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ひとり新聞社「宮城の新聞」の大草よしえが仙台市議選に立候補

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ひとり新聞社「宮城の新聞」の大草よしえが仙台市議選に立候補

20190821.jpeg  平素より、ひとり新聞社「宮城の新聞」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。記者の大草芳江(有限会社 FIELD NETWORK取締役、特定非営利活動法人 natural science理事)です。

 さて、私事で大変恐縮ではございますが、私・大草よしえは、このたび仙台市議会議員選挙(青葉区)に立候補いたしました。

 私は2005年に科学教育を志して東北大学大学院在学中に起業して以来、科学の"プロセス"を教育につなげる活動を実践してまいりました。『宮城の新聞』や『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』等、皆様からの多大なるご理解とご協力のおかげで、形になったことも多くございました。一方で、民間の立場でできることとできないことの限界も、活動をすればするほど強く感じるようになっておりました。

 それは、自らのアイディアを形にして新たな価値を創造する力が今後ますます重要になる中で、日本の教育の仕組み自体が、もっと根本的に変わってくれなければ、いずれ科学技術創造立国の根本が崩れ、立ち行かなくなるのではないか、という強い危機感です。

 変化予測が困難な時代を前に、子どもたちが生まれ持つ知的好奇心を引き出し、創造性を育む科学教育を、家庭環境によらず、誰もが受けることができる仕組みを小中高校に創る必要があるのではないか。それを仕組みとして実現するためには、政策を立案できる議員という立場にまわり、実例を積み重ねながら実現していくしかないと痛感し、このたび立候補を決意した次第です。もしよろしければ、下記のサイトを御覧ください。

大草よしえ これまでの活動と実現したいこと
http://www.yoshie-ohkusa.info

 私としては、今回の選挙結果の如何に関わらず、次のステージとして、そのような方向性で努力を積み重ねてまいりたいと存じます。これまでは個人の想いをベースに活動をしてまいりましたが、今後、教育の仕組みづくりとなれば、実現のための体制を構築し、より多くのご視点からご意見をいただきながら、よりよい仕組みをつくっていく必要があると考えておりますので、ぜひご意見をいただけましたら幸いです。

 なお、今回の当方の選挙活動は、一般的な街頭演説や選挙カー等による不特定多数の方に向けた発信ではなく、この科学教育問題にご関心を持っていただけそうな方に、当方の趣旨を直接お伝えするため、メール等で趣旨を直接お伝えする選挙活動を行っております。もしご関心を持っていただけましたら、上記のWebサイトをご覧いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


ひとり新聞社「宮城の新聞」の大草よしえが仙台市議選に立候補

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ひとり新聞社「宮城の新聞」の大草よしえが仙台市議選に立候補

20190821.jpeg  平素より、ひとり新聞社「宮城の新聞」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。記者の大草芳江(有限会社 FIELD NETWORK取締役、特定非営利活動法人 natural science理事)です。

 さて、私事で大変恐縮ではございますが、私・大草よしえは、このたび仙台市議会議員選挙(青葉区)に立候補いたしました。

 私は2005年に科学教育を志して東北大学大学院在学中に起業して以来、科学の"プロセス"を教育につなげる活動を実践してまいりました。『宮城の新聞』や『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』等、皆様からの多大なるご理解とご協力のおかげで、形になったことも多くございました。一方で、民間の立場でできることとできないことの限界も、活動をすればするほど強く感じるようになっておりました。

 それは、自らのアイディアを形にして新たな価値を創造する力が今後ますます重要になる中で、日本の教育の仕組み自体が、もっと根本的に変わってくれなければ、いずれ科学技術創造立国の根本が崩れ、立ち行かなくなるのではないか、という強い危機感です。

 変化予測が困難な時代を前に、子どもたちが生まれ持つ知的好奇心を引き出し、創造性を育む科学教育を、家庭環境によらず、誰もが受けることができる仕組みを小中高校に創る必要があるのではないか。それを仕組みとして実現するためには、政策を立案できる議員という立場にまわり、実例を積み重ねながら実現していくしかないと痛感し、このたび立候補を決意した次第です。もしよろしければ、下記のサイトを御覧ください。

大草よしえ これまでの活動と実現したいこと
http://www.yoshie-ohkusa.info

 私としては、今回の選挙結果の如何に関わらず、次のステージとして、そのような方向性で努力を積み重ねてまいりたいと存じます。これまでは個人の想いをベースに活動をしてまいりましたが、今後、教育の仕組みづくりとなれば、実現のための体制を構築し、より多くのご視点からご意見をいただきながら、よりよい仕組みをつくっていく必要があると考えておりますので、ぜひご意見をいただけましたら幸いです。

 なお、今回の当方の選挙活動は、一般的な街頭演説や選挙カー等による不特定多数の方に向けた発信ではなく、この科学教育問題にご関心を持っていただけそうな方に、当方の趣旨を直接お伝えするため、メール等で趣旨を直接お伝えする選挙活動を行っております。もしご関心を持っていただけましたら、上記のWebサイトをご覧いただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

【お礼】ひとり新聞社「宮城の新聞」の大草よしえが仙台市議選に立候補

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 このたびの仙台市議会議員一般選挙(8月25日投開票)につきまして、誠に残念ながら、当選に至ることができませんでした。皆様からあたたかく応援・ご支援いただいたにもかかわらず、当方の力が及ばず、誠に申し訳ございませんでした。

 今回の選挙活動は、「科学教育」という単一公約のため、万人受けを狙ったキャッチコピーやイメージ等は用いず、これまでの活動実績をベースに当方が実現したい趣旨を伝える形で、不特定多数層の方に訴える選挙カーや街頭演説等の一般的な選挙活動は行わずに、これまでの活動で知り合った方を中心に、主にメールや選挙公報を用いて当方の趣旨を直にお伝えする形で選挙活動を行いました。

 その結果、当選には至らなかったものの、後援会や推薦等といった組織的な後ろ盾がない中、法定得票数を超える2,880人の方からご賛同いただけたことは涙が出るほど有り難く、大変勇気の湧く結果でした。大草よしえを応援・ご支援いただきましたすべての皆様に心より感謝申し上げます。

 また、今回の選挙を機に、これまで私どもの活動をご存じなかった方からも、「選挙広報やビラで初めて活動を知って、感銘を受けた。ぜひ応援したい」といった応援のメールやお電話等を多数いただいたことも、当初は想像していなかった大変嬉しい反応で、非常に心強く感じました。

 逆に言えば、それほど多くの方が「日本の科学教育を根本から何とか変えなければ、本当にこの先、日本は立ち行かなくなる」という強い危機感を抱いており、その現状を地方からなんとか変えることを強く望んでいることが、今回いただいた票の意味であったものと重く受け止めております。

 今回の選挙は、ひとえに私の力不足で当選は叶いませんでしたが、現状を地方から変えなければならない必要性をますます強く感じた次第です。そのためにも、今後、より多くのご視点からご意見等いただきながら、その実現までの道筋をつくっていく必要があると考えております。もしよろしければ、ぜひご意見等いただけましたら幸いです。

 まずはご報告とお礼のみにて失礼いたします。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

 大草よしえ  

(12)揺るぎ無い挑戦者魂/連載エッセイ「風に立つ」(南部健一さん)

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連載エッセイ 風に立つ

(12)揺るぎ無い挑戦者魂

 工学系大学院に5年在籍した。前期の2年は実験装置の製作に費やした。ガスタービンは高温の回転翼に細孔を穿ち、これに水を流して冷却する。装置はこれを模したものである。後期課程の3年間は実験に明け暮れた。実験ではH技官の協力を得た。
 ある日実験データが原因不明のバラつきを示した。私とHは次々にアイデアを出し合って原因を探した。しかし何の進展もなく二ヶ月が過ぎた。私は気力が萎えて来た。しかしHはひるまなかった。ある日彼は「装置が目に見えない振動をしているのではないか」と言い出した。半信半疑の私を尻目に、装置のあちこちに木のくさびを打ち込んだ。再実験をして見るとデータのバラつきはピタリと止んだ。Hの背中は、何が私に欠けていたかを、無言で語っていた。

南部 健一  (東北大学名誉教授、2008年紫綬褒章受章)
ひのき進学教室特別講師
南部 健一 (東北大学名誉教授、2008年紫綬褒章受章)
なんぶ・けんいち
1943年金沢市生まれ。工学博士、東北大学名誉教授。百年余学界の難問と言われたボルツマン方程式の解法を1980年、世界で初めて発見。流体工学研究に関する功績が認められ、2008年紫綬褒章受章。

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国際政治学が専門の地引泰人さん(東北大学大学院 理学研究科 准教授)に聞く/次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して

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国際政治学が専門の地引泰人さん(東北大学大学院 理学研究科 准教授)に聞く/次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して 取材・写真・文/大草芳江

2019年05月02日公開

火山噴火の社会的影響にも考えを及ぼす火山研究者に

地引 泰人 JIBIKI Yasuhito
(東北大学大学院 理学研究科 准教授 次世代火山研究者育成プログラム担当)

1980年東京都生まれ、2004年慶應義塾大学卒、2006年東京大学大学院 学際情報学府 修士課程修了。2008年日本学術振興会特別研究員(DC2)、2010年東京大学大学院 学際情報学府 博士課程単位取得退学。2010年東京大学情報学環附属総合防災情報研究センター特任助教、2013年東北大学災害科学国際研究所助教を経て、2018年より現職。

 2014年に発生した御嶽山噴火等を踏まえ、社会が期待する火山防災への貢献を目指し、日本の火山研究コミュニティが総力を挙げて次世代の火山研究者を育成する文部科学省の事業「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」が2016度からスタートした。本事業の次世代火山研究者育成プログラム担当として2018年12月に就任した、国際緊急人道支援/国際関係論/国際防災の政治学が専門の地引泰人さん(東北大学准教授)に、研究に対するモチベーションやこれまでの経歴、本事業に対する想いなどを聞いた。

1.研究のモチベーション

―はじめに、研究に対するモチベーションやこれまでの経歴について教えてください。


◆ 組織の意思決定に強い関心

 大学では法学部で政治学科に所属していました。もともと組織の意思決定、特に心理的ではなく政治的な意味で、人や組織が互いに与える影響に強い関心があります。私が中学生の頃に阪神淡路大震災、大学生の頃(1990年代後半)に北朝鮮による不審船事件やミサイル発射実験、1999年に東海村JCO臨界事故などが発生し、「日本の危機管理体制の構築や見直し」が当時の世の中で大切なキーワードになっていると自分なりに考えていました。


◆ 修士課程で水害時の意思決定を研究

 将来は、民間企業に就職するより、大学教員のような形で、自分で課題を設定する仕事がしたいと思い、大学院に進学しました。当初、国際比較の研究をしたいと考えていましたが、大学院に進学してから研究の大変さに気付き、修士論文では水害時のある地方自治体の意思決定をテーマに研究しました。

 私が大学院に進学した2004年は中越地震も発生しましたが、集中豪雨と台風による洪水が発生した年でした。水害時の意思決定は、地震発生時のそれとは異なり、火山噴火の場合と似ています。突発的な場合ももちろんありますが、基本的に火山は、噴火に向かって活動が徐々に活発化し、噴火して徐々に収束していく時系列があります。水害も同様に、特に台風の場合、台風が近づくほど進路予測情報の精度が向上し、それを基に自治体などが避難情報を流す時系列があります。その時系列の中でどのような意思決定が行われ、その中でどの情報が意味を持っていたかをテーマに、修士論文では事例研究を行いました。


◆ 博士課程で火山との出会い

 博士課程では、やはり国外の事例についても研究したいと思い、開発途上国における自然災害、もしくは紛争等で人道的な危機に直面する国への国際緊急人道支援が重要なテーマと考えました。そこで調べてみると、多種多様な団体が支援に入るために、統制の取れた支援活動が実現できていない問題がある一方で、情報共有や資金融通等の調整ルールづくりが国連主導で進められていることがわかりました。そのルールが唯一の解とは限らないのに、さまざまな思惑が錯綜する中で利害が一致する場合のメカニズムを博士論文の研究テーマにしました。

 ところが、お金もコネクションもない中、どうすれば国外で研究できるか悩んでいた時、インドネシアの火山で日本とインドネシアの研究者が共同研究を行う国際プロジェクトにたまたま参加することができました。それは私の人生にとって大切なプロジェクトでした。私は、噴火時における警報の伝達、特に住民が警報にどのように切迫感を感じ避難行動まで結びついたかを研究するグループに参加させてもらうことができました。


◆ 災害情報と各組織との相互作用に焦点

 研究を進めるうちに、災害時の情報が出されるものの、その情報を基にさまざまな機関が一糸乱れず速やかな災害対応を行うのは、インドネシアに限らず日本でもなかなか難しいことがわかってきました。そこで現在は、警報の発信者側が考えていることと、警報が伝達された受け手側がその情報を基にどのような行動をするのか、災害情報と各組織との相互作用に焦点を当てて、最終的には提言に結びつく研究を行いたいと考えています。

―現在は「災害情報と各組織との相互作用」という研究テーマに辿り着いたのも、もともとのモチベーションは、人から人へ情報がどのように伝わり、その人や組織の行動にどのような影響を与えるかに強い関心があるわけですね。


◆ 人は言われたとおりに動くとは限らない

 そうですね。例えば、上司が部下に指示した時、部下が指示通りに動く時もあれば、動かない時もあることは、些細なことから重大なことまで、一般的にもよく起こり得ることです。「人は言われた通りに動くとは限らない」ということは、何となく根底にあるのでしょうね。さらに直接的に言えば、「人の集まりとしての組織や社会の動きを、ある方向に向かせたいと思えば、本当に向かせることはできるのだろうか?」というのが、本当の起点です。

―「人は言われた通りに動くとは限らない」「組織や社会を思う方向に動かすことはできるのだろうか」に強い関心があるのは、今振り返れば、どこに原点があると思いますか?

 お恥ずかしい話ですが、高校生の頃、学園祭や体育祭の実行委員等を務める中で、不思議に思っていたことがありました。はじめのうちは皆「楽しいことやりたい」と思って集まり、いろいろ意見を出して喧々諤々していたのに、だんだん意見の統一が難しくなり、限られた日数を目前に、最後は少数派が「100%賛成じゃないけど、そうする?」と物事が動いたり、自分自身もその方向へ押してみたり。それが最善策だったとは思いませんが、「人を動かすことは難しいし、楽しい」と正直思いましたね。それが本当のモチベーションだと思います。研究のみならず、このプロジェクトについても、さまざまな立場の人や組織が関係する中、どのようなコンセンサスを図っていくかは大切なことだと思いますし、その点に私はやり甲斐を感じます。


2.次世代火山研究者育成プログラム担当に就任して

―2018年12月に本プログラム担当准教授として着任されてから、約3か月が経ちました。本プロジェクトにはどのような心持ちで携わっていますか?


◆ 社会科学を火山学主要3分野のスパイスに

 本プロジェクトの目的は火山を研究する次世代研究者の育成ですから、まず大前提として、火山学主要3分野と呼ばれる、地球物理学、地質・岩石学、地球化学の強化が一番です。一方で、御嶽山噴火を踏まえた社会的要請として、理学的探究心だけでは研究に対する社会的な理解を得ることが難しくなっています。

 料理に喩えれば、メインディッシュはあくまで火山学主要3分野で、私の専門分野である社会科学はスパイスのような位置付けと考えています。火山を研究する学生たちが、同じ火山を見るのでも、理学的な視点のみならず、どのような社会科学的視点があるかに、若いうちに触れておくことは、きっと将来の役に立つのではないでしょうか。

 そもそも研究のモチベーションは大切で、それなしに人は走れませんから、「マグマが綺麗なのはなぜだろう」と言う学生を「不謹慎だ」と叱っても意味はなく、理学的な探究心を大いに突き詰めて欲しいのです。ただ、視野が狭まり過ぎることは問題ですので、火山噴火が付近の市民生活や観光等に影響を与えることにも考えが及ぶ研究者になって欲しいと考えています。

―特に地引さんならではの視点で伝えたいことは何ですか?

 私が先生という立場で講義する時も私の価値観というフィルターを通しますので、結局は冒頭にお話した私のモチベーションを強調することになると思います。例えば、一口に「住民の避難行動」と言っても、家族で避難するのか、会社や畑など外で働いている最中に避難するのか、別の島に船で避難するのか等々で、その様相は全く異なります。また「噴火の推移を見定めることが難しい」と理学の研究者は考えており、実際その通りですが、それをじりじり見ながら復旧や復興を考えなければならないプロセスがあることなどについてです。

 また、地方自治体等で実施する火山の避難訓練等の業務に学生がインターンシップ生として参加する際のサポートもできればと考えています。自治体側がなぜその訓練シナリオにまとめたのか、その意図や歴史、今後の展開等について、私からも補足説明ができれば、限られた時間の中で学生たちがより理解を深められるのではないかと感じています。

 正解はないとは思いますが、少なくとも約10年後、今の学生たちが研究者になった時に「自分の専門分野だけを研究していればよい」と考えるのではなく、火山噴火の社会的影響についても考えを及ぼしてくれていれば、150点満点だと私は思っています。

― 今後に向けた意気込みをお願いします


◆ 専門的な相談ができる関係性をつくりたい

 私は前職で、火山噴火や地震のリスクがあると予測されるインドネシアで、災害事前対策を行っていました。ところが、実際に火山噴火等が発生すると、インターネットなどで情報をリアルタイムに取得できる時代になったとはいえ、火山のことがよくわからない人がいくら集まっても結局は何もできず、そんな時に相談できる専門家が身近にいることの大切さを痛感しました。本プロジェクトで、防災の重要性を感じてくれる学生が輩出され、彼らが30代になった時、そんな相談を彼らにできるとよいですね。また、本プロジェクトの範疇を超えるかもしれませんが、文系の学生たちにとっても、将来、理学の火山研究者と学際的な研究ができるよう、文理を超えた若い世代同士の交流ができる場があればよいと思っています。


3.メッセージ

― 中高生も含めた次世代へメッセージをお願いします


◆ 高校までの基礎学力は大学生活の土台

 受験勉強は大事です。何のためにやっているのか、私も当時はよくわかりませんでしたが、国語・数学・英語・理科・社会すべてが非常に重要です。自分の好きな科目を伸ばすことはよいことですが、ひとつだけが飛び抜けてよくても、他がゼロにはなって欲しくないです。なぜならば、総合的な基礎力がなければ、偏った大学生活を送ることになりますし、異分野の人の話を理解することもできません。ある一定水準以上の基礎学力が担保されなければ、本プロジェクトも全国の大学と共同で大学院生を育成することができません。高校生の頃は私も勉強のことを「毎日が筋トレのようで、一体いつになれば試合に出られるのだろう」と思っていましたが、そういうものなのですよ。

― 最後に、本プロジェクトへの参加を検討している大学生へメッセージをお願いします


◆ もし本当に火山に興味があるなら、めちゃくちゃラッキーですよ

 本プロジェクトは10か年計画のため、今の大学1年生くらいまでは、本プロジェクトに参加することができます。もし本当に火山に興味があるのなら、あなたはめちゃくちゃラッキーですよ、と言いたいですね。日本が国総掛かりで本気で人を育てようと、火山に興味のある学生をとことんサポートする体制ができています。それは約3年前まではなかったことですから、この10年ポッキリ、本当にラッキーですよ(笑)。あまり頑張りすぎると、身体のバランスを崩してしまうかもしれないので「頑張れ」とは言えませんが、参加して損はないはずです。

― 地引さん、ありがとうございました

次世代放射光施設キックオフ 仙台で国際フォーラム開催

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次世代放射光施設キックオフ 仙台で国際フォーラム開催

2019年04月25日公開

海外の放射光施設の所長らを招いて4月21日に仙台市内のホテルで開催されたサミットのようす

 東北大学の青葉山新キャンパス(仙台市)に建設が進められている「次世代放射光施設」のキックオフイベントとして、東北大学は国内の主要大学・研究機関や海外の放射光施設の所長らを招いた国際フォーラムを4月21日から23日の3日間、仙台市内で開催した。

 次世代放射光施設は、太陽の10億倍の明るさでナノ(10億分の1メートル。原子や分子の大きさ)の世界を見ることができる光で、物質の機能を見える化できる"巨大な顕微鏡"。施設は2023年度に完成予定で、官民と学術界、地域が一体となって整備・運営を行う。稼働後は、同施設を中核に産学の研究開発施設が集積する「リサーチコンプレックス」の形成を目指す。

官民と学術界、地域が一体となって整備・運営する次世代放射光施設。海外の放射光施設とも連携していくことで一致した。

 国際フォーラムに先立って21日に仙台市内のホテルで開催されたサミットでは、東北大学の大野英男総長らによる挨拶の後、海外の放射光施設の所長らに対して日本の関係者らから次世代放射光施設計画の近況報告などがあり、活気あるリサーチコンプレックスの形成に向けて世界の放射光施設と連携していくことで一致した。サミット開催後は祝宴「次世代放射光施設キックオフの夕べ」も開かれ、関係者らが次世代放射光施設に対する期待を語り合った。


関係者インタビュー「放射光と次世代への期待」

― 「宮城の新聞」読者の中学生や高校生にむけて、次世代放射光施設関係者の皆様から、一言ずつメッセージをお願いします。

◆ 世界中の人と産業が集積する場で活躍を
/東北大学 総長 大野 英男さん

 次世代放射光施設がここ宮城県仙台市にできることになり、今日ご覧いただいたように、世界中の人、そして産業がこの地に集積します。ここで勉強したり、活躍できたりすると、世界にアクセスできる仕事ができますから、ぜひ東北大学に来てください。


◆ 中高生の将来にとっても非常に有用な施設
/宮城県 副知事 遠藤 信哉さん

 宮城県にできる次世代放射光施設は、中高生の皆さんの将来にとっても、それは学習の意味でも仕事の意味でも、間違いなく大変有用な施設となります。ぜひ積極的に放射光に興味を持ってください。


◆ 次世代放射光施設を動かす若い力に期待
/仙台市長 郡 和子さん

 2023年度、次世代放射光施設が仙台で動き出します。この施設を核としたリサーチコンプレックスの形成に向けて行政としてもしっかりと取り組んでまいります。新たな研究や製品、商品の開発に意欲ある若い方々が次々と登場し、施設を動かす大きな力となっていただけることを期待しております。


◆ 将来はプロジェクトの担い手に
/東北経済連合会 会長 海輪 誠さん

 次世代放射光施設はまさしく次世代のためにあるもので、日本の科学技術を発展させる大変素晴らしいプロジェクトだと思います。中高生の方々にも、この施設で得られる新しい知見や成果をよく見ていただき、ぜひ勉強いただいて、将来はこのプロジェクトを担う道に進んでいただければありがたいと思います。


◆ 新しいツールの登場が新しい科学の世界を拓く
/産業技術総合研究所 理事長 中鉢 良治さん

 昔、顕微鏡の登場によって細胞のことがわかったように、新たなツールによってこれまで知らなかったことがわかることは、大変なことだと思います。放射光という新たなツールでもって科学の新しい世界が拓けるのではないでしょうか。それは皆さんの知的好奇心をさらに広げるものとなるでしょう。


◆ 世界中から人が集まり、科学関連産業を盛り上げる基地に
/自然科学研究機構分子科学研究所 所長 川合 眞紀さん

 これまでも仙台は我が国の中で学問の中核拠点のひとつですが、次世代放射光施設ができることで、さらに海外から多くの方が集まり、世界中で科学に関連する産業を盛り上げていく基地になると思います。大学生がその中心にはなりますが、中高生の皆さんも、一流の先生方や学生たちと接する機会が増えると思いますので、ぜひ東北大学の青葉山新キャンパスまで遊びに来てください。

東北から持続可能で心豊かな社会を創造/サイエンスアゴラin仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム開催

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東北から持続可能で心豊かな社会を創造/サイエンスアゴラin仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム開催

2019年11月13日公開

「サイエンスアゴラin仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム」のようす=11月5日、東北大学片平さくらホール

 「東北から『持続可能で心豊かな社会』を創造する」をテーマに、「サイエンスアゴラin仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム」が11月5日から6日までの2日間、仙台市内の会場で開催された。東北大学が国立研究開発法人科学技術振興機構(以下JST)と共催して開いたもので、JSTによる「科学と社会の対話」をコンセプトとした日本最大級のサイエンスコミュニケーションイベント「サイエンスアゴラ」との連携企画。国連が提唱するSDGs(エスディージーズ、持続可能な開発目標)の達成にむけた新たなエネルギーの価値観やプラスチックスマートのあり方について、東北大学や地方自治体などによる取り組みが発表され、関係者や市民らが参加した。

東京大学客員教授の小林光さんによる基調講演「エネルギー関連技術への期待:環境行政の経験から」

 「エネルギーの新たな価値観」をテーマとしたセッションでは、はじめに元環境省事務次官で自宅のエコハウス実践でも知られる東京大学客員教授の小林光さんが「エネルギー関連技術への期待:環境行政の経験から」と題して基調講演を行った。小林さんは環境政策立案の観点から、科学や技術との関係が成功した事例と失敗した事例を取り上げた上で、汚染行為をなくすためには膨大な時間がかかることや、環境問題解決の鍵は技術革新に加えて産業構造の変化が必要なこと、そのためには環境価値にお金を払うマインドの醸成が必要なことなどを解説した。

秋田県仙北市による、東北大学との連携による水素エネルギー活用に係る取り組みの紹介

 次に、東北大学による取り組みが7件発表され、東北の森林資源から高機能な電池材料を開発するプロジェクトや、地殻機能の活用により水素エネルギー生成と二酸化炭素の地中固定の同時達成を目指す研究などの紹介があった。続けて、地域と連携した取り組みの重要性が語られ、地方自治体による取り組みとして、秋田県仙北市が東北大学との連携により、かつて「毒水」と呼ばれていた玉川温泉水から水素を生成し、水素エネルギーで地産地消を目指す取り組みの紹介があった。このほか、宮城県富谷市による低炭素水素プロジェクトや、海外の事例として、日本と似たエネルギー事情にある島国・台湾のエネルギー政策についての紹介があった。

「サイエンスアゴラin仙台2019&東北大学SDGsシンポジウム」のようす=11月6日、仙台国際センター。写真は、環境省による発表「地域ニーズに立脚した課題解決を目指す地域SDGsと気候変動対策の同時達成」のようす。

 2日目は、NPO法人国際環境経済研究所の竹内純子さんによる基調講演「2050年のエネルギー産業:日本のエネルギーの大転換」が行われた後、国の取り組みとして文部科学省、経済産業省、環境省からの発表があった。このうち環境省は、地球温暖化対策が経済にとって「負担」から「競争力の源泉」へ変化している世界的な流れを概説した上で、再生可能エネルギーのポテンシャルがエネルギー需要を上回る地方からエネルギー需要が高い都市へ資金の流れが将来的にシフトする可能性を解説。東北地域の豊富な地域資源を活かしながら、自立・分散型の社会が実現されることへの期待を語った。続けて地方自治体によるSDGsの取り組みとして、宮城県や富谷市、東松島市、仙北市、志摩市から紹介があった後、産業界の取り組みとして、国立研究開発法人産業技術総合研究所による再生可能エネルギーに関する取り組みや、大成建設からは建築業界とSDGsの関係性などが紹介された。

「エネルギーの新たな価値観」の創造にむけた東北大学の取り組みについて説明する東北大学環境科学研究科長の土屋範芳さん

 これら新たなエネルギーに関する取り組みについて、東北大学環境科学研究科長の土屋範芳さんは「これまで国が主導権を握ってエネルギー政策を進めてきた構造が徐々に崩れつつあり、地方発の新しい工夫と発信が、ゆくゆくは日本全体のエネルギーの価値観を変えていくと予感している。それら変革を支える新しい技術の蓄積により、社会の仕組みが変わっていくだろう」と総括した。

北大学環境科学研究科教授の松八重一代さんによる、「東北大学プラスチックスマート戦略のための超域学際研究拠点」の説明

 この後、「プラスチックスマート:プラスチック問題から見るSDGs」をテーマにしたセッションが、「東北大学プラスチックスマート戦略のための超域学際研究拠点」のキックオフも兼ねて開催された。海洋プラスチック問題や、中国をはじめとしたアジア諸国での廃プラスチック受け入れ制限を契機として、プラスチック問題が世界中で深刻化する中、同拠点を立ち上げた経緯を東北大学環境科学研究科教授の松八重一代さんが説明。「使う」「代替」「適切回収・資源化」「知の還元」の4領域から、地域・島しょ・国際社会におけるプラスチック問題対策への貢献に取り組むことを宣言した。

パネルディスカッション「社会課題の解決に向けた自治体、大学、企業の役割を考える」のようす

 続けて、東北大学環境科学研究科教授の吉岡敏明さんから研究の最前線が紹介され、従来「静脈産業」と位置づけられているリサイクル産業側だけでプラスチック資源循環を達成することは難しいため、プラスチックの原料や製品を市場に供給する、いわゆる「動脈産業」との連携が必要なことなどが解説された。このほか各登壇者から、産学官連携による体験型環境教育や、環境NGOによるプロスポーツにおけるプラスチックスマートの取り組み、海洋プラスチック問題の解決に取り組む大学生サークルによる取り組み、沖永良部島における海洋漂流物の対応について発表があった。また、地球温暖化で水没の危機にあるキリバス共和国からビデオメッセージも届けられた。さらに登壇者らによるパネルディスカッションが行われ、社会課題の解決にむけて大学や自治体、企業等が果たすべき役割や、市民の理解を得ることの難しさ、環境問題に対する当事者意識の醸成の必要性などが議論された。

議論のようすは図式や絵などを使ってリアルタイムで可視化された

 最後に、JST「科学と社会」推進部部長の荒川敦史さんが「東北から、エネルギーの新たな価値観やプラスチックスマートのあり方を、研究者のみならず行政・事業者・市民・学生等、様々な立場の方々とともに考えた有意義な対話の場となった。ありたい未来社会をつくる具体的な取り組みへ、ぜひ育ててもらいたい」と挨拶した。


【主催者インタビュー】
東北大学 理事・副学長(社会連携・震災復興推進担当)
原 信義さんに聞く

- 中高生も含めた「宮城の新聞」読者むけに、改めて、本シンポジウム開催の背景や動機等について教えてください。

◆SDGsは国民一人ひとりの問題

 持続可能な開発目標(SDGs)とは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までの国際目標です。MDGsは極度の貧困と飢餓の撲滅など、途上国の開発問題が中心で、先進国はそれを援助する側という位置付けであったのに対し、SDGsは持続可能な社会の実現のために、開発側面だけでなく経済・社会・環境など、先進国にも共通の課題として設定していることが特徴で、地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。発展途上国における残された解決すべき課題に加えて、例えば、先進国における情報社会に取り残された情報弱者の問題等、SDGsは発展途上国のみならず、すべての人に関わることであり、日本政府だけでなく、様々な機関、そして国民一人ひとりが、自分のこととして捉えることが非常に重要です。


◆東北大学版SDGs活動の原点は震災復興

 我々東北大学における、持続可能な社会の実現にむけた組織的な取り組みの原点は、2011年3月に発生した東日本大震災からの復興にあります。これらは安心・安全で持続可能な社会の構築を目指す取り組みでもありました。このことが「持続可能で心豊かな社会の創造」を目指す「社会にインパクトある研究」へ発展し、SDGsと共通する内容も多いことから、東北大学版SDGs活動と位置づけて取り組んでいます。SDGsは全国民に関わるものですから、SDGsに関わる取り組みを国民の方々に発信しようと、東北大学では今回のようなシンポジウムをあらゆる分野を網羅的に取り込みながら順次開催しています。

- 「宮城の新聞」読者の中高生にむけて、メッセージをお願いします。

◆ 関心を持ち、行動に移して

 SDGsは最近、報道等でもよく取り上げられるようになりましたが、自分自身の問題だと気づいている人は意外と少ないと思います。SDGsに関する本なども色々なところで紹介されていますので、自分で勉強してみることで、「これなら自分にもできるな」といった気づきをたくさん得られると思います。多様な立場から色々な取り組みができるよう、見事につくれたものがSDGsなのです。

 一方で最近は企業のCSRも全部SGDsになったりして、逆に「SGDsって何だろう?」とわかりづらくなっていますね。ですから、それをもう少しブレイクダウン(目標を作業レベルまで細分化)して、それぞれのステークホルダー(利害関係者)単位できちんと考える仕組みをつくる必要があると考えています。我々大学が国連から期待されている役割は、研究機関としてイノベーションを通じて貢献していく側面はあるにせよ、一番は、教育機関としてSGDsに関する教育です。まずは意識改革から始める必要があり、そのためにはただ一方的に話すだけでなく、アイテム等を用意し、これは何のためにあるのかを、行動で示す必要があると考えています。東北大学が全国の大学に先駆けて「プラスチック・スマート」の推進を宣言し、すぐに取り組めるものの一例として、東北大学オリジナルエコボトルを作成したのもその一環です。

 2030年の目標達成にむけて、若い人たちが取り組むことが大変重要です。ぜひ中高生の皆さんにも関心を持って勉強いただき、その結果が何らかの行動につながっていくとよいと思います。もちろん私たち大学の人間が協力できることがあれば、いつでも協力します。

- 原先生、大変お忙しい中、ご協力ありがとうございました。


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<レポート>産総研「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング」セミナー開催

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2019年度 産総研東北センターTAIプロジェクトEBISワークショップ「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)」レポート 取材・写真・文/大草芳江

2020年01月06日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2019年度に東北各県で実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

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◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 第2回産総研EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHP「TAIプロジェクト」をご覧ください。


2019年度 産総研東北センターTAIプロジェクト EBISワークショップ「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)」レポート

「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング」セミナーのようす=11月13日、岩手県工業技術センター(岩手県盛岡市)

 イノベーションを生み出す方法論として「デザイン思考」が注目されている。「デザイン思考」アクションをチームで起こすために産業技術総合研究所(以下産総研)が開発、公開しているツール「デザインブレインマッピング」(以下DBM)を紹介するセミナーが11月13日、岩手県工業技術センター(岩手県盛岡市)にて開催され、中小企業や支援機関等の担当者ら24名が参加した。

産業技術総合研究所東北センター所長の伊藤日出男さん

 同セミナーは、企業に新たな事業の柱につながる気づきの場を提供しようと、産総研東北センターが昨年度から東北各県で開催している「TAIプロジェクト」勉強会(EBISワークショップ)の一環。中堅・中小企業の経営者等を対象に、講師との議論や新しい技術を体験することに重点を置いた勉強会で、テーマは毎回異なる。セミナーでは、はじめに主催者の産総研東北センター所長の伊藤日出男さんがTAIプロジェクトについて紹介し、「デザインがどのように企業の経営に役立つか、一緒に考えたい」と挨拶した。

 続けて、講師を務めた産総研エレクトロニクス・製造領域製造技術研究部門総括研究主幹の手塚明さんが「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)-まずは難しく考えずに試してみよう-」と題したセミナーを行い、簡単なワークを交えながらDBMのポイントを解説。DBMは、背景が異なるチームメンバーが自ら問いを発見し、メンバー同士で創発し、合意形成まで進めるプロセスを、ストレスなく効率化するための方法と道具であることを詳しく解説した。

岩手県工業技術センター理事の小浜恵子さん

 最後に、共同で主催した岩手県工業技術センター理事の小浜恵子さんが挨拶し、「米Apple社のように、産業競争力の高い企業はデザインを重視している。昨年、経済産業省と特許庁が『デザイン経営』宣言を公表し、企業の成長のためにはデザインを考えることが重要といっている。当センターでも、今年4月から岩手県のデザイン支援の拠点となる『IIRI DESIGN LAB』を設置し、デザイン活用の支援強化に取り組んでいる。デザイン思考について、ともに学びながら、岩手県の企業のさらなる成長へつなげたい」と語った。

 11月20日と27日にはDBMのワークショップも行われた。セミナーの詳細レポートは、以下の通り。


産業技術総合研究所 エレクトロニクス・製造領域製造技術研究部門
総括研究主幹 手塚 明 さん セミナー レポート
「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング
(新規事業創出に向けて)-まずは難しく考えずに試してみよう-」

(1)はじめに

◆ 頭ではわかっているけど、どうアクションしたらよいかわからないあなたへ

本セミナーの講師を務めた、産業技術総合研究所の手塚明さん

 デザイン思考に関して、「デザイン思考でイノベーションを」「経験価値が大切だ」等々、啓蒙書や雑誌、ネット等では「成功事例」をベースにいろいろなことが書かれています。知識は頭に入りますし、一瞬その気にはなりますが、では、自分の仕事を明日からどう変えたらよいか、どうやったら成功事例にたどり着けるかは、どこにも書いてありません。また、これまでの経験による思い込みや呪縛に知らないうちにとらわれているために、踏み出せないのかもしれません。そこで本セミナーでは、難しいことは抜きにして、まずは簡単なワークを体験してもらった後、背景にある考え方のポイントだけを示し、共同研究等の事例を紹介します。頭ではわかっているけど、どうやってよいかわからないあなたが、明日から何かしらのアクションがしてみたくなるよう、まずは腑に落ちてもらうことが本セミナーの目的です。


◆ 皆さんの会社で、こんな大変な状況はありませんか?

 はじめに皆さんへ質問です。皆さんの会社で、こんな大変な状況はありませんか?「顧客起点でモノを考えろ」とか「潜在的なニーズを探せ」と上司から言われても、どうすればよいか、やり方がわからない。SWOT(現状の強み弱み)分析を行っても、今後の方向性が議論できない。実施チームが企画チームに意見を言えない。ベテランが若手に知恵を授けようとしても、コミュニケーションがうまくいかない。本日はこれらの悩みの解決のヒントを持ち帰っていただければ幸いです。


◆ 異なる問題類型を同じ流儀で扱おうとしていませんか?

