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産学連携で研究成果を社会へ/東北大学未来科学技術共同研究センター20周年

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産学連携で研究成果を社会へ/東北大学未来科学技術共同研究センター20周年

2018年10月30日公開

東北大学百周年記念会館川内萩ホール(仙台市青葉区)で10月26日に開かれた、東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典・記念講演会のようす

 東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典が10月26日、仙台市青葉区の東北大学百周年記念会館川内萩ホールで開かれ、大学関係者をはじめ、企業や行政、研究機関などから多くの参加者が集まり、20周年の節目を祝った。

 NICHeは、大学の知的資源をもとに、社会の要請に応える新技術製品の実用化と新産業創出を目指し、産業界など外部との連携により、先端的かつ独創的な開発研究を行うことを目的として平成10年4月に設立された。設立から20年間で約520億円の外部資金を獲得し、合計75のプロジェクトを実施、NICHeから35社のベンチャー企業が立ち上がった。

記念式典で式辞を述べるNICHeの長谷川史彦センター長

 記念式典で式辞に立ったNICHeの長谷川史彦センター長は20年の歩みを振り返り、「大学の研究成果を市民の皆様にさらにわかり易く説明するために、開発した要素技術をもとに自らベンチャー起業を積極的に行い、着実に育成する新たなシステムづくりに挑戦したい。東北地域から生まれる新たなライフスタイルを産業界とともに世界に向けて提案していきたい」と意気込みを語った。

記念式典で挨拶を述べる東北大学の大野英男総長

 次に東北大学の大野英男総長は「産学連携の拠点として学術成果を実用化する革新的なミッションに取り組んできたNICHeが、これからも、課題先進地域である東北に新しい未来を紡ぎ出す活動をし、我が国の産業競争力に大きく貢献することを期待している」と挨拶。続けて、文部科学省の松尾泰樹 科学技術・学術政策局長、経済産業省の福島洋 技術総括・保安審議官、東北経済連合会の海輪誠会長が祝辞を述べた。

江刺正喜東北大学名誉教授(マイクロシステム融合研究開発センター教授)による記念講演「MEMSの実用化研究」

 記念式典の後は記念講演会が行われ、スマートフォンのジャイロセンサやプロジェクターの光制御デバイスなどに利用されているMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究で紫綬褒章などを受賞している江刺正喜東北大学名誉教授(マイクロシステム融合研究開発センター教授)と、世界中の液晶ディスプレイの発展に多大な貢献と産業界への先端技術普及および育成に尽力してきた内田龍男東北大学名誉教授(株式会社インテリジェント・コスモス研究機構 代表取締役社長)が記念講演を行った。

内田龍男東北大学名誉教授(株式会社インテリジェント・コスモス研究機構 代表取締役社長)による記念講演「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」

 江刺名誉教授は「MEMSの実用化研究」と題した講演でこれまでの研究を振り返り、「ものづくりにはインフラが不可欠で、設備の共有化にこだわってきた。組織間の壁を低くし集団で力を発揮することが大事」と語った。次に内田名誉教授は「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」と題した講演で、液晶ディスプレイの黎明期に研究を開始し、有機物でしかも液体という電子工学材料としては未踏の分野に挑戦し、高性能カラー液晶ディスプレイなどの実現に尽力してきた経緯と人材育成の取組みなどについて講演。「ICT社会の構築においてディスプレイは最重要キーデバイスのひとつ。まだまだ発展の余地は大きく、情報システムの進化を担う要素技術の進化と連携が重要だ」と今後の展望を語った。

産業技術総合研究所の中鉢良治理事長による招待講演「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」

 続いてNICHeで現在進行している18のプロジェクトが紹介された後、産業技術総合研究所の中鉢良治理事長による招待講演があった。中鉢理事長は「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」と題した講演で、「未来のものづくりにおいては、社会的価値と経済的価値を両立する心の琴線に触れる価値こそが新しい価値ではないか。"共通善"の追求こそが、ものづくりの最終的な目標だと思う」と、今後のものづくりの方向性について語った。


インタビュー

-「宮城の新聞」読者の中高生や一般の方にむけて、一言メッセージをお願いします。


◆ 長谷川史彦さん(東北大学未来科学技術共同研究センター センター長)

 これからも東北大学のよさを市民の皆様にお伝えしていきたいと思っています。地域の皆様や子どもたちも、ぜひNICHeのある東北大学の青葉山キャンパスに時々遊びに来てください。

◆ 中鉢良治さん(産業技術総合研究所 理事長)

 様々なところで産学連携の環境が整いつつあり、その機を捉えて、東北大学をはじめとする様々な大学で産学連携の受け皿をつくっていることはよいことです。産総研も産学連携を推進しているので、ぜひ皆で連携していければと思います。


【研究室訪問】地震学者の長谷川昭さん(東北大名誉教授)に聞く/「なぜ地震は起こるのか?」50年の研究で見えてきた答えとは

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【研究室訪問】地震学者の長谷川昭さん(東北大名誉教授)に聞く/「なぜ地震は起こるのか?」50年の研究で見えてきた答えとは 取材・写真・文/大草芳江

2018年11月01日公開

「なぜ地震は起こるのか?」
50年にわたる研究で見えてきた答えとは

長谷川 昭 Akira Hasegawa
(東北大学名誉教授)

1967年、東北大学理学部卒業。1969年、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻修士課程修了。東北大学理学部助手、助教授、教授などを経て、名誉教授。理学博士(東北大学1977年)。地震調査研究推進本部政策委員会委員、同総合部会部会長、地震調査委員会委員。専門は地震学、特に沈み込み帯の地震の発生機構。

 地球表面を移動する海洋プレートがマントル中に沈み込む場所(沈み込み帯)では、地震や火山の活動が極めて活発です。長谷川昭さん(東北大学名誉教授)らのグループは、典型的な沈み込み帯に位置する東北地方に高感度・高精度の地震観測網を構築し、高品質データに見合う緻密な解析手法を開発することにより、沈み込み帯の地殻・マントル構造と地震活動を世界のどこよりも高い解像度と精度でもって明らかにし、常にこの分野をリードしてきました。長谷川さんは、永年にわたる地震学研究の功績により、2017年6月に恩賜賞・日本学士院賞を受賞しています。半世紀にわたり地震の発生機構を探求し続けている長谷川さんに、これまでの50年にわたる地震学の発展を俯瞰いただくとともに、長谷川さんがリアルに感じる科学とはそもそも何かを聞きました。

【目次】
「地震はなぜ起こるのか?」-50年間ずっと知りたくて今に至る
プレートテクトニクスで地球科学にパラダイムシフトが起こるも、細部は謎だらけ
地震波トモグラフィで、地球内部の細部構造が見えてきた
実は、水があることによって火山は生成されるらしい
大陸のプレートは"カス"である
水は、火山だけでなく地震も引き起こしているようだ
プレートテクトニクスも水がないと成り立たないようだ
地震発生のメカニズム解明から、将来は地震発生予測へつなげたい
なんとなく、一番わかっていなくて、これから発展しそうな分野
何事にも興味を持ち積極的に知識を吸収する好奇心が人生で重要

「地震はなぜ起こるのか?」-50年間ずっと知りたくて今に至る

― はじめに、科学に長年関わってきた科学者の皆さんへの共通質問から伺います。そもそも長谷川先生がリアルに感じる科学とは何ですか?

 一言で「科学ってなんですか?」と聞かれると、難しいですね(笑)。けれども自然現象って、「なぜ起こるのだろう?」とそのメカニズムを知りたいですよね。私も知りたいですし、子どもだったらもっとそうでしょう。もっと言えば、人間ってそういうものでしょう?知りたいから、調べる。そうやって調べてきてわかったことの積み重ねを体系化したものが自然科学だと思います。

 私は一応(笑)、科学を生業としてきた科学者です。科学の中の地球物理学のうち、さらに地震学という小さな分野を専攻する中で一貫してずっと知りたいことはただひとつです。「なぜ地震は起こるのか?」です。地震は地球内部で起こりますが、地球内部の「なぜそこでそのような地震が起こるのか?」をずっと知りたくて研究を続け、今日に至っています。

 「なぜ地震は起こるのか?」を私が最初に調べ始めたのは大学院に入ってから(1967年)ですから、実は研究を始めてから既に50年が過ぎました。この50年で「なぜ地震はそこで起こるのか?」の答えはまだ見つかっていません。しかし50年でその答えに少しは近づいてきたのではないかというのが、私の実感です。

 今日の地震学の進展は、多くの研究者が研究を積み重ねてきた結果です。その中で私も地震学の進展にほんの少しでも役に立てればいいなと思って、ずっとやってきました。そう思えるようになりたいと今でも思っています。


プレートテクトニクスで地球科学にパラダイムシフトが起こるも、細部は謎だらけ

― 「なぜ地震は起こるのか?」は、これまでの50年で、どこまでわかって、どこまでがまだわからないのですか? 50年前の地震学の様子から教えてください。

 地球内部で加えられた力(応力あるいはストレス)を解放するため、強度の弱い面(断層面)に沿ってその両側が急激に食い違う運動(断層運動)が、地震です。「地震とは急激な断層運動である」ことは、私が大学院に入る少し前からわかっていました。しかし、地球内部のなぜそこでそのような断層運動が起こるのか、その原因については全くと言っていいほどわかっていませんでした。それに明快な答えを与えたのが、「プレートテクトニクス」です。固体地球科学のパラダイムシフトと言えるプレートテクトニクスの登場により、その理論構築に貢献しながら地震学が急激に進展しつつあったのが1960年代後半から1970年代の頃でした。プレートテクトニクスにより、地球内部のどこで地震が集中して起こるのか、その大枠がちょうどわかってきた頃、私は大学院に進学し、地震の研究を始めたのです。

― プレートテクトニクスの登場により、大枠ではどのようなことまでわかったのですか?


【図1】世界の地震の分布。赤い点が震源。日本列島は地震帯の中に位置する。(地震調査研究推進本部資料による)

 世界の震源の分布(図1)をご覧いただくとわかるように、地震はどこにでも起こるわけではありません。ある場所に集中して、しかも一箇所に固まるのではなく、帯状に起こっているように見えますね。場所によって厚さは異なりますが、地球の表面は、「プレート」と呼ばれる厚さ100km程度の硬い板で覆われています。地球の全表面を覆うのは十数枚のプレートで、プレート同士が相対運動することによってプレートの境界およびプレートの内部に応力が加わります。その結果、プレート境界あるいはその近傍で地震が起こると理解されています。そのように理解すると、震源の分布を見ればプレートがどのような形をしているか、すぐわかりますよね。地球を取り囲む十数枚のプレートがそれぞれどこにどのようにあるかわかり、その境界付近で地震が集中しているという大枠はわかったのです。当時は、それをさらに細かく見ていく段階であり、それに私も参加できたわけです。

―「さらに細かく見ていく段階」ということですが、50年前は具体的にどんなことがまだわかっていない状況だったのですか?

 地球の内部は、光も電磁波も通らないですし、深く掘って調べることもできないので、私が大学院に入った当時は、"暗黒の世界"とまでは言わないですが(笑)、ややそれに近かった感じでした。地球の内部構造が"半熟卵"に喩えられる層構造になっていることは、50年前もわかっていました。卵で言う"殻"の部分に厚さ約30kmの「地殻」(固体)があり、"白身"の部分に岩石で構成された「マントル」(固体)があり、"黄身"の部分に主に鉄とニッケルによって構成される「核」があること、さらに核の内側の「内核」は固体で、核の外側の「外核」は液体の鉄でできているというものです。そして、プレートテクトニクスの登場により、中央海嶺(大洋のほぼ中央部を走る海底山脈で、そこでは高温のマントル物質が浅いところまで上昇し、マグマが発生し海底火山の活動が盛んである)で生成された海のプレート(プレートは、地殻とマントルの最上部を合わせたもの)が地球の表面に沿って移動し、陸のプレートと衝突すると、冷たくて重い海のプレートがマントルの中に沈み込むというように考えられるようになりました(図2)。しかし、プレート同士が衝突して片方のプレートがもう片方のプレートの下に沈み込む時、沈み込んだプレートがマントル中でどんな形をしているかについては、震源分布以外よくわかっていませんでした。


【図2】海嶺(海底山脈)で生成された海洋プレートが地球表面に沿って移動し、大陸プレートと衝突すると、冷たく重い海洋プレートが海溝のところからマントル中に沈み込む。この沈み込む場所を「沈み込み帯」という。(地震調査研究推進本部資料による)

 東北地方を例に説明すると、「太平洋プレート」という、太平洋の下のほとんどを占める地球で一番大きな海のプレートが、毎年約8cmずつ陸のプレートの下に沈み込んでいます(図3)。プレートテクトニクスで考えると、「プレートの境界で地震が集中する」ことまではわかりますが、地震はプレート境界の全面ではなくプレート境界のうちの"あるところ"で発生するわけです。また、マントル中に沈み込んだ海洋プレート(スラブ)の中でも地震が起こりますが(スラブ内地震)、スラブの中全体で地震が起こるわけではありません。


【図3】沈み込み帯で発生する3つのタイプの地震。(地震調査研究推進本部資料による)

 さらに、沈み込まれる方の陸のプレート側でも地震が起こりますが(内陸地震)、内陸のどこでも起こるわけではありません。例えば、仙台にある「長町-利府断層」でも内陸地震が過去繰り返し起こってきましたが、長町-利府断層のような活断層がどこにでもあるわけではありません。このように、より細部を見ていくと、どこにでも地震が起こるわけではなく、どこか偏在した場所で繰り返し地震が起こっていますが、それがなぜかは当時全くわからなかったのです。

 そのような意味で、大枠ではわかったけれども、もう少し詳細に見ていくと、わからないことだらけ。もちろん、プレートテクトニクスが登場する前は、もっとわからなかったわけです。何かがわかると、その次に、さらにわからないことが前より多く出てくるというのは、科学の常ですよね。50年前もそんな時期でした。


地震波トモグラフィで、地球内部の細部構造が見えてきた

― 確かに言われてみれば、自分たちの足元であるにも拘わらず、地球内部は直接観察することのできない、まさに暗黒の世界ですね。光も電磁波も通らず、掘って調べることもできない地球内部の構造をどのようなアプローチで明らかにしてきたのですか?

 地球の内部を直接見ることはできないので、医療でX線CTスキャンを使って人体を切らずに内部構造を調べるのと同じように、わたしたちは地震波(地震により励起される地中を伝わる揺れ)を用いて地球の内部を覗く「地震波トモグラフィ」という方法を用います。地震波の伝わる速度は、岩石の物性や温度、含水量などで変化するので、その情報を得るために、地球の内部で地震波の伝わる速度が速い場所と遅い場所の空間分布を調べます。

― 地球内部の構造を把握するのに必要な地震波のデータを、質量ともに集めるのは大変だったのではないでしょうか。

 もちろん、地球内部で地震の震源から観測点まで地震波が伝わってくるデータが大量に必要になります。それに、地震計は地表にしか設置できないので観測点は主に陸となりますが、地球表面のほとんどが海で陸の方が少ないですから、地震計が偏在する問題もあります。さらに、地震の波はCTスキャンのX線のように直線的に伝わるのではなく、構造の変化などによって曲がってしまいますし、そもそも地球内部は人体よりも当然規模が大きいですし、さらに言えば地震を自分たちで起こすこともできません。色々と大変ですが工夫に工夫を重ねることにより、今では地球内部の構造が大分見えるようになってきました。ちょうど「Inverted Telescope(逆さ望遠鏡)」のように。

 地震波トモグラフィにより、地球内部の構造が"半熟卵"の層構造だけでなく、地震波速度が水平方向にも変化する詳細な構造まで見えるようになってきました。その結果、地球内部で生じている対流運動のパターンも見えてきました。すなわち、海溝から沈み込む海のプレートが対流の下降流部分であり、地球深部からほぼ鉛直に地表面付近まで達する大きな上昇流が南太平洋とアフリカの下にあることなども。日本のような沈み込み帯では、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込むことが原因で地震や火山の活動が起こるわけですが、わたしたちは、日本列島の下に沈み込む太平洋プレートの姿を地震波トモグラフィで明瞭に捉えることができました。

― 日本列島の下に沈み込む太平洋プレートは、どのような姿をしていたのですか?


【図4】地震波トモグラフィによる沈み込むプレートのイメージング

 図4は、地震波トモグラフィで得られた地震波速度構造で、東北地方を東西方向(A-B)で切って見た鉛直断面です。先程もお話したとおり、地震計は主に陸地にしか設置できないので、陸地の下しか色が付いていませんが、青色が地震波の伝わる速度が速い(固い)部分、赤色が遅い(柔らかい)部分を表しています。○は地震の震源で、赤色の▲は活火山です。太平洋沿岸で深さ約50kmあたりから西に傾斜した濃い青色の帯が見えますね。これが太平洋プレートです。わたしたちが今いる東北地方の下に太平洋プレートが沈み込んでいる姿が地震波トモグラフィで明瞭に写し出されたのです。もはや地球内部は暗黒の世界ではなく、内部の構造がきちんと見えるようになってきました。

― 太平洋プレートは、なぜ地震波が伝わる速度が速いのですか?

 岩石が冷たくなると地震波の伝わる速度は速くなり、温かくなると遅くなるんですよ。もともと太平洋プレートは約2億年前、太平洋の東側の南米沖辺りにある海底山脈(海嶺)からマントルの物質が湧き出て生まれました。生成された太平洋プレートは、地球の表面に沿って移動し、日本列島付近では沖合にある海溝(日本海溝)から沈み込んでいくわけですが、海嶺から日本海溝まで1万数千km以上もあります。太平洋プレートが移動する速度は年間10cm弱、だいたい髪の毛が伸びるくらいのスピードと言ってよいですから(笑)、ここに来るまでに時間が大変かかります。1万数千kmを年間10cmで割り算すると、日本海溝に来るまで約1億数千万年もかかる計算です。地球表面は冷たいですから、1億数千万年も地球表面にいると、太平洋プレートは徐々に冷やされます。冷えると硬くなり、地震波速度が速くなります。また、密度が大きくなる、つまり重くなるので、陸のプレートと衝突して自重で沈み込むわけです。


実は、水があることによって火山は生成されるらしい

― 陸のプレートもずっと地球の表面にいて冷やされていそうなのに、沈み込む海のプレートに比べて軽くなるのはなぜですか?そもそもなぜプレートは動くのでしょうか?

 実は、陸側のプレートは、言ってみれば「カス」なんです(笑)。後で詳しく解説しますが、陸は岩石の分化作用で地表まで上がってきた軽い物質でつくられた、言わば「カス」みたいなものだから、軽いのです。

 そもそもプレートがなぜ動くかと言えば、地球内部の熱を宇宙空間に逃がそうとして起こる対流が原因です。地球内部の対流運動の一翼を担って、地球表面ではプレートが水平方向に動いているのです。それがプレート運動です。海のプレートは地球表面で冷やされて重くなるので、陸のプレートと衝突するとその下に沈み込み、地球内部に戻っていくのです。

 日本列島のような沈み込み帯で地球内部に戻っていくまでに、太平洋プレートは長い間海底にいますよね。すると、プレートの中に水を含みます。水の含み方としては、堆積層の中にフリーな水として含んだり、あるいはプレートの中の鉱物と反応して水を含む鉱物(含水鉱物)になったりします。そのようにして水を含んだ海洋プレートが、沈み込み帯で陸側のプレートの下に入っていきます。水は軽いので普通、単体ではプレートの下のマントル中には沈み込めないですよね。けれども冷やされた海のプレートはトータルでは重いので、水も一緒に沈み込んでいけるのです。

 そして沈み込んでいくと、今度は温度と圧力が上がるでしょう?すると海のプレートは、含水鉱物のまま水を全部深部まで持っていけずに、一部は脱水分解して水を吐き出します。吐き出された水は上へ上がっていきます。その水が悪さをするというか、原因となっているのが、実は、火山と地震だということが、最近わかってきたんですよ。

― 「水が、火山と地震を引き起こす」ということですか?それはどういうことでしょうか?


【図5】S波速度の島弧横断鉛直断面 (地殻・上部マントル)

 図5は、地震波トモグラフィで得られた構造を、東北地方の北から地図のa、b、c、d、e、fの測線に沿って鉛直断面で切って見たものです。赤色の▲が岩手山や栗駒山などの火山です。沈み込む太平洋プレートの姿が、青色の傾斜した層として綺麗に見えますね。その太平洋プレートの上側に、赤い斜めの領域が見えるでしょう?この赤い領域が伸びた先の地表付近に火山があります。つまり、この赤い領域こそが火山の原因だということになりますね。図6は、図5の断面bとdの地殻部分を拡大した図で、そのことがさらに顕著に見えています。赤い領域が、地表の岩手山や栗駒山まで達しています。


【図6】岩手山,栗駒山を通るS波速度の島弧横断鉛直断面 (地殻部分を拡大)

― 赤色は地震波が伝わる速度が遅い、つまり温度が高いことを表していましたね。確かに綺麗に火山の下まで連なっているのが見えますが、この赤い領域は何でしょうか?マグマですか?

 はい、マグマを部分的に含んだ領域です。実は、こんなことが起こっています。海のプレートは、重いので陸のプレートの下のマントルまで沈み込んでいきますが、直上のマントル物質の一部も一緒に引きずり込みます。すると、引きずりこまれた跡にスペースができますよね。そのスペースを埋めるように、今度は後方のマントル深部からマントル物質が上昇してくるのです。そのような上昇流を捉えたのが、図5の赤い領域です。


【図7】沈み込んだ海のプレートと地殻との間にできるマントルウェッジ(くさび状の領域)

 模式図(図7)も使って説明すると、沈み込んだ海のプレートと地殻との間に、くさびの形をした「マントルウェッジ(マントルのくさび)」と呼ばれるマントル領域ができます。海のプレートが沈み込んでいくと、直上のマントルウェッジの物質の一部が引きずり込まれ、スペースができるので、後方からマントル物質が上昇してくるわけです。上昇流は当然深部から来るために、温度が高いですから、地震波トモグラフィで見てやると、低速度層として見えるのです(図5あるいは図8のマントルウェッジ上昇流)。


【図8】マントルウエッジ上昇流の発見

 さらに詳細で重要な結果が、図9です。赤色の▲が火山で岩手山と秋田駒ケ岳を通る測線に沿って、太平洋プレート上面付近を地震波トモグラフィで詳細に見た鉛直断面です。海のプレートは、浅い部分が地殻で、その下部にマントルがあるという構造をしています。この海洋プレートの地殻部分(海洋地殻)の詳細な構造まで、2008年頃から地震波トモグラフィで捉えられるようになりました。すると、それまでは沈み込む海洋プレートは、先程も説明した通り、地震波の高速度層と捉えられていましたが、海洋地殻は低速度層であることが見えてきました(図9)。そして、80km程度の深さになると低速度ではなくなることもわかったのです。


【図9】地震波トモグラフィによるスラブ上面付近の微細構造のイメージング

― 海のプレートは地球表面に長くいて冷やされるので地震波の伝わる速度は速くなると先程説明いただきましたが、図9では、沈み込む海のプレートの深さ約80kmまでの浅い部分が赤色(低速度)になっている様子が綺麗に見えますね。先程の「冷やされる」話とは矛盾するようにも思えますが、深さ約80kmを境に地震波が伝わる速度が変わることは、一体何を意味するのでしょうか?

 マントルや地殻を構成するのは岩石で、その岩石とは鉱物の集合です。地殻やマントルを構成する鉱物がどんなものかについては、物質科学の研究者が地上にある岩石の研究をしたり岩石の高温高圧実験をしたりして、ある程度わかっています。また、どれくらいの温度・圧力でどれくらいの水を含むことができるかや、鉱物がどんなフェーズになるかの相図も、高温高圧実験でわかっています。それらの結果と地震波トモグラフィの結果を照らし合わせてみると、沈み込む海洋プレート中の地殻が、深さ約80kmを境に地震波速度が低速度から高速度に変わることは、その深さまで海洋地殻に含まれていた水がそこで吐き出されることに対応するということがわかってきました。


【図10】マントルウエッジ上昇流と島弧火山の生成モデル。

 その後、吐き出された水は、まずひとつは、プレート境界に沿って斜め上に上昇します。もうひとつは、プレート境界からさらに上側のマントルウェッジに上昇します。フリーな水は密度が軽いためです。ただし、水と言っても純粋な水ではなくH2Oを主体とした流体(aqueous fluid)です。その水はマントルウェッジ側に上昇すると、マントルウェッジを構成する岩石である「かんらん岩」と反応し、「蛇紋石(serpentine)」という水を含んだ鉱物を生じます。蛇紋石を含んだ岩石は地震波が伝わるスピードが遅いんですよ。図9で太平洋プレート直上のマントルウェッジ部分が深さ約80 kmから120 km付近まで低速度層になっているのが見えますが、それがこの蛇紋石を含んだ層です。沈み込む太平洋プレートに引きずり込まれて、深さ約120 km付近まで達しているのが見えます。引きずり込まれて深部までいくと、温度・圧力が上がるので、最後は蛇紋石も脱水分解して水を吐き出します。フリーになった水は真上に上昇し、やがてマントルウェッジ上昇流に出会います。ということは、「マントルウェッジ上昇流に水が供給される」ということですね。水は融点を下げるので、水があることで岩石の一部が溶け始めるのです。

― 上昇流に加えて、岩石の一部が溶けてマグマになるには、融点を下げるための水が必要、ということですね。

 その「溶けた」証拠も、わたしたちは地震波トモグラフィから見つけました。地震波にはP波とS波があります。P波とは縦波、S波とは横波です。縦波は圧縮した時に元に戻ろうとする力が働いて生じますから、縦波は固体にも流体にも生じます。一方、横波とはねじれ波ですから、ねじれば元に戻ろうとする力が固体には働きますが、流体にはねじっても元に戻ろうとする力は働きません。つまり、地殻やマントルは固体なので縦波と横波の両方が伝わりますが、空気や水のような流体は縦波しか伝わりません。私たちは、P波とS波の速度がどれくらい周囲に比べて低下しているか、その低下の度合いをトモグラフィで調べ、室内実験や理論計算の結果と比較することで、上昇流の中で何%くらい溶けているかを明らかにしたのです。

― P波とS波の低下の度合いから、固体から液体へどれだけ相変化したか、つまり溶けたかがわかるわけですね。

 はい。ここまでの流れを一回おさらいしますね。マントルウェッジ内で、海洋プレートの直上の物質が、沈み込むプレートに引きずり込まれます。すると、そこに空きスペースができるので、そこを埋めようとして後方からマントル物質が上昇して来ます。これがマントルウェッジ内の二次対流です。さらに、二次対流のうちの上昇流部分にプレートから吐き出された水が付け加わります。上昇流は深いところから上がってくるため、周囲に比べると温度が高いです。そこに水が付け加えられると、水は融点を下げるので、一部が溶け始めます。つまり、沈み込むプレートの運動によってつくられる二次対流、加えて、プレートから吐き出された水がそこに付加されることによる融点の低下が、沈み込み帯における火山の原因であることがわかってきたわけです。

― もとをたどれば沈み込む海のプレートが火山の成因ということは、沈み込み帯以外での火山の成因は、また別の機構ということになりますか?

 はい、そうです。地球上の火山は主に3つに分類されます。プレートの沈み込み帯でつくられる火山、中央海嶺でつくられる火山、それとハワイのようなマントル深部からの上昇流の湧き出し口につくられる火山です。そのうちプレートの沈み込み帯でできる火山については、二次対流の上昇流部分に水が付け加わることにより部分溶解することが原因であることが、地震波トモグラフィで詳しく見ることによってわかってきたのです。普通に考えると、冷たいプレートが沈み込んでいる場所に、なぜ熱いマグマが上がってくるのか?これって、一種の矛盾ですよね。けれども、それは二次対流と水の付加であると考えれば全く矛盾しないわけです。


大陸のプレートは"カス"である

 その溶けた岩石が地表まで上がると噴火するわけですが、実は、地表まで上がり切らずに途中で力尽き、噴火まで至らないマグマもいっぱいあるのです。それらが"カス"なんですよ。

― 先程、「陸のプレートは"カス"である。陸はカスで、海のプレートに比べて軽いので、海のプレートの方が沈み込む」と説明いただいたお話ですね。

 はい。というのは、マントルの岩石が融ける際に「軽いもの」と言いますか、融点の低いものから選択的に融けていきます。そのようにしてできたマグマは周囲に比べて軽いので、水と同様、通り道を探して上へ上がっていきます。その通り道(上昇流)を、先程の地震波トモグラフィで見たわけです。

 それが地表まで来て噴火すると、それは火山です。けれども中には地上まで辿り着かずに途中で力尽きるマグマもあります。それは地表近くになると温度が低くなり、固化するためです。実はそうやってマントルの岩石が融けて地表近くまで浮いてきたもので陸地がつくられてきて、その積算が陸地なのです。ですから「陸地は、岩石の分化作用によって選択的に融けて浮いてきた軽い物質でつくられた、言ってみれば"カス"」なんですよ(笑)。

― 地球のダイナミックな活動の歴史を感じますね。

 日本列島のように火山や地震が多い場所は、今まさに"カス"をつくっているところです。昔つくられた"カス"で今はもう"カス"をつくっていない場所は、大きな陸地になっています。シベリアなんて全然地震が起こらないですよね。

 プレートテクトニクスがいつ始まったかはまだわかったわけではありませんが、地球ができて(約46億年前)からそれほど経たないうちにプレート運動が始まったと考えられています。おそらく最初の頃はまだ地球は熱かったので対流運動も激しくて、いったん軽い"カス"ができてもまた沈みんでしまうような時期があったと予想されますが、途中からはいったん軽いものがつくられると、もはや地球の内部に入っていかなくなり、陸地がつくられてきたと思うのです。つまり火山とは、現在陸地をつくっている場所である、ということですね。

 もうひとつは、さらに大きなスケールで見た時、沈み込むプレートそのものが、地球内部の対流運動のうちの下降流部分です。地球は、マントル対流によって地球内部の熱を地球表面まで運び、地球表面から宇宙空間へ熱を放出して冷却しつつある、今はまだ冷却途上にあります。

 わたしたちは沈み込み帯にフォーカスし、地震波トモグラフィを主に用いて研究を進め、地球内部は暗黒の世界ではなく、はっきりした構造があることが見えるようになってきました。その構造とは、地球内部で生じている対流運動で、その一部を詳細に見たというわけです。


水は、火山だけでなく地震も引き起こしているようだ

 ここまではプレートの沈み込み帯における火山の話をしてきましたが、私にとってそれよりも重要なテーマが、最初にお話したとおり、地震の発生メカニズムです。プレートの沈み込み帯は、地球規模で見ると「下降流」の場所であり、そこでの典型的な現象が地震です。わたしたちは下降流で起きている地震現象に焦点を当て、なぜ地震は起こるのかをずっと見てきました。

― ちなみに地球スケールで見た時、下降流に対応する「上昇流」の発生場所はありますか?

 マントル対流のうち「上昇流」に相当するのが、「ホットプルーム」(プルームとは、もくもく上がる煙の意味)です。ほぼ鉛直に上がる煙のように、マントル深部から地表面付近まで達する地震波の低速度域が、地震波トモグラフィで見つかっています。上昇流が地表に達する場所が「ホットスポット」と呼ばれる火山地域で、地球上に百以上あります。有名なのはハワイです。もちろん、そのホットスポットの下にある構造を詳しく見ている人たちは世界中に大勢います。けれども、わたしたちは下降流である沈み込み帯にフォーカスし、そこで起きている地震現象を一生懸命研究してきました。なぜかと言えば、沈み込み帯にわたしたちは住んでいるからです。

 わたしたちは、最終的には、地震の発生メカニズムを理解し、地震発生予測につなげたいと考えています。それはなぜかと言えば、被害軽減のためです。はじめは「"どこで"地震が起こるのか?」から研究が始まったわけですが、それと「"どこで""どれくらいの大きさの"地震が起こるのか?」がわかるのでは大きな違いです。さらに「"いつ"地震が起こるのか?」までわかれば、もっとすごいですよね。それは一朝一夕にはいかないので、一歩一歩進んでいくしかありません。

― 先程も「なぜ地震が起こるのか?50年前に比べればかなりわかってきたけれども、まだまだわからない」とお話されていました。沈み込み帯における地震の発生機構について、50年前からどんなことまでがわかって、現在はまだ何がわかっていないのですか?

 沈み込み帯で発生する地震には、先にも触れましたが、主に3つのタイプがあります(図3参照)。ひとつ目は、海のプレートと陸のプレートの境界で起こる「プレート境界地震」です。海のプレートが沈み込むとき、プレート境界に摩擦力が働いて固着します。すると、重い海のプレートは陸のプレートを一緒に引きずり込みます。陸のプレートは軽いので引きずり込まれまいとして、遂には強度の限界に達してプレート境界に沿って急激なすべりが生じます。プレート境界地震です。東北地方太平洋沖地震(2011年)や宮城県沖地震はこのタイプです。二つ目は、沈み込んだ海のプレート(スラブ)内で起こる「スラブ内地震」です。三つ目は、陸のプレートの浅部で起こる「内陸地震」で、仙台の長町-利府断層で起こる地震は、この内陸地震です。

 わたしたちは「"どこで"地震が起こるのか?」から研究を始めました。最初にわかったのはスラブ内地震でした。研究の結果、スラブ内地震はスラブ内で一様に起こるわけではなく、図11に示すように、震源の分布が二重になっていることを発見しました。「なぜそこで、そのように二重になって地震が起こるのか?」は、最初のうちは全くわからなかったのですが、今では完全ではないものの、だいぶ理解が進みました。


【図11】スラブ内の二重深発地震面の発見(1978)(左図)と当時の東北大学テレメータ地震観測網

― スラブ内で震源が二重になっていることが図11で綺麗に見えていますね。なぜそこで、そのような地震が起こるのでしょうか?

 どうやら、水があるところで地震は起きているのです。先程も「火山は水が付加して融点が下がることでできる」と説明しましたね。その水は火山だけでなく、実は地震も起こしているようだ、ということが見えてきたのです。

 地震波トモグラフィの結果と、岩石の高温高圧実験で物質科学的にわかってきた結果を照らし合わせることで、スラブ内の"どこで"水が吐き出されるかは推定できるようになってきました。その水が吐き出される場所が、スラブ内で地震が起こる場所と、ちょうど一致するわけです。

― まさか水が、火山だけでなく地震の原因にもなっているなんて、今回のインタビューで初めて聞いたので驚きました。そもそも水はどのような働きをしているのでしょうか?

①  水は粘性を下げる→地球内部の対流パターンを変える
 水は非常に重要な働きをします。まず、水は粘性を下げます。「地球内部は対流している」と先程説明しましたが、粘性が低いほど対流しやすくなります。水は一様にあるわけでなく局在していますから、つまり水の有無は地球内部の対流パターンをコントロールします。

②  水は融点を下げる→マグマをつくる
 二つ目は、先程も説明した通り、水は融点を下げます。水は、岩石が融ける温度を下げて、
マグマをつくります。それが火山の原因ですし、融けることで粘性がさらに小さくなるので、対流のパターンにも影響します。

③ 水は岩石の強度を下げる→地震に大きく関わる
 三つ目は、水は岩石の強度を下げます。強度を下げることは、地震に大きく関わる非常に重要なことです。

―水が岩石の強度を下げることと、地震が起こることは、どんな関係があるのですか?

 理屈的にはとても簡単です。ここに水平な断層面があるとして、その面の上側と下側を横にずらそうとすると、面に抵抗力、すなわち摩擦力が働きます。ずらそうとする力が、面に働く摩擦力よりも大きくなると滑ります。それが地震です。摩擦力、つまり抵抗力は、面を上から押し付ける力が強いほど、大きくなります。したがって、上から押し付ける力が弱ければ、すぐ滑ります。上から押し付ける力を「垂直応力」、横にずらす力を「せん断応力」と言いますが、この垂直応力が摩擦力、すなわち断層面の強度に比例します。垂直応力が非常に強くなると、断層強度がどんどん上がります。

 例えば、深さ100kmの場合、厚さ100km分の岩石全体で上から押し付ける力って、すごいでしょう?(マントルの密度はさらに大きいですが)岩石の密度が2.6 g/cm3だとすると、10kmの深さで約260 MPa(メガパスカル)、100kmの深さで約2,600 MPa、つまり約2.6 GPa(ギガパスカル)が垂直応力です。断層強度は垂直応力の0.6倍程度ですから、すごい強度になるわけです。一方、地球内部でそんなに強いせん断応力は働きません。

― ということは、普通なら、せん断応力より断層強度の方がずっと大きいために、地震は起こらない、ということですか?

 普通なら地震は起こらないですよ。ところが、水(流体)が断層面に存在して周囲に逃げられない状態にあると、垂直応力が働いても水が頑張って面の両側がくっつくのを阻止しようとして垂直応力を"低下させる"のです。すると、その部分は強くくっついていないので、小さなせん断応力で滑ってしまいます。計算上、水の圧力(間隙流体圧::土や岩石中の空隙を占めている流体の圧力)が垂直応力と同じであれば強度は0になり、垂直応力の90%であれば強度は10分の1まで下がります。それが「水が強度を下げる」と言った意味で、10分の1だって100分の1だって、強度は簡単に下がるわけです。

 つまり、スラブ内で脱水分解する場所が地震の発生場所に対応するのは、沈み込む海のプレートの含水鉱物から供給された水が断層の強度を十分に下げた結果、加えられた応力に対して地震が発生する、と考えられます。

 先程お話した、沈み込む海のプレート(スラブ)内で見られた二重の地震面(図11)についても、スラブの地殻部分で脱水分解すると推定される場所と、スラブのマントル部分で脱水分解すると推定される場所に対応して、それぞれ上面と下面の地震が発生しています。

 また、陸のプレートで起こる内陸地震については、先程「マグマは水を含んで上昇し、それが地表まで出てくれば火山になるが、途中で力尽きるのがいて、その積算が陸地だ」とお話しましたね。水を含んで生じたマグマですが、マグマが途中で力尽き固化して岩石になると、それまで含んでいた水を保持できずに吐き出します。そのようにして水が吐き出されると考えられる場所を地震波トモグラフィで推定すると、活断層の直下に位置します。


【図12】内陸地震の発生モデル。地殻に貫入したマグマによる熱と、その固化に伴って放出される水の両方が、下部地殻を軟化、その直上に応力・歪が集中。さらに断層に沿って上昇した過剰間隙圧流体によって断層強度が低下し地震が発生。地震は応力の上昇だけでなく、間隙流体圧の上昇に伴って強度も時間とともに低下し、遂に応力が強度を超えた時点で発生する。

― 断層も、水が強度を下げることで、地震が起こるわけなのですね。

 はい。水は軽いので上に上がろうとしますが、その際、水は通りやすい場所を通って上がろうとします。そこで古傷である断層に沿って上がろうとするわけですが、上がってくる水は熱水で鉱物を多く含みます。地表に近づくにつれ温度が下がるので、それまで熱水に含まれていた鉱物の一部が分離して吐き出されます。すると、温泉のパイプが目詰まりを起こすのと同じように、目詰まりを起こして水の通路が塞がってしまいます。ところがプレートは連続的に沈み込んでいきますから深部からの水の供給はずっと続きます。その結果、そこに供給される水がどんどん増えて水圧が上がり(過剰間隙流体圧)、それによって断層の強度がどんどん下がるというわけです(図12)。

 多分、そうやって地震は起きているのだろうということが、最近見えてきました。

― まだ「多分」なのですか?

 まだ「多分」なのですよ(笑)。私はそう考えていますが、地震学の分野でまだ定説になり切れていない、その途上にあるからです。冒頭で私が「だいぶ見えてきた」と言ったのは、そういうことです。


プレートテクトニクスも水がないと成り立たないようだ

― 水が想像以上に重要な役割を色々担うことに、今日はとても驚きました。水なしには、火山も地震も成り立たないのですね。

 地球は「水の惑星」とよく言われます。水は生命誕生に必要不可欠と言われていますが、実は、プレートテクトニクスも水がなければ成り立たないのではないかという説がかなり有力になってきています。

 地球の表面は宇宙空間に熱を放出していて非常に冷たく、地球の内部は非常に熱いから、対流が起こるわけです。けれども、水飴を冷蔵庫に入れておくと固くなるのを想像してみてください。外側が冷たければ表面が冷えて固い殻ができますが、その殻の強度が大きければ、外側の殻は動かず、その内側だけで対流するパターンができそうですよね。

 ではどれくらいの強度があればどんな対流パターンになるのか、世界中の研究者が数値シミュレーションを盛んに行って研究しています。その結果によれば、地球表面のプレートの強度が大きければ、表面の硬い殻であるプレートは全く動かず、それよりも深部側でだけ対流運動が起こるパターンになるそうです。けれども、地球に実際起こっているプレート運動はそうではなく、外側の硬い殻の部分、すなわち海のプレートも地球内部に沈み込んでいきます。そのような下降流のパターンが成立するためには、プレートの強度が非常に弱くならなければいけません。

― 具体的には強度がどれくらい弱まる必要があるのですか?

