取材・写真・文/大草芳江
2019年05月07日公開
産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。
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◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」
※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。
第4回 産総研EBISワークショップ レポート
「エッジAIがビジネスを変える」
「エッジAIがビジネスを変える」のようす=産総研東北センター仙台青葉サイト(仙台市)
インターネット環境がなくとも、ロボットや自動車などの端末側(エッジ)に組込んで使えるAI(人工知能)をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「エッジAIがビジネスを変える」が3月18日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催され、企業や支援機関担当者ら17名が参加した。企業に新たな事業の柱につながるような気づきの場を提供しようと、産総研東北センターが進める「TAIプロジェクト」の勉強会(EBISワークショップ)の一環で、宮城県内では第2回目の開催となる。
勉強会では、はじめに産総研東北センター所長の松田宏雄さんから挨拶があった後、同センター所長代理の伊藤日出男さんからTAIプロジェクト及びEBISワークショップについての紹介があった。次に、組込み機器へのディープラーニング実装を手掛けるベンチャー企業のLeapMind株式会社(東京都)の大嶋尚一さんが「エッジAIのビジネス活用~組込みディープラーニングの現実と価値~」と題して講演を行った。続けて、同社の施瑞さんが「Web上で簡単学習&エッジデバイス(FPGA)でのディープラーニング推論デモンストレーション」と題して、同社製品を用いながらデモンストレーションを行った。
開会挨拶
国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長 松田 宏雄 さん
本日はご参会いただきありがとうございます。私ども産総研は研究を通じて企業の皆様と協働し、新産業の発展を目指していく立場にございますが、自ら研究開発をするばかりでなく、一緒に次の展開を考えさせていただきたいということで、東北経済産業局のご指導をもとに、新たな試みとしてTAIプロジェクト・EBISワークショップを始めております。その心については、この後、伊藤の方から詳しくご紹介します。仙台・宮城では今回が第2回目の開催となります。第1回目は放射光、本日はAIがテーマです。話題はさまざまですので、ぜひご参会の皆様からも、どんな切り口でもよいですから、(勉強してみたい話題を)お話いただければありがたいと思います。
TAI プロジェクト EBIS ワークショップについて
国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長代理 伊藤 日出男 さん
はじめに産総研の概要からお話させていただきます。産総研は、旧通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が2001年に統合・再編された研究所です。5年ごとに中長期計画を立てており、2015年度からの第4期中長期目標期間のスローガンは(技術を社会へ)「橋渡し」で、その実現のため研究組織も7つの領域に再編しました。人員約一万人の全国最大規模の研究所で、つくばセンターを中核に全国7ヶ所に展開する地方センターがそれぞれ重点化研究の推進に取り組みながら、各地域の企業との連携に取り組んでいます。ここ宮城県仙台市には東北センターがあり「化学ものづくり」を旗印に研究を進めています。なお、本日のテーマである「AIものづくり」は、柏センター(千葉県柏市)と臨海副都心センター(東京都)で研究を進めています。また、東北各県の公設試験研究所等の方にも「産総研イノベーションコーディネーター」を委託し、地域の企業との連携を深めています。