 これからツールをご紹介する前に、まず世の中の問題の類型を行います。こちらのスライドは、新技術の開発から新産業の創出までのプロセスを示したものです。このうち、インプットからアウトプットまでは、技術開発に代表されるように、市場や顧客の反応を気にせず、実施側の努力により計画的に遂行できる性質のもの(問題類型1)です。一方、アウトカムやイノベーションは、実施側の努力でなんとかなるものではなく、市場や顧客の反応で遂行の成否が左右される性質のもの(問題類型2)です。この異なるタイプの問題を同じ流儀で解こうとしていませんか?多くの工学系や研究者は問題類型1で、デザイナーや営業の方は問題類型2ですが、異なるタイプの問題を同じ流儀で扱おうとするから、大抵はうまくいかないのです。


◆ 工学屋が不得意なジャンル?

 世の中の問題は、目的と境界条件が既知と未知の組み合わせに基づき、こちらのスライドに示すように、3通りに類型化されます。クラス1は目的関数と境界条件が明示的であるもの、例えば、顧客の欲しいもの(目的関数)、世の中の市場動向(境界条件)が確定しているような場合です。クラス2は、目的関数が明示的であるが、境界条件が不確定なもの。クラス3は、目的関数も境界条件も不確定なもの。簡単に言えば、安くて質が良ければ売れるのがクラス1で、安くて質が良いけど経済状況が不確定なので売れないのがクラス2、顧客が何を欲しいかも今後経済状況がどうなるかもわからないのがクラス3です。今の時代はクラス3ですね。解が存在するかもわからない中から、観察と対話で解を見つけなければなりません。では、それをどのようにやるのかが、本日のお話です。なお、工学屋がクラス1を解くための論理的思考を「工学的思考」、デザイナーがクラス2・3を解くための対話的・探索的思考を「デザイン思考」と呼ぶことがあります。


◆ たかが対話・連携、されど対話・連携

 本日の話の守備範囲はチームで、組織論や社会論は対象外です。モノが見えていない構想設計段階での連携は難易度が高いですが、チームで連携を組むにはどうすればよいかを愚直にやります。
 大手コンサルティングファーム出身のカレン・フェランの著書『御社を潰したのは私です』の中でも「私が自分のやっている仕事をありのままに話せないのは、『貴社の関係者の連携を強化するお手伝いをします』なんて言っても、誰もコンサルティングの仕事を頼んでくれないからだ』とあるように、たかが連携、されど連携で、対話と連携が大事なのです。


◆ AIとデザイン思考の関係

 デザイン思考に入る前に、最近ちょっと気になるAIとの関係についても触れておきます。ディープラーニング等、近年の第三次ブームのAIは、過去の大量データを用いて学習する点が特徴です。そのため、問題のフレームは依然として供給する必要があり、例えば、自動運転で、交通ルールを守らずに横断した人を引いてしまった話がありましたが、これは規則を守らない人がいることをAIに教えていなかったためです。このフレーム問題は未解決であり、AIを活用したビジネスや新製品開発には限界があると思います。また、AIの弱点は「まるで意味がわかっていないこと」です。むしろ、問題のフレームワークを考えたり、種々の情報の意味を考え、チームとして納得感のあるものを自分たちの解としていったりする活動は今後ますます重要になっていくでしょう。


(2)デザイン思考とは?デザインブレインマッピングとは?

◆ 「デザイン思考」に関わる3つの質問

 続いて「デザイン思考」に関し、皆さんに3つの質問があります。「デザイン思考とは、モノのプロトタイピングを繰り返す方法」だと思っていませんか?「デザイン思考とは格好つけたデザイナーの領域だ」と思っていませんか?「デザイン思考、成功事例はわかるが、自分たちはどうすればよいかがわからない」と思っていませんか?デザイン思考とは、モノのプロトタイピングを繰り返す方法だと思っている方は多いですが、「モノ」ではなく「思考」のプロトタイピングで、デザイナーが行っているやり方を参考にした、非デザイナーのための方法論です。


◆ 「デザイン思考」とは?

 「デザイン思考」とは、米Appleのデザイン担当だったIDEO社のティム・ブラウンが、「人々が生活のなかで何を欲し、何を必要とするか。製造、包装、マーケティング、販売、アフターサービスの方法について、人々が何を好み、何を嫌うのか。これらについて、直接観察し、徹底的に理解し、それらのデザインによってイノベーションに活力を与えること」と2006年のダボス会議(世界経済フォーラム)で提唱し、広く広まった、非デザイナーのための方法論です。


◆ いわゆる「デザイン思考」への率直な疑問

 しかし一方で、我々の率直な疑問として、「観察して共感する対象」とは誰なのか?製品やサービスを見た瞬間に「欲しい」と思うものもあれば、未来の人々のニーズをどのように把握するのかは、既存の顧客観察では不十分ですよね。「デザイン思考」イコール「顧客を観察せよ、されば道は拓ける」と言われているようですが、しかしながら果たしてそんなことはできるのでしょうか?


◆ ふたつの「デザイン思考」

 実は、その解は外になく、自分たちの中にある。そんなスタンスを取るのが、今回ご紹介する「デザインブレインマッピング(DBM)」です。デザイン思考は大きく分けると、通常の「顧客のニーズの観察をベースとするもの」と、「開発チーム内の専門性の違いによる思考バイアスを活用するもの」の2種類があります。後者は、顧客の観察自体が不可能な場合でも、専門性の違いによってチームメンバーごとに思考のバイアスが異なることを利用することで、自分たちで決めたものに自信を持つという思考です。ビジネスデザイナーの濱口秀司氏は、前者を「Design Thinking driven by needs」、後者を「Design Thinking driven by frameworks」と呼んでいます。


◆ 「思考バイアス」とは?

 一般的にバイアスというとネガティブに捉えられることが多いですが、ここでの意味合いは違います。思考バイアスの有名な事例が、「invisible gorilla」です。この画像は、CTスキャン画像に合成的にゴリラのイメージを入れたフィルムです。これをX線医師に見せたところ、ほとんどの医師がゴジラに気づかなかった、という話です。起こり得ないと思ったパターンは認知機能として外すことで脳を効率よく使うわけですが、違う言い方をすると、思考バイアス、つまり、先入観や既成概念はこれを見逃してしまうのです。


◆ バイアスの構造化と破壊による強制発想

 この図は、invisible gorillaに関する思考バイアスの構造化と強制発想を示したものです。横軸を「出現希少度」、縦軸を「見落とし度」で取ると、invisible gorillaは右上あたりで、先入観があると、これを見逃してしまう。この思考バイアスは専門性によってかなり異なりますが、皆さんは同じだと思っています。それが個々人で異なっていることをワークで体験してもらいますが、その違いこそ実はチャンスですよ、というのが、本日のメッセージです。


◆ 思考バイアスを活用した新桃太郎

 こちらはビジネスデザイナーの濱口秀司氏の図ですが、童話『桃太郎』は「チーム」で行動し、弱きを助け、悪を退治する「勧善懲悪」の物語ですが、この思考バイアスを構造化して破壊してみます。「チーム」に対して「ひとり」、「勧善懲悪」に対して善人か悪人かわからない「グレー」を定義し、「桃太郎」とは真逆のキャラクターを強制発想すると、ひとりで行動し正義か悪か不明な「新・桃太郎」が発想できます。思考バイアスの構造を可視化し、その構造に基づいて強制発想するのがポイントです。


◆ 私たちの解決イメージ

 「考える専門家」と「つくる専門家」と「使う専門家」の間には、ギャップがあります。各人の思考過程が異なることを利用することで、共創を促す構想設計の環境を提供しましょう、というのが私たちの解決イメージです。


◆ 個々人の主観が出発点

 また、やっかいな思い込みとして、「人と意見が違っているとまずい」「主観や感覚、経験値は言う価値がない」「知識が足りないかもと思うと、意見が言いにくい」と言う人が多いですが、それがDBMのチャンスです。「知というものは客観的であり、主観や身体感覚とは無関係あるいは真逆」という印象を持たれている方も多いと思いますが、経営学者の野中郁次郎氏らも提唱しているように、まず個々人の主観が出発点で、主観と主観がぶつかり合うことで、客観が生まれるという考え方があります。「そうは言っても、意見を言うと喧嘩になったり、議論がまとまらなかったりするのでは」と心配な方、そうならないスマートな方法を教えましょう。


(3)ワークを体験してみましょう

◆ 平日の時間の使い方:現状と理想

 DBMの特徴を説明する前に、まずは簡単なワークを体験してみましょう。お手元の資料に、「睡眠」「風呂」「仕事」「家族」「趣味」の5つについて、現状の平日のスケジュールを円グラフで書いてください。同じく、理想について円グラフで書いてください。次に、なぜ理想の時間の使い方ができないのか、阻害要因を5つ書いてください。書いたものは途中で消さないでください。


【写真】平日の時間の使い方の現状と理想、理想への阻害要因5つを記入する参加者


◆ 隣の人に見せて、説明してください。

 次に、隣の人に見せて、現状と理想の時間配分と、理想への阻害要因を説明し合ってください。お互いに説明し終わったら、二人で共通の阻害要因を3つ決めてください。その3つの阻害要因を付箋に書いて、それぞれご用意ください。


【写真】現状と理想の時間配分と、理想への阻害要因を説明し合う参加者たち


◆ 重要度-実現容易度

 3つの阻害要因の付箋紙を、「重要度」-「実現容易度」の軸に配置してみてください。隣を見ずに貼ってください。配置が終わったら、隣の人と見せ合って、なぜその位置に置いたか等の背景や理由を交換してみてください。


【写真】共通する3つの阻害要因を、「重要度」-「実現容易度」の軸に配置した理由をそれぞれ説明し合う参加者たち


(4)ワークの背景にある考え方

◆ ブレインデザインマッピングの提案

 実は、皆さんに体験していただいたワークには、DBMのキーポイントが含まれています。

● 言葉は案外伝わらない。例えば、同じ「顧客」という言葉を使っても、人によって異なる「顧客」を考えていることも多いので、それを位置関係問題やポジション問題にする方法を体験してもらいました。
● 目で読む方が、耳で聞くより早い。理由や背景無しで、人は納得しない。一方で、「なぜ?」と聞くと、詰問になってしまい、謝る人がいますから、「なぜ?」は聞きにくい。経験上、位置問題は聞きやすいです。
●事前宿題を出すことができるので、事前に参加者の問題意識やレベルを把握でき、各人の思考構造を踏まえたワークメニューが可能です。
●今回のワークでは触れませんでしたが、言語記述には限界があるため、ビジュアルランゲージを活用することで、より伝わります。


◆ 意外と未来を考えていない?共有していない?

 「SWOT(現状の強み弱み)分析をしても、今後の方向性の議論がうまくいかない」という組織現場の悩みがありました。この問題も大体は「理想のグラフ」を書いていないためです。円グラフの現状だけを分析しても意味がなく、理想論のメニューを組めばよいだけです。SWOTも理想を個々人で書いてみて、それをお互いに学びつつ進めると、「リーダーはこんなことを考えていたのだな」ということが他のメンバーにも伝わります。


◆ 「書いたものを消さないでください」と言った意味→外在化

 ワーク中、「書いたものを消さないでください」と言いました。工学系の人は最適解と思った対象だけを書く傾向があり、一般の人は書いた意見を途中で消してしまうことが多いのですが、全体の中から選ぶと、まわりの人が「そんなことを考えていたのか」と気付くので、無駄だと思わず、書いたものは消さないでください。
 一般的にデザイナーは自分の思うイメージを描いてどんどん並べて、その中でどれがよいか、並べたものと自分との考えとの対話を行います。これを「思考の外在化」と呼びます。思考の外在化では、「これはないかも」と思っても、可能性のあるものを考えられるだけ描いて、とにかく並べてみるというのがポイントです。例えば、デザイナーは「このTシャツの色、ショッキングピンクは絶対に売れないだろう」と思っても、一通り色を並べておいて、「やはりブルーがよい」と確認するために使うそうです。


◆ 話す・聞くコミュニケーションの限界

 「話す・聞く」ベースのコミュニケーションの問題のひとつに、相手の思考構造がとらえにくいという欠点があります。例えば「顧客起点」とキーワードで話す人もいますが、意図や背景は伝わりにくいですし、伝えにくい。そもそも「顧客」がマーケットによって異なりますし、「価値」も異なります。「話す・聞く」コミュニケーションには限界があります。


◆ Whyは聞きにくい!(詰問となる)

 サイモン・シネック氏の「WHYから始めよ!-インスパイア型リーダーはここが違う!」からの引用です。人を動かす偉大な人のコミュニケーション方法には共通点があり、他の人とは正反対だ。人を納得させ行動を促すには、What(何を)-How(どうやって)-Why(どうして)の順番ではなく、Why-How-Whatの順序で思考し説明せよ、それは大脳生理学的にも理にかなっている、というのがその要約です。何の目的で行動しているのか、納得感がなければ人は動きません。しかし、メンバーにWhyを聞けば、詰問と受け取られ、謝られてしまう。Whyを聞くプロセスは、この啓蒙書には書かれていません。そこで先程のワークでは、「話す・聞く」コミュニケーションでは聞きにくい・話しにくい問題も、ノード間の距離問題や座標に対するポジション問題として可視化することで、なぜそこに置いたのか、その背景や理由、想い等を、詰問にならず対話することができることをワークで体験してもらいました。


◆ 実は思考のプロトタイピングを経験してもらいました

 デザイナーは、開発の初期段階で、ダンボールやスケッチのようなもので、作っては壊しを繰り返す「"思考"のプロトタイピング」を行っています。一方、工学屋のそれは「"モノ"のプロトタイピング」で、量産前の試作品といった位置づけです。同じ「プロトタイピング」という言葉を使っていますが、工学屋とデザイナーでは意識が異なるのです。デザイン思考は「思考のプロトタイピング」を目指しており、それをワークで体験してもらいました。


◆ デザインブレインマッピングの特徴

 それでは、DBMの特徴とは何か。一般的なブレストは、付箋紙を貼っている時、人間に興味はなく、アイディアばかりを見ています。要するに思考の結果の「What」の外在化ですね。しかし、それは氷山の一角で、相手の頭の中の構造、Why-How-Whatを外在化する意識が重要です。それがなければ、アイデアコンテストならともかく、共創や合意形成まで持っていくことは難しいでしょう。DBMは、人間を中心とし、各人の思考構造を可視化して交換しようという仕組みになっているのが特徴です。


◆ 価値は意味から生じる、意味は関係性から生じる

 モノそのものに価値があるのではなく、価値は意味から生じる、意味は関係性から生じる。その考え方から、私たちは「関係性デザイン」を重要なキーワードのひとつとしています。そもそも価値は人によって感じ方が違いますし、価値をブレイクダウンすると、意味のあるものが、価値があると言えそうです。その意味とは、モノ自体に宿るものではなく、使う人とモノの関係で生じるものでしょう。価値は個々人で異なるためにわかりませんが、関係性であれば可視化できるので、関係性まで持ってくることをやっています。つまり、モノではなく関係性に命があると見続けることによって、違った解き方ができるのです。


◆ DBMとUX(ユーザー経験)デザイン- 中は外との関係で決まる

 我々の考える「関係性デザイン」について、周囲(ユーザー体験や使用シーン)との関係性で真ん中(仕様)が決まることを表した図です。例えば、掃除機の開発であれば、工学屋はモノに付随する性能やスペック(図の真ん中)を中心に考えがちですが、「どんな使い方をするか」「どこで使うか」といった人やシーン(図の外側)からモノ(図の真ん中)を眺めると、いろいろなことが見えてきます。


(5)手法と道具「デザインブレインマッピング」って何?

◆ デザインブレインマッピング(手法と道具)の意味

 DBMは、ユーザー経験デザインに基づいて開発した手法と道具です。協働のために各人の頭の中(ブレイン)をマッピング(重ね合わせ)、思考バイアス等の気付きや価値軸、主体性をもデザインします。対象とするのは、リーダーと多様なメンバーからなるチームで、問題自体や範囲が未確定というシーンに有効です。そもそも問題解決は、問題設定さえできれば解けたも同然ですが、その問題設定が難しいと、皆さん悩んでいます。問題意識自体がわからない時や、コミュニケーションしにくい場面に、DBMをぜひ活用してください。


◆ DBMを用いた問題解決のプロセス

 次に、DBMを用いた問題解決のプロセスのイメージを示します。最終的に欲しいものは問題の定式化(モノ)でも、問題の定式化や問題を解くためには未知数が多いので、目標の意味や現状の課題認識、問題意識に対するメンバーの認識をお互いに確認し合うことから始める必要があります。問題意識はお互いの暗黙知なので、それをDBMの思考の外在化、関係性マッピング、思考軸の変換等で、お互いの思考構造を把握し合いながら形式知化し、「このような方向で問題解決を行おう」という合意形成まで持っていきます。


◆ メソッド中心主義からメンバー中心主義へ

 リーダーの仕事とは、メンバーにメソッドのテンプレートを埋めさせることだと勘違いしている人もいます。しかし、メソッドのテンプレートに気を取られ、チーム内の意見把握や対話が十分でないのでは本末転倒です。リーダーの役割は、メンバー個々の思考を活性化し、チーム内の対話やモチベーション、納得感を高めるために、我々は「フレーム」と呼びますが、ある関係性に思考を集中させるための「フレーム」をデザインすることです。つまり、リーダーシップも人的リソースの経営デザイン、従業員の経験デザインをすることなのです。


◆ チーム議論でのDBM使用方法の概略

 DBMでは、リーダーはワークフレームをファイルで供給し、メンバーからの関係性記述をファイルとして回収することができます。DBMは複数起動でき、他のパソコンで作業した個人ワークを取りまとめるためにファイル間でコピー&ペーストが可能で、入力者情報は保持されます。議論プロセスの履歴を記録し、参加できるため、欠席者や遅刻者も経過を把握して参加可能です。なお、ユースケースをきちんと見て、使わない機能は入れないようにしているので、シンプルなソフトです。カスタマイズも可能です。


◆ 他の手法との違い

 DBMは既存の手法とどのような点が違うのでしょうか。例えば、思考発散法のひとつとして有名な「マインドマップ」は、基本的にツリー構造を発展させながら、思考を発散するものです。発展形の議論をするには楽しいですが、収束はしないため、チームで最後にひとつにまとめる時には使いにくい手法です。

 また、「構造化フォーマットベースの管理手法」は、指定された構造化フォーマットや表に書き入れていく方式です。表をどのように埋めるかのプロセスがないので難しいですし、表だけ残しても、どんな議論のプロセスかがわかりづらいです。

 ブレインストーミングに代表される「ランダム性依存ベースの発想手法」は、思いつくままランダムに発生させたアイディアをグルーピング等で構造化・概念化していく手法です。つまり、抽象化することで、実行とは逆方向に行くため、抽象化から戻すプロセスが必要になります。個々人の思考の構造や問題意識を共有できるかは、ファシリテーターのスキルに依存してしまいます。

 「思考バイアスベースの創発手法」がDBMです。ツリー構造や特定のフォーマット、表形式等は規定せず、メンバーを反応させるフレームを繰り出すことで、メンバーがきちんと自分で考えて自分の色を出し、それをメンバー間で交換させる環境を提供します。メンバー個々人がきちんと考える方が、クリエイティビティは上がるのです。

 また、通常の会議や付箋紙を用いたアイディア出しとの比較で、DBMの特徴やメリットを下図にまとめました。


◆ デザインブレインマッピングの要約

 つまり、DBMとは、メンバーが自ら問いを発見し、メンバー同士で創発し、リーダーが合意形成まで持っていくプロセスをストレスなく効率化することを目的とする手法です。本人たちが「やった」と実感できる、強くも弱くもない道具です。「主体性をデザインする」「自分事にする」という啓蒙書は多いですが、自然とそうなる環境をつくります。DBMを使うことで、そんな非日常を日常にします。繰り返しになりますが、DBMは「発想」ではなく、「思考バイアスの破壊協業」「外在化による距離感把握」「アイディア出し・創発から選択決定の合意形成まで」、最後に実行可能なひとつに決めることを意識しています。


(6)DBMワークショップの全体像

◆ DBMワークショップとは?

 企業などで課題を抱える当事者チームが、問題解決の方法を自ら考え、彼らが腹落ちする問いと答えに到達できるように、DBMワークショップを用いた問題解決デザインに関わる支援を産総研で行っています。腹落ちする問いと答えに到達できるよう、事前宿題を出しながら、合計3回程度のワークショップを、1~2週間おきに実施します。ファシリテーターである私は答えを押し付けません。本人たちが見つけた答えが解ですから、それを見つけるお手伝いをするのが私の役割です。


◆ 問題意識のセンシング

 ワークショップの設計をする前に、メンバーの現状認識・問題把握・理想状況等を把握することが必要です。ここで紹介するのは、効率よく問題認識を「センシング」するフレームの一例です。このフレームは、新商品・サービスを開発する際の投入リソースと波及効果に関して6項目をあらかじめ設定し、メンバーそれぞれの現状と理想を、30個のおはじきの配分で可視化するものです。その阻害要因と環境要因、さらには波及効果も聞いていきます。「どのように割り当てますか?」。「環境要因は?」「波及効果は?」も聞いていくのです。このフレーム1を使うことで、わりとすんなり現状の問題点や阻害要因を拾えるケースが多いです。意外とメンバーの本音が出てきますよ。


◆ 思考軸の変換促し

 フレーム1の「阻害要因・環境要因の把握」では、阻害要因を書けない場合が多く見られ、例えば「時間がない」等、単なる言い訳が書かれる場合が多いです。このような場合、言い訳でもよいのでまずは書いてもらい、問題点をプロセスと結果に整理させた上で、原因への思考を促す、という軸設定が考えられます。因果関係推論が十分でないケースの場合、「それでは、時間があればできますか?」と聞いて「できません」と気づかせる反事実チェックを用いて思考を深化させていきましょう。


◆ 軸の設定のノウハウ

 軸の設定については、安易な二項対立を煽ったり、一方の軸の優位性を暗黙のうちに仮定するのではなく、対立する軸がともに成立するか否かを検討したり、相手の主張を認識・許容する範囲、チームや組織としての多様性を広げるといった、マインドセットが重要です。どちらも重要な軸を取るのが、実は適切です。


◆ 思考の促し

 顧客や外部機関と関わるイメージが少ないケースでは、フレームを用いて顧客や外部機関との関係性を考えさせるワークと行うことも可能です。


◆ ベテランから若手への知見伝承問題

 ベテランが教えたい内容と、若者が教わりたい内容が異なるというのは、当たり前です。このフレームでは、もう一歩踏み込んで、若手が「ベテランが教えたいと思っている内容」を想定して書き、ベテランが「若手が教わりたいと思っている内容」を想定して書くと、実はお互いの想定内容が違っていることがわかります。お互いに相手を思い合っているのに、誤解が生じていることが原因で、知見伝承がうまくいっていないわけです。このワークを実施すると、それまで遠慮していた若手がベテランに堂々と聞けるようになります。ワークを通してフラットな関係で対話してもらうという方法です。


◆ 距離感の把握

 問題が明らかになっても、人によってはいつまで経っても実行に移さないケースがあります。理由を聞いてみると、リーダーは「実現は容易なため早く進めて」とメンバーに指令したのに、メンバーは「重要度が低い割に実現は困難で二の足を踏んでいた」ということがよくあります。これは、リーダーとメンバーの重要度と実現容易度の認識の違いに気づいていないことが原因です。これは実際のデータですが、各人の置き場所が違うのが対話のチャンスで、意図を聞くことで、暗黙の仮定や背景、理由を共有することが簡単にできます。


◆ 中心変換で意識を変える

 UX(ユーザー体験)デザインを実際に行う時に有効なフレーム事例を紹介します。DBMでは、中心ノードを簡単に変えられます。顧客を中心に置けば顧客起点での思考が容易になり、ライバル企業を中心に持ってくればライバル企業の目線での対策が容易になるでしょう。「フレーム16:起点変換によるUXデザイン」では、例えば、掃除機の設計仕様を決める際に、掃除機を中心にユースケースを考え、次にゴミ箱を中心に持ってきて、その視点から掃除機を見てノードを書き換えた事例です。ユースケースを真ん中に置いたり、掃除後の片付け仕事を中心に置いたり、ある生活パターンの人を真ん中に置くことによって、自然とUXデザインの思考に導かれる効果が期待できます。


◆ DBMワークショップメニューのイメージ例

 今まで紹介してきたフレームを組み合わせることでワークショップデザインはできますが、はじめに全体のデザインを決めてしまうのはおすすめしません。最初と最後は大抵同じですが、その間のメニューは、リーダーがきちんとチームの反応を見ながら、状況に応じて適宜、組んでください。大体は最初に「問題意識のセンシング」を行ってから因果関係推論を行い、最後に、現状から目的地までの道筋と達成後の波及効果を議論させるフレーム「ジャーニーマップ」まで行くと、提案書を作成できるところまで到達できます。一方ですべてのフレームをやらないと効果が無いと言うことはなく、どれから始めても効果がありますので、役立ちそうなフレームをまず使ってみてください


◆ 構想設計の道具:もっとスゴイ道具もできています!

 さらに産総研では、DBMをベースに、チーム以外の組織内外のステークホルダーの知恵を獲得するための「構想設計の手法と道具」の開発も行っています。例えば、掃除機を開発する際、実際に掃除をする方からの意見を、DBMを使わずに収集したいと思い、シャワーのように降ってくるイメージを選択する仕組みもつくりました。


◆ 構想設計コンソーシアム:鋭意募集中です

 日本の製造力の競争力強化には、顧客価値の高い製品・システムの開発のための設計能力の飛躍的な向上が必要であり、設計仕様を決めるまでの設計上流である構想設計が重要です。その想いを共にする産学官の有志の集まりで、「構想設計コンソーシアム」も設立しています。


◆ まとめ

 つまり、デザイン思考とは、イコール対話的手法であると覚えてもらえれば、難しいことではありません。対話的に、試行錯誤を怖がらず行うこと、ここでいう試行錯誤とは、モノのプロトタイピングではなく、思考を試し、共有する、ということです。対話的手法で不完全問題を処理する方法であり、最適解は狙わず、フィジブルな妥当解を狙いつつ、バージョンアップしていく方法だと考えてください。デザイン思考は、最適解を狙うこととは対極な方法だと思います。


(7)質疑応答

Q.1 DBMのソフトウェアは、どのようにすれば入手できますか?

A.1 本日テキストとして使用している書籍『デザインブレインマッピング(丸善出版)』の153ページに、DBMのダウンロード方法を記載しています。フリーで使用できます。最初に操作説明ムービーをご覧いただければ、すぐに使える状態にしています。

Q.2 先程体験した、3つの阻害要因を「重要度」-「実現容易度」の軸にそれぞれの人でマッピングするワークについて、実現しやすいものから並べる、ということですか?

A.2 大体「重要なことは、すなわち、実現が難しい」と思い込んでいる傾向があるため、まずはそれを分けてあげるとよいということです。要は、順列を決めることより、個々人の認識の違いを可視化し、その違いをもとに声(Why)を聞いて、コミュニケーションするのが狙いです。

Q.3 結果や売上を求められ、このような取り組みは「時間がかかるからやらない」となる場合が多いですが、それを「やろう」と思われた経営者の事例を教えてください。

A.3 従来の付箋紙を用いるブレスト等に比べて、実は、DBMは効率がよいのです。合計3回程度のワークショップで、最後の21番目のフレームまで行うことが多く、皆さん驚きます。約15のフレームを解くだけで、最終的に150ページ程度のレポートができます。同じようなことをやる他の手法では約半年間かかるとも聞きますので、かなり効率がよいのです。DBMでは事前宿題が行える点も重要で、会議が始まった瞬間から頭ができています。事務局側もまとめるのが楽です。

Q.4 フレーム1の「阻害要因・環境要因の把握」で、「まずは言い訳でもよいから書く」という話がありました。「時間がない」は社内でも頻出する言い訳ですが、「なぜ時間がないの?」と聞いても、「早く帰らないといけないから」「仕事が忙しいから」といった現象しか答えてもらえません。皆で「なぜ時間がないの?」と話し合えばよい、ということですか?

A.4 私の場合、「それは言い訳だよね。時間がないなら、どうつくる?」と言いながら、「時間がないプロセスって何?」と、結果ばかり言う人にはプロセスを、プロセスばかり言う人には結果を、何度かチェックして、落とし込んでいきます。仰る通り、因果関係推論は難しいのですよ。けれども繰り返すうちに、すごい意見が出てきます。相手は生き物ですから「これをやれば絶対にできる」という保証はできませんが、出てくる確率は高くなるでしょう。因果関係推論ができなかったところは、宿題を出して次回確認することも行います。ここはやはり、ひとつの山場ですね。

Q.5 ワークで「書いた意見を途中で消さないでください」と言ったのは、今の話に通じるところがありますか?「これは話しては駄目だよな」と、これまで消していた情報が表に出ることで気づきを得られる、というイメージですか?

A.5 「書いた意見は消さないで」と言うのは、「恥ずかしい」「適切でない」と思わずに、横に放っておけばよい、途中で横から拾って「これがあるじゃないか」となったりもしますので、ということです。そして、若手とベテラン、バブルの前後で見えている風景は異なりますので、若手の萎縮をうまく取ること。これらが運営上の肝です。

Q.6 ワークショップは、ファシリテーターの良し悪しで決まると聞きます。ファシリテーターから誘導されて、何となく結果は出たけども、実現に結びつかないという話もよく聞きます。DBMは、それを自分たちで考えるところが、既存のワークショップとの違いですね。

A.6 例えば、書籍129ページの「フレーム11:分布バイアスの認識」(分布の偏りを認識させることで気づきを起こさせ、解決に導くためのフレーム)のワークを行うと、部署によって分布が全く違うという結果が得られます。我々は「絶対に偏るだろう」と企み、「ワーク時にこんな反応が出るだろう」と予想をしていますが、それを言ってはいけませんし、結果が「だめ」とも一言も言いません。すると自然に「自分たちは同じ会社なのに、なぜ阻害要因が部署によって偏っているのだろう?営業と製造の阻害要因に関係があるのでは?」などと自分たちで気づくようになります。つまり、ファシリテーターの役割とは、メンバーに気づいてもらうよう、「フレームをデザインする」ことです。そのために事前にフレームワークデザインを行い、絶えずメンバーの顔を思い浮かべながら、メンバーたちがどんな結果を出し、その結果に対してどう感じてくれるのだろうと、常に頭を動かすことを行います。

Q.7 我々も社内で課題があった時、付箋紙に意見を書いて貼るブレストを行っていますが、どのようにして共通のものとしてまとめ、今後に活かしていくかは、うまくできないと思っていました。DBMをそのような状況に活用できるということでしょうか?

A.7 ブレストは付箋紙を貼った後に軸を置きますが、DBMの場合は最初に軸を置く、という違いがあります。ランダムなブレストとは異なり、予めDBMでは「この軸で考えてください」と言ってあるので、大体そこに収まります。その軸をどんどん変えながら、進めていきます。要するに、強制的に問題意識を持たせるわけです。ランダムでなく思考バイアスで攻める方がダイバーシティは取れると個人的には思います。ただ、付箋紙を使う方法も否定しているわけではなく、瞬時に意見を出すのには向いています。ブレストはランダム性の世界ですので、使い分けてください。

Q.8 DBMの最初の軸の決め方は、「問題意識のセンシング」にあたるのですか?

A.8 軸にはいろいろなメニューがあります。「軸の設定は難しい」と思う人もいると思いますので、パターンをたくさん書籍に記載しておきました。一回で軸を決めるのではなく、いろいろ試しながら、メンバーに反応させるために軸を決めていってください。

Q.9 DBMを利用して商品開発に取り組んだ事例はありますか?

A.9 DBMは、新製品の開発でも使われますが、社内のコミュニケーションを円滑にするためや、匠の技の伝承、方針決め等にも使われています。

Q.10 DBMは、どこまで無料で、どこからが有料ですか?