 岩石の場合、垂直応力に0.6をかけたものが強度と、実験室での研究からわかっています(Byerleeの法則)。先ほどもお話しました通り、深さ約10kmで約260 MPaの垂直応力ですから、強度は150 MPaくらいです。プレートの厚さは約100kmですから、深さ100kmでおよそ1.5 GPaの強度です。それに対してプレートテクトニクスが成り立つには、ある数値シミュレーションの結果によると、プレートの強度を100 MPaくらいまで下げるようなメカニズムが働く必要があると推定されています。

 また、別の数値シミュレーションによると、海のプレートが、図3のように形を保持しながら陸のプレートの下に"綺麗に"沈み込んでいくためには、プレート境界の強度が非常に弱くなる必要があるという推定もあります。それはどれくらいの強度かと言うと、40 MPaくらいだそうです。

 プレートの強度だけでなく、プレート境界の強度がなぜ弱くなるかも、やはり水があるためだと考えられるのですよ。海のプレートが沈み込んでいくにつれて温度・圧力が上がり、プレート内の含水鉱物が脱水分解して、吐き出された水の一部は直上のマントルウェッジ内に上昇し、一部はプレート境界に沿って斜めに上昇すると先程も説明しましたね。プレート同士は相対運動しているため、その間のプレート境界は透水係数がその方向に大きい、つまりプレート境界は水が浸透しやすい場所です。ですから水はプレート境界に沿って斜めに上昇すると考えられます。

 もうひとつは、陸地に近づくまで海のプレートは海底に長い間ずっといるので、その上に泥が溜まり、プレート最上部に堆積層をつくります。堆積層は水の中でつくられるので、水を多く含んだ状態です。つまり、水を含んだ堆積層がプレート境界面にあるわけです。

 深部で脱水分解した水が、プレート境界面に沿って上がって来て、もともと水がある堆積層に供給されるわけですから、プレート境界に水がたくさんあることは自明ですよね。プレート境界面で水の圧力(間隙流体圧)が高いほど断層の強度を下げるので、海のプレートが図3のように形を保持しながら陸のプレートの下に沈み込む、というわけです。

 地球の長い歴史の中では、水が地球の表面と内部を循環しており、ある見積もりでは現在の海水量の数倍もの水が地球の内部にあると推定されています。プレート運動そのものがマントル対流の一翼を担っており、海のプレートは水を地球内部に運ぶ「運び屋」でもあると考えれば、水は地球の内部と表面を循環していることを非常によく理解できるでしょう?さらに、その運ばれた水は粘性係数を下げるため、マントル対流のパターンそのものをコントロールする役割も果たします。

 ということで、プレートテクトニクスもどうやら水がないと成り立たないようだ、という説は今、非常に有力になっています。私はそれに加えて、つまりプレートテクトニクスだけでなく、実は、地震も水がなければ起こらないのではないかと思い始めたわけです。多分そうだろうと思って私は今、研究をさらに続けている途上なのです。


地震発生のメカニズム解明から、将来は地震発生予測へつなげたい

― では、あと何がわかれば「水が地震をひき起こす原因であることがわかった」と言えるようになりますか?

 観測的証拠がさらに蓄積し、多くの研究者がその通りと思うようになるまでには、それなりの時間がかかります。とりわけ、情報量の少ない地球内部を扱う地震学では。

 日本列島には、政府の地震調査研究推進本部が「主要な活断層」として挙げる約110の活断層の他に、活断層がたくさんあります。主な活断層についての将来の地震発生確率は、過去の発生履歴のデータから将来も同じように繰り返すと仮定して推定していますが、各断層で間隙流体圧を測定できれば、強度がどれくらい低下したかわかり、原理的に危ない断層がわかりますよね。

― 間隙流体圧を測定する方法はありますか?

 間隙流体圧は地表から測定することはできませんが、掘れば測定できます。ただし、地表から少なくとも10kmの深さまで掘る必要があります。日本列島で一番深く掘った記録は約6kmです。しかも、莫大なコストがかかりますから、掘って測定するのは現実的な方法ではありませんね。

 それでは、どうするかと言うと、間隙流体圧にセンシティブな物理量を探します。例えば、地震波の速度は有力な候補のひとつです。P波とS波の速度の比や、また地震波の減衰する量なども間隙流体圧にセンシティブな量ですから、そういったものを測ることが次に考えられます。ただし、空間分解能が現在全く足りないので、空間分解能を今よりも格段に上げる必要があります。

 すると、そのことだけでも、次のステップとしてやることが出てくるわけじゃないですか。ですから「完全にわかった」というのは、「~については完全にわかった」というのはあるかもしれませんが、研究としてはいつまで経ってもないと思います。

 地震の発生メカニズムとして、間隙流体圧で強度を低下させるのが主要な原因であるかどうかは、今はまだ研究途上にあるわけですが、それが主な原因とわかってくれば、地球内部の間隙流体圧を如何にして地表から測れるかにターゲットを絞ることが、次のひとつのアプローチとしてありますね。地震学に限らず、サイエンスってそういうものだと思います。

 ある意味、地震学は情報量が一番少ない分野です。同じ地球物理学の分野でも、地上より上は光も電磁波も通るし、場合によっては直接測定をしにも行けるし、だいぶ違いますよね。そのような中で、地震学に地震波トモグラフィが登場し、その結果、地球内部は暗黒の世界ではなく、ちゃんとそれなりの構造があって、例えばマントル対流のパターンが見え、さらに解像度を上げていけば、どんどん詳しい構造が見えてくる、地震学はそのような歴史だったのです。そういう意味で言うと、なかなかわからないのですが、今はやっと少しわかってきたというレベルじゃないですか(笑)。

 それは例えば、望遠鏡や顕微鏡の倍率が上がっていくと、新しいことがどんどんわかってきたことと同じだと思うのです。その解像度が、それらに比べると遥かに低いのが地球の内部じゃないですかね。解像度が低い理由は、光や電磁波が通らないので、代わりに地震波を使うためです。使える地震波の波長は、短くてもkm程度なので、光や電磁波に較べて分解能が低いのです。

 そうは言っても、これから解像度はどんどん上がっていくと思います。例えば先程の間隙流体圧も、それにセンシティブな物理量を地表から測定するわけですから、リモートセンシングのようなものです。それが解像度を上げて測定できるようになれば、どの断層が危ないかがわかるようになりますから、それは現在の経験的な予測の段階から進んで、物理的な予測の段階に入ることになります。そういうふうに将来はなってほしいです。

― これまで50年間にわたる地震研究について詳細にご説明いただき、ありがとうございました。ここからのインタビュー後半では、そもそも長谷川先生が地震をテーマに研究を始めた経緯についてお聞かせいただけますでしょうか?


なんとなく、一番わかっていなくて、これから発展しそうな分野

 高校時代の昔を思い出すと、ごく普通の高校生と同じように大学で何をやろうか考えて、私は「物理をやろう」と思いました。実は、最初は物理か哲学かどちらかをやろうと思ったのですが、哲学からはすぐに脱落して(笑)、教科で習った高校物理のイメージで、なんとなく物理をやりたいと思って東北大学に入学したのです。

 当時の理学部は、入学段階では系に分かれない制度で、1年生の終わりで物理系を選びました。2年生の終わりで物理・地球物理・天文を選ぶ時が来て、私は物理か地球物理のどちらかで悩みましたが、なんとなく新しい印象だった地球物理を選びました。こう言うと怒られるかもしれないけど、地球物理の方はまだいろいろなことがわかっていない感じがして、遅れていたように見えたのです。物理の方が、はるか先に進んでいるように見えたのですよ、私には(笑)。だから「わからない方がやり甲斐があっていいな」と思って地球物理を選びました。4年生で講座を選ぶ時も同じ理由で「なんとなく一番わかってなさそうなのは地震だ」と。ですからなぜ希望したかと言うと、「なんとなく」なんですよね(笑)。

 けれども今考えれば私が4年生の頃は、冒頭でもお話したようにプレートテクトニクスが発展していたまさにその時でしたし、1960年代にアメリカが世界の標準地震計観測網(WWSSN)を設置してデータがだんだん蓄積し始めた頃でした。さらに日本でも1965年に地震予知研究計画が立ち上がったばかりで、データを取り始めようとしていた頃でした。地震学そのものは古いですが、現実にはいろいろなことが一番わかっていない、これから急に発展しそうな感じを、なんとなく感じていたのかもしれないですね。

 いずれにせよ、あまり大した理由はなく地震学講座に入れてもらって教育を受け、大学院に進学したのですが、地震学を専攻すると、わかっていないことがだんだんわかってくるわけです。するとやっぱり「なぜそこに地震が発生するのか?」という素朴な疑問がまず湧きますよね。その素朴な疑問の答えを見つけようとして、一気には行かないのはわかっていましたから、地道に少しずつ少しずつ、ずっとやってきたのがこれまでです。

 だから、好奇心さえ満たせば、多分なんでもよかったのだと思うのです。地震学を始めてからは、わかっていない一番の根本は「なぜ地震は発生するのか?」です。今でもわかっていないこともたくさんあるけれども。そういう意味で言えば、わかっていないことを知りたい。大本はそこじゃないでしょうか。

 だから、大した根拠はないのです。でもまあ、地震学を選んだのは正解だったかもしれないですけどね。

― それだけ、自分がわからないと感じた、つまり研究できることがいっぱいだと直感的に感じたのでしょうか?

 でも、科学には、ゴールがないでしょう?ですから別に、わざわざわからない分野を選ぶ必要は本当はないのですよね。だから、なんでそうだったのかな?と思うと、わからないですよね。単に天の邪鬼かもしれないけど、なぜ地震学を選んだのか?と言うと、「大した理由でない」と言えば、そうかもしれないし。だから「なんとなく」なんです。

― 自分の場合ですが、長谷川先生とは反対に、高校までは教科書に「こんなにわかっています」と書いてあったので、てっきり、自分が素朴に疑問に思うことなど、すでに科学的にわかっているものだと思い込んでいました。ところが、大学に入って先生に質問すると、「それはまだわかっていないから、教科書にもそれ以上のことは書いていない」と教えてもらい、科学的にまだわかっていないことはいっぱいあると知って嬉しく思ったくらい、「みんな、わかっているものだ」と思っていました。

 そうですか?私は「みんな、わかっていないな」という印象が最初からありましたね。それだけ、わかっていなかったのですよ。だって50年も前だもの。近代科学の歴史は皆そうかもしれないけど、地震学の歴史はまだ130年くらいですから。

 世界で最初の地震学会ができたのは日本です。明治時代、お雇い外国人教師が日本に来て初めて地震を体感して、それこそ「なんでだろう?」と思い、日本で地震計を開発して、1880年に日本地震学会を設立しました。学会長は日本人でしたが、実際に地震学会を創設したのはイギリス人のジョン・ミルンです。ミルンは日本人と結婚して、お雇い外国人教師の任期を終えた後、夫人を連れて帰国し、世界の地震観測網をつくったすごい人です。

 地震学って、まずは観測データなのですよね。いくら理屈があっても、観測データがないと駄目なのです。「地震波は弾性波」という理屈の話は、日本地震学会ができるよりずっとはるか前に、ヨーロッパの人たちが理論的に確立しています。けれども実際に地震のデータを取らないと、地球内部で起こっていることはわからない。だから、観測データの有無で決まるのです。

 地震計の観測点がだんだん増えていったのは地震学会設立後ですから、私が地震学を始める前に70年分のデータの蓄積があったわけです。そして、そのデータ、つまり観測点数が再び急激に増えつつある頃と、私が大学院に入った頃は、だいたい一致するんですよね。


何事にも興味を持ち積極的に知識を吸収する好奇心が人生で重要

― 最後に、今までのお話を踏まえて、中高生も含めた次世代へメッセージをお願いします

 何事にも興味を持って積極的に知識を吸収する好奇心が、人間として生きていく上で、ものすごく重要な気がします。あなた方が大人になってどんな分野に進むか、あるいはどんな仕事をするかという時、自分がやりたいこと、興味を持っているところに、誰もが行きたいですよね。それを探そうとする時、結局、何事にも好奇心を持って積極的に知識を吸収することを繰り返し続けていけば、自分のやりたいことがいずれ見つかると思うのです。そういうことをやると、後々ハッピーですよ。

 そういう意味では、私は非常にハッピーです(笑)。普通ならリタイアしている年齢ですが、今でも自分のやりたいこと、研究らしきことをやっています。先ほどお話した「全部水だ」という考えが、学界では未だ定説になっていないこともあって、それを示す観測的証拠を次から次へと出していきたいのです。それが研究ですよね。そのような研究をしたい理由は、好きだからです。だから私は、とてもハッピーです。


― 長谷川先生、ありがとうございました。

産学連携で研究成果を社会へ/東北大学未来科学技術共同研究センター20周年

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産学連携で研究成果を社会へ/東北大学未来科学技術共同研究センター20周年

2018年10月30日公開

東北大学百周年記念会館川内萩ホール(仙台市青葉区)で10月26日に開かれた、東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典・記念講演会のようす

 東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典が10月26日、仙台市青葉区の東北大学百周年記念会館川内萩ホールで開かれ、大学関係者をはじめ、企業や行政、研究機関などから多くの参加者が集まり、20周年の節目を祝った。

 NICHeは、大学の知的資源をもとに、社会の要請に応える新技術製品の実用化と新産業創出を目指し、産業界など外部との連携により、先端的かつ独創的な開発研究を行うことを目的として平成10年4月に設立された。設立から20年間で約520億円の外部資金を獲得し、合計75のプロジェクトを実施、NICHeから35社のベンチャー企業が立ち上がった。

記念式典で式辞を述べるNICHeの長谷川史彦センター長

 記念式典で式辞に立ったNICHeの長谷川史彦センター長は20年の歩みを振り返り、「大学の研究成果を市民の皆様にさらにわかり易く説明するために、開発した要素技術をもとに自らベンチャー起業を積極的に行い、着実に育成する新たなシステムづくりに挑戦したい。東北地域から生まれる新たなライフスタイルを産業界とともに世界に向けて提案していきたい」と意気込みを語った。

記念式典で挨拶を述べる東北大学の大野英男総長

 次に東北大学の大野英男総長は「産学連携の拠点として学術成果を実用化する革新的なミッションに取り組んできたNICHeが、これからも、課題先進地域である東北に新しい未来を紡ぎ出す活動をし、我が国の産業競争力に大きく貢献することを期待している」と挨拶。続けて、文部科学省の松尾泰樹 科学技術・学術政策局長、経済産業省の福島洋 技術総括・保安審議官、東北経済連合会の海輪誠会長が祝辞を述べた。

江刺正喜東北大学名誉教授(マイクロシステム融合研究開発センター教授)による記念講演「MEMSの実用化研究」

 記念式典の後は記念講演会が行われ、スマートフォンのジャイロセンサやプロジェクターの光制御デバイスなどに利用されているMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究で紫綬褒章などを受賞している江刺正喜東北大学名誉教授(マイクロシステム融合研究開発センター教授)と、世界中の液晶ディスプレイの発展に多大な貢献と産業界への先端技術普及および育成に尽力してきた内田龍男東北大学名誉教授(株式会社インテリジェント・コスモス研究機構 代表取締役社長)が記念講演を行った。

内田龍男東北大学名誉教授(株式会社インテリジェント・コスモス研究機構 代表取締役社長)による記念講演「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」

 江刺名誉教授は「MEMSの実用化研究」と題した講演でこれまでの研究を振り返り、「ものづくりにはインフラが不可欠で、設備の共有化にこだわってきた。組織間の壁を低くし集団で力を発揮することが大事」と語った。次に内田名誉教授は「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」と題した講演で、液晶ディスプレイの黎明期に研究を開始し、有機物でしかも液体という電子工学材料としては未踏の分野に挑戦し、高性能カラー液晶ディスプレイなどの実現に尽力してきた経緯と人材育成の取組みなどについて講演。「ICT社会の構築においてディスプレイは最重要キーデバイスのひとつ。まだまだ発展の余地は大きく、情報システムの進化を担う要素技術の進化と連携が重要だ」と今後の展望を語った。

産業技術総合研究所の中鉢良治理事長による招待講演「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」

 続いてNICHeで現在進行している18のプロジェクトが紹介された後、産業技術総合研究所の中鉢良治理事長による招待講演があった。中鉢理事長は「豊かな社会とは?-科学技術の視点から-」と題した講演で、「未来のものづくりにおいては、社会的価値と経済的価値を両立する心の琴線に触れる価値こそが新しい価値ではないか。"共通善"の追求こそが、ものづくりの最終的な目標だと思う」と、今後のものづくりの方向性について語った。


インタビュー

-「宮城の新聞」読者の中高生や一般の方にむけて、一言メッセージをお願いします。


◆ 長谷川史彦さん(東北大学未来科学技術共同研究センター センター長)

 これからも東北大学のよさを市民の皆様にお伝えしていきたいと思っています。地域の皆様や子どもたちも、ぜひNICHeのある東北大学の青葉山キャンパスに時々遊びに来てください。

◆ 中鉢良治さん(産業技術総合研究所 理事長)

 様々なところで産学連携の環境が整いつつあり、その機を捉えて、東北大学をはじめとする様々な大学で産学連携の受け皿をつくっていることはよいことです。産総研も産学連携を推進しているので、ぜひ皆で連携していければと思います。

ものづくりやITのプロが企業や学校で若者育成を支援、好事例を発表

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ものづくりやITのプロが企業や学校で若者育成を支援、好事例を発表

2018年11月30日公開

仙台国際センター(仙台市)において11月13日に開催された「生産性向上のためのIT活用の現状とものづくりマイスターに係わる好事例発表及び意見交換会」のようす

 「生産性向上のためのIT活用の現状とものづくりマイスターに係わる好事例発表及び意見交換会」が11月13日、仙台国際センター(仙台市)で開かれ、県内の企業や工業高校、行政の関係者ら約80人が参加した。厚生労働省の若年技能者人材育成支援等事業を受託している宮城県職業能力開発協会の宮城県技能振興コーナーが、IT活用や技能伝承に取り組む企業の好事例を普及させようと開いた。同事業では厚生労働省に認定された「ものづくりマイスター」「ITマスター」が企業や学校などに派遣され、若者への実技指導を行っている。

青木製作所副工場長の古山茂和さんによる発表『ものづくりマイスターを活用した人材育成について~技能五輪選手育成を通して~』のようす

 好事例発表会では、はじめに青木製作所副工場長の古山茂和さんが「ものづくりマイスターを活用した人材育成について」をテーマに話をした。技能競技大会を通じて若手社員の育成を行う同社が、高齢化による指導者不足などの問題を解消しようと、ものづくりマイスター制度を導入した経緯や効果を説明。古山さんは「マイスターの指導を受け、若手社員は技能向上のみならず人間的にも成長した。今後も同制度を活用して社内のレベルアップに努め、世界中から仕事が集まる会社を目指したい」と語った。

コー・ワークスCTO白田正樹さんによる発表『生産性向上のためのIT活用の現状について~弊社プロダクト「Tibbo-Pi」を活用したIoT事例~』のようす

 続けて、コー・ワークスCTOの白田正樹さんが「生産性向上のためのIT活用の現状について」をテーマに講演した。白田さんは「IoTとは今までインターネットにつながっていなかったモノがつながることで付加価値を生み出す便利なツールと考えればよい」と説明し、同社製品の産業用IoTエッジデバイスについて概説。さらに古い装置の稼働情報の見える化などに導入された事例なども紹介し、「パソコンプラスアルファの知識があればIoT活用は可能。必要性を見極めた上で、まずは小さなことから取り入れてみては」と話した。

意見交換会のようす

 その後、意見交換会が行われ、宮城県ものづくり企業コーディネーター設置事業統括コーディネーターの八島和彦さんがコーディネーターを務め、宮城県第二工業高等学校校長の今野好彦さん、ものづくりマイスターの安部隆雄さん(アンテック代表)、ITマスターの樋口祐紀さん(ナナイロ執行役員)、古山さん、白田さんが、同制度の意義などを語った。

 今野さんは「教員だけでは無理だった課題も、プロの力を借りて指導いただき、ありがたい。ものづくりマイスター・ITマスター制度は学校の教育力を補完する意味でも有効」と話した。ものづくりマイスターの阿部さんは「若者自ら上手になりたいと思える環境を如何につくれるかが重要で、それが指導的立場の人の役割」と語った。コメンテーターを務めたみやぎ産業振興機構シニアアドバイザーの白幡洋一さんは「ものづくりマイスター・ITマスターは優れた制度で、幅広い業種業態に活用できる。ぜひ多くの好事例をつくってほしい」と同制度への参加を呼びかけた。


◆ 産学官が力を合わせ、日本の将来を担う若手人材育成を
 /宮城県職業能力開発協会 宮城県技能振興コーナー所長の曵地信勝さん

― 「ものづくりマイスター」「ITマスター」とは、どんな制度ですか?

宮城県職業能力開発協会 宮城県技能振興コーナー所長の曵地信勝さん

 厚生労働省が平成25年度から始めた「若年技能者人材育成支援等事業」で、申請要件を満たす方が、高度な技能と経験を有する「ものづくりマイスター」「ITマスター」として厚生労働省から認定される制度です。認定されると、依頼があった企業や学校に派遣され、若年技能者への実技指導を行います。

 工業系の高校生は、1日最大3時間を上限に年間10回、のべ30時間まで指導を受けられ、材料費も一回につき一人あたり最大2,160円が補助されます。企業については年間20回まで指導を受けることができます。ものづくりマイスターやITマスターへの謝金や旅費については、当事業を受託した当コーナーが負担するため、原則発生しません。

― この制度の趣旨や意義は何ですか?

 その道で長年仕事をしてきた方から知識・技能・技術を直に教えていただける、若い人にとって最高の学びの場です。若い人には、新たな技能と知識を身に付けて自身のスキルアップをしていただくと同時に、「将来は自分が指導者になる」という意識で指導を受けていただきたいというのが、この制度の趣旨です。それが技能の伝承につながります。

― この事業が目指すものは何ですか?

 工業立国日本の中心をなす製造業に関わる若手人材の育成が当制度の大きな目的です。そのような流れで技能を継続していけば、日本からものづくりが消えることなく、材料資源に乏しい日本が新たな付加価値をつけて生産力を上げ、日本の国全体も豊かになっていくはずです。そのためには、学校だけ、企業だけ、行政だけが頑張っても駄目ですから、産学官連携が第一条件になります。そのためのつなぎ役をするのが、我々職業能力開発協会だと考えています。

― 最後に、次世代を担う中高生へのメッセージをお願いします。

 この事業では、これまでお話した企業や学校などの若年技能者に対する実技指導のほかにも、小中学校や普通科の高校でも、ものづくり体験教室や事業所見学などを行うことで、ものづくりやITの魅力発信を行っています。小さな頃のものづくりの経験が将来の進路選定のひとつのヒントになると考えるからです。ものづくりに興味を示す児童・生徒が増えれば、日本のものづくり人口も減らず、ものづくりの伝統・文化の継承につながります。

 宮城で育った人材が、宮城の企業で活躍いただき、宮城の経済発展に貢献いただく。ひいては宮城県民一人ひとりの豊かな生活を実現していく。そのプロセスのひとつを踏むことができる制度ですので、ぜひ多くの子どもたちや若い方に活用いただきたいです。

― ありがとうございました。

元留学生のニェインさん(ミャンマー・マンダレー大学准教授)に聞く、ミャンマーと日本の大学教育の違い

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【研究室訪問】Nyein Wink Lwin(ミャンマー・マンダレー大学 准教授)に聞く/元留学生に聞く、ミャンマーと日本の大学教育の違い 取材・写真・文/大草芳江

2019年02月23日公開

自分の頭で考える教育をミャンマーでも実践したい

Nyein Wink Lwin
(ミャンマー・マンダレー大学 准教授)

1973年、ミャンマー マンダレー生まれ。1996年マグウェイ大学修了後、1997年マグウェイ大学講師。2002年より文部科学省国費外国人留学生制度により東北大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程入学、2007年東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、博士(理学)。2007年マグウェイ大学講師、2008年マンダレー大学講師、2014年パングロン大学講師、2015年マンダレー大学講師、2016年パングロン大学准教授、2017年マンダレー教育大学准教授を経て現在に至る。

 ミャンマーのマンダレー大学准教授のニェイン・ウィント・ルウィンさんは、文部科学省の国費外国人留学生制度で2002年4月に東北大学大学院理学研究科物理学専攻の原子核理論研究室に修士学生として入学し、2007年3月に東北大学で博士号(理学)を取得した元留学生です。日本学生支援機構の「帰国外国人留学生短期研究制度」を利用して2018年10月からの3ヶ月間、同研究室において短期研究を行っているニェインさんが日本語でのインタビューに応じてくれました。ミャンマーと日本、二国の大学で教育を受けたニェインさんに、留学当時のことや日本とミャンマーの大学教育の違いなどについて聞きました。

周囲に恵まれ日本での留学生活をスタート

― ニェインさんが東北大学に留学しようと思った理由は何ですか?

 私は、物理のティーチングアシスタント(パーマネント職)として約3年間、ミャンマーの大学で勤務した後、日本の文部科学省の国費外国人留学生の試験を受けて合格しました。その年にミャンマーからは約20人が受験して2人が合格し、私は東北大学へ、もう一人は大阪大学へ留学しました。実は当時、合格して志望大学を聞かれた時に日本の大学のことがよくわかりませんでした。当時はインターネットもなかったので、大学の図書館で調べたり、日本に留学した2人の先輩たちから話を聞いたりして調べました。そして萩野浩一先生の前任の滝川昇先生が受け入れてくださり、東北大学への進学が決まりました。

― これまで縁のなかった日本に来て、はじめのうちはご苦労も多かったのでは?


村田城跡(宮城県)にて研究室のお花見を行った時の写真(2006年)

 ミャンマーにいた間に外国語学校で日常会話程度の日本語を約3ヶ月勉強してから2001年10月に来日しました。それから半年間、日本語を勉強して、2002年4月に東北大学に入学し、マスター(修士課程)の学生として研究を始めました。最初のうちは授業もあまりよくわかりませんでしたが、東北大学が留学生のためにチューターをつけて学習や生活等をサポートしてくれる制度があり、古田さんという一学年上の先輩がいろいろなことを教えてくれました。研究室の先輩たちからもいろいろ教えてもらいながら勉強しました。周囲の人はとても大切です。周囲の人に恵まれて、私は幸運でした。


相対論的平均場理論を使って原子核の変形について研究

― 東北大学では、どのような研究をしましたか?

 マスター(修士課程)からドクター(博士課程)まで、原子核を構成する陽子と中性子が原子核の中でお互いどのように分布しているかを、相対論的平均場理論を使って調べる研究をしました。原子核は変形することがあり、変形した原子核は多く発見されています。普通の原子核は、変形した時に陽子と中性子が同じように変形することが知られていますが、中性子が過剰にある原子核(中性子過剰核)では、陽子と中性子は同じように変形するのか、それとも、中性子がたくさんあるので独立に変形するかを調べたいと思って研究しました。

― 研究では、どのような成果を挙げましたか?


 上の図で、βは原子核の変形の具合を表しており、下付きのn(neutron)は中性子で、下付きのp(proton)は陽子を表しています。陽子の変形の仕方と中性子の変形の仕方が、右側のグラフの対角線上に並んでいれば、同じように変形していることを意味しています。研究の結果、対角線上から割とずれていない結果が得られました。つまり、陽子と中性子は少しだけ違うように変形しますが、想定していたより陽子と中性子のずれは大きくなかったことがわかりました。


日本とミャンマーの大学教育の違い

― 日本とミャンマーで違いを感じた場面はありましたか?

 日本の大学では、講義も自分で選び、研究テーマも自分で決めることができます。現在は仕組みが変わっていますが、当時のミャンマーの大学院は、2年間決められた講義を受けて、研究ではなく試験によってマスターを取得する仕組みでした。私は1998年にミャンマーの大学院に進学し、2000年にマスターを取得しましたが、決められた講義に出席して暗記と試験を頑張る感じでした。当時のミャンマーでは、自分では選べなかった、ということです。ですから当時の私は、「自分は何が好きか」ということは一切考えておらず、試験をうまくパスすることしか考えていませんでした。しかし、講義を頑張って受けて暗記し試験をパスしても、あまり頭に残りませんでした。また、どの科目も少しずつしか学ばないので専門的に深めることもできませんでした。2016年からミャンマーも新システムに変わり、自分のやりたい研究をやれるようになりました。ミャンマーは現在、それらの問題を直そうとしているところなのです。

 さらにその昔は、ミャンマーでも自分のやりたいことを研究していた時代がありました。ですから皆が皆そうとは言えませんが、ミャンマーの大学教員の多くは、講義中心、暗記・試験重視の教育システムを経て教員になったため、能動的な学びの場を学生に提供することが難しいのではないかと思います。また、昔はヤンゴン大学とマンダレー大学しかありませんでしたが、現在は約130まで大学が増え、学士課程までの単科カレッジ(Degree Colledge)が修士課程以上を持つ大学(University)へアップグレードしました。ですから大学院生を指導できる大学教員の数も足りないのです。

 さらに現在、マンダレー大学とヤンゴン大学には博士課程までできましたが、大学の教員は2,3年ごとに国内の他大学へ異動しなければならないことも問題です。マスターやドクターの学生と教員はいつもバラバラになってしまい、学生たちは先生がいなくて困っています。先生が遠い地方の大学へ行ってしまうと、学生は本当に大変です。つい最近になって、(政府が教員人事を管理するのではなく)大学独自に教員採用が可能になり始めたような動きが見られます。ミャンマーでも、先生と学生が一緒にいられる仕組みになってほしいです。

― 大学入試の仕組みも、ミャンマーと日本では異なりますか?

 日本では、東北大学に入りたい時は東北大学の試験を受け、東京大学に入りたい時は東京大学の試験を受ける仕組みです。一方でミャンマーでは、高校最終学年に全員同じ卒業試験を1回だけ受け、各試験科目の得点によって応募できる大学は決まっており、得点の高い順に難易度の高い大学に振り分けられる仕組みです。ですから日本のように、自分の行きたい大学を選ぶことはできません。

― ミャンマーで大学へ進学する割合はどれくらいですか?

 とても少ないです。高校卒業試験を兼ねた全国一斉の大学入試試験の合格率は毎年3割程度(残り7割程度は高校を卒業できない)ということは、データからもわかっています。ミャンマーには全体で135もの民族がいますが、生活のために学校へ行けない人も多いと思います。


主体的な学びをミャンマーでも実践したい

― 今後の抱負について教えていただけますか?

 私は大学教員ですから、自分が今やっている仕事を、昔も頑張っていましたけど(笑)、もっと頑張りたいです。ミャンマーの講義では、教員は細かなことを一方向に教えて、学生は自分の頭で考える必要はなく、細かなことを暗記して試験に臨みます。一方で日本では、毎週セミナーなどで、学生自ら勉強したことを説明したり、自分の頭で頑張って考えます。ミャンマーでも、学生も自分で頑張って考えてほしいですね。おそらく最初のうちは学生にとっても難しいことですが、「自分で頑張って考えて」と言えば、学生は頑張りますよ。特にヤンゴン大学やマンダレー大学は試験で高得点を取った学生しか入れないようになっており、高得点の人は医学部や工学部も選べるのに、「物理を学びたい」と自ら選んで来る人もいますので、教える教員はもっと頑張らなければいけません。


― ニェインさん、ありがとうございました。

産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~

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産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~ 取材・写真・文/大草芳江

2019年02月27日公開

産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation(TAI:鯛) Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催する。「東北の企業の皆様に"海老"で"鯛"を釣っていただきたい」と語る本プロジェクトのコアメンバーに、その狙いや目指す方向性を聞いた。

<目次>【特集】産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
(1) 産総研東北センター所長の松田宏雄さん・所長代理の伊藤日出男さんに聞く:「企業ニーズの明確化による事業変革を支援」
(2) 東北経済産業局地域経済部長の蘆田和也さんに聞く:「産業の大変革期に求められる企業支援とは」

※ 本インタビューをもとに「産総研東北ニュースレターNo.47」を作成させていただきました。詳細は、産総研東北センターHPをご覧ください。


【特集】産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
(1)産総研東北センター所長の松田宏雄さん・所長代理の伊藤日出男さんに聞く:「企業ニーズの明確化による事業変革を支援」


産業・技術環境の大変革期に必要なこととは?

―これまでも、新事業創出に向けた技術セミナーなど、企業支援・産業振興の取り組みは多く行われています。そんな中で今回、産総研東北センターとして「TAIプロジェクト」を発足するに至った経緯や狙いは何ですか?

【松田】
 ここのところ、インダストリー4.0やSociety 5.0など、重要そうだけどもよくわからない言葉が飛び交い、産業も非常に速いスピードで変革しています。そんな中、企業の皆様もこれからどのような方向へ進んでいけばよいかわかりにくい状況になっています。また、企業支援・産業振興のあり方も変革が迫られています。

 そこで、研究開発を通じて地域の産業振興を図るというミッションを掲げる産総研が地域のハブとなり、ゆるやかな集まりの中で、企業の皆様、あるいは大学も含めた他の研究機関等の皆様とそれらについて一緒に考える場をつくることはできないか、という議論になりました。それが「Tohoku Advanced Innovation(TAI:鯛)Project(TAIプロジェクト)」発足のそもそもの狙いです。

 これまでのセミナーや勉強会は、一方的に講師の話を聞くだけで終わってしまうことが多かったと思います。TAIプロジェクトでは、先端技術の紹介に加え、企業の経営者の皆様が「少し試してみたい」と思われた時に、そのチャンスをできる限り提供することで、従来とはまた違った、もう一歩踏み込んだ取り組みにできるのではないかと期待しています。

【伊藤】
 必要とするニーズやシーズが明確化している企業向けの支援メニューは、各支援組織がすでにお持ちだと思います。TAIプロジェクトでは、既存の支援メニューにつながっていく、もう一歩手前の領域を皆様と一緒につくっていきたいと考えています。


先端技術の体験を通じて企業ニーズを明確化

―具体的には、どのような取り組みを行うのですか?

【伊藤】
 産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、経営者や次期経営者の皆様が、先端技術にチャレンジできる体験型の勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催します。単なる改善にとどまらない、イノベーションによる新事業拡大を目指すという意味をその名前に込めています。ロゴマークも名前にかけてTAI(鯛)を釣り上げるEBIS(恵比寿)様です。恵比寿様は、各中小企業の経営者の皆様をイメージしています。

 EBISワークショップへの参加を通して、先端技術が各企業にどのように役立つか、気付きを得ていただき、企業ニーズの明確化、必要なシーズの協奏的な確立を通して、企業の新たな事業の発展に向けた動きを支援します。その歩調はそれほど速くはないかもしれませんが、EBISワークショップを着実に積み重ねることが、ひいては東北地域の産業活性化や雇用の拡大につながっていくと考えています。


「AI」「IoT」「放射光」など、テーマ提案大歓迎

―EBISワークショップのテーマは、どのように決めるのですか?

【伊藤】
 EBISワークショップのテーマについては、それぞれの県で施策も事情も異なりますので、各県の自治体や公的研究施設、大学などと相談しながら設定していきます。あるいは、地元の企業の方から「こんなテーマでEBISワークショップを開いて欲しい」と提案があれば、それにお応えできるような企画を考えます。

IoTをテーマにEBISワークショップ開催(岩手県北上市、12月)

 EBISワークショップの開催にあたり、8月に宮城県で準備会を開き、東北経済産業局の皆様をはじめ産学官金の皆様から、どのような方針で進めるべきか、ご意見やテーマ案などをいただきました。それを受けて宮城県では、放射光とIoTに関するEBISワークショップを2月から3月に開催する計画で進めています(取材は2018年12月)。2018年12月には産総研が中小企業のものづくり支援を目的に開発したソフトウェア「MZプラットフォーム」に関する勉強会を、岩手県と青森県で開催しました。

 企業の皆様が曖昧模糊としているニーズを明確化する、あるいは各企業の皆様にとって必要なシーズを得ることをお手伝いするにあたっては、産総研が支援できるシーズを持っていない場合もあるかもしれません。しかし、産総研以外にもさまざまな産学官金の支援組織がありますので、産総研がハブとしての機能を果たしながら皆で一緒に、企業の皆様の気づき、そして事業の新展開に向かう動きを支援する場をつくりたいと考えています。


"協奏型"産業振興へのチャレンジ

―今回強調されている「一緒に考える場」とは、従来とはどのような点が大きく異なるのでしょうか?

従来型の産総研シーズベースの企業支援とのちがい

【松田】
 技術シーズを持つ我々産総研や大学・研究機関から企業の皆様に対して、「こんな新しい技術があるので新しい事業ができますよ」と一方向に話をするだけでなく、「このようなサービスが提供されれば、社会の要望にうまくマッチする」といったようなことを一緒に勉強しながら探り出したいと考えています。

 それを実現するために、今ある技術では足りないとすれば、どんな研究が必要か。そんなフィードバックをかけながら一緒に勉強できれば、研究者も自己満足ではなく社会からの要請に基づいた研究の指針になりますし、経営者の皆様も「ただ聞いているだけではなく、自分で試してみよう」となる。すると従来とは異なる産業振興の場をつくることができるのではないかと期待しているのです。

 そのようなことから、TAIプロジェクトの名前も産総研内部では「東北地域新産業創出へ向けた"協奏型"調査研究」としています。オーケストラのように地域の産学官金の皆様とともに奏で、ともに発展していく過程として、産総研のポテンシャルを使ったシーズの開発につながるのであれば、産総研としても喜ばしいことであります。

 また、金融機関の皆様にも今後の新しい展望を一緒に勉強いただきたいと考えています。「産学官金連携」は最近よく言われるようになりましたが、金融機関が新しい事業に融資する際、うまくいく計画に投資するイメージの方が強かったと思うのです。既存モデルを後追いする事業計画より、今までにないものを実現していくような将来展望のある事業計画の方がリスクは大きいわけですが、リスクを取るのは経営者ばかりで、金融機関が安全なところで投資すれば安全に金利を取れる社会ではもはやないと思うのです。そのようなことも含めた産学官金連携を図りたいと考えていますので、金融機関の皆様にもより積極的に連携いただきたいですね。

―これまで産総研のシーズベースだったところから、その責任領域を少し広げ、新たな企業支援のあり方を模索しているという位置づけでしょうか?

【松田】
 少しずつ広げる、ということです。もちろん研究者自身は変わるわけではありませんので、メインのシーズドリブンの研究開発はほぼ従来どおりにやるわけです。それで足りない領域があれば、従来とは異なる今回のような切り口も入れてみよう、ということです。

 そのようなことが可能かどうかを調査するため、産総研内部でのプロジェクト名に今年度は「調査研究」が付いています。理事長からも「まずはゆるやかな集まりをつくることができれば調査段階では成功だから、あまり成果を焦らず進めるように」と言っていただいています。

―先日、IoT(MZプラットフォーム)をテーマにしたEBISワークショップを取材した際、参加した企業のニーズとして「新技術がどのように自社の業務に導入できるか具体的によくわかないので、まずは把握するために参加した」という声が多かった印象でした。

【松田】
 すでにできあがった技術について知りたい気持ちはどの企業にもあるでしょう。しかし、我々が期待しているのは、実はそのもう一歩先なのです。これから起業する方や、すでに事業を起こしている経営者の皆様に、「社会がこのようなことを要求しているけど、それを達成するには既存技術では足りない。もう一歩踏み込んで研究開発までして達成したい」ということを一緒にお考えいただきたい、というのが本意です。

 もちろん、いきなりそんな高い理想を言っても、企業の皆様も「自分はこんなことを勉強したい」となかなかすぐには来られないでしょうから、まず一歩目は、すでにできあがった技術のセミナーという形で入ってみました。けれど、そこで止まっているのが、このTAIプロジェクトの本来の目的ではないのです。すでにできあがった技術をお渡しするのであれば、いくらでも既存のセミナーはありますからね。

 そのような意味では、東北放射光をテーマにした2019年2月のEBISワークショップが本来のTAIプロジェクトの趣旨に近いと思います。集まった企業の皆様には、一方的に講師から話を聞いてそのまま帰るだけではなく、例えば「放射光に対して何を期待しているか」や「放射光でこんなことができるのか」といった積極的な発言をしていただき、「だったら、こういうこともしてみたい」と次のステップをお考えいただきたいのです。むしろ、「こんなことをやりたいけど、もっとこんな方向で研究をしてくれないか」と、逆にこちらが研究の注文を受けるのが理想です。そうでなければ、恵比寿(EBIS)様のように鯛(TAI)を釣れないですからね。

 そのようにして将来、新しい事業が東北発で生まれるようにという想いを込めて、「Tohoku Advanced Innovation(TAI:鯛) Project」と命名し、皆で頑張っていきませんか、というお声がけになっているわけです。


東北発の新産業創出に向けて

―東北から内発型のイノベーションが生まれることを促進する場づくりが、今回のTAIプロジェクトの目指すところなのですね。

【松田】
 東北発の新産業創出が究極の目標とすれば、我々、産業技術総合研究所は「総合」の意味合いを少し広げる。そして長い目で見て、同じ方向に気持ちが向いている人たちのゆるやかな集団ができれば、いつかはそれを達成できるのではないか、という気持ちでスタートしています。これまでの国のプロジェクトは、中央にいる大企業がリードしていくケースが多かったと思います。東北地方からそのような芽を出す、ひとつのきっかけになれば、大成功ですよね。

 また、人が集まる場で自分のアイディアを喋ると、他の人に取られると思う人もいるかもしれません。しかし東北から新しい事業が立ち上がれば、他の人に取られるより、そこから派生してくる事業の方が多いと思うのです。東北放射光施設がそのよい例だと思います。そんな視点で一緒に勉強してもらえれば、研究機関と企業の連携のみならず、企業同士の連携という形でもチャンスが広がっていくのではないでしょうか。

 本プロジェクトのターゲットは「経営者、あるいは次期経営者の皆様」としておりますが、ぜひ多方面にわたる分野の各階層の皆様にご参加いただき、お互いにエンカレッジしながら、東北発の新産業創出に向けて、ともに進んでいければと思います。

―松田さん、伊藤さん、ありがとうございました。


【特集】産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
(2)東北経済産業局地域経済部長の蘆田和也さんに聞く:「産業の大変革期に求められる企業支援とは」


―産総研東北センターが今年度から新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation(TAI:鯛)Project(TAIプロジェクト)」をスタートさせました。本プロジェクトは東北経済産業局地域経済部長の蘆田和也さんによるアイディアがきっかけで発足したと伺っています。本プロジェクトを着想するに至った経緯について、社会や東北地域に対する現状認識も含めてお話いただけますか?


