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世界一の観測装置で火星にリベンジ/中川広務さん(東北大助教)に聞く

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中川広務さん(東北大学助教)に聞く:世界一の観測装置で火星にリベンジ 取材・写真・文/大草芳江

2015年4月4日公開

世界一の観測装置で火星にリベンジ

中川 広務  Hiromu Nakagawa
(東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻 太陽惑星空間物理学講座 助教)

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.4)

 装置開発未経験の中川広務さん(東北大学助教)がゼロから開発した装置が、赤外域で世界最高分解能を達成。中川さんがこれまで諦めなかった理由と、これから目指すものとは何なのか。ハワイ州マウイ島ハレアカラ山頂に昨年移設した惑星大気観測専用望遠鏡に装置を取り付け、長期滞在しながら惑星大気研究を進める中川さんに、研究内容や動機などについて聞いた。


中川広務さん(東北大学助教)に聞く


■他の誰にもできない世界一の装置をつくろう

―研究内容について、ご紹介をお願いします。

 もともとは、福島県飯舘村にあった我々の惑星大気観測専用望遠鏡T60をハワイに移設する計画から始まりました。移設先の米国ハワイ州マウイ島ハレアカラ山頂は標高が高く(標高3,055メートル)、赤外線の観測に大変便利なので、赤外線の観測装置をT60に実装して、観測しようという話がもちあがりました。

 せっかく自前の望遠鏡ですので、大型望遠鏡の装置ではできない、僕たちにしかできないことをやろう。自分たちの目的に特化した世界一の装置を使って、好きな惑星を好きなだけ観測して、自分たちがやりたいことをやろうと、このプロジェクトをスタートさせたのです。

図 1 ハワイ大学研究所内でくみ上げなおした装置

 2009年に本格的に装置をつくり始め、2013年に装置が完成。2014年9月、ハワイへの移設が完了したT60に装置を無事実装し(関連記事はこちら) 、11月に初めて火星のデータを取得できました。いよいよこれから惑星の観測をスタートできるところにきたのです。


■どうしても火星にリベンジしたかった

―赤外観測で世界最高分解能を誇る装置が完成したそうですね。この装置が完成するまでの道のりは、どのようなものでしたか?

 実は僕、それまで装置をつくったことがなかった人なんですよ。博士号を取得するまで、パソコンによるデータ解析が専門だったので、半田ゴテだってほとんど握ったことがなく、電子回路のつなぎ方さえよくわからなかったのです(笑)。

 そんな僕が装置開発に至ったきっかけは、1998年に打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」の失敗でした。のぞみは途中トラブルに見舞われ、当初計画より4年延期して火星到着を2004年1月に変更。皆諦めずに頑張ったのですが、結局火星軌道投入を断念し、今なお火星と地球の間を永久に回り続けています。

 僕は当時(2002-2007年)、のぞみに載せる装置のひとつを担当し、結局やりたかった火星の研究は全くできませんでした。一方、我々の失敗とは対照的に、同時期にヨーロッパの火星探査機Mars Expressは火星に無事到着し、良い成果をどんどん出しました。それがすごく悔しくて、もう一回、火星にリベンジしたいと思っていたのです。

 しかし日本は、欧米のように何度も探査機を打ち上げるチャンスはすぐにはありません。ですから、自分で地上から火星を観測できる道具をつくれたらいいなと思っていました。

 博士号取得後のテーマ変更は一般的ではありませんでしたが、どうしても僕は、火星にリベンジしたかったので、教授たちを集め、この装置をつくりましょうと持ちかけました。どうせやるなら世界一の装置をつくり、他ではできないことをやりたいと思ったのです。


■歴代の先輩たちが開発を諦めた装置

―世界一の装置をつくれる見通しは当時あったのですか?

 話はさらに、僕がまだ学部生だった頃に遡ります(2000年)。研究室の先輩がずっと開発を続けていた装置がありましたが、結局うまくいかず、開発を諦めてしまったのです。その時に、坂野井和代さんという先輩がぼそっと言っていたんですよ。「もったいないなぁ、成功すれば、すごいのに」って。そのことをふと思い出して、「今、あの装置ができたら、確かに探査機でもできないことができる!」と思ったのです。

 だから6年ぶりに、その装置の開発を再開しようと思ったんですよ。ただ、僕は装置を一度もつくったことがない人間なので、さぁ、どうしようか(笑)。歴代の先輩たちが何人やってもダメだったのに、僕が単純にやってもダメだろう、と思っていました。


■幸運な人の巡り合わせ

―装置を一度もつくった経験がなかったのに、どうやって世界一の装置を開発できたのですか?

 そんな時、非常に幸運だったのが、今はJAXAで助教をしている山崎敦さんという方が、その時偶然、一時的に東北大の他の先生のもとにいました。そして、たまたま持っていたレーザー関係の雑誌を私に見せてくれ、「このレーザーを使えば実現できるんじゃないか」と教えてくれたのです。

 つくりたい装置には技術的な難点が一点あったために、これまで皆頓挫していましたが、6年も経つと世の中は変わり、当時は考えられなかったようなレーザーが登場していました。「これはいける!」という話になり、開発を始めたのが2010年のことです。

図 2レーザと検出器を並べるだけの、ここからのスタートでした(この写真はレンズがあります)

 当時は、今だったら笑われるようなところからスタートしました。例えば、レーザーは検出器に導く際にレンズで集光する必要があるのに、レンズを入れるのを忘れていたり。レーザーと検出器を2つ並べて、手で調整しながら「全然反応しないね」と(笑)。

 けれども、その時、橋本明くんという学生がいて、その子が非常に苦労してくれたおかげで、新しいレーザーの特徴などが色々わかりました。その後も、歴代の学生たちのおかげで、開発に成功することになるのです。


■損得なしに教えてくれた

 そうこうしていくうちに、だんだん装置ができあがってきました。ところが当時は知らなかったのですが、数年前、ドイツのグループが同じレーザーを使って全く同じ装置をつくり、すでに成功していたのです。他にもNASAが、別のやり方ですでに成功していました。

図 3 ドイツグループの観測に参加。観測の様々なノウハウを学ぶ。

 僕らも装置がある程度できあがったら、彼らに連絡をとり一緒に研究できたらと思っていました。ところが僕らが始めてまだ間もない頃、学会で何回か発表していたせいもあり、向こうから声をかけてくれ、大変フランクに色々なことを教えてくれたのです。

 僕がドイツのグループに里子に出された時も、一から色々なことを教えてもらいました。観測にも同行し、損得なしにほとんど全てのことを教えてもらいました。そのおかげで、日本に帰った後は、非常にスピーディに開発が進み、今までが嘘のように、色々なことができるようになったのです。


■東日本大震災で装置がバラバラに

図 4 震災直後にも関わらず、果敢にもドイツから装置の様子をみにきてくれた仲間。

 ただ、装置の最後の一歩が、全くうまくいきませんでした。そんな時、東日本大震災が発生し、実験室の中がめちゃくちゃになり、装置もバラバラになりました。仕方なくゼロから装置を組み直したのです。

 そうしたら、びっくりするくらい、すんなりできまして(笑)。いくつか本当はコツがあって、今だったらなぜできなかったかわかりますが、当時は全然わからなくって。ゼロからやるって大事だなと、あの時は思いましたね。

 当時、福島飯舘の東北大学の望遠鏡は使えなかったので、広島大学の東広島かなた望遠鏡を使わせてもらうために、完成した装置をバンに乗せ、広島まで片道千何百キロメートルの道を交代しながら行きました。

図 5 東広島かなた望遠鏡に実装して国内初の試験観測。

 そこで初めて望遠鏡に装置を実装して試験観測できたおかげで、装置がほぼ完成しました。月のシグナルも取得することができ、あとはハワイにT60が移設されるのを待つだけとなったのです。


■火星からのシグナル獲得に成功

 そして去年、さらに改良した装置をハワイに持ち込み、火星からのシグナルを無事取得できたのが2014年11月のこと。いよいよ今年から本格的に観測を始められる地点に到達しました。

図 6 ドイツグループから観測支援にハレアカラT60を訪れてくれた同僚と、本学鍵谷とともに。

 この装置を担当した学生たちは、僕の知らないところで「もう諦めましょう」と言っていたらしくて(笑)。時間はかかりましたが、何はともあれ、うまくいって良かったです。

 ただ、本当の意味でのスタートはこれからです。これから装置を故障なく運用して無事観測し、良いデータをたくさんとって、良い成果を出したいです。


■毎日ずっと観測は初めて

図 7 30年前のハレアカラ観測。

 もともとこの装置は、岡野章一名誉教授(前・惑星プラズマ・大気研究センター長)が初めて日本でつくった装置で、当時の目的は地球大気の観測でした。そのために約30年前、岡野先生がハレアカラ山頂に装置を持ち込んだのです。今回、微弱な惑星のシグナルも検出できるようにグレードアップして、ハレアカラに戻ってきたことになります。

 僕の装置はまだリモートで制御できないので、観測するためには、私が毎日、標高3,055メートルのハレアカラ山頂に登る必要があるのです。ですから、なるべく学生にも来てもらって、一緒に観測できたらいいなと思っています。

 最近の学生たちも、星空を見ながら、自分でデータをとって、「自分はあの星を研究しているんだな」と実感することが少ないのですよ。パソコンに送られてくるデータの貴重さをあまり実感しないまま解析することが多いですから。そんな意味でも、学生にも実体験してもらうのは良いことだと思います。


■諦めずに皆でやろうという精神が養われた

図 8 初めてドイツのグループの観測に参加させてもらった時。私のネーム入りのオリジナルTシャツを用意してくれていました

―今まで自分で装置をつくったことがない事実を理由にせず、それだけの情熱を持って様々な困難を乗り越え、タイミング良く運を掴んできましたね。

 皆、本当に良いタイミングで助けてくれるんですよね。正直NASAの人もドイツの人も、こんなにオープンに教えてくれるとは思っていませんでした。皆で一緒にやろうと、分け隔てなく色々教えてくれたのには、大変感動しました。

―そのような国際共同研究の経験は、今にどのようにつながっていますか?

図 9 NASAグループの観測に参加。NASAのIRTF望遠鏡とともに

 何かを理由に、例えば「国内にいないから」「自分たちでできないから」と何かを諦めたりすることがなくなりましたね。「じゃあ、皆でやろうか」という精神が養われました。

 そこだけが、おそらく違うんですよ。僕と、これまで装置ができなかった人と。僕より断然、装置をつくるのが上手だったと思うのですが、当時はおそらく「自分たちでやらなくちゃ」と思って、おそらく外の状況があまり見えていなかったと思うのです。

 僕はあまり考えずに、ドイツやNASAの人たちとやりとりし始めて、教えてもらったり、一緒にやったことだけが、今までの人と違う点です。ですから、僕自身はあまりコアな革命をしたわけではないのです。

 ちょっとしたことですけど、こんなレーザーがあるとか、それでうまくやっている人がいるとか。世界に3グループしかないのもミソで、密な関係になって仲良くなれたのだと思います。周りの人たちのおかげで、ようやくスタートに立てた気がします。


■他の研究者に負けないもの

―これからサイエンスがますます大きくなる中、自分一人でやれることは限られますから、これからの研究はそんな関係性の中から生まれる気もします。

 ただ、そこはバランスだと思っています。やはり研究者は、ある一つのことに関して、世界トップであるべきと思うのです。広く見られる人も必要ですが、それぞれが確固たるものを持ち、どこかでトップでなければ、やはり生き残りは難しい気がします。

 やはり、何としても、他の研究者に負けないようなものを自分で持ちたかったのです。しかも、東北大学は自前の望遠鏡を所有という国内では数少ない貴重な状況にあります。そこに自分で装置をつくれたら非常に大きな強みになると思って、挑戦しました。

 でも、諦めないでやっていると、色々な話が舞い込んでくるものですね。昨年、火星探査衛星のぞみをもっとすごくしたようなNASAの火星探査機が無事火星の軌道に入りました。名古屋大学の関華奈子さんや東北大学の寺田直樹さんの提案が採択され、有り難いことに僕もその貴重なデータを解析させてもらえることになりました。さらに、「のぞみ2」と言うべき日本の次期火星探査機に搭載する機器を開発させてもらえることになりました。

 探査機と望遠鏡でできることは異なり、それぞれ良い点と悪い点があります。逆にそのおかげで、火星探査機の研究者と一緒に研究できる状況になります。何をするにしても、「僕なら地上の望遠鏡でこんなデータがとれるよ」という特徴があると、色々つながるのです。

 最終的には、大変良い寄り道をしました。むしろあの時、もしのぞみが火星に無事到着してデータを解析できていたら、それで終わっていたかもしれません。


■惑星大気の情報を地上から得る

―ここまで、装置開発に至るまでの背景やモチベーションを伺いました。それでは、そのユニークな装置の特徴と、装置を使った研究について、ご紹介いただけますでしょうか。

 この装置は、世に言う「分光器」、つまり、光を分ける装置です。光のうち、目に見える光(可視光)よりも波長が長い光「赤外線」を分光する装置です。

―なぜ赤外線を分光するのですか?

図 10 赤外ヘテロダイン分光器外観

 惑星の大気中に存在する二酸化炭素やオゾン、メタンなどの分子が、特徴的に光を吸収したり発したりする波長帯域が、赤外線なのです。その吸収線は分子によって波長が異なるため、赤外線を分け、例えばメタンの場所で光が暗いとわかれば、そこにメタンがあるとわかるわけです。

 つまり、現地まで行かなくても、遠い星から来る赤外線を分ければ、「あの星にはオゾンがある」といったことが地上からわかります。ですから赤外線は大気を研究するのに大変便利な波長帯域なのです。私の開発した装置は、この赤外線を分光して、惑星の大気の色々な情報を得る装置です。

 ただ、普通は赤外の分光器というと、プリズムで虹色をつくるように屈折率の違いから光を分けたり、フーリエ分光器で干渉計のように光路差から干渉縞をつくって光を分けるなどという方法が一般的で、「直接分光」と言われます。一方、僕らの装置は全く違う"からくり"で光を分けるので、一般的な直接分光とは一線を画するのですよ。


■装置のユニークなポイント

―普通の赤外分光器とは異なる"からくり"とは?

 望遠鏡を通して惑星の光が装置に届きます。その光の中で見たい波長に近い赤外のレーザーを当てるんです。すると、まるで音がうぉんうぉんと鳴り始めるように、光と光が唸り(ビート信号)を発生します。そのビートを、光の検出器で高速検出します。赤外線の情報を持ったまま、違う周波数に移動するのですよ。

 例えば、10マイクロメートルの赤外線の波長は、周波数で言うと30テラヘルツくらいで、それを数ギガヘルツまで、周波数を落とすのです。つまり、4桁(10,000倍)くらい波長が伸びるので、「切りやすい」のですよ。さらに、ギガヘルツ帯まで行くと電波領域です。電波領域まで来ると、ギガヘルツ帯の電波を分ける技術は色々な機器が整っています。


■世界一の赤外波長分解能

―4桁くらい波長が伸びて「切りやすい」とは、どのような意味でしょうか?

 4桁も波長を伸ばして分光するので、大本の30テラヘルツからは想像できないくらい光を細かく切れるんですよ。どれくらい細かく切れるかを、「分解能」といい、150万以上になります。世の中で今、僕らの装置を除いて、赤外域で世界一高い分解能を持つ装置で、分解能は10万強ですから、それより一桁(10倍)以上良くなるわけです。

 ですから、当然ながら、波長分解能が必要な観測には、これ以上のものはないのですよ。例えば、火星のとある高度で、風速毎秒10メートルの風が毎秒20メートルに変化したことがわかります。これは、他の装置ではなかなか難しい計測です。

 普通は限られた情報からモデルを使って見積もったり、探査機で直接惑星に行って特化した観測でもしない限り無理ですが、それを地上にいながらできることが、この装置の最大の特徴ですね。


■「光の顕微鏡」のように天体の情報を得る

―波長分解能が世界一高いために、遠く火星の大気の様子まで、地上からわかるのですね。

図 11 本装置を使った観測の意義を訴える。ハワイ大学IfAのJeffrey Kuhn博士とともに。

 それに波長分解能は、地上から赤外線を分光するのに、とても大事なのです。なぜかと言うと、どの天体を見ても、光路の途中で必ず、地球の大気を通りますね。そして僕らが見たい分子は、たいがい地球の大気も同じ分子の成分を持っています。例えば、惑星の二酸化炭素を見たい時には、地球にも二酸化炭素が、しかも火星よりだんぜん分厚い大気があります。

 そのままでは、(天体と地球の大気の分子の)輝線の場所が一緒なので、重なってしまい、地球大気がその情報を全部吸ってしまって何も残らないので、地上からでは、本当は何もできないはずなんですが、天体は地球に対して相対速度をもっており、そのおかげで、天体からの光が波長方向にずれてくれます。

 すると、その若干ずれた分だけ、地球の分厚い二酸化炭素の吸収線の「肩」に、ぴょこって乗っかったような感じで天体からのシグナルがみえるのです。ただし、そのずれは極僅かですから、波長分解能がかなり高くなければ、分解できずに、混ざってしまうのです。

 しかも、すごく強いやつの「肩」にちょこんと乗っかっているので、その「肩」をどう取り除くかで、過大評価したり過小評価したりと、全く違う「大発見」をしてしまうこともあり得るわけです。地球の望遠鏡で常に苦労する点は、そういうところです。

 けれども、私たちの装置は、波長分解能が高いのでそういう苦労をしなくて済みます。完全に地球の信号と他の惑星の信号を区別することができるのです。


■火星メタンを地上から観測する

―赤外線で世界一の波長分解能を誇る装置で、これからどんな研究をするのですか?

 このプロジェクトの目的の一つが、「火星メタン」です。遡ること約10年前、大発見がありました。3つのグループが一斉に「火星にメタンがあった」と発表したのです。

―なぜ火星メタンは、世界的な注目を集めたのですか?

図 12 本装置を使った観測の意義を訴える。ハワイ大学IfAのJeffrey Kuhn博士とともに。

 なぜかと言うと、地球のメタンは9割方、生命起源なんです。生命の死骸である石炭や牛のげっぷ、水田の微生物などから出ます。地球や火星などの地球型惑星を考えた時、メタンは生命活動や地殻活動の証拠となり得るため、世界的な注目を集めているのです。

 今のところ、火星には生命が見つかっていません。そんな中、メタンが発見されたので、「火星に生命がいるかも(いたかも)!」と、10年前に大騒ぎになったわけです。ところが、先ほどもお話した通り、地球にもメタンがたくさんあるので、地上から火星メタンの観測は、普通の分光器では難しく、皆さん苦労しながら見積もるわけです。メタンの見積もり量や検出された場所などはバラバラでした。

 そして、2012年、「やっぱり火星にメタンはないのではないか」という論文が発表され、その1年後、NASAの大型火星探査機「キュリオシティ」がメタンを高精度に測定した結果、探査機の着陸点1箇所だけですが、少なくともそこにはメタンがないと発表しました。「やっぱり、火星にはメタンがないのか」という話になったわけです。

図 13 NASAの着陸機Curiosityが今年火星でメタンを検出したと報じられた(copyright:NASA)

 ところが、最近になって、キュリオシティが「大変少ない量だが、火星にメタンはあり、しかも時間変動している」という測定結果を報告しました。そうなると、俄然、盛り上がってくるわけですよ(笑)。

 生命がいたか(いるか)・ないのかは、まだ結論がでていませんが、少なくともメタンを発生する何かが火星にあるかもしれないということは大変興味深いことです。ですから僕は、この装置で、これまでにない高精度のメタンのデータを火星全球規模で計測したいと思っています。世界で初めて、地上からきちんとした精度で出したいのです。

 実は、光を分ける能力が非常に高いことに、逆に弱みがあります。光を分ければ分けるほど、光の強度が薄まってしまうのです。非常に弱いシグナルを受けるため、火星メタンを高精度に見るためには、たくさんの積分時間、つまり長時間ファインダーを開ける必要があるのです。けれども僕ら、自分たちの望遠鏡ですから、ずっとファインダーを開けて、思う存分見ていられるのです。

―なるほど。装置の持つ原理的な弱点を、自前望遠鏡がある強みと組み合わせることで、克服できるわけですね。

 そうなんです。そして、火星を観測する好機は、2年に1回、やって来ます。それが2015年12月から2016年2月頃まで。火星が最も地球に近づくのはその後ですが、その前に最も相対速度が大きくなる時期があるのです。そのドップラーが一番高い時期に集中して観測しようというのが、この頭脳循環プログラムの最後の3ヶ月です。

 そのタイミングを逃すと、2年後はもうメタンを観測する欧州の探査機が火星に到着するので、その前に一回ぜひ結果を残したいです。あとは、天気がいいと良いですね。


■金星の謎の大気に迫る

―火星の他に、この装置でターゲットにする惑星はありますか?

図 14 Venus Express探査機が捉えた金星(copyright:ESA)

 金星も重要なターゲットの一つです。金星は、地球と同じくらいの大きさの惑星ですが、気温は500度に達し、大気も90気圧くらいあります。同じような材料でできたはずなのに、なぜこれほど全く違う進化を遂げたのかは、大きな謎です。また、金星の大気の特徴として、水がほとんどありませんが、なぜ水がなくなったかも、まだよくわかっていません。

 この謎を解き明かすためには、金星に微量ながら残っている水の同位体や分布を調べることがポイントで、そこに色々なヒントが隠されています。現在の金星の大気内に残る、ごく僅かな水蒸気がどんな役割を担い、どんなサイクルでまわって宇宙に逃げていくかを、追いたいと思っています。

 例えば、水の同位体(水素原子Hの一つが重水素Dになっている同位体HDOなど)は地球に少ないので比較的地上から観測しやすいのですが、H20は、先ほどもお話した通り、(地球の大気を挟まない)探査機でなければ、なかなかデータが取れなかったので、それを僕らは地上から取れるようにしたいと思っています。

 また、金星の自転は非常にゆっくりなのに、自転の約60倍のスピードで大気だけが回るという不思議な高速風が吹いており、仮説は幾つか提案されていますがその理由はよくわかっていません。日本の金星探査機「あかつき」も、この謎を調べるため2015年12月、金星周回軌道へ再投入します。

 超高速で吹く風の謎に迫るには、大気の下方と上方がどのようにエネルギーや運動量をやり取りしているか、大気中の色々な時間スケールの大気波動を知ることが重要です。ところが、大気の密度や風速、温度のゆらぎ成分などが測定できるような精度の装置は非常に限られています。

 けれども僕らの装置なら、先ほどお話した通り、風速10メートル毎秒の惑星の風の変化が地上から測定できます。ですから、金星の風速や温度を高精度に観測し続けることで、ぐるぐる回る雲の上と下で、どのようにエネルギーの出し入れがされているかわかると思います。


■諦めずに走り続けたい

―最後に、今後の意気込みをお願いします

 今まで諦めずにやってきたおかげで、やっと当初のやりたかったことが実現しそうなスタート地点まで来ることができました。けれども、望遠鏡で連続的に観測・運用することは、想定以上に、自分の装置のみならず、たくさんの人たちのサポートなくして成り立たないことを身にしみて感じています。

 これからの1年も初めてのことばかりなので、きっと色々なトラブルがあると思いますが、せっかく諦めずに目の前まで来たので、これからも諦めずに、楽しみながら走り続けたいと思います。

―中川さん、ありがとうございました


地球物理学ってなんだろう?/西村太志さん(東北大学 地球物理学専攻長)に聞く

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地球物理学ってなんだろう?/西村太志さん(東北大学 地球物理学専攻長)に聞く 取材・写真・文/大草芳江

2015年4月13日公開

物理で地球を探究、
将来予測で人類社会貢献も

西村 太志 NISHIMURA Takeshi
(東北大学 大学院 理学研究科 地球物理学専攻長)

1963年愛知県生まれ。1992年東北大学大学院理学研究科博士課程を修了、「噴火活動に伴う地震及び微動の発生機構に関する研究」で東北大学博士(理学)の学位取得。岩手山、磐梯山やアフリカのニイラゴンゴ・ニアムラギラ火山、諏訪之瀬島、スメル山(インドネシア)などの地震観測や測地観測を実施するとともに、火山性地震のデータ解析や理論的研究を進める。東北大学助手、ロスアラモス国立研究所客員研究員、アメリカ地質調査所文部省在外研究員、東北大学助教授を経て、2012年より現職。

一般的に「科学」と言うと、「客観的で完成された体系」というイメージが先行しがちである。 
しかしながら、それは科学の一部で、全体ではない。科学に関する様々な立場の「人」が
それぞれリアルに感じる科学を聞くことで、そもそも科学とは何かを探るインタビュー特集。

 わたしたちの地球を、物理学の手法を用いて研究する学問が、「地球物理学」だ。地球といっても、その研究フィールドは地球中心から惑星まで広がり、理学的探求だけでなく、社会貢献にもつながる学問であるという。そもそも地球物理学とは、どんな学問なのか、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻長の西村太志さんに聞いた。

※本インタビュー取材をもとに東北大学地球物理学専攻HPを作成させていただきました


西村太志さん(東北大学 大学院 理学研究科 地球物理学専攻長)に聞く



■そもそも「地球物理学」とは?

―そもそも「地球物理学」とは、どのような学問ですか?

提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻

 「地球物理学」とは、「地球」に関わる様々な自然現象のしくみを「物理学」という基本的かつ強力なツールを用いて理解する学問です。その対象は地震や火山など地球内部で起こる現象から、気象や気候など身のまわりの大気・海洋に関わる現象、さらにはオーロラや惑星活動など地球を包む超高層・太陽系惑星空間で起こる現象まで、地球に関わるありとあらゆる物理現象が研究対象となります。

 これらの現象は多様な時間空間スケールで大きな変動と進化を繰り返す複雑系システムです。様々なパラメータが複雑に絡み合い一見すると理解が困難に思える現象も、物理学を用いて一つひとつの素過程を抽出することで、複雑系システムを解き明かすことが地球物理学の目的です。

 日々の研究活動は地道なものですが、時として自然は、私たちの想像をはるかに超えた、豊かな表情を見せてくれる瞬間があります。その姿を世界中の誰よりも最初に見たい―、そんな知的好奇心こそが、私たちを研究に駆り立てる大きな原動力です。

 同時に、地球物理学は、その知見を予測科学として応用できる点で社会とも深く関わる学問です。代表的なものとして、気象予報や、現在実現を目指している地震・火山噴火の予知、宇宙天気予報などがあります。自然現象のしくみをより深く理解したいという真理の探求に加え、その知を防災・減災科学や環境科学に応用することで社会に貢献する役割も地球物理学には期待されており、研究を進める強い動機となっています。


■フィールドは地球中心から惑星まで

―東北大学の地球物理学専攻では、どのような研究が行われていますか?

 東北大学理学部の地球物理学専攻では、研究対象の観点から、地震や火山などを扱う固体地球系(A領域)、気象・海洋などを扱う流体地球系(B領域)、オーロラや惑星などを扱う太陽惑星空間系(C領域)の3つの領域に大別されます。"観測重視"の伝統を受け継ぎながら、観測と理論の両輪で研究を進めています。地球物理学のフィールド(研究現場)は、地球全体です。雄大な自然界の営みを間近に感じながら、まさに"生きている"地球を実感しながら学問を進められることが魅力です。

提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻

【A領域】固体地球系
(keyword:地震・火山噴火の発生過程、固体地球の内部構造など)
 地震や火山噴火がどのように発生するかを解明することに加え、それを予測する研究を進めています。さらに、固体地球の内部構造を調べることで、地球の成り立ちや、地震や火山噴火の発生場を理解することを目指しています。陸域だけでなく海洋や活火山の火口近傍など極端環境下での観測とそのデータ解析に力点をおくと同時に、数値シミュレーションなどの理論的な研究も精力的に進めています。
・地震・火山学 (固体地球物理学講座)
・沈み込み帯物理学 (地震・噴火予知研究観測センター、災害科学国際研究所)

提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻

【B領域】流体地球系
(keyword:気象予測、気候変動、大気・海洋・陸面相互作用、雲、エアロゾルなど)
 大気・海洋・陸面間の相互作用を支配する素過程を解明するとともに、環境・気候変動予測のための支配メカニズムの定量的理解を、観測とモニタリング、既存データ解析、数値モデルをもとに、目指しています。地球温暖化や、東北地方のやませも研究対象です。世界の海洋の状況をセンサでリアルタイムに把握したり(アルゴ計画)、温室効果ガスを飛行機でサンプリングしたり、南極氷床による気候変動の復元なども行っています。
・気象学・大気力学 (流体地球物理学講座)
・海洋物理学 (地球環境物理学講座)
・物質循環学 ・気候物理学 ・衛星海洋学 (大気海洋変動観測研究センター)

提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻

【C領域】太陽惑星空間系
(keyword:宇宙・惑星プラズマ現象、惑星大気現象、オーロラなど)
 惑星・地球や太陽などの物理現象の解明を、光・電波観測機器の開発、それを用いた地上遠隔観測や飛翔体直接観測とデータ解析、数値シミュレーションに基づき、目指しています。国内観測所に加えて、ハワイ山頂、北欧、アラスカなどで活発に海外観測を行っています。また、JAXAと共同で探査機や衛星に観測機器を搭載しており、例えば、月周回衛星「かぐや」にレーダーを搭載し月の地質構造をとらえ解析する成果などを挙げています。
・宇宙地球電磁気学 ・惑星大気物理学分野 (太陽惑星空間物理学講座)
・惑星電波物理学分野 ・惑星分光物理学分野 (惑星プラズマ・大気物理学センター)


■学生の主体性と創造性を育む

―地球物理学専攻ならではの教育について、教えてください

 地球物理学専攻の各領域で研究対象や現象は異なりますが、基礎方程式は共通です。そのため、学部における教育は領域によらずほぼ一環して行われています。学部2年次前期までは理学部物理系の学生との共通講義で物理学の基礎を習得します。2年次後期からは、宇宙地球物理学科の地球物理学コースの学生として、地球と太陽系惑星システムに関する様々な教科を学びます。

地球物理学実験では学生自身が実験テーマや方法を創案する(提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻)

 ここでは特に、本専攻ならではのユニークな伝統講義「地球物理学実験」をご紹介しましょう。一般的な実験の講義は、机の上にテキストと様々な装置が用意され、テキスト通りに習うスタイルが多いですね。ところが地球物理学実験では、基礎的な装置が棚においてあるだけで、机の上には基本的に何もおいてありません。実験は学生たち自身で相談して、問題を設定するところから始まります。自ら装置を組み上げ、実験や観測をして、結果を出し、皆の前で成果を発表する、というのが大きな流れです。

地球物理学実験で実験装置を自作し測定系を組み立てる学生(提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻)

 実験は1年間で大きく3期に分かれています。最初は、基礎的な実験の素養を身につけるため、物理定数の測定を2、3名のグループ毎に行います。その後、エレクトロニクスの基礎技術を習得するなどして、最後に「電離圏のようすを知ろう」「地震を測ってみよう」など、地球物理学らしいテーマを設定して、実験を行います。小さなスケールで実験し、失敗したり成功したりして、試行錯誤をしながら、まずは自分たち自身で実験をしてみるのです。同時に、地震学や気象学、宇宙空間物理学といった基礎的な講義も受講し、地球物理学の知識を習得していきます。学生からも印象的な講義の一つとしてよく挙げられ、外部からも「学生の自主性や創造的活動を引き出す上で優れている」と評価されており、他大学も参考にしていると聞いています。

 地球物理学実験は、私の学生時代より前から続いています。それまでの川内での実験とは異なり、何もないところから始まったことに私も最初は驚きましたが、学生同士で相談しながら、身の丈に合ったことを自分たちで選びながら決めることは楽しかったですね。テキストもないので、「こんなことをやりたい」と思った時は、自分たちで教科書も探し、それを読みながら、自分たちで装置を組み立てる作業を、2ヶ月くらいかけて、じっくり取り組めました。大変楽しくて、夢中になったことを今でも覚えています。


■地球の活動を"実感"しませんか?