A.10 カスタマイズしないところまでは無料で、カスタマイズする場合は技術コンサルのため有償、知財なら共同研究となります。


(8)参加者インタビュー

「異業種参入にむけてDBMに期待」
株式会社佐原 田中 義之 さん

 新規事業創出にむけたきっかけになればと思い、参加しました。これまでブレストは社内で行っていましたが、アイディアのまとめ方がうまくできませんでした。DBMは、予め軸を決めてからアイディアをまとめていく方法のため、効率的に今後の展開につなげていけそうだと感じました。この後のワークショップでDBMの使い方を学び、最終的には当社の課題である異業種への新規参入にDBMを活用できればと考えています。


「デザインがコミュニケーションツールになることに驚き」
フィンガルリンク株式会社 伊藤 克也 さん

 私はデザイナーで、実は今回、モノのデザインに関するセミナーだと思って参加しました(笑)。実際に聞いてみると、コミュニケーションのデザインがテーマで、コミュニケーションツールとして、デザインでいろいろなことができることに驚きました。今後、社内でコミュニケーションを取りながらモノをつくる時、DBMを活用できるのではと期待しています。


「会社全体のチームワーク向上に活用したい」
株式会社アイカムス・ラボ 須藤 詩乃 さん

 会社全体のチームワークの大切さは日頃から感じているので、よりよい環境づくりのきっかけになればと思い、参加しました。座学では難しく感じることも少なくありませんでしたが、ワークショップにも参加することによって、使い方や考え方の違いによる新たな発見などを体感することができました。引き続きワークショップで理解を深めながら、今後、実際に社内でどのように展開し活用できるかを検討したいと思います。


「異なる角度からの問題解決に期待」
株式会社東光舎 佐藤 昭 さん

 色々な問題解決方法を調べたいという動機と、上司やベテランに気を遣って意見をなかなか言えない若手などの意見をうまく引き出してやりたいとの思いで、参加しました。DBMはメンバーから集めた体験やアイディアの切り取り方が既存のツールと異なるため、通常とは異なる角度から解決方法を見つけることができるのではないかと期待しています。


「社内活性化にDBMを活用したい」
東北資材工業株式会社 高谷 泰光 さん

 DBMのテキストの副題「自ら問いを発見、創発、合意形成。」に心を掴まれ参加しました。手塚先生のフレーズひとつひとつが腑に落ち、共感できることも多く、非常にわくわくしたセミナーでした。時代が変わり、最適解が見つけられなくなる中、巷にあふれるハウツー本を読んでもどこか腑に落ちず、自分の理解力不足を嘆いていました。手塚先生の「解は外ではなく中にある」「そもそも解は存在しないかもしれない」とのお話に、目の覚めるような想いでした。会社の業績が低迷すると、社員の顔も暗くなります。そんな状況に対し上司が最適な指示を出せればいいのですが、共感できるきっかけを与えることで社員自らが合意形成を進め、皆が同じ方向を向ける枠組みを造るためのツールとして、DBMを活用できるのではないかと期待しています。


「アイディア出しに活用したい」
株式会社イーアールアイ 荒屋敷 智也 さん

 会社として現在、要素技術のアイディア出しに取り組んでいます。DBMを利用することで、新しいアイディア出しができるのではと期待し、参加しました。当社は「話す・聞く」コミュニケーションによってアイディア出しを行っていましたが、今回のセミナーで、「書く・読む」コミュニケーションによる新しいツールを教えていただきました。この後のワークショップでも実際にDBMを体験し理解を深めながら、アイディア出しに活用したいと考えています。


「デザイン思考を活用し、県内企業の商品開発を支援したい」
岩手県工業技術センター デザイン部 部長 菊池 仁 さん

 岩手県工業技術センターでは、今年4月に『IIRI DESIGN LAB』を開設し、県内ものづくり企業にデザイン思考を活用した商品開発にも取り組んでもらうような活動に取り組んでいます。以前から手塚さんのDBMをぜひ岩手で教えていただきたいと思っていたところ、産総研からTAIプロジェクトの一環として実現可能と伺い、このたび共同開催させていただいた次第です。
 今回のセミナーで、手塚さんから直接説明を聞くことができました。参加した企業にも関心を持っていただき、工業技術センター職員も理解が深まりました。『IIRI DESIGN LAB』が県内企業の事業展開に役立つ拠点となるよう、我々も様々な相談に対応できる力を身につけていきたいと考えています。
 少人数の中小企業経営者等を対象に、新しい事業へのチャレンジを支援する、TAIプロジェクトはよい仕組みだと思います。セミナーで情報を得るだけでなく、次のステップへ進む段階でも様々なフォロー体制があることも、企業にとって有り難いことだと思います。ぜひ継続して取り組みを進めていただきたいと思います。


「次世代放射光施設と食・農の未来」日本農芸化学会と東北大学がシンポジウム開催

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「次世代放射光施設と食・農の未来」日本農芸化学会と東北大学がシンポジウム開催

2020年01月10日公開

「次世代放射光施設と食・農の未来」のようす=1月8日、東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)

 東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)内に建設が予定されている次世代放射光施設の食・農分野への活用の可能性を探るシンポジウム「次世代放射光施設と食・農の未来」が1月8日、東北大学青葉山新キャンパスで開催された。日本農芸化学会東北支部と東北大学大学院農学研究科、同大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター、同大学食と農免疫国際教育研究センターによる共催で、大学や企業、自治体等の関係者らが参加した。

 はじめに日本農芸化学会東北支部長の中山亨さんが「世界最高レベルの軟X線向け高輝度放射光源として各分野から期待を集める次世代放射光施設が、食・農分野の未来に与えるインパクトを探りたい」とあいさつ。次に、東北大学理事・副学長(研究担当)の早坂忠裕さんが、世代放射光施設誘致の経緯や産学官連携による取り組み等を説明した。

東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター長の村松淳司さんによる同センターの事業紹介

 続けて、同大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター長の村松淳司さんが、昨年10月に新設された同センターのミッションや事業内容等を紹介した。同センターは、次世代放射光施設の活用による学術研究、産学連携、国際連携、人材育成を行う、同大学の分野横断的な研究開発拠点となる。村松さんは「次世代放射光施設をどう利用するかよりも、何を可視化したいかを投げかけてほしい。そうすれば我々は実現のための方法やツールを提案できる。そこから新たな計測技術やサイエンスが生まれれば、我々としても喜ばしい」と呼びかけた。


◆ 次世代放射光で期待できうる研究の展開

光科学イノベーションセンター理事長の高田昌樹さんによる講演「次世代放射光施設の特徴と利活用」

 講演の第一部では、はじめに次世代放射光施設の建設や運営を担う一般財団法人光科学イノベーションセンター(仙台市)の理事長で東北大学多元物質科学研究所の高田昌樹さんが登壇し、次世代放射光施設の特徴や利活用事例、同施設運営の特徴であるコウリション(有志連合)コンセプトという産学連携の新しい仕組み等について説明した。

 次に、秋田大学理工学研究科の尾高雅文さんが「次世代放射光を利用した酵素反応の可視化への挑戦」と題して酵素の触媒機構に関する研究を発表し、次世代放射光の利用で期待できうる研究の展開について紹介を行った。

東京大学物性研究所の原田慈久さんによる講演「次世代放射光で水と泡の謎にせまる」

 また、東京大学物性研究所の原田慈久さんは「次世代放射光で水と泡の謎にせまる」と題して講演し、軟X線を使えば水素結合に寄与する水の価電子状態を直接観測できることを解説。分析事例として「お酒のまろやかさの分析」や「目に見えない微細な泡を見る」等を紹介した。原田さんは「次世代放射光施設では、これまで1時間必要だった分析が、1分で済む。放射光の使い方も変わるだろう」と次世代放射光施設への期待を語った。


◆ 放射光を用いた食・農分野の分析事例紹介

高輝度光科学研究センターの八木直人さんによる講演「放射光を用いた食品科学・農学研究~海外放射光施設における動向~」

 講演の第二部では、SPring-8の運営を行う高輝度光科学研究センターの八木直人さんが、SPring-8や海外放射光施設での放射光を用いた食品科学・農学研究の動向について紹介。チョコレートの美味しさ(食感)を決めるテンパリングという操作の中で油脂の結晶構造がどのように変化するかや、パンの膨らみ方(空胞の大きさ)が塩分濃度によってどのように変化するか等、放射光によって分析された事例を多数紹介した。

マルセ秋山商店の秋山繁さんによる講演「企業の放射光利用例:冷凍食品の放射光CT測定」

 次に、東北大学大学院農学研究科の日高將文さんが、同研究科で次世代放射光ワーキンググループを設置し、SPring-8での研修や、産学連携に取り組んでいること等を紹介した。続けて、同研究科が支援し、仙台市の既存放射光施設活用事例創出(トライアルユース)事業に採択された、水産加工業のマルセ秋山商店(宮城県石巻市)の秋山繁さんが、冷凍食品の放射光利用例を紹介。「冷凍水産物組織内部の氷結晶を可視化することで最適な冷凍条件を見出し、宮城県水産物の美味しさを世界に届けたい」と意気込みを語った。

 このほか、冷凍食品の品質変化のメカニズムを研究している日本大学生物資源科学部の小林りかさんによる講演もあり、SPring-8のX線CTを用いて「過冷却によって冷凍イチゴの品質は向上するか」や「凍り豆腐はなぜ貯蔵中に硬くなるか」を研究した結果の発表があった。

 最後に、東北大学大学院農学研究科長の阿部敬悦さんがあいさつし、「次世代放射光は産業界がアクセスしやすい施設になる。東北地方には農林水産食品業の中小企業が多く、国際競争力の高い農産物も多い。次世代放射光の活用により、標準化や海外市場開拓等につながると期待している。大学にも気軽に相談してほしい」と呼びかけた。


【主催者インタビュー】
「農芸化学分野での次世代放射光活用に大きな期待」
/日本農芸化学会東北支部長 中山亨さん

 私自身は専門外だが、どの発表も大変興味深く、次世代放射光のポテンシャルの大きさを感じた。農芸化学は、化学と生物に関連した事柄を基礎から応用まで幅広く研究する学問分野で、産業・学術・官公庁すべてに関わるが、どの業界にとっても次世代放射光は重要な技術になると強く期待している。当学会としても、本領域をさらに拡大して貢献していきたい。


<関連記事>

既存の放射光施設を利用して企業が実地研修、宮城県が成果報告会

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既存の放射光施設を利用して企業が実地研修、宮城県が成果報告会

2020年01月23日公開

宮城県が主催した「第1回 放射光利用実地研修(あいちトライアルユース)成果報告会」のようす=1月22日、TKPガーデンシティ仙台(仙台市)

 宮城県は、既存の放射光施設を活用した実地研修の成果報告会を1月22日、仙台市内で開催し、中小企業や大学などの関係者ら約150人が参加した。2023年の次世代放射光施設(宮城県仙台市)稼働を見据え、利用促進につなげようと、県内企業を対象に、県が30万円を上限に放射光利用実地研修に必要な経費の3分の2を負担するもので、今年度採択された2社が成果報告を行った。研修は、愛知県にある放射光施設「あいちシンクロトロン光センター(AichiSR)」で行われた。

 報告会では、はじめに宮城県産業技術総合センター所長の大﨑博之さんが、「世界最先端設備が稼働し、社会的、科学的に高い成果が東北の地から生み出されることを期待している。分析ツールのひとつとして次世代放射光施設を身近に感じてもらいたい」とあいさつした。次に、宮城県の千代窪毅さんが、宮城県の次世代放射光施設に関する取り組みを紹介し、研修の概要について説明。研修の特徴として「1.初心者向けであること。2.モデルとするAichiSRには愛知県の公設試が隣接し、産業利用が約60%と高いこと。3.宮城県産業技術総合センターの職員によるサポートを受けられること」の3点をあげた。

あいちシンクロトロン光センターの産業利用コーディネーター砥綿眞一さんによる講演

 続けて、あいちシンクロトロン光センターで産業利用コーディネーターを務める砥綿真一さんが「AichiSR における放射光の産業利用」と題して講演を行い、設備の概要や利用方法等について説明を行った。また、産業利用の事例として酒造における放射光利用の例をあげ、放射光による酒造好適米のデンプン結晶構造解析や、酵母の品種改良等の事例を紹介した。


◆ 採択企業による成果報告

真壁技研の福田泰行さんによる成果報告「金属ガスアトマイズ粉末の内部観察」

 その後、採択された2社から成果報告があった。まず、真壁技研の福田泰行さんが「金属ガスアトマイズ粉末の内部観察」と題して発表。同社は、3Dプリンタの原料等に使われる金属ガスアトマイズ粉末内部に発生する空隙を減らそうと、放射光で空隙を観察した結果、定量的な評価ができた成果を報告。福田さんは「放射光施設のよさを体感することができた。次世代放射光施設の稼働が始まれば、積極的に活用していきたい」と述べた。

ケディカの成澤博文さんによる成果報告「高耐食めっき被膜の構造解析」

 次にケディカの成澤博文さんが「高耐食めっき被膜の構造解析」と題して発表。硬くて耐食性が高い高付加価値な表面処理法を開発するため、熱処理条件やリン濃度によるめっき被膜の構造変化を放射光で測定した結果を報告した。成澤さんは「最初は放射光という言葉を知らないくらい無知な状態だったが、装置の仕組みや特徴、用途、解析方法等まで丁寧に対応いただいたおかげで理解が深まり、解析の選択肢が広がった。今後も研修を継続し、東北の中小企業に放射光の門戸を広げていただきたい」と語った。

 最後に、企業のサポートを行った宮城県産業技術総合センターの小松迅人さんと曽根宏さんが、持込試料の準備から測定、データ処理等まで、実習のサポート内容について紹介。放射光施設を利用する際のポイントは、「放射光を使うこと自体が目的ではなく、何を解決したいのか、課題を明確にすることが大切」と口をそろえて強調した。また、質疑応答では、放射光施設利用時のサポート体制やコスト等に関する質問が集中した。


【主催者インタビュー】
 宮城県 経済商工観光部 新産業振興課 千代窪 毅 さん

― 改めて本研修の狙いと、成果発表会を実施しての所感を教えてください。

 東北・北海道は放射光施設がない地域ですから、企業が「放射光」という言葉を知らないのも当たり前です。身近ではない状況の中で、まず放射光を知ってもらうためには、実際に自分で放射光を使ってみること、しかも、人様のサンプルではなく自社のサンプルで測ってみることが重要と考えました。放射光では、普段の装置による測定とは異なる見え方が可能です。実際に、宮城県産業技術総合センターの装置でも見えない世界があることを、本日の成果報告会でも聞いて研修の価値を実感した次第です。

― 中小企業の方向けにメッセージをお願いします。

 「そもそも何を解決したいか」を明確にしなければ、せっかく放射光で素晴らしいデータを取得しても、その結果をどのように利用すればよいかがわからなくなります。ですから、「放射光について知ろう」というアプローチではなく、日頃の企業活動で困っていることをまとめ、課題を明確にするところからアプローチしていきましょう。

― 次世代を担う中高生へメッセージをお願いします。

 2023年に完成する次世代放射光施設は、単に東北初というだけでなく、世界的に見ても最先端の施設です。まずは見学して、どんな施設かを感じてほしいですね。そして、日頃、不思議だと思うことがあると思いますが、場合によっては、その疑問が次世代放射光施設で解明されるかもしれません。不思議だと思う気持ちをぜひ大切にしてください。

― 千代窪さん、ありがとうございました。

<レポート>産総研「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」EBISワークショップ開催

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<レポート>産総研「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」EBISワークショップ開催 取材・写真・文/大草芳江

2020年01月30日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2019年度に東北各県で実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 第2回産総研EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」
◆ 第5回産総研EBISワークショップレポート「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHP「TAIプロジェクト」をご覧ください。


2019年度 産総研東北センターTAIプロジェクト EBISワークショップ「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」レポート

「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」のようす=11月28日、八戸工業大学(青森県八戸市)

 自動車業界は現在、「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)」と呼ばれる100年に1度の変革期を迎えている。CASEに象徴される新技術普及を背景に、「ハーネス」(複数の電線を束にした部品)の今後を考える勉強会「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」が11月28日、八戸工業大学(青森県八戸市)にて開催され、中小企業や支援機関等の担当者ら10名が参加した。

 新たな事業の柱につながる気づきの場を企業に提供しようと、産業技術総合研究所(以下産総研)東北センターが昨年度から推進するプロジェクト「TAIプロジェクト」(Tohoku Advanced Innovation Project)の一環。東北地域の中堅・中小企業の経営者等を対象に、講師との議論や新しい技術の体験に重点を置いた勉強会「EBIS(Expanding Business Innovation for executiveS)ワークショップ」を様々なテーマで開催している。

 勉強会では、はじめに主催者の産総研東北センターの井ノ上俊宏さんが趣旨説明を行い、「自動車向けのハーネスには、安全制御や自動運転等を背景に高速化対応が求められ、固定設備向けハーネスについては無線化の動き等、ハーネス業界も大きな技術変革期にある。100年に1度の変革期に早めに備えていただきたい」と話した。

 続けて、講師を務めたヤマハモーターエンジニアリング株式会社(静岡県磐田市)の松本智仁さんが「つながる技術 ハーネスの未来~移動体・FA産業機器ハーネスの状況~」と題して講演を行った。松本さんは自動車や産業機器等の配線を減らす「CANバス通信」を中心に解説し、ハーネスの今後について「主に国内生産される高付加価値品は、複数の制御の高度化と軽量化、コストダウン等のために、高速通信や無線化へ移行する傾向にある」と語った。

 その後、講師と参加者による議論の時間が1時間強設けられ、参加者からは「ハーネスは無くなるか」「ハーネス加工メーカーが今取り組むべきことは」といった活発な質疑応答があった。勉強会の詳細レポートは、以下の通り。


つながる技術 ハーネスの未来 ~100年に1度の変革期に備えるには~
/産業技術総合研究所東北センター イノベーションコーディネータ 井ノ上 俊宏 さん

◆ 車の未来 EV化、安全制御と自動運転

産業技術総合研究所東北センターの井ノ上俊宏さん

 ハーネスは現在、主に移動体と固定設備に使われています。まず、移動体のこれからの流れとして、EV(電気自動車)化、安全制御と自動運転があります。そのために必要な情報通信量は現行の毎秒25ギガビット程度では間に合わず、少なくとも現行の4倍の毎秒100ギガビットは必須と言われています。センサで検知してからブレーキをかけるという制御を速やかに行うには、それくらい高速化しなければ衝突してしまうわけです。高速化といえば圧縮・解凍技術もありますが、安全制御と自動運転のスピード要求に耐えることはできません。センサで検知したデータを圧縮して制御基板へ送り、それを解凍してからブレーキへ戻すのでは、間に合わないのです。
 このような自動運転化等の流れを背景に、毎秒100ギガビット以上という高速化対応と信頼性の要求を満たす一定の国際規格も、ここ数年のうちに作られるでしょう。国際規格が出てくれば、世の中は一気に進んでいくことが考えられます。高速化を追求すれば、最終的には、全体ではなくとも、メタルの線から光通信や無線へ移行する可能性もあります。
 以上のような技術の根本的転換に対して一定の準備をしておかなければ、対応できない、あるいは置いていかれることが起こり得ます。そこでまずは勉強会を開きましょう、というのが本日の趣旨です。


◆ ローカル5G:工事現場や建設現場にも 京セラの挑戦

 また、工事現場や建設現場の固定設備等については、京セラが、第5世代通信(5G)を地域限定で利用する「ローカル5G」事業に参入することを、今年11月に公表しました。ベースとなるのは無線技術で、総務省が定めた「5G通信帯域」の基地局設備を自社開発し、2022年には市場投入するそうです。線を使わないため、設置の自由度が高く、安価に設置できることが売りです。京セラは「ローカル5Gの国内市場は数千億円規模になる」と試算しており、京セラのほかにも、富士通やパナソニックといったビックネーム企業が参入に意欲を示しています。

 そのような背景の中、本日はヤマハモーターエンジニアリング株式会社様から松本智仁先生にお越しいただき、ご講演いただきます。松本先生は現在、ヤマハモーターエンジニアリング様の社長付き技術顧問をされている方です。ぜひ積極的にご質問ください。?


つながる技術 ハーネスの未来~移動体・FA産業機器ハーネスの状況~
/ヤマハモーターエンジニアリング株式会社 松本 智仁 さん

◆ 親会社のヤマハ発動機株式会社について

ヤマハモーターエンジニアリング株式会社の松本智仁さん

 はじめに、私どもの親会社であるヤマハ発動機株式会社からご紹介します。ヤマハ発動機はパワートレイン技術や制御技術等を利用し、車両の開発、製造、販売を行う会社です。以前は「パワートレイン技術」と言わず「エンジン技術」と称していましたが、電動化が叫ばれる中、制御技術をより活用して商機に結びつけようと、現在はエンジンやモーター等も含める形で事業を行っています。主な事業内容は、モーターサイクル事業やレクリエーショナルビークル事業、マリン事業等です。


◆ ヤマハモーターエンジニアリング株式会社について

 私が所属している、ヤマハモーターエンジニアリング株式会社は、ヤマハ発動機株式会社100%出資の子会社です。事業内容は弊社独自商品として、消防機関向けのホースレイヤー等の一部を除いて、多くは親会社であるヤマハ発動機向けのもので、モーターサイクルの開発・実験評価、エンジン開発、特殊車両の開発、制御開発等を担当しています。


◆ BMW 4輪車で約50kg、2輪車で約30kgの軽量化を実現

 さて、本題の移動体に使用されるハーネスについてご説明します。皆さんも御存知の通り、大型バイクには非常に長い配線を使用しています。大型バイクに限ってですが、最近、「CAN(Controller Area Network)バス通信」というシステムが搭載されるようになりました。以前は非常に長い配線を大量に使っていたため、重量も然ることながら、コストも高かったのですが、CANシステムにすることで、配線を大幅に削減することができました。商品を作る我々の立場としては、なるべく配線の数を少なくしたい、というのが現状です。


◆ CANとは?

 CANとは、自動車をはじめ、工場の自動化(FA)、産業機器など、多岐にわたる分野で利用されているシリアル通信プロトコルで、約30年前にドイツのボッシュ社によって開発されました。現在では皆さんが乗る自動車のほとんどにCANシステムが搭載されており、エンジン制御やブレーキ制御等のスタビリティコントロールを行っています。
 なぜCANの開発が求められるようになったのかというと、自動車の高機能・高性能化に伴い、車両内の電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)が激増したためです。最初はエンジンコントロールユニットひとつだけだったのがどんどん増加し、最近ではパワーウィンドウの安全装置やブレーキスタビリティコントロールなど、100以上のECUを搭載するようになっています。それらひとつひとつを配線してつなげると複雑化し、重量や部品点数も増え、製造コストが跳ね上がってしまいます。さらに配線スペースの問題も引き起こします。その解決策が、少ない配線でも高速で確実な通信ができるCANだったのです。


◆ CANバス通信とは?

 CANバス通信の「バス」とは、路線バスに由来し、バスの路線上にある停留所のように、各ECUを1本の線でつなぐ接続方式です。従来方式の配線では、ECUとECUを複数の配線で接続し、それを20、30も複雑に組み合わせていましたが、その複数の部品間配線を1本の通信線にまとめて各ECUで共有しよう、というものです。
 CANバス通信にすることで配線本数は減るため、軽量化され、コストの問題は克服できます。さらに、1本のライン上で故障点検や整備ができるようになるため、整備性も向上します。デジタル通信ということで、耐ノイズ性や耐浸水性を心配される方も多いと思いますが、ボッシュ社が開発したCANバス通信はアナログ並に強いシステムです。また、後ほど詳しく説明しますが、ダイアグ通信による故障診断を容易にし、測定/キャリブレーションを迅速にします。
 このほかCANシステムのメリットとして、車体重量の軽量化のみならず、配線スペースの確保が容易になる点が挙げられます。オートバイは非常にコンパクトに作る必要があり、配線ひとつ通すスペースを残すことも問題になります。コンピュータがまだ搭載されていない従来のオートバイの時は、設計後に電源線を通せばよかったのですが、コンピュータの数が激増したため、設計前に電源線を通すためのスペースを確保しておく必要性が生まれました。CANシステムになったことで、電源線を通すスペース確保が楽になったのです。
 また、配線本数が減ることで物理的な故障も減少しました。オートバイの場合、首振りで、ハンドルを切るたびにハーネスが動かされます。すると、ハーネスが引っ張られて切れるといった物理的な故障のリスクが、配線数が多いほど高まります。それがCANになることで、線が1本切れるだけですから、故障を発見し易くなりました。また以前は故障診断時、ECUを個別に検査する必要がありましたが、CANによってネットワーク全体の故障診断や処理を一箇所でできるようになりました。


◆ 通信の変革 複数線から単線へ

 初めてCANが使用されたオートバイが、2004年に発表されたBMW社の「R1200GS」です。ただし、BMW社の広告では「従来モデル比で30kgもの車体軽量化に大きく貢献」と謳っていますが、実際に当時それだけの効果があったかと言えば、疑問です。基本的には、当時はメーターとエンジンコントロールシステムにCANバス通信を使用しただけで、他にはあまり多くのコンピュータを搭載していない車両でしたから、現在の車両ほど軽量化の効果はなかったと考えられます。おそらく現在の高機能化した車両であれば、30kg近い配線本数の削減に結びついていると思います。とはいえ、人間で言う、神経系統に似た電気配線システムをCANバス通信にした意味では画期的な商品でした。


◆ CANの種類

 CANの規格には、主に「低速CAN」(毎秒125キロビットまで)と「高速CAN」(毎秒1メガビットまで)の2種類が使われます。両規格ともノイズの影響を受けにくくするために2本の通信線を使用しています。基本的にCANバス通信は、この2本の通信線の上にECUがつながっていれば成り立つというシステムです。CANの通信線の配線方法は、高速CANと低速CANで異なります。低速CANの方が、やや複雑な配線方法となります。
 また、アメリカ自動車技術会(SAE:Society of Automotive Engineers)では、通信速度で「クラスA」から「クラスC」まで分類しています。クラスAは最大通信速度毎秒10キロビットで、用途はライト類やパワーウィンドウ、ドアロック等。クラスBは最大通信速度毎秒125キロビット(低速CAN)で、用途はメーターやオートエアコン等。クラスCは最大通信速度毎秒1メガビット(高速CAN)で、エンジンやトランスミッション、ブレーキの制御等のリアルタイム制御系に用いられます。
 このようにCANは高速化してきました。例えば、自動車で横滑りした時、エンジン出力を下げる制御は高速に行われる必要があるためです。ただし、CANの通信速度には上限があるため、高速で追いつかない場合は、ECU同士を直接つなげたものを併用しながら組むことが実際には行われます。ですから、CANだけで成り立つわけではありません。


◆ 故障診断通信

 先程も説明しましたように、CANバス通信によって、迅速に車両の不具合を発見できるようになりました。例えば、不具合が出た場合にメーターへエラーコーションを出すことが非常に容易にできます。我々が車両開発をする時も、エラーが手に取るようにわかるため、開発も楽になりました。さらに開発中は、従来使われていたような9ピンのコネクタ等で簡易的なハーネスを作って試験を行いますが、開発中の装備とも簡単に接続できます。
 皆さんにも身近な故障診断通信の事例を挙げると、自動車にダイアグ(Diagnostic:診断)通信を接続して故障診断を行えます。皆さんの自動車のダッシュボードの下にも、最近は「OBD-IIコネクタ」と呼ばれる専用コネクタを見つけることができるはずです。ここにCANバスに通じる端子があります。数千円で市販されているスキャンツールをこの端子に挿すだけで、ECUにアクセスし、燃料残量や平均速度といった情報を得られます。最近はもうこの部分まで無線化が進んでいます。


◆ 測定/キャリブレーション

 現在の電子化された自動車や生産機械等では、制御全体を最適化(キャリブレーション)する工程が必要になります。その際にECUへアクセスするためのプロトコルを「測定/キャリブレーションプロトコル」と言います。最近はCAN以外のシリアル通信プロトコルも自動車に搭載されるようになりましたが、「ASAM(Association for Standardisation of Automation and Measuring Systems)」という規格を使えば、異なるネットワークにも対応でき、簡単に色々なことができます。


◆ 通信プロトコルの種類

 車載ネットワークには、CAN(最大通信速度毎秒1メガビット)のほかにも、「LIN」(最大通信速度毎秒20キロビット)、「FlexRay」(最大通信速度毎秒10メガビット)、「MOST」(最大通信速度毎秒24.8メガビット、毎秒50メガビット/毎秒150メガビットの規格もあり)などの通信プロトコルがあります。現在の車載ネットワークはCANが一般的ですが、これから高速化が必要な自動運転化でFlexRayに移行し、さらに車のマルチメディア化によってMOSTへ移行するでしょう。LINはCANと同じくバス停のように1本のワイヤーハーネス上にECUを並べるバス型ですが、FlexRayは複数のECUを放射状に連結できる「スター型」等の接続方式にも対応可能なため、より高速な通信が可能です。


◆ 今後の展開は、費用対効果次第!

 では今後、ハーネスは無くなるか?と言えば、それは費用対効果次第でしょう。最近は、小型バイクもインジェクション(電子制御式燃料噴射システム)となり、ABSの義務化が世界標準となりましたが、小型バイクの場合、せいぜいABSを単独で動かしてエンジンコントロールとメーターを接続するだけですから、CANにする必要はありません。それに、もともと配線本数も少ないです。そのような小型バイクを、ヤマハは年間約450万台生産していますが、すべて海外生産でハーネスも海外調達です。一方、大型のバイクだけは国内生産ですが、最新鋭のバイクには5軸ジャイロ等を搭載しているため、どうしてもCAN通信を採用しなければ成り立たないのが現状です。これから複数の制御の高度化と軽量化を達成するために、CANを含めた高速通信へますます移行していくでしょう。そのため国内では従来品の移動体用のハーネスは無くなっていくと思います。
 これから電気自動車が普及すれば、大電流への対応としてラインも太くなるため重量が増大します。そのため、銅製品よりも軽く、高強度な低コストのアルミワイヤーハーネスが今後検討されるかもしれません。
 船舶については、重量をそれほど心配する必要はありませんが、最近はさまざまなことが自動化されたことに伴い、コンピュータ同士を接続する必要性が増えました。船舶は大型のため線が長くなる分、コストダウン効果が大きく期待できるため、CANバス通信の採用例は増えていくでしょう。また、船舶は重量的に余裕があるため、光通信の可能性もあるかもしれません。光通信は、光を電気に変換する様々な付属品が必要なため、バイクのように軽量化をねらう小型車両には難ですが、船舶であれば採用されていく可能性があります。
 一番の問題は、無線化ですね。実際に皆さんがお使いのキーレスエントリーシステムも、無線化した事例と考えてよいと思います。そのようなものが現実的に今後、どんどん増えていくでしょう。例えば、ロードレース用自転車のディレイラー(変速装置)は、以前は鉄ワイヤーで機械的に動かしていたものが、数年前にシマノ社がCANを用いて電動ディレイラーを開発・販売し、昨年はスラム社がCANを止めてしまいました。ついにディレイラーのコントロールも無線化したのです。これでコントロール系統の線は、ブレーキ以外は完全に無くなってしまいました。そのような形でワイヤーハーネスは、高付加価値品に限られるかもしれませんが、将来的には無くなっていく傾向にあります。それは移動体に限らず、産業機器等に関してもその可能性が高いでしょう。


◆ モーターサイクルにおける開発評価

 当社のモーターサイクル開発におけるハーネスの評価についてもご紹介します。電波暗室TEMセル試験では、想定される電波を出して影響を受けないかを電波暗室内で試験します。シャワーテストでは、水をかけて、漏電による不具合が発生しないかをテストします。
 首振り耐久は、オートバイの場合はハンドル部分が回るため、何万回もハンドルを動かし、ハーネスの不具合が発生しないか、テストします。ハーネスは大量の線をポリ塩化ビニルのテープで束ねてできているため、曲げられるたびに、内側の線は曲げられ外側の線は引っ張られるところが常に問題となるのです。
 実走行耐久評価では、走行時の振動によって柔らかな線が内部で破綻しないかをテストします。ワイヤーハーネスは金属ですので、やはり振動には非常に弱いのです。もちろん、機能が損なわれていないかの機能テストも行います。
 組込性評価は、どこに線を通すかが重要で、無理やり通してたわんでしまうと、そこに水が溜まってしまいます。ですから、高いところから低いところへ配線するように気をつけて、組み込み後の状態を評価します。また、いろいろな外付けのものを取りつけた時に不具合が起きないかもテストします。
 「検車会・わいがや」では、オートバイを前に、ワイヤーハーネスも含めて、いろいろな部分について想像力を働かせ、「どんな問題が将来起き得るか?」等と想像しながら会議を行っています。


◆ ワイヤーハーネスの規格・標準

 最後に、ワイヤーハーネスにも現在、様々な国際規格があることを紹介して、私のお話を終わります。


講師と参加者による議論

(参加者) 結局、これからハーネスが無くなる変化に対応していかなければ、ハーネス業は生き残れない、という結論ですか?

(松本) その可能性があるということです。少なくとも、先程もお話したように、自転車のコントロールワイヤーが無くなり、次に電動化した信号線が無くなり、現在は無線化したという事例があります。高付加価値な自転車の事例ですが、今後無線チップの低価格化が進めば、いろいろなものに応用され、ワイヤー業が無くなる可能性はあると思います。

(参加者) 本日は移動体に関するお話でしたが、産業機器も同様と考えてよいですか?

(松本) 故障判断は、CANバス通信のように、シンプルな通信経路の方が容易なため、高い信頼性が求められる産業機器も、シンプルなラインになる可能性があります。ただし、産業機器は高速化しており、CANには通信の上限があるために、ECU同士を接続する必要がある部分は、ハーネスが無くならない可能性はあります。逆に、低速でも問題ない部品はCANバス通信に置換されていくでしょう。

(参加者) 現実的にハーネスの需要は増えている傾向もあるのですが。

(松本) 現実的には機能がどんどん増えているので、仰る通り、配線の数は増えています。

(参加者) 高級車種ほど、信頼性の面でも、ハーネスの需要があります。

(松本) 問題は、日本国内では高付加価値品しか生産しなくなっていることです。ヤマハも現在450万台を生産していますが、このうち国内生産は数万台だけで、それ以外の9割以上が海外メーカーによる生産です。ワイヤーハーネスの調達先も海外ですので、従来のお仕事は海外に取られていきます。数は少なくはなりましたが、残った高付加価値なハーネスは国内で生産していますが、さらに新規格が今後出、その変化に追いつかなければ、国内では仕事が無くなる可能性があります。

(井ノ上) CANバス通信という新技術が入った影響でハーネスは減りますが、仰る通り、高機能化に伴い、ハーネスは増えています。そこにさらに高速化という追加の要求が入ってきます。その要求にどう応えるか。
 また、光ファイバーは光を全反射させるため損失無しで遠く離れた場所へ光の信号を伝えることが可能ですが、センサの電気信号を光に変換してから送った先で光を電気に戻してECUに入れる必要があります。そのコストと重量に現在のところは優位性がないため、しばらくは光通信にならないだろうと松本先生は仰っています。しかし、数年後に国際基準ができ、世界中で同じものを一気に量産できるようになれば、コストは下がるでしょう。救いは、それまでにあと何年かあり、対策の立てようがあることです。
 もうひとつ、ぜひ質問いただきたいのが信頼性です。無線は外部からの影響を受けやすい。命を守るようなコントロールを無線に任せていいのでしょうか?そこは線でしょう?

(松本) そこは線でしょう、というのは確かにあるかもしれませんが、混信しないようにそれぞれペアリングを行っています。今はWi-FiやBluetooth等の技術がありますが、信頼性向上のための独自規格を開発している方たちもいます。そのうち何かが国際基準として採用されれば、それに乗り遅れないように自分たちも勉強する、その繰り返しではないでしょうか。

(参加者) Wi-Fi等の無線ではノイズが入ることがありますが、どのような対策を取っていますか?

(松本) ノイズの問題は技術の進歩で解消できます。例えば、昔はマイクとスピーカーを近くに置くと、「キ~ン」と鳴っていましたが(ハウジング)、今は起こらないですね。それはスピーカーから出る音とマイクに入る音を計測し、その信号を見比べながら、ソフト上で管理しているためです。

(参加者) 将来的にはセンサにCPUが入り全体の要素を動かすようになる可能性が高い、と解釈してよろしいですか?

(松本) 当社の最上級1,000ccバイクの売りのひとつは「転ばない(転びにくい)バイク」です。その中核を担うのが、姿勢制御を行う5軸ジャイロセンサで、当社の特徴はジャイロにCPUを載せ、そこで処理をしてエンジンコントロールを行うことです。今ではCPUが付いていないセンサを探すのが難しいところまで、すでに来ていると思います。

(参加者) CANバスは、USBのLANケーブルというイメージですが、コネクタの加工技術等の国際的な規格などは、既に決まっていますか?

(松本) 「自動車には自動車用のコネクタや線を使用してください」くらいはありますが、電子信号が伝われば基本的には何でもよく、汎用品で十分成り立つシステムです。ですから、極端な話、USBケーブルを使ってもよいですし、私たちのプリテストでも9ピンコネクタを使っています。

(井ノ上) 国内と海外の企業によって商慣習が異なると聞いています。日本企業の場合は、「A社のBを使いなさい」と型番が指定されるのに対し、欧米の企業の場合は「JIS規格の何番」と指定されるだけで、同じJIS規格の部品であれば何を使ってもよいらしいですね。その辺りの商慣習は今後どうなっていくでしょうか。

(松本) やはり我々メーカーは、「A社のB」でしかテストをしたことがないので、「A社のB」と商品名に近いものを指定するでしょうね。我々メーカーがハーネスメーカーさんに直接お願いする場合もあれば、基盤メーカーさん経由でお願いする場合もありますが、後者の場合、直接お話する機会もないので、融通できなくなる面もあります。また、先ほどの「OBD-IIコネクタが規格化されている」という話も、四輪車は割と統一されていますが、二輪車の場合は「ピンの位置が微妙に違う」ことが多々あります。

(参加者) ハーネス自体は無くなることはないけれども、今後の技術革新でさらに本数が減らされていく、という認識でよろしいですか?

(松本) 同じ機能であれば減ります。人間が「もうこれ以上、便利にならなくてよい」となれば、減っていく可能性がありますし、「もっと高機能な車をつくってほしい」となれば、増える可能性があります。そのどちらに動くかです。ただ、技術革新が進むほど、メーカー側の気持ちとしては当然、コストダウンや軽量化、シンプルさ等を求めて減らしたいです。ただ、「機能をどんどん増やしてほしい」というユーザーさんからの要望があるため、今のところは増えています。

(参加者) ハーネス加工メーカーは今、最初に何に取り組む必要があると思いますか?

(松本) とりあえず、まずは「かじる」ことが重要だと思います。次にどんな技術が登場するかをWeb等でよく勉強していれば、次にどんな技術が必要なのかわかってきますから、先回りして事業を展開できるのではないでしょうか。

(参加者) 軽量化や信号量の観点から見ると、光ファイバーにした方がよいですか?

(松本) そうですね。ただ、我々の車両の中では、すぐには光通信にならないと思います。ただ、据え置きのFA産業機器であれば、光通信になる可能性が高いでしょう。

(井ノ上) 発注者側は、一体どんなことを考えて、どんな評価をしているのでしょうか。松本先生のご講演の最後に「わいがや会議」がありましたが、どんな議論をされているか、もう少し教えていただけないでしょうか。例えば、防水について。

(松本) 水は、防水すれば防水するほど、実は溜まるのです。水を抜け易くするためには、どうも水は入り易い方がよい。そういうことも、ひとつひとつ技術です。例えば「これは水が入っちゃうよね。でも必ず抜けるようにしないといけない」ということを話し合ったり、先程もお話したように、ワイヤーがたるむと水が溜まるので、「たるんでいる」と指摘してもらったりするのが、「わいがや」です。当然、水が入ってくれば一緒にホコリや砂も入り、故障の原因になるので、本当は水が入らない方がよいに決まっています。それをハーネスメーカーさん側で提案してくれるとよいかもしれないですね。ただし、「必ず水が入らない」「どの程度の耐水性がある」と証明しなければ誰も採用しません。県や国の試験研究機関でエビデンスをつくり、メーカーに提案するのも、ひとつの方法だと思います。

(参加者) 発注者側の企業は、ハーネス加工メーカーからのフィードバックは望んでいるのでしょうか?

(松本) 「コストダウン会」は当然行います。社内の管理職のほかに、メーカーさんにも参加いただきますが、お呼びするのは一次協力企業さんだけです。そのような場に参加させてもらえる会社になりましょう、ということだと思います。

(井ノ上) ある企業は発注が来ても、「この図面では安くできない。この図面をこう変えさせてくれたら、当社ではいくらコストダウンできます」と「逆提案」をしているそうです。最初は二次、三次下請けで、なかなか一番上の発注企業と会えなかったそうですが、逆提案を繰り返していくうちに発注企業の技術展示会に呼んでもらえて、つながりができたそうです。逆提案型で参入していく企業はたくさんあります。

(参加者) 一次、二次下請けを飛ばしてしまうので、やりづらいと思うのですが。

(松本) 当社でも、面識はあるものの、取引のない企業と一緒に社内展示会を行う機会はあります。一般の展示会などに積極的に参加しメーカーさんとの交流を図ることも、やはり必要ではないでしょうか。

(井ノ上) 展示会も、「図面があれば作れます」だけでは、出展させてもらえませんから、「当社はこういうものをつくれます」と、何かしらのサンプルを作って持ち込むことが必要ですね。

(松本) 実は、ヤマハのバイクの部品を専門に作っていたある企業さんの場合、海外生産にシフトした影響で、仕事がどんどん減ってしまいました。そこで、その企業さんは自動車の部品を作ろうと考えて自分たちで作れるものを探して、頼まれなくても勝手に型を起こして作り、T社に提案して採用されたそうです。機械加工と溶接がメインの会社が、溶接組み立て部品を後加工しなくとも車に取り付けられる精度を出せる技術を独学で身につけ、採用された事例です。そこまで努力されています。

(参加者) ヤマハさんは、大型のバイク以外で、メイドインジャパンの取り組みを行っていらっしゃいますか?