産業界に押し寄せる大変革の波

 理由はいくつかありますが、ひとつは時代背景があります。従来の仕事の世界観に対して、まさに今、新しいツールとそれに伴う新たなモデルが次々と生まれており、これから新しい仕事が飛躍的に増加すると言われています。これまでの仕事と新しい仕事が共存している状態が今ですから、今は新しい仕事に移行する準備期間として非常に大切な時期です。

 そのような変革期を象徴する一例が、自動車産業に押し寄せる「CASE(ケース)」です。CASEとは「Connectivity(つながる)」「Autonomy(自動運転)」「Sharing(共同所有)」「EV(電動化)」の頭文字を取った造語で、日本、そして世界を支える自動車産業に社会的・技術的な変化が一挙に押し寄せるようすを一語で表したものです。産業のあり方を変えるレベルの大変革が今まさに起こり始めているのです。

 ユーザーの価値観もまた大きく変化しています。インターネット普及後に生まれてきた若い世代は、車や時計といったモノを所有することに喜びを感じていた世代とは価値観が異なります。よい体験をしてSNSで「いいね」を得ることに価値を感じており、シェア、オンデマンド、ソーシャルなど、新たな価値観に合わせたサービスが流行しています。

 これらを支える新たな技術の進歩も日進月歩です。コンピューターの計算速度は飛躍的に向上し、AI(人工知能)も実用的に使えるようになりました。さらに、インターネットで"情報"が瞬時に伝わった世界から、(ビットコインなどの暗号通貨に用いられる基盤技術である)「ブロックチェーン(分散型台帳技術)」の技術によって瞬時に"価値"を伝えられる世界になろうとしています。

 あるいは、あらゆる場所にセンサーを配置して情報を取得し、通信によって常につながるIoT(Internet of Things)の実現には、これまで無線通信にかかるコストの高さがネックでしたが、低コストで省電力な無線通信方式の「LPWA(Low Power Wide Area:省電力広域)ネットワーク」の開発が進むなど、IoTの通信を安価に実現できる新技術も登場しています。

 開発手法についても、特にIT分野では最初の計画段階で全体の仕様を厳密に決めてから開発を進めるという従来の手法(ウォーターフォール型)から、仕様や設計の変更があることを前提に開発を進めて徐々に進化させていく手法(アジャイル型)に変わりつつあります。

 このような新しい動きを、まず試してみなければわからない時代に入っているはずです。すると、ここ東北でも、まずは新しい情報に触れられることと実際に試せる場が大切であり、それが今の時代背景で一番求められていることではないかと考えました。


新しい技術を試せる場を東北に

 一方で、産業技術総合研究所(以下、産総研)東北センターは2017年に50周年を迎えられたのを機に、改めて地域産業への貢献について考えておられました。産総研の持つ技術シーズを地域の産業界に「橋渡し」をするというミッションは、これまでも大きく果たしていただいています。それに加えて、社会が急速に変化する中、新しい技術を噛み砕いて紹介し、実際に触れてもらうような場を、産総研という大きな"器"で地域に提供することも、大きな役割ではないかという議論がありました。

 その議論の際、研究機関等が新しい技術と地域のニーズを結びつける場として貢献している好例として、私は会津大学の「会津オープンイノベーション会議(AOI会議)」の取り組みを紹介させていただきました。AOI会議では研究と産業ニーズの早い段階からの意見交換を行い、年間約360回もいろいろなレベルでの会合を開いているそうです。

 AOI会議の考え方は、研究機関の持つ技術シーズを企業に移転するという従来の考え方ではありません。研究機関にシーズがあるかどうかも、かつ地域に明確なニーズがあるかどうかも置いておき、まず新しい動きについて一緒に勉強してみましょう、というものです。実際に新しい動きに触れてみると、「そんなことができるのなら、こんなこともできるんじゃないか」という発想になりますよね。そして「新しい技術について、もう少し深く話を聞いてみたい」と、やりたいことが具体化するにつれ徐々に会合をクローズにしながら、有志メンバーが実際に試してみるというのが、AOI会議の構造でした。例えば、ブロックチェーンをテーマに勉強会を開いた時には「会津大学で試しに学内通貨をつくってみよう」という話になり、会津大学が持つIT関連のさまざまな技術がその実現を支えたそうです。

 このようなことを東北6県の規模でやれるとすれば、やはり産総研東北センターだろう、と思いまして、いろいろな話題についてそれが実現できるといいですね、という発想でお話しました。こうした議論を産総研として真摯に受け止めてご検討を進めていただき、今回のTAIプロジェクトを発足いただいたと理解しています。


東北の「組織の知」を高め、挑戦数を増やす

―TAIプロジェクトを通じて、東北がどのようになることを期待していますか?

 最近耳にした言葉に「組織の知」があります。簡単な例で言えば、おじいちゃん・おばあちゃんがITを使えなくても、孫がスマホを使っているのを見ると、使えるようになりますよね。身近に使える人が出てくれば、自分が使うことへのハードルが一気に下がる、という意味です。TAIプロジェクトで新しい技術への取り組みを地域の中で進めていくことは、地域としての「組織の知」を高めることに最適だと思うのです。

 東北で暮らしている実感として、新しい技術分野についてセミナー等が毎日開かれている東京にいる時とでは、やはりキーワードへの引っかかり方が違うと感じます。インターネット上にこれだけ情報が溢れる今日において、本来的に情報格差は存在しないはずですが、「東京で新しい技術ができている」と聞いたとしても、なかなか身近に感じられていない可能性があると思います。一方、東北にいる隣の人ができていたら、自分もできる感を持ちますよね。

 こんな状況を「乗り遅れないため」だけでなく、「時代をリードするため」につくっていければ最高ですよね。大きな変革の真っ只中で、そもそも東京とではなく世界と勝負するわけですから、スタートラインにいち早く立ち、挑戦数を増やした人こそが新しい時代をリードできるのではないでしょうか。変化していく時代背景の中で地域としての「組織の知」を高め、挑戦数を増やす動きを東北の中に生み出す仕掛けが欲しいのです。

 このような試みは、産総研が普段取り組んでいる世界最先端の技術開発とは異なります。「挑戦数」と言いましたが、個人的には「失敗数」でもよいと考えています。成功かどうかは問わず、トライすることに価値があるはずです。

 なぜならば、試してみなければ、わからないからです。先程もお話したような技術革新によって、以前アイディアはあったけれどもできなくて諦めていたことが、今ならできるかもしれない時代に入っています。数十年前に考えて諦めたことをもう一回、やってみる価値は十分あるでしょう。

 さらに、新技術を用いて人手を介さないシステムをつくることによって、劇的な競争力が生まれることが一番大きいと思います。その一例が、配車アプリの「ウーバー」です。通常のタクシー会社を運営しようとすれば、車を所有する必要がありますし、バックオフィスで人を雇う賃金も必要です。ところが、ウーバーはアプリやクラウドを利用することで、車も、バックオフィスにいる人も不要になるため、お客さんが支払う料金は従来のタクシーより低額になっても運転手の収入は増えることが、ありうる時代に入ってきました。

 この話は、ネットコマース株式会社代表取締役の斎藤昌義さんによる講演の引用ですが、80年代までのITの役割は、切符きりが自動改札機になったように、人間の仕事の一部をITで置き換えた、「道具としてのIT」でした。それが90年代には、基幹系のシステムなどビジネスの大きな部分をコンピューターに担わせるようになり、ビジネスの効率化や品質を高める「仕組みとしてのIT」になりました。

 そして今、手順が決まっている業務を単にITに置き換えただけの世界とは全く異なる、「思想としてのIT」になると言われています。先程挙げたウーバーの例のように、少し前までは無理だったものが、当たり前に、低コストで使えるようになりました。ITが既存の常識を破壊し、ビジネスそのものの形を変えていくような、常識の転換が急速に進んでいる状況が今なのです。

 これと同じことは、いろいろな分野で起こせると思います。ですから皆で試してみたいですよね。このような大変革の波はどんどん押し寄せてきますから、自ら進んで取り組んだ方がよいでしょう。


地域特有の課題解決法を世界へ展開

―ここ東北において、どのような考え方で進めていくべきとお考えですか?

 岩手県立大学の「北国IoT」のように、地域特有の課題解決をIoTによって目指すプロジェクトは我々が取り組むべき考え方だと思います。北国のソリューションを東京から買ってきても、使い勝手がよくないはずです。むしろその地で開発し試してみて、よければ皆に使ってもらうことが、新しいビジネスを生み、世界に展開していく土台になるでしょう。

 株式会社MAKOTO代表取締役の竹井智宏さんによれば、「都会と田舎の経済(市場)規模は、全世界で計算すると、半分半分」だそうです。都会で流行しているビジネスとは別に、田舎のためのビジネスが市場の半分を占めるわけですから、ここ東北ならではの発想で試してみる場が生まれれば、そこから新しいマーケットが広がるのではないでしょうか。

 TAIプロジェクトから少し話が離れますが、田舎の問題は密度の低さですから、ポイントは、密度の低い場所で如何にサービスを提供できるかです。シェアリングや人手を介さないサービスなどは田舎でも活用しやすいと思いますので、新たな位置情報や通信システムなどと相俟って、これまで不可能だったいろいろなことが可能になるかもしれませんよね。

 タクシーを例にすれば、タクシーとしての用途でしか使えなければ、人口密度が低い場所で抱える課題解決は難しいですが、タクシーがいろいろな用途で使えて車体や運転手という限られた地域のリソースがフルタイムで活用できれば、話は変わりますね。例えば、病院に行く時は相乗りで一人あたりの単価は低くても必ず何人かで乗車する仕組みで、予約も人手を介さず無料でできる仕組みができれば、徐々にそのようなモデルも成り立つのではないでしょうか。

 はじめから大々的にやる必要はなく、小さくやっていき、それが自然と広がる形でよいと思います。ITの場合、ビッグデータ活用で競争力を生み出すモデルでなければ、スケールメリットをあまり求めないですし、製造業とは異なり基本的にコピーは無料ですから、むしろビジネスとしては広がりやすいですよね。

 ものづくりについても、こうした動きと無縁ではなく、今のまま続く部分と変化していく部分とが渾然としている。将来における自社の強みづくりにむけて今から、取り組むべきです。そのような議論もこのTAIプロジェクトで取り組めたらよいと思います。

 このような取り組みを進めようとした時、"技術的な知恵袋"が側にいて欲しいということで、このTAIプロジェクトの場があるわけです。「AIって何かできそうだけど、何ができるかよくわからないよね」では、そこで終わってしまいますよね。"今できる範囲"と"まだできない範囲"、ただ、"もう少しすればできるはずのこと"と"もう少ししてもできないこと"を、きちんと解説してもらえば、新しい技術を取り込んで実際にやってみることができるようになると考えています。


トライ数日本一を目指す

 EBISワークショップの実施形態も、まずは「トライ」にまで行けることが大事ですから、格好良いセミナーを何回開催したかはあまり気にせず、小さくてもよいので試してみる場を何回開催できたかが大事だと思います。AOI会議の例も、敢えて小さな会合まで数えて「年間360回やっています」というのがアクティブな感じでよいですよね。すると「自分も参加しよう」となる。

 同時に、トライしたことは皆と共有する。それがうまくいっても、いかなくとも、です。トライした経験を共有することで、「東北の組織の知」を高める、その「経験・知のダム」のようなものができるとよいですよね。トライしてみてどうだったか、詳細は言えないでしょうから、表題だけでもよいので発信し、まわりに言えるようになった段階で少しずつ情報を付加していけばよいのです。「東北ではトライが今8チーム動いています」とか、そんなのができたらおもしろいですよね。

 よし、TAIプロジェクトの標題ができましたよ(笑)。「トライ数日本一を目指す」です。「3年間でトライ数100」を目指しましょう!

-蘆田さん、ありがとうございました。

次世代放射光施設キックオフ 仙台で国際フォーラム開催

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次世代放射光施設キックオフ 仙台で国際フォーラム開催

2019年04月25日公開

海外の放射光施設の所長らを招いて4月21日に仙台市内のホテルで開催されたサミットのようす

 東北大学の青葉山新キャンパス(仙台市)に建設が進められている「次世代放射光施設」のキックオフイベントとして、東北大学は国内の主要大学・研究機関や海外の放射光施設の所長らを招いた国際フォーラムを4月21日から23日の3日間、仙台市内で開催した。

 次世代放射光施設は、太陽の10億倍の明るさでナノ(10億分の1メートル。原子や分子の大きさ)の世界を見ることができる光で、物質の機能を見える化できる"巨大な顕微鏡"。施設は2023年度に完成予定で、官民と学術界、地域が一体となって整備・運営を行う。稼働後は、同施設を中核に産学の研究開発施設が集積する「リサーチコンプレックス」の形成を目指す。

官民と学術界、地域が一体となって整備・運営する次世代放射光施設。海外の放射光施設とも連携していくことで一致した。

 国際フォーラムに先立って21日に仙台市内のホテルで開催されたサミットでは、東北大学の大野英男総長らによる挨拶の後、海外の放射光施設の所長らに対して日本の関係者らから次世代放射光施設計画の近況報告などがあり、活気あるリサーチコンプレックスの形成に向けて世界の放射光施設と連携していくことで一致した。サミット開催後は祝宴「次世代放射光施設キックオフの夕べ」も開かれ、関係者らが次世代放射光施設に対する期待を語り合った。


関係者インタビュー「放射光と次世代への期待」

― 「宮城の新聞」読者の中学生や高校生にむけて、次世代放射光施設関係者の皆様から、一言ずつメッセージをお願いします。

◆ 世界中の人と産業が集積する場で活躍を
/東北大学 総長 大野 英男さん

 次世代放射光施設がここ宮城県仙台市にできることになり、今日ご覧いただいたように、世界中の人、そして産業がこの地に集積します。ここで勉強したり、活躍できたりすると、世界にアクセスできる仕事ができますから、ぜひ東北大学に来てください。


◆ 中高生の将来にとっても非常に有用な施設
/宮城県 副知事 遠藤 信哉さん

 宮城県にできる次世代放射光施設は、中高生の皆さんの将来にとっても、それは学習の意味でも仕事の意味でも、間違いなく大変有用な施設となります。ぜひ積極的に放射光に興味を持ってください。


◆ 次世代放射光施設を動かす若い力に期待
/仙台市長 郡 和子さん

 2023年度、次世代放射光施設が仙台で動き出します。この施設を核としたリサーチコンプレックスの形成に向けて行政としてもしっかりと取り組んでまいります。新たな研究や製品、商品の開発に意欲ある若い方々が次々と登場し、施設を動かす大きな力となっていただけることを期待しております。


◆ 将来はプロジェクトの担い手に
/東北経済連合会 会長 海輪 誠さん

 次世代放射光施設はまさしく次世代のためにあるもので、日本の科学技術を発展させる大変素晴らしいプロジェクトだと思います。中高生の方々にも、この施設で得られる新しい知見や成果をよく見ていただき、ぜひ勉強いただいて、将来はこのプロジェクトを担う道に進んでいただければありがたいと思います。


◆ 新しいツールの登場が新しい科学の世界を拓く
/産業技術総合研究所 理事長 中鉢 良治さん

 昔、顕微鏡の登場によって細胞のことがわかったように、新たなツールによってこれまで知らなかったことがわかることは、大変なことだと思います。放射光という新たなツールでもって科学の新しい世界が拓けるのではないでしょうか。それは皆さんの知的好奇心をさらに広げるものとなるでしょう。


◆ 世界中から人が集まり、科学関連産業を盛り上げる基地に
/自然科学研究機構分子科学研究所 所長 川合 眞紀さん

 これまでも仙台は我が国の中で学問の中核拠点のひとつですが、次世代放射光施設ができることで、さらに海外から多くの方が集まり、世界中で科学に関連する産業を盛り上げていく基地になると思います。大学生がその中心にはなりますが、中高生の皆さんも、一流の先生方や学生たちと接する機会が増えると思いますので、ぜひ東北大学の青葉山新キャンパスまで遊びに来てください。

第1回EBISワークショップ 講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」

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第1回EBISワークショップ 講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

中小製造業のIT/IoT化支援を目的に産業技術総合研究所が開発・無償配布しているソフトウェア開発支援ツール「MZプラットフォーム」を紹介するセミナーが12月4日、北上オフィスプラザ(岩手県北上市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、MZプラットフォーム担当者である産業技術総合研究所の古川慈之さんによる講演をレポートする。

講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」
/産業技術総合研究所 製造技術研究部門 機械加工情報研究グループ長
 古川 慈之 さん

 産総研が開発・配布している中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについてご紹介させていただきます。まず講演の前半で産総研が長年取り組んできたIT化についてご説明した後、IoT活用に向けた取り組みについては後半でご紹介します。なお、講演タイトルは「中小製造業のIT化支援ツール」としておりますが、製造業や中小企業に限るものではなく、大企業でも部署単位で小さく始める時には適用可能な内容ですので、それぞれの立場に読み替えてお聞きください。


(1)中小企業のIoT活用について

 はじめに、用語解説からです。「IoT」とは「Internet of Things(モノのインターネット)」の略で、あらゆるモノをインターネットに接続し新たな価値を生み出そうとする考え方を指しますが、最近はその考え方にIoTの実現に必要な技術も含めます。「スマート製造」については様々な定義がありますが、私たちは「情報通信技術(IT/ICT)や人工知能(AI)技術を駆使して製造業における生産活動を高度に進化させた状態」と定義しています。製造業の方からすると、すでに工場自動化(FA)や高度な加工技術・計測技術・制御技術を実践されていると思いますので、そこにITやAIを加えたものをスマート製造と呼びます。

 製造業におけるIoT活用については、ふたつの側面があります。ひとつは「製品のIoT化」で、自社製品をネットワークに接続して価値を生み出すための取り組みで、こちらが世の中のメインストリームです。もうひとつは「生産のIoT化」で、生産設備等をネットワークに接続して生産活動を高度化する、スマート製造に近いものです。本講演の対象は後者で、製品のIoT化は対象外です。

 さらに生産のIoT化もふたつに分かれます。ひとつは「計測系のIoT化」で、ネットワークに接続することで生産活動を外部から観測可能にすること、「見える化」することです。もうひとつの「実行系のIoT化」は、ネットワークに接続することで、生産活動を外部から観測可能にするだけでなく変更可能にすることです。ただ、実行系のIoT化は工場自動化(FA)が前提となるので、中小企業のIoT活用は、まずは計測系から始めた方がよいでしょう。そこで本日の講演は計測系のIoT化に絞っています。

 IoT活用と言いながら、対象が狭まった印象があるかと思いますが、計測系を対象とした生産のIoT化だけでも着手して得られる効果は大きいと思います。その効果の例が、この4点です。1点目が生産活動の進捗把握のリアルタイム化。2点目は、生産活動の状態認識に基づく自動通知。3点目はデータに基づくカイゼン活動。4点目はデータに基づく技能分析と人材育成です。これらは生産活動実績等を時刻とともに収集し、可視化や分析を実施することで実現できるもので、それを実現するための手段としてIoTを使うということです。つまり、IoTとは単なる手段であり、やらなければいけないこの4点自体は昔から変わらないことです。

 ただし、実際のIoT化で多くの方が躓くポイントがあります。IoT活用で効果を得るためにはIoTだけをやればよいわけではなく、まずIT化が必要で、例えばデータベース、可視化や分析用のソフトウェアの導入、それを使う人材の研修が必要です。さらにその前提として、自社の業務を分析し、どのような課題を解決したいかは、すべて人任せにできるものではないので、社内で人材を確保し、育成する必要があります。つまりIoT活用と言っても、自社に必要な目標を設定し、コストや効果を試算して導入を決定する必要があるのです。

 これまで産総研がIT/IoT化支援活動を行ってきた経緯についてご紹介します。2001年の産総研発足当時から、ものづくり先端技術研究センターがNEDOの「ものづくり・IT融合化事業技術の研究開発」で加工技術のデータベースづくりを始めて、それを活用するためのソフトウェアの研究開発も行い、2004年12月から配布を開始しました。2009年4月にNEDO事業は終了しましたが、その後は産総研の独自事業としてMZプラットフォームの開発と提供を継続しています。中小製造業のIT化に課題がある中、産総研が課題解決を支援するツールを無償で提供する活動を継続し、実際に事例が生まれていることが評価され、2016年にグッドデザイン賞を受賞しました。


(2)MZプラットフォームの紹介

 次に、MZプラットフォームの概要と経緯および使い方について説明します。MZプラットフォームとは、中小製造業のIT化支援を目的に産総研が開発したソフトウェア基盤です。当時のIT化も今日のIoT化と同様にさまざまな解釈があった中、産総研としての選択は、中小製造業が自社用アプリケーションを自分たちで開発できること(エンドユーザー開発)をIT化支援と考えました。プログラムのソースコードを1から書くには高度なスキルが必要です。そこで、専門的な知識を持つ人でなくともソースコードを書かずにシステム開発ができるよう、さまざまなコンポーネント(ソフトウェアの部品)をあらかじめ用意し、それらを組み合わせることでソフトウェアを作成できることを特徴としました。主にパソコン上で動作するデスクトップアプリケーションソフトウェアが対象で、ビルダー(構築用ツール)上でのマウス操作でコンポーネントを組み合わせることでソフトウェアを作成できます。開発例としては、自社用の受注・工程・品質管理や日程・進捗管理用のアプリケーションが多いです。プログラミング言語はJavaを使用していて、動作環境はWindowとLinuxです。会員登録制で、日本国内の個人・法人であれば、無料でダウンロードして使用できます。

 こちらがMZプラットフォームによるシステム開発のイメージです。最初に開発を行う画面(ビルダー)が立ち上がり、右クリックでメニューが現れて、必要なコンポーネントを選択していくと、コンポーネントが追加されていきます。各コンポーネントにはイベントが定義されており、例えば「アプリケーション」というコンポーネントからは「アプリケーション開始イベント」が出て、それが出た時に何をするかを記述していきます。スライドには「フレームを表示する」という機能を呼び出す例が書いてあり、実行すると、このような画面が表示されます。

 アプリケーション実行中の画面レイアウトも編集できます。また、扱っている自社情報を独自の帳票として出力できるよう、帳票をレイアウト・編集して印刷できる標準機能もあり、バーコードやQRコードを貼り込むこともできます。

 自社の情報を一元管理して可視化・編集するには、別途データベース管理システムが必要です。データベース管理システムとは、複数のテーブルが含まれるデータを管理するもので、それに接続して情報を書き込んだり取り出したりできるデータベースアクセスのコンポーネントをMZプラットフォームに用意しています。既存のデータベース管理システムとの連携により、グラフやガントチャートなどを作成できます。なお、データベース管理システムには、商用であればOracleやMicrosoft SQL Serverなどがあり、産総研では無料(オープンソース)のMySQLを用いたチュートリアルを用意しています。

 どのようなコンポーネントを組み合わせるかで完成するアプリケーションも変わります。中小製造業のIT化支援を念頭に置き、要望に応じてコンポーネントを増やしていった結果、現在では約200種類のコンポーネントがあります。スライドにその一例を示します。特徴的な点は、MicrosoftのExcelファイルアクセスのコンポーネントも用意していることです。もともとExcelで帳票などを作成して社内で回覧している人たちも、今までの仕事の流れを変えずに、MZプラットフォームを用いて従来どおりExcel帳票を出力したりExcelファイルを直接読み書きしたりすることができます。

 MZプラットフォームのユーザーは、必要な人による必要なソフトウェア開発という基本的な考えのもと、エンドユーザー企業の従業員の方に利用いただくことを想定しています。これにより現場情報の見える化を実現し、さらには定量化された現場情報に基づく業務改善の推進を図ることが基本的な考え方です。一方、ソースコードを1から書かずに済むとはいえ、その習得は簡単ではなく時間も要します。製造業の方からすれば、多忙につき開発・改善する時間がない場合も多いでしょう。そんな時に頼りにしたいのがソフトウェア開発企業です。実際に「短期間で手離れのよいソフトウェアを低価格で作成できる」とメリットを挙げてくれたソフトウェア開発企業もおり、活用を呼びかけています。

 MZプラットフォームは、ユーザー会のWebページ(https://ssl.monozukuri.org/mzplatform)から配布を行っています。利用手順はスライドに示した通りです。ただ、ログイン名及びパスワードやライセンス申請ファイルの送付は、人手で行っているため、若干のタイムラグがあります。そのためダウンロードしてから30日間はライセンスファイルを受け取らなくても利用できます。なお、無料で使用できる範囲は制限があるので注意が必要です。自社で使うソフトウェア自作のために社内の複数のパソコンにインストールするのは無料です。一方、他社のためにソフトウェア開発やコンサルティングなどの営利活動に利用する場合には別途、産総研との技術移転契約が必要です。技術移転契約締結済み企業は現在9社で、Webページに社名とURLを掲載しています。

 産総研による無料のサポートとして、メールや掲示板にて質問・要望を受け付けています。まずは「よくある質問」や掲示板をご確認ください。また、有償の支援制度として技術研修や技術コンサルティングがあります。標準的な講習では、つくばで1泊2泊、1日二千円で受講できる制度があります。つくば以外でも産総研の地域センターや公設試験研究所などの主催で講習会を開催いただければ講師として出張可能です。また、ユーザーの独自課題への取り組み支援には、技術コンサルティングで対応可能です。

 産総研で開発したMZプラットフォームは、各地域センターと連携して地域への展開を図っています。地域の協力機関として公設試験研究所や財団法人などのほか、ソフトウェア開発企業にも加わっていただき、ユーザーである中小製造業への普及・導入を促進したいと考えています。

 地域主体の普及活動の事例も増えてきました。岐阜県情報技術研究所では、約9年前から毎年の研修会に加えて、県職員が支援担当者として地域企業からの質問に対応しています。また、佐賀県地域産業支援セミナーも2年連続でセミナーを開催し、その後は技術移転先のソフトウェア開発企業が講師を務めて地元企業へのIT化指導やコンサルティングを行っています。また、約2年前からIoT化に関する取り組みを始めた関係で、IoTに関連した講演が近年増えています。

 MZプラットフォームの活用事例を、今回の講演では6件ご紹介しました。MZプラットフォームのユーザー会に活用事例紹介の詳細が掲載されていますので、ご興味のある方はWebをぜひご覧ください。


(3)IoT活用支援に向けたスマート製造ツールキットの開発状況について

 続いて、まずIT化とIoTの関係についてご説明した後、MZプラットフォームを拡張したスマート製造ツールキットの概要、現在取り組んでいるツールキットの要素技術開発についてご紹介します。

 まず、IT化とIoT化の関係についてご説明します。この例では、工業製品の部品の金属加工を想定しています。業務として、受注した製品に関する加工工程が計画され、作業指示書が発行され、各作業者が加工を実施し、最後に検査を受けて製品として出荷されるという流れがあったとします。IT化が謳われていた十数年前は、まずはこのような業務の流れの整理がIT化の前提として必要と言われていました。例えば、作業報告書を紙に書いていた時代は集計や分析などに多くの時間を要しましたが、IT化の実現により、データ入力作業の負担は増えるものの、その後のデータ収集や分析などの過程は全てソフトウェアで自動化できる点がIT化の恩恵です。IT化にMZプラットフォームを用いた場合、ユーザー自身でデータを入力するソフトや蓄積したデータを可視化・分析するソフトを作成できます。

 近年はIT化の実現に利用可能な市販機器も豊富になり、入力作業の負担軽減と設備投資の効果を総合的に判断する必要があります。スライドの吹き出しは、各市販機器のよい点を緑色、課題をオレンジ色で色分けしたものです。例えば、約十年前は工場の現場に据え置き型だったパソコンを、数年前から登場したスマホやタブレットに置換することにより、入力の簡便化やリアルタイム性の向上を図れるでしょう。人によってはタブレットの画面が小さくて見えづらいという課題がありますので、安価に入手できるようになった大型ディスプレイによる情報共有も活用例のひとつです。パソコンにデータを入力する際、キーボードではなくバーコードリーダー等を利用することで入力の簡便化を図れるでしょう。帳票は印刷した方が視認性は高いですが、それに記入してしまうと後でデータ入力が必要になるためやらない方がよいでしょう、といったようなことです。

 その延長線上でウェアブル型デバイスによるデータ収集の効率化を検討中です。それと並行して、人が情報を入力するだけでなく機械から情報を自動的に収集するIoT化に利用可能な市販機器も豊富になっているため、これらを活用する機能の開発も進めています。もちろん、そのようなソリューションを提供する事業者は数多く存在しますが、エンドユーザー開発としてツールを拡張することが、私たち産総研の仕事と考えています。

 そこで現在、MZプラットフォームを拡張したスマート製造ツールキットを開発中です。スライド中央が、これまでお話したMZプラットフォームを用いたIT化の範囲です。それ以外のオレンジ色は拡張領域で、機械から情報を自動で収集するための機能です。このうち左側は、機械からデータを収集する側の拡張です。右側は、機械からも情報を収集する際のより効果的な可視化を検討しています。また、自動で通知される機能も加えています。さらに、既存の市販製品やサービスなど各種規格への対応やAIの適用も、産総研他部門と連携しながら引き続き取り組む必要があると考えています。

 続いて、エッジ側データ処理の研究開発状況についてご紹介します。先程、MZプラットフォームの動作環境はWindowsとLinuxとご説明しましたが、安価な超小型パソコンであるRaspberry Pi上でMZプラットフォームアプリケーションを実行できる環境を開発し、2017年4月にリリースしました。ただ、ビルダー(作成機能)は普通のパソコン上で作成したものを展開して実行すればよいので、ローダー(実行機能)のみとなっています。Raspberry Pi自体はこのままの形でネットワークにつなぎいろいろ便利な使い方ができるカードサイズのものですが、現在は画面表示ありのMZプラットフォームアプリケーションの実行が主な用途のため、公式タッチパネルディスプレイ等の使用を推奨しています。

 MZプラットフォーム実行環境Raspberry Pi版を産総研つくば東共用工作室に試験的に導入した事例がこちらです。現状は日ごとの利用時間を紙の名簿に記入し、それを毎月世話人が手入力でExcelに集計し、各部署の利用時間を基に利用料を請求する運用方法でした。そこで、Raspberry Piと公式タッチパネルディスプレイと組み合わせた小型端末を入口に設置し、さらに市販のカードリーダーとつなげました。使用者は、産総研のIDカードをタッチするだけで、使用者情報の入力は不要です。あとは画面上で使用時間を登録するだけで、集計の自動化が可能となりました。ただ、ユーザーによっては「パソコン入力が負担」と言う人や「名簿をめくるよりは楽」と言う人もいて利点も欠点もあります。

 さらに、ウェアブル型の研究開発にも取り組んでいます。採用したのはAndroidに紐づけされたAndroid Wearというスマートウォッチの一種です。手元で簡単に実績入力できる機能に加えて、作業指示をスマートウォッチへのメールと振動により通知することを想定して試作しています。しかし、スマートウォッチにさまざまな制約があり、残念ながらまだ配布までには至っていません。

 IoT型の研究開発状況について、ふたつの事例をご紹介します。ひとつは、約2年前から始めた、市販の無線センサを用いて機械の稼働状況をモニタリングする取り組みです。使用した無線センサはコイン電池で動くタイプで、温度、湿度、気圧、電流の値を、送受信機を介してサーバーへ毎分送信できるものです。これに電流クランプメーターを外付けすることで、配電盤等に流れている電流を計測できますので、機械を改造せずとも、市販品の活用で離れた場所から無線で機械の稼働情報を定期的に取得することができます。3社の企業に協力いただき、放電加工機と局所排気装置、NC旋盤等の配電盤等に無線センサを設置しました。センサから取得したデータをサーバーに毎分送信し、サーバー側に蓄積したデータをグラフ表示した例が、スライド右側の図です。図の赤線が電流で、緑色が温度です。例えば、電流だけを見て何がわかるのかすぐにはわからないと思うのですが、対象の動きを理解し、その時に何が起きていたかを現場の方にインタビューすることで、電流を見るだけでも何が起きているかは大凡判断できそうだ、ということがわかりました。

 もうひとつの事例が、同じ無線センサを用いて、先程ご紹介した産総研つくば東共用工作室をIoT化したものです。21台ある機械の配電盤に無線センサを設置し、機械ごとの使用記録と集計の自動化が可能となりました。各機械の稼働状況はセンサからデータが毎分送信されるため、蓄積されたサーバー側のデータをリアルタイムに確認できます。工作室のレイアウト画像に各機械の画像とMZプラットフォームのラベルを乗せた画面で、稼働中は「働」、停止中は「停」、未受信が10分以上続く場合は「未」と表示する工夫をしました。1時間ごとの機械の稼働状況を色分けしたところ、想像していたよりも使用されていることがわかりました。使用記録はセンサで自動取得できるので、来年度からこのシステムが稼働すれば、人による入力作業が不要になり、データは自動的に集計されます。これがIoT化の恩恵です。

 以上のことから、市販品を用いて電流だけを見て、機械の稼働状況を把握できることはわかりました。一方で、機械のいろいろな活動実績データをさらに細かく取得したいといった要望もあり、ユーザーが自作センシング機器による計測システムを安価に構築できる必要があると考え、現在力を入れて開発しているところです。その事例として、鳥取市にある精密プレス加工の企業むけに、既存の金属プレス機に後付でショット回数を自動収集できる試作機器を、最初はRaspberry PiとマイコンボードであるArduinoと赤外線測距センサを組み合わせて試作しました。先程の無線センサの事例と異なる点は、エッジ側のデータ処理で、電圧が閾値以上であれば「ショット実行」という状態認識が加わっている点です。

 スマート製造ツールキットの自作センシング機器として用意しているのは、電流、加速度、距離、明るさ、圧力、スイッチと、現在はシンプルなものに限られてはいますが、これらをArduinoという市販のマイコンボードに接続し、得られた情報をシリアル通信でパソコン上のMZプラットフォーム側で受ける方法で、先程の自作センシング機器による計測システムを構築しています。マイコン側のプログラミングは不要で、ユーザーは付属のソフトウェアに書き込むだけでよく、センサ出力表示とデータ送信用のMZプラットフォームアプリケーションはカスタマイズの必要がないほど機能を作り込んでいます。

 先程のプレス加工の企業に適用した、稼働実績データ収集の試作機器では、この機器からMZアプリケーション上にセンサの出力がリアルタイムに表示され、「ある値が閾値以上であればショット実行とする」とルールを設定して判定し、状態認識した結果を実績データとしてサーバーに書き込みます。Raspberry PiとArduinoと赤外線測距センサの部品代は、合計で約27,000円でした。

 ところが、パソコンベースのシステムを10台、既存の金属プレス機に設置するのは現場運用の負担が大きいということで、機器を簡略化した試作機器2を作成しました。

 試作機器1との大きな違いは、パソコンを使用せず、組み込みのマイコンだけで、インプット/アウトプットと無線LAN経由のデータ送信を実現していることです。市販の無線LAN機能付きマイコン(ESP-WROOM-02)を利用し、部品代は合計で約4,500円でした。ただし、組み込みでは細かなルール設定はできないため、センサ出力値が上がれば、0、1のデジタルで判定される状態で運用しています。

 機器の簡略化による効果は、運用が簡単になることです。パソコンベースから組み込みへ変えたことで、電源を入れたら稼働し、終了時に電源を切断するだけでよくなります。

 試作機器2の10台分の実証実験も行いました。実験にはサーバー側の部品も必要となるため、Raspberry Pi公式タッチディスプレイと無線LANルーターで運用し、部品代は合計約2万円でした。

 パソコンベースの試作機器1の場合は、データベースへの書き込みなどもすべてMZプラットフォーム側で簡単に実現できました。一方、組み込みになった試作機器2の場合、サーバーパソコン側のソフトウェアが必要になるため、データ受信にNode-REDを採用し、それを実現しました。ただ、このようにオープンな技術を利用することで実現できることはできますが、非専門家のユーザーにはハードルが高いため、スマート製造キットには事例で作成したソースコードや回路図なども含めて配布しようと考えています。

 こちらが稼働実績データ収集の様子です。金属プレス機の上下動でセンサ左の壁の距離が変化するのを赤外線測距センサで見ています。

 稼働実績データ収集結果をMZアプリケーションで可視化した例です。各機械の単位時間あたりの稼働回数で色分け表示しています。この図は1分あたり3回未満で青、3回以上で緑、白は非稼働状態を表しています。一方、この可視化の方法では機械が稼働しているかどうかしかわからないと言うこともできます。

 同じ各機械の稼働回数データを、1時間での回数累積として集計し折れ線グラフで可視化したものが、こちらの図です。全く同じデータですが、集計と可視化の方法を変えることで、いろいろな情報が見えてきます。非稼働状態で水平に、稼働状態で右肩上がりになるため、稼働しているかどうかはグラフの傾きでわかります。さらに追加情報として、傾きが大きいほどサイクルタイムが短く、傾きが小さいほどサイクルタイムが長いことがわかります。また、熟練者がリズミカルにショットを繰り返すと、一定の傾きで綺麗にまっすぐ伸びていきます。問題は傾きが一定でない場合や途中で水平ラインが表れている場合で、これはサイクルタイムのばらつきが大きいことを示していて、改善の余地がある可能性があります。最終的には生産技術の人が実情を見て判断する必要がありますが、そのターゲットが絞れる、それが可視化の効果です。

 もちろん自作ですから、必ず動く保証はないですし、システム的な限界は必ずあります。先程の試作機器2の事例でも、単一のマイコンで測定・状態認識・送信を行っているために課題が発生しました。送信に時間がかかるとカウントができずデータが欠損する場合があり、この方法でデータを100%自動収集するのは不可能ということがわかったのです。それでは、このIoT化は失敗か?と言えば、そうではありません。この会社に確認したところ、生産数のショットの正確なデータは1日の最後に別途集計されるので必要ないそうです。一方、生産計画の担当者からすれば、途中段階で各作業者の大凡のショット数を把握できれば、明日の生産計画を早めに考え始められるので、残業無しで帰ることができる。それがIoT化のメリットだと力強く言っていただけたので、こちらは成功事例になっています。

 以上のことから、エンドユーザー開発支援にどんな機能が必要かを考察しました。やはり素人にとっては各センサがどんな反応をするかがわからないので、まずパソコンベースで画面を見て実験をしながら認識対象とセンサ出力の関係をリアルタイムで把握できるものが必要だと思います。パソコンベースでは現場運用上負担になる場合、試作機器2の道筋はお示ししましたが、ハードルが高いので、やる気のある方はぜひ挑戦いただきたいですが、その前で終わっても大丈夫という選択肢を示しています。また、データの可視化については、各企業のニーズに応じた可視化方法を個別に検討する必要があるでしょう。ツールキットで対象に応じた可視化サンプルを多く提供することで、それを支援したいと考えています。

 本日は、IoT化の事例でご紹介した、金属プレス機をイメージした模型も持参しました。パソコンベースのものが写真左側、パソコンなしのものが写真右側です。

 MZプラットフォーム講習は先程ご紹介したIT編のみならずIoT編(ツールキット講習)も用意していますので、ご要望いただければと思います。私からのお話は以上です。ありがとうございました。


質疑応答(北上市)

Q. 中小企業の生産管理システムに対する支援で未解決課題が見積もりシステムのデータベースである。見積もり性能が低ければ大きな赤字になるため精度を上げたい。そのような課題に対して、産総研としてはひとつひとつの材料は提供するが、運用に関しては自分で考えるのが基本姿勢という理解でよいか?
A. 基本的にはそのようなスタンスだが、近年はいろいろな事例が生まれノウハウも蓄積されてきたため、提案も可能かもしれない。基本的には材料を提供し、ユーザーが必要なものを作るスタンスで、公開できるものはすべてサンプルとして公開している。ただ、いくらサンプルを作成しても、そのまま使えるものにはならず、ある程度は自分で組み合わせたり、つくったりする必要がある。「サンプルが増え過ぎてわからない」という意見もいただいており、なかなか難しいところだ。


質疑応答(青森市)

Q. MZプラットフォームの動作環境はWindowsかLinuxとのことだが、ウェブアプリであればMacでも使えるか?
A. 確かに使えるが、ブラウザ上で動くものに限定されるため、デスクトップアプリよりも制約が相当ある。加えて、ウェブアプリはデバックが大変だったり、サーバーを立てる必要性があったりと、ユーザーに求められる能力が上がるため、無理して使う必要はないと考える。

Q. 青森でMZプラットフォームを導入している企業の数は?
A. 青森は0であることがわかっている。全国の中でも東北は利用実績が少ない。一方で、九州は多い。優秀なコーディネーターのおかげでよい事例が生まれると、周囲も熱心に取り組むようになるようだ。一社がよい事例をつくると皆が真似したくなるのではないか。

Q. (金城氏への質問)入荷した材料に貼るバーコードは、販売時に貼られているものではなく、金城さんの会社で設定したバーコードか?
A. 注文書として材料に貼り付けたものと対応させたバーコードを会社側で用意している。


第1回EBISワークショップ 講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」

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第1回EBISワークショップ 講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

中小製造業のIT/IoT化支援を目的に産業技術総合研究所が開発・無償配布しているソフトウェア開発支援ツール「MZプラットフォーム」を紹介するセミナーが12月4日、北上オフィスプラザ(岩手県北上市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、MZプラットフォーム導入企業である日新電機システムの金城聡さんによる講演をレポートする。

講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」
/株式会社日新電機システム 設計課長 金城 聡 さん

 当社のMZプラットフォーム導入事例をご紹介させていただきます。はじめに、当社の業務内容からご紹介いたします。日新電機システム(代表者 上間明夫)は、プラント設備制御システム、中央監視制御システム、キュービクル・低圧配電盤・各種自動制御盤、これらの設計・製造・販売・施工を行う、沖縄県うるま市の企業です。主要販売先は電気工事業者、水処理メーカー、官公庁です。2011年4月に設立し、従業員数は23名、売上高は3億5千万円です。関連会社や加入団体、沿革については、スライドに示したとおりです。

 主な納入実績としては、沖縄県の北部地域に農業集落排水処理施設向けの製品や、同じく沖縄県の北部地域の汚水処理施設向けの製品があります。汚水処理施設の中で離れた場所に設置するためシーケンサ―(PLC)で一括制御を行っています。製作からPLCのプログラミングまで当社ですべて請け負って製作しています。