産業・技術環境の急速な変革が進みつつある中、既存の支援メニューにつながる一歩手前の、企業の皆様の曖昧模糊としたニーズを明確化する領域をつくりたいと考え、東北センターでは2018年夏から新たにTAIプロジェクトを立ち上げました。各企業に対する新たな市場の気づきと明確化から新規事業の挑戦を掘り起こし、最終的には新たなニーズとシーズを備えイノベーションによる新産業構造を担えるような企業に発展いただくため、産総研がハブとなって地域の支援機関の皆様と支援を進めるものです。
その気づきを得ていただくための勉強会を、「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」と名付けて開催しています。鯛(TAI)を釣る恵比寿(EBIS)様のように企業の皆様に恵比寿顔になっていただきたい。そのための勉強のみならず、実際に手を動かしながら議論を深めていただこうというものです。これまで青森県、岩手県、宮城県において、さまざまなテーマでEBISワークショップを開催しており、宮城県では今回、AIをテーマに、東京の企業から講師の先生をお招きして開催します。これからも産総研は「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」という気持ちで企業の皆様をお手伝いさせていただきます。
講演「エッジAIのビジネス活用~組込みディープラーニングの現実と価値~」
LeapMind株式会社 大嶋 尚一 さん
1.はじめに
当社は、「あらゆるモノに、ディープラーニングの恩恵を」をコンセプトに、ディープラーニングをあらゆるモノに適用する「DoT(Deep Learning of Things)」の実現を目指し、2012年に創業したベンチャー企業です。そもそもAIとは何でしょうか?夢の技術でしょうか?それとも怖い技術でしょうか?儲かるのでしょうか?本日は"今のAI"をAIの一部であるディープラーニングを開発している企業の目線から紐解くことで、皆様がAIに触れる際の糧にしていただければと思います。
2.人工知能(artificial intelligence,AI)
人工知能、artificial intelligence(AI)という言葉自体は1950年代、ジョン・マッカーシー博士によって命名されましたが、概念的にはギリシャ神話の時代から登場しています。Wikipediaによれば、人工知能とは「『計算(computation)』という概念と『コンピュータ(computer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学(computer science)の一分野を指す語」とありますが、AIの定義は明確には定まっていないものと考えられます。その結果、「AIを使っています」と言っても誰にもわからない状況で、AIを開発する側にとっては悲劇的な側面もあります。例えば、概念検証(Proof of Concept:PoC)止まりで終わる「PoC祭り」、また、怪しいAI企業やAI技術の誇大広告も多いのが現状です。AIを開発する側だけでなくAIを発注する側も、AIに関する知見に加えて想いが必要だと感じています。
3.機械学習とディープラーニング
AIには代表的な手法がふたつあります。ひとつはマシーンラーニング(機械学習)、もうひとつがディープラーニング(深層学習)です。AIの中に機械学習があり、機械学習の一種類として深層学習があるという包括関係がもともとの言葉の定義でしたが、最近は、機械学習に深層学習を含まない意味で使われる場合も増えています。
まず、機械学習とは、人間が持つ学習の仕組みを機械で実現する技術・手法のことです。膨大なデータの中から有用な規則、ルール、知識表現、判断基準などを抽出し、アルゴリズムを発展させていくことがその特徴です。実際にはデータとの戦いで、どのようなデータをどれくらい集めてどのように分析するかが、機械学習の難しさです。例えば、製造工程で「昼間につくるビールの品質が安定しない。もしかすると気温や装置の安定性が原因かもしれない」という印象を受けたとします。機械学習を始めるには、まず対象データを集めなければいけません。気温関連では、温度にまつわる原料温度、空気温度、装置内温度、輸送温度、温度の分布ムラといったデータをすべて集める必要があります。