(松本) コストが見合わないものはどうしても海外へシフトしますが、国内生産できるものはなるべく国内生産するのが基本です。それは雇用を守るためです。当社では創業以来、社訓に「事業活動を通じた国家社会への貢献」を謳い、雇用と納税を守ることが事業の根本であると教えられてきました。
 日本語では「メーカー」と言いますが、我々は「コンプリートメーカー(組み立てメーカー)」であり、部品は部品メーカーの皆さんから調達します。部品を作る皆さんが、技術力や信頼性、供給能力等で高いレベルになければ、我々も存続することができませんし、日本も存続できないでしょう。

(井ノ上) 今日お伝えしたかったことの1点目は、技術は日進月歩で、新しい技術が登場するたびに対応しなければ取り残されてしまう、ハーネスにもその動きがあるということ。2点目は、信頼性を中心にメタルのハーネスは当面残る。その間に、今後どのように技術が変わっていくかを見越して、現在の業務と並行してご準備いただきたいということ。それが私どもの願いです。開発には当然お金がかかりますので、必要があれば、県や国の補助金もご活用ください。私どもも一生懸命応援させていただきます。これから様々な変化がある中、力を合わせ、東北地域を盛り上げていきましょう。


参加者インタビュー

◆ 技術革新に備える必要性を再認識
/株式会社岩本電機 代表取締役社長 岩本 崇司 さん

 産総研の井ノ上さんからお声がけいただき、ハーネスをテーマにしたEBISワークショップを開催いただきましたが、実際にやってみて本当に良かったです。当社はワイヤーハーネスの加工メーカーですので、これからお客様の需要がCANバス通信に移行した時、しっかり対応できるようにしておくことが今から必要であるとの気付きを得ました。さらに、お客様から依頼された時のみならず、「逆提案」できるようになるため、まずは勉強しなければいけない、そのキックオフになったと思います。最初は「ハーネスが無くなる」というネガティブな話でしたが、では今から何をしなければいけないのか、改めて気づかされたワークでした。


◆ CANバス通信や新規格に対応できるハーネス加工技術を学びたい
/有限会社幸電子 工場長 盛田 秀昭 さん

 当社もハーネス加工の会社で、「ハーネスの未来」というテーマに興味を惹かれて参加しました。自動車用ハーネスは、何本も線を組み込んで束ねていく「組みハーネス」という非常に難しい技術で、専門の業界があるほどですが、それが簡略化されるお話は大変興味深かったです。また、今後ハーネスが減るとはいえ、メインハーネス以外は今後も増えていく要素が残っている点も、興味深いです。新しいCANバスのハーネスもある程度需要が出てくると思いますし、その製作技術はUSBケーブルやLANケーブルと同じ規格になっていくとすれば、それに伴う加工の治具や規格に対する技術も今後学ぶ必要があると考えています。


◆ 安全を総合的に実現する材料研究につなげたい
/八戸工業大学大学院工学研究科 教授 信山 克義 さん

 私の専門は電子・電気材料工学です。ハーネスの中にはメタルがあり、その周囲には絶縁体がありますので、絶縁体に今後どのようなことが求められるかを勉強するために参加しました。電気的なことだけでなく、機械的なことや通信高速化等も含めて、安全に長期間使える絶縁体の開発が今後求められると感じました。今後は無線化が進んでいくと思いますが、ハーネスが必要な領域は残るでしょうし、大学でも「安全に長く使う」ことを総合的に考えて絶縁体の研究を行っていきたいと考えています。

<レポート>産総研EBISワークショップ「燃料電池自動車が拓く水素社会」、元・トヨタ自動車燃料電池開発部長がFCV開発の意義と動向を解説

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<レポート>産総研EBISワークショップ「燃料電池自動車が拓く水素社会」、元・トヨタ自動車燃料電池開発部長がFCV開発の意義と動向を解説 取材・写真・文/大草芳江

2020年02月21日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2019年度に東北各県で実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

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◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
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◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」
◆ 第5回産総研EBISワークショップレポート「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)」
◆ 第6回産総研EBISワークショップレポート「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHP「TAIプロジェクト」をご覧ください。


2019年度 産総研東北センターTAIプロジェクト EBISワークショップ「燃料電池自動車が拓く水素社会」レポート

「燃料電池自動車が拓く水素社会」のようす=12月20日、仙台ロイヤルパークホテル(仙台市)

 「脱炭素社会」の切り札として、使用時に二酸化炭素を排出しない水素が注目される中、水素を燃料とする燃料電池自動車(以下FCV)をテーマにした勉強会「燃料電池自動車が拓く水素社会」が12月20日、仙台ロイヤルパークホテル(仙台市)で開催され、東北の中小企業や支援機関等の担当者ら17名が参加した。

産総研東北センター所長の伊藤日出男さん


東経連ビジネスセンター長の西山英作さん


技術研究組合FC-Cubic専務理事の大仲英巳さん

 中小企業に新たな事業の柱につながる気づきの場を提供しようと、産業技術総合研究所(以下産総研)東北センターが昨年度から東北各県で開催する「TAIプロジェクト(Tohoku Advanced Innovation Project)」の勉強会「EBISワークショップ(Expanding Business Innovation for executiveS Workshop)」の一環。勉強会では、はじめに主催者の産総研東北センター所長の伊藤日出男さんが同プロジェクトについて紹介を行い、「東北に革新を起こすため、中小企業の皆様に次の一手の気づきを得ていただくための勉強会。講師を交えてとことん議論を突き詰めてほしい」と呼びかけた。続けて、共同で主催した東経連ビジネスセンター長の西山英作さんがあいさつし、「中国がFCVに方向転換する等、国際的なトレンドとして注目を集める水素・FCVについて、第一人者の話を吸収したい」と語った。

 講師は、技術研究組合FC-Cubic(東京都)専務理事で、元・トヨタ自動車燃料電池開発部長の大仲英巳さんが務めた。大仲さんはFCVの開発の意義や国内外の動向について解説し、「FCVの普及と水素社会の実現は、エネルギー・環境問題への対応や国際競争力向上に重要な意義がある」と強調。さらに燃料電池は自動車以外の幅広い分野にも展開できるポテンシャルが高い反面、技術的課題が多く残されていることも語った。講演後は講師と参加者による議論の時間が設けられ、FCV開発・普及の方向性や知財戦略、水素・燃料電池分野新規参入の方策等について活発な質疑応答が行われた。また、トヨタのFCV「MIRAI(ミライ)」の試乗会も実施された。

経済産業省東北経済産業局地域経済部次長の柏芳郎さん

 最後に、後援した経済産業省東北経済産業局地域経済部次長の柏芳郎さんがあいさつし、「東北でも水素関連のプロジェクトが進む中、経済産業省の水素関連の予算規模も拡充傾向で、次年度は総額700億円になる。水素社会の実現に向け、当局内でも横断的に情報共有しながら取り組んでいる。支援メニュー等に関しては、私ども東北経済産業局に、気軽に問合せいただきたい」と呼びかけた。

 EBISワークショップの詳細レポートは、以下の通り。


講演レポート「燃料電池自動車が拓く水素社会~FCVの開発の意義と動向~」
/技術研究組合 FC-Cubic専務理事、元・トヨタ自動車燃料電池開発部長
 大仲 英巳 さん

◆ はじめに

 私はトヨタ自動車で、MIRAIの前のモデルまで燃料電池自動車(以下FCV)の開発を行っていました。もともと入社以来エンジンを開発していましたが、1999年、トヨタで燃料電池を本格的に開発することになってから、約20年ずっと燃料電池に関わっています。現在所属している技術研究組合FC-Cubic(燃料電池関連企業や大学、産総研が参画)では、産業界の燃料電池及びそのシステムの開発を支える共通基盤的な研究を行っています。世界は今、水素・燃料電池へ、非常に速いスピードでシフトしています。その動向等を本日の講演ではご理解いただきたいと考えています。


1.背景

◆ 自動車に求められるゼロエミッション

 はじめに、世界の自動車保有台数の推移をご覧ください。日本は若干頭打ちですが、途上国等を中心に、世界では自動車保有台数が増えています。産業としては歓迎すべき状況ですが、一方で周辺環境に与えるインパクトは大きくなり、エネルギーの多様化やゼロエミッション化(排出物がないこと)が自動車には求められています。
 国連の気候変動に関する政府間パネルの報告書にも、「自然災害による被害は、今まさに我々が直面している大変重要な事実」と報告されています。もし2100年に世界の平均気温が3度上昇すれば、日本近海ではいつでも台風が発生し、冬季オリンピック開催場所が現在の21箇所から13箇所へ減少する等と報告されています。すでに日本でも季節外れの台風が発生し始め、米国では今年3つのハリケーンで約3兆円の被害が出ました。「このままでは百年に一度の災害が毎年起こる」と叫ばれるほど、環境・エネルギー問題は待ったなしの状況です。


◆ 自動車業界に大影響を与える中国の変化

 次に、主要国の四輪自動車の販売・生産・保有台数をご覧ください。販売台数で日本・米国・ドイツは一大販売国ですが、これら3国分を足しても中国の方が上回るほど、中国が大市場になっています。中国の動きが自動車業界に大きな影響を与える背景です。
 中国政府は、北京等での深刻な大気汚染問題に対する世論の高まり等を受けて、2019年、自動車メーカーに10%の新エネルギー車の製造・販売を義務付ける規制を導入しました。新エネルギー車とは電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHV)、FCVが対象で、ハイブリッド車(HV)は除かれています。それまでは米国や欧州、日本が環境規制で先行していましたが、それを上回る規制を中国が開始したのが今の状況です。
 中国が水素・燃料電池へと大きく舵を切ったのは、中国の李克強総理が2018年に日本を訪問した際、トヨタも視察され、水素・燃料電池を理解して帰国された直後です。中国政府がEVへの補助金を2020年で打ち切り、水素・FCVへ補助金を回した動きが象徴的です。
 もうひとつは、中国政府の科学技術のトップから「国際的にオープンな取り組みを行い、国際的な基準にも整合する」「世界トップの水素・燃料電池国家である日本のロードマップを参考にする」と表明がありました。これは今までの中国の意識とはかなり変わっています。今は補助金政策中心ですが、それだけでなく、根としては技術が重要で、産学官連携体制で進めたいとの相談を受けています。米中貿易戦争も長引いていますが、世界と協力していく方向へ、中国の意識も変化しつつあるようです。


◆ エネルギー多様化・ゼロエミッション対応の急加速化

 自動車がお客様や社会から求められるものとは何でしょうか。現在の課題を考えると、「電動化」「自動化」「知能化」のキーワードで開発を進め、自動車をめぐる100年に1度の大変革に対応する必要があります。そして環境問題に話を絞れば、これまでのガソリン車やディーゼル車の改良に加えて次世代車の開発を加速させる必要があります。現在の主流はHVや、HVに外部充電機能を追加したPHV等の低エミッション車です。さらに、ゼロエミッションの達成に向けて、バッテリーEV、あるいは水素を使ったFCVが求められています。そこで現在、電動化・電子制御化は必須のキーワードで開発を進めている状況です。


2.燃料電池自動車の特長と意義


◆ なぜ今、水素が将来の有力なエネルギーとして注目されているのか

 なぜ今、水素が将来の有力なエネルギーとして注目されているのかについては、こちらの映像をご覧ください(参照:トヨタ「MIRAI」公式ページ:https://toyota.jp/sp/fcv/h2guide/)。水素エネルギーが注目されている理由、その1は「使用時の二酸化炭素排出量ゼロ」。その2は「ほぼ無限に作り出すことができる」。その3は「貯められる・運べる」です。ただし、「水素社会」と言うと、「水素が主役」と誤解されることも多いですが、水素は決して主役にはなりません。やはり、一番使いやすいのは電気です。あくまで電気が主役で、電気を貯めたり・運んだりするところを水素でうまく補完してやり、全体としてうまくエネルギーをマネージメントするのが水素社会と理解するのがよいと思います。


◆ 自動車用燃料電池の原理と構造

 水素の活用で、ひとつの流れになっている燃料電池ですが、いろいろな種類があります。自動車用には、固体高分子形の燃料電池が最適と考えられ、各社で基本的にはこのタイプの燃料電池の開発が進められています。その一番の決め手は低温機動性で、「マイナス30度でもすぐに車が走ってほしい」ニーズに対応できるのが固体高分子形です。

【写真】自動車用燃料電池の原理について

 固体高分子形燃料電池の原理を、簡単にご説明します(写真)。固体高分子形燃料電池は、真ん中に(固体高分子の)電解質膜があり、それを2つの触媒で挟む構造になっています。電解質膜は、昔はだいぶ厚かったのですが、今は料理用ラップより若干厚いくらいまで薄くなりました。電解質膜は、水素を分子のままでは通しませんが、水素イオンならば通します。燃料電池のマイナス極(水素側)に水素が供給されると、水素は電極の触媒上で電子と水素イオンに分解されます。水素イオンは、マイナス極から電解質膜を通ってプラス極(空気側)に移動し、電子は燃料電池の外部回路を経由して、空気側の触媒で、流れてきた電子を受け取るとともに水素イオンと酸素分子が結合し、水だけが生成されます。このようにして電子を取り出し、電子が流れる回路をつくることで、電気が発生するという仕組みです。
 燃料電池は、水素を電気化学的に反応させるため、非常に高効率なのが特徴です。MIRAIも、ハイブリッド制御が入っているものの、水素エネルギーの約65%が車(のモーター)を回すエネルギーとして使われています。従来の内燃機関自動車では、ガソリンエンジンの場合で20%未満、ハイブリッドの場合で30%強でした。燃料電池にすることで、約65%と高効率になるため、必要な燃料も減りますし、水素を使えば走行中の二酸化炭素は排出しないことになります。
 燃料電池の構造については、まず電解質膜の両側に触媒(白金や白金系合金が使われる)を塗ります。触媒と一緒に(電極として)カーボンを塗るため色は黒くなります。大きさはA4サイズくらいです。外側に水素と空気を供給する通路が構成された「セパレーター」があり、これでサンドイッチしたものが1枚のセルになります。1枚のセルで出せる電気は多くても1ボルト、そこから負荷を引くと0.6ボルト程度と乾電池より少ないです。ですから、セルを直列で数百枚つなぐことで(パッケージ化したものを「燃料電池(FC)スタック」と呼ぶ)、約300ボルトという高電圧を達成し、車のモーターを回すという原理です。高電圧になるため絶縁をしっかり確保して車に乗せています。現在のMIRAIのFCスタックは、今回例として挙げた2002年モデルから3分の1くらい小型化・軽量化されています。


◆ 燃料電池自動車の特徴

 FCVの特徴として、水素は多様な一次エネルギーから製造可能なため、再生可能エネルギーの余剰分で水素を作れば、非常にクリーンです。また、走行中の二酸化炭素はゼロです。車の二酸化炭素対策の場合、排出後のガスを集めての処理は非常に困難なため、まずは走行中の二酸化炭素をゼロにして、次にその燃料を作る過程の二酸化炭素をゼロにし、トータルとしてゼロエミッションを狙う考え方になります。それが水素の活用により実現しやすい、ということです。また、走りの楽しさを生む点も従来の車とは違います。モーター駆動車ならではの滑らかな走りと静粛性で、非常に加速が良く、特に低中速のレスポンスが良いのが特徴です。
 EVとの差で一番大きな特徴が、使い勝手の良さです。たとえ環境に良くとも使いにくい車は普及しませんし、普及しなければ、環境に貢献することができません。そのためには、従来の車と同様の使い勝手を確保する必要があります。FCVは、普通にエアコンを使って路上走行しても500km以上走りますし、水素充填時間は約3分です。また、マイナス30度でも従来の車のように走ることができます。さらに非常時用電源としても有効です。水素満タン状態のMIRAIで一般家庭5日分、FCバスで避難所約5日分の電気を賄う機能を有しています。環境にやさしく、同時に従来車と同様の使い勝手が両立できているのがFCVの大きな特徴です。


◆ 水素・燃料電池自動車を導入する意義

 水素・FCVを導入する意義として、将来的には再生可能エネルギーへのシフトが必要という動きの中、先程も申し上げた通り、これからも基本的には電気が主役です。ただし、電気は大量に貯めたり遠くへ運んだりすることが不得意なため、その間、水素に一旦変えて、もう一度電気に戻す、あるいは、その水素をエネルギーとして使う等、水素と電気をうまく使うことが大切です。このように社会のエネルギーマネージメントの一翼を担います。
 もうひとつの意義は、産業的な観点からです。先程ご説明したFCスタックのほか、高圧水素タンクがFCV専用部品です。このほか、車を走らせるモーターや高電圧の制御装置(パワーコントロールユニット)、駆動用バッテリーは、EVやHVと同じ部品を使用します。この組み合わせがFCVの主な部品構成です。これらは日本が技術的に得意で先行している分野のため、水素・燃料電池分野が伸びれば、日本の産業的な国際競争力が向上し、新しい産業の雇用創出にも貢献できると考えています。


◆ EVかFCVか。これからの電動自動車の棲み分け(普及イメージ)

 「EVか、FCVか」という議論は、自動車業界ではほとんど行われていません。両方とも大事な技術であり、しっかり開発して、それぞれの使いやすい業態で使用することで、ゼロエミッションを達成しようというのが共通認識です。日本のメディア等ではまだ「EVか、FCVか」という質問が出ますが、海外ではそんな質問をするメディアは正直いませんね。
 普及イメージは、EVは街乗り中心の小型車、中長距離から大型まではFCVでカバーし、この両方でゼロエミッション達成を目指すコンセプトは各社でほぼ共通です。ただし、技術的にはまだ解決すべき課題があり、コスト等も高いため、その間はHVやPHVで、ゼロではありませんが、二酸化炭素低減を図ろうというコンセプトです。
 EVとFCVのシステムコストを比較します。500km走るEV自体は、簡単に作れます。バッテリーをどんどん載せればよいだけです。ただし、バッテリーを載せるほど重くなり、当然ながら、コストも高くなります。燃料電池の場合、水素があれば航続距離は伸ばせます。したがって、航続距離約100~200km以下のところでEVが優位になり、それより長距離はコスト上FCVが優位というで、各社とも開発を行っています。


◆ EV最大の課題は、充電時間と電力インフラ

 「EVの課題は航続距離」とよく言われますが、EVの最大の課題は充電時間と電力インフラです。例えば、日産新型リーフのバッテリー容量は40kWhに対して、一般家庭は1kWh弱です。夜にEVを一斉に充電し始めると、一台で一般家庭40軒分ずつ電気を使っているのと同じことが起こるわけです。一時的に多量のEV充電が重なっても停電しないように電力インフラを整備しなければ、多くの車をEVにすることはできません。実は中国でもこの電力インフラの問題が理解されたために、EVから水素・FCVへ大きく舵を切ったと聞いています。
 また、電池についても、最近話題の全固体電池を始めとして様々な開発が進んでいますが、全固体電池は、今の技術力では信頼性の向上がメインで、全固体電池によって飛躍的に電池性能が上がるものでもありません。もちろん、それを目指して開発は進められていますが、いずれにしてもEV最大の課題は電力インフラです。


3.燃料電池自動車の開発状況

◆ トヨタ自動車FCV開発の歴史(2002年~)

 続いて、トヨタのFCVの開発状況についてご説明します。トヨタでは1992年からFCVの検討を始めました。1999年から本格的な開発が始まり、私もエンジンからFC分野へ移り、車両のシステム開発を始めました。その後、約2年でFCVを何とかリースしたのですが、「寒い場所には置かないでください。凍って動かなくなります。ひょっとすると途中で止まるかもしれません。ご承知おきください」とお客様に説明するレベルからスタートしました。ホンダさんも2002年、同じように限定ユーザ・制約条件での使用からスタートしています。
 実はその1年前、小泉首相(当時)にFCVに試乗いただき、すぐに「FCVの安全・環境に係る基準整備を急げ」と号令をかけていただいたおかげで、約3年で基準が整備され、「形式認証」という普通の車と同じ認可の取得が可能となりました。現在の世界のFCVの基準は全て日本のデータがベースになっています。これは大変意義深いことで、日本が先行して世界の各種基準を主導的に決めることができた、非常に良い事例だと思っています。
 2008年モデルで、やっと従来車並みの性能を実現できました。技術的には、航続距離を伸ばし出力を上げた程度でしたが、マイナス30度でも普通の車と近い形で走行でき、無交換で一生使えるようになりました。「ただし、コストを除いて」ということで、1億円とも報道された時代でした。その後、本当は「2012年モデル」があるはずでしたが、リーマンショックの影響で1モデル飛ばす指示があり、2014年、MIRAIの発売につながりました。それが本日展示されているMIRAIです。日本での車両価格は税抜で670万円。現在、年間生産台数は約3,000台とまだまだ少ないです。また、本格的な開発の当初から水素供給インフラ(水素ステーション)を整備する議論をエネルギー会社と始め、2015年からFCVの市場導入を開始するという共同宣言を、2011年に共同で発表しています。


◆ 他社の燃料電池自動車の動向

 次に、他社のFCVの動向についてです。まず国内についてはホンダが、2016年に新型FCVをリースしました。ホンダは2017年に米GMと合弁会社を設立し、2020年頃にはここで生産したFCでFCV量産を開始すると発表しています。日産自動車は独ダイムラーと共同開発を行い、2017年頃からFCVを市場導入予定でしたが、経営方針の変更で当面バッテリーEVに特化しています。FCVについては開発のみ継続ですが、共同開発しているダイムラーは、後述するように2018年からFCV市場導入を図っています。
 海外のメーカーについて、韓国の動向は後述しますが、韓国・現代自動車が大変精力的にFCV開発を行っています。独BMWはトヨタと協業の中で開発を加速しています。世界販売台数1位の独フォルクスワーゲンは、傘下の独アウディが現代自動車と連携してFCVの開発を急いでいます。アウディは独ボッシュと連携しています。欧州のメーカーの多くは、実は、世界最大の自動車部品サプライヤーであるボッシュ無しに自動車を世に出せる技術がありません。日本のように自動車会社側で適合からコンピュータ制御まで全てを行う形ではなく、ボッシュがそれを一挙に引き受けているため、ボッシュが開発を急いでいるのです。ダイムラーが2018年に発売したFCV「Mercedes-Benz GLC-CELL」は上記とは例外的な開発になります。この車両は燃料電池で直接モーターを回していません。バッテリーでモーターを回すEVの電池を燃料電池で充電することで航続距離を伸ばすコンセプトで、コスト的に有利な構成が特徴です。
 現代自動車は、同じく2018年に「NEXO」の市販を開始しました。当初は年間3000台ですが、2020年に年間11,000台、2025年に年間13万台、2030年に年間50万台と、非常に意欲的な増産計画を発表しています。2019年10月に韓国が発表した「水素経済活性化ロードマップ」では、2040年までにFCV生産を累計620万台、水素ステーションを現在の15箇所から1500箇所まで増やすというのですから、ものすごい規模ですね。さらに2022年までに全国3都市を選び、その都市機能はすべて水素エネルギーに変えて、都市機能の実証実験を行う発表も行う等、韓国では水素に積極的に力を入れる動きが見られます。


◆ 燃料電池車のシステムを、バスやフォークリフト、電車などに応用

 自動車の話をずっとしてきましたが、FCVのシステムをそのままバスに応用しています。MIRAIのシステムを搭載したFCバスが、東京オリンピックで100台以上使用される予定です。
 豊田織機がFCフォークリフトを市販しています。MIRAIは370枚のFCセルを使っていますが、そのまのMIRAIのセル82枚をFCフォークリフトに使用しています。燃料電池は一つのセルやスタックを開発すれば、いろいろなものに応用できます。従来のエンジンは用途に応じ、例えば排気量の違う新エンジンを開発する必要があります。燃料電池はこのように簡単にいろいろな用途に適用できるのも大きな特徴です。先進国ではフォークリフトの7割以上が電動で、大抵は鉛電池ですが、課題は8時間ごとにバッテリー交換と充電の必要があることです。これをFC化すれば、水素充填により、連続運転が可能です。そこで、安全的な思想での開発です。また、一番怖いのは燃料タンクの破損ですから、衝突試験も何度も繰り返し色々な角度から確認して、安全を確保しています。ちなみに、小学校の理科で水素に火をつける実験で「水素は危ない」という先入観がある方も多いと思いますが、逆にあれは水素だからできる実験で、ガソリンだったら大変なことになりますよ。水素に対する誤解だと思います。水素の特性を正しく理解して正しく利用することで、従来のガソリンと同等以上の安全は確保可能という基本的な考えのもと、FCVの開発を進めてきました。


4.普及拡大に向けた動向


◆ FCV普及拡大に向けた日本と世界の動向

 FCV普及拡大に向けた動向として、日本では「水素・燃料電池戦略ロードマップ~水素社会実現に向けた産学官のアクションプラン~」が発表されました。基本戦略等で掲げた目標を実現するために目指すべきターゲットを、FCVとHVの価格差や水素ステーションの整備・運営費、水素価格等、具体的に設定して開発を誘導しています。
 世界的には、2017年、ダボスで開催された世界経済フォーラムで、水素を将来エネルギー移行の主要な解のひとつと位置づけて「Hydrogen Council(水素協議会)」が発足され、日本やヨーロッパを中心に、自動車会社やエネルギー会社が連携する動きがあります。この中で、2030年までのFCV保有台数は1000~1500万台に達すると試算したビジョン(調査報告)を発表し、2050年までに世界のエネルギー消費量全体の2割近くを水素が担うという大きなビジョンをもって各社開発を急ごうと表明しています。


◆ 「トヨタ環境チャレンジ2050」と電動化計画

 このような世界的な動きを見て、トヨタも2015年に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。単なる新車二酸化炭素ゼロだけでなく、生産でも二酸化炭素ゼロ、使う水も最低限と、色々なところでゼロにチャレンジします。そして2017年、トヨタ電動化計画として「2030年までに電動車比率50%以上、EV・FCV比率10%以上」と発表し、2019年、その計画を5年前倒しすると公表しています。それほど世界の動きが早く、そのニーズを感じ取っているということです。MIRAIからさらに車種を拡充していこうとしています。
 車種を拡大する上で様々な連携を進めています。例えば、セブン-イレブンと物流車をFC化するプロジェクトを進めています。先程もMIRAIのシステムをそのままバスに応用する話をしました。繰り返しになりますが、燃料電池はひとつ開発すれば、セルの枚数を変えたり、システムを複数使用したりすることで、色々なものに適用できる点が電池の大きな特徴です。いよいよ日本でも鉄道と提携して鉄道車両にMIRAIのセットを適用したり、駅に水素ステーションを設置したりする議論が、JR東日本との業務提携の中で行われています。さらにJAXAとは、月面での有人探査活動に必要なモビリティにFCV技術を用いる試みを進めています。
 また、環境技術普及のためには、特許で縛って独占という考えは成り立ちませんから、トヨタの車両電動化技術の特許実施権は無償で提供すると発表しています。このほか、生産時の二酸化炭素ゼロにむけた取り組みとして、汎用水素バーナーの開発等を社内で行っています。さらにFCV年間販売3万台以上の生産レベルに対応するため、FCスタックと高圧水素タンクの生産設備を拡充します。このように幅広い動きがトヨタから発表されています。


◆ 海外(米国、欧州、中国)の動向

 次に、海外の事例を3つご紹介します。まず米国の動向です。大型商業車を中心に、FC開発・導入の動きが活発です。大手トラックメーカーのNikola社が、航続距離1200マイル以上のFCトラックをボッシュと共同開発しています。特に物流会社やビール会社が積極的に導入を進めていると聞いています。また、カルフォルニア州では2040年までにすべてのバスをゼロエミッションに移行することを発表しています。環境車導入の動きは急増と予想しています。
 欧州では、FCバス、FCタクシー、FC鉄道、FC船舶等、非常に幅広い分野でFC開発・導入の動きがあります。FC飛行機も開発する程、技術開発の幅が広いのが欧州の特徴です。FCタクシーの実証も、現在はフランスのパリ市内に100台程度ですが、2020年には600台まで増車予定という動きがあります。
 中国の大きな流れについては先程も説明しましたが、FCバス、FC物流車を中心に地方政府が導入を加速しています。2018年度末でFCバスとFC物流車が3400台を突破し、2020年頃には5000台、2025年頃には5万台、2030年頃には100万台普及目標ということで、日本とは桁違いの規模で生産しています。ただし、技術的にはFCスタック(電解質膜や触媒)は海外から調達し、中国で車に素早く仕立てるという動きです。中国もこれからはFCスタックを自分たちで作ろうとしていますが、「やってみると案外難しい、教えてほしい」という声も聞かれます。


◆ 海外企業に対するトヨタ自動車の取り組み

 日本の中ではトヨタが比較的、中国にもルートを開き、色々な会社とシステムを販売していく動きをとっています。米国では、LA港でFC大型商用トラックの実証実験を行っています。これもMIRAIのシステムを2個載せており、これだけ大きなトラックを動かせ、ディーゼル車よりも非常に加速が良いですよ、というCMを米国でトヨタが流しています。欧州にも、バス製造会社にFCシステムを供給する発表を行っています。今注目されているのがFCドローンで、特に中国が大きな関心を示しています。現状のバッテリー式のドローンの航続時間は、荷物の積載ありの場合で、約15分です。実証試験のレベルですが、水素タンクを載せて約2時間運行できるFCドローンも開発されているとの情報も聞いています。


5.今後の課題


◆ 本格普及拡大への技術開発のキーワード

 最後に今後の課題について、説明します。技術的にはまだまだ課題があります。「耐久性・信頼性・コスト・量産性の高次元での両立」が本格普及拡大へのFCV技術開発のキーワードですが、特に量産性がポイントですね。現行のMIRAIは品質確保のためにゆっくり作っていますが、早く作ればコストダウンが可能なため、それに対応できるFCやシステムへの変革、量産性の開発が必要です。
 これから水素・燃料電池分野への参入を考える方は、どんどんシステムが変わりますので、今ある部品を「安く作れました」と提案しても「この部品はもう使っていない」というようなケースが出ると思います。ですから、自動車メーカーなどの動きをしっかりフォローすることが大事です。また、電解質膜や触媒は非常に難しい技術ですから、そこは大手に任せておく方がよいと思います。燃料電池の電解質膜や触媒を除けば、周辺システムなどはエンジニアリングの従来技術の延長線上がほとんどです、例えば、電解質膜を保持するセパレーターはプレス品ですから、従来技術がそのまま使えるでしょう。


◆ 国内水素ステーション整備の課題

 もうひとつの大きな課題が水素ステーションの整備です。FCVの販売台数を伸ばしたくとも、「この水素ステーション数では遠出できない」というお客様の声が多いのが現状です。これも全国100箇所でスタートし、徐々に増やしていこう、という大きな計画の中で動いています。水素ステーション整備のためには、ステーション低コストのための技術開発や、規制見直し等の課題解決が必要ですが、日本の場合、規制が海外と比べて厳しい印象です。
 水素ステーションの整備を加速させるために、インフラ事業者、自動車会社、金融投資家等が連携し、国内水素ステーション会社「JHyM(ジェイハイム:日本水素ステーションネットワーク合同会社)」を設立しました。10年間は支援しながら、自立するまで協業しようという会社です。同社がすべての水素ステーションの所有権を有し、貸し出すという方法を取っています。国内の水素ステーションの整備状況は、2019年8月現在で109箇所運用、整備中を含め134箇所です。宮城県には1箇所(仙台市宮城野区)と、まだまだ少ない状況です。これをどんどん増やしていくため、インフラと議論しながら進めている状況です。


◆ 二酸化炭素フリー水素製造・輸送の研究開発、規格基準の世界的な調和

 とても大事なことですが、二酸化炭素を排出しない水素でなければ、意味がありません。二酸化炭素フリー水素の製造・輸送の研究開発拠点が、産総研福島再送可能エネルギー研究所です。太陽光や風力等の再生可能エネルギーを用いて効率よく水の電気分解を行う研究や、水素を運ぶ際にガスの状態では体積をとるため、液体に吸着させて水素ステーションに運んでガスに戻す、「水素キャリア」の研究も行われています。水素を作る・貯める・運ぶ研究が並行して進められているのです。
 もうひとつ大事なことは、日本や欧米を中心に規格基準の準備が先行して進められていますが、大市場である中国も一緒に規格基準の調和を促すことです。水素安全などは絶対に共通ですから、たとえ教えてでも、中国を正しい方向へと導いていくことが大事なことだと考えています。
 私からの講演は以上です。


講師と参加者による議論

Q.1 海外諸国と比べて日本あるいはトヨタの強みをどのように整理すればよいでしょうか。米国や中国等も物流車等に必要なFC車両を開発している印象を持ちました。

A.1 本当にFCVを普及させようとするならば、中国などの海外のように物流車からスタートを切るべきとの考えは、まさにその通りです。中国の場合、補助金で作ると、逆に儲けが出る点が日本とは大きく異なります。日本の場合、差額の半分までしか補助金が出ないため、車両そのものが経費となる物流車ではなかなか普及が進まないのが現状です。そのため、少し高価でも、環境意識の高い方や、公用車として使用いただくことを踏まえ、まずは乗用車を中心に、技術を向上させる方向で進めています。
 では、日本の強みは何かと言えば、単に車を作って走らせるのではなく、基盤技術をはじめ、きちんと技術を蓄積していることです。例えば、中国はFCVを製造していますが、キーとなるFCスタックのシステムは、海外から調達し、日本からも供給してほしい、あるいは教えてほしい、というのが今の声です。今は技術的には日本が先行しているので、キーとなる技術はきちんと抑えながら開発を進める必要があるでしょう。ただし、補助金がどんどん出る背景もあって中国のやることは早いです。

Q.2 クラウンやレクサスのような高級車であれば、普及自体は難しくないと思うのですが、なぜそうしないのですか。

A.2 営業戦略的にはクラウンやレクサスの方が売りやすいと思いますが、フラッグシップではなく普及させる意思を込めて、少し下のグレードで、という形になりました。

Q.3 宮城県で水素ステーション整備の構想があり、近隣工業団地の従業員に使ってもらうことを考えていると聞いたのですが、MIRAIよりも小さい、例えば、ビッツやアクア等のパッケージにまとめることは現段階で可能でしょうか。

A.3 まず今のビッツにFCを載せられるかと言えば、技術的にまだ無理です。サイズを小さくしコストを下げるために一生懸命研究する必要があります。

Q.4 「FCスタック等の基幹技術は大手に任せておけ」とのお話ですが、それ以外の部分では、どのような視点で我々がお手伝いできるネタ探しに行くべきでしょうか。

A.4 FCスタックの触媒や膜等は特殊な化学製品ですから、一般的な機械系の方が参入するには、従来の会社の技術が応用できる範疇で、と一般的な話で申しました。ただ、その他のシステム部品なら参入できるかと言えば、そう簡単ではありません。自動車の場合、販売台数がさらに増えれば複数社発注の形になりますが、今はむしろ中心的な会社や協力会社と一緒に改良を進めているフェーズですから、一緒にやりたいなら、アイシン精機さんやデンソーさんのような会社に飛び込んでください。ある程度は、色々な課題を教えてもらえると思います。その前段階でご相談に乗る活動は、私や産総研さんで行っています。ただ、単純に飛び込むだけではやはり難しいので、自分の技術のどこが使えるか、今の情報の中で何回かやってみると案外、「これは応用できるな」と有効なヒントが見つかると思います。ですから最初のうちは多少失敗になるとは思いますが、まずはやってみることが大事だと思います。

Q.5 MIRAIの技術を日本で世界のために普及させていくためには、国際的な知財戦略あるいは国際協力が必要と思います。その辺りについて教えてください。

A.5 技術開発を行い、抑えるところは知財として抑えておくのが基本で、それはどんなことでも同じだと考えています。きちんと特許は取得しますが、独占して他が参入しなくなっては環境技術を普及できないため、特許実施権は無償提供しています。ただし、何でも使用してよいわけではなく、変な使い方はしないことと、Win-Winの関係で新しい展開が可能かという意味で、トヨタに一度お話いただく決まりになっています。

Q.6 EVはメインモーターの電圧を上げていく方向にありますが、現在のMIRAIや将来のFCVで使われるメインモーターの電圧の方向性について教えてください。

A.6 基本的には、FCだからモーターが変わるということはなく、EVのモーターと同じです。一番大切なことは、FCV専用モーターは作らない、ということです。共通で多量に作るために、FCVのモーターはEVやHVのモーターをそのまま流用できるようにしています。FCスタック370枚では600kWはとても出せないため、昇圧コンバータ―を用いてEVモーターを使えるようにしています。今後については、これから高電圧化・小型化していく中で、安全も含めて、様々な課題がありますので、その両方の観点から、どれくらいの電圧まで上げて小型化していくかが決まります。もうひとつ、FCだからモーターに特別な制約があるかと言えば、基本的にはありません。モーターに水素が行くことも基本的にはありません。

Q.7 どの国も、右肩上がりのFCV生産プランを立てていますが、例えば、貴金属の買い占め・取り合いが起こり、すべての国が計画を達成することは、そもそも難しくなることは起こらないのでしょうか。

Q.7 私には、その部分の直接的な知見はありません。例えば、FC専用部品の場合、白金を多く使用しますが、基本的には全部リサイクルする前提で、資源量が足りないことを起こさない考え方を持ちながら開発は行っています。他のレアメタルについては私にはわかりません。逆に、白金の例で言えば、白金を使わない触媒の技術開発も、牽制のために行っています。技術ハードルは非常に高い研究ですが、牽制のためには大事な研究なのです。

Q.8 車以外にもドローンなど、様々な用途でFC化のご紹介がありましたが、例えば、充電不要なFCモバイルなど、身近な例で情報があれば教えてください。

A.8 充電不要になればスマホにできることは大きく広がるため、FCモバイルは通信会社から切望されています。しかし、FCモバイルは大変です。小さいところに入れて安全に取り扱う研究は行われていますが、まだまだです。一時期、メタノールを注入する試みもありましたが、メタノール自体が劇物ですし、燃料電池で生成される水が電池に大敵ですから、水を蒸発させて逃がす必要もあります。ただし、ニーズはしっかり感じています。