 当社の業務フローをご説明いたします。当社は受注生産請負企業のため、まず、顧客から見積もりのための資料をいただき、それを積算して顧客に提出し、その見積もり金額で折り合えば契約、設計へ進みます。設計では、お客様に提出後もいろいろ変更等があり、それを承認いただければ、板金へ進みます。板金が終わると、配線・組み立ての作業に入ります。板金と組み立てが当社業務で最もコストを要する工程で、この効率化が重要なポイントとなります。組み立て・配線が終われば、検査・出荷して顧客に納品、というのが一連の流れです。

 会社を継続的に発展させるためには、顧客に対してよりよいサービスと品質を提供し、利益率のより高い製品を多く生産する仕組みづくりを継続することが重要です。製品の最終利益を明確にし、中長期経営計画を作成して、目標達成にむけて将来への投資をすることで、永続的な会社としての基盤を構築することを目指しています。
 会社を発展させるための経営的な課題が2点、経営者から挙げられました。1点目は、工程の進捗が各部門で共有できていないために生産効率が上がらず、利益・売上が伸びない、無理ムダムラを無くしたいということ。2点目は、製品ごとの利益が不明なため、受注活動や中長期経営計画に反映できない、コストの内容を明確にし改善したい、ということでした。
 そこで解決策として、工程の進捗を"いつでも""どこでも""誰でも"「見える化」を実現し、製品(物件)や種類別のコストを明確にすることで改善につなげ、利益データを受注活動に反映させることを目指しました。

 MZプラットフォーム導入前の課題と解決策について、課題ごとにご紹介していきます。導入前の課題の1点目は、製品の工程進捗、工程計画が共有されていないことでした。これまでは製作物件一覧や納入仕様書などの書類をExcelで作成しており、作成したExcelは社内の共有フォルダ内に入れてあるため誰でも閲覧できる状態でしたが、各工程の進捗や各物件のボリュームなどの情報は共有化されていませんでした。そこで解決策として、MZプラットフォームのサンプルプログラム内にある工程管理システムの簡易版を参考にして、当社独自の社内アプリケーションである受注物件情報を作成し、ガントチャート表示で工程の見える化を実現しました。

 実際に作成した受注物件情報のトップ画面を拡大したものが、こちらのスライドです。各部の機能と表示内容について詳細にご説明いたします。一番上は、各物件の情報がテーブルになっており、それぞれ物件の名称や金額、納期、顧客情報等が表示されています。その左下には、その選択されている物件の各工程の計画と進捗状況が表示されています。ここで黄色に変わっている行は仕掛中の工程で、完了した工程にはチェックが入り、流れていく感じです。その下にあるのが、ガントチャートです。ガントチャートで全物件の工程計画が表示されます。選択されている物件を先頭にして表示しており、各物件との製作の混み具合や各工程にどれくらいの負荷がかかっているかの判断材料にしています。右上には、選択されている物件のボリュームを表示しています。この例では3面しか表示されていませんが、多いものですと数十面という場合もあります。表示期間の設定も可能で、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、5ヶ月と時間軸を変えて、長期的な計画や短期の工程などを確認しています。また、ピックアップしたい工程だけを見るために、表示・非表示の選択も可能にしています。部門別のガントチャート表示ボタンも設けており、それを表示したものが次のスライドです。

 部門別のガントチャートを表示したものが左側です。ガントチャート自体を上下左右に移動することと、期間の伸縮で工程の組み換え変更を可能としています。この部門別ガントチャートでの変更を、工程計画一覧と全体のガントチャートにも反映できます。

 次に、導入前の課題の2点目は、製品コスト(原材料費、特に人件費)が不明だったことです。それまで日報は手書きで行っており、その手書きの日報を基に大凡の作業時間を集計して最終利益を想定していたため、製品コスト、特に人件費に不明な点がありました。どれだけの作業時間を費やしたか、正確にコストを把握するためには、手書きの日報では限界があり、また手間もかかります。そこで解決策として、バーコードで読み取ることで作業時間を集計して表示できるようにしました。先程の受注物件情報アプリケーション作成の翌年、新規でこのバーコード工程管理の作成に取り掛かり、バーコードを読み取ることで、容易に時間の計測と進捗を管理することが可能になりました。

 バーコード工程管理のトップ画面を拡大して詳細にご説明します。バーコードによって読み取った結果や操作等の案内を左上に表示しています。ここで読み取る順は、自分の名前から読み取る人もいれば物件から読み取る人もいるため、自由にしています。そして、3つ読み取ったら最後にダイアログで「登録しますか?」が表示されて、マウスもしくはタッチパネルで登録する形です。読み取った物件の工程進捗情報は、ラベルの背景を赤色に変えて表示します。一番下に作業中物件の担当者と物件名をリアルタイムで表示しています。右側のグラフは、作業中の予定時間(赤色)と実績時間(青色)を並べて表示したものです。当初は実績時間のみの計測を考えていましたが、実際に時間を入力する側の立場からすると、やはり対象となる概算時間を知ることで、時間を記録する意欲を損なわないのではないかと考え、並べて表示する仕様に仕上げました。

 バーコード工程管理アプリケーションの導入により、工場から取得した作業時間と原材料費をデータベースに登録することで概算粗利と実績粗利の比較検証が可能になりました。作業時間については、先程のバーコード工程管理に予定作業時間の積算値を入力することで、実績粗利との比較を可能にしています。原材料費については、各仕入先からの請求書を基に経理が財務管理ソフトへ入力したデータをCSV形式で出力し、これを原材料費の値としてデータベースに登録し、最終的には作業時間の集計値を含めた算出で実績粗利がはじき出されます。その結果はCSV形式で出力して、経営計画などの資料としています。

 さらに導入前の3点目の課題として、製品原材料の不足や入荷遅延による手待ちが発生していました。製品を組み立てる上で必要な原材料や部品が入荷済みで組み立て・配線作業の工程に入れるかを、以前は入荷担当に直接確認していた状況でした。そこで解決策として、バーコードを読み取ることで、工程の進捗状況を表示し、作業に入れるかを確認するようにしました。「入荷済み」か「未入荷」は、ラベルが赤く表示されているかで判断しています。ところが、材料手配時のミスと入荷時の確認不良により、手待ちが発生するという、新たな課題が発生しました。

 発生した再課題は、発注時の作業をMZプラットフォームとは別作業で行っていたため、起こるべくして起こった問題でした。そこで解決策として、材料手配時と入荷の確認をMZプラットフォームで一括管理するため、発注業務からデータベースを連携することで、入荷のチェック業務を行えるよう、新たなアプリケーションの作成に入りました。本アプリケーションは今年度、産総研の技術コンサルティングを利用して作成中のため、本日は詳細をご紹介するまでには至っておりません。

 このほか、追加した機能もご紹介いたします。1点目の課題でご説明した、受注物件情報ですが、当社にはまだ別途で作成していた帳票の様式がありました。そこで、これまで作成したアプリケーションで必要な情報を取り込み、なおかつバーコードも生成して、製作伝票として印刷できる機能を追加しました。特にバーコードの生成については、別途で用意していたため、受注物件情報から紐づいている文字と異なることで、文字の入力ミス等もあり、作業時間の計測で度々エラーが発生していました。そのため製作伝票発行担当者から、この機能追加の要望があったことに対応したものです。

 MZプラットフォーム導入後の効果はいくつもありました。まず、受注物件の情報と工程管理を一元化したことで、中長期計画通りに利益計画が達成できました。また、ガントチャートによる"見える化"の手法により、社内の意識改革につながりました。さらに、作業時間を集計した結果を表示することで、作業者にコスト(時間)を意識させることにつながりました。そして、ITに関する知識や意欲が向上しました。

 一方で、開発で苦労したことは、日頃からMZに触れる機会がないため、いまだに起動メソッドや各種設定に難があることです。作成後に社内で稼働させた後、想定外の人為的な操作ミスへの処理や機能の追加要望もあります。また、データベースを共有するために必要なネットワークの構築にも苦労しました。昨年9月末の台風直撃による停電の際にはサーバーの復旧に1ヶ月半もかかりました。産総研の技術コンサルティング支援を受けているため、ファイルサーバーを産総研に送り、一緒に設定してもらい沖縄に戻すという形で対応しました。技術研修を受けるには、陸路ではなく空路を利用するため、時間と費用がかかりましたし、社内で私一人しかMZのビルダーを触っていないため、他の社員と知識や情報の共有ができていないという課題もあります。IT化を推し進めていく中で、必ずしも全社的に協力が得られるわけではなかったことにも苦労しました。

 最後に、今後の展望についてです。発注と入荷チェックの業務をMZプラットフォームで省力化と確実性を図り、これまでに作成してきたアプリケーションのバージョンアップも行いたいです。また、集積したデータベースを活用して、今後の受注活動における競争力向上を狙いたいですし、社内の他の業務にもMZプラットフォームで一貫した業務環境を整えていきたいです。さらに他の社員にもMZプラットフォームの知識や技術を習得させ、社内のIT化をさらに推し進めていきたいと思います。

 以上です。ご清聴ありがとうございました。

第3回EBISワークショップ 基調講演「次世代放射光は地域の強い味方」

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第3回EBISワークショップ 基調講演「次世代放射光は地域の強い味方」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に2023年度完成予定の次世代放射光施設をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「わが社で使える放射光」が2月13日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、国とともに次世代放射光施設の整備・運営を担う一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹さんによる基調講演をレポートする。

◆ 基調講演 「次世代放射光は地域の強い味方」
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん

 放射光と聞くと「地域にはあまり縁がないのでは?なんだか難しくてハードルが高過ぎる」とお考えになるかもしれませんが、放射光は、一言で言うとモノを見るツール(道具)です。ですから、ありとあらゆるものに使えます。ただ、ナノという原子や分子のレベルで、モノを見ることができるのです。

 はじめに、次世代放射光施設がなぜ東北に建設されるのかについて、お話します。次世代放射光施設(SLiT-J:Super Lightsource for Industrial Technology Japan)は、国が自治体や産業界と協力して科学プロジェクトを進める新たな試みです。先端的な可視化ツールである次世代放射光施設を東北大学の青葉山新キャンパスに整備し、その隣接エリアには産学協創のサイエンスパークを建設予定です。東北には無縁の首都圏の大企業が利用するのでは?とお考えになるかもしれませんが、地域の産業界にも積極的に利用いただける施設です。次世代放射光は首都圏からも2時間圏内という高い利便性から、世界からも注目されています。地下鉄の駅至近の放射光施設は世の中にありません。ゆえに大企業もその建設を支援してくれています。そして、地域の企業は、その利便性をさらに享受することができるのです。

 放射光が産業界に役立つことは既に証明済みです。最近の最も注目を集めた成功事例は、内閣府の革新的研究開発プログラム(ImPACT)での放射光の活用です。伊藤耕三教授(東京大学)がプログラム・マネージャーを務める「超薄膜化・強靭化『しなやかなタフポリマー』の実現」で、様々な壊れにくいポリマーを生み出し、ポリマーでできたコンセプトカーを5年で実現するうえで、大きな役割を果たしました。参加したのはAGC株式会社、三菱ケミカル株式会社、東レ株式会社、住友化学株式会社、株式会社ブリヂストンと学術界で、伊藤教授が創出した新素材「しなやかなタフポリマー」をグローバルマスターブランドとして世に送り出しました。そして、論文254報、特許87件、海外出願15件、招待講演811件、受賞165件、報道関係112件と、輝かしい研究成果を挙げています。

 私はこのプログラムで放射光施設のリーダーを務めました。本プロジェクトのゴールイイメージは明確で、強靭なポリマーを開発し、その社会実装としてコンセプトカーの製作を行うというものです。車体構造の強靭化は東レと住友化学、タイヤの薄ゲージ化はブリヂストン、燃料電池・リチウムイオン電池用セパレータの薄膜化はAGCと三菱ケミカルが開発を担当しました。それぞれ材料の設計指針を作り上げるうえで、すべての企業が放射光を活用しました。

 兵庫県にある理化学研究所の大型放射光施設「SPring-8」に「ビームライン」と呼ばれる実験ステーションを本プロジェクト専用で設けました。例えば、企業では材料試験方法として引張試験を行いますが、材料を引っ張った時の変化や亀裂した瞬間の観測に放射光を用いています。6つの企業プロジェクト、8つのアカデミアグループで合計283日間、この専用ビームラインを利用しました。

 そのうちの一社、ブリヂストンは、タイヤの薄ゲージ化と、燃費の向上を達成しました。開発を担当したブリヂストンの角田主任研究員は放射光の利用経験がありませんでしたが、私と話をしながら進めました。タイヤの材料には(ゴムのほかに)シリカ(SiO2)粒子などが(タイヤの強度を高めるための)フィラー(充填剤)として配合されています。そこで、ゴムを伸ばした時のフィラーの分散状態(ネットワークの構造)を放射光で見て、散乱曲線とリバースモンテカルロシミュレーションで可視化を行いました。これにより崩壊強度に着目した高強度化の検討が可能となり、従来ゴムに比べて開発ゴムの強度(亀裂の進度が高速化するエネルギー)は430%向上しました。

 開発した材料をゴムクローラ(キャタピラ)に用いて実証実験を行った結果、摩耗速度が60%低減することを確認し、さらに燃費も向上しました。

 これから東北地方に建設する次世代放射光施設の光源性能は、ImPACTで成果を挙げたSPring-8の100倍です。放射光を知らないプレーヤーも含めて、次世代放射光はその高い光源性能で異業種・異分野のプレーヤーを集め分野融合を推進し、単なる分析には終わらず、価値創造まで支援する可視化ツールなのです。


1.はじめに

 これまでSPring-8は、低燃費タイヤ、創薬、ヘルスケア、IGZO携帯、燃料電池など、産業界の価値創造に大きく貢献してきました。一方で、産業活用が進めば進むほど、軟X線向きの放射光のニーズが顕在化しました。なぜかと言うと、SPring-8は硬X線向きの放射光で、軟X線を出すのは苦手だからです。軟X線でよく見えるものは、軽い元素でつくられたものです。東北が得意とするスピントロニクスをはじめ、ソフトマターやヘルスケア等、軟X線向き放射光を必要とする分野が拡大する中、100倍の光源性能差はナノ領域におけるものの見え方を変えます。次世代放射光は東北にとって無くてはならない光なのです。

 他方、海外での研究開発は高速に進み、日本の国際競争力は挽回不可能な差をつけられる危機に直面しています。東北にこれから建設される次世代放射光施設は、2023年の稼働開始とともに、この性能差を逆転し、日本のSociety5.0を支えます。この放射光の強みを表すキーワードは、「可視化」と「コヒーレント光(干渉可能な光)」です。放射光も(代表的なコヒーレント光である)レーザーのように使える時代がこの次世代放射光から始まります。そして可視化が進めば、放射光を活用した、企業の研究開発はより身近なものとなります。そのことについては、この後で説明します。

 放射光の利用方法は「コウリション(Coalition: 有志連合)・コンセプト」という新しい産学連携スキームに基づきます。後で詳しく説明しますが、このスキームの"肝"は、製品開発の出口イメージを産学で共有し、産業界には、利用に関する手続きや技術開発の負担無く、研究開発に専念して頂くことです。すなわち、出資した企業「コウリション・メンバー企業」については、利用のための申請書は不要で、成果も公開でなく専有です。このスキームで重要なのが企業の収益に直結する利便性です。コウリション・コンセプトに基づく産学官金協創による経済波及効果は、10年間で1兆9,000億円に上ると試算しています。

 SPring-8で硬X線のエネルギー領域(5~20キロ電子ボルト)を利用して測定できるのは主に重い元素で、内部のかたち(物質の構造)を見る測定が中心です。それに対して軟X線(~2キロ電子ボルト)は軽い元素の測定が中心で、電子の振る舞いを見ることができます。我々の身の周りの物質の機能は、全てエネルギーの軽い電子が司っており、その電子を捉えるには、それと同じくらいのエネルギーのX線、つまり軟X線が必要です。軟X線は、電子の振る舞いを見ることで「機能の可視化」を可能にするのです。

 世界の研究の潮流は、物質の「構造解析」に加えて物質の「機能理解」へと向かっており、物質表面の電子状態変化を時間的に追うことが出来る、高輝度の軟X線利用環境の整備が重要です。物質科学、地球・惑星・環境科学、生命科学で重要なほぼ全ての元素に、軟X線の吸収端が存在します。これらを利用した、物質の機能に関係する電子状態やダイナミクスの可視化は、製品等の中で起こる複雑な現象の理解につながります。従って、次世代放射光施設は産業界の価値創造にも貢献することが期待されるのです。

 しかしながら、世界的に見て我が国の軟X線利用環境は立ち遅れている状況にあります。加速器技術の進歩により、諸外国では、2000年代には軟X線向け放射光施設の建設が急速に進みました。2010年代に入ってからは、電子エネルギーが3 GeV(30億電子ボルト)級の高輝度な軟X線向け次世代放射光施設が、米国、台湾、スウェーデン等で稼働を開始し、SPring-8は抜かれました。それを一気に逆転するのが東北の次世代放射光施設です。既に加速器の設計は終了し、あとは発注のゴーサインが出るのを待つだけです。

 これから建設される放射光施設は、線形の加速器(入射器)で光速に近いスピードまで加速された電子が、磁石によって向きを変えながら、3 GeVという非常に高いエネルギーで、巨大なリング型加速器の中を周回運動する施設です。電子が向きを変える際、電子の周回運動の接線方向に沿って発生するのが放射光です。放射光は、リングに沿って設けられた取り出し口から、それぞれ放射状に伸びたビームラインと呼ばれる細長い実験室へ導入されます。


2.放射光はリサーチコンプレックスの要石

 諸外国では、放射光施設を中核としたリサーチコンプレックス(研究開発・実証拠点)の形成が進んでいます。放射光施設は学術研究のための大型施設にとどまらず、国の産業技術開発を支える重要な先端基盤施設であるとの認識が広がっているためです。TPS(台湾)、GIANT(欧州シンクロトロン放射光研究所)、SOLEIL(フランス)、MAX-Ⅳ(スウェーデン)などにおいても、軟X線向け放射光施設が中核となり、複数の国立研究機関、大学、企業等が集積し、また研究成果を活用したベンチャー企業が多く設立されるなど、リサーチコンプレックスの形成が進んでいます。東北に建設される次世代放射光施設とほぼ同じサイズなのがフランスのSOLEILで、「コスメティックバレー」と呼ばれる世界最大の化粧品産業集積地が形成されています。


3.官民地域パートナーシップによる施設の整備

 国は「官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進」を発表し、同施設の整備・運用の検討を進める国の主体である量子科学技術研究開発機構(QST)とともに、整備・運用に関わる地域及び産業界のパートナーとして、光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とし、宮城県、仙台市、東北大学、及び東北経済連合会を選定しました。ここで重要なポイントは、蓄積リングや入射器といった、常にアップグレードが必要な加速器の基幹技術については、国(QST)が責任を持つという点です。科学技術の進展は目まぐるしく、整備当時は最新施設でも、およそ10年も経過すれば陳腐化すると言っても過言ではありません。最先端の研究成果を持続的に創出し続けるためには、施設を常にアップグレードしていく必要があるのです。また、そのために放射光施設の機器は1社単独ではなく200から300社程度に発注する形になるでしょう。単なる買い物で終わってしまえば、施設のアップグレードができないためです。一方、残りのビームラインや基本建屋等についてはパートナー側で担当します。

 PhoSICの組織概要です。評議員は、東北経済連合会の海輪会長を設立者として、産総研の中鉢理事長はじめ、物質・材料研究機構の橋本理事長、日本経済団体連合会の根本専務理事、IHI、三菱重工業、日立製作所の役員、及び東北大学の大野総長が務めます。そのほかの理事と幹事についてはスライドの通りです。

 次世代放射光施設のミッションは、ものを見るツールとして、リサーチコンプレックスの要石となり、ビジネスや、研究の国際競争力を支え、新たな価値を生み出すことです。官民地域パートナーシップの下で、我々は「産学官金協創」のモデルとして、スライドに示すようなビジネス・エコシステムの構築を目指しています。それを具現化する利活用のスキームが、先程もご説明したコウリション・コンセプトです。これは、学術が、建設資金を出資した企業と一対一でユニットを組み、製品開発競争へ放射光施設を利活用するという出口イメージを共有し、産業界の利活用を支援するという新しいスキームです。なぜ一対一かと言うと、責任を明確化するためです。従来型のオープンな産学連携では、企業間の製品開発競争に、学術界が深く踏み込めない難しさがありました。基礎研究の成果が「死の谷」「ダーウィンの海」という難所を越えて産業に発展した事例もあまり多く聞きません。基礎研究成果の環境淘汰にイノベーションの運命を任せず、企業の持つニーズとシーズを基礎科学で解決していく、そのためのエコシステムです。すなわち、このビジネス・エコシステムは、リサーチコンプレックスにおける、持続可能なイノベーションを推進するエンジンとなります。

 次世代放射光施設では、既存の放射光施設が抱える施設利用上の課題を解決し、産業界のアンメットニーズ(まだ充足されていないニーズ)に応える運営を構築します。スライドに示した「先端の光で活用範囲が拡大」及び「学術パートナーとの戦略的な連携」については、先程ご説明しました。次に「機動的な利用制度」についてですが、SPring-8では約2か月の定期点検期間が年2回あり、それは企業にとって不都合です。企業にとって重要な課題は、最先端の研究開発だけでなく日常的なクレーム処理もありますから、そのたびに課題申請などはしていられません。そこで次世代放射光施設では250日間6,000時間のほぼ毎週の運転で、切れ目のない利用を実現します。マシンタイムの設定についても、SPring-8では課題選定が半年に1回の頻度で行われますが、企業の場合、半年後にはもう別の課題に取り組んでしまっています。我々のコウリション利用の制度では、出資した企業は毎月マシンタイムを設定できます。

 「データ解析・利用支援の充実」について、今回の新しいスキームでは、分析会社による有料の分析・解析サービスも利用可能としています。すでに現在、分析会社7社がビジネスを開始しています。SPring-8の利用者選定業務及び利用者支援業務を行う公益財団法人JASRI(高輝度光科学研究センター)とは異なり、我々、PhoSICが一般財団法人という法人格を選択したのも、このようなビジネスを可能とするためです。

 次世代放射光施設の建設費概算総額は約360億円で、このうち、想定される国の分担が約190~200億円です。残りの約160~170億円は、提案者側の分担で集める必要があります。これまでに、宮城県、仙台市、寄付金等で約100億円が集まりました。さらに2017年から260社余りの企業の経営者層を個別訪問し、コウリション・メンバーへの参画について事業計画等を示しながら懇談しました。10年間で1口5,000万円、つまり1年間あたり500万円で200時間の利用権があり、PhoSICの建設する全てのビームラインと実験装置を利用できます。加入を決めた企業は2019年2月現在で65社に上ります。全て関東・関西にある大手メーカー企業です。ほかに参加検討中の企業が45社程度あります。文部科学省が開始を宣言する前段階で約40社が参画を表明しておりましたが、そのことが逆に行政を動かしたというのが実情です。今後、我々は、まず加入企業数100社を目標として参ります。地元中小企業による、「ものづくりフレンドリーバンク」を利用した共同参画の出資額は、7,000万円を超えました。

 これまで、放射光施設へのアクセスは、先程もご説明した通り、共用の場合、成果公開、申請書の提出による半年毎の利用申請機会、申請採択後の利用権というものでした。新たなスキームであるコウリション・コンセプトの下では、資金を拠出したコウリション・メンバーであれば、毎月利用申込みの機会があり、成果専有、そして課題申請は不要です。秘匿性が非常に高くなり、連携の規模は大きいものから小さいものまであります。学術は、東北大学や東北地域にある主要な大学のほか、国内の主要国立大学と連携しています。

 産業界のアンメットニーズに応えるコンセプトは、ビームラインの設計にも反映されています。測定手法にもよりますが、装置の測定前段階の調整時間を短縮することは、放射光施設の抱える課題の一つです。SPring-8では放射光で実験する前段階の調整に、例えば半日も時間を要することが多くありました。我々はその原因を「あれもこれもやりたい」といろいろな装置を並べたためと考え、次世代放射光施設のビームラインでは、スタンドアロンにすることで複雑な調整を不要にし、放射光未経験のユーザーでも1時間後には測定できるようにします。私がSPring-8に設置したビームラインは、SPring-8で最も成果を挙げていますが、戦略的にスタンドアロンにしており、設置から今までの17年間、一度も長時間を要する複雑な調整を必要としたことがありません。

 測定法についても、従来は、放射光を利用する企業が放射光の学術研究者に依頼して装置を調整し、一緒に計測する形でしたが、次世代放射光では、企業が製造プロセスや試験装置をそのまま持ち込み、簡便に設置・取り外しが可能な形(イノベーションベンチのプラグイン機構)を採用し、利活用の概念を転換します。実際に私はSPring-8で、ひとつのビームラインに各企業が装置を持ち込んで、各々の装置で計測を行い、企業間で競争させることを実現し、その成果として数々の製品が世の中に生み出されました。

 コウリション・メンバー加入(資金拠出)のメリットをご紹介します。加入意向を表明いただいた瞬間からフィージビリティ・スタディ(FS)を開始出来ます。企業が直面している課題から次世代の活用に向けた試験研究まで、既に15社がFSを開始しています。機密で協議を進めますので、参加企業も一切公表いたしません。FSはSPring-8で行い、学術研究者とのマッチングも秘密保持契約を結びながら行います。学術研究者とのマッチングだけでなく、分析会社とのマッチングも行います。既に7社の分析会社がビジネスを開始しています。

 東北地域の中小企業は、「ものづくりフレンドリーバンク」の活用を開始しています。高い技術を持つ地域の中小企業が参画できるよう、小口で共同参画する仕組みです。首都圏等にある企業とは異なり、地元企業は情報をいち早く握れることが一番のアドバンテージとなります。その一例が宮城県利府町にある株式会社ティ・ディ・シーです。同社の赤羽社長とは、東北大学の「多元研イノベーションエクスチェンジ2017」でお会いしました。ナノレベルでの超精密鏡面加工を主力にする高度な技術力を持つ企業で、私から「表面状態のナノレベルの平坦さを放射光で評価できると思いますよ」とお話しました。赤羽社長は「放射光とは何か、よくわかりません。けれども先生を信じます」とすぐ参画し、翌月にはSPring-8で実験を開始しました。その半年後、東京で開催したコウリションコンファレンスで赤羽社長はその成果を講演し、コウリション・メンバーに驚きをもって称賛されました。

 ティ・ディ・シ―の表面研磨加工の評価は、放射光をすれすれに入射した散乱で表面状態を見ることで行いました。ナノレベルで平坦であれば放射光でも四方八方に散乱されないという原理です。加工精度を「見える化」できたことがティ・ディ・シ―の成果で、これをさらに標準化していきたいと議論しているところです。

 例えばウイスキーの熟成も、ティ・ディ・シ―と同じパターンで評価ができるでしょう。ウイスキーは熟成するほど色が付いて味がまろやかになることが知られていますが、サントリーによれば、その理由はエタノールがマスキングされて刺激が低減するためとのことです。このことも放射光で可視化ができるでしょう。

 宮城県特産品のホヤはバナジウムを体内で1,000万倍濃縮することはご存知と思います。血液細胞の中でバナジウムが濃縮されることが知られていますが、血液細胞の中に入っているかどうかは、従来の方法では見えていませんでした。そこで、海外にある軟X線向き放射光施設を利用したという点が悔しいのですが、広島大学の植木龍也准教授が軟X線でそれを見た結果がこちらのスライドです。血液細胞の中で赤く光る部分がバナジウムで、しかも濃淡が見えますが、これは海水から血液細胞に入ったバナジウムが5価から3価へ変化することまで可視化されています。バナジウム資源も、他のレアメタルの例に漏れず、南アフリカ、ロシアおよび中国に偏在していますから、日本にとっては、海のパイナップルもバナジウム鉱石に見えるのではないでしょうか。次世代放射光では、より鮮明かつ詳細に可視化できますので、メカニズム解明につながることが期待されます。


4.可視化でイノベーションを加速する次世代放射光

 次世代放射光によって、どのように見え方が変わるのか、象徴的な事例でお示しします。X線で見えにくいものの代表例は、脳です。例えば、SPring-8(8 GeV)でマウスの全脳を可視化した最新の結果がスライド左上の図で、「濃淡のコントラストが見える」と3か月前に送ってもらったデータです。ところが台湾の軟X線向け放射光施設TPS(3 GeV)による軟X線を用いた結果では、今まで密度差が小さくコントラストの付きにくかった脳の神経回路まで見えるようになりました。SPring-8の立場で言えば、「やられた」ということですが、まるでCGのような3次元映像で、一目でわかるようにしてくれます。全脳の神経回路の解読が可能になれば、将来、神経科学とデータサイエンスを使って、脳のように自ら学習する汎用性の高い人工知能を開発できるようなります。人工知能から医療まで、幅広い応用分野で、次世代放射光はSociety5.0を支援するのです。

 燃料電池に関する最近の事例についてもご紹介します。燃料電池の開発で最もコストの高いプラチナ触媒の酸化還元反応の変化を、発電しながら観察できるようになります。SPring-8による実イメージが右図で、緑色が電極、赤色がプラチナ触媒の部分で、分解能は1マイクロメートルです。青色の部分が酸化したプラチナ触媒で所々に出ているようすが見えるようになりました。「ならば、SPring-8だけで十分ではないか」と思われるかもしれませんが、SPring-8では1日を要する観察が、次世代放射光ではわずか数分で観察できるようになり、研究開発は飛躍的に加速されます。

 このような触媒の研究において、従来は何を見ていたかと言いますと、X線吸収スペクトルに基づいて間接的な議論をしていました。これからは、機能の向上や劣化の原因を直接的に可視化し、合理的かつ効率的な研究開発の指針を構築できるようになります。機能の可視化の計測・解析技術が進展することで、ツールとしての放射光と、ものづくりとの距離が縮まるのです。

 次世代放射光の強みを表す、もうひとつのキーワードは、レーザーのように光の波の山と谷が揃った「コヒーレント光」です。SPring-8も含めて従来の放射光はカオス光ですが、次世代放射光では、レーザーのように放射光を使うことができます。例えば、今まで見えなかった、タイヤのゴムの弾性を高める分子の不規則な動きをコヒーレント光で捉え、イメージに変換して見ることができるようになります。結晶構造でなくとも、ゴムの構造が可視化できるわけです。

 こちらの結果は、コヒーレント光を活用した触媒開発の例で、分解能13ナノメートルで触媒の形を見たものです。私はもともと放射光の専門家ではなく、電子顕微鏡の専門家でしたので、これを見ても何の感動もありませんでした。電子顕微鏡の方がよく見えるからです。形を見るだけでしたら、わざわざ放射光施設まで行かなくとも自分のすぐ近くで観察できるわけです。ところが放射光で、触媒中のセシウム金属原子が3価から4価へ変わる(触媒が酸化する)状態が色付いて見えます。それどころかその中間状態の価数の分布まで見えるのです。それぞれの位置によって酸化条件が異なり、しかも、隣同士で影響を受け、相関しているはずですから、これらはビックデータです。


5.イノベーションを革新するAI・データ科学との融合

 さらに、触媒の酸化反応を三次元で測ると、約2,700万点もの位置で、触媒の機能情報を含む高精細な画像を得られます。さすがに数千点ともなると、どんな相関があるかを調べるのは不可能ですから、ここでデータ科学が登場します。ビックデータ解析により、これまでわからなかった、触媒の材料の中で金属原子のセシウムの酸化が進む様子が見えるようになります。ビックデータと言うと、誰が作成したデータかわからない結晶構造解析の結果を使うと考えがちですが、これは自分のデータです。しかも、2,700万点もの膨大な情報です。SPring-8では、この1点の情報を取るのに5日間も要していましたが、次世代放射光では、数分のオーダーになります。次世代放射光とデータ科学の融合により、従来は試行錯誤だったものづくりが、ナノで見ながらのものづくりへと変わるのです。

 こちらはデバイスの例です。デバイスではナノの欠陥は動作不良の原因となります。コヒーレント光で得られるナノの高精細な画像は、非破壊で見つけることが難しかったナノの欠陥を診ることを可能にします。詳細なデータを取得できれば、あとはAI技術を応用すればよいのです。放射光を活用した可視化の進展が、如何に、ものづくり業界の研究開発と密接に関係しそうであるか、ご理解いただけたらと思います。

 以上のように、次世代放射光の利用の仕方、光の性能を納得いただいた、多くの企業に、参画いただいています。

  PhoSICや東北経済連合会が企業の皆様へ参画を呼び掛けることと並行して、官民地域パートナーを組んでいる自治体や大学についても具体的な取り組みが進んでいますので、ここでご紹介します。宮城県は、県産業技術総合センターの対応力強化など、施策体系を整えて支援をして下さっています。

 また、仙台市は、現在、一番の大口(10口)の出資をしているコウリション・メンバーです。コウリション利用においては、ビームタイムのリクエストが重複した場合、多く出資したメンバーが優先されるルールです。ということは、仙台市が、どの企業にも負けず、利用したい時に利用できる状況です。地域企業に使っていただこうと、普及啓蒙のみならず、トライアルユースのための予算を組んでいます。

 東北大学は、研究、教育、経営について将来のビジョンを記した、「東北大学ビジョン2030」において、次世代放射光施設などの大型研究施設の積極的な活用と、それを契機とした、最先端研究に最適なグローバルイノベーションキャンパスの創造、そして、社会との共創によるイノベーション創出の加速を掲げています。4月には、海外の主要な放射光施設のディレクターおよび放射光施設と連携する大学の教授、また、国内の研究機関と主要国立大学のディレクターを招聘した、国際サミットを東北大学が主催致します。そこで、今後の連携についてのコミュニケを発表する予定です。研究だけでなく、教育や、人材育成の議論も始まってまいります。

 次世代放射光施設は、ナノを見るツールですが、ものづくり、分析・評価、データマネージメントなど、新たな市場開拓と、モノ、情報、そしてヒトに至るまで、価値を生み出す活用の可能性を持っています。そして、それは皆さんにお使いいただける、というお話でございました。ご清聴ありがとうございました。

第3回EBISワークショップ 事例紹介「放射光で食を科学する」

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第3回EBISワークショップ 事例紹介「放射光で食を科学する」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に2023年度完成予定の次世代放射光施設をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「わが社で使える放射光」が2月13日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、東京大学物性研究所教授の原田慈久さんによる事例紹介をレポートする。

◆ 事例紹介 「放射光で食を科学する」
/国立大学法人東京大学 物性研究所 教授 原田 慈久 さん

 高田先生からは、放射光を使って行った研究成果の紹介、特に電子状態の可視化に焦点を当てたお話がありました。私もSPring-8に20年近くおり、電子状態可視化の最初のステップを詰めていく研究と、その手法開発を行ってきました。

 放射光を使って行っている研究例のひとつとして、水の分析を約15年前から行っています。水の分析自体はいろいろなラボのツールで行われていますが、それを敢えて放射光で見ると、全く違う水の姿が見えます。そのおもしろさに取り憑かれ、ナノ空間に閉じ込めた水や、水の中にある気泡等を測っています。また、燃料電池の触媒やタンパク質の分析も行っています。ソフトマター関連の分析が多いですが、私が今回ご紹介する手法はもともと固体物理に端を発しておりまして、固体物質、例えば超伝導でも使えますし、さらにソフトマターでもバイオでも使えます。そのようなツール開発が大切と考え、最先端の装置開発を行ってきました。その技術が枯れると、プラグインという形で次世代放射光で使えるようになります。新しい放射光施設では企業とも連携してツール開発を行い、ツールの汎用化もひとつの流れにしたいと考えています。

 今回「食」というタイトルをいただきましたが、私は食品分析を行ってきたわけではないので、食につながるであろうネタを用意しました。本日のお話は「軟X線による元素分析」です。軟X線は次世代放射光施設の中心となる波長ですので、その光で何ができるのかを解説後、いくつか分析例をご紹介します。そのケーススタディから、次世代放射光で何ができるかをお話しようと考えていましたが、それを先に言うと、「それ以上はできないのか」と誤解されてしまうかもしれないので、敢えて数字は出さずに議論の中で可能性についてお話しようと思います。

 今回ご紹介する研究の実施場所は、SPring-8と、愛知県岡崎市にあるUVSOR(自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設)です。SPring-8では「軟X線発光分光」と「硬X線光電子分光」という手法を用いて溶液の研究を行っています。もう一方のUVSORの光はSPring-8と同じ軟X線ですが「吸収分光」という手法で、しかもイメージングで光を絞って測る装置を使っています。

 本日ご紹介する研究のトピックは「水とエタノールの混合の謎」と「血管・細胞を保護する水」、「目に見えない泡を支える水」です。私の中では泡がホットなトピックで、将来性も実にありそうだということで、お話をさせていただきます。

 大事なポイントですので、いきなり電子状態の説明から始めます。軟X線という光は、色を持っています。その色を使って化学状態を分析していきます。それで元素を見分けられるのは当然で、さらにエネルギーを見分ける能力を高くして細かく分析できるようになると、その元素が持つ化学状態を細かく分類できるようになります。さらにすごいのが、元素や化学状態が混じった状態の中から特定の元素や化学状態の情報を抽出できる点です。赤外・可視・紫外光などでは考えられないほど完璧な選択性で、元素・化学状態ごとに物質中の電子の状態を診断できます。それが軟X線の特徴です。

 例えば、金属タンパク質内部に埋もれたたった1個しかない鉄原子の2p内殻を、軟X線によって外殻の空の3d軌道へ遷移させる共鳴励起を起こします(スライド右図)。すると、外殻の3sp電子が2p内殻を埋める過程で発光が起こり、最終的に鉄の3d軌道間の励起(図中の青線で丸く囲まれた部分)のみが残されます。このエネルギーを観測することによって、タンパク質内部に埋もれた鉄の3d電子準位の情報のみを抽出することができます。

 具体例として生体中の「ミオグロビン」という酸素を貯蔵するタンパク質をお見せします。タンパク質には、いろいろな軽元素のアミノ酸のつながりがあります。その巨大なタンパク質の中に一個だけ鉄原子が埋もれており、この鉄が酸素を吸着する機能を持たせます。ただ、ミオグロビンは酸素だけでなく、いろいろな分子をこの鉄の場所に蓄えることができます。ここで非常に重要なことは、吸着した時の鉄の状態は、価数とスピン状態が「皆、違う」と言われており、教科書にもそう書いてあります。

 ところが、蓄える分子が異なる鉄の電子状態を実際に観測してみると、一番下の何も吸着していない状態に対して、その上の異なる分子が吸着している状態は、皆予想外に「そっくり」でした。この結果は、鉄の状態はどんな分子が吸着しても大して変わらないことを意味しています。通常、固体の中でそのようなことはありえませんが、生体中では特異な鉄の状態をとれることが、放射光の分析によって明らかになりました。

 鉄は多機能性を持っているため、人間の体内でいろいろな形で様々な機能を担っています。なぜそれほど鉄が多く使われているかと言うと、鉄はいろいろな酸化状態を取って自在に使えるからです。このように放射光による分析によって、ミオグロビンの酸素貯蔵・放出機能は、容易に価数やスピン状態を変えられる鉄の電子状態に拠っていること、つまり、鉄の多機能性の根源が明らかになりました。これは食品ではありませんが、放射光で機能に関わる化学状態を元素選択的に観測できることを示す例としてお見せしました。

 軟X線による元素分析の対象として、ソフトマターの場合、タンパク質のまわりにいる水の分析や、ポリペプチドやアミノ酸の分析もできます。特に、炭素、窒素、酸素等の軽元素や、遷移金属の分析が得意です。このようなものを元素ごとに見分けられるのが放射光の強みです。加えて10、20ナノメートルという高い位置分解能で電荷の分布を可視化できることが、これからの放射光です。

 一例として、お酒の話です。まずはお酒に入っている水についてですが、水分子も電子状態を持っています。水分子は水素結合でネットワークを組んで液体になります。水分子がネットワークを組むと電子の状態が反応しますので、ネットワークという空間構造を電子の状態から見るのが我々の分光法です。水を光で叩いて一番深くに捉えられたO 1sという軌道の電子をたたき出すと、その後に空いた1s軌道の穴は大変不安定ですので一瞬にして(上準位の電子が)落ちてきて埋めます。その(穴の)寿命はフェムト秒(10のマイナス15乗秒)と言われています。それくらい速い(フェムト秒の)超高速シャッターで切ると、水はほとんど動くことができずに(電子が)落ちてきますので、その瞬間瞬間で水が動いていないスナップショットを取り、それらを長い時間、場所で足し合わせたものを見ていることになります。回折法で撮ると構造そのものが見えますが、分光法で撮ると、このように水素結合に関わる電子の状態を通して構造を見ることが見えます。

 軟X線分光で、水素結合に寄与する水の価電子状態を直接観測した結果がこちらです。右の図で、一番上のガスには3つのピークが見えますが、これが左図の赤枠で示した3つの電子の状態です。一番下の氷になると、ピークが2つになります。これが液体になると、あたかも水と氷が混じったようなスペクトルになります。他の分光法では絶対にこのような結果は出ません。最初は間違いだと思ったのですが、約10年経ち、これはやはり正しかったことが理論的に証明されました。現在このようなスナップショットで描いていますが、およそ1ナノメートルの塊があり、それが氷のような核をつくり、それがある瞬間に崩れてまた氷のような核に戻ってくるのが実際の水の姿であることがわかってきたのです。

 次に、エタノールと水を混ぜた話です。エタノール分子と水分子はどこかで接していて、どこかでは水が寄り集まっていて、どこかではエタノールが寄り集まっています。まだ明確な根拠はありませんが、「エタノールに超音波をかけると味が変わる。それはエタノールのOH基が剥き出しでいると舌に触って反応するからではないか」という説がありますので、それをお遊びでやってみた話です。