―今から進学や進級を決める若い世代に、メッセージをお願いします

提供:東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻

 地球は、常に変化をしています。変化する相手に対して、人間から問いかけ、得られたデータをもとに、相手がどう動くかを観測し続けることは面白いことです。地球物理学はまだ百年ほどの歴史しかない学問ですが、研究の進歩とともにデータもどんどん蓄積され、それをもとに現在の地球が見せる姿から、過去や未来の姿を予測することができるようになってきました。これからさらに進歩し、人間生活と異なるタイムスケールの地球から新たなデータを得て、"生きている"地球の過去・現在・未来の姿を紐解いていく過程が面白いのです。皆さんもそんな地球の活動を、ぜひ"実感"してみませんか?

 また、若い世代の皆さんは、もし関心のあることを見つけたら、積極的にいろいろな本を読み、それを人に話してみてください。自分が関心を持っていることは、積極的に調べられるし、一生懸命考えることができます。また、自分が考える以上に多くの色々な人の知恵を吸収することができます。それによって、関心はどんどん膨らんで発展していくでしょう。

―西村さん、ありがとうございました

【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯011】企業で活躍するOGが後輩にエール/東北大学電気・情報系「女性研究者フォーラム」

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【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯011】企業で活躍するOGが後輩にエール/東北大学電気・情報系「女性研究者フォーラム」 取材・写真・文/大草芳江

2015年3月23日公開
2015年4月20日追記

【写真】3月7日に開催された、東北大学電気・情報系「女性研究者フォーラム」のようす=東北大学片平キャンパス

 東北大学電気・情報系を卒業して企業等で活躍する女性研究者・技術者等の姿を後輩たちに伝えようと、「女性研究者フォーラム」が3月7日、東北大学電気・情報系"電気・情報未来戦略-21世紀を拓く情報エレクトロニクス―"懇談会の主催により同大片平キャンパスで開かれ、現役女子学生ら約40人が参加した。

 女性の社会進出が進む一方で、企業で働く女性研究者・技術者等の情報はまだまだ不足している。そんな中、企業で活躍する女性卒業生たちの活躍について情報提供を行い、直接交流する場を設けることで、現役女子学生たちが将来のキャリアプランやライフスタイルを考える上での参考にしてもらおうと、同系が昨年度に続いて企画した。

【写真】女性卒業生によるプレゼンテーションのようす

 フォーラムでは、大手メーカーや中央省庁などに就職した女性卒業生たちが、これまで歩んできたキャリアや仕事内容、プライベートやライフイベントなどについてプレゼンテーションを行った。「会社には、性別に関係なく働ける環境が整っている。あとは、パートナーの理解次第」「大学での研究内容が企業での業務内容に直接つながらなくても、工学部で得た知識やものの考え方は、必ず仕事に役立つ」「専門にとらわれず、様々な分野や職種に興味を持ち、自分の世界を広げてほしい」などと後輩たちにエールを送った。

【写真】女性卒業生を囲んだ懇談のようす

 プレゼンテーション後は、お茶やお菓子を片手に、女性卒業生たちを囲んだ懇談の時間が設けられた。女子学生らは、日頃抱いている進路選択の悩みや、仕事と育児の両立に対する心配などを、先輩に次々と質問。熱心にメモを取りながら、先輩からのアドバイスに耳を傾けていた。主なやりとりは、<参加者の声>の通り。

 参加した女子学生たちは「女性の社会進出については、漠然としたイメージはあったが、企業等で活躍する女性と実際に初めて話ができ、社会人として働く具体的なイメージが湧いた」「メーカーや通信、公務員など、多様な分野の社会人女性と一度に話せる機会は他にないため、参加して良かった。特にキャリアやワークライフバランスに対する考え方が人それぞれであることもわかり、自分の将来を考える上でも参考になった」と話していた。


<参加者の声(一部抜粋)>


■キャリアプランについて

Q. 卒業後、どのような職種に就くべきか悩んでいる

A. 工学部で身につけた知識や論理的思考、ものごとに取り組む姿勢などは、どんな職種に就いても活かせる。研究職のみにとらわれることなく、幅広い視点で自分に合った職種を見つけて欲しい。

Q. 大学における専門とは異なる分野へ就職することに迷いはなかったか?

A. 就職は縁。「ここで自分はプロフェッショナルになりたい」という会社に出会えたので、迷いはなかった。自分が何をしたいかを一番に考えて。就職は通過点の一つであり、そこから色々な道が拓けるはず。

Q. 女性でも海外勤務などを経験して活躍していることに驚いた

A. 今は様々な制度が整ってきており、パートナーや周囲の理解を得れば、性別に関係なく多様なキャリアパスを描ける時代。学生の頃は、自分が海外で仕事をするとは思っていなかったが、異なる価値観を持つ人たちと同じ目的を共有し仕事をする海外勤務を通じて、日々発見があり、自分の成長を実感している。自分がどうしたいかが一番大事。


■仕事と育児の両立について

Q. 出産を機に仕事を辞める女性はいる?

A. 当社には出産が理由で仕事を辞める女性社員は、ほとんどいない。どの企業にも育児と仕事との両立支援制度はある。もし興味のある会社があれば、両立支援制度の有無と利用状況を調べた方が良い。

Q. 将来、出産しても仕事を続けたい?

A. 続けたい。幼い頃は両親が共働きで寂しい思いをしたため、自分は将来、結婚したら仕事を辞めると考えていたが、実際に働いてみると仕事は面白い。仕事を通じて、自分の興味を深め、できることを増やし、魅力的な人間になりたい。


■「女性研究者フォーラム」に参加して

・結婚や出産・育児など、女性としての人生の分岐点において将来考えるであろうことを、経験者から直に聞けて良かった。

・結婚後は、仕事と家庭の両立は難しいと思っていたが、両立する方法は色々あることがわかり、ためになった。

・卒業して就職したら、海外勤務も経験したいと思っている。実際に海外で活躍している女性の先輩の話が聞けて、勇気が湧いた。

・女性の先輩方の話を聞いて、今はあまり心配し過ぎず、自分が今やりたいことを一生懸命やった方がいいと思えて、将来に対する不安が和らいだ。

気仙沼市長の菅原茂さんに聞く:社会って、そもそも何だろう?

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気仙沼市長の菅原茂さんに聞く:社会って、そもそも何だろう? 取材・写真・文/大草芳江

2015年4月27日公開

人と人との信頼関係が
人間社会を築く

菅原 茂 Shigeru Sugawara
(気仙沼市長)

1958年、気仙沼市生まれ。東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部卒業。商社勤務後、気仙沼市で水産会社を経営。小野寺五典衆院議員公設第1秘書を経て、2010年市長選で初当選(当選2回)。

 「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【社会】に関する様々な「人」をインタビュー。 その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とはそもそも何か」を伝えます。
 東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた気仙沼市。その気仙沼市で水産会社を経営後、衆議院議員秘書を経て、2010年から市長を務める菅原茂さんは、自らの実体験から、社会とは人と人との信頼関係で成り立つと語る。そんな菅原さんがリアルに感じる社会とはそもそも何かを聞いた。


菅原茂さん(気仙沼市長)に聞く


■社会とは、人と人との関わり

―気仙沼市長の菅原茂さんがリアルに感じる社会って、そもそも何ですか?

 非常に難しい質問だと思いますが、社会とは、人と人との関係、または、触れ合いだと私は思います。

 東日本大震災で、気仙沼にも大きな津波の被害があり、大変多くのものが流されました。私も、家そのものは最初の津波で流されたと聞いています。家が流され、色々なものが、無くなりました。

 しかしながら、人々の悲嘆は、ものを流されたことよりも、圧倒的に、家族や知人の方が津波に流されて命を落としたことに対してだったと思います。ものは失ってももう一度頑張れば取り返せるかもしれませんが、人を亡くしてしまうと取り返すことはできません。

 その後、震災直後は皆さんで避難所生活を送りました。皆が寄り添い、個人よりも他人を思いやって助ける気持ちを強く持って過ごしたので、大きな混乱もなく、急場を凌げたのだと思います。

 また、東日本大震災からの復旧・復興の過程で、被災者は、人の有り難みを身に沁みて感じていると思います。気仙沼市は、行政も民間事業者も個人もコミュニティごと、全国から支援を受けています。全く見返りを求めない支援の手が長期にわたり大変大きな形で差し伸べられていることも、我々にとっては、大きなことだったと思います。

 ですから、社会とは、基本的には人と人との関わり、触れ合いなのだと思います。ものよりも、どんな人たちと一緒に過ごして、何を一緒に喜んだり悲しんだりしたかの方が、人生そのものにとって大きなものだと感じます。そういうことが社会ではないでしょうか。社会って良いものだなと感じています。


■人間社会を築く上で大事なのは「信頼」

―社会とは「人と人との関わり、触れ合い」ということを、今回の震災で、失ったものと得たものの両面から仰っていただきました。菅原さんは、そもそも人とはどんな存在だと捉えていらっしゃいますか?

 人間がどんな存在かと聞かれると、なかなか答えは言えないと思いますが、人間の社会を築く上で大事なのは、「信頼」だと思います。

 ものを失えば、また頑張れば良いですが、信頼を失えば、取り戻すのは極めて困難だと思うのです。信頼によって、人と人とがつながり続けられるわけで、私はそのことを大事にするのが人間というものの尊さなんだろうと思います。

―人と人をつなげるものが、「信頼」ということですね。つまり、社会も人と人との「信頼」関係で成り立っている。

 ええ。社会は、人と人との信頼関係で成り立っていると思います。人と人との関係の中で、いろいろな喜びや感動といったものが生まれてくるわけですね。それは何かと言うと、お金で買えないものなんですよ。

 欧米では今、子どもの時から社会勉強の一つとして、お金に関わる教育をするケースがあると聞きます。高校生になれば、お金も関係する社会の仕組みもきちんと勉強する必要があるかもしれません。

 けれども、それよりも小さな小学生や中学生においては、お金で買えないものの価値を、なるだけ多く教える機会を与えることが、将来的に、その人たちのつくるコミュニティや社会がスムーズに運営され、幸福度も高まるのではないかと私は思っています。


■市長に立候補した理由

 私が市長になる前は、衆議院議員秘書を務め、その前は漁業会社を経営していました。その漁業会社の経営が順調ではなく、整理をし、お金の面で多くの方に迷惑をかけました。ですから当時、そのことを一生をかけて何らかの形で償うことが必要だと思ったわけです。

 そして会社の整理が終わり、いくつかの仕事のオファーがありました。そんな中、衆議院議員さんの秘書という仕事は、多くの人に迷惑をかけた立場でやるべき仕事ではないと、躊躇もしました。しかし、間接的ではありますが、この地域が良くなるお手伝いができるため、一つの償いとして自分がやるべきことではないかと考えたのです。

 衆議院議員さんの秘書を3年間務めるうちに、前の市長さんがお辞めになることになり、新しい市長さんを選ぶことになりました。その時に、「あなたはどう考えますか」とお話をしてくださる方がいたのです。

 私の経歴からすれば望むべきではないと考えましたが、自分が迷惑をかけた人や会社に全てお話をして、一人でも反対すれば辞めようと思いました。けれども皆さんが「やってみたらどうか」と話をしてくださったので、立候補したわけです。

 私が立候補しようと思った理由は、非常に簡単です。償いをしなくてはいけない、その一部でもできればと思い、衆議院議員さんの秘書として社会全体への貢献を考えました。しかし、市長の立場であれば、より直接的に気仙沼市民の皆さんの生活を良くすることによって、自分がこれまで迷惑をかけたことを償い、かつそれ以上に喜んでもらえるような仕事ができると思ったのです。ですから私自身としては迷いなくこの仕事を目指しました。

 その中で私はどれほどの信頼を得ていたかは別にして、少なくとも迷惑をかけながらも憎まれてはいなかったということなのだと思います。また、会社の整理にあたって、正面から対応したことがあってはじめて、周囲から理解が得られたと思っています。

 ですから、社会の生活において大事なことは信頼だと、その時、私は痛感したのです。そして、今でもそう思っています。大事なことをしっかり守っていけば、人生はそんなに悪くないのではと。


■市政には信頼+勇気が大事

 それでは、信頼さえあれば、良い市政ができるかと言うと、必要条件ではありますが、それは十分条件ではありません。

 「物をなくせば小さいものを失う。信用をなくせば大きなものを失う。しかし、勇気を失えばすべてを失う」(ジョン・F・ケネディ)。つまり、市民皆の幸せをつくるためには、信頼+α、このαの方が大事なのです。

 その一つ大きなものが、勇気だと思います。市政とは、そんな仕事なんです。人間関係の中で一番大事なのは信頼ですが、市民を幸せにする仕事としては、信頼に加えて、勇気が大事だと思います。

 もちろん、それ以外にも、覚悟や信念など、いくつかリーダーに求められるものが当然あると思います。しかし、それも全て信頼というものがベースにあるのだろうと思います。

―そもそも勇気とは、どのようなものだと捉えていますか?

 日本の地方は今、人口も減少し、経済活動も右肩下がりです。したがって、この状況の中で市民の皆さんをできるだけ幸せな方向に導くことは、極めて難しい仕事だと思います。全く容易ではありません。

 しかしながら、では容易ではないからと言って、「そこそこでいいんだ」ということでは、もっと不幸せになってしまう人が増えてしまいます。

 私たちのような仕事は、将来の希望を持って、様々な政策をつくっていかなければならないわけですね。その過程には、勇気が必要なのです。

―「勇気が必要」とは、時には思い切った判断をする必要がある、という意味でしょうか?

 すべてに対して、勇気を持った判断では、人は対応できませんから、積み重ねるものと、勇気を持って先に大きく進むものを、織り交ぜる必要があると思います。

 ただの積重ねだけでは、市民は希望を持つことはできません。希望の狼煙(のろし)を先に灯すことも同時に求められていると思います。大変難しいことで、十分できているとは思っていません。しかし、それが市政なのです。


■リーダーに必要な資質とは

―最後に、読者の中高生へメッセージをお願いします。

 中高生の皆さんは今、常に競争にさらされていますね。勉強でも運動でも順番を付けられてしまう中で頑張っているのですけども、全員が勝者にはなれません。逆に今、勝者でない人の方が多いかもしれません。しかしながら、大人になったらもっと差がつくのではないかと恐れる必要はないですよ。

 なぜならば人は、頭の良さや知識に付いてくるのではなく、汗をかいている姿勢に付いてくるのです。ですから、Aさんより英語はできなかったとしても、Aさんより汗を流して真摯にものごとに向き合えば、人が付いてくるリーダーになれるかもしれないのです。

 ですから今、何かが誰かより劣っていると思う人が、社会人になった時、よりその差が広がってしまうと諦めないでもらいたいのです。どんな人にもいくらでも大きなチャンスがあるのが、社会だと思います。1つ、2つの能力だけで、成功・不成功は決まりません。

 その中でもやはり、信頼が大事です。苦境に陥った時、助けてくれる人がいるかどうか。成功者として今は勢いがある人でも、その状況が一生続くわけではありません。しかし、信頼がなければ、どこかで躓いた時に誰も助けてはくれないのです。


■人との関わりや気持ちは、量では測れない

 そして、「こんな時に助けてもらった」という事柄が大事なのですね。助けてもらったことで、ものやお金をカバーしたことよりも、相手から助けてもらった行為そのものに、人はより幸せを感じると思うのです。

 人との関わりや気持ちは、量では測れないのですよ。例えば、一度助けていただいて、本当に有り難いと自分が大変恩義に感じることがあったとしますね。それに対していつか恩返しをしたいと思うじゃないですか。その恩返しは、無限大なんです。

 つまり、一度助けていただいたものと同じものを返すということではないのです。自分が大変恩義に感じることが一度あれば、それを一生返し続けるのです。逆もまた真なりで、憎しみも消えないわけでしょう。

 ですから、その量は1:100になるかもわからない。それでも、101回目も1回の恩をもとに、人間って素直に行動ができるのですよ。また、そういう人であるべきと私は思っています。

―人というものの本質から、社会とはそもそも何かについて、菅原さんの実体験に基づきリアルに感じていることをお話いただきました

 日々のリアルは、予算ですけどね(笑)。でも実際に、行政でも予算や、会社でも利益というものが全てだと、きっと煮詰まってしまうと思うのです。

―菅原さん、本日は大変お忙しい中、ありがとうございました。

【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯012】工学部女子、気になる本音を語り合う

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【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯012】工学部女子、気になる本音を語り合う 取材・写真・文/大草芳江

2015年7月28日公開

6月に同大災害科学国際研究所で開催された事前座談会の様子

 東北大学工学部オープンキャンパスで女子学生のためのミニフォーラム「工学にかける私の夢」が7月29、30の両日に開かれる。これに先立ち、東北大学工学系女性研究者育成支援推進室( ALicE )副室長の有働恵子准教授と登壇する女子学生5名による事前打合が座談会形式で開催され、東北大学工学部を選んだ理由や学生生活・就職活動、工学部で良かったこと・大変だったことなど、気になる話題がざっくばらんに語られた。


◆東北大学工学部を選んだ理由/ものづくりや工学に憧れ

―東北大工学部を選んだ理由は?

井澤 山形出身。まわりに東北大志望者は多く、高校の時から一つの目標だった。高校の文理選択時、理系から文転は比較的容易と聞き、そのまま理系に。工学部出身の父から工学部の楽しさを聞いており、工学部を志望した。

野村 北海道出身。まわりは北大希望者が多かったが、高校生の時、東北大OBの物理の先生から東北大の良さを聞いて、見学に来た。キャンパスは綺麗で男子学生とも話しやすく、すごくいいと思い、東北大を選んだ。小さな頃から、熱中してものをつくるのが好き。理系科目は得意ではないが、将来仕事をするなら形に残る何かをつくりたいと思い工学部を志望した。

横溝 宮城出身。地元の東北大に憧れていた。工学部を選んだ理由は、東北大学工学部OBである父の影響。小さな頃からものづくりが好きで、父と一緒に色々なものをつくった。ものづくりをしたくて、工学部を志望した。

青木 新潟出身。自分が勉強した知識でつくったものが、世に出て人の役に立つ工学の魅力にひかれ、工学部を選んだ。なかでもマテリアル(材料)は高校では扱わない分野のため、やってみたくなった。材料と言えば、東北大が日本一だと思い、東北大を選んだ。

鈴木 宮城出身。地元の東北大を志望。オープンキャンパスで色々な学部を見て、一番楽しかったのが工学部だった。太陽光発電にも興味があり、工学部を選んだ。


◆工学部のイメージ、良い意味で裏切る

―工学部に入ってイメージ通り?

井澤・青木・鈴木 イメージ通り。

野村・横溝 コミュニケーション下手で奥手な男子ばかりのイメージだったが良い意味で裏切られた。一緒にいて楽しい人達が多い。

―女子が少ない環境は気になる?

全員 あまり気にならない。

井澤 生活のベースとなる友達はサークルや部活の友達だから。

野村 先生から「女子だから」と気を使われると、逆に申し訳ない。

―研究以外の活動はしている?

野村・青木・鈴木 部活を運動系と文化系でかけもち中。

野村 学友会の卓球部に所属。

青木 私は学友会のバスケット部。

鈴木 サークルでバトミントン、自主ゼミで金属材料研究会に所属。自主ゼミの他メンバーは材料系の男子。皆で仲良く工場見学に行く。

野村 バイトは家庭教師。

横溝 試食販売のバイトもやる。

―入学した時と今は同じ気持ち?

鈴木 全然違う。最初は太陽電池に興味があったが、様々な人と出会い、興味が移り変わって、今は別テーマの研究室にいる。興味を持つこと自体は変わらないけど、大学に入ってから、発想の仕方や興味の対象が変わった。

横溝 「化学バイオ」という名前のイメージとは違ったが、楽しい。化学工学の授業で「この知識は、こう役立つ」と教えられて憧れた。

野村 最初は抽象的だった憧れが学ぶうちに具体的になるという、すごく良い変化がある。変わると言えば変わるけど、より固まる方に変わる感じかな。

青木 その場その場で「おもしろそう」と思った方に進む方がいい。

野村 最初に「これだ」と思って、ずっとそのまま行く人の方が少ないと思う。

鈴木 高校生の時は、「こうしなきゃ」と凝り固まっていたけれど、最初から一つに決めようと思わなくてもいいかな。おもしろいことはどんな世界にもある。高校の時は、それまでたまたま触れた情報の中で判断していたけれども、大学入学後に知識を習得する過程で、方向が変わることは当然あるよね。


◆高校と大学の違い

―高校の時から比べて成長した?

青木 高校までは、先生が面倒を見てくれるけど、大学では全て自分たちでやらないといけない点が、高校とは違う。だから大変。

野村 自分で聞かないといけないから聞く力が問われる。高校までは人の言うことを聞いていれば、ゴールが見える。行き詰まった時、人に聞けない人ほど一人で悩んでいる。「こんな簡単なこと、聞いちゃいけないのかな」と。でも、実際に聞いてみたら「実は、俺もそう思っていた」というのが多い。

有働 高校生は敷かれたレールにむけて頑張れば良いが、大学生は自分で決める力を身に付ける必要があり、結果に対する責任も自ら負うことになる。さらに、研究室では、誰も答えを知らないことを研究するから自分で答えを探す力が求められる。それをこなすうちに成長することができて今がある。


◆大学進学の理由

―なぜ就職せずに大学院へ進学?

野村 勉強したいと思って大学に入ったのに、部活ばかりに時間をとられ、ふとまわりを見わたすと、留学したり自分で何かを立ち上げたりする人たちがいる。ちゃんと勉強してから卒業したかったから。

横溝 最初は就活を考えていたが、四年生の研究室配属時、ほとんど研究しないまま就活に。せっかく工学部に入ったのに、レールを敷かれたような実験しかできないままで終わるのは嫌だと思ったから。

青木 研究したくて大学に入ったのに、四年生の一年間だけでは身につかないと思って、進学した。

有働 皆さんは「研究したい」と思って大学に入ったの?

全員 大学には、研究がしたくて入った。研究って、何をやっているかよくわからないけど、かっこよさそうだった。研究している自分は、ちょっとかっこいい(笑)。


◆工学部は就職有利

―就職活動はどんな状況?

青木 他学部は推薦がないらしいが、工学部は推薦メインなので、院生の就活は比較的楽だと思う。

井澤 工学部は色々選択肢があっていい。どの分野でも採用される雰囲気。逆に選べて迷う。

横溝 研究開発に絞っていない。科学的な研究だけでなく、ものづくりもやってみたい。自分がやりたかったのとは違うものが降ってきて、逆に面白いことがある。

―将来どんな人生を送りたい?

横溝 結婚して子どもも産んで、仕事も続けたい。せっかく大学に入ったのに、もったいないから。

井澤 私のまわりでも育児と仕事の両立を望む人が多い。

鈴木 良い人がいれば結婚したいけど自分が楽しいことをやりたい。

有働 社会環境は、育児と仕事の両立を望む人にも追い風。自分のやりたい道に進めるといい。


◆東北大学工学部で得たもの

―これまで来た道を振り返って、東北大工学部に入ってよかった?

井澤・野村・青木・鈴木 満足。

横溝 研究する環境には満足。しかし、研究室に長時間滞在していると外部の人たちと接する機会が少なくなるので、外にも出る。

鈴木 私も授業や研究で疲れた時、海外好きなので、国際学会などでリフレッシュする。その意味でも、今は恵まれた環境だと思う。

井澤 私の研究室でも、希望すれば海外の国際学会で発表することができる。つまり、自分がどうしたいのか、すべては自分次第。

鈴木 振り返ると高校時代は勉強ばかりで視野が狭かった。興味を持って取り組めば、視野は広がる一方だ。昔の興味を守り続けようとこだわらず、その時々にあった 幸せを選べば良いと思う。

有働 最初から成功する人はいないし、その時その時の課題を自分で考えることが大事。自分で考えた経験の積重ねが人を成長させるはず。

仙台二高「北陵祭」vs仙台一高「壱高祭」文化祭宣伝合戦2015

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仙台二高「北陵祭」vs仙台一高「壱高祭」文化祭宣伝合戦2015 取材・写真・文/大草芳江

2015年8月15日公開

文化祭から見える高校生の「今」
~ 文化祭宣伝合戦2015 ~
(仙台一高vs仙台二高)

~「教育ってそもそもなんだろう?」を探るべく【教育】に関する様々な人々をインタビュー~

 今年も「宮城の新聞」に取材依頼が舞い込んだ。依頼主は仙台二高の文化祭実行委員会。今年も、仙台一高の文化祭実行委員会と、熱い宣伝合戦を繰り広げたいと言う。

 文化祭は、生徒達が日頃の学習成果を総合的に生かす場であり、校風を肌身で感じたり、今後の方向性を垣間見ることができる好機でもある。「宮城の新聞」では、創刊年の2008年から文化祭を取材している。

 そもそも高校生の彼ら・彼女らは一体何にリアリティを感じて活動しているのだろうか。文化祭の舞台裏から見える、高校生の「今」を探った。

【開催日時】
第58回仙台一高「壱高祭」(8月29日(土)、30日(日)、31日(月))
第67回仙台二高「北陵祭」(8月28日(金)、29日(土)、30日(日))

【関連記事】
文化祭から見える高校生の「今」~文化祭宣伝合戦2014~(仙台一高vs仙台二高vs宮城一高vs仙台二華)
文化祭の舞台裏から見える高校の「今」:壱高祭(仙台一高)v.s.北陵祭(仙台二高)宣伝合戦2013
文化祭の舞台裏から見える一高生・二高生の「今」/実行委員会・座談会(2012年)
文化祭の「裏」から見る高校生の今:仙台二高「北陵祭」実行委員会に聞く(2009年)
文化祭から見える高校の「今」(2008年)
文化祭から見える高校の「今」(1/4)~宮城二女「二女高祭」編~
文化祭から見える高校の「今」(2/4)~仙台一高「壱高祭」編~
文化祭から見える高校の「今」(3/4)~仙台二高「北陵祭」編~
文化祭から見える高校の「今」(4/4)~宮城一高「秋桜祭」編~
特集:仙台一高「らしさ」にせまる(2008年)


文化祭実行委員会(仙台一高、仙台二高)の皆さんに聞く


主体的な活動に魅力

―まず、なぜそもそも皆さんは文化祭実行委員になろうと思ったのですか?

仙台二高 vs 仙台一高の文化祭実行委員会による宣伝合戦のようす=仙台二高にて

◆壱高祭のために入学

①高橋優志さん
(仙台一高3年、第58代壱高祭実行委員長)
壱高祭のために、一高に入ったから。

②大友沙紀さん
(仙台一高2年、宣伝広報部長)
学校で一番楽しそうな委員会が
壱高祭実行委員会だったから。

③百井綾菜さん(仙台一高2年、宣伝広報副部長)
兄が一高生。小学生の頃に壱高祭を見て、
その頃から一高に入りたいと思ったから。

◆兄弟や先輩の影響を受けて

①姉崎託巳さん(仙台二高3年、第67代北陵祭実行委員長)
姉が北陵祭実行委員だったのがきっかけ。
「自主・自律」の精神で生徒が主体的に
文化祭をつくることに惹かれたから。

②針生栞さん(仙台二高3年、企画局長)
第64代北陵祭実行委員長だった兄が、
黒法被で振り返った姿が格好良かったから。
また、一つ上の先輩に憧れて企画局長になった。

③山田啓喜さん(仙台二高2年、副実行委員長)
北陵祭実行委員会には興味本位で入ったら、
今の委員長に「副実行委員長をやってくれ」
と泣きつかれたから(笑)。

◆自分たちでやりたいことをできる

― 一高の皆さんは「壱高祭のために一高に入った」人が多いようですが、志望動機になるほどの壱高祭の魅力とは何ですか?

仙台一高・第58代壱高祭実行委員会の皆さん

②大友さん(一高)
先生の手を介さずに、全て生徒で
企画・運営をするのが壱高祭の魅力。
「クラスから壱高祭実行委員◯人」
すら決まってない。
生徒にやりたい意思がなければ、
壱高祭の開催自体ができない。
最悪の事態まで想定して生徒自ら考え動く。
高校生感覚ではできないところが、
大変だけど、おもしろいところ。

③百井さん(一高)
私のクラスで実行委員は私だけだが、
隣のクラスには実行委員が6人いる。
先生は全く関わらずに生徒主体。
何かに縛られずに、自分が本当に
やりたいことをやれるのがよいところ。

①高橋さん(一高)
自分たちがやりたいことができるのが魅力。
中学校の時に文化祭実行委員長をやった時は、
例えば「スタッフTシャツをつくりたい」
と言っても、即ダメだった。
一高には、先生に行く前に生徒同士で考えて、
「だったら、こうしたらいいんじゃない?」
と言い合える環境がある。
一高生はユニークな人が多いから、
考えていることはおもしろいし、
アイディアもぶっとんでいる。
例えば、「仙台駅のアドビジョンに
壱高祭のポスターを出したい」と言った人は、
企画書を出して、仙台市にも話を通した。
やりたいことをできる環境にあるのが、
壱高祭の一番の魅力だと思う。

―二高さんの共通項として兄弟や先輩の影響が大きいようですが、
 どのような点に魅力を感じたのですか?

仙台二高・第67代北陵祭実行委員会の皆さん

①姉崎さん(二高)
生徒が主体的に企画・運営するのは、
二高の「自主・自律」も同じ。
先生が何かしてくれるのではなく、
生徒が一から、企画から場所取りまでやる。
中学生の頃は先生が用意したことをやる感じ。
でも、僕はそういうことが好きではなかった。
自分たちでつくれるのが、一番おもしろい。

②針生さん(二高)
一般のお客さんのみならず、二高生にも
楽しんでもらえるよう、一日一日が勝負。
夏休み中も、朝から晩までハードな毎日。
でも去年、お客さんが講堂いっぱいに
なったのを見て、大きな達成感があった。
大変だけど、楽しいから、続けている。

③山田さん(二高)
「自主・自律」のモットーで、自分たちで
企業や大人の人たちとやり取りをしている。
広報は地道な作業だが、集客数に一番かかわる仕事。
その一翼を担える点に、やりがいを感じている。


そもそも主体性とは?

―主体性に一番の魅力を感じている点が皆さん共通ですね。
 そもそも皆さんが考える「主体性」とは何でしょうか?