講師と参加者による議論トヨタ燃料電池自動車「MIRAI」試乗

【写真】トヨタ燃料電池自動車「MIRAI」試乗のようす

【写真】車内のエネルギーモニター


参加者インタビュー

◆ 「水素戦略の具体的な最新動向を把握できた」
東北電力株式会社 研究開発センター 松本 弘 さん

 弊社の研究に関する情報収集の一環として参加させていただきました。国の水素戦略に基づくプロジェクトの動向、特に費用や台数等、具体的な数値や今後の動きについて最新情報を知ることができてよかったと思います。水素に関する国の方針を確認しながら、弊社としても地域がより良い方向に向かう力となるよう、引き続き検討を進めていきたいと考えています。


◆ 「水素関連の新たなプロジェクトにつなげたい」
丸紅株式会社東北支社 横倉 利彰 さん

 弊社では現在、低炭素水素サプライチェーンの実証事業を、宮城県富谷市さん、日立製作所さん、みやぎ生活協同組合さんと4者で行っています。実は、大仲先生の講演を伺うのは今回2回目で、昨年度の内容からアップデートがあり、特に中国の動向について前回と大きく状況が変化していたため、大仲先生から深堀りして解説いただけて、とてもよかったと思います。低炭素水素サプライチェーンの実証事業はこれからセカンドステージに入る段階で、社内外の注目が深まる中、このような枝を広げることで、新しいプロジェクトへつなげていきたいと考えています。


◆ 「燃料電池業界の最新動向を確認でき、脅威と同時にチャンスを感じた」
株式会社ジュークス 代表取締役社長 城内 治 さん

 弊社では、岩手大学理工学部の竹口竜弥教授との共同研究で、燃料電池用電極触媒の低白金化の技術開発と量産技術の開発に取り組んでいます。現在、一般的に市販されている触媒の2分の1以下の白金量で同等性能を出せる技術と量産技術を確立しました。この触媒の事業化を進める中で、燃料電池業界の動向を知りたくて参加させていただきました。講演はとてもわかりやすい内容で、特に知りたかった業界の動向が知れたことは、有意義でした。燃料電池に関しての技術は日本が先行していると言われているようですが、マーケットは中国・韓国や欧米等の方が日本より実用化が進んでいるということで、脅威と同時にチャンスであることも確認でき、参加してとてもよかったと思います。今後、弊社技術の優位性を活用いただくことにより、燃料電池の普及に大きく貢献するとともに、世界的な環境保護の一助になることを目指します。


◆ 「水素社会形成への取り組みを進めていきたい」
株式会社北上オフィスプラザ 北上市産業支援センター 安保 繁 さん

 以前から産総研との情報交換の中で、FCVの開発状況や普及拡大に向けた動向等について伺っていましたが、地域の中小企業にとってどのような可能性や課題等があるのか、また産業支援機関としてどのような支援が必要なのか、専門家から具体的な内容を伺いたいと考えて参加しました。FCはまだまだシステム・材料・構造・製法の変革が必要であり、中小企業の技術力を活かした新規参入や各種提案が期待されているとのことから、北上エリアにおいてもセミナー開催やビジネスマッチング等の機会を積極的に創出していく必要があると思いました。今後、北東北へ展開していくにあたり、北上エリアは自動車・半導体関連企業の集積と併せて物流機能も充実しており、特に水素ステーションについては重要な拠点となり得るポテンシャルが高い地域であることから、関係機関と連携しながら推進を図っていきたいと考えています。

<レポート>産総研EBISワークショップ「天然素材のものづくり革命」開催、粘土やスギで新製品続々、中小企業が世界初を作る方法とは

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<レポート>産総研EBISワークショップ「天然素材のものづくり革命」開催、粘土やスギで新製品続々、中小企業が世界初を作る方法とは 取材・写真・文/大草芳江

2020年03月11日公開

 産業技術総合研究所東北センター(以下、産総研東北センター)が東北地域新産業創出に向けて、産学官金"協奏"による新たな企業支援の試み「Tohoku Advanced Innovation Project(TAIプロジェクト)」を2018年夏からスタートさせた。産業・技術環境の変革の波に乗って企業が大きく発展できるよう、主に経営層を対象に、さまざまな先端技術を体験できる勉強会「EBIS(Expanding Business Innovations for executiveS)ワークショップ」を開催している。2019年度に東北各県で実施されたEBISワークショップの模様をレポートする。

【関連記事】
◆ 産総研「TAI(鯛)プロジェクト」始動!~東北発イノベーションに向けて~
◆ 第1回産総研EBISワークショップレポート「中小企業のIT化からIoT化を支援するMZプラットフォームセミナー」
◆ 第2回産総研EBISワークショップレポート「青森県よろず支援拠点IoT活用セミナー」
◆ 第3回産総研EBISワークショップレポート「わが社で使える放射光」
◆ 第4回産総研EBISワークショップレポート「エッジAIがビジネスを変える」
◆ 第5回産総研EBISワークショップレポート「チームの創発力・実現力を引き出すデザインブレインマッピング(新規事業創出に向けて)」
◆ 第6回産総研EBISワークショップレポート「ハーネスの未来~100年に1度の変革期に備えるには~」
◆ 第7回産総研EBISワークショップレポート「燃料電池自動車が拓く水素社会~FCVの開発の意義と動向~」

※ 本インタビューをもとに産業技術総合研究所様「TAIプロジェクト報告書」を作成させていただきました。詳細は、産業技術総合研究所東北センターHP「TAIプロジェクト」をご覧ください。


2019年度 産総研東北センターTAIプロジェクト EBISワークショップ「天然素材のものづくり革命...新しい天然素材のちょい足しで製造業が変わる...」レポート

「天然素材のものづくり革命」のようす=2月3日、ホテルニューパレス(福島県会津若松市)

 化石燃料依存からの脱却が世界的に急務な課題となる中、粘土やスギといった天然由来原料の新素材が持つ可能性を紹介する勉強会「天然素材のものづくり革命...新しい天然素材のちょい足しで製造業が変わる...」が2月3日、福島県会津若松市内のホテルで開催され、地元製造業や支援機関等の担当者ら28名が参加した。

産業技術総合研究所東北センター所長の伊藤日出男さん

 中小企業に新たな事業の柱につながる気づきの場を提供しようと、産業技術総合研究所(以下産総研)東北センターが昨年度から東北各県で開催する「TAIプロジェクト(Tohoku Advanced Innovation Project)」の勉強会「EBISワークショップ(Expanding Business Innovation for executiveS Workshop)」の一環。勉強会では、はじめに主催者である産総研東北センター所長の伊藤日出男さんが同プロジェクトについて紹介を行い、「社会状況が変化する中、事業の柱を支える次の一手の気づきを得ていただくための勉強会。ぜひ鯛を釣り上げて恵比須顔になっていただきたい」と呼びかけた。

産業技術総合研究所東北センターの蛯名武雄さん

 講師は、産総研東北センターの蛯名武雄さんが務めた。蛯名さんは「粘土やスギで新製品続々!!~複合材料の使い方と成功事例~-中小企業がフツーに世界初を作る方法-」と題した講演で、粘土系複合素材「クレースト」とスギ由来の新素材「改質リグニン」について特性や作製・設計方法、評価結果等を概説。各天然由来素材の特性を"良いとこ取り"した複合材料の設計により、「コスト面に加えて特性でも優れたバイオマス材料の開発が可能」と強調した。さらに、保護被膜や腐食防止、材料の改質、代替材料等への活用など、オープンイノベーションの成功事例を次々と紹介。「製品化までは平均6~7年を要するが、長い目でお付き合いいただき、新しい成功事例を会津の製造業の皆様と共につくりたい」と語った。

 EBISワークショップの詳細レポートは、以下の通り。


【講演1】粘土やスギで新製品続々!!~複合材料の使い方と成功事例~
 -中小企業がフツーに世界初を作る方法-


1. 中小企業こそ「世界初」を


◆ 考え方を変える

 講演の前半では、「中小企業だからこそ世界初を」というお話をします。現実問題として、大企業よりも、中小企業の方が「世界初」を作りやすいです。意思決定のスピードも早いですし、新規事業開拓のベースに、すでに飯のタネを持っていることはベンチャー企業よりも有利です。中小企業が持つ強みを活かすことが正しい選択肢です。「自分たちの技術だけではなかなか展開できないので、アウトソーシングしなければいけない」という考え方もあるでしょうが、答えはすでに皆さんの中にあります。その具体的な方法がわからないだけで、どうすれば自社の製品が伸びるかというアイディアはすでに皆さん自身が持っています。それをオープンイノベーションで支援するのが産総研です。最後の「〇〇をパートナーに」の〇〇が産総研になってくれれば、嬉しいです。


◆「世界初」とは?

 「世界初」とは、実は、真実は誰も知りません。なぜならば、私たちは世の中のすべての知識を持っていないからです。それでは「世界初」と言うのは、意味がないのでしょうか。いいえ、意味があります。もし「私は世界初である」と言えば、それは嘘です。条件が広すぎます。「私は世界初の研究者である」と言うのも嘘です。ところが、「私は蛯名武雄という世界初の研究者である」と言うのは多分本当です。蛯名は日本に7,000人くらいいる名字で、同姓同名をネットで調べたら、私以外に1人しかおらず、少なくともその方は研究者ではありませんでした。条件がひとつ足されるだけで、「世界初」は多分本当なのです。このように条件を考えることで「世界初」と言えますが、重要なのは誰が認めてくれるかです。
 「世界初」を国が認めてくれる制度が特許制度です。具体的には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権があります。ビジネスにおける「世界初」とは、つまり、ブランド化です。「世界初」と謳うことで、ビジネス上有益であるかどうか。つまり、多く売れたり、高く売れたり、排他的にビジネスできるといった利点があるかを併せて考えます。


◆「世界初」が有効な国と期間

 特許協力条約締結国の世界152か国については、他国の特許出願も同じルールで認めるシステムがあります。まず日本に特許を出願した後、国別に審査があり、特許が認定されます。特許が認定された国では、一定期間権利が当外国政府によって認められます。外国特許は高額になるため、真に必要な国だけ出願します。
 その取得には「世界初」であることが条件です。先ほど真実は誰もわからないとお話しましたが、日本で審査するのに、世界初であることを国が認めるわけです。特許権の終了は一般的に出願から20年間。そもそも特許制度はアイディアを他人と共有するためにあります。20年間、特許権の独占的な使用を認めることと引き換えにアイディアを共有してください、それが産業全体としてプラスになる、という考え方です。


◆「世界初」とすべき内容

 「世界初」とすべき内容は、条件が少ないほど難しいです。実際に中小企業と一緒に特許を取得した事例で言うと、「燃えないプラスチック」を発明しましたが、このままでは範囲が広すぎて特許を取得できません。「燃えないガラス繊維強化プラスチック」とプラスチックを限定しても、それでも範囲が広すぎて特許が取得できません。「燃えない車両用照明天井カバー用ガラス繊維強化プラスチック」と特定の用途を限定して、特許を取得できました。特定用途に限定すると特許が取得できます。
 つまり、売りたい製品やサービスに対して、必要十分な範囲の知的財産を取れれば良いわけです。中小企業は製品が決まっているため、広範囲で特許を取りに行く必要がありません。一方で大企業は、多くの製品に対して特許化したいとなれば、逆に特許化できなくなるわけです。中小企業こそ「世界初」が取りやすいと言う所以です。


2. 粘土膜とは?


◆ 粘土の構造

 私は、粘土を研究対象として、中小企業と一緒に「世界初」の特許を取得してきました。粘土(層状珪酸塩鉱物)の構造は、スライドに示すように、シリカ(黄色)と酸素(赤色)が規則正しく並んでできています。焼き物に使う粘土は、縦ではなく横に広がっています。ちなみに、縦に広がっているものはゼオライトです。横に広がると、一枚一枚の粘土結晶の間にナトリウムイオン等のプラスイオンが入ります。酸素が6個並んだ窪みに入っているのはセシウム(紫色)です。ナトリウムイオンの場合はイオン半径が小さいため、この窪みにすっぽり入りますが、セシウムは大きいため、ちょうど酸素6個のところに当たるようにはまります。そして結晶がもう一層この上にくっつくと、上側も同様に、酸素6個がくっつきますので、セシウムには合計12個の酸素がくっつきます。ナトリウムイオンの場合はセシウムに交換されます。セシウムは一度固定されると他のイオンに交換されにくいため、一般的に粘土は、放射線廃棄物処分場などでセシウムやストロンチウムを固定するためのバリア材として利用されています。このようなイオン交換性の高い粘土、ベントナイトは、東北地方に豊富に産します。ベントナイトは非常に親水性の高い粘土で、水と一緒になって膨潤し遮水層になるため、廃棄物処理場等の下に敷かれています。


◆ 粘土膜の作製方法

 粘土膜は、原料となる粘土の粉を水に加えて、塗料のような均一なペーストにして、これを平らな基板の上に塗り、乾燥させて剥がすと膜ができるという、簡単な方法でつくることができます。ところが、そもそも水に溶ける性質故に粘土が膜になるわけですが、膜になった後、また水に溶けてもらっては困るので、膜にした後は固定する必要があります。焼き物の場合は、非常に高い温度で加熱することで、無機結晶でも水に溶けない性質に変わりますが、粘土をフィルムとして使う場合、あまり高い温度で焼くと、パリパリになって使えなくなってしまいます。そこで、柔らかいまま粘土膜を使うために、ある一定温度で加熱処理をして耐水化できる方法を開発しました。こうして完成した粘土膜は、0.4~50マイクロメートル程度の厚さで柔軟性の高い膜です。


3. 粘土膜の設計


◆ 粘土添加によって期待されること

 粘土を添加していくと、粘土結晶一枚一枚が同じ方向を向いて並びますので、反対側に物質が通り抜けにくくなります。その代表がガスです。また、粘土の添加によって、耐熱性、難燃性、熱伝導率が向上し、線膨張係数が低下するため、産業用途に非常に適しています。一方、樹脂を添加するほど柔軟性は低下するトレードオフの関係があるため、どんな製品を作りたいかによって最適な組成比を決定します。要は、柔軟性を維持しつつ、トレードオフの関係にある性質を併せ持つ、"良いとこ取り"の材料開発です。


◆ 膜位置と製品への特性付与

 産業用途であれば、必ずしも表面に粘土膜を塗らなければいけないわけではありません。難燃性を維持したい場合等は表面に粘土膜をコーティングする必要がありますが、例えば、電気絶縁性やガスバリア性であれば、表面である必要がないため、膜を内部に配置する場合もあります。また、耐熱性や寸法安定性を維持しようとする場合、加熱時に伸び率が小さい方に曲がるため、同じもので表から裏まで膜を作る必要があります。あるいは、合成粘土で透明な粘土膜を作ることも可能です(下スライド「2種類の粘土膜」)。様々な性質を併せ持つ柔らかいものを作りたい時、粘土膜が有効と期待いただいて、様々な企業と粘土膜の共同開発を行っています。


4. 応用事例


◆ 燃えないプラスチック

 産総研では、大企業のみならず、中小企業との連携を推進しています。規模が大きな企業ほど、ある部分だけを共同研究開発して製品化は自社内で閉じる場合が多いですが、小さな企業ほど最終製品段階まで連携する場合が多いです。例えば、特許の例で先ほども挙げた、燃えない車両用照明天井カバー用ガラス繊維強化プラスチックは、実際に地下鉄駅や新幹線など、非常に高い不燃性が要求される場所に採用されています。


◆ ハイレゾスピーカー

 粘土とプラスチックスのコンポジットフィルム上に電子回路を描き、それを蛇腹構造に変形させて、スピーカーの部品として使用した事例です。フィルムを生産しているのが住友精化株式会社で、そのフィルムをスピーカーの部品に入れて販売しているのがオオアサ電子株式会社です。開発品の採用によって、3万ヘルツ以上の高音域の再現性が向上しました。これから5Gになりますが、良いスピーカーで良いデータを使って良い音楽が楽しめるようになるわけです。


◆ 金属用耐熱絶縁コーティング

 金属に特化した絶縁コーティングを行うこともできます。ステンレスの片面にクレコートを塗布し、約600度で加熱処理すると、クレコート塗布面には変化がありませんが、無塗布面はステンレスでも酸化します。すると、金属をそのままセンサー用基板に使えるわけです。細かい振動でも感受性が高いため、私は「あへあへセンサー」と呼んでいます(笑)。実際に歪センサーとしての使用事例もあります。


◆ 食洗器にかけられる漆器

 有限会社東北工芸製作所とは、食器洗浄機で洗える工芸品の共同開発を行いました。宮城県指定の伝統的工芸品「玉虫塗」の保護膜として、粘土とプラスチックをナノレベルで混合したナノコンポジットコーティングを開発し、食器洗浄機対応の玉虫塗の製品化に成功しました。


◆ ガスバリア包装フィルム

 大企業ですが、大和製罐株式会社とは、PETフィルムの上を粘土膜でコーティングし、ガスバリア性を付与した食品包装フィルムの開発を行いました。


◆ アスベストフリーガスケット

 クレースト製品化第一号の取り組みは、アスベスト(石綿)を使わないガスケットの開発でした。ガスケットという、工業用配管間のつなぎ目の隙間を埋めるガス漏れ防止用のシール材として、それまではアスベストが使われていましたが、健康への影響があるとして、耐久性・耐熱性の高いアスベストの代替材料の開発が急がれていました。そこで、ジャパンマテックス株式会社とアスベスト代替ガスケットの共同開発を始め製品化に成功しました。現在では、発電所や化学プラントなどに広く導入されています。


◆ 電子機器の新規放熱材

 近年、電気、電子機器分野では、軽量化、薄型化、フレキシブル化が進み、金属・ガラスからプラスチック化の流れがある一方で、プラスチック自体はあまり放熱しないため、高機能化、高密度化に伴う熱対策が問題になっています。そこで、プラスチックに様々な粘土や無機フィラーを付加することで、有機と無機の良い部分を併せ持つものを開発したい用途がたくさんあります。車も同様に、脱石油で電動化・高電圧化が進み、燃費向上・軽量化のために、車のボディが炭素繊維やプラスチックになる流れがありますが、高電圧化している電池やモーター、発電機の部分が高温になります。その周辺のプラスチックに粘土を混ぜようという話があります。


◆ 粘土膜を入れる目的

 粘土膜を入れることで、セラミックスとプラスチックの中間特性を出すことができます。例えば、燃えないフィルム、耐熱フィルム、熱を伝えやすいフィルム等ができ、カスタムメイドもしやすいです。塗って乾かして作れるため、特別な製造装置は不要です。プラスチックも粘土も市販品を使用するため、原料のサプライ体制もあります。粘土膜を活かした材料開発を、多くの分野・業種と連携して産総研の産学官連携コンソーシアム「クレイチーム」で行い、製品化に向けた取り組みを行っています。


◆ まとめ

 最後に、前半の講演のまとめです。中小企業だからこそ世界初を。特許出願するかしないかは貴社のご判断です。今回ご紹介した事例は、産総研100%ではなく、それぞれの企業が何をどうしたいかをベースに、その問題を解決している場合がほとんどです。ですから、連携時は自社の強みをどう活かすかがベースになると考えればよいでしょう。多くのオープンイノベーションの成功事例がありますので、それに続いて会津若松市の企業の皆様と産総研の連携事例が新たに生まれることを祈っています。


【講演2】スギ由来成分のマテリアル展開

 講演の後半では、国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所(以下森林総研)と共同研究を行っているスギ由来成分「改質リグニン」のマテリアル展開についてご紹介します。


1. スギ由来の新素材「改質リグニン」


◆ 「リグニン」とは?

 「リグニン」は木材を構成する主要成分のひとつで、木材成分の約3割を占めています。リグニンは植物自身をしっかりした構造にする役割を持つ成分で、強度が高いだけでなく、熱にも強いという優れた特徴を持っています。しかしながら、リグニンは製紙メーカー内でボイラーの熱源として熱利用される以外には活用されていませんでした。なぜならば、リグニンはセルロースやヘミセルロースとは異なり、千差万別な化学構造をしているために、工業材料として安定かつ持続的に取り出すことが非常に困難だったからです。


◆ スギ由来成分「改質リグニン」

 森林総研が、日本固有の樹種である「スギ」のリグニンの均一性に注目して研究を進め、スギからリグニンを簡単に取り出すと同時に優れた性能を付加できる技術を開発し、「改質リグニン」と名付けました。
 改質リグニンは、性能を自在にデザインすることが可能で、非常に加工しやすい特徴を持っています。熱することで繊維状に引き伸ばすことができ、耐熱性が高く、燃えにくい材料に加工できます。そのため、特殊性能を持つ高級なプラスチック等、工業用素材としての応用が期待されています。
 日本の樹木の約5分の1を占めるスギですが、その多くは伐採適齢期を超えているにも関わらず、伐採しても赤字になるため、伐採されずに放置されている問題が深刻化しています。原料の安定供給が可能と言うより、むしろスギ余りの解消に、改質リグニンが一役買うことが期待されているのです。


◆ 改質リグニンの抽出方法

 改質リグニンのスギからの抽出方法は非常にシンプルです。まず、スギの粉末を「ポリエチレングリコール」というハンドクリーム等の化粧品に使われている安全性の高い薬剤と混ぜて撹拌し加熱します。次に、その溶液を濾過し、pHを酸性にすると、ポリエチレングルコールの中に入った方が安定になるため、改質リグニンが抽出されます。たったこれだけです。さらに、ポリエチレングリコールと改質リグニンを分離し、ポリエチレングリコールを再利用して連続的に大量製造することができます。


◆ 改質リグニンハイブリットマテリアルの開発

 産総研は、森林総研や企業などと連携し、改質リグニンを樹脂や接着剤、コーティング剤等として利用し、粘土等の国産無機資源をブレンドすることで機能性マテリアルの開発を行っています。粘土樹脂、不織布樹脂、無機織物樹脂と改質リグニンのハイブリッドマテリアルの開発事例についてご紹介します。


2. 改質リグニンを用いた耐熱シートの開発


◆ 改質リグニン-粘土ハイブリッド膜の開発

 改質リグニン粘土膜は、改質リグニンと粘土原料を混合し、成膜することで得られるフィルム材料です。改質リグニンが有する柔軟性や耐熱性といった特長を伸ばすと同時に、改質リグニンが有さない高いガスバリア性等のクレーストの特長を付与し、高機能なフィルムの開発を目指しています。


◆ ターゲットはポリイミドフィルム

 改質リグニン粘土膜のターゲットは「ポリイミドフィルム」です。ポリイミドフィルムは1kgあたり9,000円の高価なプラスチックですが、改質リグニン粘土膜は1kgあたり3,000円で開発できると試算しています。耐熱性はポリイミドフィルムより若干劣るものの、ポリイミドフィルムに勝るガスバリア性、寸法安定性、熱伝導率といった特性で、産業化を狙っています。


◆ 改質リグニン粘土膜の作製

 改質リグニン粘土膜の作製方法は簡単です。改質リグニンが溶ける有機溶媒(水と親和性が高い有機溶媒を選びます)がありますので、改質リグニンと有機溶媒と粘土と水を混ぜ、あとは通常のクレーストと同様、塗布して乾かして熱処理をすることで膜を作製します。


◆ ハイブリッド膜サンプルの評価

 作製した改質リグニン粘土膜(NKLE721)の特性値を、ポリイミドと比較し、どちらが優位か評価した結果が上記スライドです。ポリイミドよりも改質リグニン粘土膜が優れている特性は○、同等の特性は△で評価しています。5つの特性のうち、透湿度、酸素透過度、熱線膨張係数については、改質リグニン粘土膜の方が、高価なフィルムよりも優れており、表面平坦性や絶縁破壊電圧は同等レベルです。「高価で特性が優れていない」というのが、バイオマス材料のステレオタイプ的な見方ですが、コスト面に加えて特性でも優れている、という結果になりました。


◆ 社会実装の対象と可能性

 さらに、ハイブリッド膜が電子デバイス用基板として利用可能なことを示すために、改質リグニン粘土膜を複合化した材料も開発しています。片面に銅箔、もう片面に改質リグニン粘土膜を塗布して乾燥して熱処理をすると、片面が銅で、もう片面が改質リグニンフィルムという、プリント基板作製用の銅箔塗工型ハイブリット膜になります。

 この銅箔塗工型ハイブリット膜は、特定の場所のみが残るよう銅を溶かすことで、銅の回線が得られます。これにより一般のフレキシブルな電子デバイス用基板等に適用できる可能性を示すことができました。


3. 改質リグニン使用ジョイントシートの開発


◆ ポリエステル布に対する含浸プロセス

 次に、改質リグニンとポリエステル布のハイブリッド材料の開発プロセスについてです。ポリエステル布の下に、改質リグニンと別の樹脂の混合物を流し込んだ槽があります。この槽の中をポリエステル層が持ち上がって行くと、中に改質リグニン溶液が含浸される形でポリエステルの布が上がってきます。


◆ 試作したジョイントシート

 このようにして改質リグニンを含浸させたポリエステル布同士を積層させて、ホットプレスを行うことで、厚いシートを作れます。柔軟性と耐熱性を兼ね備えたジョイントシートを試作できたため、これを撃ち抜いてガスケットとして使用することを検討しています。


◆ 改質リグニン使用ガスケットの評価

 改質リグニン膜を用いたガスケット試作品の耐水圧試験を行ったところ、市販品のガスケットよりも高いシール性能を有していることがわかりました。


4. 改質リグニン使用繊維強化複合材の開発


◆ 繊維強化改質リグニン材の開発

 最後に、改質リグニンを樹脂成分として使用した繊維強化複合材の開発についてご紹介します。繊維強化に使用する主な繊維に、ガラス繊維と炭素繊維があります。ガラス繊維はコスト面で優れ、炭素繊維は軽量で引張強度が高い特徴があります。このほか、リサイクル性の観点から、鉱物系繊維も別途開発中です。基本的にはガラス繊維と炭素繊維を研究し、改質リグニンを用いた繊維強化プラスチック(FRP)を試作しました。このうち、改質リグニンを樹脂成分として用いたガラス繊維強化プラスチック製の自動車内外装部品を世界で初めて実車に取り付けて評価試験を行った事例についてご紹介します。


◆ 繊維強化改質リグニン材の製造

 繊維強化改質リグニン材の製造には、「真空含浸法」という方法を用います。型の中に、ガラス繊維織物を必要枚数だけ敷きます。この枚数で最終的な厚みが決まる、ということです。設置した織物の上に「バギングフィルム」という真空状態を作るためのカバーフィルムを載せ、片側から真空引きし、もう片側から改質リグニン分散液とエポキシ化合物の混合液を注入して、均一に樹脂を含浸させて繊維強化複合材料を成形します。この型の形によって立体物でも成形が可能です。


◆ 複合材の加速劣化評価

 この方法で製造した繊維強化複合材の強度を、温度85 ℃・湿度85 %で劣化を加速して評価する「加速劣化評価」という自動車材料として一般的な方法で評価しました。その結果、従来のガラス繊維強化プラスチック(GFRP)より、改質リグニンを樹脂として用いたGFRPの方が、引張弾性率が10~20 %向上していることが確認できました。これは非常に重要なことで、5枚あったガラス繊維が4枚でいけるかもしれない、すると20%軽量化できる、となるわけです。


◆ 改質リグニン使用自動車内装部品試作

 改質リグニンを用いたGFRPで、まずは小さな自動車内装部品から試作しました。先程お示ししたように真空含浸法で型に沿って成形し、スピーカーボックスやドアトリム(ドア内部に取り付ける内装部品)、アームレストを、既製品と同様に試作することができました。


◆ 揮発性有機化合物発生量測定結果

 得られた部材は、既存の不飽和ポリエステル系樹脂を用いた繊維強化プラスチック部材に比べて揮発性有機化合物(VOC)の発生が少ないことがわかっています。VOCの発生を、サンプリングバック法による揮発成分測定方法で9種類の成分について測定した結果、改質リグニンを使用したGFRPのVOC発生量は、他の樹脂と比較して最低レベルに抑えられたことを確認できました。基本的にエポキシ樹脂を使用するとVOCはあまり発生しませんが、改質リグニンを付加しても、エポキシ樹脂単独の場合と同様にVOCが発生しないことが確認できたわけです。


◆ 改質リグニン使用自動車部品の実装

 改質リグニンを樹脂成分として用いたGFRP製の自動車内装部品としては、ドアトリム4枚、スピーカーボックス、アームレストそれぞれ4つを試作し、小型車に取り付けました。自動車外装部品としてはボンネットも試作しました。1年間の公道走行試験を行った結果、何の問題も確認されていません。


◆ 改質リグニンの用途:不燃材認定を取得(国土交通省)

 また、改質リグニン樹脂に難燃剤を添加することで、不燃性を付与することも可能となりました。この不燃材は、国土交通省の不燃材認定を取得しています。これらの技術開発から、不燃壁材等として商品開発が期待されています。


◆ 改質リグニン使用スピーカー

 すでに商品化されている事例もあります。オオアサ電子株式会社が、改質リグニンを使用したスピーカーを令和元年11月にリリースしています。ウーファーユニットの振動板に、株式会社宮城化成が製造する改質リグニンを加えたカーボン繊維強化プラスチックを採用しています。


◆ 木製航空機に盛り込まれたClayteam連携技術

 また、株式会社天童木工が中心となり、産総研 Clayteamと連携して、国産のスギ材をアルミやPC/ABS樹脂などの異種材料と接着した成形合板と繊維強化複合材を用いたマルチマテリアル航空機を提案しています。


◆ まとめ

 本日の講演内容を一言でまとめると、「バイオマスは、環境に優しいから、値段も高くて性能も悪くていいでしょう」ではなく、「安くて高性能なものができる」ということです。ぜひ幅広く色々な用途で使っていただき、様々なアイディアが生まれることを期待して、私からの講演を終わります。


講師と参加者による議論

Q.1 木材由来の「セルロースナノファイバー」と改質リグニンとの違いは何ですか?

A.1 一番の違いは、セルロースナノファイバーは繊維で、改質リグニンは樹脂ということです。セルロースナノファイバーは繊維なので、ハンドリングが難しいです。ナノ材料に特有なことですが、水の中にたくさん入れるとドロドロになって固まってしまいますし、繊維同士が絡み合ってしまうと、均一に混合できない問題等があります。高コストな方法で綺麗に分散させることはできますが、コストがかさむ分、実用化が遠ざかります。一方で樹脂は均一な組成を取っていないため、毎回ロットごとに特性にぶれが生じる覚悟が必要ですが、ブレンドは容易ですし、コストも低いです。これまで有効活用されてこなかった資源を最大限活用することで、中山間地域に新しい産業を生み出すことを目指しています。

Q.2 漆にもリグニンは入っていますか?

A.2 リグニン自体は、木を木たらしめるために、どんな種類の樹木の中にも入っています。進化の過程で、木の構造が高くなるにつれ、強い構造を形成せざるを得なくなり、リグニンを使ってセルロースとセルロースをくっつける道を選んだのではないかと聞いています。

Q.3 漆からリグニンを取らない理由は、スギを伐採したいからですか?

A.3 リグニンは針葉樹、広葉樹、草本系植物で化学構造が異なります。漆などの広葉樹リグニンは、多様性が高く、樹木の生息環境や、同じ樹木内でも部位により構造が大きく異なり、安定性を担保するのが難しくなります。一方でスギのリグニンは、地域や部位により、量には差はありますが性質にはばらつきが少なく、常に同一性能を求められる工業材料として適していたと聞いています。

Q.4 改質リグニンハイブリットマテリアルの弱点は何ですか?

A.4 正直に言うと、ねじれに弱いです。


参加者インタビュー

◆ 「天然素材活用による品質向上に期待」
東京コスモス電機株式会社 落合祐介さん

 電子部品に使われるものは酸素や水等が品質劣化の原因になります。それをクレーストや改質リグニン等でどれくらい改善できるかを確認したくて参加しました。クレーストや改質リグニン等を弊社の部品材料等々に使用することで、既存では達成できなかった特性数値を期待できると感じ、サンプル等々の特性評価をぜひ行ってみたいと思いました。弊社は福島県会津若松市に工場を持っていますので、それによって東北地方にさらに社会貢献できたらと思います。


◆ 「燃えない天然由来素材で商品開発を行いたい」
会津UV漆グループ 五十嵐孝さん(株式会社ユーアイヅ)、星正和さん(株式会社三義漆器店)、池田久幸さん、井上俊介さん(株式会社保志)

 約420年の歴史を誇る会津塗を盛りあげようと、福島県会津若松市の漆関連3社で「会津UV漆グループ」を設立して活動しています。様々な業者の方と関わりながら開発等を行っていく中で、技術的な知見を広げなければクリアできない問題も多々あります。そのための情報収集の一環で参加しましたが、大変おもしろかったです。我々は漆などの天然由来素材を中心に取り扱っているため、特に国産材を用いて開発できることに大きな可能性を感じました。我々のグループで扱う商品は漆器から建材まで幅広いですが、共通して「燃えない」「天然由来」の素材を前面に押し出した商品開発を考えていたため参考になりました。新しい天然素材の活用によってSDGsに対応した開発ができればと考えています。


◆ 「先進技術に対する地場企業の潜在的ニーズ感じた」
福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センター 池田信也さん、原朋弥さん

 地方の公設試として、国の研究機関による高度な基礎研究に興味があり、また、その技術を仲介役として地元の中小企業に紹介したいという動機で、後援機関として連携させていただきました。今回初めて聞いた話も多く、地場産業にも活用できそうな内容で大変有意義でした。実際、開催案内時にすぐ参加を希望した企業がいたり、当日も質問が多かったりと、興味を持つ企業がこういうところにいたのかと我々も驚きました。最近の傾向として、目的は明確でなくとも、ぼんやりと「何か新しいことをやりたい」「他の色々な知識を吸収して考えていきたい」という企業が増えていると感じており、実施いただいてよかったと思います。地場企業の現場を知っているのは我々公設試ですから、そのメリットを活かし、産総研とのパイプ役を果たしながら、商品化までつなげていきたいと考えて


次世代放射光施設と見え方専門家集団 ~見え方が変わると、東北が変わる~

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<レポート>産総研EBISワークショップ「天然素材のものづくり革命」開催、粘土やスギで新製品続々、中小企業が世界初を作る方法とは 取材・写真・文/大草芳江

2020年03月31日公開

ナノの世界を見て、イノベーションを支える最先端科学の光、「放射光」。その光を世界最高性能でつくる「次世代放射光施設」が2023年度に東北大学青葉山新キャンパス(仙台市)で稼働予定です。この施設を核に、産学協創のサイエンスパークの整備も進行中です。次世代放射光施設ができることで何が変わるのか、専門家に聞きました。
※ 経済産業省東北経済産業局からの委託事業として作成しました。

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◆ 放射光関連取材記事一覧はこちら

※下記画像をクリックすると、直接 PDFにてご覧いただけます。

東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム修了生インタビューVol.1:高野智也さん(フランス グルノーブル・アルプ大学)

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東北大学国際共同大学院修了生インタビューVol.1:高野智也さん(仏グルノーブル・アルプ大学) 取材・写真・文/大草芳江

2020年04月24日公開

まさか今、自分が海外で研究しているとは、
学生時代、夢にも思っていなかった。

高野 智也 Tomoya TAKANO
(日本学術振興会特別研究員PD(東京大学地震研究所))

 2012年3月 東北大学理学部宇宙地球物理学科卒、2014年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士前期課程修了、2014年4月民間企業に入社、2015年9月 同退社、2016年 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程再入学、2018年4月グルノーブル・アルプス大学Visiting Student (同年10月まで)、2019年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了。2019年4月日本学術振興会特別研究員PDとして、東京大学地震研究所に所属、2019年5月から2020年2月まで、日本学術振興会の海外渡航制度を利用してフランスのグルノーブル・アルプ大学に滞在。2018年度東北大学総長賞。

【東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム ×「宮城の新聞」コラボレーション企画】

 日本学術振興会特別研究員PDとして、フランスのグルノーブル・アルプ大学で地震学の研究を行っている高野智也さんを訪問しました。高野さんは東北大学大学院修士課程を修了後、企業に就職しましたが、退社して同大大学院博士課程に進学し、東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)※の第一期生として、グルノーブル・アルプ大学と東北大学の共同学位である「ジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリー」を取得しています。現在は海外で研究者としてご活躍中の高野さんですが、学生時代は自分の将来をどのように描いていたのでしょうか。また、GP-EESでの経験は現在の高野さんとどのようにつながっているのでしょうか。グルノーブル・アルプ大学で高野さんに聞きました(2020年2月に取材しました)。

※ 東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)は、東北大学が海外有力大学との強い連携のもとに国際共同教育を行い、世界を牽引する高度な人材を育成する「国際共同大学院プログラム」群を構成するプログラムのひとつです。詳しくは、以下の関連記事をご覧ください。

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◆ 東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)プログラム長の須賀利雄さん(東北大学教授)に聞く:GP-EESが目指すもの
◆ 【学生座談会】東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)に参加して ◆ 東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム修了生インタビューVol.2:相澤紗絵さん(フランス 宇宙物理・惑星学研究所)



◆ 博士課程進学すら考えていなかった

― はじめに自己紹介からお願いします。

 日本学術振興会特別研究員PDとして、東京大学地震研究所に所属しています。日本学術振興会の海外渡航制度を利用して、フランスのグルノーブル・アルプ大学に2019年5月から2020年3月までの10ヶ月間、滞在しています。

― 研究内容の概要を教えてください。

 地球物理学の地震学分野の研究ですが、地震そのものではなく、海洋波浪や人間活動等によって発生する地震波ノイズを利用して、地殻構造の時間変化を調べる研究を行っています。東北大学大学院在学中は、火山性圧力源による火山体構造の時間変化や、地球潮汐による地殻構造の時間変化を、地震波ノイズを用いて調べていました。

― 学部生の頃は、どのような学生でしたか?