 水の分析ツールはいろいろあります。先程お話した軟X線分光では、水の水素結合の数や分極率、水素結合のネットワークの歪み量などを電子軌道ごとに分けることができます。もうひとつ我々がやろうとしているのが、ある材料の表面から測り、だんだん水がどのように変わるかを見ることです。これは非常に重要で、表面・界面の水が色々な材料の機能性を担っています。これまでの材料科学は"乾いた科学"で、我々の分析も真空を使うために乾いた状態で測っていました。一方で、実際の材料はウェットな状態で機能が発現するものが多くあり、その最たる例がタンパク質です。ウェットな状態とは、水と相互作用している材料を見なければいけません。しかも水の状態がどのように変わっていくかは、実を言うと、あまりきちんとやられていないのです。吸着した水は見えていますが、その外側を見ているものがなかなかない。そこを攻めたいと思っています。

 水とエタノールを混ぜる話は、まさに界面の話です。混ぜていくと、水のスペクトルとエタノールのスペクトルが得られます(左図)。エタノールにもOHが付いており、(水と)似たような形をしていますが、山の数が少し違います。エタノールと水を混ぜていくと、当然、混ざったようなスペクトルになりますが、混ぜたエタノールと水の量のまま信号強度を調整して、足し算してエタノール水溶液のスペクトルから引いてやると、0にはならないのです(右図)。0にならないということは、水溶液の電子状態では、水とエタノールそれぞれの電子状態の単なる足し算にはなっていないということです。これがまさに混合の効果です。水とエタノールがお互いにくっつき合い、例えば、エタノール側の剥き出しになっていたOHの向こう側に水が来て蓋をしてしまうと、電子の状態はもとのエタノールとは変わってしまいます。水側がエタノール側に蓋をするという逆の関係もあります。これは水素を与えるか・受け取るかの違いです。そういうものが全部蓄積した結果がこの結果で、そのような水素結合ひとつひとつの水とエタノールの関係が見えるわけです。しかも、それが濃度によって切り替わります。低濃度の時には、水素を与える水素結合が支配的ですが、途中で切り替わり、水素を受け取る水素結合が支配的になるようすが見えています。

 実は、これがすごくおもしろくて、切り替わるということは、この途中でネットワークを何かしら変える必要があります。その切り替わる途中で何か変なことが起こる、その濃度が、ちょうど日本酒の濃度なのです。1998年に「日本酒に超音波をかけるとまろやかになる」特許が取られています。実は私が申請しようと思ったら既に取られていまして、理屈は書いてありませんでしたが、日本酒の濃度でその効果が一番顕著に現れる、と書いてありました。ちょうど水素結合の種類が切り替わる濃度で水とエタノールが最も均一に混ざらなくなるので、超音波で無理やり混ぜるということなのでしょう。ではその説を実際に軟X線分光で検証しようということで、日本酒の濃度の水とエタノールの混合溶液に超音波をかけて、スペクトルの違いを見る実験を行いました。実際に、超音波撹拌とスターラー撹拌とで比較をすると、きちんと先程の差分の中に違いが出ました。しかも実際に飲んでみると、まろやかさが違いました。それがスペクトルで見えているのです。これは言うならば「旨味の可視化」のようなものです。このようなものがもし指標になれば、利酒師たちの味覚の数値標準化ができると思います。

 もうひとつ、これも材料の界面にいる水を見るための応用事例です。ただの界面ではなく、ポリマーが森のように密集したブラシを界面につくり、ブラシの中に水を取り込むことで、防汚性や低摩擦性などの機能を発揮するものです。そのようなブラシに挟まれた水を測定した結果が図の赤いスペクトルですが、青の氷のスペクトルと「そっくり」になりました。つまり、ブラシの中に閉じ込められると水は常温でも、氷と同じような形(水素結合構造)になることが、我々の分光でわかりました。普通の分光で見ると、ぼやっとしたスペクトルしか見えませんが、我々の分光で見ると、明らかに1本しかない氷のピークを持っています。しかも、水素結合の歪みの指標になる黄色で示した3a1ピークが出ています。ですから、ただの氷ではない、歪んだ氷になっていることが、このスペクトルからわかるわけです。このような氷の状態の有無が、ブラシが持つ表面の機能とおそらく関わっているのだろうと考えています。実は、完全に氷の状態になると、防汚性の機能としては悪化し、少し崩れていた方が汚れは付きにくくなります。綺麗なポリマーで綺麗な氷ができると逆に汚れやすくなることがわかる、ひとつのおもしろい応用例だと思います。

 さらに、気泡の研究についてもご紹介します。ビールや炭酸などの泡は「ミリバブル」と呼ばれますが、最近注目を浴びているのは「ナノバブル」や「マイクロバブル」と呼ばれる微細気泡です。今、非常に勢いのある分野で、特に中国で著しく伸びており、国際会議等も盛んに行われています。普通の泡は浮力で上昇して消えてしまい、小さなバブルができても、理論的には、わずか数十ミリ秒で消えてしまうので、安定に存在するはずがありません。ところが実際には、非常に長く存在するバブルがあり、巷でナノバブルと呼ばれているものは「1年間消えない」「魚がよく育つ」「農産物がよく育つ」など、いろいろなことが言われています。なぜそのようなものが、しかも安定に存在しているかは、まだわかっていません。私はその原因のひとつを電荷の存在と考えているのですが、その(バブルの)電荷自身に例えばpHをふると、プラスになったりマイナスになったりするのが見えます。これ自体は簡単なことで、pHが低くなればプロトンがたくさんつき、pHが高くなればOHがたくさんつくためです。ところが、それならば中性の時に皆マイナスになるはずですが、中性でも電荷を調整できることが最近わかってきました。それをどのようにコントロールするかが、これからの課題です。

 では、それを見てやろうということで、少し飛ばしますが、ミリバブル、マイクロバブル、ナノバブル、それぞれに対して放射光を使って(泡の機能を)可視化しました。

 その一例をお見せします。ナノバブル水のイメージ像を「ZetaView」というイメージング装置で電気泳動を用いて捉えたものをお見せします。ここに見える多くが約100ナノメートル前後のバブルで、ブラウン運動をしているのが見えます。電気泳動でバイアスをかけているので、ある方向に流れています。つまり、これは電荷を持っているということで、ゼータ電位という量で電荷の大きさを測ることができます。この微細気泡水を放射光で測りました。

 UVSORにあるX線の顕微鏡で、ゾーンプレートという一種のレンズを用い、約40ナノメートルの分解能で、微細気泡周囲の水の水素結合状態変化を可視化しました。最初の実験では、約10マイクロメートルのバブルしか見ませんでしたが、それでも窒素や酸素のコントラストから、バブルの中が空気になっていて、外側の水の状態に応じて異なる吸収スペクトルが得られました。

 2回目の挑戦では電極の間に微細気泡水を閉じ込め、電場をかけた時の、電極付近の水を見ました。そしてエネルギーをふっていくとガスのピークが見えます。ここにバブルがいる、ということです。だんだんエネルギーを上げていくと普通の水になりますが、ここで不思議なことが起こっていて、バブルの外側の水の領域に、バルクとは別の状態の水がいるのが見えました。これをイメージングで示したのは初めての成果です。さらに分解能を上げれば、より詳細にバブル周囲の状態を見ることができるでしょう。実際にバブルの周囲でどういう水の状態が実現しているのかは私にもまだわかりませんが、バブル表面の水が何か場を感じて変わっており、それがバブルの安定化に寄与しているのだろうと、今は考えています。

 このように、イメージングで水と材料の界面が見えてくると、水側の変化、材料側の変化、その両方を見ることができます。そのようなことが今後のひとつのアプローチの方法になるでしょう。今後はより分解能を向上させ、イオンの分布など、いろいろなものが見える実験を行いたいと考えています。

 最後にトレハロースの事例を紹介します。食品添加物として有名なトレハロースですが、凍結や乾燥等から細胞を保護する分子としても知られています。ネムリユスリカの幼虫等、乾眠現象を示す生物中に大量のトレハロースが蓄積されていることが報告されていますが、そもそもなぜトレハロースがそのような特殊な効果を持っているかは、長い間、議論されてきました。

 トレハロースの細胞保護作用のメカニズムを説明する仮説はいろいろあります。ひとつが、水とトレハロースが混合してガラス化したものが細胞の周りを取り囲み守っているという「ガラス状態仮説」。もうひとつが、トレハロースよりも水がその界面を守っているという説で、その水の動きがトレハロースによって抑えられていると考える「優先排除仮説(水閉じ込め仮説)」。あるいは、逆にトレハロースが細胞の周りを取り囲んでいるという「水置換仮説」など、いろいろな仮説が提唱されています。これを実際に見るのはなかなか大変で、どう攻めるかです。

 そこで、硬X線光電子分光という、光を物質に当てて電子を取り出す方法で固液界面の10ナノメートル弱の領域を観測し、先に水の例で示した軟X線発光分光により、固液界面の300ナノメートル程度の深い領域を観測することにより、異なる2つのプローブ深さで濃いトレハロース溶液を見た結果、トレハロースの濃度は固液界面の10ナノメートル以下の最表面領域で薄まっていることが分かりました。ここには必ず水がいるはずですから、トレハロースと水の両方がいること、つまりガラス状態仮説を支持するような結果が得られました。このようにプローブ深さを変えるだけで、そのようなストーリーも描けるかもしれません。さらに数ナノメートルの領域までに水の特殊な状態があるとすれば、将来的には新しい放射光源で10ナノメートル以下まで深さ分解能を上げ、固液界面の水側の領域における溶質の深さ分布のイメージングが取れると、また新しい展開があるのではないかと考えています。

 最後に本日のまとめです。ひとつ目が水とエタノールの混合の話で、水とエタノールの結合状態が変わる濃度が、ちょうど日本酒の濃度だとお話しました。お酒のまろやかさを科学することも今後可能になるのではないかと思います。このような分析は、スペクトルからその化学結合の状態を見分けること、まさにスペクトルの分離能が重要になります。次世代放射光では従来の100倍の分解能を目指します。

 ふたつ目にご紹介したのがバブルの科学で、やはり平均情報を取るよりも、イメージングが力強いでしょう。バブルを研究するためには、如何にバブルを止めるか、あるいは止めなくともバブルが動く前の状態で如何に速くイメージングできるかで成否が決まると思います。バブルはただの泡ですから、どこかに流れても全く毒になりません。そのことは次の産業としてもおもしろいと思いますし、逆にそこに新たな化学物質を加えて機能性を付け加える科学もこれからどんどん登場してくると思います。また、お酒の味覚や刺激もバブルによって制御されます。切削加工の分野では、ドリル表面の摩擦を低減して発熱を抑えドリルの寿命を伸ばすような応用もすでにされています。船舶では昔から船の進行時にマイクロバブル(あるいはミリバブル)によって摩擦を減らし燃費を向上させる技術開発を行っていますよね。それをどんどん小さくしていくのが、これからの科学のひとつの方向性だと思います。

 食品にまつわるところで、結局、「水」と言っていますが、親水的なものはだいたいOHを持っています。OHの科学をまとめていくことが、これからの次世代放射光でもひとつのトピックスになると考えております。これで、私のお話を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

第2回EBISワークショップ 講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」

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第2回EBISワークショップ 講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

中小製造業のIT/IoT化支援を目的に産業技術総合研究所が開発・無償配布しているソフトウェア開発支援ツール「MZプラットフォーム」を紹介するセミナー「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」が12月5日、地方独立行政法人青森県産業技術センター工業総合研究所(青森県青森市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、MZプラットフォーム担当者である産業技術総合研究所の古川慈之さんによる講演をレポートする。

講演1「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」
/産業技術総合研究所 製造技術研究部門 機械加工情報研究グループ長
 古川 慈之 さん

 産総研が開発・配布している中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについてご紹介させていただきます。まず講演の前半で産総研が長年取り組んできたIT化についてご説明した後、IoT活用に向けた取り組みについては後半でご紹介します。なお、講演タイトルは「中小製造業のIT化支援ツール」としておりますが、製造業や中小企業に限るものではなく、大企業でも部署単位で小さく始める時には適用可能な内容ですので、それぞれの立場に読み替えてお聞きください。


(1)中小企業のIoT活用について

 はじめに、用語解説からです。「IoT」とは「Internet of Things(モノのインターネット)」の略で、あらゆるモノをインターネットに接続し新たな価値を生み出そうとする考え方を指しますが、最近はその考え方にIoTの実現に必要な技術も含めます。「スマート製造」については様々な定義がありますが、私たちは「情報通信技術(IT/ICT)や人工知能(AI)技術を駆使して製造業における生産活動を高度に進化させた状態」と定義しています。製造業の方からすると、すでに工場自動化(FA)や高度な加工技術・計測技術・制御技術を実践されていると思いますので、そこにITやAIを加えたものをスマート製造と呼びます。

 製造業におけるIoT活用については、ふたつの側面があります。ひとつは「製品のIoT化」で、自社製品をネットワークに接続して価値を生み出すための取り組みで、こちらが世の中のメインストリームです。もうひとつは「生産のIoT化」で、生産設備等をネットワークに接続して生産活動を高度化する、スマート製造に近いものです。本講演の対象は後者で、製品のIoT化は対象外です。

 さらに生産のIoT化もふたつに分かれます。ひとつは「計測系のIoT化」で、ネットワークに接続することで生産活動を外部から観測可能にすること、「見える化」することです。もうひとつの「実行系のIoT化」は、ネットワークに接続することで、生産活動を外部から観測可能にするだけでなく変更可能にすることです。ただ、実行系のIoT化は工場自動化(FA)が前提となるので、中小企業のIoT活用は、まずは計測系から始めた方がよいでしょう。そこで本日の講演は計測系のIoT化に絞っています。

 IoT活用と言いながら、対象が狭まった印象があるかと思いますが、計測系を対象とした生産のIoT化だけでも着手して得られる効果は大きいと思います。その効果の例が、この4点です。1点目が生産活動の進捗把握のリアルタイム化。2点目は、生産活動の状態認識に基づく自動通知。3点目はデータに基づくカイゼン活動。4点目はデータに基づく技能分析と人材育成です。これらは生産活動実績等を時刻とともに収集し、可視化や分析を実施することで実現できるもので、それを実現するための手段としてIoTを使うということです。つまり、IoTとは単なる手段であり、やらなければいけないこの4点自体は昔から変わらないことです。

 ただし、実際のIoT化で多くの方が躓くポイントがあります。IoT活用で効果を得るためにはIoTだけをやればよいわけではなく、まずIT化が必要で、例えばデータベース、可視化や分析用のソフトウェアの導入、それを使う人材の研修が必要です。さらにその前提として、自社の業務を分析し、どのような課題を解決したいかは、すべて人任せにできるものではないので、社内で人材を確保し、育成する必要があります。つまりIoT活用と言っても、自社に必要な目標を設定し、コストや効果を試算して導入を決定する必要があるのです。

 これまで産総研がIT/IoT化支援活動を行ってきた経緯についてご紹介します。2001年の産総研発足当時から、ものづくり先端技術研究センターがNEDOの「ものづくり・IT融合化事業技術の研究開発」で加工技術のデータベースづくりを始めて、それを活用するためのソフトウェアの研究開発も行い、2004年12月から配布を開始しました。2009年4月にNEDO事業は終了しましたが、その後は産総研の独自事業としてMZプラットフォームの開発と提供を継続しています。中小製造業のIT化に課題がある中、産総研が課題解決を支援するツールを無償で提供する活動を継続し、実際に事例が生まれていることが評価され、2016年にグッドデザイン賞を受賞しました。


(2)MZプラットフォームの紹介

 次に、MZプラットフォームの概要と経緯および使い方について説明します。MZプラットフォームとは、中小製造業のIT化支援を目的に産総研が開発したソフトウェア基盤です。当時のIT化も今日のIoT化と同様にさまざまな解釈があった中、産総研としての選択は、中小製造業が自社用アプリケーションを自分たちで開発できること(エンドユーザー開発)をIT化支援と考えました。プログラムのソースコードを1から書くには高度なスキルが必要です。そこで、専門的な知識を持つ人でなくともソースコードを書かずにシステム開発ができるよう、さまざまなコンポーネント(ソフトウェアの部品)をあらかじめ用意し、それらを組み合わせることでソフトウェアを作成できることを特徴としました。主にパソコン上で動作するデスクトップアプリケーションソフトウェアが対象で、ビルダー(構築用ツール)上でのマウス操作でコンポーネントを組み合わせることでソフトウェアを作成できます。開発例としては、自社用の受注・工程・品質管理や日程・進捗管理用のアプリケーションが多いです。プログラミング言語はJavaを使用していて、動作環境はWindowとLinuxです。会員登録制で、日本国内の個人・法人であれば、無料でダウンロードして使用できます。

 こちらがMZプラットフォームによるシステム開発のイメージです。最初に開発を行う画面(ビルダー)が立ち上がり、右クリックでメニューが現れて、必要なコンポーネントを選択していくと、コンポーネントが追加されていきます。各コンポーネントにはイベントが定義されており、例えば「アプリケーション」というコンポーネントからは「アプリケーション開始イベント」が出て、それが出た時に何をするかを記述していきます。スライドには「フレームを表示する」という機能を呼び出す例が書いてあり、実行すると、このような画面が表示されます。

 アプリケーション実行中の画面レイアウトも編集できます。また、扱っている自社情報を独自の帳票として出力できるよう、帳票をレイアウト・編集して印刷できる標準機能もあり、バーコードやQRコードを貼り込むこともできます。

 自社の情報を一元管理して可視化・編集するには、別途データベース管理システムが必要です。データベース管理システムとは、複数のテーブルが含まれるデータを管理するもので、それに接続して情報を書き込んだり取り出したりできるデータベースアクセスのコンポーネントをMZプラットフォームに用意しています。既存のデータベース管理システムとの連携により、グラフやガントチャートなどを作成できます。なお、データベース管理システムには、商用であればOracleやMicrosoft SQL Serverなどがあり、産総研では無料(オープンソース)のMySQLを用いたチュートリアルを用意しています。

 どのようなコンポーネントを組み合わせるかで完成するアプリケーションも変わります。中小製造業のIT化支援を念頭に置き、要望に応じてコンポーネントを増やしていった結果、現在では約200種類のコンポーネントがあります。スライドにその一例を示します。特徴的な点は、MicrosoftのExcelファイルアクセスのコンポーネントも用意していることです。もともとExcelで帳票などを作成して社内で回覧している人たちも、今までの仕事の流れを変えずに、MZプラットフォームを用いて従来どおりExcel帳票を出力したりExcelファイルを直接読み書きしたりすることができます。

 MZプラットフォームのユーザーは、必要な人による必要なソフトウェア開発という基本的な考えのもと、エンドユーザー企業の従業員の方に利用いただくことを想定しています。これにより現場情報の見える化を実現し、さらには定量化された現場情報に基づく業務改善の推進を図ることが基本的な考え方です。一方、ソースコードを1から書かずに済むとはいえ、その習得は簡単ではなく時間も要します。製造業の方からすれば、多忙につき開発・改善する時間がない場合も多いでしょう。そんな時に頼りにしたいのがソフトウェア開発企業です。実際に「短期間で手離れのよいソフトウェアを低価格で作成できる」とメリットを挙げてくれたソフトウェア開発企業もおり、活用を呼びかけています。

 MZプラットフォームは、ユーザー会のWebページ(https://ssl.monozukuri.org/mzplatform)から配布を行っています。利用手順はスライドに示した通りです。ただ、ログイン名及びパスワードやライセンス申請ファイルの送付は、人手で行っているため、若干のタイムラグがあります。そのためダウンロードしてから30日間はライセンスファイルを受け取らなくても利用できます。なお、無料で使用できる範囲は制限があるので注意が必要です。自社で使うソフトウェア自作のために社内の複数のパソコンにインストールするのは無料です。一方、他社のためにソフトウェア開発やコンサルティングなどの営利活動に利用する場合には別途、産総研との技術移転契約が必要です。技術移転契約締結済み企業は現在9社で、Webページに社名とURLを掲載しています。

 産総研による無料のサポートとして、メールや掲示板にて質問・要望を受け付けています。まずは「よくある質問」や掲示板をご確認ください。また、有償の支援制度として技術研修や技術コンサルティングがあります。標準的な講習では、つくばで1泊2泊、1日二千円で受講できる制度があります。つくば以外でも産総研の地域センターや公設試験研究所などの主催で講習会を開催いただければ講師として出張可能です。また、ユーザーの独自課題への取り組み支援には、技術コンサルティングで対応可能です。

 産総研で開発したMZプラットフォームは、各地域センターと連携して地域への展開を図っています。地域の協力機関として公設試験研究所や財団法人などのほか、ソフトウェア開発企業にも加わっていただき、ユーザーである中小製造業への普及・導入を促進したいと考えています。

 地域主体の普及活動の事例も増えてきました。岐阜県情報技術研究所では、約9年前から毎年の研修会に加えて、県職員が支援担当者として地域企業からの質問に対応しています。また、佐賀県地域産業支援セミナーも2年連続でセミナーを開催し、その後は技術移転先のソフトウェア開発企業が講師を務めて地元企業へのIT化指導やコンサルティングを行っています。また、約2年前からIoT化に関する取り組みを始めた関係で、IoTに関連した講演が近年増えています。

 MZプラットフォームの活用事例を、今回の講演では6件ご紹介しました。MZプラットフォームのユーザー会に活用事例紹介の詳細が掲載されていますので、ご興味のある方はWebをぜひご覧ください。


(3)IoT活用支援に向けたスマート製造ツールキットの開発状況について

 続いて、まずIT化とIoTの関係についてご説明した後、MZプラットフォームを拡張したスマート製造ツールキットの概要、現在取り組んでいるツールキットの要素技術開発についてご紹介します。

 まず、IT化とIoT化の関係についてご説明します。この例では、工業製品の部品の金属加工を想定しています。業務として、受注した製品に関する加工工程が計画され、作業指示書が発行され、各作業者が加工を実施し、最後に検査を受けて製品として出荷されるという流れがあったとします。IT化が謳われていた十数年前は、まずはこのような業務の流れの整理がIT化の前提として必要と言われていました。例えば、作業報告書を紙に書いていた時代は集計や分析などに多くの時間を要しましたが、IT化の実現により、データ入力作業の負担は増えるものの、その後のデータ収集や分析などの過程は全てソフトウェアで自動化できる点がIT化の恩恵です。IT化にMZプラットフォームを用いた場合、ユーザー自身でデータを入力するソフトや蓄積したデータを可視化・分析するソフトを作成できます。

 近年はIT化の実現に利用可能な市販機器も豊富になり、入力作業の負担軽減と設備投資の効果を総合的に判断する必要があります。スライドの吹き出しは、各市販機器のよい点を緑色、課題をオレンジ色で色分けしたものです。例えば、約十年前は工場の現場に据え置き型だったパソコンを、数年前から登場したスマホやタブレットに置換することにより、入力の簡便化やリアルタイム性の向上を図れるでしょう。人によってはタブレットの画面が小さくて見えづらいという課題がありますので、安価に入手できるようになった大型ディスプレイによる情報共有も活用例のひとつです。パソコンにデータを入力する際、キーボードではなくバーコードリーダー等を利用することで入力の簡便化を図れるでしょう。帳票は印刷した方が視認性は高いですが、それに記入してしまうと後でデータ入力が必要になるためやらない方がよいでしょう、といったようなことです。

 その延長線上でウェアブル型デバイスによるデータ収集の効率化を検討中です。それと並行して、人が情報を入力するだけでなく機械から情報を自動的に収集するIoT化に利用可能な市販機器も豊富になっているため、これらを活用する機能の開発も進めています。もちろん、そのようなソリューションを提供する事業者は数多く存在しますが、エンドユーザー開発としてツールを拡張することが、私たち産総研の仕事と考えています。

 そこで現在、MZプラットフォームを拡張したスマート製造ツールキットを開発中です。スライド中央が、これまでお話したMZプラットフォームを用いたIT化の範囲です。それ以外のオレンジ色は拡張領域で、機械から情報を自動で収集するための機能です。このうち左側は、機械からデータを収集する側の拡張です。右側は、機械からも情報を収集する際のより効果的な可視化を検討しています。また、自動で通知される機能も加えています。さらに、既存の市販製品やサービスなど各種規格への対応やAIの適用も、産総研他部門と連携しながら引き続き取り組む必要があると考えています。

 続いて、エッジ側データ処理の研究開発状況についてご紹介します。先程、MZプラットフォームの動作環境はWindowsとLinuxとご説明しましたが、安価な超小型パソコンであるRaspberry Pi上でMZプラットフォームアプリケーションを実行できる環境を開発し、2017年4月にリリースしました。ただ、ビルダー(作成機能)は普通のパソコン上で作成したものを展開して実行すればよいので、ローダー(実行機能)のみとなっています。Raspberry Pi自体はこのままの形でネットワークにつなぎいろいろ便利な使い方ができるカードサイズのものですが、現在は画面表示ありのMZプラットフォームアプリケーションの実行が主な用途のため、公式タッチパネルディスプレイ等の使用を推奨しています。

 MZプラットフォーム実行環境Raspberry Pi版を産総研つくば東共用工作室に試験的に導入した事例がこちらです。現状は日ごとの利用時間を紙の名簿に記入し、それを毎月世話人が手入力でExcelに集計し、各部署の利用時間を基に利用料を請求する運用方法でした。そこで、Raspberry Piと公式タッチパネルディスプレイと組み合わせた小型端末を入口に設置し、さらに市販のカードリーダーとつなげました。使用者は、産総研のIDカードをタッチするだけで、使用者情報の入力は不要です。あとは画面上で使用時間を登録するだけで、集計の自動化が可能となりました。ただ、ユーザーによっては「パソコン入力が負担」と言う人や「名簿をめくるよりは楽」と言う人もいて利点も欠点もあります。

 さらに、ウェアブル型の研究開発にも取り組んでいます。採用したのはAndroidに紐づけされたAndroid Wearというスマートウォッチの一種です。手元で簡単に実績入力できる機能に加えて、作業指示をスマートウォッチへのメールと振動により通知することを想定して試作しています。しかし、スマートウォッチにさまざまな制約があり、残念ながらまだ配布までには至っていません。

 IoT型の研究開発状況について、ふたつの事例をご紹介します。ひとつは、約2年前から始めた、市販の無線センサを用いて機械の稼働状況をモニタリングする取り組みです。使用した無線センサはコイン電池で動くタイプで、温度、湿度、気圧、電流の値を、送受信機を介してサーバーへ毎分送信できるものです。これに電流クランプメーターを外付けすることで、配電盤等に流れている電流を計測できますので、機械を改造せずとも、市販品の活用で離れた場所から無線で機械の稼働情報を定期的に取得することができます。3社の企業に協力いただき、放電加工機と局所排気装置、NC旋盤等の配電盤等に無線センサを設置しました。センサから取得したデータをサーバーに毎分送信し、サーバー側に蓄積したデータをグラフ表示した例が、スライド右側の図です。図の赤線が電流で、緑色が温度です。例えば、電流だけを見て何がわかるのかすぐにはわからないと思うのですが、対象の動きを理解し、その時に何が起きていたかを現場の方にインタビューすることで、電流を見るだけでも何が起きているかは大凡判断できそうだ、ということがわかりました。

 もうひとつの事例が、同じ無線センサを用いて、先程ご紹介した産総研つくば東共用工作室をIoT化したものです。21台ある機械の配電盤に無線センサを設置し、機械ごとの使用記録と集計の自動化が可能となりました。各機械の稼働状況はセンサからデータが毎分送信されるため、蓄積されたサーバー側のデータをリアルタイムに確認できます。工作室のレイアウト画像に各機械の画像とMZプラットフォームのラベルを乗せた画面で、稼働中は「働」、停止中は「停」、未受信が10分以上続く場合は「未」と表示する工夫をしました。1時間ごとの機械の稼働状況を色分けしたところ、想像していたよりも使用されていることがわかりました。使用記録はセンサで自動取得できるので、来年度からこのシステムが稼働すれば、人による入力作業が不要になり、データは自動的に集計されます。これがIoT化の恩恵です。

 以上のことから、市販品を用いて電流だけを見て、機械の稼働状況を把握できることはわかりました。一方で、機械のいろいろな活動実績データをさらに細かく取得したいといった要望もあり、ユーザーが自作センシング機器による計測システムを安価に構築できる必要があると考え、現在力を入れて開発しているところです。その事例として、鳥取市にある精密プレス加工の企業むけに、既存の金属プレス機に後付でショット回数を自動収集できる試作機器を、最初はRaspberry PiとマイコンボードであるArduinoと赤外線測距センサを組み合わせて試作しました。先程の無線センサの事例と異なる点は、エッジ側のデータ処理で、電圧が閾値以上であれば「ショット実行」という状態認識が加わっている点です。

 スマート製造ツールキットの自作センシング機器として用意しているのは、電流、加速度、距離、明るさ、圧力、スイッチと、現在はシンプルなものに限られてはいますが、これらをArduinoという市販のマイコンボードに接続し、得られた情報をシリアル通信でパソコン上のMZプラットフォーム側で受ける方法で、先程の自作センシング機器による計測システムを構築しています。マイコン側のプログラミングは不要で、ユーザーは付属のソフトウェアに書き込むだけでよく、センサ出力表示とデータ送信用のMZプラットフォームアプリケーションはカスタマイズの必要がないほど機能を作り込んでいます。

 先程のプレス加工の企業に適用した、稼働実績データ収集の試作機器では、この機器からMZアプリケーション上にセンサの出力がリアルタイムに表示され、「ある値が閾値以上であればショット実行とする」とルールを設定して判定し、状態認識した結果を実績データとしてサーバーに書き込みます。Raspberry PiとArduinoと赤外線測距センサの部品代は、合計で約27,000円でした。

 ところが、パソコンベースのシステムを10台、既存の金属プレス機に設置するのは現場運用の負担が大きいということで、機器を簡略化した試作機器2を作成しました。

 試作機器1との大きな違いは、パソコンを使用せず、組み込みのマイコンだけで、インプット/アウトプットと無線LAN経由のデータ送信を実現していることです。市販の無線LAN機能付きマイコン(ESP-WROOM-02)を利用し、部品代は合計で約4,500円でした。ただし、組み込みでは細かなルール設定はできないため、センサ出力値が上がれば、0、1のデジタルで判定される状態で運用しています。

 機器の簡略化による効果は、運用が簡単になることです。パソコンベースから組み込みへ変えたことで、電源を入れたら稼働し、終了時に電源を切断するだけでよくなります。

 試作機器2の10台分の実証実験も行いました。実験にはサーバー側の部品も必要となるため、Raspberry Pi公式タッチディスプレイと無線LANルーターで運用し、部品代は合計約2万円でした。

 パソコンベースの試作機器1の場合は、データベースへの書き込みなどもすべてMZプラットフォーム側で簡単に実現できました。一方、組み込みになった試作機器2の場合、サーバーパソコン側のソフトウェアが必要になるため、データ受信にNode-REDを採用し、それを実現しました。ただ、このようにオープンな技術を利用することで実現できることはできますが、非専門家のユーザーにはハードルが高いため、スマート製造キットには事例で作成したソースコードや回路図なども含めて配布しようと考えています。

 こちらが稼働実績データ収集の様子です。金属プレス機の上下動でセンサ左の壁の距離が変化するのを赤外線測距センサで見ています。

 稼働実績データ収集結果をMZアプリケーションで可視化した例です。各機械の単位時間あたりの稼働回数で色分け表示しています。この図は1分あたり3回未満で青、3回以上で緑、白は非稼働状態を表しています。一方、この可視化の方法では機械が稼働しているかどうかしかわからないと言うこともできます。

 同じ各機械の稼働回数データを、1時間での回数累積として集計し折れ線グラフで可視化したものが、こちらの図です。全く同じデータですが、集計と可視化の方法を変えることで、いろいろな情報が見えてきます。非稼働状態で水平に、稼働状態で右肩上がりになるため、稼働しているかどうかはグラフの傾きでわかります。さらに追加情報として、傾きが大きいほどサイクルタイムが短く、傾きが小さいほどサイクルタイムが長いことがわかります。また、熟練者がリズミカルにショットを繰り返すと、一定の傾きで綺麗にまっすぐ伸びていきます。問題は傾きが一定でない場合や途中で水平ラインが表れている場合で、これはサイクルタイムのばらつきが大きいことを示していて、改善の余地がある可能性があります。最終的には生産技術の人が実情を見て判断する必要がありますが、そのターゲットが絞れる、それが可視化の効果です。

 もちろん自作ですから、必ず動く保証はないですし、システム的な限界は必ずあります。先程の試作機器2の事例でも、単一のマイコンで測定・状態認識・送信を行っているために課題が発生しました。送信に時間がかかるとカウントができずデータが欠損する場合があり、この方法でデータを100%自動収集するのは不可能ということがわかったのです。それでは、このIoT化は失敗か?と言えば、そうではありません。この会社に確認したところ、生産数のショットの正確なデータは1日の最後に別途集計されるので必要ないそうです。一方、生産計画の担当者からすれば、途中段階で各作業者の大凡のショット数を把握できれば、明日の生産計画を早めに考え始められるので、残業無しで帰ることができる。それがIoT化のメリットだと力強く言っていただけたので、こちらは成功事例になっています。

 以上のことから、エンドユーザー開発支援にどんな機能が必要かを考察しました。やはり素人にとっては各センサがどんな反応をするかがわからないので、まずパソコンベースで画面を見て実験をしながら認識対象とセンサ出力の関係をリアルタイムで把握できるものが必要だと思います。パソコンベースでは現場運用上負担になる場合、試作機器2の道筋はお示ししましたが、ハードルが高いので、やる気のある方はぜひ挑戦いただきたいですが、その前で終わっても大丈夫という選択肢を示しています。また、データの可視化については、各企業のニーズに応じた可視化方法を個別に検討する必要があるでしょう。ツールキットで対象に応じた可視化サンプルを多く提供することで、それを支援したいと考えています。

 本日は、IoT化の事例でご紹介した、金属プレス機をイメージした模型も持参しました。パソコンベースのものが写真左側、パソコンなしのものが写真右側です。

 MZプラットフォーム講習は先程ご紹介したIT編のみならずIoT編(ツールキット講習)も用意していますので、ご要望いただければと思います。私からのお話は以上です。ありがとうございました。


質疑応答(北上市)

Q. 中小企業の生産管理システムに対する支援で未解決課題が見積もりシステムのデータベースである。見積もり性能が低ければ大きな赤字になるため精度を上げたい。そのような課題に対して、産総研としてはひとつひとつの材料は提供するが、運用に関しては自分で考えるのが基本姿勢という理解でよいか?
A. 基本的にはそのようなスタンスだが、近年はいろいろな事例が生まれノウハウも蓄積されてきたため、提案も可能かもしれない。基本的には材料を提供し、ユーザーが必要なものを作るスタンスで、公開できるものはすべてサンプルとして公開している。ただ、いくらサンプルを作成しても、そのまま使えるものにはならず、ある程度は自分で組み合わせたり、つくったりする必要がある。「サンプルが増え過ぎてわからない」という意見もいただいており、なかなか難しいところだ。


質疑応答(青森市)

Q. MZプラットフォームの動作環境はWindowsかLinuxとのことだが、ウェブアプリであればMacでも使えるか?
A. 確かに使えるが、ブラウザ上で動くものに限定されるため、デスクトップアプリよりも制約が相当ある。加えて、ウェブアプリはデバックが大変だったり、サーバーを立てる必要性があったりと、ユーザーに求められる能力が上がるため、無理して使う必要はないと考える。

Q. 青森でMZプラットフォームを導入している企業の数は?
A. 青森は0であることがわかっている。全国の中でも東北は利用実績が少ない。一方で、九州は多い。優秀なコーディネーターのおかげでよい事例が生まれると、周囲も熱心に取り組むようになるようだ。一社がよい事例をつくると皆が真似したくなるのではないか。

Q. (金城氏への質問)入荷した材料に貼るバーコードは、販売時に貼られているものではなく、金城さんの会社で設定したバーコードか?
A. 注文書として材料に貼り付けたものと対応させたバーコードを会社側で用意している。

第2回EBISワークショップ 講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」

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第2回EBISワークショップ 講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

中小製造業のIT/IoT化支援を目的に産業技術総合研究所が開発・無償配布しているソフトウェア開発支援ツール「MZプラットフォーム」を紹介するセミナー「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」が12月5日、地方独立行政法人青森県産業技術センター工業総合研究所(青森県青森市)で開催された(全体レポートはこちら)。このうち、MZプラットフォーム導入企業である日新電機システムの金城聡さんによる講演をレポートする。

講演2「MZプラットフォーム導入事例の紹介」
/株式会社日新電機システム 設計課長 金城 聡 さん

 当社のMZプラットフォーム導入事例をご紹介させていただきます。はじめに、当社の業務内容からご紹介いたします。日新電機システム(代表者 上間明夫)は、プラント設備制御システム、中央監視制御システム、キュービクル・低圧配電盤・各種自動制御盤、これらの設計・製造・販売・施工を行う、沖縄県うるま市の企業です。主要販売先は電気工事業者、水処理メーカー、官公庁です。2011年4月に設立し、従業員数は23名、売上高は3億5千万円です。関連会社や加入団体、沿革については、スライドに示したとおりです。

 主な納入実績としては、沖縄県の北部地域に農業集落排水処理施設向けの製品や、同じく沖縄県の北部地域の汚水処理施設向けの製品があります。汚水処理施設の中で離れた場所に設置するためシーケンサ―(PLC)で一括制御を行っています。製作からPLCのプログラミングまで当社ですべて請け負って製作しています。

 当社の業務フローをご説明いたします。当社は受注生産請負企業のため、まず、顧客から見積もりのための資料をいただき、それを積算して顧客に提出し、その見積もり金額で折り合えば契約、設計へ進みます。設計では、お客様に提出後もいろいろ変更等があり、それを承認いただければ、板金へ進みます。板金が終わると、配線・組み立ての作業に入ります。板金と組み立てが当社業務で最もコストを要する工程で、この効率化が重要なポイントとなります。組み立て・配線が終われば、検査・出荷して顧客に納品、というのが一連の流れです。

 会社を継続的に発展させるためには、顧客に対してよりよいサービスと品質を提供し、利益率のより高い製品を多く生産する仕組みづくりを継続することが重要です。製品の最終利益を明確にし、中長期経営計画を作成して、目標達成にむけて将来への投資をすることで、永続的な会社としての基盤を構築することを目指しています。
 会社を発展させるための経営的な課題が2点、経営者から挙げられました。1点目は、工程の進捗が各部門で共有できていないために生産効率が上がらず、利益・売上が伸びない、無理ムダムラを無くしたいということ。2点目は、製品ごとの利益が不明なため、受注活動や中長期経営計画に反映できない、コストの内容を明確にし改善したい、ということでした。
 そこで解決策として、工程の進捗を"いつでも""どこでも""誰でも"「見える化」を実現し、製品(物件)や種類別のコストを明確にすることで改善につなげ、利益データを受注活動に反映させることを目指しました。

 MZプラットフォーム導入前の課題と解決策について、課題ごとにご紹介していきます。導入前の課題の1点目は、製品の工程進捗、工程計画が共有されていないことでした。これまでは製作物件一覧や納入仕様書などの書類をExcelで作成しており、作成したExcelは社内の共有フォルダ内に入れてあるため誰でも閲覧できる状態でしたが、各工程の進捗や各物件のボリュームなどの情報は共有化されていませんでした。そこで解決策として、MZプラットフォームのサンプルプログラム内にある工程管理システムの簡易版を参考にして、当社独自の社内アプリケーションである受注物件情報を作成し、ガントチャート表示で工程の見える化を実現しました。

 実際に作成した受注物件情報のトップ画面を拡大したものが、こちらのスライドです。各部の機能と表示内容について詳細にご説明いたします。一番上は、各物件の情報がテーブルになっており、それぞれ物件の名称や金額、納期、顧客情報等が表示されています。その左下には、その選択されている物件の各工程の計画と進捗状況が表示されています。ここで黄色に変わっている行は仕掛中の工程で、完了した工程にはチェックが入り、流れていく感じです。その下にあるのが、ガントチャートです。ガントチャートで全物件の工程計画が表示されます。選択されている物件を先頭にして表示しており、各物件との製作の混み具合や各工程にどれくらいの負荷がかかっているかの判断材料にしています。右上には、選択されている物件のボリュームを表示しています。この例では3面しか表示されていませんが、多いものですと数十面という場合もあります。表示期間の設定も可能で、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、5ヶ月と時間軸を変えて、長期的な計画や短期の工程などを確認しています。また、ピックアップしたい工程だけを見るために、表示・非表示の選択も可能にしています。部門別のガントチャート表示ボタンも設けており、それを表示したものが次のスライドです。

 部門別のガントチャートを表示したものが左側です。ガントチャート自体を上下左右に移動することと、期間の伸縮で工程の組み換え変更を可能としています。この部門別ガントチャートでの変更を、工程計画一覧と全体のガントチャートにも反映できます。

 次に、導入前の課題の2点目は、製品コスト(原材料費、特に人件費)が不明だったことです。それまで日報は手書きで行っており、その手書きの日報を基に大凡の作業時間を集計して最終利益を想定していたため、製品コスト、特に人件費に不明な点がありました。どれだけの作業時間を費やしたか、正確にコストを把握するためには、手書きの日報では限界があり、また手間もかかります。そこで解決策として、バーコードで読み取ることで作業時間を集計して表示できるようにしました。先程の受注物件情報アプリケーション作成の翌年、新規でこのバーコード工程管理の作成に取り掛かり、バーコードを読み取ることで、容易に時間の計測と進捗を管理することが可能になりました。

 バーコード工程管理のトップ画面を拡大して詳細にご説明します。バーコードによって読み取った結果や操作等の案内を左上に表示しています。ここで読み取る順は、自分の名前から読み取る人もいれば物件から読み取る人もいるため、自由にしています。そして、3つ読み取ったら最後にダイアログで「登録しますか?」が表示されて、マウスもしくはタッチパネルで登録する形です。読み取った物件の工程進捗情報は、ラベルの背景を赤色に変えて表示します。一番下に作業中物件の担当者と物件名をリアルタイムで表示しています。右側のグラフは、作業中の予定時間(赤色)と実績時間(青色)を並べて表示したものです。当初は実績時間のみの計測を考えていましたが、実際に時間を入力する側の立場からすると、やはり対象となる概算時間を知ることで、時間を記録する意欲を損なわないのではないかと考え、並べて表示する仕様に仕上げました。