①高橋さん(一高)
仕事には「ビジネス」と「ワーク」の2つがある。
実行委員はお金が出ない仕事なので、
ビジネスではなくワークだと考えている。
一高の場合、クラスで実行委員の
人数制限もなく、やりたい人が集まる。
お金にもならないし高校生活の夏も潰すし、
それで得られるのは自分の達成感のみで、
周囲から少し「良かったね」と言われるだけ。
けれども、なぜそれでもやるかと言えば、
やりたい気持ちがあるから。
自分の場合、「夢」とは、つまり「自分がやりたいこと」。
一般的に「夢」と言うと、職業的な夢だととらわれがちだが、
「自分のやりたいことをやれ」と、後輩にはいつも言っている。
後輩も、やりたいことをやるから、何とか汗を流してやっている。
主体性に欠ければ、やりたくないから、やらされる強制になる。
「自分がやりたいこと」を見つけることは難しいけれども、
見つけた後、自分がどう動くかが、すごく大事と思う。
見つけたら、突っ走って、やりたいことをやっていく。
それを自分たちでやってみよう、ということだと思う。

②大友さん(一高)
高2の夏を潰してまで、なぜ私こんなこと、
やっているのだろう?と思うことがある。
けれども、壱高祭が好き。
自分が放棄したら壱高祭を開催できない。
自分が壱高祭を好きだから、壱高祭を
自分が動かせていること自体が嬉しい。
自分がやったことが形になることが嬉しい。

③百井さん(一高)
一高が好きなので、一高に入った。
一高が好きなので、一高の人間として、
一高のイベントに携われることが、とても嬉しい。
大変なこともあるが、努力した分だけ、達成感を得られる。
中学校の時は、やることを決められていて、
やりたいことができないので、あまりおもしろくない。
正直、中学校生活は、記憶に残っていない。

①姉崎さん(二高)
主体性とは、自発的にやることだと思う。
自発的にやれる環境がある中で、
一度、その達成感を味わったら、
次の人も、次の年も、自分からやりたいと思える。
そんな環境にあるから私達は、
主体的に文化祭をつくりたい。

②針生さん(二高)
二高生からの声に応えて新しく企画した「青弐祭(あおにさい)」。
新企画立ち上げの際、先生向けに提案資料を作成する必要があるが、
まともな資料をつくらないと、話を聞いてもらえない。
どうすれば理解して認めてもらえるか、試行錯誤しながら学んだ。

③山田さん(二高)
中学校の先生が、「人間には二つの快楽がある」と教えてくれた。
美味しいご飯を食べたりするのが、一時快楽。
勉強やスポーツで良い点数をとるのが、二次快楽。
「こんなことやりたいな」と想像することは楽しいが、
それはまだ一時快楽の段階だと思う。
文化祭は、実現までの辛くて忙しい準備時期を乗り越えて、
はじめて得られる達成感がある。それが二次快楽。
その達成感を知らなければ、主体性は育まれないと思う。


壱高祭PR

―それでは、宣伝合戦ということで、各文化祭のPRポイントを教えてください。

②大友さん(一高)
・壱高祭一番人気は「WATERBOYZ&GIRLZ」。
 8月29日(土)1日4回講演。

・「Mr.壱高」と「Ms.壱高」も人気。
 3,000人規模の集客力がある一大イベント「夜祭」にて開催。
 「初夜祭」は、下ネタ無しの純粋な笑い。Mr.壱高は初夜祭で実施。
 「中夜祭」は、女子高生や子どもは気をつけて。Ms.壱高は中夜祭で実施。

・二高が宮一(宮城第一高等学校)とコラボするのに対抗し、
 一高も二華(仙台二華高等学校)との合同企画を行う。
 文化祭の日程が重複しているため、
 お互いの学校に行って宣伝合戦を行う。
 二華生に会いたい人も、ぜひ一高へ。
 それと、一高と二華をつなぐ一般道路
 「むにゃむにゃ通り」を夜祭中に清掃する。

壱高祭「ステージ」リハーサルの様子

①高橋さん(一高)
・昨年からライブハウス顔負けの「ステージ」あり。
 500人収容教室に、生徒たちで200台の机を運び、
 音響照明等も生徒で仕込み、スモークも焚く。
 今年は全24組、3日間ぶっ続けでステージあり。
 ライブのほか、カラオケ大会「壱オケ」を行う。

・部活や有志団体による"出展団体"。
 パイ投げやもぐらたたき等、色々な出展がある。

②大友さん(一高)
・何に対しても企画があるのが壱高祭。

・今年は、北門と駐輪場にもゲートをつくり、入口は3つ。
 どの門から入っても良いし、門巡りも楽しんでもらえる。

AR対応の壱高祭ポスター

・今年初の取組みとしてポスター等がAR対応。
 ポスター等を専用無料アプリで読み込むと、
 可愛らしい赤パンダが動画再生される。
 発案したのも動画を作成したのも生徒。
 東北一のボリュームと謳うパンフレット
 (44ページ全カラー)も全て生徒の手作り。
 来場者数は東北でだいたい一番(最大級)。
 3日間で7,800人超えの集客力を誇る。

・「茶畑大抽選会」あり。50円で1個スタンプ。
 10個貯まると、空くじなしの福引ができる。
 グッズのデザインから発注まで生徒自ら行う。
 特賞は来てのお楽しみ。

・一般展示団体の一番を決めてもらう「壱流店」。
 パンフレットに1枚ずつ投票券が付属されている。

・今年のテーマは和風のため、グッズやゲートも
 和風テイスト。グッズのデザインは9種類で販売。

今年の壱高祭グッズ


北陵祭PR

過去の仙台二高「ミス二高」のようす

②針生さん(二高)
・メイン企画が、8月29日(土)の講堂企画
 「ミス二高」(男子学生による女装)。
 如何に決められた時間内で
 良いパフォーマンスをするかを競い合い、
 先生方に審査をしていただく。
 今年はさらに「青弐祭」でミス二高を行い、
 生徒審査で、総合優勝を決めるのが新しい。
 ミス二高の宮一でのパフォーマンスも、
 8月29日(土)に交換企画として行う。

・8月30日(日)に宮一ジャズダンス部との交換企画もあり。
 土日の書道パフォーマンスも人気。間近に見られる。

・前夜祭が8月28日(金)14時から17時半まで行われる。
 例年は講堂での開催だったが、今年は北陵館で開催。
 誰もが知っている曲を選曲いただいた。

・土日の講堂企画「猛者二高」は知力・体力・センスを競う企画。
 今年から「恋愛メール対決」と「クイズ対決」の二つに分ける。
 恋愛メール対決とは女子からのメール返信内容を考える対決。
 これまでは、告白メールや修羅場メール等がお題だった。
 今年も癖あるシチュエーションにする予定。
 クイズ対決は一般のお客さんにも参加してもらえる。
 ファイナルの対決相手が当日に発表されるお楽しみもあり。
 他には、生徒による持込企画があったり、漫才があったり。
 今年は、例年の良い点を引き継ぎながら新しいものをやる、
 少し変わった講堂企画になると思う。

・うちの出展団体数は約60。教室が足りなくなるくらい増えた。
 例年はお腹にたまらない食物だったが、今年はご飯物が増えた。
 パンケーキもあるし、お化け屋敷もある。
 文化部も力を入れており、プラネタリウムや実験見学もある。
 中庭で行われる応援団の演舞も毎年人気。

・パンフレットの裏表紙にパッチンリレーあり。
 景品で缶バッジ進呈。去年も人気で今年も行う。

・今年の北陵祭テーマ「It's a NIKO world 今ないものを明日の世界に」
 に合わせ、NIKO worldへの入口となるモニュメントを夏休み中に製作中。
 小さな子どもから「モニュメントは、くぐれるのが良い」との
 アンケート結果を受けて、くぐれるモニュメントにしている。
 このように北陵祭は客層が広く、子どもから年配の方まで
 どの年配の方にも楽しんでいただける。

今年の北陵祭記念品(フェイスタオル)

・毎年、記念品の販売も人気。
 うちわとフェイスタオルと
 クリアファイルを販売。
 もちろんデザインは二高生。

・「ベストオブ参加団体」を
 アンケートに記入いただく。
 食品団体と非食品団体に分けて
 各トップを決める。
 結果は、生徒だけのエンディングセレモニーで発表。
 この制度のおかげで生徒のやる気も高く、
 毎年ベストオブ参加団体を目指す団体が多い。


文化祭を通じて校風を体感して

―最後にメッセージをお願いします。

壱高祭ポスター

①高橋さん(一高)
今年の壱高祭テーマは、
「学」でなく「楽」を求むるも一興なり。
壱高祭は、普通の勉強とは違う、異空間。
もちろん頭を使う部分もあるが、それだけでなく、
勉強とは離れた、楽しさを求めたい。
一興とは一高とも読ませられる。
出展団体や夜祭、ステージと、企画盛り沢山。
テーマに沿った装飾や展示もある。
色々な場所に目を向けながら、ぜひ3日間を楽しんで。

北陵祭ポスター

①姉崎さん(二高)
「 It's a NIKO world! 今ないものを明日の世界に」
二高独自の世界を表現して外部発信することが
今年の北陵祭テーマ。
基本的に文化祭は、文化部の発表の場という
意味合いが強いが、それだけでなく、
二高を地域の人や遠くから来てもらった人に
知ってもらう広報の意味合いも含まれている。
二高の雰囲気を味わってもらうと同時に、
二高生がどんな活動をしているか、
ぜひ感じ取ってもらいたい。

―皆さん、本日はありがとうございました

気象学から宇宙へ―異分野つなぐ存在に/黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く

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黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く:気象学から宇宙へ 取材・写真・文/大草芳江

2015年8月26日公開

気象学から宇宙へ―異分野つなぐ存在に

黒田 剛史 Takeshi Kuroda
(東北大学大学院 理学研究科 惑星プラズマ・大気研究センター 助教)

1976年岡山県生まれ、博士(理学)。1999年 東京大学理学部地球惑星物理学科卒、2006年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。2004年 ドイツ・マックスプランク太陽系研究所研究員、2008年 日本学術振興会特別研究員PD(宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所)、2011年 東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻GCOE助教を経て、2013年より現職。

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.5)

 私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。

 東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。

 今回は、惑星気象学がご専門で、惑星大気変動の理論研究を国際連携で進める黒田剛史さん(東北大学助教)に、研究の最先端を伺いました。


黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く


■火星大気の理論的研究

―黒田さんの研究内容についてご紹介ください。

【画像1】黒田さんが開発した火星大気大循環モデルにより計算された、火星の地表面付近の気温と風の強さ・向きの分布の一例。このモデルはDRAMATIC (Dynamics, RAdiation, MAterial Transport and their mutual InteraCtions)と名付けられている。

 私は火星大気を研究しています。火星大気には、気候変動や気象、水などの物質循環が関係します。それらを「大気大循環モデル」を使って研究します。

 大気大循環モデルは、地球の天気予報にも使われています。地球の場合、様々な研究が詳しく行われており、観測データも豊富なため、モデルに現在の条件を入力することで、数時間先の天気を予測できます。一方、火星の場合、最近は海外のチームがデータ同化(モデルに実際の観測データを入力してより現実に近い結果が出るようにすること)に着手しているものの、まだ、それほど多くの観測データはありません。

 そのため現在は、様々な仮定をもとに計算し、「この仮定では、しばらくすると、こんな状態になる」という研究段階です。もちろん仮定も観測データと整合する必要があるため、NASAやESAなどが取得したデータを参照して仮説を立てます。つまり、モデルを用いて予測するにしても、如何に観測と整合するかが重要で、そのために、どこまで詳細に物理過程を考える必要があるか、日々格闘しています。

 理論と言えば、昔は紙と鉛筆だけですべてを解くイメージでした。しかしその後、紙と鉛筆がコンピュータに代わりました。そして簡単な計算しかできなかったコンピュータが進歩し、大変細かな計算ができるようになりました。いわゆる、理論に基づいた数値実験です。


■人がやらないことをやりたい

―そもそもなぜ今の研究を始めたのですか?

 大学生の頃、何となく火星に興味がありました。火星は、他の星の中でも比較的身近な存在であり、頑張れば近い将来、人が住める可能性があると思ったからです。そんな火星の環境を考えるなら大気かなと思い、気象を選びました。

 ちょうどその時、地球大気の理論研究で業績を挙げている、東京大学気候システム研究センター(当時)の高橋正明先生が、惑星大気に興味を持ち始めた頃でした。惑星大気を研究する学生をゆるく募集していたところに、私が飛びついたのがきっかけです。

―実際に飛びついてみて、いかがでしたか?

 気候システム研究センターでは、まわりは地球を研究する人ばかりで、火星は自分しかいませんでした。手探りの状態から始めて、自分で勉強するしかない状態でしたね。

―大変な状況ではありますが、逆に、自分の実力はつきますね。

 そうですね。もともと、人がやっていないことをやりたい気持ちがありました。地球と火星、舞台は違えど、気象学の基本に大差はありません。プログラムで何が行われているかをきちんと理解した上で、大気大循環モデルを動かせるようになりました。


■やればやるほど新たな疑問

―実際に火星大気を研究してみて、いかがでしたか?

【画像2】地表面から宇宙空間に至るまで、火星における水の動きを示した模式図。(元画像クレジット:ESA/AOES Medialab、日本語は黒田さんによる加筆)

 やればやるほど新たな疑問が生まれます。理論だけでなく観測も、私が研究を始めた頃は「温度場が大体これくらい」といったレベルの結果しか出ていませんでした。しかし研究を進めるうちに「ダストや水の循環がこんな変動をしている」といった観測データも、だんだん登場してきました。そんな観測データが次から次へと出ると、シミュレーション屋としては、やっぱり再現したくなるわけです(笑)。

 今後は、水だけでなく微量物質や最近注目のメタン、大気の化学過程などにもぜひ挑戦したいですね。大気の化学過程の勉強を通じて、COやOなどの微量物質が、気候変動や火星大気の化学的安定性を知る鍵を握ることがわかりました。昔は潤沢に水があったと考えられる火星から、どのようにして水は消えたのか。これは主に寺田直樹先生(東北大学准教授)の研究テーマですが、それに関連した上で、物質循環や化学過程に今、大変興味があります。

 下方の大気圏で起こる物質循環が、上方の磁気圏で起こる散逸過程に、どのような影響を及ぼすのか。それが今、我々のグループをあげて取り組んでいるテーマです。

―これまで別々だった上と下のモデルをつなげるロジックを考えるということですか?

 そうですね。私は、下の方の計算をします。「この高度では、時間変動はこんな感じで、物質循環はこんな変動をしている」と。これらの結果から、下の方の条件を寺田先生らに渡して、上の方の磁気圏のモデルに入れてもらいます。


■地球と火星、異なる部分と似ている部分

―研究する中で、新たにわかったことはありますか?

【画像3】ハッブル宇宙望遠鏡による火星地表面の写真。左が通常時、右が全球ダストストーム発生時。(クレジット:NASA、コーネル大学、Space Science Institute、STScl/AURA)

 これまで火星の気象を見てわかったことは、地球と火星、全く異なる部分もあれば、似ている部分もある、ということですね。

 地球と火星は、もともと自転角速度と軌道傾斜角が似ているため、火星にも地球と似た四季が存在します。そのため、四季の変化に基づいた、地球に似たような振動があります。例えば、赤道上空の風が半年周期で揺れる「赤道半年振動」や、地球でいう低気圧と高気圧が交互に移動していく「傾圧不安定波」。火星にも前線のようなものがあるんですよ。

 一方、地球と全く異なる火星の特徴として、ダストストーム(砂嵐)が全球的に広がる現象があります。このメカニズムは、私が研究を始めた十数年前から色々な人が興味を持って研究をしていますが、まだ明らかになっていません。

―なぜ砂嵐のメカニズム解明は難しいのですか?

 シミュレーション屋からすると、なかなか整合的にシミュレーションで再現できません。大気大循環モデルのように大きな全球モデル(惑星全体を対象とし惑星規模での気象変化を予測するモデル)を細かいスケールで切ることも可能ですが、大変な計算量が必要です。その場合は領域モデル(特定の領域対象とし、詳細な気象変化を予測するモデル)で考えますが、領域モデルは外側(境界条件)の仮定が難しいのですよ。計算機の発展と、如何に我々が知恵を絞って取り組んでいくかの、せめぎ合いですね。

 それはダストストームに限らず、水循環の再現でもそうです。また、観測面においても火星メタンが観測されたり・されなかったりと非常に断片的です。なぜそうなるのか?は知恵の絞りどころで、世界中の研究者が、様々な仮定をもとに、数値シミュレーションを使って取り組んでいるところです。


■火星に降る規則的な雪

―これまで一番おもしろかったことは何ですか?

【画像4】黒田さんのシミュレーションよる、火星の冬の北極域(北緯80度)における規則的な二酸化炭素降雪を示した図。二酸化炭素雲の量は緑色で表され、雲量が特に多い経度領域が5~6日周期で1周しているのが示されている。

 火星大気の主成分である二酸化炭素は、極域で凍ります。それが大気中では凍って雪になると考えられていました。私のシミュレーションで、その雪の降り方を再現したのです。その結果、雪が非常に規則性をもって降っていたことがわかりました。

―どんな規則性をもって雪が降るのですか?

 先ほどお話したように、火星でも低気圧と高気圧が通り過ぎます。ただ、地球の場合は、それがカオス的であるのに対して、火星はかなり規則的なんです。すごくざっくりとした高気圧の次に、ざっくりとした低気圧が来る感じです。低気圧・高気圧が通ること自体は地球と似ていますが、一概に低気圧・高気圧と言っても、火星と地球におけるそれは違うわけです。それが例えば、極域の降雪にも影響を与え得る、ということです。

―火星で規則的に降る雪は、実際に観測されているのですか?

 火星で雪が降るところまでは観測されていますが、それが規則性を持っているかはまだ観測されていませんね。それが私のシミュレーションの中で、たまたま見つけたことです。

―「たまたま見つけた」とは、どういうことですか?

 火星に降る雪は、うまくシミュレーションしなければ再現できないとは思っていました。あまり深く注目するつもりはなかったものを、パッと見てみたら、お!という感じですね。これは2013年の研究成果で、朝日新聞やTBCニュースにも取り上げられました。


■マックスプランク太陽系研究所との連携研究で得たもの

―この頭脳循環プロジェクトでは、ドイツのドイツ・マックスプランク太陽系研究所(MPS)に滞在しながら協同研究をしていると伺いました。

【画像5】ドイツ・ゲッティンゲン市にあるマックスプランク太陽系研究所の外観。2014年2月にカトレンブルグ・リンダウから現在のこの建物に引っ越した。

 実は、マックスプランク太陽系研究所(MPS)とは、私が大学院博士課程の学生だった2004年からの長い付き合いです。MPSのP. Hartogh博士とA. S. Medvedev博士からは様々なことを教わりました。

 特に、P. Hartogh博士は、サブミリ波帯での地球・惑星大気観測で世界的な第一人者です。彼から教わったことは、サブミリ波という観測の可能性です。サブミリ波帯は、惑星大気関係では、まだそれほど活用されていない波長帯ですが、将来観測されうる様々なものを彼から教わりました。その観測結果をシミュレーションで再現できればおもしろそうだな、というモチベーションにもつながりました。

―普通はサブミリ波ではなく、どの波長帯で惑星大気を観測するのですか?それに対して、サブミリ波ではどんなものが観測できるのですか?

【画像6】マックスプランク太陽系研究所での議論風景。A. S. Medvedev博士(左)、P. Hartogh博士(右)と。

 普通は赤外分光計などを使って、温度などを測ります。単にダストストームの動きだけを見るなら、可視光などでも測れます。一方、サブミリ波では、先ほどお話した微量物質が、赤外よりも遥かに測りやすいです。また、赤外ではあまり高いところまでは測れませんが、サブミリ波ならより広い高度範囲の温度場を測ることができます。さらに水の同位体比もサブミリ波で測れるため、大気中の水の動きや火星に存在する水の年代などもわかります。

【画像7】JUICE探査機による木星系探査の想像図。(クレジット:ESA/AOES)

 現在、P. Hartogh博士たちは、木星系の研究に力を入れています。2022年に打ち上げ2030年に木星系到達予定の木星探査機「JUICE」に、彼が代表として企画しているサブミリ波測定器が搭載される予定です。至近距離からの木星本体の大気、そしてガリレオ衛星の表面物性や希薄大気の観測を通し、サブミリ波の可能性を大いに発揮する機会が与えられます。私も木星大気の勉強や研究を始めているところです。

―そもそもなぜサブミリ波を使うと、色々なことがわかるのですか?

 例えば、火星のダストストームが全球的に広がる時の温度場を赤外線で測ると、ダストの粒が赤外線の波長と近いために、測定が難しいのです。一方、サブミリ波の場合、赤外より波長が長いため、ダストの粒を通過してダストの中でも温度場や物質組成などを見やすいのが一つの特徴ですね。

 また、サブミリ波では、(吸収線のドップラーシフトを使って)風速を直接観測できる点も特徴の一つです。風の直接観測は、地球では容易にできますが、火星では直接観測した例がほとんどありません。それがサブミリ波で測れば、広い領域の風速場がわかります。サブミリ波測定器を、ぜひ火星周回軌道に持って行きたい野望があります。

 もう一人のA. S. Medvedev博士は、火星・木星大気の大循環モデルの開発を行っており、彼からも様々なことを教わりました。いわゆる大気波動の専門家で、彼も私に様々なアイディアを教えてくれたのです。先ほどの傾圧不安定波や半年振動などのアイディアは、実は、彼らからヒントを得て、自分で手を動かす過程の中でわかってきた感じですね。


■人と同じことをやって何がおもしろい

―今までを振り返ってみて、子どもの頃から今につながっていることは何ですか?

 昔から、宇宙や星は好きでした。ハレー彗星が接近した小学4年生の時、父が購入した天体望遠鏡がきっかけで興味を持ちました。両親が「学研まんがひみつシリーズ」などの本を買い与えてくれた影響も大きいかもしれません。

 しかし、すんなり天文学に進まなかったのは、少し違う角度からアプローチしてみたい気持ちがあったから。そこで気象学の研究室からスタートして、現在は宇宙方面にアプローチしています。最近は火星から木星、さらには太陽系外惑星へと興味の対象は広がっています。気象から宇宙へ、異なる分野をつなげる存在になりたいですね。

 他の人と同じことをやっても何がおもしろい、自分にしかできないことは何だろう、ということは意識しています。そのためにも色々なところにアンテナを広げて、視野は広く持ち続けたいですね。


■何かに夢中になれる人生は楽しい

―最後に、今までのお話を踏まえて、中高生へメッセージをお願いします。

 中高生のうちに、自分が何が好きか、何に夢中になれるかをわかっておくのが大事だと思います。そのために色々なことにチャレンジするのもいいし、これというものがあれば、それをやっていくと良いでしょう。本当に夢中になって没頭できる人生は、とても楽しいじゃないですか。現実には、なかなかそれだけで食っていくことは難しいかもしれません。けれども、やっぱり何かしら夢中になれる人生って、絶対に楽しいと思うのですよ。

 もし見つからなくても、焦って見つけるものでもない、人生は長いですから。とにかく、自分が何をすれば楽しいかを理解し、なるべくそれに携わり続けられる状態にして楽しく人生を過ごして欲しいですね。

―黒田さんありがとうございました。

登米市長の布施孝尚さんに聞く:社会って、そもそも何だろう?

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登米市長の布施孝尚さんに聞く:社会って、そもそも何だろう? 取材・写真・文/大草芳江

2015年9月1日公開

元気な未来をつくるのは、
社会を構成する一人ひとりの主体性

布施孝尚 Takahisa Fuse
(宮城県登米市長)

1961年生まれ。宮城県佐沼高等学校卒、日本大学歯学部卒。歯科医師。2005年に登米市長選挙で初当選(当選3回)。

 「社会って、そもそもなんだろう?」を探るべく、【社会】に関する様々な「人」をインタビュー。 その人となりをまるごと伝えることで、その「人」から見える「社会とはそもそも何か」を伝えます。
布施孝尚さん(宮城県登米市)から未来を担う中高生へのメッセージ。「元気な未来をつくるのは、社会を構成する一人ひとりの主体性」と語る、布施さんの思いとは。


布施孝尚さん(登米市長)に聞く


■社会とは人との関わり合い

―布施さんがリアルに感じる社会って、そもそも何ですか?

 社会と聞いてイメージするのは、「人との関わり」です。「人は一人では生きていけない」とよく言われます。しかし今、それを本当に実感している人は、どれだけいるでしょうか。昔と比べて、人との関わり合いが少なくなる中、人間関係は希薄化しています。

 一方、東日本大震災を経験し、人と人のつながりの大切さを改めて感じ、人のつながりによって、困っている人たちに手を差し伸べる自発的な行為も生まれたと思います。

 そんな時間変化の中、社会活動をする人たちが増えています。ただし、それは昔のままの形ではなく、今の時代の中でまた新しく生まれています。社会は常に動いているのです。

 現時点での様々な不平や不満がこれからもずっと続くかと言えば、そうではありません。しかし、それをつくっていくのは社会を構成する一人ひとりだということを、中高生には、しっかり認識して欲しいと思います。


■自ら関わる姿勢と視点

 一つは、選挙の投票率がどんどん下がっています。その理由は「どうせ投票したって、変わらないから」。皆さんそう言われますが、私はそうではないと思います。誰かに委ねる選択肢だけでなく、自ら関わっていく選択肢も必要だと思います。

 社会とは、自ら関わりを持とうとしなくても一定程度の関わりがあるものです。しかし、それだけで社会が営めるかといえば、そうではありません。それが今の時代の大きな課題でしょう。

 だからこそ、自分ができることはしっかり関わる姿勢と視点を一人ひとり持つことが、大切ではないかと思います。


■アンテナを高く持て

 もう一つは、アンテナを高く持て、と中高生に伝えたいです。なぜならば、情報は氾濫しているといえども、それをキャッチできるかが今、問われる時代だからです。

 情報格差は今、世界中でなくなりつつあります。今から10~20年前であれば、例えば、発展途上国では情報すら届く手段がありませんでしたが、今はインターネットで世界中、誰でもアクセスできる状況にあります。

 実は、これからの社会は、発展途上国というのはなく、世界中どこでも同じような情報が取れる時代になります。その中で関心を持たない社会、関心を持てない国は、どんどん取り残されていってしまうでしょう。

 そして、社会を良くするために、多くの人の目と意思をしっかりあらわしていくことが必要だと思います。

 色々な社会の中で求められる強いリーダシップとは大きな責任を持つことだと思います。しかし、その責任を果たすには、やはり多くの人の意思や思いをしっかり感じ取ることも必要ですし、また声を上げなければ伝わらないと思います。

 だからこそアンテナを高く持つこと。そして自らも考えをしっかりと持ちながら、その考えをどのように発信するかという視点を、ぜひ持って欲しいと思います。


■大きな責任と自覚が求められる

 学生時代の勉強には、答えがあります。しかし社会に出ると、答えはありますが、満点の答えはほぼないと言ってよいでしょう。

 つまり、社会に出ての勉強には終わりが無いということ。その努力を続けていく、そして先人がその努力を続けてきたという結果が、今の社会だと思います。

 これからの社会をつくるのは、では誰でしょうか。それは今、中学生である皆さんです。もちろん私も該当しますが、私が社会に関われる時間は、60年定年とすれば、あと7年しかありません。

 中学生の皆さんがこれから社会に出て、この社会をつくっていく時間がどれだけあるか。その大きな責任と自覚が求められると思います。

 社会は誰かにお任せするものではなく、自ら考え、自ら発言し、必要があれば行動する、そのように心掛け、努力しなければ、本当に未来をつくっていくことはできないと思います。


■地域の元気を生み出す素は、主体的に考える人を如何につくるか

 地域を元気にする取り組みのひとつとして企業誘致が挙げられますが、それでは、企業誘致そのものが地域にとって元気が出る素か?と聞かれれば、私はそうではないと思うのです。地域の元気を生み出す素は、主体的に考える人を如何につくるかだと思います。

 例えば、スケートボードが好きな若者がいたとします。でも、それをやる場所がない。そこで、皆に「つくって欲しい」と働きかけるのか、それとも仲間を募って皆でつくろうとするのか。色々なやり方があります。

 自分が結局動かずに「何もしてくれない」と嘆く暇があるのなら、「どうやったらできるだろう?」と考える人になって欲しい。そういうことを考え出すと、すごく人生が楽しくなる。僕はそんな気がします。


■沢山の人と出会い、出会いを大切にして欲しい

 もう一つは、沢山の人と出会って欲しいということ。それは同級生だけとは限りません。若者の特権は図々しさだと思うので、例えば「この人に会いたい」と興味を持ったら、具体的に行動してみる。そんなアクティブさが必要だと思います。

 「チャンスはどこにでも転がっている」といえども、じっとしていたら、チャンスは来ません。人との出会いもありません。

 人は人によって磨かれるとよく言われますが、本当に人との関わりをしっかりもちながら、出会い続けていくことが、すごく大切なことだと思います。

 私は、はじめから立派な人はいないと思っています。僕が子どもの頃を考えてみても、決して優等生ではなかったし、同級生からは「お前なんで市長やっているの?」と言われます。

 けれども、いろいろな人との出会いによって気づきが生まれ、「こんな人になってみたい」「あの人のような仕事ができたらいいな」などと一つひとつ気づき、そういった思いを持ちながら、少しずつ勉強していったのではないかと思っています。

 「夢を持て」と言った時、ずっと先の夢だけ見るとなかなか到達しないと思うんですね。ですから僕は、身近な尊敬できる人のようになりたいと願いながら、また新しい出会いを通じて、少しずつ勉強させていただいたのが、一番の大きな経験だと思います。

 ですから、積極的に人と出会う機会をつくり、そして、その出会いを大切にして欲しいです。


■「どうやったら市長になれますか?」

 こんな質問を去年、中学生から受けました。「どうやったら市長になれますか?」と。

 私は、「市長になる方法はわからない。でも一つ僕が一番大事にしていることは、出会いを大切にすること。そして、信頼し合える人間関係をつくる努力を怠らないこと」と、答えました。

 例えば、選挙で僕に投票した人の中で、僕のことを本当に知っている人はどれだけいるかと言えば、全員ではないわけですね。

 僕を知らない人でも僕に投票してくれる。その理由は、その人の信頼している人が、僕を応援してくれているから、じゃあ応援してみよう。そんな人の輪が広がって選挙はあると思うのです。だからこそ、人との関わりを大切にすることが、とても大事だと思います。

 そこには、僕の友人・知人だけではなく、父や母、亡くなった祖父や祖母の人間関係もあります。「あの人の息子さん・お孫さんだから」ということもあります。自分の努力ではない部分で、今の自分があることを忘れてはいけないと思っています。


■便利になった分、人間関係が希薄化した

 実は、便利な時代になったことが、人間関係を希薄化させた大きな要因だと思っています。例えば、僕が子供の頃、僕がお使いに行かなければ、お味噌汁の具材や納豆がありませんでした。なぜならば、母や祖母は炊事が忙しいから。

 今のようにボタンを押せば何かができる時代ではなく、大変手間のかかった時代でした。だからこそ皆が協力してお手伝いをして、家庭が成り立ち、社会が成り立っていたのです。

 でも今の社会も、実は同じなんですよね。今は目には見えないけれども、例えば、震災の時によく見えたのが、電気が来ない・水道が止まった・ガスが使えない。今まで使えて当たり前だったものが、使えなくなった。でも、それはなぜなのか。

 今まで目に見えない形で、そこで働いている人たちの仕事があって、電気が途絶えないように、水道が途絶えないように、ガスが途絶えないように、多くの皆さんの力で支えられていた。

 でも今は、機械化と近代化が進み、それがあまりに表に見えなくなった結果、社会の中で多くの人に支えられている姿が見えにくくなっています。

 でも僕らの目には見えないさまざまな人たちとの大きな関わりの中で社会は成り立っているわけですよ。そのことを我々はきちんと認識するということ。ですから、世の中に不要と言われる仕事は何もないのです。

 自分たちの暮らしが多くの人に支えられているというアンテナをしっかりと持つこと。そして、その中で、自分たちができる社会的な役割を果たすことが大切だと思っています。


■興味を持つことから始まる

 科学、僕はすごく大好きなんです。実験が本当に楽しかったですね。今は、多くのことが解明されていると言われますが、まだまだ知らないことはいっぱいあります。「なぜ?」とたくさん疑問を持ってもらうことが、これからすごく大切だと思っています。

 人の成長は、興味を持つことから始まると思うんです。「人間は考える葦である」と言います。どうして考えるかというと、「なぜ?」と疑問に思うから、考えるわけですよね。それをしなければ、動物と一緒になってしまいます。

 昔の人達に比べて今の人達は「知識はあるけど、知恵がない」とよく言われます。なぜならば、今の便利さをただ享受するだけで、その便利さに裏付けられているものを知っている人は非常に少ないからです。

 昔の人は、今の色々な情報は知らないかもしれない。でも、人が生活していくための知恵、生き抜くための知恵を、ものすごくたくさん持っていたと思うんです。

 東日本大震災で田舎がなぜパニックにならなかったか。それは、ある意味、生き抜くための知恵を知っていたから。例えば、水道が止まっても、飲んで健康を害さない程度の水づくりができたり、食べ物がなくなっても、こう料理すれば食べられるという知恵だったり。

 そういう知恵をしっかりと我々は知っておかなければいけないし、一人ひとりが知恵袋を持つ取組みを進めたいと思っています。


■自分たちは社会の一員

 実はね、僕は子どもの頃、太陽系の模型と原子構造を見た時、同じだなと思ったんです。そして、もしかすると人の体の細胞も、原子構造一つひとつが宇宙かなと思ったんですよ。じゃあ、もしかしたら、僕の体には無数の宇宙があるかもしれないと思ったら、宇宙や星に興味が湧いたんです。

 変な話ですけど、僕の体そのものが、この社会が、実は何か他の生物の細胞の一個かもしれない、すごいなって思ったことがあるんです。そういった意味では色々なことに興味を持ちました。

 やはり自分たちが社会の一員ということ。その中で、自分たちができることをしっかり取り組める社会。また、取組むことによって、ひとり一人の夢や想いが叶えられる社会をつくることが今、我々にとって大切なことだと思っています。


■口に出せば、具体的な一歩につながる

 ですから、ドラえもんのフレーズじゃないですけど、「あんなこといいな、できたらいいな」を、皆で口にすることが大切だと思います。

 僕は、地元の中学生の子どもたちに「思ったことは口に出せ」と言っています。夢や希望、叶えたいことは、できれば人に言った方がいい。もし人に言えないなら、鏡を前にして、自分に対して口に出せ、と。