また、温度に関係する湿度や膨張縮小、酵母といったデータもすべて集める必要があります。そして装置関連では、装置の性能に関わる、粉砕速度、かき混ぜ速度、輸送時間、工場の電圧変化、作業者といったすべてのデータを集める必要があります。さらにそれらを関連付けるため、品質を定義してモニタニングする必要があります。膨大なデータを数か月間かけて収集し、分析すると、もしかすれば有益な結果が出るかもしれないし、出ないかもしれない。有益な分析結果が出れば、大きなインパクトになる可能性があります。大変な作業ではありますが、例えば、検索エンジン、予測変換、スパムメール検出、パターン認識、故障予測など、いろいろな場面で機械学習は活用されてはいます。つまり機械学習とは、膨大なデータを収集して有益な結果を導き出すことだと考えてください。
もう一方のディープラーニングまたは深層学習とは、多層のニューラルネットワーク(Deep Neural Network)による機械学習手法を指します。ニューラルネットワークとは、人間の脳内にある神経細胞のつながりを模倣した数理モデルのことで、学習によって人工ニューロン(ノード)がシナプスの結合強度(重み)を変化させることで、どんどんモデルが賢くなるものです。ディープラーニングの"ディープ"はニューラルネットの層が"深い"という意味で、一般には4層以上がディープラーニングと呼ばれる境目です。先程の機械学習はどちらかと言えば、人間が規則性を見ていく作業を行いますが、ディープラーニングは機械が勝手に特徴を抽出します。そして、得られた特徴は何かに活用することができます。例えば、画像の自動認識や自動生成、自然言語処理、作業支援、知的作業などに使えます。ここまでが、ディープラーニングでできることです。
4.ディープラーニングの現実
ここからは、ディープラーニングの現実についてお話します。弊社が人の顔検出モデルをつくった事例でご説明します。ディープラーニングの利点は、全人類のあらゆる顔を学習する必要がないことで、"ある一定以上の顔の画像"を学習すれば、"顔の特徴を捉える"学習モデルができます。"ある一定以上の顔の画像"と敢えて強調しましたが、簡単なモデルでも、学習に使った画像数は約30,000枚でした。さらに"顔の特徴を捉える"には、教師として人の顔を教え込むアノテーションという作業が必要で、写真に対して人の顔を四角で括る膨大な作業が非常に大変です。実際には我々は楽をして、フリーで公開されているオープンデータセットを使用しましたが、使いたいデータが世の中に無ければ、当然ながら自力で集めて加工する必要があります。それも質の良い膨大な量のデータが必要です。例えば、「走行中の居眠り兆候を人の顔を見て検出したい」とした時、そのようなデータがたくさん集まるでしょうか?結局、ディープラーニングの辛さはデータを集める点にあります。先程、人の顔を例にあげましたが、仮に日本に住んでいる男性の顔だけを学習したとします。ヨーロッパの女性の顔を認識できるかは、わかりません。例えば、鳥を検出するモデルの中に飛行機が入ってきました。どうなるか、わかりません。必要なら、飛行機が鳥ではないことを学習させる必要があります。また、昼か夜か、鳥が止まっているのが木か電線かなど、環境の変動もすべて考慮しなければ精度が出ない可能性があります。
さらに厄介なことに、ディープラーニングは自動的に特徴を抽出できるが故、中でどのような処理が行われているかがわかりません。数十、数百というオーダーで層が増えるにつれ、それにまつわるパラメータも数万オーダーにのぼるため、その調整は職人芸的なチューニングとなります。結果として「周りの環境で変わります。そして、なぜかは説明できませんが、だいたい80%の確率で、XXを検出できる可能性のある学習モデルができました」というのがディープラーニングの現実です。そのようなものを、例えば自動運転や不良品検査、医療診断などに使いたいと思いますか?では、どうすればよいかと言えば、例えば、もっと"学習"をがんばってよいモデルをつくり、想定する環境をすべて入れ込み、学習画像枚数も増やせば、可能かもしれません。あるいは、運用や他技術でカバーしたり、条件のゆるやかな分野を見つけたりすることも、可能性があるかもしれません。