 学部生の頃は、部活に明け暮れる毎日で、勉強は疎かでした(笑)。特にやりたいことも決まっていなかったので、まさか自分が博士課程へ進学するなんてことは全く考えていませんでした。ましてや今、ポスドクとして海外で研究しているなんてことは、全く予想していなかったです。


◆ 「地震波ノイズ」という言葉に惹かれて

― まだやりたいことが決まっていなかった状況から、どのような展開があったのですか?

 学部3年生の後期に配属希望の研究室を提出する際、まだやりたいことが決まっていなかったので、どうしようかと考えながら、研究室紹介一覧を眺めていました。すると、西村太志教授(固体地球物理学講座)の研究室の学生による論文タイトル「ノイズ相互相関関数と波動伝播特性に関する基礎的な理論と数値実験」が目に留まりました。

 「地震学なのに、なぜノイズなのだろう?ノイズでも何かがわかるのか。おもしろそうだ」と思い、研究内容というよりも、言葉に惹かれて、希望調査票に西村研究室と書きました。メジャーなものより、ニッチなものが好きなんです(笑)。

― はじめに言葉に惹かれて、実際に研究を始めてみて如何でしたか?

 学部3年生が調べることなので、たかが知れていますが、楽しかったです。地震波ノイズが何によって発生しているか、またノイズを使って、例えば、地下構造の時間変化を調べたり、地下構造のイメージングができたりと、色々なことができることがわかり、調べれば調べるほどおもしろかったです。


◆ 自分に自信がなかった

― 大学院進学については、当時どのように考えていましたか?

 恥ずかしい話ですけど、あまり深く考えていませんでした。周りの皆が修士課程に進学するから自分も進学するものだと思い、大学院に進学しました。4年生の後期に自分のテーマを設けて研究するのですが、地震波ノイズの研究について良い結果が得られなかったので、大学院でそのまま続けて研究しようと思いました。

― 修士に進学してからは、博士課程への進学については、どのように考えていましたか?

 博士課程への進学も考えておらず、修士1年生の冬には就職活動を行っていました。その頃は特に良い成果が出せず、研究を続けられる自信がなかったので、就職しようと考えていました。研究そのものは楽しかったのですが、僕は学部の頃の成績も全く良くなくて、とにかく自分に自信がなかったです。今もそんなにありませんが(笑)。

 けれども、内定が出た後の修士2年生の夏頃に研究の結果がようやく出て、冬頃に論文としてまとめ始めることができました。その論文は就職後に、無事に受理されました。


◆ 就職して初めて気づいたこと

― 就職先はどのように決めたのですか?

 地震学の専門知識を直接活かせる会社は限られています。地球物理学とは直接関係はないのですが、防災分野にも携わっている情報機器メーカーに就職しました。けれども、その1年半後に退職してしまいました。

― なぜ会社を辞めたのですか?

 やっていて本当に楽しい仕事か、疑問に思ったからです。研究室にいた時よりも企業に勤めていた頃の方がストレスに感じることが多かったと思います。これまでの自分の経歴で打ち込めるものは何だろうと考えた時、研究室に戻ることが頭に浮かびました。

 一方で、就職後に査読者とやり取りをして論文が出版される過程で、やっぱり研究がいいなと思いました。企業では決められた期限内に成果を出すためのスキルなどを学べましたが、自分が本当に打ち込めるものは研究だと、就職してから気がつきました。


◆ 背水の陣で研究室に戻る

― 会社を辞めてから、どうされたのですか?

 何の保証も保険もキャリアパスのプランもなかったです。博士課程に戻ったらアカデミアに就職できるかもわからないですからね。そこは、持ち前の楽観主義で、あまり深くは気にしませんでした。

 そのまま同じ研究室に博士課程で戻りたいと、西村先生にメールで相談しました。西村先生は東京駅で会ってくださり、「ぜひ一緒にやりましょう」と心優しく受け入れてくださいました。「ぜひ」と本当に言ってくれたかは、もしかすると良いように脳が記憶を修正しているかもしれませんが(笑)、そう言ってもらえて嬉しかったです。

― 大学に戻った時の研究に対する思いは?

 モチベーションはすごく高かったですね。今さら企業に戻るのも難しいだろうと。ですから、気持ち的には「研究をやって早く成果を出そう」という感じでした。


◆ 専門分野のみに固執せずオープンに

― 高野さんが大学に戻ったタイミングで、GP-EESが始まりました。最初の印象は?

 博士1年生の後期からGP-EESが始まりました。最初に魅力に思ったことは、本心を言えば、給料をいただける点でした。当時はあまり海外渡航のことは考えていませんでした。

 GP-EESのプログラムは僕にとっては結構大変でした(笑)。博士課程では、通常授業はあまりないのですが、GP-EESは取得が必要な単位が多い上、敢えて専門外の馴染みのない分野を受講しなければいけません。当時はついていくのがやっとでした。

 けれども後になって、あの時、専門分野以外のことを色々と学べた経験は良かったと思っています。自分の専門分野だけに固執せず、オープンになったと思います。研究所内でのセミナーなどにも、分野に関わらず積極的に参加するようになりました。

― 「最初は海外留学をあまり考えていなかった」とのことですが、心境の変化はあったのでしょうか?

 在学中、海外でのワークショップや学会等への参加を通じて、留学したい気持ち自体が増えていきました。GP-EESからの支援で海外渡航ができたので、とても助かりました。博士2年生の冬にグルノーブル・アルプ大学を訪れ、学振(日本学術振興会特別研究員DC2)を取っていたためダブル・ディグリーは無理でしたが、ジョイントリー・スーパーバイズド・ディグリーなら可能、と話がまとまり、博士3年生の春から6ヶ月間、グルノーブル・アルプ大学に留学しました。


◆ メリハリとシェアのフランス文化

― 海外留学は初めてでしたか?

 初めてでしたが、すごく楽しかったです。日本での研究生活との違いや文化の違いも体験できました。

― 特に印象深かったことは何ですか?

 研究以外のことも楽しんでいる人が多かったことです。18時前には皆帰宅し、20時頃には大学も施錠されます。当然、夜に学食は開いていませんし、土日も大学に入れません。その分、皆メリハリがすごいですね。集中する時は集中して、少しコーヒーブレイクしてまた研究に集中して、18時になれば、皆で飲みに行く。だらだらしない印象です。

 24時間空いているコンビニなんてありませんし、スーパーも20時頃には閉まるので、晩御飯を作るなら早く帰る必要があります。皆が早く帰れば早く帰りやすいですよね。僕の生活スタイルも変わりました。

― 他にも、日本との違いを感じたことはありましたか?

 皆、ちょっとわからないことがあると、すぐ周りの人に聞きます。ポスドクが学生に聞いたり、学生がポスドクや先生に聞いたり。もちろん日本にいた時も先生に質問することはありましたが、フランスでは日常的にディスカッションするチーム感と言うか、オープンな雰囲気を感じました。

― 留学を通じて、高野さんの中で変化はありましたか?

 それまでは、できるだけ自分一人で頑張ろうという気持ちが強かったのですが、人の手を積極的に借りよう、シェアしよう、という気持ちに変わりました。フランスでは、競争的な雰囲気がなく、チーム感があるからだと思います。それで生産性がありながらも、皆早く帰っているのではないかと思いますね。

― 留学前後で、特に変わったことは何ですか?

 日本に帰国後も、周りが残っていてもあまり気にせず18時頃には帰るようになりました(笑)。生活スタイルが変わりましたね。


◆ 日本とフランス、研究スタイルの違い

― 研究では、留学先でどのような進展がありましたか?

 フランスのグループが設置した地震観測データを利用してもうひとつ別の研究トピックを立て、留学先の先生と新たに研究を始めました。その研究は約6ヶ月の滞在中にある程度形になり、昨年論文を出版することができました。

 グルノーブル・アルプ大学の僕の指導教員は、毎週ミーティングを開き、必ず週1回ずつ進捗を共有する研究スタイルでした。一方日本では、自分の納得が行く結果が出た時に先生に報告する、自由な研究スタイルでした。

 留学先では、週に1回、たとえ進展がなくても何かしら報告しなければいけないので、熟考して見せに行くことができず、ストレスもありましたが、研究は進むので短期間でも成果が出たのかなと感じています。


◆ 躊躇せずに海外に行けるようになった

― GP-EES履修時代を振り返り、今改めて思うことはありますか?

 あまり躊躇せずに、海外に行けるようになりました。ポスドク先も、国内だけでなく海外も含めて探せるようになりました。GP-EESを通じて留学したり、海外の学会に参加したおかげで、海外へ行くことにそこまで躊躇わなくなったと感じています。

 さらに、留学している時にフランスでの指導教員にポスドクのポストについて相談したら、「新しいプロジェクトが来年から始まるから一緒に研究を続けよう」と言ってもらえました。GP-EESで留学して関係性を築けていなければ、そのような話もできなかったので、現在のポストがあるのもGP-EESのおかげです。

 これがもし1~2週間程度の滞在なら、一緒に研究までできません。6ヶ月間滞在できたことは、信頼関係を築く上でも、とても大きかったと思います。GP-EESをやって、本当によかったと思います。


◆ 自分で将来を決めすぎず、好きなことをやる方がおもしろい

― これまでのお話を踏まえ、後輩へのメッセージをお願いします。

 あまり偉そうなことは言えませんが、自分の未来のことなんて、誰にもわかりません。学部生の頃の僕は、まさか今、自分がフランスで研究しているとは夢にも思っていませんでしたし、普通に就職しているだろうと思っていました。ですから、あまり自分で自分の未来のことを決めすぎない方がよいと思います。

 僕もこの先どうなるかはわかりませんし、何の保証もありませんが、より自分がエキサイティングだと思うことをやる方が、おもしろいと思っています。

― 高野さん、ありがとうございました。

四方を美しい山に囲まれたグルノーブル・アルプ大学。高野さんが過ごす研究所の周辺にも緑が多い。
フランス滞在中に、第一子が誕生。苦労はありながらも、フランスは子育てに優しい環境と話す高野さん夫妻。


東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム修了生インタビューVol.2:相澤紗絵さん(フランス 宇宙物理・惑星学研究所)

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東北大学国際共同大学院修了生インタビューVol.2:相澤紗絵さん(仏宇宙物理・惑星学研究所) 取材・写真・文/大草芳江

2020年04月24日公開

先が見えないからこそ、
目の前のチャンスに飛び込むことで、
色々なことが見えてくる。

相澤 紗絵 Sae AIZAWA
(Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)

2014年3月 東京理科大学理学部第二部物理学科卒、2016年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士前期課程修了、2019年3月 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、ソルボンヌ大学理学研究科博士課程修了(ダブルディグリー)。2019年5月 Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie (フランス)にて博士研究員、現在に至る。

【東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム ×「宮城の新聞」コラボレーション企画】

 フランスのトゥールーズにある宇宙物理・惑星学研究所(IRAP:Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)にて、博士研究員として水星の研究を行っている相澤紗絵さんを訪問しました。相澤さんは東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)※の第一期生としてフランス・パリにあるソルボンヌ大学に1年間留学し、東北大学とソルボンヌ大学、2つの大学の学位である「ダブル・ディグリー」を取得しました。現在は海外でご活躍中の相澤さんですが、学生時代は自分の将来をどのように描いていたのでしょうか。また、GP-EESでの経験は現在の相澤さんとどのようにつながっているのでしょうか。IRAPで相澤さんに聞きました。

※ 「東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)」は、東北大学が海外有力大学との強い連携のもとに国際共同教育を行い、世界を牽引する高度な人材を育成する「国際共同大学院プログラム」群を構成するプログラムのひとつです。詳しくは、以下の関連記事をご覧ください。

【関連記事】
◆ 東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)プログラム長の須賀利雄さん(東北大学教授)に聞く:GP-EESが目指すもの
◆ 【学生座談会】東北大学 環境・地球科学国際共同大学院プログラム(GP-EES)に参加して ◆ 東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラム修了生インタビューVol.1:高野智也さん(フランス グルノーブル・アルプ大学)



◆ 夜間学部でバイトしながら宇宙を学ぶ

― はじめに自己紹介からお願いします。

 フランスの宇宙物理・惑星学研究所(IRAP:Institut de Recherche en Astrophysique et Planetologie)で、太陽に一番近い惑星である水星の磁気圏におけるプラズマダイナミクスとその水星環境に関する研究を、数値計算とデータ解析を通じて行っています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)とESA(欧州宇宙機関)の共同ミッションである水星探査計画「BepiColombo (ベピコロンボ)」(2018年10月打ち上げ、2025年12月水星到着予定)の準備に当たる研究です。

― 学部時代はどのような学生でしたか?

 学部時代は、東京理科大学の理学部第二部という夜間学部に通っていました。国立大学の受験に失敗し、経済的な事情から夜間学部に入学しました。もともと宇宙論が好きで、宇宙の研究をしたいと思っていました。私学ですが、夜間学部は国立並の学費で学士が取得でき、昼間は働けるので学費は稼げるし、宇宙系の研究ができるので良いなと思って入学したのです。バイトの毎日で、授業は必要分だけ出席する感じで、希望する宇宙系の研究室に入れるくらいの成績を取ろう、程度でした。ですから、学問に対してはそれほど熱心な学生ではなかったと思います。

 希望通り、宇宙系の研究室に入ることができました。その結果、宇宙の研究は好きだけど、色々な方程式を解く宇宙論は自分には向いていないと気づき、もっと近い宇宙をやろうと、別の大学に行こうと思いました。知識がなかったので、具体的にやりたいことが決まっていたわけではありませんが、紹介いただいた東北大学の先生の話が直感的におもしろそうだと思い、東北大学の惑星大気物理学の研究室に大学院から入りました。


◆ 精神的に最も辛かった大学院時代

― 大学院に入ってからは、如何でしたか?

 とても大変でした(笑)。ふたつ実感したことがあります。ひとつは、夜間学部にいた頃は、自分と同じようにギリギリで生きている人たちばかりでしたが、東北大学では、皆が「とりあえず当たり前に修士に進学しよう」という意識で、温室育ちのように見えて、勝手に劣等感を覚えました。

 もうひとつは、同期の学生たちが学部のうちから勉強していることを、自分だけがまだ勉強していない状況で、研究を始めることができなかったことが一番辛いことでした。学部時代から研究を始めている同期よりも自分は1年遅れなのに、勉強しなければいけない時期が精神的に辛く、修士1年の秋頃までは、ほとんど学校に行けなかった時期もありました。

 秋頃になってやっと自分の研究を始められ、周囲から「いつも楽しそうに研究しているね」と言われるようになりました。眼の前に人参をぶら下げられている状態だったのが、やっとご褒美にありつけた感じでした(笑)。修士課程では、昔の火星は地球のように温暖で気体があったのに、今ないのはなぜだろう?という謎にアプローチする研究を行っていました。博士課程でも同じ研究を続けるつもりでしたが、GP-EESが始まったことで、すべてが変わりました。


◆ GP-EESですべてが変わった

― GP-EESが始まったことで、何が変わったのですか?

 博士1年の4月頃、指導教官の寺田先生から「新しい経済支援としてGP-EESが始まる」ことを聞きました。経済的に自立する必要があり、もし奨学金を取れなければ中退すると事前に話していたからです。では応募の準備を始めようとなった4月下旬、私の将来の指導教員となるドミニク・デルクールさん(フランス・ソルボンヌ大学)が仙台に来て、そこで初めて話をして、私のGP-EESでの海外渡航先が決まりました。

 ドミニクさんの専門分野に合わせて研究テーマも火星から水星に変えて、言われるがままに書類手続きも行い、博士1年の1月末からフランスへ渡航しました。寺田先生とドミニクさんが事務的な手続きを一気に進めてくださったので、気づけばパリにいた感じでした(笑)。ですから、GP-EESで、すべてが変わりました。おもしろいですよね、人生って(笑)。


◆ 留学先で論文と新しい関係性をつくる

― 初めての海外留学とのことですが、如何でしたか?

 場所と同時に研究内容が変わったことは、気持ち的には良かったかもしれません。海外に渡航して研究を始めてしまえば、もう逃げ場はない、やらねばならぬ状況でしたので、この1年の内容で博士論文を書くしかないのだ!という感じでした。

― フランス滞在中はどのように研究を進めましたか?

 ドミニクさんによるレクチャーを毎週受けて、勉強したり、ディスカッションしたりして、比較的早い段階で、数値計算の結果が出ました。その後、ドミニクさんから、データ解析もやってみたらとアドバイスを受け、紹介してもらったアメリカのミシガン大学の先生とも交流を始め、2~3週間アメリカに滞在して研究させてもらいました。そうこうしているうちに日本へ帰国。海外留学を通じて、数値計算の論文と、新しい関係性をつくることができました。


◆ 日本とフランス、研究スタイルの違い

― 日本とは異なる環境で、特に実感したことはありましたか?

 ドミニクさんは、とても素晴らしいスーパーバイサーでした。押し付けがないけれども、通すところは通す感じで、人を導くことが本当に上手な人だと思います。「どう思う?」とよく聞かれるし、自分にレールが敷かれていることには気づかずに(笑)、行くべきところへ誘導されている感じです。また、サイエンスにおいて如何にプレゼンテーションが大切か、世界において如何にコネクションが大切かも実感しました。

 特に、論文をどのようにクローズするのが効率的で合理的かというドミニクさんの研究の進め方には、深い感銘を覚えました。例えば、新しいトピックがあったとして、何らかの結果が出たとします。これまでは、すべての可能性を網羅してから論文にまとめていたので、なかなか収束しませんでした。ドミニクさんの場合、ミニマムにひとつのことを論文にまとめて、まずは投稿します。「この可能性についても、やった方がいいのでは?」と思われることも、余分なことは、もし査読者から指摘があれば、後から付加すれば良いという考え方でした。実際にそのまま投稿した結果、マイナーなコメントだけで受理されました。「やらない」という選択肢もあることを初めて学ぶことができました。


◆ フランスでの1年がなければ、研究者を続けていなかった

 火星を研究していた時は、博士号の取得は考えていましたが、正直、卒業後は企業に就職した方がよいと思っていました。けれども、GP-EESを通じて、ドミニクさんのもとで研究し、アメリカの大学を紹介してもらったり、ベピコロンボ関係でいろいろな人と知り合ったりして、研究者を続けようと思いました。もしフランスでの1年がなければ、私は今、研究者を続けていなかったと思います。

― 企業への就職ではなく、研究者の道を選んだ一番の要因は何ですか?

 寺田先生と一緒に火星の研究をしていた時は、基本的には数値計算のみだったため、私と寺田先生1対1の関係でした。それはそれで楽しかったのですが、データ解析やベピコロンボのプロジェクトを通じて、コミュニティの中で働けるようになってから、自分は周囲に認識されながら仕事をする方が楽しいことに気がついたのです。ベピコロンボでは、プロジェクトの特性から、若い研究者も参入していて、同世代の研究者たちと一緒に励まし合いながらプロジェクトを進めていくことが楽しいです。自分の場合は、一人で仕事をすることはあまり向いておらず、コミュニティの中で認識されながら役割を担って働くことの方が向いているのだと思います。ですから、火星の研究をしていた時は、企業に就職した方が楽しいだろうと考えていました。

東京でのミーティング時の若手ワーキンググループ集合写真
オランダでのミーティング時のシミュレーショングループ集合写真


◆ 海外で働く方が肌に合っていると気づく

― 将来の進路に、GP-EESでの経験が与えた影響とは?

 結果として、海外で働く方が自分の肌には合っていることに気付きました。もともと性格的にもオープンに話せる海外の方が性に合っていることにパリ滞在中に気が付きましたし、語学に対しても苦手意識はないですし。日本も好きですが、1年間パリに放り出されて生きていけたから、今後どこへ行っても大丈夫だろうと(笑)。ポスドクで海外に出ることも、他の人よりハードルを低く感じていると思います。比較的やりたいようにやらせてもらい、コミュニティにもある程度認識してもらえて、対等にコミュニケーションを取れているので、スタンドアローンみたいな感じに少しはなっているのかなと思います(笑)。


◆ 目の前のチャンスは、何でも掴んでみる

― これまでのお話を踏まえ、後輩へのメッセージをお願いします。

 寺田先生から言ってもらった言葉があります。「相澤さんは、呼ばれたらイエスと言って、フットワーク軽く入ってくるのが良いね」と。「GP-EESが始まるよ」「はい、応募します」、「ドミニクさんとの夕食に一緒に行く?」「はい、行きます」、「フランス行く?」「はい、行きます」、「アメリカ行く?」「はい、行きます」と、自分の場合、それが全部結果的によくつながりました。

 目の前にチャンスが提示された時には、飛び込むことで、色々なことが見えると経験的に思っています。飛び込むまでは、どこに何が転がっているか、わからないですからね。自分に示されたチャンスには何か意味があると思って、イエスと言います。もし合わなくても、また新しいチャンスが来ます。先がわからない時のひとつの行動として、目の前にあるものは何でもよいから掴んでみるのがよいと思います。

― 相澤さん、ありがとうございました。


IRAPに出勤する相澤さん。周囲は研究所や大学等が集積する学術的なエリア
研究室のボスやメンバーと気さくにコミュニケーションを取る相澤さん
トゥールーズ名物カスレとワインをランチでいただく

【研究室訪問】東北大学 流体地球物理学講座教授の山崎剛さんに聞く気象学研究

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【研究室訪問】東北大学 流体地球物理学講座教授の山崎剛さんに聞く気象学研究 取材・写真・文/大草芳江

2020年5月29日公開

気象学は観測・概念モデル・数値実験を
お互いよりよくしていくことで発展

山崎 剛 Takeshi YAMAZAKI
(東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻 流体地球物理学講座 教授)

1962年 長野県生まれ(育ちは埼玉県)、1985年 東北大学理学部天文及び地球物理学科第二卒、1987年 東北大学大学院理学研究科博士課程前期2年の課程修了、1989年 東北大学理学部助手、1994年 博士(理学)、1994年 東北大学理学部助教授、2002~2006年 海洋研究開発機構サブリーダー、2012年 東北大学災害科学国際研究所(兼務)、2018年 東北大学理学研究科教授、現在に至る。

 今回訪問した研究室は、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻の流体地球物理学講座です。「流体地球物理」というと難しそうですが、「要は、気象の研究室です」とのこと。地表面に接している大気と地表面との関わりを研究する「気象学分野」と、幅広いスケールの地球大気の数値シミュレーションを行う「大気力学分野」を得意とするグループが、協力し合いながら教育と研究を進める当講座には、全国から気象好きの学生たちが集まります。身近なのに、まだまだわかっていないことも多いという気象をどのように研究しているのか、また、その研究の意義とは何か、教授の山崎剛さんに聞きました。

※本インタビューは、弊社が事務局・HP運営を担当する東北大学物理系同窓会「泉萩会」とのタイアップ企画です。

◆ 陸面過程と数値モデルの二本柱で気象学研究

― はじめに、研究の概要について教えてください。

 我々の研究室の正式名称は「流体地球学物理講座」で、気象学と大気力学の二つの分野が相互に協力し研究を行っています。一般的には気象学と思っていただいても差し支えありません。気象学の中でも、我々の研究室が特に力を入れているのが、「陸面過程」と「数値モデル」です。


【図】気象学と関連する学問分野や過程

 もともと私自身は、地面に接している大気(大気境界層)と地面との関わりである「陸面過程」を専門にして、学生時代から研究をしています。もうひとつの研究の柱である「数値モデル」は、2018年3月に退職された岩崎俊樹特任教授が中心となって研究しているものです。数値モデルとは、大気の運動を物理法則に基づき数値的に解くための道具で、平たく言えば、天気予報です。現在の天気予報は、風や気温などの時間変化をコンピューターで計算し、将来の大気の状態を予測していますが、それが数値予報モデルです。


◆ 身近なのにわからないことがまだまだ多い大気の底

― なぜ山崎さんは、学生の頃から気象学、中でも陸面過程を研究し始めたのですか?

 高校生の頃から気象学に興味がありました。当時、「地球物理学」を学科名に掲げる大学は東京大学、京都大学、東北大学、北海道大学の4校程度と多くはなく、気象学も大学ごとに得意分野がありました。その中から私は「大気放射学」と「大気境界層」を得意とする東北大学を選び、「大気境界層」を研究している近藤純正先生の研究室に入りました。

 大気境界層を選んだ大きな理由は身近だからです。大気境界層とは大気の一番底の部分で、地面に接した部分を指します(図1)。まさに我々人間が生活している非常に身近な場所なのに、わかっていないことがまだまだたくさんあるところに惹かれました。


【図1】大気境界層の模式図


◆ 積雪面の熱収支の研究からスタート

― 最初はどのような研究から始めたのですか?

 私が最初に行った研究は、地面が雪に覆われている時の熱収支あるいは融雪でした。地球上で起こるほとんど全ての気象現象は、本を正せば、太陽から地球に降り注ぐエネルギーが大気に伝わり、それが大気の運動を起こすことによって発生します。太陽からのエネルギーの約50%は地面まで到達します。そのエネルギーは地面を暖め、それが大気に伝わっていく熱(顕熱)と、そこに水があれば水を蒸発させる熱(潜熱)に分配されます。蒸発した水は移動し、どこかで雲をつくったり雨を降らせたりします。このように、太陽から来たエネルギーが直接地面を暖めるのか、それとも水を蒸発させてどこかに雲をつくるのか、そのエネルギーの分配のされ方によって気象は大きく変わります。太陽からのエネルギーが地面でどのように分配されるかを調べることが大きなテーマです(図2)。

 地面でエネルギーがどのように分配されるかは、地面の性質、つまり地面が何で覆われているか、あるいは、気象の条件によって変わります。例えば、砂漠のような乾いた場所では、水がほとんどないため、入ってきたエネルギーのほとんどが大気を直接暖めるのに使われます。まさに灼熱の世界ですね。一方、水で覆われていたり、植物が生えていたりする場所では、多くのエネルギーが水を蒸発させるのに使われます。このように、エネルギーの分配のされ方は地面の性質によって変わります。中でも雪は非常に特徴的な地面で、ちょうど当時、近藤先生が研究を始めていたため、私も積雪の熱収支の研究を始めることになりました。


【図2】大気と陸面の相互作用

― 雪はどのような点が非常に特徴的なのですか?

 雪は、ご存知の通り、白いですよね。他の地面は黒っぽいので、日射をまず吸収しますが、積雪面は白いので、太陽から来た日射のうち、約40~90%は跳ね返してしまう点が非常に大きな特徴です。また、雪は氷でできているため、いくら暖かい風が吹いたり日射が入ったりしても、地表面の温度は0℃より上がりません。その代わり温度が上昇すると、太陽からのエネルギーは雪をとかすのに使われます。この熱収支を調べることで、どれくらいの雪がとけるかもわかるため、応用のひとつとして融雪という問題にも取り組みました。


◆ さらに植生地の熱収支・水収支も研究

 次に私が取り組んだ研究が、植生地でのエネルギー分配のされ方です。もちろん陸面過程に興味があって研究室を選んだわけですが、どちらかと言えば、もともと陸面の中でも植物に興味がありました(笑)。植物もまたおもしろいと同時に難しいところがあるのです。

― 植物がおもしろいと同時に難しいところとは、どんな点ですか?

 まずひとつは、地面を覆う植物としては森林や樹木等がありますが、形が非常に複雑です。その凸凹が、大気の流れ(風)にとって摩擦として働きます(つまり風速に影響します)。

 次に、先述のエネルギー配分の観点では、その多くが蒸発に分配されます。植物の場合、その多くは蒸散です。ただ、植物は水を蒸散させたいから気孔を開くのではなく、光合成を行いたいから気孔を開いて二酸化炭素を取り入れる時、本当は出したくない水が出てしまうのが蒸散です。

 適当な温度と日射という光合成を行いやすい状況で、植物は気孔を積極的に開き、二酸化炭素をたくさん取り込もうとする代わりに、蒸散もたくさん行うわけですね。一方、光合成を行いにくい状況になると、植物は気孔を閉じるので、蒸散も少なくなります。

 また、過度な乾燥等、根から水分を吸い上げることができない状況の時、もし気孔を開いてしまうと水を失い、葉がしおれたり枯れたり、光合成どころではない危険な状況に陥ってしまうため、植物は気孔を閉じます。蒸散されない場合、太陽からのエネルギーはその周辺の空気を直接暖める熱に分配されます。

 すなわち、気孔の開き具合によって、大気に対する作用が変わります。その理解なしには、地面での正確な熱収支、さらには大気に対するエネルギー分配はわかりません。それが植物の非常に難しくておもしろいところです。

 このように、最初に雪、次に植物を研究しました。当時も、地表面の性質を研究している人はいましたが、雪と植物の両方を研究している人はほとんどいませんでした。そこで今度は、雪と植物が共存する状況を研究テーマにし、それが私の研究の特徴になりました。雪と植物が共存する状況は、森林が豊富な日本でも起きますし、私自身は、シベリアの北方林における熱収支・水収支を随分研究してきました。


◆ 雪が"ある"ことだけを考えればよいわけではない

― 気象学の中でも陸面過程、特に雪と植物が共存している状況に注目して、山崎さんは地表面の熱・水収支を長年研究されているのですね。「身近なのにまだまだわかっていないことがたくさんある」ことに惹かれ、学生時代から研究を続けているというお話でしたが、これまでの研究で明らかになってきたことは何ですか?

 いろいろあります。例えば、春先に雪が徐々にとけていく時、木がない場所を覆う雪と、森林の中にある雪、どちらが先にとけてなくなるかを最初の頃に考えました。皆さんのイメージでは、木のない場所の方が、日差しも当たるので、先にとけると思うかもしれません。よく調べてみると、条件によって融雪は変わることや、いくつかの条件が揃えば、森林の中にある雪の方が先にとけることがわかりました。

― ちなみに個人的な疑問で恐縮ですが、木の周りの雪が、木のない場所よりも先に雪がとけているのはなぜだろう?と、ずっと気になっていました。

 実は、それも実験をして調べました。はじめに、木製の黒い柱と白い柱を雪の中に埋めて、どちらが先にとけるかを観察しました。どちらかと言えば、黒い柱の方がとけますが、実は、条件によって、どちらがよくとけるかは変わります。

― 色の違いの他に、生きた木と死んだ木で違いはないのですか?

 もうひとつ皆さんがよく思うのが、生きているせいで雪がよくとけるのではないか。実際に調べてみましたが、生きている木と死んでいる木材で、ほとんど差はありませんでした。木が出す熱によって雪がとけると思っている人もいますが、それはほとんどないですね。

― 私の仮説は間違っていました(笑)。では、どのような条件で雪のとけ方は決まるのでしょうか?

 実は、木の周りの雪は、放射でとけます。放射の場合、2つの要素があります。ひとつは、雪にどれくらい日射が入るかによって、雪のとけ方が変わります。白い柱の場合、柱にぶつかって跳ね返った光も雪に入るため、その分だけ雪がとける分の日射が増えます。ですから、白い柱の存在は、雪に入る日射を増やす効果があります。一方で黒い柱の場合、日射が入ると吸収してしまうため、跳ね返って雪に日射を与える効果はありません。その代わり、黒い柱が日射を吸収して暖まるので、その暖まった分だけ赤外線を多く放出します(物質は自身の絶対温度の4乗に比例する赤外線を出します)。その赤外線を雪に与えることによって、雪をよりとかす効果があります。この2つの要素で、木の周りの雪はとけていきます。

 この時、雪がどれくらい白いかが、非常に重要な要素になります。日射の反射率は「アルベド(albedo)」という言葉で、0から1の数値で表します。0はすべて吸収する黒体で、1は100%反射するという意味です。雪の場合、アルベドは新雪の0.9程度から、日が経つにつれて雪が汚れ、雪解けの頃には0.4程度まで落ちると言われています。

 黒っぽい雪の場合、日射を吸収できるため、柱で跳ね返ってきた日射もキャッチできる分、白い柱の方がより効果的になります。一方、雪が真っ白な場合、せっかく柱から余分に日射をもらっても、雪が吸収しないで跳ね返してしまうため、キャッチすることができません。すると、黒い柱の方が、赤外線も若干反射はするものの、約98%の赤外線は吸収するため、日射のエネルギーが赤外線に変換され、それを雪が吸収できます。

 このように雪が白いか・黒かによって、白い柱と黒い柱で雪のとけ方は変わることがわかりました。木がある場所の雪が先にとけるかどうかは、色々な気象条件やアルベドによって変化することがわかってきました。

― なるほど。木の周りの雪の穴の謎は、木と雪それぞれの日射の反射率の組み合わせで決まるわけですね。

 実は当時も、はっきりとはわかっていなかったのですよ。木の周りの雪の穴は、地球全体の気象に効くという話ではありませんが、興味としてはおもしろいですよね。

― ありがとうございました。話を戻しまして、植物と雪が共存している状態をきちんと調べたことは、地球全体の気象の理解とどのような関係があるのでしょうか?

 地球全体の気象を計算する数値モデルができ始めた頃、春先の気温を低く計算し過ぎてしまうという大きな問題がありました。その原因は、雪さえあれば、「温度は0℃より上がらず、日射は反射する」という計算をしていたためです。ところが実は、木のある場所では、雪があったとしても、木が日射を吸収することによって大気を暖める効果を考えれば、春先の誤差は非常に少なくなることがわかりました。雪が"ある"ことだけを考えればよいわけではないことが大事な点です。

― 地球規模にもなると、雪と木が共存している場合の効果が効いてくるのですね。

 そうですね。例えば、シベリアは非常に広大な面積が雪で覆われています。雪が覆っている・覆っていない・いつ消えるかは気候にとって非常に重要な要素です。雪が消えなければ、先述の通り、大気を暖める効果は非常に弱くなるため、そのような意味でも、地球上のどの場所がどの時期に雪に覆われているかをきちんと把握することが、将来予測をする上でも大事です。


◆ 大気の運動を数値的に解く「数値モデル」

― もうひとつの研究の柱の数値モデルについて、教えてください。

 数値モデルの研究を大きく分けると、過去に遡っていく研究と、将来を予測していく研究があります。数値モデルが具体的にどのようなものかは、こちらのスライドをご覧ください(図3)。この全球の大気を格子で区切ったイメージ図は、気象庁で使われているものです。地球上を縦・横・高さ方向で格子状に切り、そのひとつひとつの場所の気温、気圧、風等を、運動方程式や熱量保存式等の物理法則を用いて数値的に計算し、次の時間はどうなるかを予測します。


【図3】数値モデル、データ解析

 地球上を格子状に切る間隔は、いわゆる気象予報に使われるモデルで、数十から100 km刻みで計算しています。この刻みを細かくするほど、大気の状態をより正確に表現できます。ただし、刻みを細かくするほど、例えば間隔を半分にすれば計算時間は10倍もかかるので、やたら細かくすることはできません。一方、やませや台風、最近増えている集中豪雨などの現象を調べようとすると、対象とする現象にもよりますが、50 kmでは足りず、5 kmから1 km、場合によっては、より細かい解像度が求められます。

 そこで、このような気候モデルと応用分野で求められる解像度のギャップを埋めるために、知りたい場所だけを切り出し、そこだけ詳細に計算する「ダウンスケール」という手法を用いて詳細な気象を推定することを行います。

 例えば雪の降り方を見る場合、水平方向刻みのスケールを約20 km、5 km、1 kmと細かくしていくと、1 kmくらいの解像度で山の形や雪の降り方に対応して見えるようになります。日本のように地形が複雑な場所で「どこで、どれくらい雪が増える・減る」と議論したい時は、せめて5 km程度の解像度にする必要があります。ダウンスケールは将来予測をする上でも大事です。

 もうひとつの大きな背景として、2018年から「気候変動適応法」が施行されました。気候変動の対策には、その原因物質である温室効果ガスの排出削減と吸収の対策を行う「緩和」と、気候変動に対して人や社会、経済のシステムを調節することで影響を軽減しようという「適応」のふたつがあります。適応策の法的位置づけが明確化されたことで、対応が求められる自治体などが最初に必要とする基本情報は、10年後、20年後の気温上昇や降水量等の地域気候予測情報です。そこで我々に課せられているのが、より信頼性の高い気候予測です。

― 「ダウンスケール」はどのようにして行うのですか?

 ダウンスケールの方法は、ふたつあります。ひとつは、数値予報モデルに運動方程式等を適応し、より詳細な気象を推定する「力学的ダウンスケール」で、我々もこの方法を用いています。もうひとつは、既存の詳細な観測データに関して、大きなスケールでわかっている気象とローカルな気象との間に経験的・統計的な関係式をつくり、その式を適応してダウンスケールを図る「統計的ダウンスケール」です。

 どちらの方法もそれぞれ長所と短所があります。統計的ダウンスケールは、計算に時間がかからないため、温度の詳細な分布等を出すことは得意ですが、元データに含まれていない現象は再現できないため、例えば集中豪雨のような、細かな地形が関係する気象の予測等には向きません。それは力学的ダウンスケールの方が向いていますが、格子を細かくするほど計算時間が非常にかかるため、ケースを絞るようなことをデザイン時に考える必要があります。

― ちなみに、気候変動によって雪の降り方は将来どうなると予測されますか?