 後から「あんなこと思っていたんだけどね」なんて言っても何も始まらない。想いは形にするためのものだから。そのためには、まず口に出すこと。

 一つ口に出せば、具体的な一歩につながります。夢だけでは、ただの憧れや思いだけで終わってしまいます。しかし、それが自分の体から外に出た瞬間に、具体的に動き出す一歩となるのです。

 それを人に伝えても、その人は協力してくれないかもしれない。もしくは、協力するために必要な情報を持っていないかもしれない。けれども、多くの人に伝えていくことによって、色々な形で、人との出会いのきっかけやチャンスがたくさん生まれてくるのだと思います。


■勇気と友人と心身の健康

 夢や希望、叶えたいことは、形にすべきですし、思いを形にするためには、まず自分の体から外に出すことが大切だと思います。

 そして科学とは、その思いを具体的な形にするために必要なツールだと思います。ただ、その研究は必ずしも成功するわけではありません。

 錬金術が昔のヨーロッパで流行りましたが、誰も金をつくれませんでした。そして今でもつくれていません。しかし、その夢を描いたからこそ色々な発明や発見が生まれました。

 科学は100%いつも成功するわけではありません。けれども失敗することで、成功へと一歩でも近づく試みが生まれてくると思います。

 だからこそ子どもたちには「失敗を恐れない勇気を持て」と言いたい。けれども、失敗し続ければ、絶対に挫ける時が来ます。その挫けた時に支えてくれる仲間をつくりなさい。

 それを成し遂げるためには、自分自身が心も体も健康でないといけません。だからこそ、勇気と友人、自分と周りの人たちの健康に対して配慮する人になって欲しいです。

―布施さん、本日は大変お忙しい中、ありがとうございました


【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯013】活躍する女性の先輩の姿伝え、女子高校生の進路選択を後押し/東北大学工学部

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【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯013】活躍する女性の先輩の姿伝え、女子高校生の進路選択を後押し/東北大学工学部 取材・写真・文/大草芳江

2015年9月10日公開

女子高校生のためのミニフィーラム「工学にかける私の夢」のようす=7月29・30日、東北大学工学部(仙台市)

 東北大学工学部で、女性研究者やOG、現役女子学生による女子高校生のためのミニフォーラム「工学にかける私の夢」が7月29と30の両日開催され、県内外の女子高校生が将来へのイメージを膨らませた。

 女性の活躍が各分野で期待される一方、工学部に占める女子学生の割合は約1割と少ない。そんな中、工学に興味を持つ女子高校生に活躍する先輩たちの姿を伝え、進路選択の後押しをしようと、同学部がオープンキャンパスの企画として毎年開催している。

 フォーラムでは、同工学研究科等男女共同参画委員長の斎藤浩海教授が「現在、工学分野のみならず、あらゆる場面で女性の活躍が期待されている。本学部の女性の学生や教員、卒業生たちの生活や研究の紹介を通じて、本学部に関心を持っていただけたら」と挨拶。また、工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)による女子学生・女性研究者の支援体制についても紹介があった。

同学部の5つの学科に所属する現役女子学生たちによるクロストーク

 続いて、同学部の女性教員や女性卒業生4名が2日間にわけて講演を行った。その後、同学部の5学科に所属する修士課程の女子大学院生が、各学科の特徴やキャンパスライフを紹介する「クロストーク」があり、学科選択の理由や研究内容、同学部に入学して成長した点などを発表した。

 参加した女子学生や保護者からは「進路や目標が明確に決まっておらず焦っていたが、だからこそ幅広い基礎知識が大事という考えを深められた」「理系というと、男子ばかりで女子は過ごしずらいイメージがあったが、あまり重く考えなくて良いと思えた」といった声が寄せられた。

 同フォーラムの講演要旨は次の通り。


■研究で見る工学部と理学部の違い~薬の副作用を見つけるバイオチップとは?~
 平野愛弓さん(医工学研究科 准教授)

 高校生の頃、私も工学部と理学部の違いは何か疑問だった。最初は理学部に入り途中から工学部に所属した私の経験からお話する。その違いを知るには、まず、理工系学生の生活を知る必要がある。多くの大学で理工系学生の生活が劇的に変わる瞬間は、4年生の研究室配属時。授業中心から研究中心の生活に変わる。この研究こそ「理学的・工学的」と呼ばれるもの。実は、3年生までの授業では原理・原則を習うため、理学部も工学部もそれほど習うことに差はない。では、研究室とは何か。学生が先生から研究テーマをもらい、先輩や先生と相談しながら研究を進めていく場であり、社会生活のトレーニングをする場でもある。

 では、研究とは何か。私の研究をご紹介したい。私は、薬の副作用を見つけるバイオセンサの研究をしている。対象は心臓の細胞。細胞を包む細胞膜の中には、 刺激を認識するための特別なタンパク質がつまっている。このうち「hERGチャネル」という膜タンパク質と薬が反応するため、hERGチャネルを本来通るはずのカルシウムイオンが通れなくなり、不整脈になる。このことが問題視され、数年前から新薬開発でのhERGチャネルへの副作用評価が義務付けられた。そのため人工的に作成した細胞膜の中にhERGチャネルを埋め込み、副作用を見つけるセンサの開発を目指している。

 実は、理学部でも人工細胞膜の作成は行われていたが、僅かな衝動で壊れてしまうため、実用化には問題があった。私が理学部の学生だった頃、「このままでは実用化できないため、人工細胞膜が弱い問題を解決したい」と言うと、教授は「それは、理学部ではなく工学部の仕事」と答えた。次に工学部へ赴任すると、私の問題意識は共感を得て、本学の強みである半導体微細加工技術も活かしながら、人工細胞膜の安定性を達成できた。つまり理学部と工学部で研究内容は似ているが、考え方が違う。理学部は世界初が大事で、工学部は実用性が大事。どちらが良い・悪いではなく、好みの問題。皆さんも好みで選べば良い。

 高校での勉強は、様々な分野のベースになる。例えば、細胞膜には親水基や疎水基があるが、実際には電流計測のため、物理を理解した上で測定する必要がある。また、対象はタンパク質のため、生物の知識も重要だ。さらに、測定した生データにはノイズが多く、信号が埋もれがちなため、フーリエ変換やその基礎となる微分・積分が大事になる。高校の勉強はすべての基本になる。今すぐ役立つとは思えなくとも、5年、10年後にまわり巡って役立つことがある。ぜひ今学校で習っていることを一生懸命勉強して欲しい。?


■「リケジョ」のライフスタイル
 西畑ひとみさん(新日鐵住金株式会社 技術開発本部先端技術研究所)

 東北大学では、溶接を3年間研究し素材と物造りを好きになった。鉄鋼製品は広く利用されており、様々な形で社会に貢献できると考え、住友金属(当時)に研究職として入社。入社時から溶接に携わり、10年目まで薄鋼板の溶接の研究をした。入社12年目の現在は金属組織の成り立ちや制御について研究している。既婚、子ども無し。

 鉄鋼メーカーの技術者の仕事は、溶接等の作業もするし、作製したサンプルを電子顕微鏡で観察して過ごすこともある。何が知りたくてどんな実験をするかを考えるところから始まり、実験結果を解析して考察する。結果は報告し、良いものは特許化して製品化する。報告先は社内に限らず、お客様の製品開発やトラブル解決に活かすこともある。セールスマンのように自社製品をPRしたり、学協会で自社技術をPRすることもある。このほか、社会の技術調査や所属組織の運営にも協力。部下や後輩の育成も大事な業務だ。企業研究職になって驚いたのは、意外と多くの人と関わる仕事だったこと。日常的に関係者と議論や打合せをする、決して孤独ではない仕事だ。

 ライフスタイルについては、朝5時半に起床し出勤するまでの2時間が大切なプライベート時間。お化粧しながら録画したテレビを見たり、朝食は夫分も準備。共働きのため、夕飯はスーパーの惣菜も活用する。一日のスケジュールは8時30分出社・19時退社。出勤後は、まずメールを確認。実験の作業者と打ち合わせをして実験や資料作りをする。会議や資料作成で過ごす日もあれば、逆に、一日中実験室にこもることもある。たまに国内外の出張もある。育児と仕事を両立中の後輩は、9時出社・17時出社で残業なしが基本。残業や出張の日は、旦那さんが協力。企業には仕事と家庭の両立ツールはそろっており、どう使うかは本人とパートナー次第。働き方は皆さん自身が選べる。

 女性が少ないことで困ったことは、学生時代も今もほとんどない。重くて持てない・固くて開けられないなど、体力や体格の差程度。女性の数が少ないと目立つので、顔と名前をすぐ覚えてもらえる。失敗すると目立つが、成功した時や頑張っている時も見てもらえる。それは人に働きかける仕事をする上で、トータルでプラスになると思う。女性の働き方は人それぞれで、皆さんが就職する頃、さらにロールモデルも選択肢も増えるだろう。大学時代の友人たちとは、仕事も住む場所も、家庭状況も違うが今も親しくしている。大学生活は、好きなことを思い切り学べることはもちろん、かげがえのない一生の友人たちと出会える時でもある。よく学び、よく遊び、楽しい学生生活を送って欲しい。?


■復興まちづくりとデザイン
 土岐文乃さん(建築社会環境工学科 助教)

 青森県弘前市生まれ。小さな頃から、絵や模型づくりが好きだった。建築デザインを学ぶためには、工学か芸術の選択肢がある。自分の適性を活かすため、筑波大学の芸術専門学群へ進学した。大学3年生の時、建築のおもしろさを知った。製図室の環境を自分たちで整える課題を与えられ、学生や先生と一緒に場所を考え、自分たちで製作。建築あるいは場所をつくるには、一人の力ではなく周りの力を得ながら進めるチークワークの考え方を学んだ。大学院では、学内でスチューデントオフィスとして使える小屋をつくるプロジェクトリーダーを務め、建築に関わる一通りのことを経験。同時に都市リサーチの研究も行い、地方都市が抱える問題に取組むきっかけを得た。まちづくりに関する研究で博士号を取得。現在、東北大学工学部に所属している。

 建築分野には、「用強美」が必要とされる。「用」は建物の用途や機能、「強」は建物の強度や耐久性、「美」は美しさ。私は美の分野である「都市建築デザイン学」に所属している。では「デザイン」とは何か。デザインという言葉は、明治初頭、日本に輸入された言葉で、「意匠」と和訳された。「意」とは心、「匠」とは技。要約するとデザインとは「心を表す技」であり、「意図を形に表現する行為」という意味合いを持つ。つまり、「建築の意匠」に係る分野とは、「想いを形にあらわす」という、あらゆる人が無意識のうちに日常的に実践する人間的な行為だと理解している。

 現在、復興支援プロジェクトで携わる石巻市雄勝町は、東日本大震災で被災し、人口が4,000人から1,400人に減少した地域。漁業を生業とした小さな集落で、人々が昔ながらの生活を続けている。私は、地元の人々と外部の建築家のつなぎ役として、特徴ある漁師の暮らしの伝統・文化を引き継ぎながら、公営住宅計画をつくる調査や調整を担当している。また、東北大学の土木と建築の先生方がチームを組み、一般的には分業される土木と建築を一緒に考え、効率的な住宅団地を提案している。さらに私は芸術出身者として、高齢化した集落を未来へと引き継ぐため、自分たちの身の周りの環境を整えるプロジェクトを、学生たちと行っている。様々な分野が連携することで、ひとつの町が存続できることを、身近な形で学生が学べる機会をつくりたい。

 これまで建築を基点にしながらも、自分の興味があることに関わってきた。大事なことは、自分が興味を持つことに関わった後、自分が経験してきたものごとと関連づけて考えること。すると、自ずと自分ならではの仕事の仕方や研究テーマは見つかる。ぜひ自分が興味を持ったことを経験し、その経験を関連付けて、新しいテーマを見つけて欲しい。?


■『工学を志す女性へ』~入社9年目働き方一例~
 鈴木美紀子さん(トヨタ自動車株式会社 計測技術部 設備計画室)

 福島県出身。高校時代は、文化祭や部活で皆でワイワイやることが楽しい毎日で、一致団結に憧れていた。担任の物理の先生が東北大学OBで、東北大学工学部を勧められた。高校時代はロボットや飛行機といった漠然としたイメージしかなかったが、ものが形になることに興味があり、東北大学工学部に進学。大学時代は、材料の欠陥を見つける方法を開発し、国際学会での発表も経験した。修士課程修了後、トヨタ自動車株式会社計測技術部に配属。女性の数は少ないが、結婚・出産と仕事を両立する環境は整っている。

 入社3~4年目は、溶けたアルミを金型に流し込んで整形する際の金型の温度や、炉内の温度分布を測る仕事をした。その後、二人の子どもを出産して育休・産休を取得し、復帰して現在に至る。現在は、車両試験評価設備開発を行う仕事を担当している。世界中の人が様々な環境下で車を使うことを念頭に置いているが、海外での評価は費用もかかり、天候にも左右されるため、実験室でできる方法を考えるのが、我々の仕事。また、車はどうしても熱の発生源を持つため、車を効率よく冷やし性能を引き出す「熱マネージメント」の技術を他部署と連携しながら開発している。

 学生から「自分が勉強していることが社会に出てからどうつながるか、イメージが湧かない」との声をよく聞く。社会では、まず挨拶や雑談をした後、技術的な打合せに入る。ここからは皆本気で、大学で学んだことや自分が経験したことが大変重要になり、男女は関係ない。私もこれまで得てきた知識を工学的根拠をもって説明することを心がけている。さらに今、コミュニケーションやチームワークが社内で重要視されている。技術的な知識も重要だが、勉強だけでなく、いろいろな人と関わり、チームワークでものごとを進める力も、高校や大学時代にぜひ養ってもらいたい。

 1日のスケジュール例を紹介する。朝、保育園に子ども二人を預けた後、8時30分に出社。設備搬入工事立会後、その結果を会議で報告し、メール確認や書類作成等の処理をして、昼休み。午後はテストコース走行準備計画の会議や実験事前準備等を行い、最後にメール確認や書類作成等の処理をして19時に退社、保育園にお迎えに行く。

 我が社のテーマは、「もっと『いいクルマ』をつくろうよ」。『いいクルマ』をつくるには計測が重要なため計測技術部のミッションは、「『はかれる』ものは、つくれる」である。トヨタ自動車をご希望の方は、ぜひ計測技術部にも興味を持っていただきたい。


■各学科の女子学生とのクロストーク

Q1.
どんな勉強や研究をしているの?

井澤博子さん(機械システムデザイン工学専攻 修士2年)

 機械のまわりを流れる気体や液体などの流れの様子を明らかにする「流体力学」の研究をしている。

熊谷彰恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 「結晶化ガラス」という、ガラスの一部が結晶化した加工しやすい便利な材料の開発を行っている。

鈴木理恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 光の三原色を組み合わせることで自然な白色照明の作製を目指す「希土類フリー新規赤色蛍光体の探索」をテーマに研究している。

横溝まどなさん(化学工学専攻 修士1年)

 微細藻類からバイオ燃料を生産するプロセスについて研究している。

青木あすかさん(材料科学総合学科 修士2年)

 半導体中の電子が持つ電荷(電気的性質)とスピン(磁気的性質)、両方の性質を利用することで、エレクトロニクスの限界を超えていこうという「スピントロニクス」の研究をしている。

野村怜佳さん(土木工学専攻 修士1年)

 海岸の林はどれくらい津波を防ぐかや、津波が建物に与える衝撃はどれくらいかを、コンピュータを使って災害のシミュレーションをしている。

Q2.
今の学科を選んだ理由は?

井澤博子さん(機械システムデザイン工学専攻 修士2年)

 子供の頃から飛行機などに興味があったが、高校生の頃、進路に迷い、先生から、ゆっくり進路を決めるなら理系と助言を受けた。将来の選択肢を広げるため、幅広い分野の知識を身に付けたいと思い、機械系を選んだ。

熊谷彰恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 私も高校生の時、何をやりたいかは明確ではなかったが、幅広いテーマを扱う学科を選んだ。何を研究するかは、大学に入ってから決められるので、やりたいことが決まっていなくても大丈夫。

鈴木理恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 私も高校生の時、明確にはやりたいことが決まっておらず、太陽光発電に漠然と興味があったため、選択肢の多い学科にいきたいと思い、電気情報応用物理学科を選んだ。

横溝まどなさん(化学工学専攻 修士1年)

 高校生の時、人工生体膜をつくる研究をしたいと思い、「化学バイオ工学科」という学科名で勘違いし、志望研究室とは異なる専攻の学科に進学。しかし進学後、化学・物理学・生物学を幅広く学べ、化学工学の素晴らしさを知り、今では将来、化学工学で社会に貢献したいと思っている。

青木あすかさん(材料科学総合学科 修士2年)

 最初は興味がなかった材料だが、高校生の時にオープンキャンパスで、材料はすべての大本であると聞き、高校でも学ばない分野のため、興味が湧いた。材料といえば東北大学が日本一のため、東北大学を選んだ。

野村怜佳さん(土木工学専攻 修士1年)

 昔から工作好きで、中高生の時は体育祭等で仲間と一緒にものをつくる作業が楽しかった。形に残るものをつくりたいと思い、工学部を選んだ。学科は消去法で決めた。建築は、ものつくる学科だし、皆でわいわいものをつくる作業が多いと思って選んだが、想像通りで、楽しく過ごせた。

Q3.
大学生になって、変わったこと・成長したことは?

井澤博子さん(機械システムデザイン工学専攻 修士2年)

 自己管理。高校生の時は、時間やお金の使い方、勉強のことを、親に任せっきりだった。早起きは今でも苦手だが、大学生になり、自分で考える覚悟ができた。

熊谷彰恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 何でも自分で決める。高校までは、時間割は学校がつくり、大事なことは教えてもらえ、制服があった。しかし大学では、時間割は自分でつくり、連絡事項は自分で確認する必要がある。私服で行けるし、メイクもできる。

鈴木理恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 興味の対象は常に動く。大学1~2年の時はもやもやし、友達の影響で転科も考えた。半年間前倒しで研究室に仮配属された時は、素材の研究をしたいと思った。研究テーマを決める時は「自分は何にときめくか」を最重要視。赤色に発光するのが「かわいい!」と思い、蛍光結晶化ガラスを選んだ。

横溝まどなさん(化学工学専攻 修士1年)

 高校生の時までは優柔不断だったが、まず優先順位を見つけ、優柔不断を克服した。色々やりたいことがあるが、自分の中で一番優先させるべきことを明確にしておくと、的確な判断ができ、後悔のない人生を送れる。

青木あすかさん(材料科学総合学科 修士2年)

 責任を持つことが増えた。高校生のように、食事から体調管理まで母親が面倒をみてくれないため、すべて自分の責任で自ら判断して動く機会が格段に増えた。研究室配属前のバイトや部活の経験が、今研究する上で役立ったため、勉強はもちろん大事だが、いろいろな経験をして欲しい。

野村怜佳さん(土木工学専攻 修士1年)

 高校生の時、理系科目が苦手だった。今も苦手だが、気持ちさえあれば何とかなる。男子と話すのが苦手だったが、良い人ばかりで話せるようになったし、男友達も増えた。また、高校生の時は、良くも悪くも、先生の言うことを素直に聞いて勉強するタイプだったが、タフでポジティブでチャレンジングになり、良い方向に自分が変われたと思う。

Q4.
工学部を目指す人へのメッセージ

井澤博子さん(機械システムデザイン工学専攻 修士2年)

 進みたい分野が決まっている方へ。大学に入ると、全国・全世界の人と出会い、自分を見失いそうになるが、自分にしかできない何かを見つけ、自分らしさを活かす工夫をして欲しい。まだ進みたい分野が決まらない方へ。大学生も進路に迷っている人が多い。選択肢を増やすために幅広い基礎知識を身に付けて欲しい。

熊谷彰恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 いろいろなことをやってみよう。本学科では、電気や通信、医工学など、様々なことを学ぶことができる。さらに学友会やサークルが体育部と文化部を合わせて、その数なんと100以上。アルバイトも、コンビニ店員や工場、家庭教師など、その組合せは無限大。やらないなんて、もったいない。

鈴木理恵さん(応用物理学専攻 修士2年)

 今の君に一番似合う生き方を。今自分が考えられる最良を探そう。でもそれが"最終決定"ではない。実際にやってみなければわからないこともある。最初から一つに決めて守り続けようと拘らなくても良い。興味を持って取り組めば視野は広がる一方。その時々にあった幸せを選ぶと良い。

横溝まどなさん(化学工学専攻 修士1年)

 高校の時まで親の言いなりだったり、先生や友達の意見を鵜呑みにしたりすることが多かった。しかし最終的に自分で決めないと、他人のせいにしたり、後悔したりする。最終的に決断を下したのは自分というのが大事。

青木あすかさん(材料科学総合学科 修士2年)

 具体的に「何がやりたい」と決まらなくて悩んでいる方へ。「なんかおもしろそう」「なんかかっこいい」という漠然とした思いで進んでも、大丈夫。どの分野にもおもしろさが必ずある。それを見つけるのは、自分次第。

野村怜佳さん(土木工学専攻 修士1年)

 今思えば、背伸びするのも悪くなかった。「自分に合った環境」が必ずしも「自分のレベルに合った環境」とは限らない。最初、まわりは優秀な人ばかりでへこんで焦ったが、開き直ってたくさん質問して教えてもらった。「身の丈にあった環境」でくすぶってしまうより、ずっと刺激的で楽しくておもしろくて成長できた気がする。また、目標ははっきりしなくてもよかった。「大きな目標に沿って、ずっとそのままでいなければいけない」という思い込みに自分を縛り付けるのはよくない。その時々で筋が通っていれば、「何となく」という理由で、いろいろ寄り道して良い。

普遍的な自然界の法則を追い求めて/山本均さん(東北大学教授)に聞く

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山本 均さん(東北大学大学院理学研究科 教授)に聞く:普遍的な自然界の法則を追い求めて 取材・写真・文/大草芳江

2015年12月17日公開

普遍的な自然界の法則を追い求めて
~素粒子物理学の新時代を牽引するILC~

山本 均 HITOSHI YAMAMOTO
(東北大学大学院理学研究科 教授)

1955年大阪市出身。東北大学大学院理学研究科教授。1978年、京都大学理学部卒業後、1985年、カリフォルニア工科大学大学院にて博士号取得。シカゴ大学エンリコ・フェルミ研究所研究員を経てハーバード大学助教授および准教授、ハワイ大学教授を経て現在、東北大学教授。博士論文研究としてスタンフォード線形加速器センターの電子陽電子衝突器でチャーム粒子を研究した後、フェルミ国立研究所でK中間子によるCPの破れの研究をおこなう。その後は、高エネルギー加速器研究機構のB-ファクトリー実験に携わると共に、国際リニアコライダーを推進。国際リニアコライダーでは、物理と測定器の国際研究組織(WWS)の共同議長、国際実験計画組織(RD)のアジア代表を歴任、現在リニアコライダー・コラボレーションの物理測定器担当ディレクターを務める。

東北ILC推進協議会×「宮城の新聞」コラボレーション連載企画

「時間も場所もスケールも関係なく全宇宙で成り立つ法則が、現実に
自然界に存在していることが、物理学のおもしろさ」と語る山本均さんは、
物質の最も基本的な構成要素である「素粒子」を研究する物理学者です。
宇宙誕生の謎に挑む素粒子物理学の最前線について、山本さんに聞きました。


山本 均さん(東北大学教授)に聞く


自然の奥深さに魅せられて

■自然界の法則を知りたい

―山本先生はどんなことがおもしろいと思って、研究をしているのですか?

 科学に興味を持ったのは、小学生の頃。鉄腕アトムの「お茶の水博士みたいになりたい」と思ったのが、最初ですね。でも今となっては、お茶の水博士より天馬博士になりたいな(笑)。お茶の水博士は科学技術庁長官で政治的権力もあるけど、天馬博士は世捨て人で、天才物理学者なんです。僕は、世捨て人の天才物理学者の方が好きですね(笑)。今は政治的なこともやらざるを得ない立場にあって、文科省に行ったり議員さんに会ったりしますけども、もともとそういうことが下手だから、物理分野に来たんですよ(笑)。最初は本当に物理がおもしろくて、自然界の奥深さに気づき始めたわけです。

―山本先生がおもしろいと思う、「自然の奥深さ」とは?

 物理法則を中学・高校で習いますよね。ものが落ちることをなぜそんなに難しく考えるのだろう?と思った人も多いと思います。実際に、その法則があると、単に「ものが落ちて・・・」だけでは説明できない、実際に、ものがどのように落ちてどれくらいの速度でいつ地面に当たるかが正確に予想できます。もしくは、他の方法では予測できないようなことも予測できることがあるのです。そこには物理の原理があります。

 ニュートンが、木からリンゴが落ちるのを見て、「万有引力の法則」を見つけた話を知っていますか?最初に聞いた時、ちょっとおかしいと思いませんでしたか?だって、重力でリンゴが落ちることくらい、誰だって知っていますよね。じゃあ、それを見てニュートンはなぜ大発見だと驚いたのか?実はニュートンは当時、惑星の運動を理解しようとしていました。太陽の周りを色々な惑星がぐるぐるまわっていて、太陽の周りに惑星を引っ張っている力があるはずだけど、それが何かがわからなかったのです。そしてリンゴが落ちるのを見た時、実は地球がリンゴを引っ張っていて、その「地球がリンゴを引っ張る力」が、「太陽が惑星を引っ張る力」と同じことに気づいたわけです。これは普通の人にはできないですね。単に、リンゴが重力に引かれているわけではなく、全世界で全宇宙で成り立つ法則がある。それが物理のおもしろさです。

 さらにそれを突き詰めて、素粒子(物質を構成する最小の粒子)の法則を見ていくと・・・。例えば、地球上で素粒子をぶつけて実験してみます。すると、素粒子にはいろいろな種類があって、どのように反応していくかがわかります。それは太陽の真ん中で起こっていることとも全く同じ法則だし、それからずっと時間を遡って、その同じはずである法則で、ビックバン直後も説明できるのです。時間にも場所にもスケール(大きさ)にもよらず、全く同じ法則が、この自然界を支配している。それを知りたいのですよ(笑)。

 それを知ることができれば、単にリンゴが落ちる速さを計算できるだけでなく、同じ法則で太陽の周りを惑星がどんな速さでまわるかも計算できちゃう。さらに驚くべきことは、「時間にも場所にもよらず物理法則は一緒である」ことを突き詰めていくと、「エネルギーの保存則」や「運動量の保存則」が理論的に出てきちゃうのです。全く関係ないようなものが、実は関係していて、片一方からもう片一方が出てくることが、現実の世界で起こっている。しかも、それが本当なんです(笑)。我々が勝手に想像しているわけではなく、自然界がそうなっているわけですよ。それが物理の一番おもしろいところです。


■物理学は理論と実験の両輪で発展

―時間も場所もスケールも関係なく全宇宙で成り立つ法則が、実際に、自然界に存在していること自体、よく考えると不思議ですね。それを実際に、人間が見つけられることも、不思議です。どうやって、そんな物理の法則を見つけるのですか?

 大きく分けて二つのアプローチがあります。ひとつは、そういうことを一生懸命考えてみる。例えば、ニュートンの古典力学を理解して、そこに「昨日も今日も法則が一緒」と数学的に入れてやると、「エネルギーは前後で一緒」が出てくる。これは理論家の仕事です。

 もう一つは実験屋の仕事です。歴史を遡ると、ガリレオが重いものと軽いものをピサの斜塔の上から落とし、実際に地面に落ちた時間が一緒、つまり、落下速度はものの重さによらないことを示したと言われますが、これが実験です。自然界を自分の制約の中に閉じ込め、その中で自然界のやりたいことをやらせることによって、自然界の法則を実験的に調べるアプローチです。

 理論と実験、両方のアプローチがどうしても必要です。そうでなければ、物理は数学になっちゃう。そもそも自己矛盾があれば理論としても存在しませんが、矛盾がなくとも、それが正しい自然界の法則であるとは限らない。理論としては存在するかもしれませんが、それが実際に我々の世界であるかどうかは、別の話です。それを埋めるには実験するしかありません。

―山本先生は、理論か実験かで言うと、実験屋さんですね。

 僕は実験屋ですが、理論は好きです(笑)。そこにおもしろさがありますからね。ただ、実験をして新しい見方や考え方が出てきたり、実証されたりする時はやっぱり非常に感激します。

―必ずしも先に理論があるとは限らず、実験によって、新しい見方や考え方が与えられることも、実際にあるのでしょうか?

 例えば、「クォーク(素粒子のグループのひとつで、物質を構成する基本的な要素)は、3種類ある」と言われていた時、4種類目のクォークが実験で見つかりました。すると、理論が実験結果に合わせて変化し、さらに統一性のある理論が出来上がりました。ただし、「その4種類目のクォークがあれば理論がうまくいく」という理論的考察はありました。

 これまで物理学は、理論と実験のやり取りで、お互いに影響しながら発展してきました。時には理論で全く予想しなかったことが実験で見つかったり、あるいは理論で予言されたものを実験で探して見つかったり。最近では「ヒッグス粒子」が後者の例ですね。その中で、先述のように、時間にも場所にもサイズにも関わらない、正しい法則が出てきている、ということです。


素粒子物理学の世界

■小林・益川理論(2008年ノーベル物理学賞)を実験的に実証

―山本先生はどのような研究をしているのですか?

【図】つくばにあるKEK B ファクトリー。小林・益川理論を実証した。

 「電子・陽電子衝突型加速器」を使った実験です。「陽電子」とは電子の「反粒子」で、電子と同じ重さで、荷電が反対のsign(符号)を持っています。電子と陽電子を加速して衝突させると、反粒子と粒子ですから「対消滅」をして、そこから新しい粒子が出てくる可能性があります。現在、つくばにある高エネルギー加速器研究機構(KEK)に、世界最高強度の電子・陽電子衝突型加速器「Bファクトリー」があります。小林先生と益川先生が、「B中間子」という粒子を見れば、大きな粒子と反粒子の「非対称性」が見つかるはずだと理論的に予想し、その実証のためにBファクトリーはつくられました。実際に我々が実験してみると、理論通りに、大きな粒子と反粒子の非対称性が見つかり、小林・益川理論が実験的に実証され、その後まもなく両先生はノーベル物理学賞を受賞しました(2008年)。つまり、理論的な成果だけでなく、実験で実証されて初めてノーベル賞になったわけです。我々はノーベル賞を受賞しませんでしたが(笑)、小林・益川先生のノーベル受賞に貢献したのです。

―「大きな粒子と反粒子の非対称性が見つかる」と、どんなことがわかるのですか?

【図】粒子反粒子非対称性をあらわす三角形と小林・益川両先生。

 粒子と反粒子では、荷電の絶対値や質量は同じで符号が違います。例えば、我々の体中にある電子を全て反粒子である陽電子に変えて、その陽子の中にある「クォーク」を全て「反クォーク」に変えると、全てが反粒子になります。すると、反粒子の人間が反粒子のテーブルに座って、神経もすべて反粒子になるので、粒子の人間と同じように活動と思考ができるはずです。ところが、実は、物理法則ではそうではないことがわかっています。

 なぜかと言うと、我々の宇宙はほとんどが粒子で、反粒子はほとんどありません。ところが、「宇宙はビックバンによって無から生じた」と仮定すると色々なことが説明できるので、その理論が正しいとすると(我々はその理論を正しいと思っています)、無から生まれる時、粒子と反粒子が「対生成」されます。すると、最後の最後まで粒子と反粒子の数は、いくら対生成しても同じはずですね。そして、どんどん粒子と反粒子が対消滅していくと、最後には何もなくなってしまうはずです。ところが、"我々はいる"わけですよ。この宇宙はほとんど粒子ばかりでできていて、ほとんど反粒子はありません。ということは、どこかで粒子の方が多くなった、対消滅後に粒子が残っちゃったのです。

 それを説明しようとすると、物理法則自身に粒子と反粒子を"えこひいき"するところがないと、説明ができません。素粒子には「標準理論」という立派な理論がありますが、そこにすぽっと入ってしまう形で、その"えこひいき"の理論を提唱したのが、小林・益川先生です。それまでは、クォークの数が3種類しかわかっていませんでしたが、合計6種類、あと3種類あれば自然に粒子と反粒子の"えこひいき"が理論の中に入りますよと、小林・益川先生は提唱したのです。

 実際に、粒子と反粒子の非対称性は、「B中間子」よりもずっと軽い、B中間子の10分の1くらいの重さの「K中間子」で、1960年代に実験的に見つかっていました。粒子と反粒子の非対称性が、約0.1%のオーダーで見つかったのです。それを説明するために小林・益川先生は、「あと3種類あれば良い」という理論を提唱しました。そのすぐ後に4つ目が見つかって、その後、5つ目6つ目と見つかって。それで「ほとんど間違いない」というところで、とどめにBファクトリーで、小林・益川理論が予測した粒子・反粒子の大きな対称性を実証したわけです。どれくらいの大きさかと言うと、K中間子は約0.1%でしたが、B中間子は数十%のオーダーで大きな非対称性があるはずだと理論が予想していたのを実証したわけですね。

―その「%」はどんな意味ですか?「100%非対称性がある」と言ったりするものですか?