ディープラーニングの一番難しい点は、現状のディープラーニングの技術でできることに対して、そもそも何をしたいのかを突き合わせていった時、どこかで断絶が起こる可能性が高いことです。我々開発者もこのディープラーニングの現状を正しく伝える必要があると考えていますし、使う側も現状を正しく理解した上で、そもそもやりたいことがディープラーニングで実現できるのか、現実解を考えていく必要があると考えています。そうでなければディープラーニングを活用したビジネスは難しいでしょう。
5.組込みディープラーニング開発現場
当社では主に「組込みディープラーニング」に関するサービスを提供しています。組込みディープラーニングの対義語にあたるのは「クラウド型ディープラーニング」で、その違いはディープラーニングの"脳"にあたるものが、クラウド側にあるか、端末側(エッジ)の組込み機器(デバイス)にあるかです。例えば、端末側のカメラでデータを集め、クラウドでディープラーニングの処理を行い、その解析結果を何らかの形で活用するのはクラウド型ディープラーニングです。それに対して組込みディープラーニングは、クラウド側で処理は行わず、端末側の組込み機械ですべて(推論の)処理を行います。なお、組込みディープラーニングもネットワークを全く使わないわけではなく、端末側で行ったディープラーニングの処理結果をクラウドにあげることはあります。
クラウド型ディープラーニングの場合、通信の遅延があるため、警報などリアルタイム性が必要な場合、端末側で遅延なく処理を行う必要性が出てきます。そのため組込みディープラーニングは、低遅延で処理して結果が欲しい方をはじめ、インターネット接続環境がない方、セキュリティの都合上クラウドが使えない方、エッジのコスト、特に通信量を下げたい方におすすめです。
とはいえ、端末側の組込み機器とクラウドには大きな(性能の)違いがあります。エッジデバイスは安価で省電力でパフォーマンスは最低であるのに対して、クラウドは大量のサーバが並ぶ形でパフォーマンスが非常に高いです。そのため、クラウドで行えるディープラーニングの処理をエッジデバイスで行うには、高い技術力が必要となります。ここに当社オリジナル技術が導入されておりまして、クラウドで行うような重い処理を、"脳"にあたる部分を非常に小さくする技術や処理を軽くすることによって可能にする技術に強みがあります。特に、中の処理を32bitや16bitの世界から最低1bitまで小さくできる量子化が当社の強みです。
その結果、組込みディープラーニングはさまざまな場面で利用されるようになっています。ホットな話題が自動運転で、電力やスペースが限られ、インターネットの常時接続が保証できない自動車に組込むことで、物体やシーン認識、天候解析を行い、ワイパー、ライト等の制御を支援します。ほかにも、監視カメラに組込んでリアルタイムに警報を出したり、カメラで撮影した人物の年齢や性別などの検出結果を、行動予測やマーケティングデータとして通信量を抑えながら活用することができます。また、製造装置の画像データから異常を検知するシステムを構築することで、従来は人間の目視で行っていた作業を自動化し、業務効率を向上させるような領域でも、組込みディープラーニングが重要になっていきます。
ただし、開発に対する難易度は非常に高く、組込みディープラーニングモデル開発の一般的なステップである、企画、リサーチ、データ作成、モデル設計、モデル学習、モデル圧縮、C言語への変換、ハードウェア向けのコンパイル、ハードウェア実装まで、ひとつのモデルを作成するだけでもトータルで4か月以上かかるケースがほとんどです。非常に大変ですが、ここまでやる気概がありますか?一方、組込みディープラーニングの市場は、現状見えているだけでも3,600億円超のTotal Addressable Market(実現可能な最大の市場規模)が存在しており、宇宙などを含めるとそれ以上の市場が存在しています。市場としては期待が高い領域ですので、覚悟を持って参入するかはお客様次第です。
ちなみに、当社もいくつかのソリューションを提供しています。例えば、ディープラーニングの有効性・実現可能性の検証をエンジニアが代行するサービスや、ディープラーニング活用を適切にスタートするためのコンサルティングサービス、アノテーション作業の一元化・均一化・効率化を実現するプロダクト、組込みディープラーニングのモデルを簡単に構築できるサービス、評価用ハードウェアキット、運用パッケージなどのサービスです。これらは、本気の一点物を開発する前に少し触れてみませんか、という意味合いです。