 バーコード工程管理アプリケーションの導入により、工場から取得した作業時間と原材料費をデータベースに登録することで概算粗利と実績粗利の比較検証が可能になりました。作業時間については、先程のバーコード工程管理に予定作業時間の積算値を入力することで、実績粗利との比較を可能にしています。原材料費については、各仕入先からの請求書を基に経理が財務管理ソフトへ入力したデータをCSV形式で出力し、これを原材料費の値としてデータベースに登録し、最終的には作業時間の集計値を含めた算出で実績粗利がはじき出されます。その結果はCSV形式で出力して、経営計画などの資料としています。

 さらに導入前の3点目の課題として、製品原材料の不足や入荷遅延による手待ちが発生していました。製品を組み立てる上で必要な原材料や部品が入荷済みで組み立て・配線作業の工程に入れるかを、以前は入荷担当に直接確認していた状況でした。そこで解決策として、バーコードを読み取ることで、工程の進捗状況を表示し、作業に入れるかを確認するようにしました。「入荷済み」か「未入荷」は、ラベルが赤く表示されているかで判断しています。ところが、材料手配時のミスと入荷時の確認不良により、手待ちが発生するという、新たな課題が発生しました。

 発生した再課題は、発注時の作業をMZプラットフォームとは別作業で行っていたため、起こるべくして起こった問題でした。そこで解決策として、材料手配時と入荷の確認をMZプラットフォームで一括管理するため、発注業務からデータベースを連携することで、入荷のチェック業務を行えるよう、新たなアプリケーションの作成に入りました。本アプリケーションは今年度、産総研の技術コンサルティングを利用して作成中のため、本日は詳細をご紹介するまでには至っておりません。

 このほか、追加した機能もご紹介いたします。1点目の課題でご説明した、受注物件情報ですが、当社にはまだ別途で作成していた帳票の様式がありました。そこで、これまで作成したアプリケーションで必要な情報を取り込み、なおかつバーコードも生成して、製作伝票として印刷できる機能を追加しました。特にバーコードの生成については、別途で用意していたため、受注物件情報から紐づいている文字と異なることで、文字の入力ミス等もあり、作業時間の計測で度々エラーが発生していました。そのため製作伝票発行担当者から、この機能追加の要望があったことに対応したものです。

 MZプラットフォーム導入後の効果はいくつもありました。まず、受注物件の情報と工程管理を一元化したことで、中長期計画通りに利益計画が達成できました。また、ガントチャートによる"見える化"の手法により、社内の意識改革につながりました。さらに、作業時間を集計した結果を表示することで、作業者にコスト(時間)を意識させることにつながりました。そして、ITに関する知識や意欲が向上しました。

 一方で、開発で苦労したことは、日頃からMZに触れる機会がないため、いまだに起動メソッドや各種設定に難があることです。作成後に社内で稼働させた後、想定外の人為的な操作ミスへの処理や機能の追加要望もあります。また、データベースを共有するために必要なネットワークの構築にも苦労しました。昨年9月末の台風直撃による停電の際にはサーバーの復旧に1ヶ月半もかかりました。産総研の技術コンサルティング支援を受けているため、ファイルサーバーを産総研に送り、一緒に設定してもらい沖縄に戻すという形で対応しました。技術研修を受けるには、陸路ではなく空路を利用するため、時間と費用がかかりましたし、社内で私一人しかMZのビルダーを触っていないため、他の社員と知識や情報の共有ができていないという課題もあります。IT化を推し進めていく中で、必ずしも全社的に協力が得られるわけではなかったことにも苦労しました。

 最後に、今後の展望についてです。発注と入荷チェックの業務をMZプラットフォームで省力化と確実性を図り、これまでに作成してきたアプリケーションのバージョンアップも行いたいです。また、集積したデータベースを活用して、今後の受注活動における競争力向上を狙いたいですし、社内の他の業務にもMZプラットフォームで一貫した業務環境を整えていきたいです。さらに他の社員にもMZプラットフォームの知識や技術を習得させ、社内のIT化をさらに推し進めていきたいと思います。

 以上です。ご清聴ありがとうございました。

第1回EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォーム」セミナー

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第1回EBISワークショップ レポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォーム」セミナー 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 産総研EBISワークショップ(第1回)レポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 産総研EBISワークショップ(第2回)レポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 産総研EBISワークショップ(第3回)レポート「わが社で使える放射光」
◆ 産総研EBISワークショップ(第4回)レポート「エッジAIがビジネスを変える」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。


第1回 産総研EBISワークショップ レポート
「中小企業のIT化からIoT化を支援する
 MZプラットフォームセミナー」

「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」のようす=北上オフィスプラザ(岩手県北上市)

 産業技術総合研究所(以下産総研)が開発した「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォーム」を紹介するセミナーが12月4日、北上オフィスプラザ(岩手県北上市)で開催され、中小企業や支援機関担当者ら25名が参加した。

 はじめに、産総研東北センター所長の松田宏雄さんから挨拶と産総研の紹介があった。次に、MZプラットフォーム担当者の古川慈之さんからツールの内容や活用事例、IoTへの拡張について実演を交えた紹介があった。続いて、日新電機システムの金城聡さんがMZプラットフォームを導入した事例を紹介した。

◆ 挨拶・産総研の紹介、活用について
産業技術総合研究所 東北センター
所長 松田 宏雄 さん

 産業技術総合研究所(産総研)の東北センターは、宮城県仙台市の苦竹という工業地帯に位置し、産学官制度来所者も含めて約100人が日々、研究を行ったり、東北地域の企業皆様との連携を展開しています。

 産総研は2001年に独立行政法人、2005年に国立開発法人となりました。かつて国立研究所と言われていた時代とは環境が変化し、中長期(5ヵ年)計画ごとに設定した目標を達成するというミッションが与えられています。2015年度からの第4期の目標は、「技術を社会へ」を活動理念に、開発された技術を社会へ「橋渡し」することです。産総研自らの研究成果はもちろん、大学・研究機関等の成果も積極的に活用させていただき、それらを速やかに事業化へつなげるための橋渡しが私どもの最大のミッションです。

 産総研は、持続可能な社会の構築にむけて、グリーン・テクノロジーによる豊かで環境に優しい社会の実現、ライフ・テクノロジーによる健康で安心・安全な生活の実現、および、それらを達成する基盤となるインフォメーション・テクノロジーによる超スマート社会の実現を目指します。そのために研究組織をエネルギー・環境、生命工学、情報・人間工学、材料・化学、エレクトロニクス・製造の5つの研究領域と、地質調査、計量標準の2つの基盤技術の領域の計7領域に再編しました。

 「技術を社会へ」橋渡しする施策のひとつとして、各地域の大学構内に産総研地域センターとの連携研究拠点である「オープンイノベーションラボラトリ」、通称「OIL」の整備に取り組んでいます。各地域の大学の得意分野で、大学の基礎研究と産総研の産業技術を融合し、企業の皆様にも参加いただきながら、産業界への技術の橋渡しを推進します。例えば、名古屋大学には青色LEDの技術をベースに窒化ガリウムを用いたパワー半導体の早期実現化を目指す連携研究拠点を整備しました。東北大学には数学で材料設計を展開していく連携研究拠点を設置しています。また、より企業の戦略に密着した研究開発を実施するために、産総研の中に企業名を冠した「連携研究室」、通称「冠ラボ」を設置し、橋渡し機能の強化を図っています。近年、各技術の進歩が著しい中、産総研単独、大学単独、企業単独では、設備等の更新に追いついていけない状況です。そこで「豊かな"知の汽水域"で実り多い成果を」ということで、このような相互乗り入れにより、さまざまな領域の知の融合を図りたいと考えています。

 産総研は1882年の地質調査所の創立に始まり今日に至るまで、数多くの研究開発を成し遂げてきました。これまでの136年間の代表的な成果をご紹介します。地質調査所は創立から7年後の1889年に日本最古の日本列島の地質総図を出版し、現在も日本の地質に関する調査研究を行っています。つい最近、定義変更で話題になった「キログラム原器」を日本で保管しているのは産総研計量標準総合センターです。PAN繊維を原料とする軽量で高強度の炭素繊維は、1959年に産総研が世界に先駆けて開発しました。そのほかの成果もスライドにいくつか表示させていただきました。その後、産総研に再編されてからも、完全密閉型植物工場で有用な物質を生産する等、さまざまな研究開発を行っています。

 産総研全体としては、人員は研究職員約2,300人と事務職員約700人に加え、企業や大学、外部研究機関等からの約7,000人の外来研究員も含めて約一万人、予算は国からの運営費交付金や競争的研究資金、企業様からの共同研究費を合わせて年間約1000億円の規模で運営している組織です。産総研の約7割の予算と研究者が集積するつくばセンターを中核に、全国7ヶ所に展開する地域センターでは、各地域毎に特色ある世界最高水準の研究開発に取り組むと同時に、各地域の企業の皆様と密接な連携に取り組んでいます。本日のセミナーでお話させていただくのは、つくばのエレクトロニクス・製造領域ですが、この話題は産総研の中でも比較的全国展開が図られているもので、中でも九州地域に導入企業が数多くいらっしゃいます。本日ははるばる沖縄から企業様にお越しいただき、どのように産総研の技術を活用いただいているか事例紹介をいただく構成となっています。

 全国各地を訪れますと、「産総研を聞いたことがない」「名前だけは聞いたことがあるが、国の研究機関ということで付き合いにくい」といった企業皆様の先入観があると聞きます。日本全国で活用いただける組織になろうと、私ども地域センターではまず産総研を知っていただくことから始め、各県の公設試験研究所と協働しながら企業皆様との連携を深めています。連携メニューとしては、技術コンサルティングから人材育成、共同研究、受託研究、産総研の設備・装置・施設の提供、研究試料の提供、技術情報の開示、ライセンスの授与、事業化支援まで、さまざまなステージで企業の皆様をサポートするメニューをご用意しています。例えば技術コンサルティングは、産総研としては比較的新しいメニューで、共同で新しい技術開発を行うものではなく、コンセプト共創や先端技術調査など、技術的な課題の解決にむけた最適なソリューションを提案するものです。技術相談は無料ですが、技術コンサルティングは若干の費用をいただきながら、レポートを作成させていただきます。また、産総研が会員を募り、さまざまな企業と一体となって、テーマ別の研究会「産総研コンソーシアム」の運営も行っています。産総研の最新技術をコアとして、あるいは課題テーマごとに、材料メーカーからそれを活用するシステムメーカーまでさまざまな企業の皆様にお集まりいただき、技術応用の可能性を探り、新たな市場の開拓と研究推進を目指します。

 続いて、企業との連携事例をいくつかご紹介します。東北センターでは、化学ものづくりを重点化研究テーマとしており、産業界が必要とする高効率・省エネな新しい化学プロセスを提案すべく、研究開発を精力的に進めています。例えば、高圧炭酸ガスを用いることで有機希釈溶剤不要な塗装システムの研究開発を、宮城県の企業と一緒に展開しました。また、東北地域に多く産出する粘土を原料に、非常に高い耐熱性・耐久性・ガスバリア性を有する粘土系材料「クレースト?」を開発しました。その技術を利用した玉虫塗ワインカップは、食洗機にも耐えられ、2015年に「第6回ものづくり日本大賞」を受賞し、2016年に仙台市で開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議では仙台市からの記念品として採用されました。以上2例は東北センターの成功事例です。産総研全体から東北地域の企業に展開させていただいた事例としては、表面の凸凹が6.3ナノメートル以下の極めて平坦な超高精度平面基板の開発や国際標準化・JIS化への貢献などがあります。東北の皆様と全国の産総研研究者をつないで課題解決等のお手伝いをするために、産総研だけでなく、東北各県の公設試験研究所等関係機関の方にも「産総研イノベーションコーディネーター(IC)」を委託し、地域に精通した"チーム東北"で地域の企業ニーズにきめ細かく対応しています。

 東北センターでは2018年度後半から新たに「Tohoku Advanced Innovation Project」、略称「TAIプロジェクト」を立ち上げ、本日のセミナーはその一環として開催しています。これまで産総研のシーズを活用して企業に新たな事業を展開いただくことに長年取り組んできましたが、各地域の特性とのマッチングをさらに向上させるには、新たな切り口が必要だと考えました。そこで、産総研にシーズがなくとも、社会で話題になっているテーマを一緒に勉強したり、その新たな技術を活用して新事業への展開を図ることを、各地域のさまざまな支援機関の皆様と一緒に支援させていただくために、TAIプロジェクトを発足させた次第です。TAIプロジェクトでは毎回テーマを決めて「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」を開催します。鯛(TAI)を捕まえている恵比寿(EBIS)様のように、企業の経営者の皆様がうまいテーマを見つけ、新たな展開を目指していただきたいとの思いをその名に込めています。「こんな話題を勉強したい」というテーマがありましたら、ぜひ積極的にご希望ください。

 このような活動を私どもだけではなく、地域の企業様にご支援いただきながら展開していくため、地域中核企業とのコミュニケーションを一段高めることを目的とした連携組織「テクノブリッジクラブ」も設置しています。参加いただき活動を広げていただくことにご賛同いただければ、どんな企業様でもご参加いただけます。テクノブリッジクラブ企業は現在337社、東北地方でも63社と日々増えておりますので、ぜひご参加ください。

 「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」。これは産総研理事長の中鉢が日々申し上げていることですが、そのような気持ちで私ども産総研は取り組んでおりますので、ぜひお気軽に産総研や産総研ICのお近くの公設試験研究所様までお声がけいただければと思います。本日のセミナー会場となっている北上オフィスプラザの住所は「相去(あいさり)町」と読むそうですが、お互いに「相去り難い」セミナーになればと思います。ぜひご協力の程よろしくお願いいたします。


■ 講演1 「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」
 産業技術総合研究所 製造技術研究部門 機械加工情報研究グループ長 古川 慈之 さん

☆→ 講演内容はこちら


■ 講演2 「MZプラットフォーム導入事例の紹介」
 株式会社日新電機システム 設計課長 金城 聡 さん

☆→ 講演内容はこちら


参加者の声

― 本日のセミナーに参加した動機と感想を教えてください。

◆「比較的簡単にIT化・IoT化が実現できそう」
/ 株式会社トーノ精密 研究開発 係長 小林 伊智郎 さん

 社内で現在運用している生産管理システムはありますが、工場を新設する際などに、より簡易なシステム構築を検討しており、産総研からMZプラットフォームを紹介されて参加しました。まだIT化段階ではありますが実際に少し試してみたところ、比較的簡単な印象でしたので、MZを習得できれば、いろいろなソフトウェアが作成できる可能性を感じました。また、今回のテーマのIoT化についても段階的には実現可能というポテンシャルを感じることができました。


◆「新たにプログラム言語を覚えなくてもよいのが魅力」
/ 株式会社小林精機 企画情報室 室長 行方 学 さん

 以前開発した社内システムが古くなってきたため、そろそろ新しいシステムを開発しようと考えていますが、最新の手書き型プログラム言語を1から覚えるのは大変なため、より簡単な方法はないか探していたところ、産業支援センターから今回のセミナーを紹介されて参加しました。実際にMZを試してから来ましたが、どれくらいのことが実現できるかは自分で試すだけではよくわからなかったため、今回それがわかってよかったです。事前に入手した資料が多過ぎて全容把握までは難しかったのですが、今回のセミナーでセンサなども活用できることがわかりましたので、会社に持ち帰っていろいろ試してみたいと思います。


◆「職人の手仕事を評価するアイディアが欲しい」
/ 株式会社東光舎 代表取締役社長 井上 研司 さん

 当社は理美容用ハサミおよびペット用ハサミの開発・製造・販売を行っている会社です。機械を一部導入してはいるものの、職人がほぼ手作業で製造しているだけに、個々人の仕事を評価することが難しく、何かよい方法や参考事例はないかと思って参加しました。今回紹介された事例のように、機械ベースであれば、どのピッチでどのように生産しているかをセンサで把握するのは容易そうですが、手作業の場合は機械の稼働率と生産効率が必ずしも一致しないため、何かよいアイディアはないか探しています。やはり類似事例は少ないと思いますが、産総研は手厚くフォローしてくださるという話だったため、個別に具体的な話ができれば、よいアイディアをお持ちではないかと感じました。ぜひ相談にのっていただきたいです。


◆「ソフトウェア開発会社としてもMZは魅力的」
/ Badass 代表 田中 裕也 さん

 前職のソフトウェア開発のキャリアを活かし、最近独立してIT関係の事業を始めたばかりです。IoTに興味があり参加しました。MZはプログラミングせずにソフトウェアを簡単に作成できる点がおもしろく、とても簡単にソフトウェアを開発できそうな印象でした。よくIT関係の技術者は「自分で作った方が早い」と言うものの、やはり1から自分で作成するのは負荷が大きいため、一連のソリューションを簡単に提供できるMZは魅力的です。現在、製造業や建設業の情報システムのコンサルティング業務も行っているので、MZをその提案のひとつにできるとも感じました。技術移転契約締結済み企業の事例をもう少し具体的に知りたいです。


主催者の声

― 本日のセミナーを産総研と共同で主催した動機と感想を教えてください。

◆「地元に事例と支援体制をつくりたい」
/ 株式会社北上オフィスプラザ 北上市産業支援センター センター長 安保 繁 さん

 産総研からIoT化支援ツールのシーズ紹介の依頼があり、もともとIoTやAIをテーマに研究会を開催したいと考えていたため、共同で今回の勉強会を開催しました。これを単発のセミナーには終わらせずに、MZを活用したい企業を何社か集めて実際の導入や改善の事例をつくる勉強会を継続開催するとともに地元企業による事例発表も行いたいですね。身近に事例が出てれば、他の会社も興味を持って「うちもやろう」と波及していくと思います。また、実際に試してみるとわからない点もいろいろ出てくると思いますので、地域企業のサポーター役となれるよう、今回のセミナーには複数の地元IT関係の技術者にも参加してもらいました。それでもわからないことがあれば産総研に相談するという体制を来年度にむけて構築したいと考えています。

第2回EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」

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第2回EBISワークショップレポート 青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 第2回産総研EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。


第2回 産総研EBISワークショップ レポート
「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」

「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」のようす=青森県産業技術センター工業総合研究所(青森県青森市)

 「青森県よろず支援拠点 IoT活用セミナー」が12月5日、地方独立行政法人青森県産業技術センター工業総合研究所(青森県青森市)で開催され、中小企業や支援機関担当者ら22名が参加した。はじめに、本セミナーを主催する4つの支援機関の担当者から各施策について紹介があった後、産業技術総合研究所(産総研)が開発・配布するソフトウェア開発支援ツール「MZプラットフォーム」について、同ツール担当者による講演と導入企業による事例紹介があった。また、セミナー終了後は希望者を対象にした個別相談会や、会場となったIoT開発支援棟の見学会も開かれた。


施策紹介① 青森県の事業紹介
/ 青森県新産業創造課 情報産業振興グループ 主幹 工藤 鉄平 さん

 青森県では、経済産業省が推進する「IoT推進ラボ」に今年度選定され、県内の産学官連携によるIoT推進体制を構築したところです。事業内容としては、観光分野、特にインバウンド対策にIoTを活用するプロジェクトと、ものづくり分野におけるIoT関連の新製品・サービス開発や新事業展開のふたつの方向性で進めています。支援策として、試作開発補助金や実証事業等のIoTビジネス創出支援のほか、ビジネスセミナーやセキュリティ研修等、企業の技術者むけに濃い内容の研修や交流会の機会などを多数用意しています。青森県として県内企業のIoT活用を積極的に支援させていただきますので、お気軽にご活用・ご相談ください。


施策紹介② 青森県よろず支援拠点の事業紹介
/ 青森県よろず支援拠点 コーディネーター 市田 淳治 さん

 「よろず支援拠点」とは、2014年度から国が各都道府県に設置している事業で、複雑・高度・専門的な経営課題を抱える中小企業・小規模事業者に対して、起業・成長・安定の各段階の課題やニーズにきめ細かく対応するワンストップ型の経営支援窓口です。主な役割は、総合的・先進的な経営のアドバイス、地域の支援機関や専門家、公的機関等によるチーム編成型の支援、緊急な課題やご要望等が発生した際に適切な相談先を紹介するといったワンストップサービスです。よろず支援拠点では、新商品開発や販路開拓、金融対応等、各分野の専門家が皆様のご相談を承ります。今年からインバウンド対策の女性コーディネーターも加わりました。この体制を我々は「大学病院型」と称し、どのお医者さんが診断し、どんな処方箋をもらうか、まずはお越しいただく窓口を一箇所につくる体制を構築している次第です。ぜひお気軽にご相談ください。


施策紹介③ 工業総合研究所IoT開発支援棟の紹介
/ 工業総合研究所 電子情報技術部長 小野 浩之 さん

 今回のセミナー会場となっているIoT開発支援棟は、今後進展する第4次産業革命に対応した企業支援体制の整備を目的に、IoT、ビックデータ、AI等の先端技術に関する人材育成や研究開発、技術支援等に取り組む拠点施設として、2018年10月に開所しました。内閣府の地方創生拠点整備交付金や経済産業省のグローバル・ベンチャー・エコシステム連携加速化事業費補助金を活用して整備した施設・設備で、IoTデバイスの設計・試作から評価まで、同じ場所で一貫して行えることが特長です。建物は延床面積約420平米の2階建てで、1階には電子基板製造装置や高精細の3Dプリンター、3Dスキャナー、構造解析装置などの最新設備を導入し、2階にはコンピューターを利用した設計(CAD)の実習室や研修室を設けています。また、技術研修会開催のほか、IoT開発共通プラットフォームの提案や、IoTの開発者と利用者のマッチングを図るための異業種交流ワークショップ等も開催します。IoT開発支援棟の完成を機に、2014年に設立した「あおもりIoT研究会」の人材育成等の活動をより一層活発にし、これらの活用によって人材育成や新規IoT商品の開発等につなげ、県内産業振興に貢献していきたいと考えています。


施策紹介④ 国立研究開発法人産業技術総合研究所の事業紹介
/ 産業技術総合研究所 東北センター所長代理 伊藤 日出男 さん

 産総研は、旧通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が2001年に統合・再編された研究所です。2015年度からの第4期中長期目標期間(5年間)のスローガンは(技術を社会へ)「橋渡し」の実現で、その実現のために研究組織も7つの領域に再編しました。人員は約一万人で、産総研の約7割の予算と研究者が集積するつくばセンターを中心に、全国7ヶ所に展開する地域センターが、それぞれ重点化研究の推進に取り組みながら各地域の企業との密接な連携に取り組んでいます。技術コンサルティングから事業化支援まで、さまざまなステージで企業の皆様をサポートする連携メニューをご用意しています。また、東北各県の公設試験研究所等の方にも産総研イノベーションコーディネーター(IC)を委託し、地域の企業の皆様との連携を深めています。私ども東北センターと企業様の連携事例としては、非常に高い耐熱性・耐久性・ガスバリア性を有する粘土系材料「クレースト」の技術を利用した玉虫塗ワインカップや、表面の凸凹が6.3ナノメートル以下の極めて平坦な超高精度平面基板の開発などがあります。

 さらに、東北センターでは2018年夏から新たに「Tohoku Advanced Innovation Project」、略称「TAIプロジェクト」を立ち上げました。産業・技術環境の急速な変革が進みつつある中、各企業に対する新たな市場の気づきと明確化から新規事業の挑戦を掘り起こし、最終的には新たなニーズとシーズを備えイノベーションによる新産業構造を担えるような企業に発展いただくため、産総研がハブとなり地域の支援機関の皆様と共に支援を進めるものです。その気づきを得ていただくための勉強会は「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」と名付け、ぜひ中小企業の社長様に鯛を釣り上げ恵比寿顔になっていただきたいと考えています。本日のセミナーも産総研ではEBISワークショップとして位置づけています。中鉢理事長の言葉「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」をモットーに、公設試験研究所等の皆様とも協働しながら企業の方々をご支援させていただきたいと思います。


■ 講演1 「中小製造業のIT化支援ツールMZプラットフォームについて」
/産業技術総合研究所 製造技術研究部門 機械加工情報研究グループ長 古川 慈之 さん

☆→ 講演内容はこちら


■ 講演2 「MZプラットフォーム導入事例の紹介」
/株式会社日新電機システム 設計課長 金城 聡 さん

☆→ 講演内容はこちら


参加者の声

― 本日のセミナーに参加した動機と感想を教えてください。

◆「IoTどう活用するかが悩みどころ」
/ 三共計測プラス株式会社 代表取締役 三橋 知巳 さん

 「青森県IoT推進ラボ」のセミナーに参加し、今後IoTに関わる仕事をしたいと考え、IoTデバイスの開発や使い方について勉強中です。IoTデバイスの開発後にどう利用するかが悩みどころだったため、今回さまざまな事例を見ることができ、イメージが広がりました。MZプラットフォームのことは今回初めて知ったため、早速試してみたいと思いました。製造業ではないため自社でどのようにMZを利用できるかのイメージはよくつかめませんでしたが、産総研がサンプルを多数用意しているという話だったので参考にしたいと思います。


◆「現場の協力を得ることがIoT化の現実的な問題」
/ 株式会社ジョイ・ワールド・パシフィック 取締役 木村 祝幸 さん

 IoT向け省電力広域の無線通信「LPWA(Low Power Wide Area)」通信ネットワークのひとつ「Sigfox」(シグフォックス)を利用した開発を青森県産業技術センター工業総合研究所と共同研究しています。その縁で誘いがあり、中小製造業向け講演ということで、自社工場の生産コストの見える化への利用等を期待して参加しました。MZを使わなくても、自社スキルで実現できそうとは感じましたが、MZを利用すれば取っ掛かりが早く、いろいろ応用できてよいかもしれません。社内で検討したいと思います。一方で、製造現場はパソコン入力など新たな作業がひとつ増えるだけでも嫌がるため、現場からの協力を得ることが現実的な問題です。


◆「低コストで簡単にIoT実現できる点が魅力」
/ アンデス電気株式会社 経営企画 専任参事 滝野 弘文 さん

 製造業である弊社は第4次産業革命を推し進めたいと考えていますが、中小企業の立場ではどうしてもコストがネックになります。そんな中、産総研が開発・配布しているMZは、あまり費用をかけずに簡単にIoTを実現できるものと期待し、まずMZの概要を知るため今回のセミナーに参加しました。MZは自社でソフトウェアを作成し自由に組み替えられる点が有意義で、当社でも活用できそうという印象を持ちました。一方で企業様の事例発表にもあったように、実際に使う現場の社員たちからも協力を得られるよう全社的に進めなければ、たとえ導入してもうまくまわらないだろうという印象も持ちました。これはMZに限らず何をするにも同じことが言えますが、あとは進め方だと思います。早速、社内にMZを紹介しようと考えています。


主催者の声

― 本日のセミナーを産総研と共同で主催した動機と感想を教えてください。

◆「身の丈に合った開発から始めるのにMZは最適」
/ 青森県産業技術センター 工業総合研究所 所長 櫛引 正剛 さん

 工業総合研究所は、県内企業のものづくり技術の高度化と、IoTを利用した製品づくりを支援するため、地方創生拠点整備交付金等を活用して「IoT開発支援棟」を整備しました。IoTを知っている人と知らない人では温度差があるため、少しでも多くの事例を知ってもらおうと、今回のセミナーを企画しました。県内のものづくり企業が自社の生産工程の見える化をIoTによって実現しようとする時、最初から大掛かりなシステムを導入するのではなく、自分たちで身の丈に合ったシステムから開発を始めた方がうまくいくと私は考えています。無償で提供されているMZはコストをかけずに利用できるため、まずMZを知っていただき、IoT化をどのように進めていくかについて考える機会につながればと思い、古川さんに講演をお願いすることにしました。講演では導入企業による事例も聞くことができ、その狙い通りだったと感じました。また、参加企業からも「自社工場の見える化にぜひ取り組んでみたい」との声があり、これも狙い通りの結果だと実感しています。


第3回EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」

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第3回EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 産総研EBISワークショップ(第1回)レポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 産総研EBISワークショップ(第2回)レポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 産総研EBISワークショップ(第3回)レポート「わが社で使える放射光」
◆ 産総研EBISワークショップ(第4回)レポート「エッジAIがビジネスを変える」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。


第3回 産総研EBISワークショップ レポート
「わが社で使える放射光」

「わが社で使える放射光」のようす=産総研東北センター仙台青葉サイト(仙台市)

 東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に2023年度完成予定の次世代放射光施設をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「わが社で使える放射光」が2月13日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催され、企業や支援機関担当者ら21名が参加した。企業に新たな事業の柱につながるような気づきの場を提供しようと、産総研東北センターが進める「TAIプロジェクト」の勉強会(EBISワークショップ)の一環で、宮城県内では第1回目の開催となる。

 勉強会では、はじめに産総研東北センター所長の松田宏雄さんから挨拶があった後、同センター所長代理の伊藤日出男さんからTAIプロジェクト及びEBISワークショップについて紹介があった。次に、国と共に次世代放射光施設の整備運営を担う一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹さんから「次世代放射光は地域の強い味方」と題した基調講演があった後、東京大学物性研究所教授の原田慈久さんから「放射光で食を科学する」と題して事例紹介があった。最後に「わが社に放射光など先端分析機器はどう役立つのか」をテーマに総合討論が行われ、高田さん、原田さん、東北経済連合会(東経連)常務理事事務局長の江部卓城さんがパネラーを務め、参加者と活発な討論を行った。


◆ 開会挨拶
/国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長 松田 宏雄 さん

 本日は産総研東北センターが企画・開催した「Tohoku Advanced Innovation Project」、略称「TAIプロジェクト」のEBISワークショップにご参加いただきありがとうございます。TAIプロジェクトとは、詳細はこの後伊藤からお話しますが、企業の皆様がイノベーションや新たな事業を起こそうという時、これまで新しい技術を一方的に聴くだけではタイムラグが長かったところを、素早く事業化に取り組んでいただけるよう、お互いに意見を言い合える場をつくろうと始めたものです。東北経済産業局様からご指導いただきながら検討を重ね、今回やっと宮城県で第一回目の開催となります。本日はご講演の後に2時間ほど総合討論の時間を設けておりますので、ご参会の皆様からぜひ一言ずつお話いただければ、本会の目的の90%は達成できるのではないかと思います。また本会の終了後にフォローアップのヒアリングに伺うことも考えております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。


◆ TAIプロジェクト EBISワークショップについて
/国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長代理 伊藤 日出男 さん

 産総研は、旧通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が2001年に統合・再編された研究所です。2015年度からの第4期中長期目標期間(5年間)のスローガンは(技術を社会へ)「橋渡し」の実現で、その実現のために研究組織も7つの領域に再編しました。人員は約一万人で、つくばセンターを中核に全国7ヶ所に展開する地方センターが、それぞれ重点化研究の推進に取り組みながら各地域の企業との連携に取り組んでいます。ここ宮城県仙台市には東北センターがあり、「化学ものづくり」を旗印に研究を進めています。一例として、東北地域産出粘土の持つ特性から高い耐熱性・耐久性・ガスバリア性を有する粘土系材料「クレースト?」を開発し、食洗機に耐えるコーティング材として仙台の伝統工芸品「玉虫塗」に施した事例などがあります。技術コンサルティングから事業化支援まで、さまざまなステージで企業の皆様をサポートする連携メニューをご用意しています。さらに東北各県の公設試験研究所等の方にも「産総研イノベーションコーディネーター」を委託し、地域の企業との連携を深めています。

 産業・技術環境の急速な変革が進みつつある中、既存の支援メニューにつながる一歩手前の、企業皆様の曖昧模糊としたニーズを明確化する領域をつくりたいと考え、東北センターでは2018年夏から新たにTAIプロジェクトを立ち上げました。各企業に対する新たな市場の気づきと明確化から新規事業の挑戦を掘り起こし、最終的には新たなニーズとシーズを備えイノベーションによる新産業構造を担えるような企業に発展いただくため、産総研がハブとなって地域の支援機関の皆様と支援を進めるものです。その気づきを得ていただくための勉強会を「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」と名付けています。AIや放射光など、重要そうだけどもよくわからない言葉がどのように自分の会社に役立つのかを一緒に勉強しましょう、というものです。我々からテーマを押し売りするのではなく、皆様からテーマをご提案いただき一緒に勉強する会をシリーズ化していきたいと考えています。その宮城県での第1回目のテーマが放射光です。「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」という気持ちで企業の皆様をお手伝いさせていただきますので、お気軽にご連絡ください。


◆ 基調講演 「次世代放射光は地域の強い味方」
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん

☆→ 講演内容はこちら


◆ 事例紹介 「放射光で食を科学する」
/国立大学法人東京大学 物性研究所 教授 原田 慈久 さん

☆→ 講演内容はこちら


◆ 総合討論 「わが社に放射光など先端分析機器はどう役立つのか」
【パネリスト】
/一般財団法人光科学イノベーションセンター 理事長 高田 昌樹 さん
 国立大学法人東京大学 物性研究所 教授 原田 慈久 さん
 一般社団法人東北経済連合会 常務理事事務局長 江部 卓城 さん 他

伊藤 これから総合討論を始めます。まず、ご講演いただいた高田先生から追加事項等ございましたら、お願いします。

高田 次世代放射光ができるのは5年後とお考えかもしれませんが、すでに利用に向けたは始まっているとお考えいただいてよろしいと思います。実はもう現在15社がSPring-8等の既存の放射光施設を活用した「フィージビリティ・スタディ(FS)」と呼ばれる試験研究を進めています。そこでは、「次世代放射光施設で何が解決できるかだけでなく、今お困りのこと」について、ご相談を受けております。その時に、「放射光を勉強しないでください」とお願いをしています。放射光で解決できるかもしれない課題は、あらゆるところに潜んでおり、それに出会える貴重な機会を損失したくないからです。新しいサイエンスの種は、大企業、中小企業、町工場のあらゆる産業界の「お困り事」に隠れているのです。放射光は、それを照らし出す光です。地域の皆様でお困りのことがありましたら、ご遠慮無くご相談いただきたいと思います。それを学術の先生や、分析会社と解決するためにコウリション(有志連合)コンセプトはこの地域から提案されたのです。次世代放射光施設が完成するまでの5年間は、今の「お困りごと」を解決しながら、次世代放射光施設の活用を考えていく準備期間であるという理解が産業界で広がっています。

伊藤 事例紹介いただきました原田先生からもお願いします。

原田 講演でも申し上げましたように、サンプル周りさえ何とかなれば分析対象は何でも測ることができます。今回のように事例紹介をすると、それに関連したことは皆さんお考えになりますが、全く違うところで皆さんが何に困っているかは、私たちからしてもわからない状態です。私自身は企業さんとの共同研究は多い方ですが、それでも企業さんが本当に困っていることを言い出すのに時間がかかります。それはそういうものだと思っていますし、ある程度話し込まないとわからないことも多いと思いますので、コミュニケーションを重ねていきたいと考えています。その時間は我々にとっても財産ですので、ぜひお願いします。

伊藤 東経連の取り組みについて、ご紹介をお願いします。

江部 東経連の取り組みについて、3点お話させていただきます。1点目は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会にあわせ、東北の情報を発信する拠点を東京都内に設置する計画についてです。東日本大震災から10年目となる節目に、被災地が復興を成し遂げつつある姿と、地域性豊かな食文化など東北の魅力を世界中の人々にアピールする拠点を整備します。

 2点目は、国際リニアコライダー(ILC)計画です。北上山地の地下100メートルに全長約20キロメートルの地下トンネルを掘り、直線状の加速器で電子と陽電子を加速して衝突させることで、いわゆるビックバンの状態をつくる素粒子物理学の大型実験施設です。週刊漫画誌「モーニング」(講談社)で人気漫画の「会長 島耕作」でILC特集を連載中ですので、ご興味のある方はぜひご覧ください。ILCに関しては日本学術会議が学術的意義は認めつつも国際経費分担などの課題を挙げ慎重意見を出したところですが、日本政府が正式に誘致を表明するかはまだ検討中の状況です。皆様からもILC誘致を求める声をあげていただくことが一番の力になりますので、ご協力をお願いします。

 3点目が、本題の東北放射光施設についてです。建設費約360億円のうち、地域や企業が負担する最大約170億円を確保するため、高田先生がご講演されましたように、光科学イノベーションセンターは、10年間にわたり年間最大200時間ずつ放射光を利用できるコウリションメンバーを民間企業から1口5,000万円で募っています。我々東経連としては、東北の中堅・中小企業にも放射光を利用いただき、繁栄の礎をより築いていただきたいとの思いから、地元企業を対象に、1口50万円の小口資金を募って共同利用の形で参画する仕組み「ものづくりフレンドリーバンク」を設立しました。50万円で10年にわたり年間最大2時間の施設利用権を取得できるスキームです。当面は2口分の1億円を目標に募集中で、現在40数社が参画し、7,200万円ほど集まっています。実は寄付が約半分含まれていますので、実際には年間2時間以上ご利用いただけると考えています。昨年度みやぎ工業会さんとタイアップして加入促進を行ったため、現時点の加入状況は宮城県のものづくり企業が中心ですが、これから東北地域各県へ順次お声がけ予定です。目標1億円のうち7,200万円と、もう枠があまりございませんので、お早めにお申し込みいただけるとありがたいです。また、各金融機関からも関心が高い放射光施設です。ぜひ皆様からも引き続きご支援ご協力のほどよろしくお願いします。

高田 ものづくりフレンドリーバンクは、目標金額を2億円に限ってはおりません。仙台市の10億円の出資との決定的な違いは、民間か自治体かということです。仙台市の出資は、市民の税金を原資としています。よって、研究成果は、当然、仙台市に帰属するものと考えられます。ものづくりフレンドリーバンクの場合は、その成果は出資者に帰属します。プロジェクトに参加するプレイヤーのアイデンティティと、そのインセンティブ・メカニズムを明確化することが、コウリションコンセプトの特長でもあるのです。

 仙台市や宮城県は、宮城県下の公設試験機関の職員を集め、次世代放射光を、地域産業の振興や地域の課題の解決にどう活かしていくか、議論する場を設けました。フレンドリーバンクに加入した企業のFSも始まっています。ものづくりフレンドリーバングに参画されましたら、まずは「今のお困り事」を我々にご相談ください。ご出資に納得いただきたいというのが私どもの基本的な考え方です。どうビジネスに活かすかを徹底的に議論する場に我々も加えていただければと思っています。放射光の専門家にとって、企業の「お困り事」は、新しいサイエンスの種がたくさん埋まっている宝の山なのです。次世代放射光は、それを掘り出す道具であり、本多光太郎から始まったものづくりのメッカであるこの地域から生みだされる未知の成果に期待を膨らませています。

伊藤 ありがとうございました。それではお申込みいただいた、企業やNPOの皆様から、簡単にご紹介と、放射光のどんな点に興味を持っておられるか、あるいは期待されているか、お話いただければと思います。

小数賀(リコーテクノロジーズ) 本社がある海老名市から参加しています。我々のミッションのひとつに再生樹脂があります。コピー業界はリサイクルが進んでおり、回収した機械のうち、使用できる部品は新しい製品に再利用しますが、そのまま使用できない部品は粉砕して樹脂に戻してから使用します。その開発に、今回の放射光の技術が応用できたらという興味があります。相談に乗っていただけると我々も早いうちに技術開発を開始し実際に動けますので、ご指導いただきたいと思っています。

松本(リコーテクノロジーズ) 小数賀からも話がありましたように、再生材をもとの性能を持つ樹脂に作り直す開発を行っています。実際にできた再生材を叩いたり引っ張ったり曲げたりして評価するだけでなく、断面を電子顕微鏡で観察して性能評価を結論付けられるのではないかと考えています。しかし現在の装置ではやはり限界がありますので、放射光でどんなものを見ればどんなことがわかるか、ぜひアドバイスいただきたいと思います。

高田 まさに今からSPring-8などでのFSの検討を開始されてはいかがでしょうか。熱処理条件によってソフトマターのダイナミクスがどう変わるとか、架橋構造の分散との関係を可視化することは、ソフトマター全般にとって共通テーマです。中国で2024年に向けて次世代放射光を建設中で、ゴム分子の架橋を外してゴムのリサイクル利用を実現するプロジェクトが青島に作られた「ラバーバレー」で検討が開始されています。そのためには、ゴムの架橋を構成する硫黄(S)や、ゴム分子を形成する炭素(C)などの軽元素を可視化するための光、すなわち軟X線向けの次世代放射光施設が必要です。SPring-8は、8GeVの電子を使う高エネルギーの硬X線の放射光向けの施設ですので、軟X線は、次世代放射光が用いる3GeVの電子に比べて、輝度が100分の1になってしまいます。SPring-8でのFSが、100倍によく見える状態をつくることにも必要な準備になります。

畑中(キョーユー) ものづくりフレンドリーバンクの加入促進を東経連とみやぎ工業会が熱心に行っていたため、将来どのように使えるかはわかりませんが、その勢いに押されて、入らせていただきました。みやぎ工業会の責任者を務めている関係で、放射光とは何か勉強するために参加しました。私は、金属加工を中心に機械加工や金型を生業にしていますので、放射光が将来、我々のものづくりにどのように使えるかを知りたいと思っています。

高田 金型に関してもお問合せを多数いただいています。金型の表面がナノレベルでどのような状態になっているか、どの様な薬剤を使えば、品質の高い製品加工が可能か、放射光で調べたいというご要望です。エネルギーの高い硬X線はモノを透過する能力が高過ぎて、表面の情報に比べて透過した内部の情報がはるかに多くなってしまいます。モノの表面や界面を調べるには、モノを透過しすぎない軟X線が得意なのです。社長の「お困り事」もぜひご相談ください。どのように解決できるかを一緒に考えさせてください。エンジニアリング技術とサイエンスをつなぐのが放射光なのです。

河内(東栄科学産業) ひとつは商社として、地元で起こるプロジェクトに我々がどのような形で参画できるかに興味があって参加しました。ご講演を拝聴して、大きな電子顕微鏡等のご提案も考えられると感じました。また、我々はものづくり事業も行っているため、サイエンスパークにも興味を持っています。原田先生が仰っていたツール開発の側面でも何かお手伝いできることがないかなという思いで、参加させていただきました。

高田 大手商社からもお問い合わせをいただいております。顧客のビジネスを支援するサービスを考えている企業もあれば、科学技術に関する情報をアップロードして追跡調査をするビジネスを考えている企業もあろうようです。単に放射光を使って何かを測定する話を超えた、いろいろな新しいビジネスが、コウリションをきっかけに展開し始めています。

松田 高田先生のご講演で、分析会社がサービスを提供する話がありました。すると今お話になったことは、今まで分析装置を売っている会社さんが、東北放射光を光源として分析のサービスを提供する商売はありということですか?