 B中間子は、飛びながら崩壊します。僕らの実験では、光の半分くらいの速度で飛んで、生まれてからだんだん崩壊していきます。その崩壊パターンを見ると、B中間子と反B中間子で崩壊の仕方が違うのです。B中間子と反B中間子は両方ともある同じ状態(J/Psi Ksという)に崩壊できるのですが、反B中間子は、崩壊の速さが最初なかなか落ちないでそのあと急にドーンと落ちてしまう。B中間子は、崩壊の速さが最初からドーンと落ちてしまう。その差がだいたい数十%あるということです。ですから崩壊の仕方を見て、粒子か反粒子かを判別できるわけですね。極端な場合、もしB中間子が崩壊するのに反B中間子は全く崩壊しないとすると、「100%非対称性がある」ということもできます。

 先述のK中間子の粒子・反粒子の非対称性の実験が、粒子と反粒子を実際にえこひいきしているのを、はっきりと示した初めての実験でした。そして我らがBファクトリーでは、K中間子よりはるかに大きな非対称性、しかも小林・益川理論の予測した通りの非対称性が見つかったのです。今日では、小林・益川理論は「標準理論」の一部として組み込まれ、標準理論は6種類のクォークからなる理論になっています。


■素粒子物理学の理論的枠組み「標準理論」

―そもそも「標準理論」とは何ですか?

 素粒子の理論には、他にも提案や仮説が色々ありますが、実験的にも実証されており我々素粒子物理学者が最も正しいと思っている理論が標準理論です。標準理論の中には色々な粒子(素粒子)があります。大きく分けて、物質の粒子と、それらを反応させる力の粒子(ゲージ粒子)から成ります。

 まず物質を構成する粒子として、「電子」とそれに対応する「電子ニュートリノ」、「μ(ミュー)粒子」とそれに対応する「μニュートリノ」、「τ(タウ)粒子」とそれに対応する「τニュートリノ」(レプトン族)。さらに先述のクォーク族が6種類あります。そして、これら物質の粒子の反応を司る、力の粒子「ゲージ粒子」が3種類あります。まず、量子電気力学の反応を司るのが「光子」。次に、先述のクォークや電子といった粒子間の「弱い相互作用」を司るのが「Z」や「W」と呼ばれる粒子。また、陽子や中性子は3個のクォークからできていますが、それらをまとめる力を媒介する粒子が「グルーオン」で「強い相互作用」と呼ばれています。グルーオンがたくさんクォークにまとわりついて、ひとつの固まりにしている、その固まりが陽子や中性子というわけです。

【図】素粒子の標準理論の世界(提供:東北大学 山本均教授)

 なぜゲージ粒子と呼ばれるかと言うと、「ゲージ原理」という原理があります。標準理論の中の対称性はたくさんあります。例えば、電子とニュートリノを入替え、ニュートリノを電子、電子をニュートリノと思っても、実際には理論が全く同じになる構造になるという対称性がありす。その時に電子とニュートリノの入替えを、「場所によって違うように入れ替えて、ここでは電子とニュートリノを入替え、ここでは入替えない。さらに時間によっても違うように入れ替えて、今日は入替えて昨日は入替えない」というようなことをしても、理論が全く同じになる理論をつくれます。それはゲージ粒子を導入して、電子やニュートリノなどに特別な反応をさせることでできます。そのような要求をしてやると、電子とニュートリノがゲージ粒子とどう反応するかは、ほとんど決まります。決まってしまうにも関わらず、その反応が自然界で実際に起こります。ですから、そのようなヘンテコな入替えをしても全く同じ理論になるというゲージ原理が、どうやら自然界の非常に重要な原理らしいのです。


■質量の源「ヒッグス粒子」

 このように物質を構成する最小単位には、物質の粒子があり、それらの反応を媒介する力の粒子であるゲージ粒子があり、その反応の仕方は、「ゲージ原理」で決まっています。ところが、ゲージ原理が成り立つには、全ての粒子の質量が0である必要があるんです。しかし僕らは、電子やクォーク、そしてニュートリノなどが質量を持つことを知っています。ですから、このままでは理論が役立ちません。そこで登場するのが、ヒッグス粒子です。ヒッグス粒子が存在して宇宙全体をびっしり"満たしている"と仮定し、その"満たしている"状態を我々が見たところ、"何も無い状態"に見えると仮定するのです。仏教でいう「色即是空、空即是色」、考え方としては全く同じです(笑)。そこらじゅう"満たされている"ということは"全く何も無い"ことと同じ、"何も無い"ということは"全てが満たされている"ことと同じ。そこに、質量の無い粒子を入れると、"何も無い"はずですが"満たしている"ヒッグスと反応して、力を加えた時に抵抗を受けます。その力を受けた時の"動きにくさ"が質量です。

 こうしてヒッグスで"満たされている"宇宙に埋め込んでやることで、もともと質量が無かった粒子が、ゲージ理論を壊さずに質量を得るわけです。この理論を最初に提唱したのはワインバーグやサラムらで、ノーベル物理学賞を1979年に受賞しています。そして、実際に実験と比べると、今のところ、全て合っています。ちょっと信じられないですよね。


ヒッグスが新時代の幕を開けた

■ヒッグス粒子の質量がおかしい

―それでは、標準理論で全ては説明できるのでしょうか?

【図】LHC加速器によるヒッグス粒子の発見(C)CERN


【図】スイス・ジュネーブ郊外にあるCERN研究所のLHC加速器外観イメージ

 ヒッグス粒子が2012年、スイス・ジュネーブ郊外にあるCERN研究所のLHC(Large Hadron Collider)加速器によって発見され、これで標準理論の中にあった全ての粒子は見つかりました。標準理論はよくできており、色々なことが計算できます。ヒッグス粒子は、先述の通り、他の粒子と反応することでその粒子に質量を与えます。そして、ヒッグス粒子は重い粒子ほど強く反応することになります。すると、ヒッグス粒子のまわりには特に重い粒子が強く反応して、その粒子の"雲"ができます。我々が見ていたヒッグス粒子は、雲を含めた全体です。その雲は必ずまとわりついて、ヒッグス粒子が飛ぶ時には、その雲もついてきます。電子も同じです。我々が見ている電子は裸の電子ではなく、その周りに光子の雲があり、電子が飛ぶ時には、光子の雲もついてきます。ですから電子の質量は、雲も含めた全体の質量です。

 ヒッグスの質量も、先述の色々な粒子の雲も含めた全体の質量であり、その雲の重さを標準理論で計算できます。ところが、ヒッグスにまとわりつく雲の質量を理論で計算すると、観測されたヒッグスの質量の約100兆倍(10の14乗)といった質量になってしまうのです。これは、毛皮のコートを着た人の全体の重さが100キログラムで、毛皮だけの重さを理論で計算してみると10兆トンになったというようなもので、どうもおかしい。

―どうして、ヒッグス粒子の質量がおかしいのでしょうか?

【図】ヒッグス夫人

 一つの考え方としては、裸のヒッグス粒子の重さが、実は大きな負の値を持っていて、それが測定されたヒッグス粒子の100兆倍の質量の雲をまとうと、約14桁キャンセルして、少しだけ正の雲の重さが残る、それが我々が見ているヒッグス粒子の質量であるという考え方です。しかし14桁も全く関係ないものがキャンセルするのは非常に考えにくいです。その矛盾から逃れるためのかなり乱暴な方法として、宇宙の数が10の 100乗個もあり、そこにヒッグスの裸の質量や他のパラメータが色々な値を持つ宇宙があるという考え方があります。その中で我々の宇宙では、たまたま14桁キャンセルしたために我々が存在している、つまり、我々の宇宙が非常に特別なんだ、という考え方です。


■超対称性理論

 もしくは、他の理論があります。標準理論が提唱された時も、頭の良い人はすぐ「このままだとヒッグス粒子の質量が変だ」と気づき、それを修正できる理論を提唱しています。その代表的なものが、「超対称性理論」です。超対称性理論とは、標準理論の粒子それぞれに対して"影の粒子"があり、影の粒子もヒッグスのまわりに雲をつくる、と考えます。影の粒子の雲の重さと、標準理論の雲の重さが少しキャンセルされるようにできているので、100兆倍にならずに、少しは残るけど、大したものは残らないというわけです。我々はまだ影の粒子はひとつも見つけていません。ひょっとしたら将来見つかるかもしれませんね。


■余剰次元理論

 もう一つ代表的な理論が、余剰次元理論です。今、我々の空間は三次元ですが、実は、三次元以上に次元があり、それがそれぞれ我々の空間に対して直角方向に少しだけ厚みがあると考えます。その厚みは非常に小さいので、我々には感知できません。ところが、ヒッグスのまわりの高エネルギーの雲は(エネルギーが高いということは波長が短いということなので)、短い波長は余剰次元に逃げていけるんです。すると、あまり重い雲にならず問題が解決される、というわけです。


■ヒッグス粒子が新しい素粒子物理学時代の幕を開けた

 超対称性理論も余剰次元理論も、その主な動機の一つは、ヒッグスの質量がおかしいことを解決することだったのです。実は、ヒッグス粒子の存在は、1960年代後半から予言されていました。ところが、少なくとも実験家にとっては、「理論家のぼやき」でしたので(笑)、あまり気にしていませんでした。ところが実際に見つかると、その問題を無視できなくなります。すると、先述の問題を調べることは、最も重要な課題になってきました。ヒッグス粒子は、いろいろな問題を抱えて、素粒子物理学の新しい幕を開けたのです。

―今のところ、どの理論が最も有力ですか?

 わかりません。CERN研究所のLHC加速器で解明されることが期待されましたが、今のところはまだ見えていません。LHCは今年6月末、エネルギーを約二倍に増やしヒッグス粒子に対する感度を上げて、ちょうどデータ解析が始まったところで、非常に期待しています。


■標準理論のもう一つの問題は暗黒物質

【図】二つの銀河団の衝突の様子。ピンク色はX線写真、青色は重力レンズによる質量の分布で暗黒物質だと考えられている。

 実は、標準理論の問題がもう一つあります。宇宙には「暗黒物質」があり、宇宙の質量の約8割が暗黒物質であることがわかっています。実際に観測から暗黒物質が「見えている」ものもあります。例えば、「重力レンズ」はご存じですか?光は重力で曲がるため、大きな質量があるところで、むこうから飛んでくる光が曲がります。例えば、むこうの銀河系がひしゃげて見えます。それを解析することで、質量の分布がわかります。有名な写真に、ハッブル望遠鏡とチャンドラX線衛星が撮影した二つの銀河集団の衝突があります。銀河集団が衝突したところでX線が出て、ぐしゃっと潰れているのが見えます。ちょうど、この衝突して潰れて通り過ぎた辺を重力レンズで見ると、元通りの大きな球形の質量がすかっと通り過ぎているのが見えるのです。

 ところが、標準理論の色々な粒子は、どうしてもぐしゃっとなって熱くなるのがほとんどで、その現象を説明できないのです。あるいは、ニュートリノはそうでないかもしれませんが、ニュートリノでは暗黒物質が説明できないことがわかっています。するとおそらく標準理論にない粒子が暗黒物質なのだろうと予測されます。自然にあるものはすべてある種の粒子であろうと考えますが、その粒子が標準理論にないのです。

 ところが、先ほどの超対称性理論や余剰次元理論には暗黒物質の候補があります。もしその候補ならば、おそらく次世代の加速器で生成できるはずだというところまではわかっています。ですから、ヒッグスの質量がおかしいことと、暗黒物質が説明できないこと。他にも色々ありますが、これらをこれから調べていく必要があるわけです。


■宇宙の謎を解明するのに、なぜ素粒子なのか

―そもそも宇宙の始まりを理解するのに、なぜ素粒子を研究するのですか?

【図】ビッグバンに始まる宇宙の歴史

 ビックバンが宇宙の始まりだと言われています。非常に高いエネルギーが、非常に小さな体積の中で生まれました。ではビッグバンの前はどうかは気になるけど、そういった質問は一応しないことにしていまして(笑)。わからないことはたくさんあって、考えても始まらないこともあるので、わかる可能性がないところはあまり真剣に考えません。少なくとも、そこで生まれてそこから始まったと仮定して、どうなるかを考えましょうということです。すると、非常に高いエネルギーの中で色々な粒子が生成されます。生成された粒子は、宇宙の膨張を経て、対消滅など様々な反応を繰り返しながら、今の宇宙に至るわけです。それを理解するには、どんな粒子が生成され、どんな反応が起こっていったかを知ることが必要不可欠です。ですから、この世に存在しうる全ての素粒子と、それらがどのような反応をするかを理解し、この宇宙の発展にはめ込んで、今の宇宙を説明することが究極の目標です。

 宇宙がどのようにして今の状態になったのか、我々はどこから来たのかは、その一番の根源となる、ありとあらゆる粒子が反応していた状態を理解する必要があります。それを理解するのが、素粒子物理学です。素粒子物理学では、標準理論が、我々が今知っている一番正しい理論です。しかしながら、ヒッグス粒子の問題も暗黒物質も標準理論だけでは説明できないのは明らかです。


素粒子の新時代を牽引するILC

■ILCでヒッグス粒子を精密に測る

 そこで、新しい素粒子物理学の時代を牽引する目的で考えられてきたのが、「国際リニアコライダー」(ILC)です。ヒッグス粒子は、超対称性理論や余剰次元理論でも非常に似た粒子がありますが、標準理論のヒッグス粒子とは少しだけ違うのです。ヒッグス粒子は、色々な粒子と反応しますから、色々な粒子に崩壊します。その崩壊の強さが標準理論から極僅かにずれてきます。そういった崩壊の分岐を、要するに色々な粒子と反応する強さを、非常に精密に測る必要があります。LHCもヒッグス粒子を発見した非常に素晴らしい実験で、これからLHCを高度化し究極のLHCでヒッグス粒子を精密に測ろうとしていますが、ILCは、大雑把に言ってその究極のLHCの約100個分に相当します。

【図】国際リニアコライダー(ILC)加速器。全長約30kmの直線状の加速器で電子と陽電子の衝突実験を行う。


■ILCで新粒子発見

 さらに新粒子の発見についてですが、LHCは陽子と陽子を衝突させるため、エネルギーとしては非常に高い所にいきます。そのため非常に重い粒子を直接見つける可能性はLHCの方が高いですが、その事象は非常に複雑です。例えば、一つの衝突で、数百個以上、一度に色々な粒子が出てきます。その中で、自分の欲しいものを見つける必要があるのですが、なかなか見たいものが見れない可能性があるのです。

 LHCには弟分(本当は年上なので兄貴分)の、ひとつ古くて一回り小さい加速器があります。米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立研究所の「テバトロン」です。陽子と反陽子を衝突させますが、LHCと要素が非常に似ています。テバトロンでもヒッグス粒子をずっと探してきましたが、結局見つけられず、ヒッグスの発見はLHCを待たなければなりませんでした。

 LHCで見つかったヒッグスの測定から、テバトロンでヒッグス粒子がどれくらい生成されていたかを計算できます。すると実は、テバトロンでも2万個のヒッグスが出ていたことがわかりました。実際にヒッグスが生成されていたのに見えなかった原因は、陽子と反陽子や、陽子と陽子の衝突が非常に複雑で、なかなか見たいものが見れないせいでした。テバトロン自身はトップクォーク等、新しい粒子を発見して非常に輝かしい成果を出しています。ところが、ヒッグスに関しては、LHCを待つ必要があったのです。

 LHCでは、実に約100万個のヒッグス粒子が生成されて、発見することができました。一方、ILCでは数十個のヒッグスがあれば見つかります。それはどういうことかというと、既にLHCでは何か新しい粒子が生成されているのに、それが見つかっていない可能性があるのです。ですから、ILCでは単にヒッグスの精密な測定ができるだけでなく新粒子の発見も期待できる、ヒッグスがその証拠だったわけですが、その新粒子はILCを待たなければ見つからない可能性もあります。ですから、ILCをつくりましょう、というわけです。

【図】LHCとILCの比較。LHCでは陽子(3クォーク+グルーオン)同士を衝突させるのに対して、ILCでは素粒子である電子と陽電子を衝突させるため、事象がクリーン(下部イラストは、測定器で見える衝突事象のようす)。そのため、ILCは約100基の高度化されたLHCが同時に走るのと同等の統計的パワーでヒッグス粒子を測定できる。


■ILCは国民の才能を伸ばす財産に

―そのILCの建設候補地が日本の北上山地ということですが、それは東北、そして日本にとって、どのような意味があるでしょうか?

 ILCは、次世代の加速器としてつくるべきものという国際的な合意のもとに、国際的に推進されてきた研究施設です。それが日本にできることで、これから数十年にわたって、日本が世界の素粒子物理学の中心になるでしょう。
 そんな国際研究施設が、ここ日本に、東北にある意味は大きいと思います。世界中から多くの研究者とその家族がやってきて、その地域で生活もすれば、地域と交流もします。すると、地域の国際性が非常に大きく発展するのは確かです。そのような国際研究施設がその地域にあることで、次世代の児童・生徒が大きく感化され、科学に興味を持つ可能性が十分にあるでしょう。それは日本にとって、その地域にとって、歴史的・文化的にも、国民が才能を伸ばす非常に大きな財産になると思います。

 さらに、ILCに必要な様々な技術は、様々な分野にとって最先端をさらに広げる必然性をもたらす機会ですので、技術的な発展が促進されるのも、非常に大きなメリットです。もちろん、それはホストする東北・日本は当然のこと、世界中にも当てはまるでしょう。

―世界中に候補地がある中で、日本の北上山地に決まった要因は?

 政府はまだILCを承認したわけではありませんが、少なくとも研究者による国際組織は、日本の北上のみを候補地とし、北上の特性や岩盤の状況などに対して設計を進めています。世界中に候補地がありましたが、ヨーロッパには究極のLHCにする目的があるので、ILCをホストする余裕はありません。米国は基礎科学が低迷しているため、ILCをホストするのは難しい状況にありました。そこで、日本に白羽の矢が立ち、日本の地形を調べると、北上が非常に適していることがわかりました。

―ILCはいつ頃できるのでしょうか?

 来年か再来年度頃までには、日本政府に何らかの方向性を示して欲しいと考えています。それと平行して、ILCは国際的な研究施設ですので、世界の国々から投資をしてもらわなければなりませんが、世界中で各国との準備の話し合いが進行中です。日本だけで決めれるものでないですが、少なくとも日本政府が、「国際的な合意を得られて日本が満足できるものなら、日本に誘致したいから話を始めましょう」と正式に表明することはできるのでは、と思っています。

―今後の抱負について、お聞かせいただけますでしょうか。

 僕の好きな物理のおもしろさを、より多くの若い人たちにも理解してもらって、未来につなげていくことは非常に重要なことです。ILC推進という意味では今が正念場ですので、とにかく全力を尽くしたいですね。


次世代へのメッセージ

■おもしろいと思うことに、ぜひ没頭して

―最後に、次世代を担う中高生へのメッセージをお願いします。

【図】東北大学素粒子実験研究室が担当した仙台年忘れ茶会にて。

 おもしろいと思うことを見つけて、没頭して欲しいですね。おもしろいと思って没頭している時ほど、様々な才能が成長することはないです。反対に、嫌々やっていることは、大体伸びないですね(笑)。それは科学かもしれないし音楽かもしれないし、他のことかもしれないですし、ものによっては親が良い顔をしないこともあるかもしれません。でも、没頭できることを見つけたら、あなたはものすごくラッキーです。それが何であれ、ぜひのめり込んでください。

―山本先生自身も、これまで色々なことに没頭してきましたか?

 おもしろいなと思って、2~3ヶ月他のことを犠牲にして没頭すると、結構力がつきます(笑)。小さな頃は、絵が好きでした。油絵も少し。あとピアノに没頭したこともあります。ブラームスのバラードやシューマンの夜想曲など。米国留学のために英語に没頭したこともあります。ハワイではサーフィンは下手でしたが、インラインスケートはいけましたよ(笑)。米国に行ってからは日本の文化に興味を持ち、日本の誇るべき文化として、茶道に我流で挑戦。日本に帰って来てからはきちんと入門して、今もせいぜい月1回くらいですが通っています。茶道は、ものをコントロールして、決められた順序をきちんと守れば、ちゃんとうまくいくようにできているんです。お点前の手順を間違えると、すぐ後に酷い目に会う(笑)。全く理論的にできているんですよ。非常に楽しいですね。

―おもしろいと思う心が、様々な才能を伸ばしていくのですね。山本先生、本日はありがとうございました。

宇宙の成り立ちを解き明かす/成田晋也さん(岩手大学教授)に聞く

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成田 晋也さん(岩手大学工学部教授)に聞く:宇宙の成り立ちを解き明かす 取材・写真・文/大草芳江

2015年12月18日公開

宇宙の成り立ちを解き明かす
~高校生の頃からの夢を叶えるILC~

成田 晋也 SHINYA NARITA
(岩手大学工学部 教授)

1968年、青森県生まれ。岩手大学工学部電気電子・情報システム工学科教授。研究分野は、高エネルギー物理学、凝集系核科学、粒子計測。1992年東北大学理学部卒。1997年東北大学大学院理学研究科にて博士号(理学)を取得。国際リニアコライダーでは、測定器開発の他、計画推進に関わる様々な活動に携わる。

東北ILC推進協議会×「宮城の新聞」コラボレーション連載企画

ノーベル物理学賞「小林・益川理論」の検証に大きく貢献した素粒子実験「Belle実験」に携わった後、
電子工学的な観点から素粒子物理学の研究に関わる成田晋也さん(岩手大学教授)。
地元の北上山地が建設候補地となった最先端の素粒子実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の
実現に向けて活動している成田さんに、ILCに対する想いや期待を聞きました。


成田 晋也さん(岩手大学工学部教授)に聞く


【1】自然の本質を解き明かしたい

■高校生の頃からの夢を叶えるILC

―成田先生は、どんなことがおもしろいと思って、研究をしているのですか?

 高校生の頃に「自然の本質を解き明かしたい」と思い、大学では物理学を専攻しました。自然の本質を突き詰めるとなれば、物質や宇宙の成り立ちを研究したいと思い、物理学の中でも素粒子物理学を選びました。
 宇宙の始まりは極めて高エネルギーな世界です。高エネルギーで宇宙を再現することにより、宇宙の成り立ちを調べることに非常に興味があります。その実験こそ、国際リニアコライダー(ILC)計画です。まさにILCは私の高校生の頃からの夢を叶える装置です(笑)。
 大学院修士課程では、今年のノーベル物理学賞受賞で話題の、ニュートリノを観測するための装置(光電子増倍管)をハワイ島沖の海底に設置する実験に携わり、私は光電子増倍管を含む光検出器の制御プログラムの開発を担当しました。大学院博士課程では、米国スタンフォード線形加速器センターでの偏極電子・陽電子衝突実験に参加し、素粒子物理学の基本的な枠組みである「標準理論」を検証するテーマで博士号を取得しました。
 その当時、素粒子物理学の最も重要なテーマのひとつが、「粒子」と「反粒子」(質量が等しく、電荷の符号が反対の粒子)の性質の違いを調べることでした。その謎を解き明かすための実験が、日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)における「Bファクトリー」(KEKB加速器)での「Belle実験」でした。この実験に私も携わり、準備を進めていた検出器の開発を担当しました。Belle実験は1999年から開始され成果を挙げ、小林・益川先生のノーベル物理学賞受賞に貢献したのです。

【写真1】将来のニュートリノ実験用に開発を進めている液体アルゴン測定器

 岩手大学着任後は工学部電気電子工学科(のちに電気電子・情報システム工学科)の一員として、電子工学的な観点から素粒子物理学の研究に関わってきました。もともと素粒子物理の実験屋として行っていた測定装置やソフトウェアの開発に軸足をより置いて、しばらく粒子測定器や測定器用の電子デバイス材料を中心に研究をしてきました。
 その間も常に素粒子物理学の動向について情報を集めていました。そして2010年頃、研究者仲間から声をかけられ、新しいニュートリノ実験の測定器開発に携わることになりました(写真1)。そんな中、ILCの動きが活発化してきたのが2011年頃です。もともとILCに興味がありましたが、特に、建設候補地が地元・岩手ということもあり、自然とその中に入った感じです。まさに運命的なこともあるものですね(笑)。


【2】世界最先端の加速器がもたらすもの

―もしILCが北上山地に建設された場合、どのような拡がりが期待されるでしょうか?

【図】北上山地での建設を目指し計画が進むILC(イメージ)

 物理に関しては、ヒッグス粒子や暗黒物質の謎の解決が非常に興味深いですね。私のような物理学者のみならず、誰もが関心を持つ「宇宙はどうやって生まれたのか」という問いに答えを与えるものですから、ILCで生まれる物理的成果は、間違いなく世界中の人々に夢を与える結果になると思います。
 また、工学的な観点から言えば、ILCに関わる様々な技術は世界最先端の要素で構成されるため、そこでひとつ一つの要素技術が進歩することで、様々な波及効果が生まれるでしょう。岩手発・日本発の新しい技術が生まれることへの期待があります。


■日本の技術力の高さ

―日本や東北の加速器科学技術のレベルは、国際的に見て如何でしょうか?

 世界中に優秀な物理学者や技術者がいますが、素粒子実験を進めるには、様々な技術が必要です。特に日本の場合、研究者に限らず企業も、日本の素粒子実験の活躍を後押ししていると思います。素粒子分野は様々な要素技術で構成されるため、それが余計に際立つのかもしれませんが、どの分野においても、大きな企業から町工場まで日本の企業の技術力の高さが、科学の発展を支えています。ILCが北上にできれば、日本の技術力を発揮するチャンスですし、東北には高い技術を持つ企業が数多くありますので、ILC実験を支えてくれると期待しています。


■最先端技術の応用展開

―加速器の要素技術の発達によって生まれる波及効果とは?

 素粒子の測定器は、目に見えないものを捕まえる装置です。素粒子がどこをどのように飛んだか、どのような粒子が飛んだかなどを調べるのが役割です。それを、mmやμmの精度で正確に位置を調べるのが非常に重要です。それができれば、粒子線を用いる様々な分野で応用できます。
 例えば、医療で体内を診断する時、粒子をぶつけ、それがどう跳ね返るかを調べます。その位置の精度が非常に良い測定器ができれば、非常に狭い範囲で病気の原因が特定できるなどの応用が期待できます。環境分野でも、紫外線や放射線の高感度な測定器を低価格で開発できると考えています。
 また、素粒子物理実験では、高頻度で粒子と粒子を衝突し、粒子が発生します。その際、粒子測定器から発生する大量の電気信号を高速で処理し、そのデータを蓄積して、解析することになります。そのため、高速信号処理技術や情報通信技術も深く関係します。有名な例は、World Wide Web(WWW)ですね。WWWはスイス・ジュネーブにある欧州原子核研究機構(CERN)で、世界中の大学・研究機関で働く素粒子物理学者たちが情報を共有できるようにするために考案されたものです。
 それに、素粒子実験では、反応によって生成される粒子を長期間安定して捕まえるための測定器材料が必要になります。例えば、粒子の衝突点近くには半導体による粒子測定器が置かれますが、長く実験を続けていると、粒子線による半導体の劣化が問題になります。そのため、素粒子実験では、劣化に強い材料や構造を工夫した半導体測定器の開発が行われています。この研究開発成果は、同じく粒子線の大量照射を考慮する必要がある衛星技術などにも応用できる可能性があります。実は私も、新しい材料による半導体測定器の開発に取り組んでいます。

―加速器科学はハイレベルな要素技術から成り立つからこそ、様々な周辺領域に応用展開が可能なのですね。

 そうですね。やや観点が異なりますが、素粒子物理で学位を取得した研究者は、例えば、ソフトウェアやデータ通信、医療用機器など、様々な分野で活躍しています。素粒子実験をやっていると、知らぬ間に手に職がついている感じですね(笑)。


■想像できない新技術につながる可能性

 とはいえ、ILCや素粒子の技術が将来何につながるかは、わからないことの方が多いと思います。電子が見つかったのは、今から約100年前のこと。今でこそ電子という言葉は、中高生でも知っていますが、電子が発見された当時、その電子の発見が将来何につながるかは、おそらく誰もわからなかったと思います。けれども、電子が発見され、その素性がわかったおかげで、電子をコントロールできるようになり、様々なはたらきを持つ電子回路が実現しました。それが今日のパソコンや携帯電話の基礎を築いたわけです。電子の発見がなければ、今の情報通信社会はなかったでしょう。
 では何がそうさせたかと言うと、「これがあれば何か新しいことができるのではないか」と考えた人がいるからです。よく研究室の学生に、「ただ結果を持ってくるだけでは、何を考えているかわからないから、自分の考えを入れろ」と言っています。常に目の前にあることから、何かを考える姿勢が大切です。すると、世の中はもっと良くなると思うのです。


【3】次世代へのメッセージ

■わからない自然をできるだけ知りたい

―成田先生の今後の抱負についてお聞かせいただけますか?

 新しいものを見ることは、前提よりも目の前のものが全てで、目の前に現れている現象に正直に向き合わなければいけません。もちろん、それが正しくやって出た結果かどうかは、きちんと考える必要があります。けれども自分がやってきたことが間違いなく、今までに無いものが出てきたら、もっと謙虚に受け入れて考える必要があると意識しています。やはり、自然が一番正直です。正直な自然に対して、正しく情報を得て、正しく理解することが、自然科学には大事で、それが自然を理解することだと思います。
 人間の一生なんて自然から見れば短いものです。その限られた中で、わからない自然をできるだけ多く知りたいのです。ですから自分ができることはチャレンジしたいと思います。そのひとつの有力な方法が、ILCであることは間違いありません。自分が知りたいことを知るために、ILCをぜひ実現させたいです。特に地元・岩手の大学におりますので、若い力にも参加してもらいながら、ぜひ成功させたいと思っています。


好奇心を失わずに自分の頭で考えて

―最後に、中高生たち若い世代へのメッセージをお願いします。

 まずは、色々なものごとに関心を持って、好奇心を失わず、身のまわりのちょっとしたことにも興味を持つ心を無くさないでもらいたいですね。もうひとつは、誰かから何かの情報をもらった時、常に好奇心を持って、自分の頭で「なぜだろう?」と考える気持ちを、若いうちだけでなく歳をとっても、大事にしてもらいたいと思います。これは自分自身にも、常に言い聞かせていることですけど(笑)。

―ちなみに、成田さんの研究以外での楽しみは何ですか?

 毎日の楽しみは犬の散歩です。気分転換になって元気が出ます。あとは鉄道好きです。最近は、時刻表を見るくらいしかやっていませんが、時刻表は年中見ています。時間があれば色々な鉄道に乗ってみたいですね。それと、時刻表を見て楽しいのは、出張で会議が連続してある日、「これにこう乗り継げば、この日この時間に出ても間に合うぞ」とか(笑)。でも最近は便利なアプリがあって、それであっという間に検索できちゃうのが、ちょっと寂しいですけどね(笑)。

―成田先生、本日はありがとうございました。

世界へはばたけ、未来の科学者/東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」

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世界にはばたけ、未来の科学者たち/東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」

2016年2月25日公開

東北大学 飛翔型「科学者の卵養成講座」参加者
高校生インタビュー

◆科学好きな高校生を東北大が支援

「個人ゲノムの暗号を解読せよ」での実験のようす。人間のDNAにはゲノム情報があり、それぞれ異なる情報を持つ。受講生は自分のDNAを解析する実験を行った後、自分のルーツを予測するアプリケーションをプログラミングによって作成した。

 東北大学が科学好きな高校1・2年生を募り、将来世界で活躍できる科学者の卵を育てることを目指す、飛翔型「科学者の卵養成講座」。大学で幅広い分野の講義や実験を体験し、さらには留学生との交流を通じて、研究力と科学力、国際性を養うプログラムだ。選抜された受講生が参加できる研究発展コースでは様々な研究コースが用意され、教員や学生のサポートのもと、大学の研究を体験できる。このうち情報科学研究科の大林武准教授が担当する「個人ゲノムの暗号を解読せよ」に参加する高校生たち3人に、本講座で得たものや将来の夢を聞いた。


◆自分から応募した理由

―応募したきっかけは?