AI開発へ向けた企画段階において、そもそもやりたいことは明確か?その実現にはAIが必要な技術か?リターンは明確か?等の課題設定を行い、会社の理解があるか?体制が整っているか?といった部分をよく考えた上で開発を進めなければ、AIの活用は難しいと思います。非常に大変ではありますが、よく考えた上で、もし進もうという意思があるならば、ぜひいろいろな方にご相談いただければと思います。
6.未来の話
現在、AIには3回目のブームが到来しているそうです。1回目は1956年から1974年の推論と探索の時代、2回目は1980年から1987年の知識工学の時代、3回目が現在で、ディープラーニングの時代と言われています。現在はAIに携わる立場から見ると、日進月歩で、開かれたよい競争環境だと思います。ロジックもプラットフォームもオープンアクセスで、最新の情報が公開され、誰かがすぐに解説してくれるので、すぐに使うことができます。海外の大企業もAIへの投資を積極的に進めており、プラットフォームも拡大しています。
そして未来には、優れた知性が創造され、その知能によってさらに優れた知性が創造され、人間の創造力が及ばない程に優秀な知性が誕生するのでしょうか。そのようなシンギュラリティが本当に来るかどうかは難しい問題ですが、ここではキーワードとして、「強いAI」と「弱いAI」に目を向けていきます。強いAIとは、人間のような精神や自我、意識を持つ汎用化のAIです。対して弱いAIとは、特定の問題に特化したAIのことです。現在は弱いAIを試験的に導入し、人間がAIを管理しようとしている段階であって、人間を超えるAI以前に、人間の模倣を人間がプログラムできない状況です。その次段階として、人間とAIが協同する社会があるのでしょう。それでは人間に価値がなくなるかと言うと、人間は無駄ではなく価値を生み出すものになり、AIは価値を生み出すというよりも人間を効率化する領域に入っていくのではないでしょうか、というのが少し先の未来のイメージです。まだAIは不確定な部分が多く、開発が大変な領域ではありますが、価値あるものだと思いますので、人間とAIの共存が、これからの道のひとつになるでしょう。
デモンストレーション「Web上で簡単学習&エッジデバイス(FPGA)でのディープラーニング推論デモンストレーション」
LeapMind 株式会社 施 瑞 さん
エッジデバイス上でのディープラーニング推論と、Web上でモデル学習を行うところを私からご紹介差し上げます。組込みディープラーニングとはどのようなもので、本当に性能が出るのか、本日のデモンストレーションでご体感いただければと思います。
ディープラーニングモデルの圧縮とエッジ処理の技術
ディープラーニングを行うならGPU(Graphics Processing Unit)と言われてきましたが、最近はCPUやFPGA(Field-Programmable Gate Array)、ASIC(Application specific integrated circuit)など、より小さなもので行うことも増えています。組込みディープラーニングは、電力やスペースなどに制約がある場所で行うため、小さなもので行う必要があります。
本日お持ちしたのは、プロトタイプにはなりますが、市販の評価ボードの中に、FPGAが乗ったものです。市販のボードから不要なインターフェースを取り除き、500円玉2枚程度のサイズまで小さくしました。これによりスペースが限られている場所でも、コインサイズでエッジ処理を行うことが可能です。
弊社の強みであるソフトウェアのモデル圧縮技術(精度を維持しながらモデルを圧縮することで実行速度を大幅に高速化することが可能)と、ハードウェアの回路設計技術(FPGA上にディープラーニングに適した専用回路を構築しエッジ上で動かすことにより高速かつリアルタイムでレスポンスを取得することが可能)によって、ローエンドFPGAでも高速かつ効率的なディープラーニングの推論処理を行うことができます。
組込み向けディープラーニングを実ビジネスのどこで活用するか?