高田 もちろんあります。それに加えて、企業が有するラボ装置との役割分担が明確となります。放射光を専門とする学術の先生と比較すると、様々な分析装置を有する分析会社は、放射光や、ラボのX線装置、電子顕微鏡などの得意とする分野の事例を多く有しています。よって、課題を解決するための最適な分析装置を選択してくれるという点でユーザーフレンドリーです。技術流出のリスクも低くなります。その利点を活かした実戦的なFSのアイデアを独自に展開しています。計測装置を製造する会社は装置が売れなくなるので困るのでは?と心配する方もおられます。しかし、放射光施設と企業のラボ装置との役割分担が、分析会社のサービスを通じて明確になることで、逆に売れるようになると思います。似たような事例は、SPring-8でも起こりました。

 さらに、計測装置の製造会社は計測限界の性能評価と性能証明を、次世代放射光で正確に示すことができるようになるかもしれません。サイエンスパークは、様々なラボの計測装置を備えた分析会社が集い、陳列された分析装置の性能も競う、計測エンジニアリングの見本市のような場となるかもしれません。そうすればコウリションコンセプトが計測エンジニアリングの技術の底上げにもつながるでしょう。その一方で、次世代放射光を活用する先端計測の技術は特注品を必要とする世界です。そこでは秀でた"一品物"を創り出す匠の技を有する地域の町工場の活躍の場となるでしょう。実際に、SPring-8の周辺地域の町工場がそのような立場で活躍しています。

板垣(東栄科学産業) 私もSPring-8の装置を開発した経験があります。そんなチャンスがあればとの思いから、放射光関連のセミナー等には何度か参加しています。

高田 SPring-8でも装置開発経験豊富なものづくり企業の退職者をパートタイムで雇用し、エンジニアリングチームをつくっています。科学技術立国として日本が築いてきた「エンジニアリング」の財産を、しっかりとテクノロジーとサイエンスに結びつけ、次世代に継承し、単なる生産拠点としての「モノづくり」ではなく「価値づくり」に高めていく必要があります。ここでもこの地域の力が必要とされるところです。

石川(宮城大学) 大学で食の研究と教育を行っています。企業の食品開発の担当者からは「美味しさの可視化、数値化で、何か新しい手法はないか」と相談されることが多いので、原田先生の講演を拝聴し、放射光の有効性を感じました。原田先生にひとつ専門的な質問があります。食品の場合、油と水のインタラクションが重要で、油に電波信号を与えるとカラッと揚がる装置があります。油の中の水や気泡も放射光で測れますか?

原田 昔はサンプルを真空中に置いていましたが、今は大気圧下に置いているため、油でも全く問題なく放射光で測定できます。

高田 油と水ならコントラストが強いので、むしろよく見えます。また、料理した食品の旨味をどのように閉じ込めるかや、ボイルのプロセスなど、食品加工方法もテーマになると思います。「食の宮城」をサイエンスでさらに強く支え、付加価値の高い商品の開発に放射光をお役立ていただきたいと願っています。

松田 関連して質問です。軽元素を高輝度で見ようと思えば、集光するので焦げますよね。すると見たい対象がダメージを受けるので、やはり見えない限界はあるのでは?

高田 その通りです。これまでは、放射光ビームを絞っても試料が焦げないように、タンパク質の構造解析を行う時はタンパク質の結晶を低温にして凍らせて計測していました。それでも、完全にダメージを避けることはできません。次世代放射光では集光を活かした計測だけでなく、コヒーレンスと呼ばれる新しい光の性能の活用に大きな期待が寄せられています。コヒーレンスとは、光の波の形が揃う、レーザーと同じのような性質です。こうすると、光が結晶のようになるので、光を当てた領域が複雑に乱れた構造でも、情報理論を使って可視化することができるようになります。光を極限まで絞ってひとつひとつ場所を特定して観察する必要がなくなります。また高性能な検出器を開発が進むと、短い時間でそのことが可能になります。SPring-8の100倍のコヒーレンスの性能を有するという次世代放射光では、そのような新しい光の使い方も始まります。

遠藤(natural science) 仙台で科学教育の普及啓蒙活動を行っています。仙台に放射光ができるということで、理解した上で今後の普及啓蒙に活かしたいと思い参加しました。非常におもしろい講演で、特に水分子の電子状態までリアルタイムにわかると聞いて、わくわくしました。ひとつ基本的な質問ですが、次世代放射光では、どのような原理でコヒーレント光を出せるのでしょうか?

高田 加速器の中で電子のビームが回っています。電子はそれぞれ反発力を持っていますので、広がろうとするのを磁石で無理やり抑え込みます。ところが、電子が向きを変える時、光はまっすぐにしか進めないため、光はそのまま直進します。その光が放射光です。放射光を発する際に向きを変える電子の塊は広がろうとしますので、電子の軌道の曲率を小さくすることにより、その広がりを抑える考え方も、施設が大きくなってきた理由のひとつです。最近の技術革新で、沢山の電磁石を並べて、光源となる電子の塊を、どんどん小さくしぼることができるようになりました。その結果、光の波が揃いコヒーレントな光の割合が増えたのです。

 放射光施設は、研究のみならず教育にも大きな効果をもたらします。それは、先端科学の現場に触れるという効果です。実際にSPring-8にも、スーパーサイエンスハイスクールや修学旅行生をはじめから幼稚園まで、子どもからお年寄りまで、多くの方々が毎日のように施設見学に訪れます。そして、日本が科学技術立国であることを実感していただけるのです。ですので、次世代放射光は、観光や広告(広報)業界にとっても、大きなビジネスチャンスをもたらすことと思います。先端科学技術の普及啓蒙を、「わかりやすい」に終わらせないものに変えていくことも、次世代放射光施設の重要な役割であり、国民への重要な説明責任であると考えます。

伊藤 開発したツールの汎用化(プラグイン)についてお話がありましたが、プラグインの基本仕様はすでにできていますか?

高田 参画した企業と議論中です。出資企業のメリットは施設の建設運営プロセスにコミットできる点です。計測装置を備えたビームラインの整備構想もコウリションメンバーに参画した企業と学術有識者によりまとめられ、国との議論の基本資料となっています。このように、現在検討中の企業も含め、100社規模のコウリショングループを作り、研究基盤の建設運営にコミットする例は、海外でも存在しません。それは、産業界の「ある種の世論」となるかも知れません。ですから、責任をもって社会に問うていかなければなりません。

伊藤 高田先生が先程仰っていた、放射光施設が計測原器のように働くことによって、周囲にある計測装置の限界を担保しながら使えるお話は、トータルの計測のコストは下がりレベルは上がることにつながる素晴らしいお話だと思いました。目から鱗でした。

高田 うまく見方を変えてきちんとやれば、この施設はいくらでも使いようだと思います。

伊藤 ありがとうございます。原田先生から、水とアルコールの混合に関する事例をご紹介いただきました。実際のお酒には水とアルコール以外にもアミノ酸等が含まれていますが、そのような不純物が入っていても放射光で測れますか?

原田 水とアルコールだけを測ったのはエッセンスだけを見たかったためで、他のものが入っていても分離は簡単にできます。ただ、例えば非常に薄いものを測る場合には分解能や強度が問題になりますので、その辺りは新しい放射光の強みになると思います。

伊藤 そろそろ閉会の時間が近づいて参りましたので、最後に東北経済産業局地域経済部の蘆田部長からコメントをお願いします。

蘆田 次世代放射光では、今まで見えていた世界とは全く異なる世界が見えること、それによってできることは非常に幅広いことを、今回改めて感じました。もともと東北大学の周辺には世界トップクラスの装置が集積する中で、今回新たに次世代放射光施設が建設されることを、融合プラットフォームのような強みとして発信できればよいと思いました。また、私は仙台に赴任し、「学都」と掲げるように仙台では子どもたちが学べる場面がとても多いことがとてもよいと感じておりましたが、さらにこの地で育った人が素粒子について語れるくらいのことが起こっても不思議ではないくらい、ILCも含めて、科学教育を行っていく可能性も感じました。また、SPring-8ではIHIの下請けの町工場と装置を開発した話がありましたが、東北でIHIにあたる企業は誰でしょうか。やはり当地の企業にいろいろな形で早めに参加してもらいたいと思います。

高田 当地の企業も多くSPring-8に参加しています。講演でもご紹介したティー・ディー・シーさんも参画していますし、(超電導電磁石などに用いられる高安定高精度直流電源装置を開発している)工藤電機さんはSPring-8でとても有名です。IHIにあたる大企業があるか・ないかは別にしても、そもそも東北は本多光太郎が「産業は学問の道場なり」と唱えた日本の産学連携の基点となった地でもあります。その産学連携は次世代放射光施設の活用を広げるエンジンでもあるのです。このエンジンを地域の強みとしてどう活かすが地元企業にとって、イノベーションをこの地に起こしドライブしていくうえで大切だと思います。

伊藤 ありがとうございました。放射光は5年後の話ではなく、すでに始まっていることを踏まえながら、我々も企業の皆様をお手伝いしていきます。以上をもって、閉会とさせていただきます。どうもありがとうございました。


参加者インタビュー

◆ 美味しさの可視化に放射光は有効なツールと期待
/宮城大学 食産業学群 教授 石川 伸一 さん

 食産業学群に所属している関係で県内外の食品企業との付き合いが多いのですが、食品企業も放射光に興味を持っています。企業からの相談で特に多いのが「美味しさ」の解明です。美味しさの可視化は、味、香り、食感等々、いろいろな要素がある中でなかなか難しいのですが、原田先生からご紹介いただいた水とアルコールの相互作用の事例は、クリアな説明になると感じました。そのような基礎データを企業が持てれば、それを強みに商品をPRできたり、新しい商品を開発できたりと、放射光は非常に有効なツールになる可能性を感じました。


◆ 再生樹脂の品質向上に放射光を利用したい
/リコーテクノロジーズ 小数賀 靖夫 さん

 今日は少人数制勉強会ということで、先生方と具体的に詳しいお話ができると期待して参加しました。具体的には、再生樹脂の材料開発で、これまでは引っ張ったり火をつけたりして実験していたところを、構造を可視化しながら、品質をさらに向上させるプロセスに放射光を使えるのではないかと考えています。そのヒントとなったのが高田先生のご講演で紹介されていたエコタイヤ開発の話でした。具体的に何に使えるかの検討はまだこれからですが、そのような分野であれば我々の領域でも役に立つはずだと感じました。また、SPring-8をフィージビリティ・スタディで利用できるというお話がありましたので、早い段階でコンタクトを取り、SPring-8を使いながら、実際に東北放射光が運用開始する時にはすぐ実験を開始できるよう、我々のスキル自体も上げておきたいと考えています。

第4回EBISワークショップレポート「エッジ AI がビジネスを変える」

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第4回EBISワークショップレポート「エッジ AI がビジネスを変える」 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月07日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2018年度に東北各地で計4回実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 第2回産総研EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHPをご覧ください。


第4回 産総研EBISワークショップ レポート
「エッジAIがビジネスを変える」

「エッジAIがビジネスを変える」のようす=産総研東北センター仙台青葉サイト(仙台市)

 インターネット環境がなくとも、ロボットや自動車などの端末側(エッジ)に組込んで使えるAI(人工知能)をテーマにした、中堅・中小企業向けの少人数制勉強会「エッジAIがビジネスを変える」が3月18日、産業技術総合研究所(産総研)東北センター仙台青葉サイト(仙台市)で開催され、企業や支援機関担当者ら17名が参加した。企業に新たな事業の柱につながるような気づきの場を提供しようと、産総研東北センターが進める「TAIプロジェクト」の勉強会(EBISワークショップ)の一環で、宮城県内では第2回目の開催となる。

 勉強会では、はじめに産総研東北センター所長の松田宏雄さんから挨拶があった後、同センター所長代理の伊藤日出男さんからTAIプロジェクト及びEBISワークショップについての紹介があった。次に、組込み機器へのディープラーニング実装を手掛けるベンチャー企業のLeapMind株式会社(東京都)の大嶋尚一さんが「エッジAIのビジネス活用~組込みディープラーニングの現実と価値~」と題して講演を行った。続けて、同社の施瑞さんが「Web上で簡単学習&エッジデバイス(FPGA)でのディープラーニング推論デモンストレーション」と題して、同社製品を用いながらデモンストレーションを行った。


開会挨拶
国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長 松田 宏雄 さん

 本日はご参会いただきありがとうございます。私ども産総研は研究を通じて企業の皆様と協働し、新産業の発展を目指していく立場にございますが、自ら研究開発をするばかりでなく、一緒に次の展開を考えさせていただきたいということで、東北経済産業局のご指導をもとに、新たな試みとしてTAIプロジェクト・EBISワークショップを始めております。その心については、この後、伊藤の方から詳しくご紹介します。仙台・宮城では今回が第2回目の開催となります。第1回目は放射光、本日はAIがテーマです。話題はさまざまですので、ぜひご参会の皆様からも、どんな切り口でもよいですから、(勉強してみたい話題を)お話いただければありがたいと思います。


TAI プロジェクト EBIS ワークショップについて
国立研究開発法人産業技術総合研究所 東北センター 所長代理 伊藤 日出男 さん

 はじめに産総研の概要からお話させていただきます。産総研は、旧通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が2001年に統合・再編された研究所です。5年ごとに中長期計画を立てており、2015年度からの第4期中長期目標期間のスローガンは(技術を社会へ)「橋渡し」で、その実現のため研究組織も7つの領域に再編しました。人員約一万人の全国最大規模の研究所で、つくばセンターを中核に全国7ヶ所に展開する地方センターがそれぞれ重点化研究の推進に取り組みながら、各地域の企業との連携に取り組んでいます。ここ宮城県仙台市には東北センターがあり「化学ものづくり」を旗印に研究を進めています。なお、本日のテーマである「AIものづくり」は、柏センター(千葉県柏市)と臨海副都心センター(東京都)で研究を進めています。また、東北各県の公設試験研究所等の方にも「産総研イノベーションコーディネーター」を委託し、地域の企業との連携を深めています。

 産業・技術環境の急速な変革が進みつつある中、既存の支援メニューにつながる一歩手前の、企業の皆様の曖昧模糊としたニーズを明確化する領域をつくりたいと考え、東北センターでは2018年夏から新たにTAIプロジェクトを立ち上げました。各企業に対する新たな市場の気づきと明確化から新規事業の挑戦を掘り起こし、最終的には新たなニーズとシーズを備えイノベーションによる新産業構造を担えるような企業に発展いただくため、産総研がハブとなって地域の支援機関の皆様と支援を進めるものです。

 その気づきを得ていただくための勉強会を、「Expanding Business Innovations for executiveS ワークショップ」、略称「EBISワークショップ」と名付けて開催しています。鯛(TAI)を釣る恵比寿(EBIS)様のように企業の皆様に恵比寿顔になっていただきたい。そのための勉強のみならず、実際に手を動かしながら議論を深めていただこうというものです。これまで青森県、岩手県、宮城県において、さまざまなテーマでEBISワークショップを開催しており、宮城県では今回、AIをテーマに、東京の企業から講師の先生をお招きして開催します。これからも産総研は「敷居は低く、間口は広く、奥行きは深く、志は高く」という気持ちで企業の皆様をお手伝いさせていただきます。


講演「エッジAIのビジネス活用~組込みディープラーニングの現実と価値~」
LeapMind株式会社 大嶋 尚一 さん

1.はじめに

 当社は、「あらゆるモノに、ディープラーニングの恩恵を」をコンセプトに、ディープラーニングをあらゆるモノに適用する「DoT(Deep Learning of Things)」の実現を目指し、2012年に創業したベンチャー企業です。そもそもAIとは何でしょうか?夢の技術でしょうか?それとも怖い技術でしょうか?儲かるのでしょうか?本日は"今のAI"をAIの一部であるディープラーニングを開発している企業の目線から紐解くことで、皆様がAIに触れる際の糧にしていただければと思います。


2.人工知能(artificial intelligence,AI)

 人工知能、artificial intelligence(AI)という言葉自体は1950年代、ジョン・マッカーシー博士によって命名されましたが、概念的にはギリシャ神話の時代から登場しています。Wikipediaによれば、人工知能とは「『計算(computation)』という概念と『コンピュータ(computer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学(computer science)の一分野を指す語」とありますが、AIの定義は明確には定まっていないものと考えられます。その結果、「AIを使っています」と言っても誰にもわからない状況で、AIを開発する側にとっては悲劇的な側面もあります。例えば、概念検証(Proof of Concept:PoC)止まりで終わる「PoC祭り」、また、怪しいAI企業やAI技術の誇大広告も多いのが現状です。AIを開発する側だけでなくAIを発注する側も、AIに関する知見に加えて想いが必要だと感じています。


3.機械学習とディープラーニング

 AIには代表的な手法がふたつあります。ひとつはマシーンラーニング(機械学習)、もうひとつがディープラーニング(深層学習)です。AIの中に機械学習があり、機械学習の一種類として深層学習があるという包括関係がもともとの言葉の定義でしたが、最近は、機械学習に深層学習を含まない意味で使われる場合も増えています。

 まず、機械学習とは、人間が持つ学習の仕組みを機械で実現する技術・手法のことです。膨大なデータの中から有用な規則、ルール、知識表現、判断基準などを抽出し、アルゴリズムを発展させていくことがその特徴です。実際にはデータとの戦いで、どのようなデータをどれくらい集めてどのように分析するかが、機械学習の難しさです。例えば、製造工程で「昼間につくるビールの品質が安定しない。もしかすると気温や装置の安定性が原因かもしれない」という印象を受けたとします。機械学習を始めるには、まず対象データを集めなければいけません。気温関連では、温度にまつわる原料温度、空気温度、装置内温度、輸送温度、温度の分布ムラといったデータをすべて集める必要があります。また、温度に関係する湿度や膨張縮小、酵母といったデータもすべて集める必要があります。そして装置関連では、装置の性能に関わる、粉砕速度、かき混ぜ速度、輸送時間、工場の電圧変化、作業者といったすべてのデータを集める必要があります。さらにそれらを関連付けるため、品質を定義してモニタニングする必要があります。膨大なデータを数か月間かけて収集し、分析すると、もしかすれば有益な結果が出るかもしれないし、出ないかもしれない。有益な分析結果が出れば、大きなインパクトになる可能性があります。大変な作業ではありますが、例えば、検索エンジン、予測変換、スパムメール検出、パターン認識、故障予測など、いろいろな場面で機械学習は活用されてはいます。つまり機械学習とは、膨大なデータを収集して有益な結果を導き出すことだと考えてください。

 もう一方のディープラーニングまたは深層学習とは、多層のニューラルネットワーク(Deep Neural Network)による機械学習手法を指します。ニューラルネットワークとは、人間の脳内にある神経細胞のつながりを模倣した数理モデルのことで、学習によって人工ニューロン(ノード)がシナプスの結合強度(重み)を変化させることで、どんどんモデルが賢くなるものです。ディープラーニングの"ディープ"はニューラルネットの層が"深い"という意味で、一般には4層以上がディープラーニングと呼ばれる境目です。先程の機械学習はどちらかと言えば、人間が規則性を見ていく作業を行いますが、ディープラーニングは機械が勝手に特徴を抽出します。そして、得られた特徴は何かに活用することができます。例えば、画像の自動認識や自動生成、自然言語処理、作業支援、知的作業などに使えます。ここまでが、ディープラーニングでできることです。


4.ディープラーニングの現実

 ここからは、ディープラーニングの現実についてお話します。弊社が人の顔検出モデルをつくった事例でご説明します。ディープラーニングの利点は、全人類のあらゆる顔を学習する必要がないことで、"ある一定以上の顔の画像"を学習すれば、"顔の特徴を捉える"学習モデルができます。"ある一定以上の顔の画像"と敢えて強調しましたが、簡単なモデルでも、学習に使った画像数は約30,000枚でした。さらに"顔の特徴を捉える"には、教師として人の顔を教え込むアノテーションという作業が必要で、写真に対して人の顔を四角で括る膨大な作業が非常に大変です。実際には我々は楽をして、フリーで公開されているオープンデータセットを使用しましたが、使いたいデータが世の中に無ければ、当然ながら自力で集めて加工する必要があります。それも質の良い膨大な量のデータが必要です。例えば、「走行中の居眠り兆候を人の顔を見て検出したい」とした時、そのようなデータがたくさん集まるでしょうか?結局、ディープラーニングの辛さはデータを集める点にあります。先程、人の顔を例にあげましたが、仮に日本に住んでいる男性の顔だけを学習したとします。ヨーロッパの女性の顔を認識できるかは、わかりません。例えば、鳥を検出するモデルの中に飛行機が入ってきました。どうなるか、わかりません。必要なら、飛行機が鳥ではないことを学習させる必要があります。また、昼か夜か、鳥が止まっているのが木か電線かなど、環境の変動もすべて考慮しなければ精度が出ない可能性があります。

 さらに厄介なことに、ディープラーニングは自動的に特徴を抽出できるが故、中でどのような処理が行われているかがわかりません。数十、数百というオーダーで層が増えるにつれ、それにまつわるパラメータも数万オーダーにのぼるため、その調整は職人芸的なチューニングとなります。結果として「周りの環境で変わります。そして、なぜかは説明できませんが、だいたい80%の確率で、XXを検出できる可能性のある学習モデルができました」というのがディープラーニングの現実です。そのようなものを、例えば自動運転や不良品検査、医療診断などに使いたいと思いますか?では、どうすればよいかと言えば、例えば、もっと"学習"をがんばってよいモデルをつくり、想定する環境をすべて入れ込み、学習画像枚数も増やせば、可能かもしれません。あるいは、運用や他技術でカバーしたり、条件のゆるやかな分野を見つけたりすることも、可能性があるかもしれません。

 ディープラーニングの一番難しい点は、現状のディープラーニングの技術でできることに対して、そもそも何をしたいのかを突き合わせていった時、どこかで断絶が起こる可能性が高いことです。我々開発者もこのディープラーニングの現状を正しく伝える必要があると考えていますし、使う側も現状を正しく理解した上で、そもそもやりたいことがディープラーニングで実現できるのか、現実解を考えていく必要があると考えています。そうでなければディープラーニングを活用したビジネスは難しいでしょう。


5.組込みディープラーニング開発現場

 当社では主に「組込みディープラーニング」に関するサービスを提供しています。組込みディープラーニングの対義語にあたるのは「クラウド型ディープラーニング」で、その違いはディープラーニングの"脳"にあたるものが、クラウド側にあるか、端末側(エッジ)の組込み機器(デバイス)にあるかです。例えば、端末側のカメラでデータを集め、クラウドでディープラーニングの処理を行い、その解析結果を何らかの形で活用するのはクラウド型ディープラーニングです。それに対して組込みディープラーニングは、クラウド側で処理は行わず、端末側の組込み機械ですべて(推論の)処理を行います。なお、組込みディープラーニングもネットワークを全く使わないわけではなく、端末側で行ったディープラーニングの処理結果をクラウドにあげることはあります。

 クラウド型ディープラーニングの場合、通信の遅延があるため、警報などリアルタイム性が必要な場合、端末側で遅延なく処理を行う必要性が出てきます。そのため組込みディープラーニングは、低遅延で処理して結果が欲しい方をはじめ、インターネット接続環境がない方、セキュリティの都合上クラウドが使えない方、エッジのコスト、特に通信量を下げたい方におすすめです。

 とはいえ、端末側の組込み機器とクラウドには大きな(性能の)違いがあります。エッジデバイスは安価で省電力でパフォーマンスは最低であるのに対して、クラウドは大量のサーバが並ぶ形でパフォーマンスが非常に高いです。そのため、クラウドで行えるディープラーニングの処理をエッジデバイスで行うには、高い技術力が必要となります。ここに当社オリジナル技術が導入されておりまして、クラウドで行うような重い処理を、"脳"にあたる部分を非常に小さくする技術や処理を軽くすることによって可能にする技術に強みがあります。特に、中の処理を32bitや16bitの世界から最低1bitまで小さくできる量子化が当社の強みです。

 その結果、組込みディープラーニングはさまざまな場面で利用されるようになっています。ホットな話題が自動運転で、電力やスペースが限られ、インターネットの常時接続が保証できない自動車に組込むことで、物体やシーン認識、天候解析を行い、ワイパー、ライト等の制御を支援します。ほかにも、監視カメラに組込んでリアルタイムに警報を出したり、カメラで撮影した人物の年齢や性別などの検出結果を、行動予測やマーケティングデータとして通信量を抑えながら活用することができます。また、製造装置の画像データから異常を検知するシステムを構築することで、従来は人間の目視で行っていた作業を自動化し、業務効率を向上させるような領域でも、組込みディープラーニングが重要になっていきます。

 ただし、開発に対する難易度は非常に高く、組込みディープラーニングモデル開発の一般的なステップである、企画、リサーチ、データ作成、モデル設計、モデル学習、モデル圧縮、C言語への変換、ハードウェア向けのコンパイル、ハードウェア実装まで、ひとつのモデルを作成するだけでもトータルで4か月以上かかるケースがほとんどです。非常に大変ですが、ここまでやる気概がありますか?一方、組込みディープラーニングの市場は、現状見えているだけでも3,600億円超のTotal Addressable Market(実現可能な最大の市場規模)が存在しており、宇宙などを含めるとそれ以上の市場が存在しています。市場としては期待が高い領域ですので、覚悟を持って参入するかはお客様次第です。

 ちなみに、当社もいくつかのソリューションを提供しています。例えば、ディープラーニングの有効性・実現可能性の検証をエンジニアが代行するサービスや、ディープラーニング活用を適切にスタートするためのコンサルティングサービス、アノテーション作業の一元化・均一化・効率化を実現するプロダクト、組込みディープラーニングのモデルを簡単に構築できるサービス、評価用ハードウェアキット、運用パッケージなどのサービスです。これらは、本気の一点物を開発する前に少し触れてみませんか、という意味合いです。

 AI開発へ向けた企画段階において、そもそもやりたいことは明確か?その実現にはAIが必要な技術か?リターンは明確か?等の課題設定を行い、会社の理解があるか?体制が整っているか?といった部分をよく考えた上で開発を進めなければ、AIの活用は難しいと思います。非常に大変ではありますが、よく考えた上で、もし進もうという意思があるならば、ぜひいろいろな方にご相談いただければと思います。


6.未来の話

 現在、AIには3回目のブームが到来しているそうです。1回目は1956年から1974年の推論と探索の時代、2回目は1980年から1987年の知識工学の時代、3回目が現在で、ディープラーニングの時代と言われています。現在はAIに携わる立場から見ると、日進月歩で、開かれたよい競争環境だと思います。ロジックもプラットフォームもオープンアクセスで、最新の情報が公開され、誰かがすぐに解説してくれるので、すぐに使うことができます。海外の大企業もAIへの投資を積極的に進めており、プラットフォームも拡大しています。

 そして未来には、優れた知性が創造され、その知能によってさらに優れた知性が創造され、人間の創造力が及ばない程に優秀な知性が誕生するのでしょうか。そのようなシンギュラリティが本当に来るかどうかは難しい問題ですが、ここではキーワードとして、「強いAI」と「弱いAI」に目を向けていきます。強いAIとは、人間のような精神や自我、意識を持つ汎用化のAIです。対して弱いAIとは、特定の問題に特化したAIのことです。現在は弱いAIを試験的に導入し、人間がAIを管理しようとしている段階であって、人間を超えるAI以前に、人間の模倣を人間がプログラムできない状況です。その次段階として、人間とAIが協同する社会があるのでしょう。それでは人間に価値がなくなるかと言うと、人間は無駄ではなく価値を生み出すものになり、AIは価値を生み出すというよりも人間を効率化する領域に入っていくのではないでしょうか、というのが少し先の未来のイメージです。まだAIは不確定な部分が多く、開発が大変な領域ではありますが、価値あるものだと思いますので、人間とAIの共存が、これからの道のひとつになるでしょう。


デモンストレーション「Web上で簡単学習&エッジデバイス(FPGA)でのディープラーニング推論デモンストレーション」
LeapMind 株式会社 施 瑞 さん

 エッジデバイス上でのディープラーニング推論と、Web上でモデル学習を行うところを私からご紹介差し上げます。組込みディープラーニングとはどのようなもので、本当に性能が出るのか、本日のデモンストレーションでご体感いただければと思います。


ディープラーニングモデルの圧縮とエッジ処理の技術

 ディープラーニングを行うならGPU(Graphics Processing Unit)と言われてきましたが、最近はCPUやFPGA(Field-Programmable Gate Array)、ASIC(Application specific integrated circuit)など、より小さなもので行うことも増えています。組込みディープラーニングは、電力やスペースなどに制約がある場所で行うため、小さなもので行う必要があります。

 本日お持ちしたのは、プロトタイプにはなりますが、市販の評価ボードの中に、FPGAが乗ったものです。市販のボードから不要なインターフェースを取り除き、500円玉2枚程度のサイズまで小さくしました。これによりスペースが限られている場所でも、コインサイズでエッジ処理を行うことが可能です。

 弊社の強みであるソフトウェアのモデル圧縮技術(精度を維持しながらモデルを圧縮することで実行速度を大幅に高速化することが可能)と、ハードウェアの回路設計技術(FPGA上にディープラーニングに適した専用回路を構築しエッジ上で動かすことにより高速かつリアルタイムでレスポンスを取得することが可能)によって、ローエンドFPGAでも高速かつ効率的なディープラーニングの推論処理を行うことができます。


組込み向けディープラーニングを実ビジネスのどこで活用するか?

 組込みディープラーニングを実ビジネスのどこで活用するかというと、ポイントは4つあります。1点目は、限られた電力リソースやスペースで使用できること。2点目はデータを外部に出さないためセキュアであること。3点目はレスポンスが速いためリアルタイム処理ができること。4点目はインターネットに常時接続できない環境でも使用できることです。組込みディープラーニング活用のケーススタディとしては、自動運転、車内カメラ、装置故障・異常検知、監視システム人物検知、さび・ひび割れ検知、ドローンによる建物点検、食品異物混入検知などがあります。


どんな手法があるのか?~外観検査・異常検知の手法~

 ここからは具体的に、ものづくりの現場における外観検査や異常検知に、どのような手法があるかをご説明差し上げます。例えば、腐ったみかんを判別したい場合、一般的なディープラーニングでの異常検知、外観検査の手法として「教師あり学習」があります。良品・不良品の学習データを集め、それに人間が良品・不良品のラベルを付けてAIに学習させます(アノテーション)。主に「分類」と「物体検出」と「セグメンテーション」の3つの方法があります。ほかにも、教師なし学習での検出方法や、従来の機械学習や画像処理でも異常検知の効率化を図ることが可能です。


どんなデータを集める必要があるのか?~外観検査・異常検知の手法~

 どのようなデータを集める必要があるかと言うと、分類なら良品・不良品両方のラベル付きデータ、物体検出ならバウンディングボックスで囲んだ対象物のデータ、セグメンテーションならピクセル単位で色塗りされた領域ラベル付きデータ、教師なし学習は正常データのみでも大丈夫です。必要なデータ枚数の目安は、概念検証(PoC)で約500枚から、実運用開発で数千から数万枚の単位となります。

 質のよい学習データを集める秘訣は、まず、同じ被写体を撮りまくらないようにしましょう。次に、なるべく推論環境に合わせ、写真撮影のカメラや被写体を本番と同じにしましょう。そして、余計な情報は入れないにしましょう。画像認識では、ワンフレーム内にあるすべてのものを見てどこに特徴があるかを検出しようとするので、関係がないもので良い・悪いの判断を行う場合もあります。ですから背景をすっきりさせる必要があります。また、FPGAなど非力なデバイスで高速推論させたい場合、入力サイズのリサイズを考慮する必要があるため、被写体は小さく撮らないようにしましょう。

 そもそも、ディープラーニングはどこを特徴量と捉えているかについてですが、人間が具体的に教える必要がない分、ディープニューラルネットワークはさまざまな要素を加味して特徴量を見極めています。ただし、ネットワークが特徴と捉えているものと人間が見ているものには差異があり、ネットワークが人とは異なるところに目を向けている可能性があります。そのため精度が出ない場合は、人間が捉えたい特徴にネットワークの目を向かせるよう如何に学習させるか(データオーグメンテーション)が重要になります。

 このように、学習データは単に集めるだけでなく、良質なデータだけを学習させ、アノテーションも綺麗に間違いなく行い、データ拡張をすることが重要です。モデルはつくるだけでなく、トライアンドエラーをすることによって、ディープラーニングのノウハウを蓄えながら、良質なディープニューラルネットワークを構築することができます。


組込み向けディープラーニングの適用ステップ~実運用を見据えた検証の進め方~

 続いて、組込み向けディープラーニングの実運用を見据えた検証の進め方についてです。ディープラーニングや機械学習導入に向けた弊社お勧めの3つのフェーズを、弊社プロダクトと併せてご紹介します。まずフェーズ1の技術検証で、小さなエッジデバイスでどれくらいのことができるかを検証しましょう。フェーズ1の技術検証用に本日お持ちしたのが、弊社プロダクトの「DeLTA-Kit」という、ディープラーニングを簡単に評価できるハードウェアキットです。弊社でご用意している学習済みのサンプルモデルがありますので、簡単に検証することができます。実際にこのようなアプリケーションを試してみて、うまくいきそうだと判断した場合には、フェーズ2へ進み、現場データを用いて概念検証(PoC)を行いましょう。概念検証用の弊社プロダクト「DeLTA-Lite」は、Web上で簡単に学習できるプラットフォームで、一般的に実装まで4か月以上かかる工程を約1日に短縮できるサービスです。学習(モデル構築)はクラウド側で行い、できたモデルをエッジ(FPGA)に書き込み推論処理を行うという形です。PoCがうまくいけばフェーズ3の本開発へと進みます。

 本日は、はんだ付けのモデルを例にして、DeLTA-Liteの学習プラットフォームのデモンストレーションを行います。まず実行タスクを分類と物体検出の中から選択し、ご自身で正解ラベルをつけた学習データを準備いただいてアップロードいただき、トレーニングを開始します。より認識して欲しい特徴に向かわせるための、データオーグメンテーションなどのオプションも用意しています。学習データは訓練データと検証データに分け、訓練データで学習、重み調整を行い、検証データで正しく学習できているかどうかをチェックしながら学習を進めていきます。基本的に1日弱で学習は完了し、その結果がスカラで出てきます。そしてFPGA用バイナリーデータとしてダウンロードし、SDカードに書き込んでそれをFPGAに乗せれば、推論処理を簡単に検証することが可能です。


組込み向けディープラーニング 実ビジネス適用のための成功プロセス

 最後にまとめです。これからはエッジ処理の活用が重要になってくると思います。例えば、外観検査でもディープラーニングを行う時にネットワーク環境やセキュリティなどでエッジ処理が必要になると思います。どのような手法を使いどのようなデータを集めるか、まず要件定義からお考えいただく際、我々のようなベンダーにご依頼いただきますと、一緒にディスカッションができると思います。そして、実ビジネス運用に向けた検証に、技術検証、PoC、実運用の3ステップをご紹介しました。

 以上でデモンストレーションを終わります。ご清聴ありがとうございました。


【質疑応答】

Q. (ディープラーニングの)インプットとアウトプットの間のモデルを手動でつくるのが非常に大変というお話でしたが、そこは自動でやってくれるものだと思っていました。その辺りの自動化はどこまで進んでいるのか、現状を教えていただけますか?

A. 学習環境を備えているプラットフォームであれば、ある程度までは自動で行えます。弊社も自動化した学習環境をオープンソース化しています。ただし、さらに性能を上げたい、モデルを小さくしたい等となりますと、職人芸的な処理が必要になってきます。ですから、あるプラットフォームの中で自動的に作られたモデルで満足できるのであれば、自動でもできる、というのが現状です。

Q. お話を聴いてAIを活用したビジネスは難しい印象を受けたのですが、そんな中でなぜ御社はAI分野に挑戦したのですか?

A. ディープラーニングブーム到来の6~7年前、弊社の創業者がビジネスチャンスと考え設立したのがきっかけです。難しい中にも非常にチャンスのある領域だと考えており、成功すれば、単なる一プロダクトではなく、ひとつのプラットフォームが広がる感触はあります。

Q. ご講演は、エッジに落とした後に学習を続ける前提でのお話ですか?それとも学習を続けずに、できあがった戻りで単に演算するだけなら、それほどコンピューティングパワーはなくてもいけると思ったのですが?

A. 学習環境とエッジの環境をひとつにまとめてしまうか、それとも別の領域でやるかは、システムをつくる上で非常に重要になります。エッジのハードウェアはパフォーマンスが低いため、さすがにそれで学習はないだろうと思いますが、何らかのところで学習を続け、その結果を持ってきたモデルのみを更新するようなことはあると考えています。シーンに応じて、学習を繰り返していくかどうかを考えることも重要になると思います。

Q. 御社の強みだとお話されていた量子化技術について教えてください。また、その技術は権利化されていますか?

A. まず権利化についてですが、弊社独自の量子化技術は特許として保有しています。次に、弊社独自の量子化技術についてですが、ディープラーニングの計算をする上で、入ってくるデータの信号を、普通は単精度浮動小数点の演算をかけていって精度を保ったまま処理を行うのですが、それを1bit、2bitの信号に直して処理を続けていくというものです。その何がメリットかと言いますと、単純なデータ量の削減だけでなく、中で行われる処理の演算の方式自体が変わるということです。畳み込みという処理がニューラルネットワークの中では行われており、これは数字の掛け算の嵐ですが、その中の処理を1bit、2bitにすると、掛け算を掛け算として処理しなくても済むようになります。その結果、中の処理が非常に軽くなり、エッジのようなパフォーマンスの低いデバイスでもスピードを下げずに処理ができるようになります。一方、1bitに直しますと情報量が下がるために、精度も格段に下がります。その精度をなるべく落とさずに1bit、2bitにするのが弊社オリジナルの技術です。

Q. AIは人間の脳を模倣していくもの、という昔からの概念で言えば、エッジAIは人間で模倣すれば反射神経のようなものという分類でよいでしょうか?

A. 弊社のAIが脊髄か脳かと言えば、なかなか分類は難しいです。例えば、人の顔から性別や年齢を検知することはエッジAIでもできますが、そこまでいくと脊髄より脳に近いと思います。一方、「これは危ない処理だ、すぐ止めよう」となれば脊髄に近いと思います。

Q. 鉄腕アトムの時代から「ロボット憲章」が言われています。AIも脳のロボット化なら、ロボット憲章の中に入るのでしょうか?そのような議論はされているのでしょうか?

A. 先程「強いAI」と「弱いAI」があるとお話しましたが、弱いAIの方は、どちらかと言うとロボット憲章云々より、ファンクション的な意味合いが強いと思います。対して、人を目指すような強いAIに関しては、ロボット憲章の議論はかなり行われている分野です。


参加者インタビュー

◆量産ラインへのエッジAI導入に興味
/株式会社トーキン 菊池 忠秀 さん

 当社では現在、外観検査自動化を目的として、ディープラーニングの運用を検討中です。最終的には量産ラインへの導入を目指し、昨年から概念検証(PoC)を行い、今期から実際の量産ラインから学習データを取得し、ディープラーニングのロバスト性向上のための評価を進めるところです。今回のワークショップでは、エッジAIが量産ラインにどのような形で導入できるかや、ロバスト性向上のノウハウ等について聞きたいと思い、参加しました。実際に参加して、ノイズと偏りが少ない学習データを如何に収集できるかが、ロバスト性の向上にもつながると思いました。また、ディープラーニングをGPUではなくFPGAで動かすデモンストレーションを初めて見ることができたので、複雑な処理が不要なアプリケーションなどにFPGAを活用できそうだと感じました。今回の知見を参考にして今後の検討に活かしていきたいと思います。


◆計測結果とお客さまのニーズを結びつけるAI活用を検討
/株式会社フォトニックラティス 取締役副社長 井上 喜彦 さん

 当社の計測装置の活用可能性として、ディープラーニングを用いた画像認識に興味があり参加しました。計測装置が出す数値情報と、お客様のニーズである製品の品質向上にどのような相関があるかは、実はブラックボックスな場合が少なくないのです。そのため計測装置の出す数値とお客様の意義を結びつけることが機械的に実現できるのか、その可能性を聞きたいと考えていました。ある程度の予備知識は持って参加しましたが、ワークショップ後に講師の方と直接具体的な話ができ、技術面で十分可能性はあるとの確信を得ることができました。今後の可能性について社内で検討を進めていきたいと考えています。


◆AI等の新技術活用で自社製品のブラッシュアップを図りたい
/バイスリープロジェクツ株式会社

 当社では現在、AI等の新しい技術を活用して当社製品のブラッシュアップを図ろうという社内プロジェクトを進めています。その情報収集の一環で、特に組込みのデバイスでは、どれくらいの速度でAIの処理ができるかに興味があって参加しました。ワークショップでは、組込み向けに独自アルゴリズムを搭載しているソフトウェアとハードウェアの組み合わせで実際にどのようなものがつくれるのかのデモンストレーションを行っていただき、非常に参考になりました。また、実際に開発で苦労されている先駆者から率直な意見等も聞くことができ、「大変な中でも、やる覚悟があるか?」というビジネスのリスク面を聞けたこともよかったです。このような会がまた開催されますことを期待しています。

国際政治学が専門の地引泰人さん(東北大学大学院 理学研究科 准教授)に聞く/次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して

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国際政治学が専門の地引泰人さん(東北大学大学院 理学研究科 准教授)に聞く/次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月02日公開

火山噴火の社会的影響にも考えを及ぼす火山研究者に

地引 泰人 JIBIKI Yasuhito
(東北大学大学院 理学研究科 准教授 次世代火山研究者育成プログラム担当)

1980年東京都生まれ、2004年慶應義塾大学卒、2006年東京大学大学院 学際情報学府 修士課程修了。2008年日本学術振興会特別研究員(DC2)、2010年東京大学大学院 学際情報学府 博士課程単位取得退学。2010年東京大学情報学環附属総合防災情報研究センター特任助教、2013年東北大学災害科学国際研究所助教を経て、2018年より現職。

 2014年に発生した御嶽山噴火等を踏まえ、社会が期待する火山防災への貢献を目指し、日本の火山研究コミュニティが総力を挙げて次世代の火山研究者を育成する文部科学省の事業「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」が2016度からスタートした。本事業の次世代火山研究者育成プログラム担当として2018年12月に就任した、国際緊急人道支援/国際関係論/国際防災の政治学が専門の地引泰人さん(東北大学准教授)に、研究に対するモチベーションやこれまでの経歴、本事業に対する想いなどを聞いた。

1.研究のモチベーション

―はじめに、研究に対するモチベーションやこれまでの経歴について教えてください。


◆ 組織の意思決定に強い関心

 大学では法学部で政治学科に所属していました。もともと組織の意思決定、特に心理的ではなく政治的な意味で、人や組織が互いに与える影響に強い関心があります。私が中学生の頃に阪神淡路大震災、大学生の頃(1990年代後半)に北朝鮮による不審船事件やミサイル発射実験、1999年に東海村JCO臨界事故などが発生し、「日本の危機管理体制の構築や見直し」が当時の世の中で大切なキーワードになっていると自分なりに考えていました。


◆ 修士課程で水害時の意思決定を研究

 将来は、民間企業に就職するより、大学教員のような形で、自分で課題を設定する仕事がしたいと思い、大学院に進学しました。当初、国際比較の研究をしたいと考えていましたが、大学院に進学してから研究の大変さに気付き、修士論文では水害時のある地方自治体の意思決定をテーマに研究しました。

 私が大学院に進学した2004年は中越地震も発生しましたが、集中豪雨と台風による洪水が発生した年でした。水害時の意思決定は、地震発生時のそれとは異なり、火山噴火の場合と似ています。突発的な場合ももちろんありますが、基本的に火山は、噴火に向かって活動が徐々に活発化し、噴火して徐々に収束していく時系列があります。水害も同様に、特に台風の場合、台風が近づくほど進路予測情報の精度が向上し、それを基に自治体などが避難情報を流す時系列があります。その時系列の中でどのような意思決定が行われ、その中でどの情報が意味を持っていたかをテーマに、修士論文では事例研究を行いました。


◆ 博士課程で火山との出会い

 博士課程では、やはり国外の事例についても研究したいと思い、開発途上国における自然災害、もしくは紛争等で人道的な危機に直面する国への国際緊急人道支援が重要なテーマと考えました。そこで調べてみると、多種多様な団体が支援に入るために、統制の取れた支援活動が実現できていない問題がある一方で、情報共有や資金融通等の調整ルールづくりが国連主導で進められていることがわかりました。そのルールが唯一の解とは限らないのに、さまざまな思惑が錯綜する中で利害が一致する場合のメカニズムを博士論文の研究テーマにしました。

 ところが、お金もコネクションもない中、どうすれば国外で研究できるか悩んでいた時、インドネシアの火山で日本とインドネシアの研究者が共同研究を行う国際プロジェクトにたまたま参加することができました。それは私の人生にとって大切なプロジェクトでした。私は、噴火時における警報の伝達、特に住民が警報にどのように切迫感を感じ避難行動まで結びついたかを研究するグループに参加させてもらうことができました。


◆ 災害情報と各組織との相互作用に焦点

 研究を進めるうちに、災害時の情報が出されるものの、その情報を基にさまざまな機関が一糸乱れず速やかな災害対応を行うのは、インドネシアに限らず日本でもなかなか難しいことがわかってきました。そこで現在は、警報の発信者側が考えていることと、警報が伝達された受け手側がその情報を基にどのような行動をするのか、災害情報と各組織との相互作用に焦点を当てて、最終的には提言に結びつく研究を行いたいと考えています。

―現在は「災害情報と各組織との相互作用」という研究テーマに辿り着いたのも、もともとのモチベーションは、人から人へ情報がどのように伝わり、その人や組織の行動にどのような影響を与えるかに強い関心があるわけですね。


◆ 人は言われたとおりに動くとは限らない

 そうですね。例えば、上司が部下に指示した時、部下が指示通りに動く時もあれば、動かない時もあることは、些細なことから重大なことまで、一般的にもよく起こり得ることです。「人は言われた通りに動くとは限らない」ということは、何となく根底にあるのでしょうね。さらに直接的に言えば、「人の集まりとしての組織や社会の動きを、ある方向に向かせたいと思えば、本当に向かせることはできるのだろうか?」というのが、本当の起点です。

―「人は言われた通りに動くとは限らない」「組織や社会を思う方向に動かすことはできるのだろうか」に強い関心があるのは、今振り返れば、どこに原点があると思いますか?