小川 数学や理科が好きで、高校に入って何かしたいと思った時、学校でチラシを見つけて、自己推薦枠で応募しました。

深津 私も学校でポスターを見つけて、自分で応募しました。「科学者の卵」は色々な分野を学べる点が特に魅力的でした。

佐々木 僕は地元の秋田から仙台に来たくて応募しました。


◆幅広い先端学問に触れる

―参加して何を感じましたか

深津 幅広い先端分野の講義を受けることで、それまで自分が興味を持っていた分野とは別の分野のおもしろさや、分野間のつながりを学べました。全国から価値観の異なる人たちが集まって議論できるのも良いですし、大学の先生方も意外と怖くなくて親しみやすいです(笑)。

佐々木 高校の授業の延長線上に研究があることや、高校の授業も大学の講義とつながっていることがわかり嬉しいです。

小川 大学の充実した環境で、今までの自分になかった考え方や価値観を教えてもらえます。仙台に来てよかったです。


◆高校と大学の違い

深津 高校では先生が手とり足とり面倒をみてくれますが、大学では自ら動くことが大切。この講座に参加すること自体、行動力が大事ですし、色々挑戦して活動の幅が広がりました。

佐々木 大学では高校のように与えられた問題を解くわけではない点が難しいですね。

小川 まわりは科学に長けている人ばかりで最初は引け目を感じ、質問ができませんでした。でも主体的に学べるかどうかで学びの質も量も大きく変わると気づいてからは、自分から質問するようになりました。


◆殻を破り新しい世界へ

―自分の変化を感じますか

深津 私も自分から質問するようになり、深く突き詰めようと思うようになりました。

佐々木 質問する人たちからも、また刺激を受けますよね。

小川 理科は教科書で習ったことしか知りませんでしたが、普段何気なく使っているものが科学の成果であり身近に科学が潜んでいることを知りました。ものの見方が変わったことで、自分が利用する側だけでなく、新しいものを開発したり研究したいと思うようになりました。視野が広がると習ったこと以上に、もっと知りたくなるので、自分で調べて、知識が増えて、また新たな疑問が生じ、それを解決するのが楽しいです。科学の世界は広いなと感じます。


◆体験から広がる可能性

―今後の抱負や将来の夢は?

深津 研究の難しさと楽しさを人より早く体験できた経験を活かして、これからも色々なことに挑戦したいです。

佐々木 この講座で、プログラミングは自分の発想をすぐに確かめられる強力な道具であることを教えてもらったので、プログラミングを覚えて自分でも色々と試してみたいですね。

小川 両親の影響で医学分野に興味がありましたが、他分野にもおもしろいことがたくさんあることを体験し、研究したい気持ちが湧きました。来年は理数科に進んで研究したいです。


◆好きなことに没頭して

―最後に大林先生から中高生へメッセージをお願いします

大林 生命情報科学分野は、高校の科目としては生物に近いのですが、数学や化学、英語、地理・歴史等、多くの知識を総動員する必要があります。無駄になる勉強などひとつもないことを、本講座で味わってもらえると思います。大学は一方的に講義を受ける場ではありません。自分の好きなことが見つかれば、それを好きなだけやれる楽しい場です。高校の先が気になる人は、ぜひ本講座に応募して、自らの手で未来をつかみとってください。


飛翔型「科学者の卵養成講座」実施主担当者
安藤晃さん(東北大学大学院工学研究科教授)インタビュー


◆殻を破り新しい世界へ羽ばたけ

 日々の中で不思議だと思ったり困っている問題があると思います。その疑問をどう調べたり、問題をどう解決するかという自分なりの方法を、様々な体験を通じて身につけて欲しいと願っています。特に今はひとつの問題に対して特定の分野だけでは対応できない時代。幅広い先端分野の講義を通じて、様々な知識や研究分野がどう結びついているかも実感して欲しいです。

 本講座の先輩には、「高校生科学技術チャレンジ(JSEC)」や「インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)」に挑戦する高校生もおり、海外で発表する高校生もいます。多様な価値観が入り交じる中でも、自分の思いを強く持ち、お互いに考えをぶつけて、新しいものを創造することにつなげる。そんな国際性を身につけることも、本講座の目的のひとつです。英語は、そのための道具ではありますが目的ではありません。本講座では英語交流サロン等の場も設けているので、ぜひ真の国際性を身につけて欲しいと願っています。

 高校での学びとは異なる世界の体験を通じて、「科学者の卵」の皆さん、ぜひ自分の殻を破り、可能性の羽を広げ、大いに羽ばたいてください。


東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」 募集要項

対  象高校1・2 年生
募集人員100名程度
募集エリア全国 ※但し月1、2 回程度東北大学に通える生徒
参加費用無料(交通費は規定に従い補助予定)
主な分野数学・物理・化学・生物・地学
応募期間2016年4月~5月上旬
応募方法ホームページよりお申し込みください。
※今回の個人応募のほかに、学校推薦による募集なども今後行う予定です。詳細は上記ホームページをご確認ください。
主  催東北大学
※本講座は、国立研究開発法人 科学技術振興機構「グローバルサイエンスキャンパス」の委託事業です。

【フランスLATMOS訪問】国際連携のもと、惑星大気の行方を探る/寺田直樹さん(東北大学准教授)に聞く

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【フランスLATMOS訪問】国際連携のもと、惑星大気の行方を探る 取材・写真・文/大草芳江

2016年03月16日公開

国際連携のもと、惑星大気の行方を探る

寺田 直樹 Naoki TERADA
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻 准教授 )

1973年大阪市出身。京都大学大学院理学研究科にて博士号(理学)を取得。名古屋大学太陽地球環境研究所研究機関研究員、日本学術振興会PD特別研究員、科学技術振興機構CREST研究員を経て、現在、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻・太陽惑星空間物理学講座准教授。研究テーマは、惑星プラズマ物理学、惑星大気の宇宙散逸、惑星圏数値シミュレーション。

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.6)

 私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。

 東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。

 この研究を国際連携で進めるために、数値シミュレーションを用いた惑星大気の宇宙空間への流出と進化の理論的研究が専門の寺田直樹さん(東北大学准教授)が、世界的な理論研究を展開していることで有名なフランス大気環境宇宙観測研究所(LATMOS)に長期派遣されています。今回、フランスのパリ第6大学、及びパリより約30マイル西に位置するギュイヤンクールにあるLATMOSを訪問し、Francois Leblanc博士らのグループと寺田さんとの共同研究についてインタビューしました。

※同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。


寺田直樹さん(東北大学准教授)に聞く


惑星大気の進化や多様性が生じる原因を探る

【図1】火星大気が宇宙に流出する様子を数値シミュレーションで再現

―どのような研究をしているのですか?

 太陽からは光や太陽風(超音速の荷電粒子の流れ)が常時吹き出しています。その影響を受けて、惑星の大気は宇宙空間に剥ぎ取られ、絶えず流出しています(大気の流出現象)。その結果、惑星の大気がどのように変化してきたかを調べることを我々の研究目標としています。

―なぜ惑星大気の変化を調べたいのですか?

 惑星がどのように進化したのか、生命がどのように生まれてきたのか、我々がなぜここにいるのか。それらを理解する上で、惑星の大気の流出と、それにより駆動される惑星の環境変化は重要な鍵です。もともと私の研究は宇宙空間の荷電粒子から始まったため、特に惑星間空間を流れる太陽風が惑星の大気に与える影響に興味があります。

―どのような方法で調べるのですか?

 大きく分けて3つの方法があります。ひとつ目は、探査機による観測です。2つ目は、地上からの望遠鏡による観測です。そして3つ目が数値シミュレーションです。どの方法にも良い点と悪い点があり、どれかひとつの方法だけで調べることは難しいため、補い合いながら研究を進めます。私の専門は数値シミュレーションですが、今回のように、LATMOSなどと連携し、観測データと比較しながら研究を進めています。


研究手法としての数値シミュレーション

―寺田さんが研究で用いる数値シミュレーションは、どのようなものですか?

 私が扱う数値シミュレーションでは、調べたい物理系に対応する方程式に、境界条件と初期条件を与え、多数の格子点上で多数の方程式を満たす解をコンピュータに求めさせることを行います。非線形効果など複雑な現象を含めて研究するには、人間の頭と手で行う解析的方法のみでは限界があるため、数値シミュレーションで研究するのです。

―寺田さんの研究では、どのような方程式を使っているのですか?

 太陽風が大気に与える影響を調べるために、電磁場の振舞いを記述する基礎方程式であるマクスウェル方程式と荷電粒子の運動方程式、さらにこの二つの方程式を基本として導出される基礎方程式「磁気流体力学方程式」を使います。今は磁気流体力学方程式を使うことが多いですが、近似が少ないバージョンとして、マクスウェル方程式や荷電粒子の運動方程式も状況に応じて使い分けます。

―数値シミュレーションの良い面と悪い面とは?

 数値シミュレーションの良い面は、解析解が得られないような複雑な方程式も、空間的・時間的に数値解が求められるため、全体像の把握が可能な点です。一方で悪い面は、誤差の部分や、初期条件や境界条件が必ずしも現実と合っていない部分が入る点です。

―悪い面はどのようにして補うのですか?

 現実と合っているかどうか、観測データと比較して確認することが多いです。一方で観測の場合、限られた部分では観測誤差を除いてもっともらしい情報が得られますが、その一点しか見えない場合が多いのです。例えば、探査機の直接観測の場合も探査機がいる場所しか測れませんし、光学観測も多くの場合、酸素や水素の分布といった特定の物理量しか測ることができません。反対に、数値シミュレーションでは全てひとまとめに計算できて全体が把握できるため、観測と相互に補完しながら全体を理解することがシミュレーションの役割です。


火星の水はどこへ逃げた?

―寺田さんの研究ターゲットは何ですか?

【図2】地球と火星

 今は主に火星を研究しています。火星は地球や金星と比べて小さい分、重力が小さく、かつ磁場を持たないため、太陽風が直接大気に影響し、大気が剥ぎ取られやすい惑星です。一方、水星ともなると、太陽に近過ぎるため、太陽からの影響が強過ぎて、すべての大気を完全に失っています。現在進行形でなければ現象が見えづらいため、太陽風の影響を受けやすく、かつ大気の剥ぎ取り過程が現在進行形で起こっている惑星として、火星が最適なターゲットなのです。

【図3】火星の水の流れの痕跡(提供:ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum))

 実際に、火星大気中に存在する酸素が1億年間ですべて失われるほど、大気が宇宙空間に失われていることが探査機によって直接捉えられています。さらに探査機による地形解析や水和鉱物の観測等によって、火星には、その初期(約30~40億年前)に大量の液体状態の水を湛えた時期があったことが明らかになりました。しかし、その温暖な気候を保持していた温室効果ガスと水がどこへ消えたかは未だよくわかっていません。この劇的な環境変化を引き起こした要因の候補として、宇宙空間への大気の流出が注目されています。その意味でも、火星が一番おもしろいですね。


現在のみならず過去へ遡る

―今はどんなことまで明らかになっているのですか?

 まず、太陽に似た異なる年代の若い恒星を観測的に調べることで、太陽は昔どれくらいの光を放っていたかがわかっています。一般に「昔の太陽は暗かった」と言われ、確かに可視光域では現在より20~30%ほど暗かったと考えられます。一方、太陽風や紫外線領域の短波長の光は、現在より約100~1,000倍も強かったことがわかっています。惑星大気を剥ぎ取る原因である太陽風や紫外放射が昔強かったことは、昔は惑星の大気がより剥ぎ取られていたことを意味します。

 現在、どれくらいの大気が流出しているかは、探査機観測で明らかになりつつあります。そのため今の研究の焦点は、太陽の活動がより激しかった過去、惑星の大気がどれくらい流出していたか、現在のみならず過去に遡り明らかにしようというのが世界的な動きです。火星探査機もまた、現在のみならず過去の水がどうだったかを調べようという方向です。

 しかし、現在の観測のみでは現在しかわかりません。そこで、現在の観測結果を踏まえ過去を調べる道具として活躍するのが、数値シミュレーションです。そこで私は、数値シミュレーションで過去にまで遡れるような精巧なモデルをつくっています。

―寺田さんは、どのようなモデルを開発したのですか?

【図 4】磁気圏モデル(金星・火星大気の現在の少量宇宙流出)

 私が開発したのは、磁気圏モデルです。主に「電磁ハイブリッド(粒子イオンと流体電子の混成)シミュレーション」と「磁気流体力学シミュレーション」の2種類を世界に先駆けて開発し、惑星大気が太陽風の影響によって、どのような物理機構により、どのような経路で宇宙空間に流出するかを理論的なアプローチで明らかにしてきました。

―そのモデルを使って、どのようなことがわかりましたか?

 数年前、火星で過去どれくらいの水が失われてきたかを磁気流体力学シミュレーションで見積もりました。その結果、初期火星から最大70メートル深さの水が失われたことが、私の計算から得られました。


領域間結合モデルの開発

【図 5】NASAの火星探査機「MAVEN」(提供:NASA)

 さらに最近は、超高層大気だけを調べるのでは不十分なことがわかってきました。NASA(アメリカ航空宇宙局)の「MAVEN(メイブン)」等の火星探査機による観測結果から、下層大気から来る擾乱(大気波動)が超高層大気や宇宙空間に影響を及ぼしていることが示されています。そこで最近は、超高層大気から下層大気までを結合させたモデル開発が研究テーマになっています。このモデル結合でLATMOSは世界的に先行しているため、我々はコラボレーションしています。

―結合モデルとはどのようなものですか?

 東北大学が現在もっている領域毎の複数のモデルは世界トップレベルで、上空の磁気圏から下層の大気圏までをカバーしていますが、これまで別々のモデルに分かれていました。太陽風と惑星大気の相互作用を解く磁気圏モデルは、私が持っています。また、高度130キロメートルよりも上層の希薄大気でまさに宇宙空間に大気が逃げようとしている領域を解く「外圏モデル」を寺田香織さん(寺田さんの奥さま)。地表から大気全体を解く「大気大循環モデル」を黒田剛志さん(インタビューはこちらこちら)が持っています。

 私は火星について、数年前は水が失われた量を調べていましたが、今は下層から超高層大気をつなぎ、かつ温室効果ガスである二酸化炭素の宇宙空間への流出量を、結合モデルを使って調べようとしています。

【図6】東北大学が有する惑星大気変動の領域モデル群(右)と開発中の結合モデル(左)

―各領域では何が異なるために、モデル結合が難しいのですか?

 磁気圏モデルでは、電離大気のイオンとエレクトロンを扱います。大気大循環モデルと外圏モデルを分けるのは、流体近似が使えるかどうかです。大気の粒子の衝突がたくさんあれば流体とみなすことができますが、上方に行くと大気が希薄過ぎるため、流体としてではなく粒子として取り扱うのが外圏領域です。それぞれ物理量の表現方法が異なるために専門家が異なり、専門家同士の意思疎通を必要とするので、モデル結合は難しいのです。


LATMOSとの国際共同開発

―コラボレーションに値する、LATMOSと東北大学それぞれにユニークな点は何ですか?

【図7】LATMOSの結合モデル

 LATMOSのモデルは比較的実用的です。実際にMAVENの観測データと比較しており、次のステップへ進んでいます。一方で東北大学のモデルは、自分たちで言うのも何ですが、精巧で緻密なモデルなので(寺田さんの磁気圏モデルは、世界で最も高い精度・分解能を達成している)、より詳しく物理機構を調べたい時に貢献しています。

―LATMOSとのコラボレーションによって、寺田さんが得られたことは何ですか?

 彼らから学ぶことはとても多く、その研究体制や研究に対する姿勢などからも度々感銘を受けています。特に、衛星データとの比較や、"集中と選択"の考え方が勉強になります。彼らは、「スパッタリング」(大気の叩き出し:宇宙空間で加速されたイオンが大気に突入する時、大気が局所的に加熱されることでエネルギーを得て、大気が流出する現象のこと)という物理過程を軸に研究を展開することを長年続けています。得意とする物理過程を軸にすることで少人数ながら大変効率的な研究が可能となっており、中軸を持つことの大切さを学ぶことができました。

―研究の中軸に置くほど「スパッタリング」は大事な物理過程と推察されますが、それが競合優位性を持つということは、他機関では扱われていないのですか?もしそうならば、その理由は何ですか?

 LATMOSの他ではひとつの研究機関だけで、他で行われていない理由は難しいからです。スパッタリングでは、磁気圏で粒子が加速される磁気圏側のプロセスも、大気がぶつかり加熱する大気側のプロセスも両方わかる必要があります。しかし、磁気圏側と大気側でイオンと中性大気の両方を知る必要があるため、普通はそこで専門が分かれてしまうのですが、それをうまくつないでいるのがLATMOSです。衛星データと比較する時もスパッタリングを中軸に拡げていける強みがありますし、対象も火星のみならず水星や木星のガリレオ衛星などまで幅広く、さらに手法についても望遠鏡による地上観測から探査機用の観測機開発まで、中軸があるからこそ発散せず幅広く研究できていると思います。

―LATMOSのFrancois Leblancさんとの共同研究からは、何を感じましたか?

【写真1】LATMOSのLeblancさんと熱心に議論を交わす寺田さん

 Leblancさんはスーパーマンだと思います(笑)。Leblancさんは研究はもちろんのこと人間的にも素晴らしい人です。火星超高層大気研究の世界的権威なのに、どんな人にも優しくできる紳士で、私はかるく凹みます(笑)。研究もスーパーでかつ人間的にも素晴らしいからこそ、国際的に活躍できるのだと勉強になりました。

 彼らの研究への姿勢も非常にストイックです。パリジャンと言えば話し好きでランチも2時間かけてゆっくり・・・というのが私の以前のイメージでした。しかし彼らは、朝一番から黙々と仕事を続け、ランチもサンドイッチをかじりながら仕事を続け、休憩無しで夕方に突入します。本当にタフだと思います(笑)。夕方になるとさすがに疲れてきて雑談を始めるのですが、その雑談の内容は火星かシミュレーションがほとんどです。研究が本当に好きなんだなあと感心すると同時に、火星好きでありシミュレーション好きである私は、同じ空間をシェアできる幸せを感じています。


より普遍的な大気進化の解明へ

―今後の抱負について、お聞かせください。

 本プロジェクトのおかげで、自分の得意な中軸を持ち、そこから研究を展開する必要性を学びました。今後それを確立し、惑星の進化を火星のみならず様々な惑星で調べられるモデルを開発したいですね。それも太陽系のみならず太陽系外まで発展させ、より普遍的なモデルを開発することが目標です。さらには太陽系外のどんな条件の惑星に生命が存在する可能性が高くなるのか、その成立条件の理解を目指したいですね。中軸を持ちながら、これからも自分がおもしろいと思うことを追求し続けたいです。


共同研究者のFrancois Leblanc博士(LATMOS)に聞く

―寺田さんとは以前より共同研究を行っていたそうですが、特にこの2年間は合計1年間以上、寺田さんがLATMOSに派遣され、より密な交流が行われたと思います。その率直な感想と、今回のコラボレーションによって何を得ることができたか、教えてください。

【写真2】寺田さんと数値シミュレーション結果について議論するLeblancさん

 我々と寺田さんは同じ目的を共有していますが、アプローチする方法はたくさんあり、それを相補的に補い合えることが良かったです。例えば、寺田さんが得意な波動のことを、私はよく知らないので、お互いに相手が持っていないものを用いて議論できることが大変魅力的でした。それによって新しい様々なアイディアや戦略が生まれるため、異なるグループで議論することはとても大切です。このような機会に感謝しています。

―寺田さん、Leblancさん、ありがとうございました。


フォトギャラリー

LATMOSのパリサイトが入るパリ第6大学は、パリ中央の南東側(ノートルダム大聖堂やルーブル美術館などの近く)に位置する。パリ第6大学には理学・工学・医学で構成され、ノーベル物理学賞受賞者であるキューリ夫婦の出身校であることから、別名「ピエールエマリーキュリー大学」という。LATMOSは写真右側の建物4階にある。

この日のランチはパリ第6大学の職員用食堂で。ランチ中もずっと研究に関する熱心な議論が続き、気づけば2時間があっという間に経過していた。ちなみにフランスではランチもコースで、メインディッシュで私はウサギ料理に初挑戦。

ランチ後は、パリ中心部より約30マイル西に位置するギュイヤンクール(ヴェルサイユ宮殿の近く)まで列車で1時間ほど移動し、LATMOSのもうひとつの研究開発拠点をLeblancさんからご案内いただいた。

ギュイヤンクールサイトでは、火星探査ミッションなど、これまでLATMOSが携わってきた数々のプロジェクトについて、多数の模型やポスターなどが展示されていた。

火星や水星、木星衛星のモデリング以外にも、粒子計測器開発、衛星光学観測、地上光学観測など多岐にわたって活躍するLeblancさんたちのグループから、現在開発中の探査機搭載用観測機器について、説明を受ける寺田さん。熱心な議論を重ねながら、観測と理論を統合した研究アプローチを国際連携のもと目指していく。

ギュイヤンクールのサイトにはLATMOS以外にも様々な研究機関が入り、研究施設や設備を共有しながら日々研究を行っているそうである。

パリ第6大学の事務・管理棟上階から眺めるパリ市内。Leblancさんと寺田さんには、ご多用のところ、取材に2日間ご協力いただきました。誠にありがとうございました。

【ドイツMPS訪問】東北大学、惑星大気変動の理論研究で国際研究拠点確立を加速/黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く

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【ドイツMPS訪問】東北大学、惑星大気変動の理論研究で国際研究拠点確立を加速/黒田剛史さん(東北大学助教)に聞く 取材・写真・文/大草芳江

2016年03月26日公開

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.7)

 私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。

 東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。

 この研究を国際連携で進めるために、惑星大気変動の理論研究が専門の黒田剛史さん(東北大学助教)が、世界的な理論研究を展開していることで有名なドイツのマックスプランク太陽系研究所(MPS)に長期派遣されています(黒田さんへのインタビュー記事はこちら)。

 今回、ドイツのゲッティンゲンに位置するMPSを訪問し、黒田さんと共同研究を進めるPaul Hartogh博士(サブミリ波による観測が専門)とAlexander S. Medvedev博士(火星・木星大気の大気波動及び大規模循環モデルの開発が専門)に同プロジェクトの意義や得られた成果、今後の展望などについて伺いました。

※同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。


理論研究の連携強化

―HartoghさんとMedvedevさん、黒田さんは2004年から12年間、共同研究を行っているそうですね。特にこの2年間は合計1年間以上、黒田さんがMPSに派遣され、より密な交流が行われたと思いますが、それについてまず率直な感想をお聞かせください。

【写真1】マックスプランク太陽系研究所(ドイツ・ゲッティンゲン)

Medvedevさん: いつでもコミュニケーションを取ることができて、便利でした。私たちは異なる特徴を持った異なるモデルを使っているため、相補的な関係で研究を展開することができ、新しいアイディアや次の計画を考えることができました。

Hartoghさん: 12年前、剛史は博士課程の学生として、ここMPSにやってきました。その後、剛史がMPSや日本でポスドクだった間もずっと我々は良いコラボレーションをしてきました。特に、剛史がドイツに頻繁に滞在したこの2年間で、我々はさらに良いチームになっていると思います。


共同研究の成果

―特にこの2年間で、どのような成果があがりましたか?

【写真2】Hartoghさんと黒田さん

Hartoghさん: この2年間で、将来につながる貴重な仕事ができました。火星と木星の大気大循環モデルを開発して成果を出し、論文発表ができました。これにより、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査機「MAVEN(メイブン)」のミッションや、今年3月に打上げ予定の「ExoMars Trace Gas Orbiter(エグゾマース・トレース・ガス・オービター)」という火星の水循環等を測るミッションで、水循環や大気の化学過程を明らかにするためのデータがこの1年半の間に取得できるでしょう。それに向けたモデル開発に我々は着手しており、剛史はそれを助けてくれるでしょう。将来につながる貴重なコラボレーションができたと思います。

Medvedevさん: とてもたくさんの成果があります。一番の成果は、剛史の高分解な大気大循環モデルにより、小さなスケールの重力波が火星上層大気に与える影響を初めて直接シミュレーションすることができたことです。もうひとつ、大きな成果があります。我々は木星大気のシミュレーションを一緒に行っています。木星は地球や火星とは全く異なる特徴を持っており、これまで木星の大気加熱の部分を正確に解く大気大循環モデルは開発されていませんでした。今回、剛史が木星大気の放射について正確かつ速く解くモデルを開発したため、それを大気大循環モデルに組み込むことで、今まで誰もやったことがない新しい研究ができるでしょう。このモデルは木星のみならず土星にも適用可能で、次に我々がやるべき大きな仕事になるでしょう。


お互いに得たもの

―コラボレーションによって、お互いにそれぞれ何を得ることができましたか?

【写真3】Medvedevさんと議論する黒田さん

Medvedevさん: 特に剛史の大気大循環モデルは、細かな分解能の計算が可能です。それらの計算結果は、モデルの制約条件を提供するため、モデルの信頼性を向上させることができます。MAVENのミッションでは、より高い高度を扱う私のモデルが適します。MAVENの観測結果と私のモデルを比較する際、モデルの正確性が向上することはMAVENのミッションに役立つため、これから火星上層大気について、様々なことが明らかになるでしょう。

Hartoghさん: 剛史が初めてMPSにやってきた時、彼は火星ダストの放射効果の計算ができました。私が開発していたモデリング計画にはダストの放射効果が入っていなかったため、それが彼からの最初のインプットです。その後、2009年にハーシェル宇宙望遠鏡の観測計画を立てるにあたり、モデル結果からどのような観測が期待できるかについて、剛史のシミュレーションに貢献してもらいました。

黒田さん: 彼らは様々なアイディアを持っており、たくさんの提案をしてくれます。それらを私のモデル開発に活かして様々な新しいことに挑戦し、論文執筆も非常に進みました。また、連携強化によって、我々のグループもMAVENのミッションに科学チームの一員として参加することができました。これにより一般公開前の観測データがグループ内にいち早く提供されるため、世界に先駆けて研究ができるようになりました。


今後の抱負

―最後に、今後のコラボレーションに関する抱負についてお聞かせください。

【写真4】将来の探査機計画にむけて開発中の観測装置を黒田さんに解説するHartoghさん

Hartoghさん: ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とJAXAが共同で2022年に打上げ予定の木星氷衛星探査機「JUICE(ジュース)」(2030年木星到着予定)にむけて、木星の成層圏の大気大循環モデルを開発しています。まだ時間はありますが、やるべきことややりたいことはたくさんあるので、これからもアイディアを交換し合いながら、チームの一員として剛史に期待しています。

Medvedevさん: 最近はテクノロジーの発展により、離れていても一緒に研究できる環境にはなりましたが、やはり、ひとつの場所でコミュニケーションを密にとり研究することは非常に貴重で効果的なことです。ぜひこのような機会を続けたいですね。

黒田さん: 非常に長く良い関係を築けているので、これからも一緒にできることを共同で研究したいですね。MPSは、我々の強固な惑星大気理論研究拠点になっています。これをますます発展させ、より多くの人が集まる強固なグループにしていきたいと思っています。

―皆さん、ありがとうございました。

写真左からAlexander S. Medvedev博士、学生のChris Mockel さん、黒田剛史さん、Paul Hartogh博士。


フォトギャラリー

MPSのエントランス。MPSが大きく貢献したプロジェクト、欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「ロゼッタ」などの模型が展示されている。

MPSは太陽、惑星・彗星、日震学の3グループからなり、黒田さんの滞在先は惑星・彗星グループ。他グループの研究者(写真は日震学の長島薫さん)との情報交換も新たなアイディアの源泉になる。

Hartoghさんから、MPSにある様々な研究・開発スペースを案内いただいた。写真は宇宙と同じ条件下で実験するための真空管チェンバー。

MPS内には保育園も完備されており、ランチタイムには子連れの若手研究者たちを多く目にした。

インターンシップでMPSに今年3月まで半年間滞在中の学生Mockel さんから、感謝の気持ちを込めてMedvedevさんと Hartoghさんへ太陽系惑星型チョコレート(日本製のため、Mockel さんに頼まれた黒田さんが日本から持参)がプレゼントされるシーンに遭遇。また、取材日前日は黒田さんの誕生日でお祝いがあったそう。リラックスした関係性が築かれている雰囲気を感じた。

MPSの食堂「RESTAURANT AT THE END OF THE UNIVERSE」内にある自動販売機。ドイツでお馴染みのグミ「HARIBO」などのお菓子のみならず、ソーセージまで置いてあるのがなんともドイツらしい。

Medvedevさんから、ゲッティンゲンの街も案内いただいた。上写真は旧市庁舎と「ガチョウ番の娘リーゼル」像。このリーゼル像のほっぺたに博士号取得者がキスをする習慣があるという。さすが、ドイツ最大の45人のノーベル賞受賞者を輩出したゲッティンゲン大学を有する学都だ。科学と知が街中に溢れている。

ゲッティンゲン縁の著名な科学者は数えきれないほどいる。マックス・プランク、グリム兄弟、ガウス、ウェルナー・ハイゼンベルク、ヴィルヘルム・ウェーバー等々。ゲッティンゲンを歩く時は、上方に注目するとよい。著名人が住んでいた家に、その名が刻まれたプレートがある。上写真はガウスが住んでいた家。

ゲッティンゲン駅から街の中心部に向かって、太陽系模型がある。太陽と惑星の位置や直径が20億分の1スケールで配置されており、実際に歩きながら太陽系の広がりを体感できる。この他にも科学に関する様々な銅像やオブジェなどが街に溢れており、ここで様々な科学が生まれている文化を感じた。

私が宿泊した駅前のホテル「GEBHARDS HOTEL」にも多くの著名人が宿泊したそうで、かのアインシュタインも、自らの理論を説明するためにゲッティンゲンを訪れた際、このホテルに宿泊したとのこと(ホテルのパンフレットより)。実は、「ゲッティンゲンで東北大学の第1回教授会議が開催された」と西澤潤一先生から伺い(インタビューはこちら)、学都仙台発祥の輸入元として、ゲッティンゲンはぜひ訪れてみたかった場所。その歴史を体感した滞在となった。

最後に、Hartoghさん行きつけの郊外にあるレストランで典型的なドイツ料理とビールを味わいました。MPSの皆さん、そして黒田さん、ご多用のところ、取材に丸一日ご協力いただき、誠にありがとうございました。

観測と理論の両面で国際共同研究体制を強化/坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く

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観測と理論の両面で国際共同研究体制を強化/坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く 取材・写真・文/大草芳江

2016年03月28日公開

観測と理論の両面で国際共同研究体制を強化

坂野井健  Takeshi sakanoi
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻、
付属惑星プラズマ・大気研究センター 准教授)

1967年栃木県宇都宮市生まれ、幼少より天文と自然に興味をもつ、1986年東北大学進学、1996年オーロラ観測のため南極越冬隊として昭和基地で約1年過ごす。帰国後、東北大学助手に就任。現在、同理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター准教授

頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.8)


 私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。

 東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。

 同プロジェクトのリーダーを務める坂野井健さん(東北大学准教授)に、2年間にわたる同プロジェクトの意義や得られた成果、今後の展望などについて伺いました。

同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。


坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く


―本プロジェクトの成果を、一言で表すと?