組込みディープラーニングを実ビジネスのどこで活用するかというと、ポイントは4つあります。1点目は、限られた電力リソースやスペースで使用できること。2点目はデータを外部に出さないためセキュアであること。3点目はレスポンスが速いためリアルタイム処理ができること。4点目はインターネットに常時接続できない環境でも使用できることです。組込みディープラーニング活用のケーススタディとしては、自動運転、車内カメラ、装置故障・異常検知、監視システム人物検知、さび・ひび割れ検知、ドローンによる建物点検、食品異物混入検知などがあります。
どんな手法があるのか?~外観検査・異常検知の手法~
ここからは具体的に、ものづくりの現場における外観検査や異常検知に、どのような手法があるかをご説明差し上げます。例えば、腐ったみかんを判別したい場合、一般的なディープラーニングでの異常検知、外観検査の手法として「教師あり学習」があります。良品・不良品の学習データを集め、それに人間が良品・不良品のラベルを付けてAIに学習させます(アノテーション)。主に「分類」と「物体検出」と「セグメンテーション」の3つの方法があります。ほかにも、教師なし学習での検出方法や、従来の機械学習や画像処理でも異常検知の効率化を図ることが可能です。
どんなデータを集める必要があるのか?~外観検査・異常検知の手法~
どのようなデータを集める必要があるかと言うと、分類なら良品・不良品両方のラベル付きデータ、物体検出ならバウンディングボックスで囲んだ対象物のデータ、セグメンテーションならピクセル単位で色塗りされた領域ラベル付きデータ、教師なし学習は正常データのみでも大丈夫です。必要なデータ枚数の目安は、概念検証(PoC)で約500枚から、実運用開発で数千から数万枚の単位となります。
質のよい学習データを集める秘訣は、まず、同じ被写体を撮りまくらないようにしましょう。次に、なるべく推論環境に合わせ、写真撮影のカメラや被写体を本番と同じにしましょう。そして、余計な情報は入れないにしましょう。画像認識では、ワンフレーム内にあるすべてのものを見てどこに特徴があるかを検出しようとするので、関係がないもので良い・悪いの判断を行う場合もあります。ですから背景をすっきりさせる必要があります。また、FPGAなど非力なデバイスで高速推論させたい場合、入力サイズのリサイズを考慮する必要があるため、被写体は小さく撮らないようにしましょう。
そもそも、ディープラーニングはどこを特徴量と捉えているかについてですが、人間が具体的に教える必要がない分、ディープニューラルネットワークはさまざまな要素を加味して特徴量を見極めています。ただし、ネットワークが特徴と捉えているものと人間が見ているものには差異があり、ネットワークが人とは異なるところに目を向けている可能性があります。そのため精度が出ない場合は、人間が捉えたい特徴にネットワークの目を向かせるよう如何に学習させるか(データオーグメンテーション)が重要になります。
このように、学習データは単に集めるだけでなく、良質なデータだけを学習させ、アノテーションも綺麗に間違いなく行い、データ拡張をすることが重要です。モデルはつくるだけでなく、トライアンドエラーをすることによって、ディープラーニングのノウハウを蓄えながら、良質なディープニューラルネットワークを構築することができます。
組込み向けディープラーニングの適用ステップ~実運用を見据えた検証の進め方~
続いて、組込み向けディープラーニングの実運用を見据えた検証の進め方についてです。ディープラーニングや機械学習導入に向けた弊社お勧めの3つのフェーズを、弊社プロダクトと併せてご紹介します。まずフェーズ1の技術検証で、小さなエッジデバイスでどれくらいのことができるかを検証しましょう。フェーズ1の技術検証用に本日お持ちしたのが、弊社プロダクトの「DeLTA-Kit」という、ディープラーニングを簡単に評価できるハードウェアキットです。弊社でご用意している学習済みのサンプルモデルがありますので、簡単に検証することができます。実際にこのようなアプリケーションを試してみて、うまくいきそうだと判断した場合には、フェーズ2へ進み、現場データを用いて概念検証(PoC)を行いましょう。概念検証用の弊社プロダクト「DeLTA-Lite」は、Web上で簡単に学習できるプラットフォームで、一般的に実装まで4か月以上かかる工程を約1日に短縮できるサービスです。学習(モデル構築)はクラウド側で行い、できたモデルをエッジ(FPGA)に書き込み推論処理を行うという形です。PoCがうまくいけばフェーズ3の本開発へと進みます。