 お恥ずかしい話ですが、高校生の頃、学園祭や体育祭の実行委員等を務める中で、不思議に思っていたことがありました。はじめのうちは皆「楽しいことやりたい」と思って集まり、いろいろ意見を出して喧々諤々していたのに、だんだん意見の統一が難しくなり、限られた日数を目前に、最後は少数派が「100%賛成じゃないけど、そうする?」と物事が動いたり、自分自身もその方向へ押してみたり。それが最善策だったとは思いませんが、「人を動かすことは難しいし、楽しい」と正直思いましたね。それが本当のモチベーションだと思います。研究のみならず、このプロジェクトについても、さまざまな立場の人や組織が関係する中、どのようなコンセンサスを図っていくかは大切なことだと思いますし、その点に私はやり甲斐を感じます。


2.次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して

―2018年12月に本プログラム担当准教授として着任されてから、約3か月が経ちました。本プロジェクトにはどのような心持ちで携わっていますか?


◆ 社会科学を火山学主要3分野のスパイスに

 本プロジェクトの目的は火山を研究する次世代研究者の育成ですから、まず大前提として、火山学主要3分野と呼ばれる、地球物理学、地質・岩石学、地球化学の強化が一番です。一方で、御嶽山噴火を踏まえた社会的要請として、理学的探究心だけでは研究に対する社会的な理解を得ることが難しくなっています。

 料理に喩えれば、メインディッシュはあくまで火山学主要3分野で、私の専門分野である社会科学はスパイスのような位置付けと考えています。火山を研究する学生たちが、同じ火山を見るのでも、理学的な視点のみならず、どのような社会科学的視点があるかに、若いうちに触れておくことは、きっと将来の役に立つのではないでしょうか。

 そもそも研究のモチベーションは大切で、それなしに人は走れませんから、「マグマが綺麗なのはなぜだろう」と言う学生を「不謹慎だ」と叱っても意味はなく、理学的な探究心を大いに突き詰めて欲しいのです。ただ、視野が狭まり過ぎることは問題ですので、火山噴火が付近の市民生活や観光等に影響を与えることにも考えが及ぶ研究者になって欲しいと考えています。

―特に地引さんならではの視点で伝えたいことは何ですか?

 私が先生という立場で講義する時も私の価値観というフィルターを通しますので、結局は冒頭にお話した私のモチベーションを強調することになると思います。例えば、一口に「住民の避難行動」と言っても、家族で避難するのか、会社や畑など外で働いている最中に避難するのか、別の島に船で避難するのか等々で、その様相は全く異なります。また「噴火の推移を見定めることが難しい」と理学の研究者は考えており、実際その通りですが、それをじりじり見ながら復旧や復興を考えなければならないプロセスがあることなどについてです。

 また、地方自治体等で実施する火山の避難訓練等の業務に学生がインターンシップ生として参加する際のサポートもできればと考えています。自治体側がなぜその訓練シナリオにまとめたのか、その意図や歴史、今後の展開等について、私からも補足説明ができれば、限られた時間の中で学生たちがより理解を深められるのではないかと感じています。

 正解はないとは思いますが、少なくとも約10年後、今の学生たちが研究者になった時に「自分の専門分野だけを研究していればよい」と考えるのではなく、火山噴火の社会的影響についても考えを及ぼしてくれていれば、150点満点だと私は思っています。

― 今後に向けた意気込みをお願いします


◆ 専門的な相談ができる関係性をつくりたい

 私は前職で、火山噴火や地震のリスクがあると予測されるインドネシアで、災害事前対策を行っていました。ところが、実際に火山噴火等が発生すると、インターネットなどで情報をリアルタイムに取得できる時代になったとはいえ、火山のことがよくわからない人がいくら集まっても結局は何もできず、そんな時に相談できる専門家が身近にいることの大切さを痛感しました。本プロジェクトで、防災の重要性を感じてくれる学生が輩出され、彼らが30代になった時、そんな相談を彼らにできるとよいですね。また、本プロジェクトの範疇を超えるかもしれませんが、文系の学生たちにとっても、将来、理学の火山研究者と学際的な研究ができるよう、文理を超えた若い世代同士の交流ができる場があればよいと思っています。


3.メッセージ

― 中高生も含めた次世代へメッセージをお願いします


◆ 高校までの基礎学力は大学生活の土台

 受験勉強は大事です。何のためにやっているのか、私も当時はよくわかりませんでしたが、国語・数学・英語・理科・社会すべてが非常に重要です。自分の好きな科目を伸ばすことはよいことですが、ひとつだけが飛び抜けてよくても、他がゼロにはなって欲しくないです。なぜならば、総合的な基礎力がなければ、偏った大学生活を送ることになりますし、異分野の人の話を理解することもできません。ある一定水準以上の基礎学力が担保されなければ、本プロジェクトも全国の大学と共同で大学院生を育成することができません。高校生の頃は私も勉強のことを「毎日が筋トレのようで、一体いつになれば試合に出られるのだろう」と思っていましたが、そういうものなのですよ。

― 最後に、本プロジェクトへの参加を検討している大学生へメッセージをお願いします


◆ もし本当に火山に興味があるなら、めちゃくちゃラッキーですよ

 本プロジェクトは10か年計画のため、今の大学1年生くらいまでは、本プロジェクトに参加することができます。もし本当に火山に興味があるのなら、あなたはめちゃくちゃラッキーですよ、と言いたいですね。日本が国総掛かりで本気で人を育てようと、火山に興味のある学生をとことんサポートする体制ができています。それは約3年前まではなかったことですから、この10年ポッキリ、本当にラッキーですよ(笑)。あまり頑張りすぎると、身体のバランスを崩してしまうかもしれないので「頑張れ」とは言えませんが、参加して損はないはずです。

― 地引さん、ありがとうございました

第68回「河北文化賞」受賞インタビュー/蛯名武雄さん(産総研東北センター首席研究員)「膜材料『クレースト』の開発とその工業化による東北への貢献」

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第68回「河北文化賞」受賞インタビュー/蛯名武雄さん(産総研東北センター首席研究員)「膜材料『クレースト』の開発とその工業化による東北への貢献」 取材・写真・文/大草芳江

2019年06月25日公開

自然の恵みを積極的に生かし、
環境負荷の少ない持続可能なものづくり

蛯名 武雄 Takeo Ebina
(産業技術総合研究所 東北センター 化学プロセス研究部門 首席研究員)


東北で豊富に産する粘土を原料とした高機能な膜材料「クレースト」を開発し、その工業化により東北の産業界に貢献したとして、産業技術総合研究所東北センター化学プロセス研究部門首席研究員の蛯名武雄さんが第68回(平成30年度)河北文化賞を受賞しました。クレーストは厚さ1ナノメートル(10億分の1メートル)の板状の粘土結晶を緻密に積層したフレキシブルな膜材料で、既存材料にはない高いガスバリア性と耐熱性を有する膜材料として、幅広い産業分野で製品化が進められています。クレーストの生みの親である蛯名さんに、開発の経緯や研究にかける想いなどを聞きました。

※ 本インタビューをもとに「産総研東北ニュースレターNo.48」を作成させていただきました。詳細は、産総研東北センターHPをご覧ください。


1.高機能な粘土膜「クレースト」の開発と、その工業化による東北への貢献

―このたびは河北文化賞のご受賞おめでとうございます。今回の受賞対象となった粘土膜材料「クレースト」はどのようにして開発されたのですか?


◆ 東北で豊富に産する粘土をバリア材に

【写真】ベントナイト鉱山(宮城県川崎市)でサンプルを採集する蛯名さん

 私が東北工業技術試験所(※)に1993年入所した当時から、すでに研究室のテーマとして取り組んでいた、東北地方で豊富に産する「ベントナイト」と呼ばれる粘土を研究してきました。

※ 産総研東北センターは、1928年、国立工芸指導所に始まり、東北工業技術試験所となり、次に東北工業技術研究所へ改称し、2001年に産総研東北センターとして組織再編された。

 一般的に粘土と言えば、焼き物の原料というイメージが強いと思いますが、ベントナイトは、焼き物には適していません。ベントナイトの特徴として、例えば、水をドロドロにする性質(保水性)や、水を通しにくい性質(遮水性)があります。そのような性質を活かし、当初は廃棄物の処分場から有害物質が漏れ出すことを防ぐための浸水バリア材として、ベントナイトの研究をしていました。


◆ 粘土を薄くするほどバリア性が向上

 最初はベントナイトを圧密した塊をサンプルとして、水のバリア性を測定していました。ところが、いつまで経ってもなかなか水が染み出してこないので、サンプルを薄くすることにしたのです。すると、ベントナイトの層を薄くすればするほど、水が通るスピードは遅くなり、膜状にまで薄くしたものが最もバリア性が高い、という意外な結果が出ました。その理由は、慎重にサンプルをつくるために、厚さ1ナノメートルの板状の粘土結晶が一方向に整然と並びやすくなり、それらが多層的に重なり合うことで、通り抜ける水分子にとって"邪魔板"の役割を果たすためだということがわかりました。

【図】粘土膜の構造と、バリア性の発現メカニズム


◆ 粘土を用いた膜の研究を開始

【写真】高い耐熱性と驚異的なガスバリア性を有する粘土膜「クレースト」

 工業用途として、気体を透過させない「ガスバリア」のニーズが非常に多くありますが、プラスチックに粘土を混ぜることでガスバリア性が高くなることが知られていました。さらに、高温で溶けたり燃えたりするプラスチックとは異なり、粘土は耐熱性が高い特性もあります。そこで、プラスチックが使えないような高温下でも使える耐熱バリア材料として、粘土膜を実用化するアイディアが浮かび、2003年、当時の上司だった水上富士夫氏から、高圧水素ガスシール材の検討を指示されました。そして、この粘土膜の性能をテストした結果、高い耐熱性とガスバリア性があることがわかったのです。完成した粘土膜は「CLAY(粘土)」と産総研の英文略称である「AIST」から「クレースト(CLAIST)」と名付けられました。

―開発した粘土膜材料を、どのようにして実用化にまで結びつけていったのでしょうか?


◆ バリア機能を工業用途に積極展開

 2004年以降、耐熱バリア材料としての粘土膜を産総研のシーズとして、プレスリリースや展示会等で積極的に発表し、「この新しい材料をどんな用途に使えますか?」と、幅広く問いかけました。2010年までに国内外から約400件もの技術相談を受け、これらの情報も基礎として強い特許群の構築を行いました。

【写真】粘土膜のサンプル帳。ゼオライト粘土膜やカキ殻配合粘土膜など、様々な実施例を作成し、特許群の構築を行った。


◆ 第一号の製品化はアスベストの代替材料

【写真】クレーストをコートし、アスベストを使用しないガスケット(ジャパンマテックス)

 クレーストの第一号の製品化の取り組みは、アスベスト(石綿)を使わないガスケットの開発でした。ガスケットという、工業用配管間のつなぎ目の隙間を埋めるガス漏れ防止用のシール材として、それまでアスベストが使われていましたが、健康への影響があるとして、代替材料の開発が急がれていました。そこで、ジャパンマテックス株式会社(大阪府)とアスベスト代替ガスケットの共同開発を始めました。2007年には製品化に成功し、発電所や化学プラントなどに広く導入されています。

―クレーストの工業化により、東北にはどのような貢献があったのですか?


◆ 東北ゆかりの原料と技術、企業でつくる

【写真】燃えない照明カバー(宮城化成)

 原料となる粘土も、技術も東北発ですので、東北で生まれたシーズを東北地方の企業に使っていただくことで、地域活性化に貢献したいという想いがありました。そこで、株式会社宮城化成(宮城県)とは、燃えないプラスチック材の共同開発を行いました。製品化までには6、7年を要しましたが、新幹線の天井材に使えるような、燃えない、かつ割れない、安全性の高い照明カバーの開発に成功しました。

【写真】食器洗浄機対応玉虫塗で、見る工芸から使う工芸へ(東北工芸製作所)

 さらに有限会社東北工芸製作所(宮城県)とは、食器洗浄機で洗える工芸品の共同開発を行わせていただきました。宮城県指定の伝統的工芸品「玉虫塗」の保護膜として、粘土とプラスチックをナノレベルで混合したナノコンポジットコーティングを開発し、食器洗浄機対応の玉虫塗の製品化に成功しました。これも製品化までには約6年を要しましたが、今でも引き合いが多い製品に育てることができました。

 製品を開発する時、資源が東北にあり、研究が東北で行われ、その技術を使った製品化に東北の企業も成功している事例はなかなかつくりづらいと思うのです。しかし今回、色々な方にお会いできた幸運もあって、東北ゆかりの原料と技術、企業で製品を一貫してつくることができました。そのような点を河北文化賞ではご評価いただけたのではないかと考えています。


2.「技術の橋渡し」までの長い道のり

―新たな技術を生み出すことも簡単ではないですし、さらに開発した技術が事業化まで到達する成功事例は、非常に少ないと言われています。それを「東北ゆかりで一貫して実現すること」はなおさら難しいことだと思いますが、研究開発から事業化まで、どのような壁を乗り越えてきたのでしょうか?


◆ 「技術の橋渡し」には時間が必要

 産総研のメインのミッションとして「技術の橋渡し」があります。開発した技術を製品化するまでの段階で、周辺技術等が同時に成長しなければ製品化には至らないため、一見すると何も行われていないかの如く見えます。それがいわゆる「死の谷」と呼ばれるものです。産総研としては、この「死の谷」を乗り越え、どのようにして実用化まで結びつく研究開発ができるかを、方法論として体系化しようとする試みを、研究所を挙げて取り組んでいます。私としても、その開発期間をなるべく短くするよう工夫してきたことは事実です。それでも振り返れば、やはり開発した技術の製品化にはそれぞれ6、7年を要しています。


◆ 粘土膜の耐水化が一番の壁

 材料開発には20年かかるとも言われています。実際、粘土膜自体は私が初めて開発したわけでなく、1937年、マサチューセッツ工科大学の研究者が「AlSiフィルム」というアルミニウムとシリカでできた材料を提案しており、米国の著名なニュース雑誌にも「永遠不滅のシート材として使える」と紹介されていました。その材料は、私がつくった粘土膜と大体同じもので、用途としては電気絶縁用のフィルムとして検討されたようですが、製品化まで至ったという話は聞いていません。

―1937年に提案された粘土膜は、なぜ製品化まで至らなかったのでしょうか?

 その当時はガスバリアフィルムのニーズがなかったことに加えて、耐水化の点で問題があったと思われます。耐水化問題は、私の研究開発でも最後に残った、最も大きな壁でした。

 クレーストは、原料となる粘土の粉を水に加えて、塗料のような均一なペーストにして、これを平らな基板の上に塗り、乾燥させて剥がすと膜ができるという、簡単な方法でつくることができます。ここまではよいのですが、問題はここからです。そもそも水に溶ける性質だから粘土が膜になるわけですが、膜になった後、また水に溶けてもらっては困るのです。乾いたガスの遮蔽性(ドライガスバリア性)は非常に高いにもかかわらず、水蒸気バリア性が低いために、粘土膜を工業材として使えないという、決定的な問題がありました。

【写真】クレーストの原料となるベントナイト等を水に溶かしたペーストを手に説明する蛯名さん

 焼き物の場合なら、非常に高い温度で加熱することで、無機結晶でも水に溶けない性質に変わるので、耐水性の問題はないのです。ところが粘土をフィルムとして使う場合、あまり高い温度で焼くとパリパリになって使えなくなってしまうため、柔らかいままで使おうとすると、あまり高い温度をかけられないという問題がありました。そのような理由から、粘土膜を開発した後も、どのようにして耐水化させるかが、実のところ最も時間がかかった仕事で、5、6年の歳月を要したのです。


◆ 耐熱性・ガスバリア性・耐水性の3つが揃う、オリジナル粘土膜を開発

―そもそも粘土が水に溶ける性質を利用して膜をつくるのに、水に溶けない性質に変える必要があるという、矛盾する問題を、どのように解決したのですか?

 耐水化させた粘土が世の中にひとつもなかったかと言えば、当時もありました。もともと粘土は無機化合物ですが、表面に界面活性剤という有機物をくっつける、「有機化粘土」という方法です。界面活性剤を用いて、本来親水性である粘土の表面を疎水性に変えることで、有機溶剤に混ざるようになり、水には溶けなくなるという前処理が、粘土を耐水化させる、それまでの一般的な方法でした。

 ところが、粘土を有機化すると、また別の重大な問題が発生するのです。もともと粘土の特長は、プラスチックが使えない高温で使える点だったにも関わらず、界面活性剤が入ると、高い温度では使えなくなってしまうのです。さらに、粘土膜の非常に高いガスバリア性は、板状の粘土結晶が一方向に隙間なく積層することで発現するメカニズムなのに、そこに有機物がくっつくと、粘土結晶同士がくっつかずに離れてしまうため、肝心のガスバリア性が上がらないことがわかってきたのです。

 要するに、どの方法も一長一短でした。そのまま無機物としての粘土は、高い温度で使え、ガスバリア性も高いが、水には溶けてしまう。一方、有機化した粘土は、水には溶けないが、高い温度で使えないし、ガスバリア性も高くない。つまり、耐熱性とガスバリア性と耐水性の3つが揃う粘土膜を開発するのに、非常に苦労したわけです。

 苦労の末に開発した粘土は、見た目はこれまでと同じように見えますが、これまでと同様に水系で粘土を膜にした後、ある一定の熱(約100~200℃)を加えることで耐水化する、「加熱耐水化粘土」と呼ばれる粘土です。有機化合物を使わないため、高温でも使え、ガスバリア性も高く、水にも溶けません。2009年に成功したこの開発が実は我々のオリジナル技術で、粘土バリアの用途を広げた一因となっています。先述の宮城化成と共同開発した「燃えない照明カバー」にも、この加熱耐水化粘土が使われています。

【図】従来粘土と加熱耐水化粘土の比較


◆ やるからには売れるまで面倒を見たい

 さらに、新しく開発した技術を製品化する段階でも、新規の問題がいろいろ発生します。例えば、「こんな形状に成型しないといけない」といったプロセスの問題であったり「つくった後に掃除をしても剥がれない膜にする必要がある」といった問題であったり。あるいは、製品化で必ず問題になるのがコストの問題ですね。

 玉虫塗の事例についても、お客様に見てもらうための美しさを追求する商品ですので、我々研究者の「これくらい綺麗ならよいのでは」という甘い考えが全く通用しませんでした。見た目が白いとかでは使えないので、保護性能を維持しつつ、美しさを持ち合わせることも完全にクリアできるよう、時間をかけて開発をさせていただきました。

 そのようないろいろな問題が製品化の段階でも必ず発生しますので、意外と一筋縄ではいかないのです。それでまた原料に戻ってきたり、行ったり来たりがたくさんありますので、自然と時間もかかります。製品化研究をやるからには、論文を書いて終わりでなく、やはり売れるまで面倒を見たい気持ちが強いので、企業と連携させていただく段階もしっかり時間をかけて取り組ませていただきました。その結果が、6年、7年という歳月なのです。


◆ 歴史とは生かすもの

 話は少し戻りますが、産総研東北センターが、漆器、木工、工業デザインなどを取り扱う国の機関である工芸指導所をその起源にしていること、また、工芸指導所の発明を基に、東北工芸製作所は「玉虫塗」を製作していることを、東北工業大学の庄子晃子先生が開設した「仙台デザイン史博物館」というWebサイトで勉強させていただきました。

 工芸指導所発の、今の言葉で言うベンチャーは、工芸と最先端材料の融合という野心的な取り組みを行っており、戦前ながら、むしろ今の私たちの発想よりも自由で開拓意識旺盛だと感じました。そこで「歴史とは学ぶものでなく今この時に生かすものだ」と思った私は、東北工芸製作所のショールームにアポなしで訪問し、同社の佐浦みどり氏に「何か一緒にできませんか?」と提案して、先述の食器洗浄機対応漆器の開発を始めたのです。

 デザイン研究発祥の工芸指導所を起源とする産総研東北センターとして、デザインまで踏み込んでアピールしたいと考えています。新規材料ですから初めからは安くはつくれませんが、高い付加価値をユーザーが認めてくれるデザインの力は強いという認識を持っていますので、ものづくりにデザインを掛け合わせ、高付加価値化の実現を目指しています。


3.「死の谷」を乗り越える原動力

―それほど膨大な壁を乗り越えてきた蛯名さんの原動力とは何でしょうか?


◆ 一緒に走っているからこそ、諦める意識はない

 私が頑張れたのは、共同研究する会社側にも頑張る人がいるからです。熱意を持って自社製品の開発に取り組む方々とお話したり、あるいは、ご期待をいただいたりすると、我々の仕事は「技術の橋渡し」ですから、しっかりそのバトンを渡さなければいけないと感じます。一人で走るというより、一緒に走っている意識が強いので、それが心の支えとなって続けることができるのだと思います。

 最初にクレーストの製品化に取り組んだ、ジャパンマテックスの塚本勝朗社長(当時)が非常に熱い方で、塚本社長の「今すぐやる・できるまでやる・必ずやる」という行動指針に影響を受けました。いわゆる精神論ですが、塚本社長が「できる」と言うと、本当に製品化していたので、塚本社長の曲がらない信念にひっぱられて、私たちも全くくじけることなく、進めさせていただきました。今でもそうです。

 逆に言えば、自分の中で「必ずできる」と信じて取り組まなければ、やってはいられないのですよ。問い合わせの数から割り算すると、約99 %は製品化しないのですから。さらに共同研究などの正式な研究開発をスタートしてから製品化する可能性でも約5分の1です。すると打率で言えば約2割で、打てない打者と同じですよ。とはいえども初めからくじけることは全く頭の中にはありません。一つひとつ成功事例を積み重ねるしかないからです。


◆ めげない理由は、粘土そのものにもある

 もうひとつ、私だけの"めげない理由"があります。その答えは粘土そのものにあります。ベントナイトは「千の用途を持つ材料」と言われています。工業利用で千種類あるかと言えば流石に嘘ですが、ポテンシャルという意味では正しく、いろいろなものに使える可能性があります。

 なぜかと言うと、まず地球上にたくさんあります。そして、一つひとつ合成する必要もありません。さらに、ベントナイトは食べることもできるくらい、人間に対して安全です。コストだって、もちろん手間をかければ上がりますが、掘って採れるという意味では、目が飛び出るほどの高値ではありません。ほかにも先述のとおり水と混ぜることができたり、有機化すれば有機溶媒に混ぜられたりといった特性もあるので、いろいろな可能性を持つことは事実です。

 そんな機能性材料って、大体考えつかないでしょう?普通は新しい材料をつくると「何に使えるの?」という疑問が生じるわけですが、ベントナイトは「千の用途がある材料」と初めから言われているので、「必ず何かに使えるはずだ、ならば使える用途を見つければいいじゃないか」と考えられます。無理な話ではないだろうと諦めずに開発ができるわけです。

 実は、研究者の世界には、研究者が注目している流行りの研究テーマというものがあり、研究者は製品にならないと本当はわかっていても、論文を書く時には、枕詞に「これは~の材料として注目されている」と書くわけです。それはなぜかと言うと研究のプロだからです。一方で、研究する前から「これは本気で開発すれば、本当に何種類か用途が出てくるぞ」ということがわかる材料というものがあり、そもそも私は後者の方をやりたいのです。


4.研究の原点は「人類を滅亡から救う仕事がしたい」

―研究者の世界で評価される研究より、産業界で製品化に結びつく材料の研究開発を、蛯名さんが望むようになった原点とは何でしょうか?


◆ 18歳の頃、「人類を滅亡から救う」と決める

【写真】部活動対抗リレーにて、虫取り網を持って走る高校2年生の蛯名少年。「部活動関係の写真はこれくらいしか持っていません」。

 話は高校生の頃に遡ります。1979年、神奈川県立橋本高校の生物科学研究部に、顧問の田口正男先生から勧誘されて入部しました。谷戸(谷間)水田におけるトンボの個体群生態学研究を、フィールドワークでキャッチ&リリースの手法を使って研究し、学会で発表して、一連の研究の仕方をここで学びました。

 その頃は、国際的な研究・提言機関「ローマ・クラブ」が「成長の限界」という報告書を1972年に発表してから7年が経った頃でした。それまでは人間の活動が地球環境に与える影響はそれほど大きくないと考えられていましたが、地球レベルで生態系に大きな影響を与えることや資源の枯渇につながることを、皆が考え始めた時期でした。その頃に高校生だった私は、自分の将来について考え、「人類を滅亡から救う仕事をしたい」と決めました。

【写真】映画撮影中の蛯名少年。「人類を滅亡から救うことに目覚めた頃の写真です」。

 18歳の頃、「人類と環境 ―地球システムの平衡―」という8ミリ映画を制作しました。当時、「夢の島」と呼ばれていた埋立地(現在の新木場付近)へロケに行き、リサイクルの考え方を映像化しようと制作したもので、基本は「人類を滅亡から救う」ことがテーマです。そのためには世の中の役に立たないと困るわけで、「研究のための研究」となると、自分がやろうとしていることの整合性が合わないわけです。


5.自然の恵みを積極的に生かす「めぐみものづくり」

◆ 2010年、「めぐみものづくり」を提唱

 地球の平均組成を計算すると、私が開発している材料とほとんど同じです。したがって、採る時も地面から採ってくればよいだけ、捨てる時も地面に捨てるだけでよく、環境負荷がないわけです。サスティナブル社会の実現を志向し、そのような天然無機素材の組成・機能・形状を生かしたものづくりを「めぐみものづくり」として2010年に提唱しました。

 例えば、漬物石は、ある特定の条件を満たさなければ、漬物石にはなりません。まず形は、重ねられるよう、下面はある程度平坦で、手で持つ場所はスベスベである必要があり、かつ、重さはある程度付加しつつも、腰を傷めない程度に重過ぎてもいけません。漬物石は河原で拾って来て、不要になれば捨てることができます。もし漬物石を人為的につくるとなれば、面倒ですが、それは河川の力で自然にできるものです。

 粘土も同様に、はじめは大きかった石が風化し、雨の力で転がるうちに細かい砂となって堆積し、それが地層深くまで沈み込み、熱の作用と水の追加によって反応釜のようになり、原料が粘土というナノ粒子に変わります。人間は何もせずとも、粘土という安全なナノ粒子が自然につくられるために、私たちが膜をつくる時も綺麗な膜になります。そのような自然の恵みを積極的に生かし、環境負荷の少ない持続可能なものづくりが、「めぐみものづくり」なのです。


◆ 卒業研究での環境浄化の経験が基礎に

 「めぐみものづくり」の考え方は、岩手大学の卒業研究時に行った、松尾鉱山の酸性水と北上川の清流化対策の経験が基礎になっていると思います。岩手大学の後藤達夫先生が、松尾鉱山から流れ出る酸性水の中和処理を行い、北上川の清流化に成功し、私もその水分析に携わりました。普通に考えると、自分が外の世界を制御できないように思えますが、中和処理施設をつくり環境浄化ができた経験を経たからこそ、「めぐみものづくり」という考え方を、言葉としてつくることができたのだと思います。

―今後も「めぐみものづくり」をテーマに、研究開発と製品化を進めていくのですね。


◆ 海の流れの多層性に研究を重ねて

 はい。私は研究の多層性を、海の流れの多層性に重ねて考えています。私たちの仕事は、基本的には、表面の波を見ているようなものです。サーフィンをしている人がサーフボードから落ちないよう、波の形の時系列的な変化を見て、所作を決め、波に飲み込まれないための日々の問題解決が、私たちの研究開発の8割方を占めています。それに対して潮汐は、4年から10年の国家プロジェクトに当たると考えます。さらに親潮や黒潮といった流れは、もっとゆっくりした流れですが、方向が決まっているという意味で、私の場合、クレーストやバイオマスといったライフワークだと考えています。実は、それよりさらに深い深層海流という、地球を1周するのに千年もかかる流れがあるそうで、私が死んでもつなぐ必要があるもの、それが「めぐみものづくり」です。一番根底に「めぐみものづくり」が流れているので、それぞれの向きが同じ方向とは限りませんが、矛盾していることをやっているとは私自身思っておらず、すべて同じ流れの中で解決できる話だと考えています。


◆ 研究は人を集め、遠くを照らす灯台

 この流れの多層性の上下関係を考える時、私は灯台のイメージを持ちます。「灯台下暗し」という言葉があるように、灯台の下は暗いですが、灯台は遠くを照らすものです。人を集め、遠くを照らす研究でなければ駄目ですから、垂直方向で言えば、表層ではなく深層を、研究は指さなければなりません。

 つまり、何を言いたいかと言うと、今取り組んでいる日々の仕事は表層でも、研究者は遠くに光を指すことはできます。その先とは「めぐみものづくり」です。それぞれの層は直接つながっていなくとも、遠くを見て研究開発をしようと提言すれば、だんだん皆がそちらを向いていく、その役割は果たすということです。そのように自分の中では理解して、普段は問題解決の仕事を中心にさせていただこうと意識しながら研究を行っています。


◆ 東日本大震災の経験から思うこと

 2011年に発生した東日本大震災で、弊所は復旧に関わる半年程度の遅延を経て研究開発を再開しました。震災を経験して思うことは「自然は与えるもの、自然は奪うものであると同時に、やはり自然は与えるものだからこそ人が戻ってくる」ということです。その営みは止むことはなく、また完全には解決ができないものですが、その中で自然に産するものを私たちはどのように活かしていくかが重要だと思います。

 2016年からは、森林総合研究所と木質材料の実用化の共同研究も開始しました。海側のみならず山側にも災害はある中、限りある森林資源を守り、どのように利用していくかが、やはり重要だからです。東北センターにいるために、そのような経験もさせていただきました。引き続き、自然と対峙する東北地域において研究開発を続けることができれば幸いです。


◆「Clayteam」設立10周年を迎えて

 2003年に開発した粘土膜は、一定のレベルに達し、実用化に至ったものもありますが、汎用材としては技術的・経済的な課題が残されていました。この状況を打破すべく2008年に「クレースト連絡会」を設立し、会員数も飛躍的に増えたことから、2010年に「Clayteam」という産総研のコンソーシアムを設立しました。民間企業と連携し、原料粘土や粘土膜関連技術の提供、連携コーディネート、共同研究、製品評価などの支援を行い、研究開発の大幅な加速につなげています。そして2019年度に、「Clayteam」は設立10周年を迎えます。この間、粘土などのナノ材料を用いた多くの製品開発に成功してきました。ナノに基づく機能を付加価値としたナノテクビジネスは、今後本格的成長を迎えると予想されています。

 最後に、産総研関係者とは多くの方々と出会い大変お世話になりました。しかし、現役の産総研の方々については、毎日会うため恥ずかしいですし(笑)、また別の機会もあると思いますので、ここでは触れないでおきたいと思います。

―蛯名さん、ありがとうございました。

今、子どもたちに必要な力とは?/仙台自分づくり教育フォーラム開催

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今、子どもたちに必要な力とは?/仙台自分づくり教育フォーラム開催

2019年8月11日公開

「第4回仙台自分づくり教育フォーラム」のようす=8月2日、太白区文化センター(仙台市)。

 仙台版のキャリア教育「仙台自分づくり教育」の取り組みについて、より深く知ってもらおうと、「第4回仙台自分づくり教育フォーラム」が8月2日、太白区文化センター(仙台市)で開催され、地域の企業や団体等、約540人が参加した。仙台市では、児童・生徒が自ら意欲を持ち、人や社会との関わりを大切にしながら、将来の社会的・職業的自立に必要な態度や能力を育むことをねらいとして「仙台自分づくり教育」を2006年度から推進している。その中核となるのが人や社会との関わりについて実践を通して学ぶ職場体験活動で、なかでも中学生の職場体験活動には2700を超える市内事業所等が協力している。同フォーラムの運営も職場体験活動の一貫として位置付けられ、約70人の中高生が受付や誘導、司会進行などの運営を担当した。

アナウンサーで朗読家の渡辺祥子さんによる小学校での職業講話「仙台自分づくり夢教室」実演のようす

 フォーラムでは、郡和子仙台市長が「仙台市の子どもたちの課題として、失敗を恐れずに難しいことにも挑戦する気持ちの弱さが見られる。子どもたちが大人になる10年後、20年後は、技術の進展により職業が今の半分になると言われる中、今、子どもたちに必要な力について、学校、家庭、地域がともに考える機会としたい」とあいさつ。続けて、共催者を代表して仙台青年会議所副理事長の古川直磨さんがあいさつし、「職場体験活動が児童・生徒の地域に対する理解と愛着を深め、地元を舞台に活躍する若者を育てることを期待する」と述べた。また、オープニングイベントとして、社会人講師による小学校での職業講話「仙台自分づくり夢教室」の実演が、アナウンサーで朗読家の渡辺祥子さんから披露された。

小学校・中学校・高校における職場体験活動の事例紹介のようす(写真は宮城野中学校)

 その後、小学校・中学校・高校における職場体験活動の事例紹介があった。はじめに榴岡小学校からは、児童が学区内の店等で職業体験を行う活動「弟子入り留学」の紹介があった。店主や従業員を「親方」と呼び、児童が「弟子」として職業体験を行う同小独自の活動で、20年目を迎える今年は学区内46の店等が協力。職業体験後は、子どもたちが進んで挨拶や声がけをするようになった等の変化や、地域との信頼関係によって同活動が成立していることなどが紹介された。続けて宮城野中学校からは、市内の事業所等で3日間の職場体験活動を行った生徒5人が登壇。職場体験活動を通じてコミュニケーションや礼儀の大切さなどを学んだことなど、生の声を届けた。仙台工業高等学校からは、民間企業への勤務経験(インターンシップ)を通じて、就職を漠然と考えていた生徒たちが、「地図に残る仕事がしたい」「より難易度の高い資格を取得したい」など具体的な夢や目標を持つようになったことが報告された。

日本銀行仙台支店支店長の岡本宜樹さんによる基調講演「令和時代の東北経済と子どもたちに身に付けさせたい力」のようす

 最後に日本銀行仙台支店支店長の岡本宜樹さんが「令和時代の東北経済と子どもたちに身に付けさせたい力」と題して基調講演を行った。岡本さんは、子どもたちが社会人として活躍する20年後の経済を「人口減少、少子高齢化で不安に思う人も多いと思うが、一人ひとりが経済的に貧しくなる将来は想定できないため、悲観する必要はない」と解説。一方で「経済的繁栄を支えた環境が激変するのは確かで、将来変化は予測不可能なため、自らの頭で考え自分のアイディアを出すことが大切」と指摘。「現に金融市場や経済界で影響力が大きい人たちの共通点は、ワクワクしながら毎日の現実を認識し、自分の興味を追求するために戦っている人で、生き生きとして経済的にも成功している」と自身の経験を踏まえた上で、「ワクワクする能力が重要。人間が何をおもしろいかと思うかを発見する能力はAIにない。自らの感性でつかみ取った価値観を育て、それをモチベーションに前へ進んでほしい」と呼びかけた。


関係者インタビュー

― 本日のフォーラムを踏まえ、「宮城の新聞」読者の中高生へメッセージをお願いします。


◆ 興味の先に進むべき何かが必ず見つかる
/仙台自分づくり教育研究会 会長 山口哲男さん

 多感な中高生時代、いろいろなことに興味を持つ時期だと思いますが、ぜひ世の中のあらゆることに興味を持っていただきたいです。その中に、自分が進むべき何かを必ず見つけることができるでしょう。躊躇せずに、いろいろなことにぜひ臨んでください。


◆ 大人の働く姿から輝かしい未来を想像してほしい
/宮城県中小企業家同友会 代表理事 鍋島孝敏さん

 人はいずれ皆、何らかの形で働かなければいけません。学校はそのための基礎知識を身につける場所です。じゃあ、何のために働くのか?それは、収入を得るためでもありますが、それ以上に、人や世の中の役に立つという大事な役目が皆さんにはあるわけです。そのために今一生懸命勉強しなきゃいけないわけで、そんな未来が待っていることを小中高生の皆さんに知ってもらいたくて、職場体験活動を一生懸命やっています。小中高生の皆さんには、輝かしい未来が待っていることを、ぜひ心に刻んでほしいです。


◆ ワクワクする対象は今まで以上に広がる
/日本銀行仙台支店 支店長 岡本宜樹さん

 これからもITはまだまだ進化していく過程にあります。ITを使うことで、世界中のいろいろな垣根はどんどん下がり、やりたいことをやる時の障害も消え、いろいろな人とのつながりも想像以上に出て、ワクワクする対象はこれまで以上に広がるでしょう。大いにワクワクしてください。一方で、それはいろいろなリスクとも裏表の関係にあります。スマホの使い方も含めて、ITとのよりよい付き合い方を皆で考えていけるとよいと思います。

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