■順調に目標を達成、有意義な結果を得た

坂野井健さん(東北大学准教授)

 本プロジェクトは、我々東北大学のグループで所有しているハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした観測と、その結果を普遍化していくための理論モデリングの両面での国際的な連携強化を目的に、若手研究者を海外派遣するものです(プロジェクトの紹介はこちら)。具体的には、2年半の研究期間に合計1年間以上、4名の若手研究者を海外に長期派遣することで、国際共同研究の発展や人的交流の強化、若手の人材育成等を行いました。結論から言えば、順調に目的を達成でき、非常に有意義な結果を得ることができました。


■世界的な観測最適地ハレアカラ山頂に望遠鏡拠点を構築

ハワイ・ハレアカラ山頂に移設された口径60cm惑星専用望遠鏡の前で

 まず、3年前はハワイのハレアカラ観測所には十分な観測手段がありませんでしたが、派遣された鍵谷君と中川君の活躍もあって、今では口径60cmの望遠鏡がほぼトラブルなく順調にフル稼働しており、観測時間が足りなくなるほどです。この惑星専用望遠鏡をもとに、国内外の研究者から多くの利用問い合わせがありました。先方の観測装置を設置したり当方のデータを提供したりしながら、ハワイやフィンランド、国内では九州国際大学のグループと、共同研究を進めています。


■ハワイ大学との強固な共同研究体制を構築

ハワイ大学との「PLANETS」ミーティングのようす

 特に本プロジェクトをきっかけに、観測分野でハワイ大学との強い連携が築かれました。現在、惑星・系外惑星専用望遠鏡「PLANETS」(口径1.8m)をハレアカラ山頂に設置するための定期的な会合を開いています。半年毎に関係者が一堂に会することで、現地へ赴くたびに仕事が進捗しますね。特に、大変特殊な最先端技術を使う主鏡の製造について、技術とコストの両面で検討が進み、最終的にはマウイ島のベンチャー企業が流体研磨するところまで目処がたったのも大きな成果でした。さらに約半年前からは、半年に1回の会合では足りないということで、週1回インターネット電話ミーティングも行うようになる等、非常に密な交流関係を築き、PLANETSの具現化に向けて着実に計画を進めています。

フランス国立科学研究センター大気環境宇宙観測研究所( LATMOS )に派遣された寺田直樹准教授と共同研究を行った Leblanc博士

 モデリング分野も、フランスの大気環境宇宙観測研究所(LATMOS)とドイツのマックスプランク太陽系研究所(MPS)のチームと共同研究を行い、派遣された寺田君と黒田君の得意分野である惑星大気シミュレーションの研究も順調に進んでいます。また人的交流も進み、こちらから研究者を派遣するだけでなく連携先の研究者も来日して、情報交換やセミナーの開催等により相互理解を深め、次の研究にむけた検討も進めています。

NASAの火星探査機「MAVEN」(c)NASA

 具体的には2014年9月、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査機「MAVEN(メイブン)」が火星周回軌道投入に成功し、これまでにない全く新しい火星大気の観測が始まりました。火星大気の下層から宇宙空間まで上下にわたる広範囲で最新成果が出始め、世界的に大変注目されています。このような流れを見越して、理論サイドから情報を提供できつつありますので、その意味でもタイムリーな結果を出せたと思います。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」も2015年12月、金星周回軌道投入に成功し、2016年2月頃から本格観測が始まります。我々も「あかつき」のメンバーとして、金星のデータ解析と理論の両面で重要な貢献できると思います。


自前の観測手段を持つ意味

―特に本プロジェクトを通じて新しく切り拓けた点とは?

ハワイ・ハレアカラ山頂に開設した惑星観測基地

 我々の研究の武器となる自前の観測手段を持つことは、言うは易く行うは難し、科学だけではなく建築や人的交流、経験など総合的な積み重ねが必要とされるもので、本プロジェクトで非常に進展したポイントだと思います。今や外国の衛星データも半年から一年経てば全世界に公開され、研究者は誰でも利用することができます。もちろんそれでも研究はできますが、小口径ながら自前の観測手段を持つことで、研究の発想も豊かになりますし、時間的に連続なモニタリングデータの取得という他にはないユニークな観測が可能となります。また観測技術も使わなければ廃れますので、若手人材育成や技術継承の面からも良かったと思います。それはモデリング分野も同じです。モデリングは高度な技術を要し、かつ簡単に陳腐化するものですから、観測もモデリングも内輪で閉じるのでなく、海外のトップクラスの研究機関と蜜に交流しながら研究を進めていくことが重要でしょう。それが今回、実現できて良かったと思います。

 一方、もちろん研究の観点からは、口径60cm望遠鏡で決して満足しているわけではなく、より優れた装置が欲しいわけです。しかし急に我々が「大きな装置を欲しい」と言っても、技術的にも経験的にも身の丈にそぐわないものになりかねまません。名実ともに将来に向けて大きな計画を達成するために今は科学力・技術力・プロジェクト実行力のいずれも身につける必要があります。その意味では、口径60cm望遠鏡で完結する話ではなく、将来的な目標の過程のひとつと捉えています。


■タイムリーな惑星研究

火星 (c)NASA

木星のオーロラ (c)NASA

 ちょうど今は惑星研究にタイムリーな時期です。先述のJAXAの金星探査機「あかつき」やNASAの最新火星探査機「MAVEN」のほかにも、我が国の探査機計画では、これから新しい火星衛星サンプルリターン探査機計画が走りはじめています。その探査機は大気やプラズマのみならず固体地質等すべて含む、分野横断的な取み組みになるでしょう。さらに2016年には、NASAの木星探査機「Juno(ジュノー)」が初めて木星衛星軌道へ投入されます。今後、木星オーロラや電磁波、木星の衛星イオの火山活動等、詳細な探査機観測が始まるため、我々はそれらに向かって地上からの連続観測を実施しようとしています。その後も、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とJAXAが共同で打ち上げる木星氷衛星探査機「JUICE(ジュース)」(2030年木星到着予定)や水星探査計画「ベピ・コロンボ」等、これまで努力して蓄積してきたものの成果が出続ける状況にあります。それら探査機計画に合わせて、地上観測は60cm望遠鏡が稼働できましたし、PLANETSも整備していきます。


観測とモデリングの統合したアプローチ

―今後の抱負についてお聞かせください。

 各プロジェクトに関しては、4名の若手研究者による研究がそれぞれ深化し具体的な成果も挙がりました。その一方、「観測とモデリングの統合したアプローチ」という点に関しては、今後取り組むべき課題です。

―「観測とモデリングの統合したアプローチ」の特にどんな点が難しいのですか?

 本質的な問題になりますが、本来は三次元上の空間のそれぞれの地点で温度や圧力、磁場や電磁等、その場その場の物理プロセスがあります。それを支配する物理法則を知ることを我々は目指していますが、そのためには物理法則を定式化できればより「そこでの物理過程を理解した」と納得することができます。

光学リモートセンシング観測

 ところが、地上といった遠くから惑星を観測する「リモートセンシング」の場合の多くは、特に光による観測では、そのような三次元空間の電場や磁場、温度や圧力といった、物理パラメータそのものが直接わかるわけではなく、その発光を見るわけです。つまり、まず「物理パラメータが光に変換される」という発光過程が入ることと、その発光量は三次元空間でわかるのではなく「見ている方向に重なった積分量(視線方向積分)の二次元画像」として見ています。

モデリング・シミュレーション

 一方でモデリングは多くの場合、本質的に三次元空間に加えて時間の変化も含まれるため四次元と言ってよいのですが、その意味では、リモートセンシングで得られる観測量とは、性質が異なるわけです。特に、物理法則を成立させる圧力や温度等のパラメータがわかりますここで、シミュレーション結果とリモートセンシング観測と照らし合わせようとすると、パラメータの質の違いや空間分解能、時間分解能といった、物理プロセスを理解するのに必要な情報が、必ずしも一致しないため、単純には比較できないことが多いのです。このため、観測とシミュレーションとの比較研究で十分な結果を出すためには、相当の時間と戦略性が必要です。


■探査機との連携が鍵に

 今後に向けて科学的にも人的交流的にも次のステップを広がるためには、先述の探査機との連携がキーになると思います。探査機は、惑星系に突入してその場の物理パラメータの詳細な値が得られますが、その一方で、地上観測で行えるようなグローバルな全体像を捉えるのは難しいのです。そこで、お互いの長所を相補的に活かした、探査と地上リモートセンシングの比較が非常に重要になります。また、探査機データはその場の物理パラメータを観測するので、モデリングとの比較もしやすいわけです。ですからタイミング的にも良いとお話した探査機計画をチャンスと捉え、探査機データも有効的に活用することで、観測とモデリングの統合的なアプローチという目標を果たしていきたいと考えています。

―坂野井さん、ありがとうございました。


【米国の教育現場レポート】米国の科学技術高校やUCRに東北大が高校生を派遣/東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」海外研修

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【米国の教育現場レポート】米国の科学技術高校やUCRに東北大が高校生を派遣/東北大学飛翔型「科学者の卵養成講座」海外研修

2016年4月22日公開

東北大「科学者の卵養成講座」海外研修のようす=米国カルフォルニア大学リバーサイド校にて

 東北大学(仙台市)は、飛翔型「科学者の卵養成講座」の受講生のうち選抜した高校生15人を、米国カルフォルニア州リバーサイド市に派遣し、科学技術研修を実施した。同講座は、将来世界で活躍できる「科学者の卵」を育成しようと、東北大学が科学好きな高校1・2年生を全国から募集し、大学での講義や留学生との交流機会を提供するもの。さらにプレゼンやレポート課題等で選抜された受講生には、大学での研究活動や海外研修のチャンスが与えられる。

リバーサイド市長を表敬訪問

 海外研修は3月19日から25日までの7日間の日程で行われ、選抜された15人の高校生たちは、リバーサイド市科学技術高校(RSA:Riverside STEM Academy)の家族宅にホームステイしながら、RSAやカルフォルニア大学リバーサイド校(UCR)での交流活動を中心に研修を行った。また、リバーサイド市と仙台市は1957年から国際姉妹都市提携を結んでいることから、一行はリバーサイド市のRusty Baikey市長を表敬訪問。仙台市の奥山恵美子市長と東北大学理事からの親書を手渡した後、日系移民の歴史を学ぶために博物館や国定歴史的建物も見学した。

RSAの生徒たちのリードにより、RSA近くにあるSycamore Canyonで市民科学に参加

 参加した日本の高校生たちは「RSAの生徒は、"自分は何をしたいか"という自分の興味や意思があり、率直に伝える姿勢に驚いた」「RSAの生徒がそれぞれ個性を発揮し、全力で物事に取り組む姿勢に刺激を受けた。今後は自分の意見を積極的に発信することで、今までとは違う何かが得られると思う」「RSAの生徒が全力投球だったので、いつもは冷めた目で見ていた自分も釣られて一生懸命になり、楽しかった。今後は積極的に物事に関わりたい」などと話し、自身の成長を実感していた様子だった。

ホストファイミリーやRSA生徒会による歓迎会

RSAの生徒たちの前で自己紹介する日本の高校生たち


RSAでのエンジニアリング・チャレンジのようす

RSAの生徒たちに東北大での研究を発表する高校生たち


UCRで昆虫学の研究者と交流する高校生たち

UCRで働く日本の研究者に研究や進路について質問


朝夕は各自ホストファミリーと時間を過ごした

打ち解けた頃にはお別れの日。写真はお別れ会の様子


 また、本レポートでは、特に科学技術を中心とした米国の教育システムに焦点を当て、日本との教育システムとの違いを、現地関係者へのインタビューを交えながら紹介する。

「STEM教育」に特化した新しい学校

Riverside STEM Academyの校舎外観

 研修の中心舞台となったRSA(Riverside STEM Academy)は、「STEM(ステム)」に特化した新しい公立学校で、徒歩10分圏内に位置するUCRと連携した教育を行っている。STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からとった総合的な理系分野の総称を指す。米国オバマ政権ではイノベーションの担い手を育てるためにSTEM教育の強化を大変重視しており、官民連携の国家戦略として位置付けている。その背景にはインターネット普及以降の技術革新により、STEM分野の高度人材に対する需要が急増していることや、文理問わず幅広い職種で科学や数学の知識が要請されることがある。

化学の教科書。日本の教科書よりも分厚く発展的内容を取り扱っていた。

 米国の公立学校は、学校区ごとに教育のレベルや内容が大きく異なる。通常の公立学校の場合、居住する学区に基づき自動的に入学先が決まるが、RSAの場合は学校区に縛られない学校選択の自由があり、入学希望者が定員を上まわれば抽選を行う。対象は、日本の小学5年生から高校3年生までにあたる5学年から12学年(※1)までで、定員は学年あたり105人と少人数制。「倍率は2~3倍で、ウェイティングリストには約400人の生徒が入学の空きを待っています。RSAは2011年にできた学校のため、一番上の生徒は11学年。初めての卒業生は来年誕生します。入学段階で優秀な生徒を選抜するのではなく、ここで優秀な科学者や技術者の卵として育てるのです」と、RSAプログラムコーディネーターのジェレミー・スタンダーファーさんは話している。

※1:米国の義務教育は、幼稚園(K)からはじまり、小学校(1-6 学年)、中学校(7-8学年)、高校(9-12 学年)までの計13学年の教育期間を「K-12」と呼ぶ。なお、米国においては、就学前教育から高等教育に至るまで州の専管事項であり、「幼1-小6-中2-高4」の区割りはカルフォルニア州の場合で、区割りも州によって異なる。


創造力の育成を重視した分野横断的な教育

□ 座学ではなくプロジェクトベースの授業スタイル

日本の高校生たちも挑戦したエンジニアリング・チャレンジのようす

 では、具体的にどのようなSTEM教育が行われているのか。今回、日本の高校生たちが、RSAの高校生たちと一緒に体験した「エンジニアリング・チャレンジ」は、「8本のスプーンとナイフ、16本のフォークのみ用いて、最も高い構造物をつくれ」や「割り箸8本と輪ゴムを用いて、マシュマロを最も遠くへ飛ばす射出装置をつくれ」といった工学的課題にチーム対抗で競い合うもの。生徒たちは英語で議論を交わし、構造物や装置を作っては壊しながら、次第に盛り上がりを見せていた。

教室には様々な試作品製作用加工装置があった


ソフトウェアの使い方を教えるモアヘッド先生

 工学教師のチャールズ・モアヘッドさんに聞くと、エンジニアリング・チャレンジは通常授業でも取り入れられているそうで、基本的に授業は座学ではなくプロジェクトベースで進むという。「プロジェクトの課題自体は教師から与えられますが、企画は生徒主体で進み、教師は生徒の相談にのるスタイル」ということで、例えば、現在9年生が取り組んでいる「リバーサイド市、あるいは姉妹都市の仙台市にテーマパークをつくろう」というプロジェクトでは、最適な土地を探してテーマを決めることから始まり、乗り物などの試作品は実際に教室内の装置で製作する。製作と同時進行で教師はデザインの仕方やコンピュータのソフトウェアの使い方などを教えたり、STEMのみに特化せず、歴史など他分野とも関連付けながら生徒を導いていく。

 学ぶ目的があり、その目的を実現する方法まで生徒自ら考えることで、育まれるものは大きいと期待される一方で、座学スタイルの授業に慣れ親しんだ日本人の目から見れば、これだけで本当に知識や技術などの実力が身につくのだろうかと不安に思う反面もある。その疑問を率直にRSAの教師の方々にぶつけたところ、創造力の育成に重点を置いた教育方針について伺うことができた。


創造力を育成する教育とは?:Riverside STEM Academy 教職員インタビュー

□ 「興味なくして創造力は育まれない」
  エンジニアリング教師のCharles Moreheadさん

工学教師のCharles Moreheadさん

 私の個人的な意見ですが、生徒の興味があることでなければ創造力は育まれないと思います。特に最初の学年では、まずはつくることから始めて、理論は同時進行で教えます。次の学年では、すでに生徒には興味があるので、理論の割合が多くなります。目的を達成するための方法論は色々あるはずです。しかし最初から「正しいこと」として与えてしまえば、その枠の中だけに創造力がとどまってしまう。先ず最初に、創造力を大切にするのです。

―エンジニアリング・チャレンジで、日本人は皆、塔の基礎から作り始めたのに対して、RSAの高校生の中にはトップから作り始めた生徒がいたことに、日本の高校生が「発想の違いに驚いた」とコメントしていました。

 それは、どう考えても基礎から作る方が正しいです。しかし、何が正しいかは最初から教えません。先に理論ありきではなく、自分たちでわからせることが大切です。自分たちでやってみてから考える。その時に初めて何が正しいかという理論の大切さがわかります。

―そもそも「創造力」をどのように定義していますか?

生徒が作成した橋の模型。中央の穴は強度評価用。

 私の定義する創造力とは、生まれつきのものあるし、アクティビティ自体は与えられるものかもしれませんが、今まで直面したことの無い問題に対面することにより、創造力を働かせるもの、その二つがあると考えます。

 子どもはもともと知的好奇心溢れる存在で、知ろうと思う存在です。アクティビティは与えられるものではありますが、生徒にとっては与えられている気がしません。彼らは、とても楽しそうに取り組んでいます。私の個人的な信条ですが、座学は創造力を潰しかねません。学ぶことが楽しいという気持ちが、創造力を育む上で大切なのです。

―日本の場合、勉強は強いられるものなので、学ぶことが楽しいという気持ちは削がれ、成人になると知的好奇心は先進国最低レベルまで低下します。あまりにも強いられ続けるせいか、逆に失敗することに対する恐怖が増すという傾向も見られます。

 失敗を恐れていては、創造力は育まれません。しかし失敗を恐れる生徒が多いことは、米国も変わりがありません。また、教師も同様に失敗を恐れています。そして、生徒は教師が何を正しいと考え、何を評価するかを常に見ようとします。ですから私は、「それを求めることは違うよ」と生徒にメッセージを送り続けながら、創造力を育もうとしています。

―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?

 育った環境や文化が異なる者同士でアイディアを交換することは、創造力を広げます。お互いにとって素晴らしい機会だと思います。

―ありがとうございました。


□ 「創造力育成には分野横断的視点が必要」
  英語教師のCatherine Murray さん

英語教師のCatherine Murray さん

 創造力を育むには、様々な分野(インターディシプリナリー)が必要です。人間のアイディアをどのようにサイエンスに役立たせるかを考える時、ひとつの分野に偏らず、STEM分野のアイディアを歴史や言語などの他分野とどのようにつなげていくか、そのバランスがこの分野には欠かせません。そして科学者は、自分の研究を他者に伝えなければいけません。プレゼンや論文はそのための訓練です。

 そもそも科学者である前に、人間であることが大切です。必ず何かしらの決断を下す時が来ます。その時に必要なのが、人間としての道徳心です。STEMだけでなくhumanityもブレンドしなければ、血の通った決断ができません。私も生徒たちに、例えば単に本を読むだけでなく、問題をどのように解決して表現するかを指導しています。それは創造力をモチベートし、生徒はそれを楽しんでいます。

―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?

 世界が小さくなっている今、文化や言葉の違いに感謝できる機会は貴重で、それは今後必ず必要になることです。そこから私たちは様々なことを学べます。このような機会は、お互いにとって素晴らしいことだと思います。

―ありがとうございました。


□ 「教室内の実験だけでは、現実世界とは程遠い」
  STEMプログラムコーディネーターのJeremy Standerferさん

STEMプログラムコーディネーターのJeremy Standerferさん

 私は高校のカリキュラムをオーガナイズしています。課外授業やプロジェクトを考えたり、生徒の生活指導やプロジェクトのアドバイスも行っています。プログラムのオーガナイズで最も大切にしていることは、「インターディシプリナリー」、つまり、分野横断的な視点です。教室内の実験だけでは現実世界とは程遠いため、現実と同じように色々な視点から物事にアプローチすることが大切です。

―日本の高校生の受け入れについては、どのように考えていますか?

 国際感覚を身につけることはミッションのひとつです。実際の交流から、異なる視点や文化を学べることは非常に良いことです。

―ありがとうございました。


米国の公教育改革について:地方教育委員会インタビュー

□ 「米国の公教育改革は今、実験段階である」
  リバーサイド市教育委員会の John Robertsonさん

―米国の教育システムの現状について、教えてください。

リバーサイド市教育委員会の John Robertsonさん

 STEM自体は昔からあった考えですが、オバマ大統領がSTEMの重要性を表明して以来、全米的に意識が向上しつつあります。また、米国の教育改革のひとつとして、最近は「チャータースクール」(※2)という、普通の公立学校のルールに縛られない小さな実験的学校が増えています。現在、様々な実験をしている段階で、成功例をより大きな公立学校へ、如何に展開できるかを検討している段階です。

※2:チャータースクールとは、従来の学校制度にとらわれない、新しいタイプの学校。新しい学校を自分たちの手でつくり運営したいと希望する教師や保護者、市民活動家などが、学校の設置許可権限をもつ州の教育委員会等の機関に教育計画を提出し、認可されれば契約(チャーター)を結び、公費によって、独自の教育理念で自律的に学校を運営できる。米国の公教育改革の流れの一つとして、1990年代から増えつつある。ただし、認可は期限付きで、期限内に目標が達成できない場合には学校が閉校になり、その場合の負債は運営者たちが負うことになる。

―それは「小さな学校では実験が成功した」という意味ですか?

 成功した例もあれば、失敗した例もあります。ほとんどのチャータースクールが、まだできたばかりで実験中の段階です。政府のお金を使う場合、私立・公立関係なく、個人ベースのボトムアップでチャータースクールのルールブックの提案があり、問題がなければ地方教育委員会として承認せざるを得ません。ただし公立学校の場合は失敗できないので、教育委員会がみています。通常の公立学校には様々なルールがありますが、チャータースクールの場合、ルールに縛られずに新しいことができます。ただ、少ないとはいえどもルール自体はあるので、ルールの隙を縫いながら、試行錯誤している段階です。

―日本の教育行政は中央政府主導で、ルールは中央政府から地方教育委員会を通じて学校現場へトップダウンで降りてくるシステムで、米国とはシステムが大きく異なります。

 ここはアメリカ(笑)。ルールブックは、政府からのトップダウンではなく、個人ベースのボトムアップで提案されます。カルフォルニア州の場合、州がある程度の金額と権限を地方教育委員会に渡して、地方教育委員会が教育マネージメントを担当しています。マネージメントのために、学校へのお金の分配が適切かどうかを、我々が評価します。我々もやりながら学んでいる状態ですが、このファンディングシステムは自由で良いと思います。

―日本でいう学習指導要領にあたる、全米共通のスタンダードはないのですか?

 日本は単一国家・単一民族だから、よく理解できないかもしれませんが、米国では州によって、まるで別の国のように政策が異なります(教育も州の専管事項)。しかし、米国でも国で決めたスタンダートはあります。例えば科学の場合、各学年で何を学ぶ必要があるかは決まっており、それを習得しているかを試験します。また、昔はメモライズをベースにした教育でしたが、今はメモライズを減らしてサイエンス&エンジニアリングのプラクティスを増やしています。これは米国でのとても大きな変化です。

―なぜ米国では、それほど大きな改革ができたのですか?

 動機は二つあります。ひとつ目は、1900年台からのリサーチにより教育の問題点が明らかになり、教育改革に対するボトムアップ的な動きが政府を動かしたからです。特にカルフォルニア州はいち早くこの教育問題に取組んでいますが、他の州はまだ取り組んではいません。しかし、この改革の動きそのものは全米的です。現在は実験中の段階ですが、もしカルフォルニアで成功すれば、他の州も真似するでしょう。もうひとつの動機は、子どもの学習能力の低さです。他国、特にアジア諸国と比べて、米国の子どもの学習能力が低い現状をどうにかしなければいけないという強い危機感があります。

―スタンダードで、特に重視する指針はありますか?

 1点目はCreativityやCritical thinking、二点目はCommunication skillやsharing ideas、3点目はinterdisciblinary、分野横断的な科目間のつながりです。この3点は全米的な動きで、米国の公教育における大きな変革です。5~6年前に数学と芸術、言語を、2年前に科学を変えました。これら改革の成果が現れるには、あと5~10年はかかるでしょう。

―ありがとうございました。


日米の高校生たちの声

□ RSAのプロジェクト型教育スタイルが好き
  Savannah Messengerさん(9th Grade,14 years old)

Savannah Messengerさん

 私はRSAの勉強スタイルが好きです。プロジェクト型教育は、自分で自由に考えて、実際にやってみることで、より深く理解することを助けてくれるからです。昔は苦手だった数学も、今は好きになりました。私は生物がとても好きなので、将来は獣医師になりたいです。


□ 誰もが自分の興味で主役になれる
  Joseph Hartさん(11th Grade, 16 years old ,Nature club president)

Joseph Hartさん

 RSAは小さな学校なので、誰もが自分の興味で主役になれる学校。とても気に入っています。
 仙台の高校生たちとの交流事業には、昨年から参加していて、今年はより深く関係しています。日本の高校生たちと交流する中で、自分たちが当たり前だと思っていることに日本の学生が驚いているのを見て(例えば、米国のお菓子「Lemonhead」だけでも、「おお!」と驚いていました(笑))、自分も色々な国に行って同じような体験をしたいと思いました。世界は米国だけではないことは、頭では理解していますが、しかしリアルな交流を通じて感覚としてよくわかります。仙台市とリバーサイド市は姉妹都市ですから、お互いに交流して得るものがあります。ぜひ今後も交流を続けるのが良いと思います。
 将来の夢?それは、クロコダイル・ハンターになること!テレビで色々な動物たちを紹介したいですね。


□ 「米国と日本の違いに気づき、世界は広いと感じた」
  高木南緒さん(群馬県立高崎女子高等学校2年生)

高木南緒さん

 今回の海外研修で、米国と日本の考え方や活動の仕方の違いを、最も強く感じました。日本人の場合、課題を与えられると、まず先に頭で考えてしまいますが、RSAの生徒たちは、まずやってみて、手を動かしながら、意見やアイディアを出し合うスタイルでした。
 また、例えば、日本では譲り合うことが普通ですが、RSAの生徒は自分の意見を積極的に主張し、自分の意見が正しいと思えば、決してそれを曲げませんでした。しかし、自分よりも良い意見があれば、すぐ賛成するという柔軟性にも感心しました。
 それに、日本では「あの子、浮いているんじゃない?」というようなことも、米国では細かいことは気にせず、お互いに個性を尊重し合っていました。多様な個性を尊重し合う文化が、世界で活躍する理由だと感じました。
 日本から海外へ出たのは今回初めての経験でしたが、「自分の考え方は閉鎖的だった」と初めて気づき、世界は広いと思いました。留学した友人が「高校生のうちに絶対に海外へ行くべきだ」と熱弁を振るっていた理由がよくわかりました。
 今回の経験で、私の今後の人生は大きく変わると思います。頑張った成果が認められ、今回のチャンスを手にした分の重みがあり、自信にもつながりました。このような貴重な機会を国と東北大学が高校生に支援してくれることは大変有り難いことです。将来いつか何らかの形で国に貢献して還したいと思っています。

【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/(1)産総研の濱川聡さんに聞く

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産総研東北センター内に「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/その狙いと展望を聞く(1)産総研の濱川聡さん 取材・写真・文/大草芳江

2016年09月06日公開

技術を誰よりも早く実用化する「橋渡し」役に

濱川 聡 Satoshi Hamakawa
(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 化学プロセス研究部門長)

1966年生まれ、兵庫県出身。名古屋大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。1994年工業技術院 物質工学工業技術研究所に入所(現:産業技術総合研究所)。イノベーション推進本部企画部長を経て、2015年から現職。

企業を取り巻く競争環境が厳しさを増す中、日本全体としてイノベーションを継続的に創出するシステムの構築が求められている。そんな中、日本最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所(略称:産総研)は、ナショナル・イノベーションシステムの中核的役割を担おうと、社会や産業のニーズを捉えながら、研究成果を事業化につなげるための「橋渡し」機能に注力している。その一環として、産総研の化学プロセス研究部門では、「DIC(旧:大日本インキ化学工業)-産総研 化学ものづくり連携研究室」を今年4月1日、東北センター内に新しく開設。そのねらいと展望は何か。関係者へのインタビューをもとに探るシリーズの第1回目は、産総研の化学プロセス研究部門長の濱川聡さんに聞いた。

<目次>
【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設
(1)産総研の濱川聡さんに聞く~技術を誰よりも早く実用化する「橋渡し」役に~
(2)DIC(株)の川島清隆さんに聞く~企業から見るオープンイノベーションの可能性~
(3)そのねらいと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~

※本インタビュー取材をもとに、産総研Newsletter No.43の作成を担当させていただきました。


技術を事業へ「橋渡し」

―そもそも「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」はどのような経緯で開設されたのですか?

 まずは、産業技術総合研究所(略称:産総研)全体の話からしますね。産総研とは、民間ではできないような、国として守るべきもの、いわゆる「ナショナル・セキュリティ」に関わる研究開発を行う国立の研究機関です。

 産総研の研究成果は、エネルギー問題や新材料など、未来に関する科学技術だけではなく、すでに身近なところで活用されているものもあります。例えば、皆さんがお使いのパソコンの中に入っているハードディスク(HDD)用の磁気ヘッド(※1)には100%、産総研が開発した高性能な素子が搭載されています。また、はかりの基準・校正の基を扱う計量標準や、地下資源の調査や地表の状態を知る地質調査なども、産総研の仕事です。

※1 磁気ヘッド:物質を磁化してデータを書き込んだり、磁界の変化を用いてデータを読み込んだりする、HDDなどの記憶装置に組み込まれる装置のこと。

 磁気ヘッド技術の例からもわかるように、我々のような研究機関や大学が新しい技術を開発しても、イノベーションの「バトン」を握る最終ランナーは、それら技術を製品化する企業の方です。産業界の方たちにうまく技術のバトンを渡すことも、産総研のミッションのひとつ。それを我々は「橋渡し」と呼んでいます。

 例えば、「カーボンナノチューブ」(※2)をご存知ですか?カーボンナノチューブは電極に混ぜると伝導率が良くなるなど、様々な用途が期待されています。しかし、発見から25年が経った今なお、製品化には至っていません。なぜかと言うと、カーボンナノチューブを均一につくる技術がまだ確立されていなかったため、企業が応用研究をしようとしても、実験の再現性を得られなかったのです。この技術課題に対して産総研は、カーボンナノチューブの画期的な合成技術「スーパーグロース法」を開発し(2004年)、均一なカーボンナノチューブを簡単につくれるように改良しました。こうして、カーボンナノチューブを企業の方に渡せるようになったのです。このように新しく生み出された技術シーズ(技術の種)を事業化に結びつけるための量産化や効率性向上の技術なども、産総研の「橋渡し」のひとつです。

※2 カーボンナノチューブ:直径が数ナノメートル(ナノは10億分の1)の筒状の炭素分子。(参考:カーボンナノチューブを発見した飯島澄男さんのインタビュー記事はこちら

 そして今は、「オープンイノベーション」(※3)の時代。産業界にはさらに踏み込んで「産総研の研究設備や施設を、思う存分使ってみたい!産総研の研究者ともっと議論したい!」という方々が多くおられます。我々も、企業の方からの要望にもっと応えたいと思いました。そこで今回、産総研東北センター内に、「化学ものづくり連携研究室」を開設することになったわけです。

※3 オープンイノベーション:組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果、組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと (Henry W. Chesbrough, 著書『Open Innovation』(2003年)


「化学ものづくり連携研究室」とは?

―今回新しく開設された「化学ものづくり連携研究室」は、従来の連携と比べて、どのような点が新しいのですか?

・企業名が冠の専用研究スペースを産総研内に設置

 今までは大部屋に複数企業いる中で一緒に研究する感じでした。もう一歩踏み込んでお付き合いしたい場合、個別にお会いして、その場で日々ディスカッションしながら研究を進めることが大切ですよね。そこで今回、希望する企業の方に、連携研究室専用の研究実験室を一室用意し、産総研の研究者と集中的かつ密接的な連携を図れるよう、企業名を冠にした専用の研究スペースを設けました。それが、連携研究室です。萌芽的な技術シーズを国家プロジェクトなどの支援を受けて発展させたりして、実用化までのスピードアップを図る、いわば"技術開発フェーズのギアチェンジ"がねらいです。

―「連携研究室」の前に「化学ものづくり」が掲げられた由来は何ですか?