 将来は弱い降雪が減り、強い降雪が増える、という予測結果が出ています。温暖化のため将来的には降雪量自体は減るものの、雪や雨の振り方は「強い雨が降る頻度は増える一方で、弱い雨が降る頻度は減る」というのが大方の予測です。それが意味することは、災害になる危険な大雨の発生確率が今後も増える一方、水不足になる危険性も増える、つまり「極端化」するというのが、大方の見方です。

※ 最近の成果は
https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20191217-10587.html
https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20200312-10957.html
 をご覧ください。


◆ 観測・概念モデル・数値実験で気象学が発展

― 陸面過程と数値モデルの間には、どのような関係がありますか?

 数値予報モデルの中でも、太陽から来る熱の分配を必ず計算するため、陸面課程によって計算結果は変わります。「コンピューターでシミュレーションしました」と言うと、正確だと誤解してしまう方も多いのですが、変な式が入ったモデルで計算すれば、コンピューターはその通り"正確"に計算するので、変な結果を出します。ですから、モデルに用いる式が本当に正しいかの検証や、よりよいモデルの研究が重要です。また、陸面過程に関しても、改良すべき点がまだまだあり、その辺りが陸面課程と数値モデルの接点です。

 数値モデルも、ふたつに分かれます。ひとつは、天気予報も該当しますが、とにかく入れられる要素はすべて入れる「数値実験」です。もうひとつは、本質的な要素だけを抜き出し、それ以外は切ってしまうことで、何がこの現象に効いているかを調べる、単純化した「概念モデル」です。これらのモデルに使われている式が本当に正しいかどうかを検証するには、「観測」して確認するしかありません。あるいは本質的に何が効いているかを調べるために、モデルの中のある要素をわざと無視し、本当にその現象が再現できるかを確かめることで、何が本当に大切かがわかってきます。このようにして観測・概念モデル・数値実験をお互いによりよくしていくことで、気象学が発展していると思います。


【図4】気象学の発展


◆ 過去の気象を再現する

― 今後に向けての意気込みを教えてください。

 大きくふたつあります。まずひとつ目が、先程、数値予報モデルには将来予測のほかに、過去に遡る研究があると話しました。過去を再現する研究を、「領域再解析」と呼びます。数値モデルは縦横上下の格子ごとの場所の大気の状態を計算するため、過去を計算すると、例えば、50年前のある場所・ある時間の大気の状態を、格子状に分かれた均等なデータとして作成できます。過去に残っているのは観測データだけで、測定していない場所はわからないわけですが、数値モデルを用いることで、測定していない場所の気象がわかるわけです。

 このようにして何十年もつながるデータをつくることで、すでに起こっている気候変動等を、より定量的に評価することができます。また、再解析のもうひとつ大きな意義として、歴史的な災害を起こした極端な気象現象を、当時の観測だけではあまりはっきりしなかったところまで、端的に再現できるようになります。あるいは、約50年前よりも都市域が非常に広がっているのが現在ですが、もし森林伐採をしていなければ、その地域の気象はどうだったのか、仮想的に都市域を取り除くことで土地利用の検討が可能です。そして、これは私の興味ですが、過去の積雪量の評価は、過去から現在にかけての水資源の評価になります(図5)。このように領域再解析によって色々なことができるので、研究室をあげて研究を進めていきたいと考えています。


【図5】日本領域における過去60年の大気場の再解析


◆ 寒気の生涯を追跡する

 もうひとつ我々の研究室で力を入れているのが、岩崎特任教授が開発した、寒気の流出や蓄積を調べる新しい手法です。「温位」(水蒸気を含まない大気の塊を1000ヘクトパスカルに断熱圧縮したと仮定した時の温度)という、温度を修正した量を用いて、ある温位よりも低い空気を「寒気」と定義します。すると寒気はいつどこで発生し・どのように流れ・どこで消えるのか、寒気の生涯を追跡できるようになります。この手法を学生たちも引き継いで研究し、良い成果を出しています。

 北半球全体の寒気の振る舞いを見るために、温位が絶対温度280K以下の冷たい空気を寒気と定義します。図6は、1月の寒気の厚さの30年間の平均です。青色は寒気が分厚く溜まっている場所で、北極海やシベリア域、北米で、非常に分厚い寒気ができていることがわかります。図の矢印は寒気が流れ出ている方向を示します。寒気が流れていく先は、大きく分けて地球上にふたつあります。ひとつは日本の近く、極東付近です。もうひとつは北米の東側です。寒気の流出は一定ではなく、時々どかっと来ます。それがいわゆる「寒波」です。


【図6】北半球全体の寒気の振る舞い(Iwasaki et al., 2014)

 図6の右図は、青色が寒気のできる場所で、赤色が寒気の消える場所を示した図です。冬の寒気は、陸上や北極海の氷上で生まれ、流れ出ていった先の海上で、海から熱を受けることで、暖まって消える仕組みになっています。温位という量を用いて何度以下で寒気とすると定義したことで、寒気の生涯を量として描くことが可能となりました。この手法を用いることで、様々な寒気がどこから来て・どのように流れていくか等、小さなスケールでも診断できるので、色々おもしろいことができます。これも我々の研究室で力を入れているテーマです。


◆ 小さな頃から星や気象に興味

― 山崎さん自身は、そもそもなぜ気象に興味を持ったのですか?小さな頃の原点を教えてください。

 小学生の頃は、星を見るのが好きでした。星を見ていたのが、だんだん天気の変わり方や風の吹き方等、気象に興味を持つようになりました。小学生の頃は、毎日1回ずつ、気温を測ってノートに書いたりしていましたね。なぜそれを始めたのか、今になってはよく覚えていませんが(笑)、興味は持っていました。高校生になると、地学部に入りました。当時は天文班と地質班しかなかったので、自分で勝手に気象班を作り、気象のことを調べました。自転車の後ろに温度計を付けて学校の周りを走り、ヒートアイランド現象を調べたりしていましたね。そんな感じで、子どもの頃から天気や気象に興味を持っていました。


◆ 「なぜ?」を追求する好奇心を持ち続けて欲しい

― 最後に、今までのお話を踏まえ、中高生を含めた次世代へメッセージをお願いします。

 好奇心を大事にして、「なぜだろう?」と不思議に思うことをよく考えて欲しいですね。特に我々理学部は「なぜだろう?」を失ってはいけないと思うのです。最近は研究も、どうしても「役に立つ」ことが求められます。必要に迫られて我々も研究動機に「~に役立つ」と書きますが、根底で大切なことは、「なぜ暑くなるの?」「なぜこういう風が吹くの?」といった「なぜ?」ですよね。「なぜ?」を追求する好奇心を持ち続けて欲しいと思います。

― 山崎さんのお話も、身近な陸面過程に対する「なぜ?」から始まっていますね。

 先程の木の周りの雪の話も、「なぜとけるのだろう?」「じゃあ、それを調べてみよう」、なんですよね。遊び心かもしれませんが、「なぜだろう? 不思議だな」と思ったことは、大事だと思います。例えば、数値モデルの話もしましたが、最近は人工知能等の色々な手法が登場し、実用からすると優れている点もあって、天気予報等も置換されていく部分も多いと思います。一方で、我々が取り組む「モデル化」とは、イコール現象を理解することだと考えています。ですから現象と合うモデルは、やはり合うだけの理由があるわけで、「ここが良くできているから、よく合う」ということを考えることも忘れないようにしたいです。皆さんにとっては、それを忘れないで欲しいと思っています。


― 山崎さん、ありがとうございました。



■ 流体地球物理学講座 学生インタビュー


写真左から、池田翔さん(修士2年 ※)、鈴木健斗さん(修士1年 ※)、山口純平さん(修士2年 ※)。
※ 取材時(2018年度)の学年です。

― それぞれの研究テーマを教えてください。

池田翔さん(修士2年※) 「気象予報データを利用し、イネいもち病害確率を予測」
 農作物が長時間濡れると、カビに感染していもち病にかかりやすくなります。カビによる病害危険度情報の作成に役立てるために、気象庁の週間天気予報データを用いてイネ葉の濡れ具合を予報し、水田での葉面の濡れ具合を濡れセンサーを用いて観測することで、検証する研究を行っています。

鈴木健斗さん(修士1年※) 「関東地方等に発生する沿岸前線の予報を改善」
 暖かい空気と冷たい空気の境目を前線と言いますが、関東地方や仙台平野等は、局所的な前線である「沿岸前線」が発生しやすい場所です。沿岸前線がどこにあるかの予報は、気温や風向・風速、雪と雨の境目等の予報に重要ですが、現段階では難しいのが現状です。そこで、気象庁が天気予報で使用している気象モデルを用いて、沿岸前線予報改善のための研究を行っています。

山口純平さん(修士2年※) 「記録的大寒波を『寒気質量解析手法』により解析」
 私は「寒気質量解析手法」という寒気を可視化するツールを用いて研究を行っています。寒気が来れば、気温が低下し、強い風が吹くことが知られていますが、これまで天気予報でも、実は専門研究でも、寒気とは何かが定義されていませんでした。そこで研究として定量的に扱うために寒気を定義することが、この研究室で行われました。それを用いて私が研究したのが、2016年1月に発生した、沖縄本島観測史上初の雪を観測した記録的大寒波です。私は寒気可視化ツールを用いることで、この大寒波がどこから来たのか、1週間遡って解析することができました。このことは気象予報にも役立ちますし、地球温暖化に伴って寒気がどうなるのかも議論しやすくなると思います。

― この研究室を選んだ理由は何ですか?

池田 「好きな天気予報と農業、どちらも勉強できる」
 ここにいる3人全員が気象予報士です。もともと私は「お天気少年」ではなく「農業少年」でした(笑)。中学生の時、家庭菜園で育てていた野菜が病気になる経験をしたのですが、その年はやませという冷害をもたらす風が長期間吹き大冷害になった年で、気象と農業に強い関わりがあることを感じました。その後、気象に興味を持ち、将来は気象予報官になりたいと思いました。自分の好きな天気予報と農業のことが勉強できるので、大学では、この研究室に入りました。

鈴木 「お天気少年、気象学研究室に入るために東北大学を選んだ」
 私は、小学生の頃からお天気少年でした(笑)。例えば、雪が降れば、外に出て気温を測ったり雪の深さを測ったり、天気図を毎日書いたりしていました。気象予報士の資格も中学生の頃に取得し、将来は気象予報の仕事に携わりたいと考えていました。東北大学の気象学研究室は、山崎先生の前任の岩崎先生(現特任教授)が気象庁で数値予報を長年研究されていた方で、東北大学気象学研究室に数値モデルのノウハウがたくさんあります。私は東京に住んでいたのですが、大学は研究室で選んで、東北大学に入学しました。きちんと希望通りの研究室に入れてよかったです(笑)。

山口 「気象を数式で表現できることに感動して」
 私の場合、気象学の研究室があると知ったのが、大学3年生の時でした。それまでは気象に漠然とした興味を持ち、天気図を書いたりしていました。大学3年生の頃、気象学を数式で扱う授業で、これまで現象として扱われてきた気象を物理学では数式を用いて表現できることに興味を持ちました。具体的には、温帯低気圧の発達を数式で表せることを知り感動しました。この研究室は特に数値を用いて気象を表す手法に大変長けている研究室ですので、大学3年生の研究室選択の時、ここに入りたいと考えました。

― この研究室を一言で表すと?

山口 「オールラウンダー」
 一言で表すと、「オールラウンダー」ですね。気象のことを何でも扱っている研究室です。空間スケールで言えば、大気の大循環から台風のような局地気象まで。時間スケールで言えば、数時間規模の集中豪雨から数百年規模の温暖化まで。何でも扱える気象の研究室です。

鈴木 「地球を自在に操れる」
 一言で言うと、この研究室のおもしろいところは、「地球を自在に操れる」ところです。モデルの研究室ですが、例えば、「なぜ大雨が降ったのだろう?」を解析する時、「この山があったから、風がぶつかって空気が上昇し、たくさん雲ができた」と仮設を立てたとします。モデルなら、山を消したり、海水温の温度を操ったり、水蒸気量を増やしたり、自分の仮説に基づいて自由に実験することができます。地球を自在に操れるところが、おもしろいところです。

池田 「社会貢献のための気象学」
 一言で言えば、社会貢献のための気象学だと思います。例えば、防災のために、「メソスケール(2 - 2,000 kmのサイズ)」という小さなスケールでの気象が影響をもたらす寒気や台風等の構造やメカニズムが、気象モデルを用いて研究されています。また、温暖化予測は、これまで全球的なスケールでしたが、最近は地域スケールでの温暖化予測の情報が必要とされていますし、産業利用にむけた気象情報も求められています。そのような「社会貢献のための気象学」が研究できる研究室だと思います。

― 最後に、後輩となる中高生へのメッセージをお願いします。

山口 「やりたいことを持っている人が強い」
 この研究室に入って感じたことは、やりたいことを持っている人が強い、ということです。自分がやりたいことを持っていると、早いうちから目標を持ち、それに向かって進んでいけますし、強くなれると言いますか、人生が豊かになると思いました。それが自分の力になることをひしひしと感じています。

鈴木 「気象学の勉強をする人は、物理と数学を極めて」
 将来、気象学の研究室に入りたい人に向けて、私は話します。気象は、中学校や高校では地学で教えられると思います。もし将来、気象学の勉強をしたいなら、物理や数学の知識が重要になるので、高校数学と高校物理をまずはしっかり極めるとよいと思います。あとは、英語も必要ですね。

池田 「夢中になれるものを見つけて」
 自分が偉そうに言うことではないですが、将来なりたいものや、夢中になりたいものが、早く見つかるといいと思います。自分の場合は、中学校の頃の家庭菜園や気象がそれでした。好きなもののためなら大変なことも苦しくないと思いますし、中学校、高校と、どの教科に特に力を入れたらよいかがわかるので、より集中できると思います。

― ありがとうございました。

IoT・AIのキーデバイス「MEMS」の世界的権威 江刺正喜さん(東北大学名誉教授)に聞く:科学って、そもそもなんだろう?

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IoT・AIのキーデバイス「MEMS」の世界的権威 江刺正喜さん(東北大学名誉教授)に聞く:科学って、そもそもなんだろう? 取材・写真・文/大草芳江

2020年6月1日公開(2014年4月取材・2020年5月追加取材)

役に立っていることに
誇りと喜びを感じられる生き方

江刺 正喜 Masayoshi Esashi
(東北大学 名誉教授)

 1949年仙台市生まれ。1971年東北大学工学部電子工学科卒。1976年同大学院博士課程修了。同年より東北大学工学部助手、1981年助教授、1990年より教授となり、2013年定年退職。現在 ㈱メムス・コア CTO兼 東北大学 マイクロシステム融合研究開発センターリサーチフェロー。半導体センサ、マイクロシステム、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究に従事。紫綬褒章(2006年)、IEEE Andrew S.Grove Award (2015)、IEEE Andrew Jun-ichi Nishizawa medal (2016)他を受賞。

IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、自動運転といった、
現在実用化が進む技術を支えるキーデバイスのひとつが、
「MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)」
と呼ばれる技術でつくられるセンサである。

MEMSとは、半導体微細加工技術を応用して、情報処理を行う電子回路だけでなく、
入力に用いられるセンサや出力に用いられるアクチュエータ、
あるいは微細構造体なども一体化したシステムである。

小型でも高度な機能を持ち、音や磁力、圧力や光といった
自然界のさまざまな現象を検知するセンサとして、
私たちの身のまわりから産業界まであらゆるところで役に立っている。

そんなMEMS研究の世界的権威である江刺正喜さん(東北大学名誉教授)に、
MEMSとは何かから、MEMSが切り拓く未来の世界、さらには研究スタンスまで聞いた。

※ 紙媒体版「宮城の新聞」(2014年夏号、全仙台市立中学校約3万部発行)の特集「ものづくりコンテスト世界大会が仙台にやってくる!~世界をより豊かにするアイディアとは?~」の巻頭記事「MEMSの世界的権威・江刺正喜さん(東北大学教授)に聞く」を再編集して公開しました。

◆ そもそもMEMSとは?

― そもそもMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)とは何ですか?

 スマートフォンに代表されるように、我々の身のまわりの電子機器はどんどん進歩していますよね。「スマートフォンがガラケイを破壊し、パソコンを破壊し、デジカメを破壊し、カーナビを破壊し、ゲーム機を破壊した」と表現する人がいるくらい、スマートフォンひとつで全部済むようになっちゃった。今、若い人たちが一日中スマホを見ているのは問題だとは思うけど、ある意味では、それくらい魅力的ということだよね。

【図1】LSIの集積度は30年で100万倍に

 そんな世界は、LSI(大規模半導体集積回路)の異常とも言える飛躍的な進歩によってつくられました。10年で100倍の進歩がもう60年以上も続いています(図1)。LSIの他にも通信容量や記憶(メモリ)技術なども皆そんなペースで進歩しています。

 LSIをつくる技術は、「シリコンウェーハ」(高純度のシリコンから切り出された円形の薄い板)という板の上に「トランジスタ」(電気的にON/OFFをコントロールできるスイッチのようなデバイス)をいっぺんに並べてつくる技術(半導体微細加工技術)です。その数は直径30cmの板に約一兆個。(わずか数ミリ角の)チップ(シリコンウェーハを小さく切り離したもの)の上に数十~百億個のトランジスタをいっぺんにつくるのです。そのためにすごく複雑なことができるわけです。その代わり設備投資や開発費にものすごくお金がかかるのね。

 LSIを人間で例えれば、情報処理をする場所なので、頭脳に当たります。けれども人間が脳みそだけで動いているわけではないように、目や鼻などの感覚器に相当する入力部分のセンサや、喋べったり体を動かしたりする出力部分のアクチュエータも重要ですよね。特に最近は、頭脳よりも入口や出口の方がシステム上ネックになっています。例えばスマホも「手でなぞると画面が動く」とか「傾けると画面が変わる」とか、皆そうなっているでしょう?そういった入口・出口の楽しさをもたらすのは、半導体と同じような技術でつくる「MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)」という部品なのです。

【図2】半導体微細加工技術を用いて作成されたギア(左下)とダニ(右上)の電子顕微鏡写真。(サンディア国立研究所 SUMMiTTM Technologies の好意による www.mems.sandia.gov)

 MEMSの技術は、普通のトランジスタをつくるのではなく、感じるセンサや動くアクチュエータなども一緒に入れてつくる点に特徴があります。トランジスタを100億個もいっぺんにつくれてしまう半導体微細加工技術のおもしろさを活かし、センサやアクチュエータなども100万個いっぺんにつくることができるので、それを動かすための回路やトランジスタも一緒につくるわけです(図2)。そんな世界が今どんどん進歩しています。

 人間で言うと頭脳に当たる部分にはわりと共通性があって、トランジスタを組み合わせることによっていろいろなものを実現できます。一方でMEMSの技術は、例えば人間の感覚器も目や鼻の形がまちまちなように、多様性があるために共通化(標準化)が難しく、なかなかつくりにくい面もあります。それでもMEMSの技術はとても重要な役割を果たしているのですよ。

― MEMSは、特にどのような場面で重要な役割を果たしているのですか?

 MEMSは、特に通信技術や情報処理技術と結びついて役立っています。例えば、スマホに内蔵されている「シリコンマイク※1」というセンサに話しかけると、音声認識で人間が何をやって欲しいかをスマホが理解したり、翻訳してくれたりするようになりましたね。シリコンマイクには通信機能が付いていて、その情報をネットワークでクラウドに送り、いろいろなコンピュータを使って、そんな仕事をあっという間にしてくれているわけです。このように通信や情報処理の技術とMEMSセンサが一緒に役立って、いろいろ面白いことをやってくれています。センサと通信や情報処理で判断すると、大情報量も怖くないですよね。今はそんな世界なのですよ。

※1 携帯情報機器で複数使われているマイクロフォンはMEMSによるシリコンマイクロフォンである。これは、電話のために音声を入力する指向性マイクロフォンや、周辺の音を検知して雑音を除去する無指向性マイクロフォン、ビデオ画像撮影の時に高品質の音を録音する高性能マイクロフォンなどである。音声認識では、認識率を上げるのに雑音が少ないことが要求されるため、マイクロフォンには電話の会話の2倍以上の高性能が求められる。


◆ 自動車とともに発展してきたMEMS

【図3】リーンバーンエンジンに用いる各種センサ(トヨタ自動車)

― スマホ以外では、MEMSは何に使われていますか?

 MEMSの技術は、自動車に使われて発達してきました。1980年代から始まった自動車の排気ガス規制に対応するために用いられた「圧力センサ」は、MEMSの技術を用いてつくられました(図3)。山を登ると空気が薄くなりますが、(気圧の低下を圧力センサで検知し、それに合わせて)燃料も減らせば不完全燃焼せずに済みますよね。昔は日本でも大気汚染問題が深刻でしたが、そのような技術のおかげで排気ガスの問題が少なくなったわけです。

【図4】衝突時の衝撃を加速度センサが検知した瞬間、車体内部に搭載されているガス噴出機に点火してエアバックにガスが送られる。

 1990年頃から、事後が起きた際の被害を軽減するための「パッシブセーフティ(受動安全)技術」として自動車にエアバックが搭載されました。衝突時の衝撃を「加速度センサ」(単位時間あたりの速度の変化率を計測するセンサ)で検知し、即時エアバックを作動させる仕組みです(図4)。そのような技術や救急医療の進歩、警察など、皆の努力のおかげで自動車事故によって亡くなる人は50年前より少なくなっています(1970年:1万6765人、現在:約3,000人)。

【図5】ジャイロセンサを用いて自動車の横すべりを予防(トヨタ自動車)

 2000年頃からは、我々も関わったのですが、「ジャイロセンサ(角速度センサ)」(基準軸に対して1秒間に角度が何度変化しているかを計測するセンサ)など、さらに高級なセンサが自動車に搭載されるようになりました(図5)。ジャイロは車体のスピンを検出するセンサで、これによって車の異常なスピンを検出します。また同時に加速度センサで車の横滑りを検出できるようになっています。昔の車はスピンや横滑りをしましたが、今の車は安全に制御して「走行安定性」が向上し、運転手の思った通りに動いてくれるようになったわけです。このように、事故などの異常を未然に防ぐ技術を「アクティブセーフティ(能動安全)」と言います。

 2010年頃からは自動車に「プリクラッシュセーフティ」が搭載されるようになりました。自動車にレーダーやテレビカメラが搭載されていて、前方に車や障害物を見つけると衝突する前に止まる機能です。さらに今後新しく登場する自動車には通信機能が搭載されて、例えば、人間には見えなくとも向こうから自動車が来ていることをお互いに電波で連絡し合って、出会い頭の事故を未然に防げるようになるでしょう。

 その他、「ヘッドアップディスプレイ」や「ウインドシールドディスプレイ」といいますが、自動車のフロントガラスに情報が表示される技術も実用化されています。そのような技術がどんどん自動車に入っています。

 自動車の例で言いましたが、もちろん言うまでもなく、スマホを始めとするいろいろなものが同じようにどんどん進化しています。


◆ 思いっきり高機能なことができるおもしろさ

― 江刺先生たちの研究内容について、もう少しご紹介いただけますか?

【図6】テレビの使われてないチャネルを用いたコグニティブ無線

 スマホの例で言うと、2011年の東日本大震災の時、肝心な時に使えませんでしたよね。無線通信のトラフィック(通信量)は、スマホなどを使う人が増えるにつれ、毎年約2倍の勢いで増えています。すると10年後は、2の10乗で1,000倍にまで増えるわけですね。電波帯を上手に使わなければ通信が混雑し、災害時に通信できなくなってしまいます。そこで、複数の無線方式を利用できるようにしておき、通信の混雑状況を把握して最適な無線方式を選ぶ「コグニティブ無線」の研究に、MEMSの技術を用いて取り組んでいます。テレビのチャネルは仙台の場合、図6の赤色で示す電波帯しか使っていません。空いているチャネルを災害時に使うことで、より安全になるでしょう。そのための高機能な部品をMEMSでつくっています。小さくつくらなければ、高度な機能でもスマホに入らないですからね。そのようなものをつくるのにもMEMSは役に立っています。

 また、トヨタ自動車と共同で「触覚センサネットワーク」の研究も行っています。例えば、高齢者が増えて病院などで介護して欲しいと思っても、他の人に頼むのはちょっと遠慮するじゃない。そこでロボットに助けてもらいたいと思うけど、ロボットはまだ賢くないところがあって、具体的には、ロボットはぶつかっても感覚がないから危ないわけですね。ロボットが接触したことをリアルタイムで認識できるようになれば、そばで助けてくれる介護ロボットもできるでしょう?そんな触覚センサネットワークをつくっています。

【図7】共通2線式触覚センサアレイ(ポーリング型)(1990年)


【図8】人と接触する安全なロボット用の触覚センサネットワーク(イベントドリブン、割込型)


 それで面白いのはね、30年前(1990年)に、村田製作所の方が来て、同じような目的のものをつくったのです(図7)。当時は2本の共通線にぶらさげた複数の触覚センサを一個ずつ呼び出し、そこでぶつかっているかどうかを順次調べる方式(ポーリング型)でした。けれども、あまりたくさんセンサを並べると時間がかかるので、これでは役に立たないと思っていたのね。

 けれども、人間の体はぶつかればすぐ感じて動くでしょう?人間の皮膚の触覚と同じように、どの場所のセンサがどのような力を感じたかを即時に検知して動ければいいと思ったのね(イベントドリブン、割込型)。幸いなことに今は集積回路やトランジスタがひとつのチップの中に約100億個入るから、昔はできなかったイベントドリブン方式が今ならできるわけです。ぶつかれば即わかる、本当に役立つシステムをつくろうと研究しています(図8)。

 こんな風にたくさん安くつくれて、トランジスタもいっぱい入って小型で、思いっきり高機能なことができるおもしろさが、この世界にはあるので、楽しいんですよ(笑)。


◆ 「おたくあがり」で趣味がそのまま仕事に

― 江刺先生がMEMS研究の道に進んだ経緯を教えてください。

 僕は自分のことを「おたくあがり」って言っているんだけどね。「おたく崩れ」と言ってもいいかもしれないけど(笑)。趣味の世界から、そのまんま仕事になっているんですよ。

 高校生の頃はアマチュア無線に夢中で、資格を取ったり、真空管の回路をつくったりしてました。小さな頃は東北大学の近くに住んでいたから、キャンパスでよく遊んでいてね。大学祭にも潜り込んで、南極観測船「宗谷」や黒四ダムの映画を楽しみに見ていたの。

 その延長で、そのまま東北大学に入学したんだけどね。それで工学部の電気系に入って、「メディカル・エレクトロニクス」という、医療用の電子工学が専門の研究室に入ってね。そしたら、趣味でやっている回路技術がすごく活かせてさ。皆の手伝いをすると、すごく喜んでもらえてね。例えば、西澤潤一先生とかにわかられて、「よかったら、ドクター(大学院博士課程)に残って、うちの実験室を使わない?」と言われてね。別の研究室だったけど、頼まれていることをこなすうちに自分の勉強にもなるし、拓けていくこともあってさ。音楽家やスポーツ選手って、だいたい趣味の延長でそのまま仕事になっているじゃない。僕もそれと似ていて、おたくあがりなんですよ(笑)。

 高校生に教える機会もあるのだけど、皆すごく喜んでさ、それで教えた高校生がうちの研究室に二人くらい入ったりしてね。機会をつくれば、そんな世界も拓けて、皆楽しくやってくれるんじゃないかと思ってね。ただ残念なことに、昔は僕らがラジオをつくったら、売っているものと似たようなものができて感激を味わったけど、今は売っているものがあまりにも立派だから、なかなか感動は味わえないかもしれないね。

 けれども今なら今で、スマホのアプリをつくって役に立ったとか、より発展した段階で自分の興味を活かす方法はあると思うんだよね。そうやって役立つ人間になってほしいと思うんです。将来は、せっかくできた高度な機械を使いこなす人になって、さらに発展してもらわないとダメなわけだから。


◆ 進み過ぎてしまった技術を、如何に使えるようにするか

 LSIは高度化して、つくるのにめちゃくちゃお金がかかるようになっています。今は、そんな中で如何に新しいものをつくっていくかに興味を持っているのです。例えば、3Dプリンタでオリジナルの人形やプラモデルをつくれるようになったように、昔はできなかったことが、今はDIY(Do It Yourself)でできるようになったこともあります。コンピュータがあるから、それが可能になったわけね。

【図9】半導体集積回路(LSI)

 そこで今、「超並列電子線描画装置」を開発しています。先程、LSIをつくる時、トランジスタがたくさん入ったものがいっぺんにつくれるとお話しましたね。ガラスの板の上にトランジスタの形状を描いておき、光を照射して一括転写してつくる技術(フォトリソグラフィー)ですが(図9)、実は、そのフォトマスクという原版が何億円もするのね。一方、(チップを実装した)集積回路(IC)自体は100円程度で売っていますよね?携帯電話に何個も入っているわけだから。すると、よほど数が出る時だけそんな技術が成り立って、数が出ないと途端にできなくなるわけです。

【図10】超並列電子線描写装置の開発

 そこでLSIも、3Dプリンタのように工作機械を使わずにコンピュータから直接つくれる「デジタルファブリケーション(デジタル製造技術)」へ持っていこうというのが僕らの考え方です。電子ビームを100×100の計1万本出るようにしておき、その後ろにLSIをつけ、電子ビームで直接描写しLSIのパターンを形成する「マスクレス描画」と呼ばれる方法です。皆が使うスマホもテレビも今は後ろに(画素ごとに)皆トランジスタが付いて(選択した画素ごとに信号のオン・オフを制御して)いるのね(アクティブ・マトリックス)。4Kなら800万個くらいかな。それと同じようにコンピュータでコントロールして、テレビなら光を出すわけですが、こっちは電子を出して直接LSIをつくる装置を開発しています※2(図10)。

※2 江刺正喜、宮口裕、小島明、池上尚克、越田信義、菅田正徳、大井英之, 「超並列電子ビーム描画装置の開発-集積回路のデジタルファブリケーションを目指して-」, 東北大学出版会 (2018)

 それから、そのマスクだけあっても、LSIやMEMSをつくる工場にもすごくお金がかかるわけね。それで今どうなっているかと言うと、日本で半導体をつくる工場がだんだんなくなっちゃって、例えば、台湾で世界中のものを一括してつくるようになるなど、どんどん変わっています。

【図11】会社が来て使う試作コインランドリ(東北大学マイクロシステム融合研究開発センター)

 試作設備にお金がかかるので、昔の設備とか、要らなくなった装置を集めて、設備を持っていない会社でも開発できるように、「試作コインランドリ」というオープンアクセス施設を、戸津君(東北大学マイクロシステム融合研究開発センター副センター長)を中心に運営しています(図11)。ここでつくられたデバイスを市販させてほしいとの要望に応え、東北大学が文部科学省や経済産業省と交渉し、2013年より製品製作が認められました。2019年末までのユーザは323機関 (企業267社)、毎月延べ800人ほどに使われ、独立採算に近い形で運営されています。またMEMS技術は様々な知識を必要とするため、医科にして多様な知識にアクセスするかが大きな課題です。会社の相談に乗り、無料セミナーなどを開催して知識提供に努めてきました。文献ファイルや関連する学会の予稿集などを整理し、探しやすくして利用いただいております。また4部屋の展示室(http://www.mu-sic.tohoku.ac.jp/nishizawa/)を整備し、サンプルなどを直接見ていただけるようにもしています。ぜひ多くの方や会社にお使いいただきたいと思います。

【図12】乗り合いウェハ

 あと、もうひとつは「乗り合いウェハ」といって、例えば台湾の工場に頼んで30cmのウェハをつくってもらうと何千万円もかかりますから、約16社乗り合いでウェハをつくる取り組みも行っています(図12)。それから、仙台市にある「MEMSコア」という会社で、本間孝治さんという人が中心となって、中古の設備で開発請負も行っています。これも先述の「試作コインランドリ」が利用できるのでやっていくことができます。

 このように、めちゃくちゃ進みすぎてしまった技術でも如何にして使えるようにするかが、僕らが今、最も力を入れていることです。おもしろいことはおもしろいけど、めちゃくちゃお金がかかるのじゃしょうがないからね。このようにいろいろ工夫しながら、微細化・高密度化した集積回路の経済性での行き詰まりを打破しようとしているわけです。

― 技術が「進み過ぎている」というのも大変なんですね。

 そうそう。おもしろいのはおもしろいのだけど(笑)。最初に話した通り、10年で100倍のものすごいペースで進歩しているからね。

 この前、東芝とサムスン電子の人が隣に座って「お互いに価値を下げ合っているよね」と言うんだよね。どちらの会社も半導体メーカーでフラッシュメモリをつくっているのだけど、お互いに向こうが安くつくったら、こっちはもっと安くと、競争しているわけね。つくる人は競争の中で大変な思いをしながら努力して、使う人だけがいい思いをしているわけね。アホらしいよね、と言っていました。

 だいたい、普通、こんなに速く進む技術はないですよ。自動車だって10年で100倍速くなれば、とっくに光の速さを超えていますからね。

― なぜ半導体業界だけ、そんなに進歩しているのでしょうか?

 米テキサス・インスツルメンツという世界的な半導体メーカーの社長さんが1963年頃に「将来、世界中の半導体は数社で供給するようになるだろう」と予言し、実際そうなっています。なぜ半世紀も前に予言できたかと言うと、この技術には変なところがあってね。先程、LSIはフォトマスクという原版を光で転写し一括してつくる、と説明したでしょう?それは、一個つくるのも一兆個つくるのも同じ手間ということを意味するんです。つまり、もともと数が増えてしまう宿命を負った(極端に大きな設備投資が必要な)技術なんですよ。半導体を使う人はそんなに有り難いとは思っていないかもしれないけど、そんなむちゃくちゃな中で恩恵を皆が受けているわけね。さらに20年後、若い人たちが働いてくれて、今までのペースで10年に100倍の割合で進歩すると、さらに1万倍技術が進歩したところでやることになるわけです。

― その進歩に、人間はついていけるのでしょうか?

 もちろん人間の能力はとっくに超えて、コンピュータで設計するわけね。コンピューティングの指数関数的な成長を書いた本には、コンピュータは2020年代にはネズミ一匹分の脳程度の能力を持ち、2030年代には人間一人分の脳を超え、2040年代には全人類の脳を超える、とありました。でも例えばGoogleなんか考えただけでも素晴らしいじゃないですか。キーワードを入れるだけで教えてくれるわけだから。


◆ 技術を役に立つ形にまでしていく

【図13】プライバシーを侵害しない熱画像による転倒見守(介護者用トイレ)


【図14】建物にMEMS加速度センサを取り付けた構造物ヘルスモニタリング(富士電機株式会社)。東日本大震災発生前と発生後及び耐震工事後の建物の固有振動数の変化

 山形のチノーという会社がつくった赤外線のイメージセンサを使った転倒見守りシステムの場合(図13)。普通のビデオカメラでトイレの中を監視したら問題ですよね。けれども赤外線のイメージセンサなら、人が倒れているシルエットはわかるけど見えないからプライバシーを守れます。

 図14は富士電機という会社が、建物に加速度センサを取り付けた結果です。東日本大震災の発生時、共振周波数を測ってみると、地震後に下がったと言うわけね。なぜかと言うと、共振周波数はバネの強さとおもりの重さで決まりますよね。このため地震後にバネが弱くなって、つまりは折れて共振周波数が下がり、それで耐震工事をしたら直って共振周波数が上がったという結果です。このように振動を測るセンサを建物や橋などに付けておけば、どこかに傷がついて壊れそうになった時にわかるようになり、事故を未然に防ぐことができます。今いろいろなインフラが傷んできて危ないと言われているけど、技術で解決できるでしょう?だからMEMSは安全にもとても役に立つのですよ。

 この前、あるお客さんが「安全はハードウェアで、安心はソフトウェアで」と言っていました。もちろんハードウェアがなければダメだけど、それによって得た知識で教えてくれたりするアプリケーションがないと、人間には役に立たないでしょう?ちょっとうまいアプリを考えて「何かおもしろい商売ができないかな」と考えている人はたくさんいると思うけど、ソフトウェアだけではアイデア勝負だけであまりおもしろくないし、ハードウェアだけでも生きないし。やっぱりソフトウェアとハードウェアの両方とも進歩して役に立つものができていく。卵が先か鶏が先かだけど、いろいろな形で技術を役に立つ形にまでしていくのです。

 それに、皆で外国の人たちとも協力し合って、いろいろな情報を教え合ったりしないと、人材が育たないよね。だから社会人向けにMEMSのセミナーを開いたり、MEMSデバイスの学生向けコンテスト「国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト(iCAN)」を運営したり、いろいろなことをやっているんですよ。仙台市はそれを一生懸命サポートしてくれてね。そんな感じで皆がんばっているわけです。


◆ できるだけ完成度の高い仕事を、ある程度リスクをかけられる場所でやる

― 進化しすぎた技術を皆が使えるようにして、さらに役に立つ形まで持っていくまで、新しい技術の開発から施設の整備、さらには人材育成まで、いろいろな面からトータルに取り組まれていることに感銘を受けました。

 あとは、いろいろ制度的な問題もあるでしょう?例えば宅配便だって昔は郵政省が独占していたのを、クロネコヤマトの社長さんが開放して効率的な方法を行ったために、今、皆がすごく便利な思いをしているわけですね。今だって既存のシステムを何処かで壊して新しいものをつくる時には、いつも障害があるわけだよね。だから、そういう風にやってみせて実際にうまくいくようにやれば、仕組みもどんどん変わり、社会も受け入れてくれるわけでしょう?皆が受け入れなければいけないし、仕組みとしても変わらないといけないし。いろいろなことがあって、とても大きな話なんですよ。

 そのためにはやっぱり見せないとね。「おもしろいでしょう?」って。できるだけ完成度の高い仕事を、ある程度リスクをかけられる場所でやるのが僕は大事だと思っているのね。会社って、完成度が高いことはできても、リスクをかけることってなかなかできないじゃない。逆に大学だと、ダメ元でいろいろやってみることはできても、論文で終われば役に立たないじゃない。やっぱりそれは改良して実際に使えるように如何にするかが大切なのですよ。

 ですから、ここ(東北大学マイクロシステム融合研究開発センター)について僕の考え方は、工場みたいな設備を抱えて、でもあまりお金をかけるわけにはいかないから、落ちている設備や装置を拾ってきて(譲ってもらって)、それで皆が安く使えるようにして、けれども、完成度の高いものをつくって見せられるよ。そうすれば、世の中に出ていくでしょう?だいたいここは幸いなことにちょうどよく半導体の工場が落ちていた(※3)わけですから(笑)。あと、もう会社の活動だけでは新しいことってなかなか出していけないでしょう?例えば、会社を辞めた人やベンチャー企業がファブレス(自前で生産設備を持たない)で新しいことをやれる場所も必要ですしね。我々の建物はモノづくりのベンチャー企業などにも利用されています。

※3 東北大学マイクロシステム融合研究開発センターは、西澤潤一元東北大学総長の半導体研究所を引き継いだもので、トーキンのパワートランジスタ工場が移設されていた。


◆ 科学技術で進んだ社会を、よりまともにするには科学技術しかない

― MEMSが切り拓く未来のイメージとは?

