感じました。また、SPring-8ではIHIの下請けの町工場と装置を開発した話がありましたが、東北でIHIにあたる企業は誰でしょうか。やはり当地の企業にいろいろな形で早めに参加してもらいたいと思います。
高田 当地の企業も多くSPring-8に参加しています。講演でもご紹介したティー・ディー・シーさんも参画していますし、(超電導電磁石などに用いられる高安定高精度直流電源装置を開発している)工藤電機さんはSPring-8でとても有名です。IHIにあたる大企業があるか・ないかは別にしても、そもそも東北は本多光太郎が「産業は学問の道場なり」と唱えた日本の産学連携の基点となった地でもあります。その産学連携は次世代放射光施設の活用を広げるエンジンでもあるのです。このエンジンを地域の強みとしてどう活かすが地元企業にとって、イノベーションをこの地に起こしドライブしていくうえで大切だと思います。
伊藤 ありがとうございました。放射光は5年後の話ではなく、すでに始まっていることを踏まえながら、我々も企業の皆様をお手伝いしていきます。以上をもって、閉会とさせていただきます。どうもありがとうございました。
参加者インタビュー
◆ 美味しさの可視化に放射光は有効なツールと期待
/宮城大学 食産業学群 教授 石川 伸一 さん
食産業学群に所属している関係で県内外の食品企業との付き合いが多いのですが、食品企業も放射光に興味を持っています。企業からの相談で特に多いのが「美味しさ」の解明です。美味しさの可視化は、味、香り、食感等々、いろいろな要素がある中でなかなか難しいのですが、原田先生からご紹介いただいた水とアルコールの相互作用の事例は、クリアな説明になると感じました。そのような基礎データを企業が持てれば、それを強みに商品をPRできたり、新しい商品を開発できたりと、放射光は非常に有効なツールになる可能性を感じました。
◆ 再生樹脂の品質向上に放射光を利用したい
/リコーテクノロジーズ 小数賀 靖夫 さん
今日は少人数制勉強会ということで、先生方と具体的に詳しいお話ができると期待して参加しました。具体的には、再生樹脂の材料開発で、これまでは引っ張ったり火をつけたりして実験していたところを、構造を可視化しながら、品質をさらに向上させるプロセスに放射光を使えるのではないかと考えています。そのヒントとなったのが高田先生のご講演で紹介されていたエコタイヤ開発の話でした。具体的に何に使えるかの検討はまだこれからですが、そのような分野であれば我々の領域でも役に立つはずだと感じました。また、SPring-8をフィージビリティ・スタディで利用できるというお話がありましたので、早い段階でコンタクトを取り、SPring-8を使いながら、実際に東北放射光が運用開始する時にはすぐ実験を開始できるよう、我々のスキル自体も上げておきたいと考えています。