本日は、はんだ付けのモデルを例にして、DeLTA-Liteの学習プラットフォームのデモンストレーションを行います。まず実行タスクを分類と物体検出の中から選択し、ご自身で正解ラベルをつけた学習データを準備いただいてアップロードいただき、トレーニングを開始します。より認識して欲しい特徴に向かわせるための、データオーグメンテーションなどのオプションも用意しています。学習データは訓練データと検証データに分け、訓練データで学習、重み調整を行い、検証データで正しく学習できているかどうかをチェックしながら学習を進めていきます。基本的に1日弱で学習は完了し、その結果がスカラで出てきます。そしてFPGA用バイナリーデータとしてダウンロードし、SDカードに書き込んでそれをFPGAに乗せれば、推論処理を簡単に検証することが可能です。
組込み向けディープラーニング 実ビジネス適用のための成功プロセス
最後にまとめです。これからはエッジ処理の活用が重要になってくると思います。例えば、外観検査でもディープラーニングを行う時にネットワーク環境やセキュリティなどでエッジ処理が必要になると思います。どのような手法を使いどのようなデータを集めるか、まず要件定義からお考えいただく際、我々のようなベンダーにご依頼いただきますと、一緒にディスカッションができると思います。そして、実ビジネス運用に向けた検証に、技術検証、PoC、実運用の3ステップをご紹介しました。
以上でデモンストレーションを終わります。ご清聴ありがとうございました。
【質疑応答】
Q. (ディープラーニングの)インプットとアウトプットの間のモデルを手動でつくるのが非常に大変というお話でしたが、そこは自動でやってくれるものだと思っていました。その辺りの自動化はどこまで進んでいるのか、現状を教えていただけますか?
A. 学習環境を備えているプラットフォームであれば、ある程度までは自動で行えます。弊社も自動化した学習環境をオープンソース化しています。ただし、さらに性能を上げたい、モデルを小さくしたい等となりますと、職人芸的な処理が必要になってきます。ですから、あるプラットフォームの中で自動的に作られたモデルで満足できるのであれば、自動でもできる、というのが現状です。
Q. お話を聴いてAIを活用したビジネスは難しい印象を受けたのですが、そんな中でなぜ御社はAI分野に挑戦したのですか?
A. ディープラーニングブーム到来の6~7年前、弊社の創業者がビジネスチャンスと考え設立したのがきっかけです。難しい中にも非常にチャンスのある領域だと考えており、成功すれば、単なる一プロダクトではなく、ひとつのプラットフォームが広がる感触はあります。
Q. ご講演は、エッジに落とした後に学習を続ける前提でのお話ですか?それとも学習を続けずに、できあがった戻りで単に演算するだけなら、それほどコンピューティングパワーはなくてもいけると思ったのですが?
A. 学習環境とエッジの環境をひとつにまとめてしまうか、それとも別の領域でやるかは、システムをつくる上で非常に重要になります。エッジのハードウェアはパフォーマンスが低いため、さすがにそれで学習はないだろうと思いますが、何らかのところで学習を続け、その結果を持ってきたモデルのみを更新するようなことはあると考えています。シーンに応じて、学習を繰り返していくかどうかを考えることも重要になると思います。
Q. 御社の強みだとお話されていた量子化技術について教えてください。また、その技術は権利化されていますか?
A. まず権利化についてですが、弊社独自の量子化技術は特許として保有しています。次に、弊社独自の量子化技術についてですが、ディープラーニングの計算をする上で、入ってくるデータの信号を、普通は単精度浮動小数点の演算をかけていって精度を保ったまま処理を行うのですが、それを1bit、2bitの信号に直して処理を続けていくというものです。その何がメリットかと言いますと、単純なデータ量の削減だけでなく、中で行われる処理の演算の方式自体が変わるということです。畳み込みという処理がニューラルネットワークの中では行われており、これは数字の掛け算の嵐ですが、その中の処理を1bit、2bitにすると、掛け算を掛け算として処理しなくても済むようになります。その結果、中の処理が非常に軽くなり、エッジのようなパフォーマンスの低いデバイスでもスピードを下げずに処理ができるようになります。一方、1bitに直しますと情報量が下がるために、精度も格段に下がります。その精度をなるべく落とさずに1bit、2bitにするのが弊社オリジナルの技術です。