 誰かが俯瞰的にちゃんと見られるようにするのがいいよね。鳥の目で上から見ることも大事だし、だけど小さいところは見えないから、それは現場で虫の目で見る必要もあって。その両方が必要だけど、周りのことを見るのは皆やっているから、虫の目はよいとして、鳥の目ってなかなか持てないですよね。より多くのデータがあるほど情報が集まって正しい判断ができることにつながるでしょう。

 今だってデータが集まって利用されています。例えば、米ゼネラル・エレクトリック(GE)というトーマス・エジソンによって創業された会社は、昔は機械をつくっていましたが、最近はメンテナンス技術で儲けています。世界中で飛んでいるジェット機などのエンジンの情報を無線でGEのコンピュータに取り込み、そのデータを次の飛行機の設計やメンテナンスに活かしているのです。IBMも同様の方向に戦略が変わり、昔は大型コンピュータをつくっていたのが、今は環境ビジネスなどいろいろなことを請け負っています。日本のコマツという建設機械メーカーも、どの機械がどのような使われ方をしたかを情報管理することで経歴がわかるので、中古品が高く売れるビジネスにつながっています。自動販売機だって「ジュースがない」という情報も自動的に集まって配送しているわけでしょう?皆すべて採算が合う形で無駄なくやって、どんどんデータが集まっています。

 しかし一方で、農業や橋の劣化などの情報は必ずしも採算が合わないために、集まらないわけです。採算の合わないデータも集まるようになれば、危ないこともなくなるし、気象や地震の予知もより正確にできるようになるし、科学技術だって発達するわけですよね。ですから、今までは採算が合わなかったためにデータを集められなかった部分を安く開発し、ビジネスモデルが成り立つように持って行く。それでデータが集まれば、「鳥の目」ができて、皆がより正しく理解できるようになる方向へ向かうと思うんですよね。

 やっぱり悪いことは無知から起こることが多かったと思うのです。ある人がよく言うのだけど「乱心の殿様より、衆愚政治の方がよい」。民主主義は必ずしも効率はよくないけど、乱心の殿様がいると、もっとおっかなくて、やってられないからね。その時に「鳥の目」の情報が民衆に伝わって、例えばネットで、怪しい情報もたくさんあると思うけど、より正しそうなことに皆がアクセスできれば、よい方向にだいたい行けると思うんですよね。

 いろいろな意味で、情報が多いことはよいことだと思うのです。どんどん世の中、複雑になって、情報もより必要になります。要は、科学技術で進んだ社会をよりまともにするには、やっぱり科学技術しかない、という話なんですよね。当たり前のことですが。

― 今はネットを一般の人もよく使うようになってから、ちょうど10年くらいですね(2014年取材時)。ネット普及前はある特定の人しか知らなかった情報が、今はネットからいろいろな情報を得られるので、私たち一般市民も多様な情報を比較して、これは尤もらしい、これはガセではと、判断できる材料ができました。大きな変化と感じています。

 僕もそう思うね。第二次世界大戦が終わった時、日本の人たちは負けて皆がっかりしたかと言えば、必ずしもそうではなく、軍部などの圧政からの開放感の方が大きかったのでは、という話もよくあるんだよね。つまり昔、普通の人は情報を持っておらず、そんな「乱心の殿様」から開放されていくのはよい方向だと思うのだけど。今まではどちらかと言うと、インターネットは十分発達して、人間の考えていることは集まったけれども、それ以外に客観的なデータの集まる世界が、これからは必要だと思うのです。

― これまで採算の合わなかった領域の客観的な情報も集まるようにすることで、より多様な情報の中からよりよい判断ができるようになる、つまり民衆が「鳥の目」を獲得する社会につながっていくということですね。「情報が諸資源と同様の価値を持ち、それを中心として機能する」という「情報社会」の意味をしみじみと感じます。

 基本的には、そういう方向って間違っていないと思うけどね。僕はやっぱりITのおかげで、昔よりもよくなっていると思っています。でも、こんなことを言っていて、実は僕、スマホを使っていないんですよ(笑)。PCは使うけど、PCで十分満足しているから。

― 西澤潤一先生を以前インタビューさせていただいた時も、「自分は通信の研究をしているけど、携帯電話は使わない」と仰っていました(笑)。つくることと使うことは全く別物なんだと改めて感じました。


◆ ニーズに応えて何でもやりなさい

― 江刺先生にとって、そもそも科学とは何ですか?

 どの研究分野でも、将来のために基礎を研究している部隊もいれば、僕らのように現場に近いことを研究している部隊とか、いろいろな部隊がいて、僕らが極端に応用に近いところにいるのです。ですから、こういう話を特にするわけだけど。科学と言ってもすごく広いので、なかなか言えないと思うけど、少なくとも言えることは、こういう応用に近いことをやる人がもう少し多くてもいいかな、ということ。あと、今は論文数のような形で業績を評価される傾向にあっていろいろな問題が起きているから、論文の数ではなく、本当に役立つかどうかで評価し、役に立つ方向に仕事をしたらいいんじゃないかと僕は思うのだけどね。

― 「役に立つ」が江刺先生のお話で大事なキーワードと感じているのですが、そもそも「役に立つ」ということを江刺先生はどのように捉えているか、もう少し詳しく教えていただけますか。

 僕は「ニーズに応えて何でもやりなさい」と皆に言っています。それでうまくいって、役に立てば、褒められたり自己満足もできて、自分のインセンティブになるしさ。あと、僕は「試験がないと勉強しないよね」とも言っていて。講演とか、多少、自分の専門ではないことを頼まれた時も引き受けているのだけど、そのためにいろいろな分野を勉強することになるからね。損とか得とか言ってないで、何でも引き受けるのがよいと思っているですよ。

 他にも皆に言っているのは、「バーチャルではなく、リアルにやりなさい」。どうしても論文数とか要求されると、我々みたいに設備を抱えて「あっちが壊れた、こっちが壊れた」と工場を運営しながらやる研究より、コンピュータの前に座ってやる仕事の方が楽だから、そうなりがちだよね。それで論文だけで終わってしまっても、実際に役立つにはもう少しリアルでないと、それだけでは危なくてね。実際に実感を持ちながら、いろいろなことを体験しながらやっていくことを大切にしています。

 それから「アウトソーシングしないで自分でやりなさい」と言っています。それが実感を持つことにもつながるし、「ニーズに応えて何でもやりなさい」ということにつながっています。どうしても世の中、複雑になって分業の世界になっているでしょう?それはそれで仕方がないけど、必要以上に分業せず、自分でできることはやれるようにしないとね。

 今、日本の半導体がどんどん弱くなって潰れているのも、昔、進歩した時に装置メーカーに皆頼んでつくってもらうようになり、自分たちは実質、装置メーカーに頼むことしかしなくなっちゃってさ。すると、やっぱり実力がなくなり日本の会社が潰れてきたのです、だから、いくら分業の時代とはいえ、安易に人に頼んでばかりいたら、中身がなくなっちゃうからね。

― いろいろな方から「江刺先生は偉くなってもずっと現場で作業着姿でいらっしゃって、お客様が気づかないくらいだ」とよく伺うのですが、その話ともつながりますか?

 でも実はここのクリーンルームでの仕事はやっていなくて、地震の時、復旧作業をやったくらいでね。僕は装置の自作をずっとやってきたから、売っている装置を使ったことがあまりないのね。ここは売っている装置を使った工場だから、あまり得意じゃないの。誰でもそうだと思うけど、ある程度、自分の得意なところでやるわけね。そんな意味では、分担はある程度しているわけです。その程度のことで、何でもかんでも自分でやっているわけではなくてね。

 ただ自分の守備範囲が狭いのは問題で、できるだけ広めに守備範囲をとってやった方が役に立つよね。大体ここ(マイクロシステム融合研究開発センター)は戸津君が担当していて、僕の最近の仕事はお客さんが来た時にわからないところの資料を出して教えること。それは長年の蓄積が活きるでしょう?だから自分の役に立つところで活躍できればいいなと思っているわけです。それをできるだけ広げながらね。

― 秘書さんからは「江刺先生は道路掃除までやっている」と伺いました。

 道路掃除...、あぁ、それは体を動かすのが好きだからなんだけど(笑)。最近ずっと雨で水たまりがあってさ、水たまりがなくなったから、そろそろやろうかなと思って。僕、いつも車にスコップ積んでいるんですよ(笑)。それで車を止めて、日曜日にスコップで泥掃除をしていたら、いろいろな人が通りかかって「仙台市に頼めばいいのに」と言う(笑)。でも自分でやれるのだから、仙台市に頼むよりも自分でやったらいいのにな、と思ってさ。

― スタンスとしてはつながっているところ、ありますよね。

 あぁ、そうね。「アウトソーシングしないで自分でやる」というところに似ているよね(笑)。道路掃除だけじゃないんだよ、不法投棄の片付けもやっているんだよ(笑)。秘書さんとはこの間、落ちていた椅子とかも運んだのだけど、歩いて持っていったら重くて大変だった。


◆ 楽しんで勉強や仕事ができるように、やりたいことを見つけて

― 最後に、今までのお話を踏まえて、次世代を担う中高生へメッセージをお願いします。

 やっぱり楽しんで勉強や仕事ができるように、やりたいことを見つけてくれるといいと思うんだよね。僕も自然にそういう感じでやってきて、あまり悩みはしなかったのだけど。早めに何かこれをやりたいということを決めて、途中で変わってもいいけど、目的をつくってやると楽しいと思うのだよね。

 今、大草さんがやっている科学教育活動とか、活かしてもらうのがいいと思うのです。普通、授業だけではどうしても試験目的になっているところがあるからね。僕なんか、国語は不得意だったけど、国語も研究室で書類を書くと先生に直されたりして、そうやって現場で覚えた方が楽しいよね。だから、少し傾斜をかけて勉強してもいいと思うの。苦手なものが多少あっても必要になればその時に勉強して埋まるものだから。

― 江刺先生、ありがとうございました。

電子技術のルーツを逆上り実物とポスターを展示している近代技術史博物館(東北大学マイクロシステム融合研究開発センター内)にて。ここにある資料はすべて江刺先生が集めて整理したもの。「僕はおねだりが得意でね(笑)」。

【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/江刺正喜さん(東北大学名誉教授)記念講演「MEMSの実用化研究」

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【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/江刺正喜さん(東北大学名誉教授)記念講演「MEMSの実用化研究」 取材・文/大草芳江

2020年6月3日公開

東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典・記念講演会が2018年10月26日、東北大学百周年記念会館川内萩ホール(仙台市)で開かれた。本稿では、スマートフォンのジャイロセンサやプロジェクターの光制御デバイスなどに利用されているMEMS(微小電気機械システム)研究で紫綬褒章等を受賞している江刺正喜さん(東北大学名誉教授)による記念講演「MEMSの実用化研究」をレポートする。

<関連記事>
・ IoT・AIのキーデバイス「MEMS」の世界的権威 江刺正喜さん(東北大学名誉教授)に聞く:科学って、そもそもなんだろう?
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※ レポートに掲載されている所属・役職は、2018年の講演会当時のものです。
※ 本取材をもとに、東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念誌の編集を請け負いました。

【記念講演1】
「MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の実用化研究」
江刺 正喜
(東北大学名誉教授、マイクロシステム融合研究開発センター 教授)

 ご紹介いただきました江刺と申します。私はMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究を行って参りました。

 こちらは私の経歴ですが、1971年に東北大学工学部を卒業し、学部・大学院とも松尾正之先生のもとで研究しました。西澤潤一先生の研究室にも出向しておりました。NICHeには1998年から2004年までお世話になりました。今から5年前に工学研究科を定年退職し、最終講義は「設備共用へのこだわり」というタイトルにしました。スライドの緑文字は共用施設関係のものです。我々のようにものづくりをやっている者にとってはインフラが大事でございまして、それを共用することにこだわって参りました。

 1971年から、私は半導体イオンセンサ(ISFET)の研究開発を始めました。このセンサはMOSトランジスタのゲート絶縁膜を電解液に浸し、液中のイオン濃度を測るものです。これを実用化するために、0.5mm幅のプローブの形に加工し、直径1mmのカテーテルの先に取り付けるようにしました。当時は、西澤先生のところをモデルにして手づくりで設備を整えました。ドクターやマスターの時は、あまり論文を書かないで、設備づくりばかりやっておりました。半導体イオンセンサは10年がかりでやっと薬事法の認可を取りまして(1980年)、日本光電工業から製品化され、一番使われたのが逆流性食道炎の診断です。これが2017年に「でんきの礎」という電気学会の技術遺産として顕彰されました。

 助教授になった時にコンピュータの研究室に移り、「LSIをつくれ」と言われて、先程の設備を使ってLSIをつくりました。例えば、レイアウトエディタをFortranで自作してプログラミングを習ったり、LSIテスタなども自分でつくってデジタル回路技術を習得したりと、機会をつかまえて勉強して参りました。

 LSIをつくる時も、プリンターでプリントアウトして自作の縮小カメラで撮り、拡大してチェックし、縮小し並べてフォトマスクをつくりました。それで当時、LSI設計の教科書(「半導体集積回路設計の基礎」)も書きました。また、学生の方がLSIをつくるマニュアル(「やさしいLSIの作り方」)をつくってくれ、それを直して代々引き継ぎ、学生たちが使ってきました。

 その後、これらの技術を使いまして、集積化容量型圧力センサの研究開発を行いました。このセンサは、圧力による微小な容量変化を回路で検出するものです。豊田工機(現JTEKT)で生産され、例えば、エアコンフィルタの目詰まり検知などに使われました。ここで大事なのは、ウェハの状態で蓋をして分割すると入れ物に入って気密封止された状態になるという技術でございます。このウェハレベルパッケージング技術の実現により、コストが80%程ダウンできました。この技術を使いましてアドバンテストに技術移転したものが、LSIテスタ用のMEMSスイッチでございます。これをつくるために仙台市愛子に工場が建てられました。

 これはトキメック(現東京計器)でつくった静電浮上回転ジャイロです。直径1.5ミリメートルのシリコンの輪が、高速デジタル制御で浮いて毎分7.4万回転し、3軸の加速度と2軸の回転を高精度に検出することができます。東京の地下鉄で「モーションロガー」として使われており、地下鉄の走行中に動きのデータを全部取得して、夜間の保線工事で線路を直す時などに使われています。

 これは日本信号がつくった、2軸の光スキャナです。パルスレーザを照射し、光が行って戻ってくるまでの時間を計測することで、距離がわかる3次元距離画像センサです。このセンサは、東京の山手線のプラットフォームドアに付いており、安全監視に使われております。また、自動運転車の目の役割を果たすセンサ(LIDAR)にも使われようとしています。

 最近の仕事は、LSIとMEMSを融合させる技術です。これまでのやり方ですと、LSIの上にMEMSを形成しようとすると、温度が上がってしまうためにつくることができませんでした。そこで別の基板の上にMEMSをつくっておき、それをLSIの上に転写し、先程のウェハレベルパッケージング技術で蓋をしてやって参りました。その応用例として、情報通信機構や村田製作所などと一緒につくったのが、災害などでも途切れない通信システムです。

 このための色々な部品を選択的な転写技術でつくっています。例えば、ガラスの上に表面弾性波(SAW)共振子というものをつくっておいてLSIの上に転写するのですが、ガラスの裏側からレーザで剥ぎ取って、チップ上に複数の異なる周波数のフィルタを裏返しでつけています。普通、SAW共振子はLSIの外側に置いてありますが、このような方法によって、チャンネル数を増やしても小さくできるわけですね。さらに、同じように転写する技術を使いまして、可変周波数帯域SAWフィルタもつくりました。

 人とぶつかっても安全なロボットをつくろうと思いまして、2本の線の間にたくさんの触覚センサをつけて、ぶつかればわかるようにしました。しかし、一つずつ選ぶので、実はリアルタイムではないのです。なぜこうなったかと言いますと、我々の研究室ではチップ内に最大1,000個のトランジスタしかつくれませんでした。一方1990年頃、当時の企業ではチップ内に100万個もつくっていましたので、集積度が1,000倍も違いました。現在は企業がチップ内に100億個もつくるので、1,000万倍も違います。ですから我々は、LSIづくりをギブアップしました。複雑なものをつくることに転換しまして、トヨタ自動車やリコーなどの会社と共同で外注し乗り合いLSIウェハをつくり、以下のようなシステムをつくっています。

 こちらは、トヨタ自動車などと一緒に開発している安全なロボットのためのものです。介護用ロボットをつくるために、体表面に触覚センサをつけて、触るとリアルタイムに検知できるイベントドリブン式です。そのために、インターネットと同じようなパケット通信システムをロボットの体表面に形成し、45MHzの高速で動作させています。

 また、超並列電子線描画装置も開発しました。アクティブマトリックス電子源アレイの後ろにLSIをつけて、1万本の電子ビームで直接描画するという装置です。東京農工大学などと共同で、ナノクリスタルシリコン(nc-Si)電子源を使って低電圧で電子を放出できるようにしました。今年6月には「超並列電子ビーム描画装置の開発-集積回路のディジタルファブリケーションを目指して-」という本も出版しました。

 我々は、私が学生時代に手づくりした試作設備をずっと使ってきました。単純な装置ですから、あまり壊れないので誰でも使え、色々な研究室で共同利用ができます。これまで通算130社以上の会社の人たちが約2年駐在して全体の工程を経験し、会社に戻って製品化に関わりました。民間との共同研究で駐在していた会社として、例えば、ベンツ、フォード、トヨタ、日産、ホンダなどがあります。競争相手同士が一緒に、お互いに情報交換して上手にやってきました。

 こちらは、トヨタ自動車の例です。トヨタは1992年~1995年まで2人駐在しており、戻って開発したものがトヨタの工場で生産され、100万台以上の車に載せられています。開発したものは車両の安定制御システムのセンサで、例えばカーブの時にスピンや横滑りしないようにコントロールするものです。

 私は今、仙台市の青葉台にある西澤潤一記念研究センターにおります。東北大学元総長の西澤先生が約半世紀、財団法人を設立して半導体研究を支援してきた施設です。ここには大きなクリーンルームがあり、トーキンなどの会社が工場の設備をここに移転してくれました。ここに会社の人が来て、自分で試作することをやっています。西澤先生のところにいた職員が設備を維持し、使い方を教えるというわけです。普通は半導体の設備なんて、素人が使うものではないですね。でも、ここでは素人が使っても大丈夫です。そうすると人も育つ、というわけです。

 この試作コインランドリの運営は、戸津准教授が担当しております。東北大学の理事にも動いていただいて、2013年7月からは、ここでつくったものを販売してもよいことにしていただきました。試作コインランドリは、毎月約500人の方が利用しておりまして、今まで約250社の企業が来ました。試作コインランドリの運転費は約2億円ですが、このうち7割を利用料の売上で賄っています。ここで支援して製品化された例として、浜松ホトニクスが開発したパルス量子カスケードレーザなどがあります。

 インフラも大切ですが情報が大事なものですから、2005年に藤井元仙台市長にドイツのフラウンホーファ研究機構に行って交流協定を結んでいただきました。2012年からフラウンホーファ研究機構と東北大学のプロジェクトセンターが発足し、フランフォーファ研究機構から2名が東北大学に駐在して、室温で金属接合する技術などを研究しています。フランフォーファ研究機構は、日本で言えば産業技術総合研究所のような機関ですが、各大学に分散して大学と協力し合っています。年間予算の約4割は企業からの委託研究ですので、インセンティブが働き、企業からの情報も入ります。なぜフラウンホーファ研究機構かと言うと、そのようなやり方を参考にしたいというわけです。

 また、ベルギーにある半導体で有名なIMEC(Interuniversity Microelectronics Centre)という研究所から「アジアの戦略的パートナーになってくれ」と言われました。なぜ我々かと言うと、IMECは設備が立派過ぎて、なかなか自由が効かないけど、東北大学は自由度が高いのでちょうどよい、というわけです。

 私は今、西澤潤一研究記念センター内に展示室をつくって、その整備もやっております。この他、一社あたり年間5万円の会費で約70社が加盟している「MEMSパークコンソーシアム」をつくり、その主催で3日間のセミナーや、年1回の少し大きなフォーラムを毎年無料で開催しています。また、泉区にMEMSコアという開発請負の会社があります。ここの設備も古い装置をもらってきたものです。また、愛子にあるアドバンテストコンポーネントでは生産請負もしています。

 我々MEMSの置かれている状況ですが、日本の会社はうまくいっている外国の会社をM&Aで買収したりして、頑張っています。できれば国内の技術で日本の会社に元気にやってもらいたいと思っていまして、もう少し我々大学が頑張らないといけないかなと思っています。できるだけ組織間の壁を低くし、集団で力を発揮することが大事だと考えてやっております。

 最後になりますが、このようなスタッフに恵まれてやって参りました。ご清聴どうもありがとうございました。

【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/内田龍男さん(東北大学名誉教授)記念講演「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」

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【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/内田龍男さん(東北大学名誉教授)記念講演「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」 取材・文/大草芳江

2020年6月4日公開

東北大学未来科学技術共同研究センター(NICHe)の創立20周年記念式典・記念講演会が2018年10月26日、東北大学百周年記念会館川内萩ホール(仙台市)で開かれた。本稿では、世界中の液晶ディスプレイの発展に多大な貢献と産業界への先端技術普及および育成に尽力してきた内田龍男さん(東北大学名誉教授)による記念講演をレポートする。

<関連記事>
・ 内田龍男さん(仙台高専校長)に聞く:科学って、そもそもなんだろう?
・ 産学連携で研究成果を社会へ/東北大学未来科学技術共同研究センター20周年
・ 【レポート】東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念講演会/江刺正喜さん(東北大学名誉教授)記念講演「MEMSの実用化研究」


※ レポートに掲載されている所属・役職は、2018年の講演会当時のものです。
※ 本取材をもとに、東北大学未来科学技術共同研究センター創立20周年記念誌の編集を請け負いました。

【記念講演2】
「未踏の分野に挑戦した歴史と経験」
内田 龍男
(東北大学名誉教授、株式会社インテリジェント・コスモス研究機構 代表取締役社長)

 本日は大変よい機会を頂きまして感謝申し上げます。「未踏の分野に挑戦した歴史」と少し大げさなタイトルでございますが、私が液晶分野の研究をスタートさせたのは、本当にまだ黎明期の頃でございました。私自身は真空管から半導体に時代が移る頃でしたので、実は「半導体の研究をやりたい」と思って東北大学工学部を選んで入学しました。

 1960年代の日本は、まさに半導体を民生機器に使おうという時代で、その代表がトランジスタを使った電子式卓上計算機でした。これは四則演算の非常に単純なものでしたが、当時は部屋いっぱい使うくらい大きい計算機でした。これを机の上に載せられるものという意味で電子式卓上計算機(電卓)として開発が進められ、1964年に早川電気工業(現シャープ)が完成させました。また、当時のディスプレイについては、テレビが進化をしており、1964年には日本にカラーテレビが登場するなど、テレビ用のCRT(ブラウン管)の開発が進んでおりました。一方、半導体化した電卓のような中小型装置に適した小さなディスプレイはなく、当時はまだ真空管式のニキシー管が使われていました。それから数年後、カシオ計算機がポケットに入るサイズの電卓をつくり、大変な評判を呼ぶわけです。ただ問題は、4個の乾電池が短時間でなくなってしまうことでした。この問題を何とか解決しようということから、ディスプレイに大きな関心が向けられることになりました。

 ちょうどその1年ほど前の1968年、RCA社のG. H. Heilmeierが、液晶ディスプレイを発表しました。薄くて軽く、しかも電力をほとんど食わないことが特長で、世界から大きな注目を集めました。私は「半導体の研究をしたい」と思って半導体の研究室を選んだのですが、大学院に進学した時、教授から渡されたテーマのひとつに液晶がありました。仲間全員が液晶ではなく半導体をやりたいということで、あみだくじを引き、私が外れてしまったという大変不純な動機から、液晶の研究を始めましました。1970年のことです。

 液晶に関して情報も測定器も材料も何もかもない時代でしたので、液晶を選んだ少し後から大変な失敗をしたと思ったのですが、それでも選択したからにはとにかくやらなければということで、まず液晶材料をつくるところから始めました。当時、1年ほど前に初めて室温で液晶になる化合物が発表されたので、折角ならその最先端の液晶を合成することにしました。ところが、この合成には高温高圧を要するフリーデルクラフツ反応を使わなければならず、またもや大変なことに挑戦してしまいました。液晶の合成だけで1年が過ぎ、その高純度化にさらに半年くらいかかりました。そしてようやく材料ができたところからデバイスの研究をスタートしたわけです。

 この頃は世界的にもまだ液晶の肝心な電気光学的な性質がほとんどわからない状況でした。液晶とは液体のようなもので2枚のガラス板の間に挟むのですが、中の分子の配向がほとんどコントロールされていないような段階でした。いろいろ研究しているうちに、基板に対して液晶分子が垂直になったり平行になったりすることがあり、それが液晶の特性に大きく影響を及ぼすことがわかりました。そこでこれに集中してしばらく研究を進めた結果、液晶の配向のメカニズムやその制御の仕方を明らかにすることができました。本日は詳細を省いてお話させて頂きますが、これはその後の液晶ディスプレイの重要な基盤技術の一つとなりました。

 さて、当時のエレクトロニクスについて見ますと、1970年代から液晶と半導体の連携による日本の目覚ましい進歩がありました。最初、数字を表示する液晶ディスプレイが開発されて、1973年にシャープが世界初の液晶電卓を世に出しました。次いで1行分の文字が表示できるようになり、これによって電子タイプライターが開発されました。さらに数行の文字を表示できるようになってワープロが出現し、次々と大きな変革が起こりました。最終目標はノートパソコンでしたが、その実現には20行程度の文字を表示するために200本程度の走査線が必要でした。しかし、これによってコントラストが低下し、表示が非常に薄くなってしまいました。このことが理論的にも明らかにされ、このために多くの人達が液晶の限界を感じ始めて、1970年代の終わり頃には液晶への関心や研究人口が急速に低迷していきました。もはや液晶もこれまでか、という状況になって、私自身も壁の前に立ちすくんでしまいました。しばらく悩んだ末に、最終的に考えたことは、液晶と運命を共にする決意をして、何としても立ち直しを図ることにしました。具体的には、液晶の将来にとって最も重要な課題に挑戦する決意をして、当時白黒だった液晶のカラー化を目指すことにしました。

 液晶のカラー化については、その前からいろいろな提案があり、液晶の複屈折や旋光性を使った方式が主流でしたが、その方式では特定の色しか出すことができませんでした。そこで3原色を混ぜて任意の色を出すことを考えました。混色方式には減法混色方式と加法混色方式がありますが、液晶自体は発光しないため、光を吸収するものとして考えますと、減法混色しかないだろうと考えたのです。そこで、それまで研究していた2色性色素を用い、シアン、マゼンタ、イエローの3色の色素を入れた液晶を3枚重ねることで、任意の色が表示できる方式を考案し、非常に綺麗な色を出すことができました。しかし、将来画像が細かくなり各画素電極が小さくなっていくと、斜めから見た時に3層の色ずれが起こってしまう問題があったのです。完成はしたものの、実用には向かないことに気づき、そこからしばらく悩みました。

 しかし、ある時にふと考えて、細かい色を並べて人間の目の解像度よりも小さくすれば、目が混ぜてくれますから、先ほどとは全く違う、加法混色の原理が成り立つことに気づきました。その場合、液晶自体は白黒で、各画素に3色のカラーフィルターをつけてやれば、電圧でそれぞれの色の明るさをコントロールすることによって任意の色が出せることになります。ただしカラーフィルターを液晶セルの外に付けると、先程のお話しと同様に、斜めから見た時に色ずれが起こりますので、カラーフィルターは液晶の中に入れるのが基本であると考えました。ところが、液晶のセルの厚さが約5マイクロメートルと大変薄いのに対して、当時のカラーフィルターはその10倍から100倍も厚く、とても中に入ることができない状況だったのです。この対策にいろいろ検討を重ねて、最終的に1マイクロメートル以下の非常に薄いカラーフィルターをつくることに成功し、これによって世界で初めてカラーフィルターを使った液晶のカラー化を実現することができました。1981年のことです。

 すぐにこの成果を国内と国際会議で発表したところ、これは実用的ではないという大変厳しいご批判を頂きました。一つは、発光しないもので今まで鮮やかな色を出せた試しがないということです。もう一つは、カラーフィルターを入れると暗くなるために、バックライトを付ける必要があるのですが、それで液晶の1万倍くらいの電力が必要になるので超低電力という液晶の特長が失われるということでした。しかし他に方法がなかったために、その後、次々といろいろなメーカーが薄膜トランジスタとこの方式を組み合わせて、フルカラー液晶ディスプレイを実用化して下さいました。

 それからしばらくしてわかったことですが、アメリカのA. G. Fischerという方がカラーフィルターを使う方式で特許を出していました。原理はそちらの方が先行していたわけですが、カラーフィルターを液晶セルの外に設置する方式だったため、色ずれを無くすためにバックライトの光を並行光にせざるを得ないものでした。しかし実際にはこれが困難だったため実用化には至りませんでした。

 これに対して私達は前述のように、液晶セルの中の画素電極の上にカラーフィルターを形成したことで色ずれが生じず、一挙にカラー化が進んでいきました。その後、日本企業を中心として多くの企業によって液晶や関連する材料の目覚ましい改善や特性の向上が進み、今日の液晶テレビ、ノートパソコン、携帯電話などに発展していきました。

 一方、先ほど述べたように、カラー化を発表した時にバックライトによる電力の問題が厳しく指摘され、これがずっと頭に残っていました。そこで次の課題として、バックライト無しのカラー液晶ディスプレイをつくることを目指しました。周囲光を使った反射型ディスプレイとなりますが、その反射板を工夫して反射角を必要な範囲内に絞ることによって反射光強度を大幅に向上させる方法を考えました。これによって明るい反射型液晶ディスプレイが完成し、電子手帳や携帯ゲーム機などに実用されるとともに、最終的には当時白黒しかなかった携帯電話をカラー化することに成功しました。これをきっかけとして、大型テレビだけでなく小型高精細液晶ディスプレイの分野が生み出され、各種のモバイル機器や今日のスマートフォンなどへの流れが作られていきました。

 液晶ディスプレイの市場規模は、20年ほど前から一挙に拡大し、CRT(ブラウン管)がどんどん置き換わり、10兆円以上の市場にまで成長していきました。

 ここまでは研究の話でしたが、NICHeと関わる研究スタイルの話もさせて頂きたいと思います。私は1989年に教授に就任しました。当時、液晶は電子工学材料としては極めて特異な分野で、その基礎知識の講義など全く無く、学生達に新しい研究テーマについて時間をかけて丁寧に説明しても、全く理解や興味を持ってもらえない状況でした。これではいかんと思いましたが、確かに、基礎知識がなければいくら優秀な学生でも画期的な発想はできないと思いつきまして、新入生用の3か月トレーニングコースを考えることにしました。

 1年ほどかけて作り上げたものは、まず4月に新入生が研究室に入ってきたら、液晶の概要と基礎理論が書かれた英語の文献を読み、毎週その内容を分担して発表し合い、全員がそれを全て理解すること。次の5月には、その知識をもとに液晶セルを作製し、各自工夫してその基礎物性を測定すること。実は、4月に勉強する基礎理論は相当難しいものでしたが、それを理解していなければ5月の測定実験ができないので、学生達は必死に勉強してくれました。そして6月には、これらの知識と経験をもとに創意工夫して、赤、緑、青の3色を自由に変えられる液晶セルを考案し、試作することです。これを1995年からスタートさせました。その結果、いろいろな方式が学生達によって考案試作されました。やはり基礎知識があるとこれほど違うものかと驚かされました。例えば、そのうちの一例として、電圧によって透過波長を自由にコントロールできるバンドパスフィルターが実現されました。これはその後、波長可変フィルターとして実用化されて人工衛星に搭載され、地球上の植物分布を解析するなど、いろいろな用途に展開されているようです。なお、3か月トレーニングの間、先輩学生達は研究を全部ストップして装置を新入生に開放してもらいました。そして、自分達が先に経験しているために自信と誇りをもって新入生に教えてくれると共に、毎週の発表会に参加して一緒に議論してくれました。新入生は専門知識がないだけに予想外の質問や発想が出て、先輩学生達にとっても良い勉強になったようです。トレーニングコース終了後は、各学生達が研究するテーマについて説明したり議論したりしましたが、その内容をすぐに理解して興味を持ってくれると共に、1、2年で次々と成果を挙げてくれました。

 これをしばらく続けた後、液晶産業がさらに活発化し、液晶の研究人材の不足が起こり始めました。しかし、大学の仕組みでは特定の分野の学生を増やすことは難しいので、いろいろ考えた結果、会社の方達を研究生として受け入れて教育することにしました。そこで「High Performance Liquid Crystal Display研究会(HLC研究会)」という組織を設立しました。そしてその時期に、東北大学と一般企業の連携の支援を仕事としておられた東北テクノブレインズ株式会社の小山典夫取締役の多大なるご支援を頂いて、非常にスムーズにスタートを切ることができました。

 会社から研究生を受け入れて対応できるのは10人程度が限界でしたので、各社1人ずつ10社という上限を設けました。最初の3ヵ月は、先程の新入学生とともに3月トレーニングコースを受けて頂きました。そして残り9ヵ月の研究として、実用的かつ学術的研究テーマを各社とご相談して決めました。この9ヵ月で研究を完結し、会社と共同で特許を申請し、その後、国際会議で発表して論文を投稿するという目標を設定して実行しました。しかし、さすがに9ヵ月間でこれを完了できたのは少数の人達だけでした。そこで大半の研究生はもう1年継続して良いということにして、ほぼ順調に進めることができました。いずれにしてもこれを終了して会社に戻った人達はその後大きな活躍をされたようです。トータルで全24社、のべ約100人の研究生を育成することができました。

 この頃、私はNICHeの併任教授となり、会社との協同研究をスタートさせました。実は、この頃、NICHeからの条件として、「毎年5,000万円から1億円の外部資金を獲得して下さい」と言われました。それまでは私自身、その1桁くらい下の金額しか外部資金を獲得したことがなかったので、これは大変なことだと思いました。しかし、NICHeの方々のご支援のおかげで、2~3年でこれを達成することができました。周囲の先生方を見ますと、同じような方々がたくさんおられまして大変関心致しました。そのおかげで、研究の進め方、資金の獲得方法、研究の大規模化などを経験し、その後の研究を大きく進めることができました。NICHeの理念や仕組みに改めて深く感謝するとともに、心から敬意を表しております。

 最後に今後の展望です。情報化社会の中で電子機器が非常に大事な役割を果たしております。その代表としてスマートフォンがありますが、例えば音楽再生装置をとってみると、レコードから始まり、磁気テープ、CD、ネット配信へと進化して、現在はスマートフォンが中心的役割を果たしております。さらにスマートフォンは金融やら交通やらあらゆるものの中心的な役割を担い始めております。それを可能としたのが、技術としては半導体、メモリ、ディスプレイ、通信・ネットワークで、これらが非常に大きな役割を果たしています。

 中でもディスプレイはマンマシンインターフェースとして重要な役割を果たしています。その理由は、人間の五感のうち目が約85%の情報を入力しているためです。そのディスプレイのほとんどが液晶ディスプレイですが、市場としては主にテレビとスマートフォンに絞られています。このため、世界規模での激しい価格競争となり、日本はその市場から次第に締め出されてきています。

 とはいえ画像は依然として大変重要で、さらなる大型のものや太陽光の下でも見られるもの、超省電力のもの、眼鏡にディスプレイを入れ込んだものなど、まだまだ用途の広がりや発展の可能性は大きいと思われます。また、次の情報化社会では、それを支える技術として、先程申し上げた半導体、メモリ、撮像素子などの個々の発展が非常に重要であると共に、これらの連携が極めて重要です。これはどれをとっても日本が大変強い基盤をもっており、関係各位のご努力とご尽力に大いに期待をしております。

 最後に、NICHeのお陰で大きな研究を進めることができ、心から感謝申し上げる次第です。さらに発展していかれることを心から祈っております。

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