Q. AIは人間の脳を模倣していくもの、という昔からの概念で言えば、エッジAIは人間で模倣すれば反射神経のようなものという分類でよいでしょうか?
A. 弊社のAIが脊髄か脳かと言えば、なかなか分類は難しいです。例えば、人の顔から性別や年齢を検知することはエッジAIでもできますが、そこまでいくと脊髄より脳に近いと思います。一方、「これは危ない処理だ、すぐ止めよう」となれば脊髄に近いと思います。
Q. 鉄腕アトムの時代から「ロボット憲章」が言われています。AIも脳のロボット化なら、ロボット憲章の中に入るのでしょうか?そのような議論はされているのでしょうか?
A. 先程「強いAI」と「弱いAI」があるとお話しましたが、弱いAIの方は、どちらかと言うとロボット憲章云々より、ファンクション的な意味合いが強いと思います。対して、人を目指すような強いAIに関しては、ロボット憲章の議論はかなり行われている分野です。
参加者インタビュー
◆量産ラインへのエッジAI導入に興味
/株式会社トーキン 菊池 忠秀 さん
当社では現在、外観検査自動化を目的として、ディープラーニングの運用を検討中です。最終的には量産ラインへの導入を目指し、昨年から概念検証(PoC)を行い、今期から実際の量産ラインから学習データを取得し、ディープラーニングのロバスト性向上のための評価を進めるところです。今回のワークショップでは、エッジAIが量産ラインにどのような形で導入できるかや、ロバスト性向上のノウハウ等について聞きたいと思い、参加しました。実際に参加して、ノイズと偏りが少ない学習データを如何に収集できるかが、ロバスト性の向上にもつながると思いました。また、ディープラーニングをGPUではなくFPGAで動かすデモンストレーションを初めて見ることができたので、複雑な処理が不要なアプリケーションなどにFPGAを活用できそうだと感じました。今回の知見を参考にして今後の検討に活かしていきたいと思います。
◆計測結果とお客さまのニーズを結びつけるAI活用を検討
/株式会社フォトニックラティス 取締役副社長 井上 喜彦 さん
当社の計測装置の活用可能性として、ディープラーニングを用いた画像認識に興味があり参加しました。計測装置が出す数値情報と、お客様のニーズである製品の品質向上にどのような相関があるかは、実はブラックボックスな場合が少なくないのです。そのため計測装置の出す数値とお客様の意義を結びつけることが機械的に実現できるのか、その可能性を聞きたいと考えていました。ある程度の予備知識は持って参加しましたが、ワークショップ後に講師の方と直接具体的な話ができ、技術面で十分可能性はあるとの確信を得ることができました。今後の可能性について社内で検討を進めていきたいと考えています。
◆AI等の新技術活用で自社製品のブラッシュアップを図りたい
/バイスリープロジェクツ株式会社
当社では現在、AI等の新しい技術を活用して当社製品のブラッシュアップを図ろうという社内プロジェクトを進めています。その情報収集の一環で、特に組込みのデバイスでは、どれくらいの速度でAIの処理ができるかに興味があって参加しました。ワークショップでは、組込み向けに独自アルゴリズムを搭載しているソフトウェアとハードウェアの組み合わせで実際にどのようなものがつくれるのかのデモンストレーションを行っていただき、非常に参考になりました。また、実際に開発で苦労されている先駆者から率直な意見等も聞くことができ、「大変な中でも、やる覚悟があるか?」というビジネスのリスク面を聞けたこともよかったです。このような会がまた開催されますことを期待しています。