・産総研東北センターの技術シーズを総合的に活用

 産総研の各地域センターには、それぞれ看板として掲げる特徴があります。産総研は平成13年、旧通商産業省(現経済産業省)配下の15の国立研究所と計量教習所を統合して発足しました。ここ東北センターも昔は「東北工業技術試験所」という独立した研究所でしたが、産総研として一つになった時、各センターに独自な特徴ある技術をそれぞれ持つように設計されました。例えば、北海道はバイオ、東北は化学ものづくり、関西は電池といったようにです。これは大学と異なる点ですね。大学の場合、東北大学にある学科は東京大学や京都大学にもありますが、産総研は、大学のような百貨店方式ではなく専門店方式というわけです。東北センターは化学ものづくりを特徴としたので、今回の連携研究室の前にも「化学ものづくり」の名称を付与しました。

―その第1号として、「DIC -産総研 化学ものづくり連携研究室」が開設されたわけですね。産総研とDICはどのような研究を行う予定ですか?

・DICとの研究計画

 DIC(ディーアイシー、旧大日本インキ化学工業)は、印刷インキで世界トップシェアの化学工業メーカーです。我々化学プロセス研究部門の保有する技術シーズを用いて、将来的には、プリンテッドエレクトロニクス(※4)の材料や、次世代パッケージの材料などの開発につなげたいと計画しているところです。

※4 プリンテッドエレクトロニクス:印刷(プリンテッド)技術を利用して、電子回路や電子デバイス(エレクトロニクス)などを製造する技術や概念のこと


産総研化学プロセス研究部門が保有する技術シーズとは?

―産総研化学プロセス研究部門が保有する技術シーズは、具体的にどのようなものですか?

 我々化学プロセス研究部門が保有するのは、高圧二酸化炭素を利用した塗装技術や粘土膜「クレースト」などの新機能材料、マイクロ化学を利用した反応制御技術です。これら技術シーズを活用し、これまでもDICと資金提供型の研究を進めてきました。

―産総研化学プロセス研究部門が保有する技術シーズについて、詳しく教えてください。

【写真 1】 高圧二酸化炭素の塗装装置

・高圧二酸化炭素技術

 二酸化炭素は、圧力を上げることで、何でも溶かす溶媒のような性質を持っているので、今まで溶けなかったものを溶かすことができます。例えば、普通の洗剤は、界面活性剤でこすって汚れを落とします。ところが、高圧の二酸化炭素を使うと、石鹸を使わなくても、汚れだけを溶かすことができので、例えば、着物などの汚れ部分をこすらずにクリーニングすることができます。

 我々が挑戦しているのは、高圧二酸化炭素の溶かす性質を利用した、シンナー要らずの塗料です。シンナーは塗料を溶かすために必要ですが、体に悪いため、企業は局所排気装置等で吸いながら塗装しています。高圧の二酸化炭素は塗料をよく溶かすので、シンナーを使う必要がなく、塗装することができます。これによって何が一番良いかといえば、系外に有害物質を出さなくなるので大気中での塗装が可能となり、例えば、飛行機や建設機械、自動車など、大きなものに塗装ができるようになります。

【写真2】粘土膜「クレースト(R)」

・粘土膜「クレースト」などの新機能材料

 東北地域では良質の粘土がよく採れます。我々は、粘土からなるミクロンオーダーの薄膜を作ることに成功し、これを、粘土を意味する「CLAY」と産総研の愛称「AIST」を合わせて「クレースト?」と名付けました。この粘土膜クレーストは、まるで迷路のような層状構造をしているため、片側からガスが抜けようとしても抜けない、極めて高いガスバリア性を発揮します。もちろん粘土ですから燃えません。

 これらの特徴を活かして、クレーストを応用した最初の製品は、アスベスト代替の産業用シール材でした。アスベストは燃えずに薄くできることから産業用シール材として利用されましたが、発がん性があることから使用禁止となりました。そんな中、アスベストの代替材として理想的な性質を持つクレーストが注目され、製品化されたのです。現在、多くの化学プラントの中で使われています。このほかにも、LED照明用保護カバーとしてクレーストの利用が検討されています。LED自体は長寿命ですが、照明カバーの素材は長時間の照明による発熱によって燃えたり劣化したりことがあります。半透明なクレーストは燃えない照明カバーとしても、とても有効に働くことが実験的に検証されています。現在では、宮城化成(宮城県内の企業)と一緒に燃えない鉄道車両用照明カバーをつくることに挑戦しているところです。

 さらに、天然の粘土を使うと、どうしても薄い肌色していたのですが、近年は合成粘土を原材料に用いることで透明なクレーストの開発に成功しました。これで、色々なところにコートできるようになりました。仙台発祥の「玉虫塗」はご存じですか?

―はい、この東北センターの前身である国立工芸指導所で開発された工芸技術ですね。

【写真3】クレーストが追加された 玉虫塗のワイングラス

 その通りです。今回、その玉虫塗で塗り上げたワインカップにクレーストを追加した東北工芸製作所の商品が、「ものづくり日本大賞」の経済産業大臣賞を受賞しました。クレーストを追加することで、漆器ですが食洗機が使えるようになり、若い世代や外国の方にとっても、いわゆる「見る工芸品」から「使う工芸品」になったと言えるでしょう。その点が評価され、先日の主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の仙台市からの記念品として、このワインカップが採用されました。まさに、東北・宮城を代表する品物に我々が開発した技術が活かされた、(橋渡しできた)ことは、とても光栄なことと思っております。

 クレーストは、産総研の蛯名首席研究員が開発しました。蛯名博士はもともと青森県の六ケ所村などで放射線廃棄物などを地中に埋めるための遮蔽材に粘土を利用するための研究をしていました。しかし、変わったばかりの当時の上司(水上富士夫博士)が「蛯名くん、粘土で膜をつくれ。膜をつくれば、様々な用途に応用できるから」と大きな方向転換を命じ、彼は粘土の膜化に挑戦することになりました。ちなみに私も、膜グループの一員で、セラミックス膜で酸素と窒素を分離したり、他の研究者はパラジウム膜で水素を分離したり、ゼオライト膜で水とアルコールを分離したりしていました。蛯名博士が最初に開発した粘土膜は、とても厚く、色も肌色で、なんだか「ういろう」のような代物でしたが、少しずつ改良して、現在のミクロンオーダーの薄い透明な粘土膜が完成したのです。

 ただ、薄い粘土の膜ができたと言っても、どんな応用分野に適しているのか、どんな市場が広がるか等、開発当時は全く分かりませんでした。実際には、クレーストに興味を抱いてくださった46社(平成28年6月現在)の企業の方々からなるコンソーシアム(Clayteam)での意見交換や議論の中から、応用分野を特定していきました。このようにクレーストは、ガスバリア性などの基礎物性がわかった後、様々な企業と交流する中、「橋渡し」をして製品化につながっている、ひとつの例ですね。

・マイクロ化学を利用した反応制御技術

 電子レンジは、英語で「マイクロウェーブ・オーブン」というように、マイクロ波で加熱する調理機器ですね。例えば、日本酒で熱燗をつくる時、湯煎なら10分かかるのが、電子レンジなら1~2分と短時間で温められます。湯煎の場合は外側から温まるのに対し、マイクロ波は内側から、もう少し科学的に言うと、分子の手と手のところに、ダイレクトにマイクロ波が当たるため、短時間でマイクロ波を当てた部分だけ温度が上がり、その後すっと下がります。

【写真4】手の平サイズのコンパクトなマイクロ波反応装置。写真では、青色の液体がピンク色に変色している場所のみ化学反応が起こっている。

 実は、化学反応って結構、反応が行き過ぎてしまうのですよ。例えば、反応温度が上がりAとBが反応できるようになり、目的のCができた!となった後、温度がすぐ下がれば、目的通りCが残ります。ところが現実には温度がずっと高いまま、CがどんどんDやEに変化してしまうのです。ですから、目的のCだけができる環境をつくってあげることが、化学反応のひとつの夢で、その温度制御をやり易い方法がマイクロ波というわけです。現在、手の平サイズで、狙った部分のみ温められるよう、シミュレーションと設計をしているところです。


「化学ものづくり連携推進室」で期待される効果とは?

―技術シーズのお話を聞くだけでも、「何かに使えそう」とワクワクしますね。

・「お試し連携研究」で新たな共同研究を生み出す

 実は、「化学ものづくり連携推進室」では、従来の共同研究に加えて、これら複数技術を束ねてひとつの連携研究室に持ち込み共同研究を進める中で、企業の研究開発ニーズに対する産総研技術のマッチング機会を増やす「お試し連携研究(feasibility study連携)」を実施することも、ねらいのひとつです。例えば、連携研究室で、ふと横を見ると、「今まで高圧二酸化炭素技術を使っていたけど、我が社の別のニーズに、実はクレーストを使えるのでは?」みたいな感じですね。お試し連携研究でうまく技術のマッチングができれば、速やかに共同研究フェーズに移行させます。つまり、連携研究室は、新しい共同研究を生み出す場にもなっているのです。

―では、企業が「化学ものづくり連携研究室」を開設したい場合、条件などはありますか?

・総合的に産総研のポテンシャルを活用したい企業ならエントリー可能

 産総研東北センターで資金提供型共同研究を実施するにあたって、複数の技術など、総合的に産総研のポテンシャルを活用したい企業なら、エントリーが可能です。ぜひご提案ください。

―ズバリ、「化学ものづくり連携研究室」のセールスポイントを教えてください。

・誰よりも早く実用化へ

 「誰よりも早く実用化へ。Anytime!! → Anything!! → Anyway!! → Any results you want !!」。これが連携研究室のコンセプトです。成果の最大化を図るために、いつでも専用装置を使え、いつでも産総研の専属チームが対応します。企業専用の研究スペースのため、情報セキュリティ面でも安全です。研究に専念できますし、成果も明確化できます。また、複数の研究課題をひとつの連携研究室で行うため、研究資金の重複投資も軽減されます。すると、資金的にも精神的にも余裕が生まれ、それが新たな共同研究を生み出す効果があると期待されます。さらに、企業名を冠にしたパネルを産総研内に掲げるため、広告塔としての宣伝効果もあります。そのパネルを見た他社の人が「うちも負けへんぞ」と思ってくれるといいですね(笑)。これらのメリットを活用することで、誰よりも早く、実用化できる場だと思います。そういうわけで、企業の皆さん、絶賛募集中です!(笑)。今後は、第2号、第3号と連携事例を増やしていき、東北センターが産学官連携によるオープンイノベーション拠点となるようにしていきたいですね。産総研を存分に活用したいとお思いの企業の皆様、ぜひ連携研究室で、私たちと一緒に化学ものづくりイノベーションを起こしましょう!ご連絡をお待ちしております。


技術を皆が使えるテクノロジーに育て、産業へつなげる

―研究を通じて、研究者としてどうありたいと思っていますか?

 「産総研とお付き合いして、よい製品や技術が出来上がった」と、企業の方から感謝してもらえるような産総研でありたいと思っています。私自身もそうでありたいと願っています。我々が相手にしているのは「自然(現象)」ですから、人と違って嘘をつくことも裏切ることもありません。我々は起こっている現象を真摯に受け止め、その現象がなぜ起こっているか、メカニズムを理解し、次に「こんなことに使えるのでは」と展開することで、技術革新が生まれることになると思っています。

 現代は、オープンイノベーションの時代です。自分が開発した技術を大切に育てるだけでなく、色々な人達の技術やアイディアを持ち寄り組み合わせることで、今までにはない、ひとつの大きな技術に育ち、ひいては大きなイノベーションとなって、私たちの暮らしを豊かにしていくことになるでしょう。いくら良い技術であっても、最終的には、人の暮らしなどにつながらなければ、皆が使える技術にはなりません。だからこそ我々は、新しい現象に対して、常に真摯に受け止めなければならないですし、やたら自分たちの想いだけで通していくことは技術ではないのだろうと思っています。

―最後に、次世代を担う若手へメッセージをお願いします。

 若い人たちには、新しいものを発見したりつくることを、臆せずに挑戦して欲しいですね。科学は皆を幸せにするものです。そのためには苦しいこともありますが、新しいものに出会うことは楽しいことです。「化学ものづくり連携研究室」でも、新しいものやおもしろいものがたくさん出てくるような、びっくり箱をつくっていきたいですね。

―濱川さん、ありがとうございました。

【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/(2)DIC(株)R&D本部長の川島清隆さんに聞く

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産総研東北センター内に「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/その狙いと展望を聞く(2) DIC(株)R&D本部長の川島清隆さん 取材・写真・文/大草芳江

2016年09月07日公開

企業から見るオープンイノベーションの可能性

川島 清隆 Kiyotaka Kawashima
(DIC株式会社 執行役員 R&D本部長)

1958年、岐阜市生まれ。京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻修了。エンジニアリングプラスチック技術本部長、電子情報材料事業部門企画管理部長、技術企画部長、ソリッドコンパウンド製品本部長を経て、現職。

日本企業を取り巻く競争環境が厳しさを増す中、日本全体としてイノベーションを継続的に創出するシステムの構築が求められている。そんな中、日本最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所(略称:産総研)は、ナショナル・イノベーションシステムの中核的役割を担おうと、社会や産業のニーズを捉えながら、研究成果を事業化につなげるための「橋渡し」機能に注力している。その一環として、産総研の化学プロセス研究部門では、「DIC(旧:大日本インキ化学工業)-産総研 化学ものづくり連携研究室」を今年4月1日、東北センター内に新しく開設。そのねらいと展望を探るインタビューシリーズの第2回目は、「化学ものづくり連携研究室」開設企業第1号である、DIC株式会社R&D本部長の川島清隆さんに聞いた。

<目次>
【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設
(1)産総研の濱川聡さんに聞く~技術を誰よりも早く実用化する「橋渡し」役に~
(2)DIC(株)の川島清隆さんに聞く~企業から見るオープンイノベーションの可能性~
(3)そのねらいと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~

※本インタビュー取材をもとに、産総研Newsletter No.43の作成を担当させていただきました。


企業側から見る「化学ものづくり連携研究室」の存在価値とは

―そもそもなぜ貴社は、産総研を連携相手として選んだのですか?

 産総研の他にあるかと聞かれれば、産総研以外にないと思うのです。国家プロジェクトも、その担い手として研究を進めるのは、日本最大級の国立研究機関であり、世界トップレベルの幅広い技術を持つ産総研であることは間違いないでしょう。産総研には約2,800人もの研究者がいます。その2,800人が、当社のブレインになる可能性があります。その意味で、産総研との連携は、当たり前だと認識しています。良いことばかりを言っていますが、お世辞抜きで、本当にそう思いますよ。

―これまでも貴社と産総研は連携して研究を行っていたそうですが、貴社の立場からすると、従来と比べ今回の「化学ものづくり連携研究室」では、何が異なりますか?

 私自身は、R&Dの責任者を今年から務めているため、正直なところ、それ以前のことは詳しくわかりませんが、これまでの産総研との研究と比べると、今回の「化学ものづくり連携研究室」は、非常に企業側がやりやすい形だと思います。

 まず、はっきり言えば、資金面で、企業側の投資がそれほど大きくなくとも、産総研から企業研究専従の実験スペースや設備、技術シーズなどを活用できることは、企業として大きなメリットがあります。

 また、個々の企業対産総研で研究を行う実験スペースを産総研内に設置できることは、様々な面において、企業側が今まで「こうだったらいいな」と思うことを、実現可能にすると思います。

―企業側の「こうだったらいいな」とは、どんなことですか?

(1)産総研の設備や技術を総合的に活用できる
 我々企業の考える連携研究室の存在意義とは、当社との連携専用の実験スペースを産総研内に用意いただいたことで、産総研の保有する施設や技術などを、これまで以上に総合的に我々の研究開発に活かして展開できる点が、まず大きなメリットです。

(2)産総研の研究者が我が社のブレインに
 二点目は、産総研の研究者が、当社のいわばブレインとなり、その場で当社の技術者たちとディスカッションをしながらアドバイスをいただき、新しいものを開発できる点です。

(3)産総研の幅広いネットワークを活用できる
 さらに、産総研には非常に幅広い情報のネットワークがあります。その一部を我々が共有させていただくことで、どんな問題でも解決できると期待しています。

 つまり、すべて「その場」でできることが、従来のとは異なる点です。「場」があるとは、すなわち頻度も高く密度も濃い。その意味では大きく変わったと認識しています。


中期経営計画における「化学ものづくり連携研究室」の位置づけとは

―貴社の中長期計画では「化学ものづくり連携研究室」をどのように位置づけていますか?

 当社の3カ年の中期経営計画である「DIC108」では、その基本戦略を、[事業][財務][経営インフラ]の大きく三つで捉えています。このうち[事業]では具体的な事業施策を4つ掲げています。①成長牽引事業の拡大:利益を牽引する強い事業をより強くしましょう。②戦略的投資機会の追求:オープンイノベーションやM&A等に対する積極的投資により、事業化のスピードアップを図りましょう。中期経営計画では、3年間で1,500億円の戦略的投資枠を数値計画に織り込みました。③次世代事業の創出:新しい次世代事業を創り出しましょう。これはまさに研究開発の一番大きな目的です。④成熟地域でのさらなる合理化:さらに利益が出るよう、工場の形を変えていきましょう。

 このうち、①成長牽引事業の拡大に関連して、実はすでに産総研と研究を始めており、様々なテーマに結びついています。②戦略的投資機会の追求では、産総研との研究や、さらには産総研をつてに大学等とつながり、外部リソースを積極的に活用しながらオープンイノベーションを積極的に進めています。③次世代事業は、まさに今回の連携研究室そのもので、産総研との様々なやり取りを通じて、その場で、新しいものをつくることを進めます。

 このように、当社の中期経営計画の大きな事業施策の中に、すでに産総研との研究がいくつも織り込まれているのが実態です。ですから我々にとって今回の連携研究室は、先述の通りの存在価値があるのです。今後ますます産総研との連携を強化しつつ、さらには大学等とも連携し、我々と産総研と大学の三者で強く結びついていきたいと考えています。


産総研との研究テーマについて

―産総研との研究テーマについて、ご紹介をお願いします。

【写真1】プリンテッドエレクトロニクス(画像提供:DIC株式会社)

(1)プリンテッドエレクトロニクス材料
 当社の中期経営計画の次世代事業における代表的なテーマは、「プリンテッドエレクトロニクス」、文字通り、印刷(プリント)技術を高度な電子・電気製品(エレクトロニクス)に応用する技術です。例えば、携帯電話の中には基盤があり、無数の電子回路や半導体・電子部品などが使われていますよね。それらは非常に複雑かつ多段な製造過程を経て、基板に何層にもわたり組み込まれています。ところが印刷技術を応用することで、電子回路の配線から半導体まで、すべて印刷で製造できるようになるのですよ。極端なことを言えば、もう電子部品は要らないわけです。導電性や絶縁性のインク、さらには半導体のインクなどを、すべて印刷だけで製造できれば、工程数を大幅に簡素化できるため、大きな価格革命が今後期待されます。また機能面においても、なんせ「書く」だけですから、厚みや大きさなどの問題を克服することが期待される分野です。このプリンテッドエレクトロニクス用インクの研究開発を、産総研との研究で進めています。

【写真2】 食品用パッケージ(画像提供:DIC株式会社)

(2)バリアパッケージ材料
 もうひとつの代表的なテーマが、パッケージ材料です。簡単な例は、うどんやパンなどを密閉する食品用パッケージですね。難しい例としては、LEDや半導体などは、製造された後、ビールのようにトラックで運ぶわけにはいかないのですよ。半導体などは、水分など様々なものに大変弱く酸化されやすいため、非常に密閉されたバリア性の高いパッケージが必要です。このように一言でパッケージと言っても、簡単なものから、ガスや水などを全く通さない高いバリア機能を有するパッケージまで、世の中では求められているわけです。そこで、様々なバリアパッケージに必要な材料を開発するため、産総研の技術シーズを今、活用しようとしているところです。

【写真3】カラーフィルタ用顔料(画像提供:DIC株式会社)

(3)機能性顔料
 また、当社の成長を牽引している中心事業は、実は印刷用インキだけでなく、その原料となる顔料(ピグメント)、つまり色素の粉末なのです。顔料は色々なものに入っていますが、特に今、我々の成長を牽引しているのが、液晶パネルのカラーフィルタに特化した顔料です。この機能性顔料を、さらに新しいプロセスでつくったり機能を向上させるために、産総研とすでに研究を進めていましたが、さらに今回の連携研究室も活用する計画です。

 このように産総研との研究テーマは、実は、10以上あります。それを今回の化学ものづくり連携研究室を活用して、「その場」で研究開発をします、ということなのです。


パートナーとして産総研に求めること

―これから産総研に期待することや、求めることはありますか?

 産総研は、冒頭でも申し上げた通り、日本の技術の柱であることは間違いなく、我々企業にとっては、限りなく広がる宝の山です。それと同時に、今後は「ブレイン」というより、事業の「パートナー」として産総研を捉えていくべきと我々は考えています。

 また、今回の化学ものづくり連携研究室を機に、産総研と当社の連携はますます強化されるでしょう。さらに今後にむけた要望として、産総研と当社の2者のみならず、そこに大学も結びつけていただき、日本の技術基盤をつくっていただくことで、より実務的になり、ますます幅が広がるのではないかと考えています。例えば、ちょうど今年6月末に、産総研と東北大が「産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ」(OIL)を設立しましたが、そこに企業が入ることを推進いただきたいですね。

 実は昨日、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の視察から帰ってきたばかりなのです。MITではオープンイノベーションを非常に積極的に、かつ大規模に進めています。日本は、特にアメリカと比べると、この連携はむしろ遅過ぎたくらいだと思うのです。

 有名なMITの研究施設も視察しましたが、非常にオープンで驚きましたし、大変幅広い研究が行われていました。そこに企業の付加価値を見出すことができると思います。とてもおもしろい話がたくさんありましてね。例えば、ムール貝(イガイ)は、特殊な紐(足糸)で海中の岩などに付着しています。それが不思議な紐で、強い波には強固に付着するのに、弱い波にはふっと流れるそうです。その紐にはうまい具合に柔らかいところと硬いところがあり、それがどんな構造かを調べていました。他にもバイオの材料になると、よく似た紐で、ひっぱると色が変わるそうです。力を加えれば発色するのは非常におもしろい発想で、企業にとっては、新しい製品が生まれるヒントをもらえるわけです。

 米国では、このような取組みをどんどん推進していました。日本では、MITを産総研と読み替えても良いわけで、産総研には、そんな役割があるのではないかと思いましたね。


オープンイノベーションの目的は、リスクヘッジとサステナビリティ

―そもそもなぜ今、オープンイノベーションが重要だと思いますか?

 とても難しい話ですが、間違いなく言えるのは、自分一人でやれることは知れています。一方、複数人で一緒に考えれば、必ず良いアイディアが出ます。しかしながら、長らく日本の企業はそれをやってきませんでした。なぜならば、競争第一だったからです。とにかく、勝つことが大切。そのためには何かが大切かといえば、他人に教えないことです。そのため、これまで自分たちの力だけで何とかしようとしてきました。

 しかしながら、自分たちでできる範囲は知れていますし、時間も有限です。そこで、皆で共有する部分をつくり、早く結果を出すことで、リスクを回避しようというわけです。もちろん、自分たちだけでやれば、得られるリターンも独り占めですね。しかし、それは大きなリスクが伴うことです。自分たちだけでは、最後まで結論が行き着かないリスクや、時間がかかるリスクも十分考えられます。成功すれば、成果は独り占めですが、失敗すれば、その責任もすべて自分たちで負うことになります。

 そこで、皆と利益を分割して、たとえリターンが従来の例えば3分の1になったとしても、3~4倍のスピードで進めた方が、逆に言えば、同じ時間で従来はひとつしかできなかったものを3つも4つも得られるわけですし、成功する確率は高まるわけですね。そんなリスクヘッジ(リスク回避)の意味では、結果的には自分たちの大きな成果につながると思います。つまり、リスクを少しでも下げてスピードアップを図ることが、オープンイノベーションの大きなメリットのひとつです。

 また、企業は利益を追求する立場ですが、同時に、社会貢献も追求すべき立場にあります。そこでオープンイノベーションのもうひとつの機能として、先述の営利的な目的以外にも、いわゆるサステナビリティとして、如何に社会が必要とするものを早く提供するかという意味があると思います。次世代を考えた時、企業が競争したって、それで日本や地球が滅んでしまっては、何の意味もないですから。


サステナブルな社会を実現する化学へ

―それでは、次世代を担う若手は、どのような認識で社会に出る必要があると思いますか?それを次世代へのメッセージに代えてお願いします。

 広く言えば、自分たちは一人では生きていけないことを、しっかりと認識する必要があると思います。身近な友達や両親、まちの人だけでなく、アメリカにいる人も中国にいる人もアフリカにいる人も皆、同じ地球の上に住んでいて、地球の上にはカーテンをつくれませんから、大気や温度なども共有しています。その意味で、自分だけでは生きていけないこと、皆で生きていかなければいけないことを、若い人たちがわかってくれたらと思います。それをわかることは、相当大変なことだと思うのです。生命の大切さを感じると同時に、自分が生きていくためにはどうすればいいか、自分たち一人では生きていけないことを、わかってほしいです。

 「化学」という観点から言えば、これから地球を壊すのも救うのも化学でしょう。化学はこれから責任が重いと思います。歴史を振り返ると、化学は環境を壊してきたという一面もあります。これからは、むしろ環境を修復する化学や産業でなければいけないと私は思います。これからの若い人たちにはそれをやって欲しいですね。サステナブルな社会を実現するために化学も変わらなければいけないと思います。

 最近、美しい風景を見ると、「綺麗だな」と思うと同時に、「これ以上、壊してはいけない」と思うのです。私が以前、担当していた樹脂は、熱にも薬品にも強く、金属のように固くて、簡単につくれるものでした。お客様に「この樹脂は、こんな特徴がある、とても素晴らしい樹脂ですよ」と説明していましたが、最近は、それを自然に戻す技術まで考えてこそ、技術は完成したことになりますし、企業は責任を果たしたことになると思っています。なかなかそれを実行するのは難しいですが、子どもたちにつけを背負わすことは恥ずかしいことですので、是非とも成し遂げていきたいと思っています。

 他人を大切にする気持ちがなければ、動物と同等になってしまうと思うのです。そのもとは何かと言えば、「皆で生きていこう」という気持ち。化学をやる人間は、そのことを考えないと、当前ですが、ダメだと思うのです。

 それを率先して行うことが、化学企業の使命だと思います。産総研も、サステナビリティに関する研究をされていますから、その意味でも産総研と連携していく必要があると考えています。

―川島さん、ありがとうございました。

【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/(3)そのねらいと展望を探る座談会

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産総研東北センター内に「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設/(3)その狙いと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~ 取材・写真・文/大草芳江

2016年09月08日公開

日本企業を取り巻く競争環境が厳しさを増す中、日本全体としてイノベーションを継続的に創出するシステムの構築が求められている。そんな中、日本最大級の公的研究機関である産業技術総合研究所(略称:産総研)は、ナショナル・イノベーションシステムの中核的役割を担おうと、社会や産業のニーズを捉えながら、研究成果を事業化につなげるための「橋渡し」機能に注力している。その一環として、産総研の化学プロセス研究部門では、「DIC(旧:大日本インキ化学工業)-産総研 化学ものづくり連携研究室」を今年4月1日、東北センター内に新しく開設した。そのねらいと展望を探るインタビューシリーズの第3回目は、「化学ものづくり連携研究室」開設企業第1号であるDIC株式会社と産総研の担当者に、現場の声を座談会形式で聞いた(敬称略)。

<目次>
【特集】産総研東北センターに「DIC-産総研 化学ものづくり連携研究室」開設
(1)産総研の濱川聡さんに聞く~技術を誰よりも早く実用化する「橋渡し」役に~
(2)DIC(株)の川島清隆さんに聞く~企業から見るオープンイノベーションの可能性~
(3)そのねらいと展望を探る座談会~イノベーションに必要なこと~

※本インタビュー取材をもとに、産総研Newsletter No.43の作成を担当させていただきました。


「お試し連携研究」でニーズとシーズをスピーディにマッチング

-「化学ものづくり連携研究室」で進められる「お試し連携研究」とは、どのような取り組みですか?また、現場レベルで従来との違いをどのように感じていますか?連携研究室への関わり方も含めて、教えてください。

【産総研 宮沢】
 私は、産総研東北センターに設置された化学ものづくり連携研究室の運営を担当しています。

産総研には、企業の抱える研究課題と産総研の有する研究シーズのマッチングを図るため本格的な共同研究をスタートする前に、技術開発の可能性を検討・確認することを目的とした「FS( feasibility Study)連携」があり、これまでに多くの実績をあげています。

 今回、企業と化学プロセス研究部門が協力して、これまでの課題解決に限らず、課題を発掘する段階から幅広く共に議論するFS連携を始めました。このFS連携を開始するにあたり、産総研東北センター内に企業専用の「化学ものづくり連携研究室」を設置し、企業側と産総研側の双方の研究員が一緒に顔を合わせながら、課題発掘のためのお試し実験を実施できるようにしました。それが「お試し連携研究」です。そこでは、同じ場所で実験をし結果を見て、意見交換しながら検討を進められるため、ブレークスルーするための技術的な問題点等の認識を共有しやすくなり、FS連携から本格的な研究への移行が大きく加速されることを目的としています。DICは、その趣旨に賛同いただいた第1号の企業であり、産総研東北センター内にDICの冠を付けた「DIC-産総研化学ものづくり連携研究室」という名称で運営されています。これは今までにないシステムであり、実際に「化学ものづくり連携研究室」がスタートして2か月ですが、「お試し連携研究」を経て本格的な研究につながりそうな案件が何件も生まれようとしています。

 従来、企業に産総研内の場所を提供することは、様々な手続きを要しました。しかし、今回は可能な限り手続きを簡略化して、お互いの価値を共有するために、産総研に設置した化学ものづくり連携研究室をどんどん自由に使ってくださいと運営しており、それがうまく機能していると思います。なお、セキュリティ面では、本格的な研究に関する情報や材料の漏洩あるいは混在することを避けるために、企業専用の実験室やミーティングスペースを用意しました。これは企業側にとっても、また、多くの企業連携を抱える産総研側にとっても、お互いに安全・安心な環境です。

【産総研 西岡】
 私の専門は特殊なエネルギー場を使った化学反応です。私の担当は、企業の方から具体的な研究課題をいただいた時、「やって良かった」と思ってもらえるよう我々が提供できることを考え、実際に実験し、企業の方に持ち帰っていただくところを担当しています。今回の「化学ものづくり連携研究室」では、その研究開始までの期間が非常に短くなり、初期段階で我々の技術を使う企業の方と直接お話できることが良いと感じています。

 私がDICと関わった当時はFS連携がなく、一緒に研究を始めるには、いわば遠い"道のり"でした。展示会でパネル発表を行った際、次世代事業のテーマを探していたDICの方に、「産総研はこんなことができます」と紹介したのが最初でした。2~3ヶ月後にDICの方が「こんなことは、できますか?」と聞いてくれました。それから数ヶ月後、違うセクションの方が調査に来てくれました。さらに数ヶ月が経ち、「研究を進めたい」となっても、会社の方もすぐお金を出せるかわかりませんでした。産総研も、特許やノウハウに関わることは話せず、お互いモヤモヤした話しかできませんでした。そこで今回の場合は、最初は社内からではなく、助成金による補助をうけ1年で成果を出し、それを社内にアピールしてもらいました。DIC内でも「おもしろい成果になりそうだ」と、やっと現在の状況にまで到達しました。ここまでに2~3年かかることがあります。それでもまだ、具体的な研究まで到達できた今回の事例は良い方で、展示会で素通りされる場合もあれば、上司まで話が通らない場合など、色々あると思います。

 そんな中、今回の「化学ものづくり連携研究室」は、産総研内の専用の場所で、「お試し連携研究」を行えるので、これまでは非常に遠かった"道のり"が随分短くなると思います。

【DIC 木村】
 私は「お試し連携研究」以前から、産総研とのお付き合いがありますが、企業から見ると、「お試し」という言葉が重要でしてね。急に本格的な研究に入るのは、企業のニーズもありますし、評価もありますから、ある意味では不安があるのです。通常は、過去の論文や特許などのデータを見て進めますが、「正直ちょっと違うな」というところが途中で出てくるものなのですよ。実際に、西岡さんと最初にやろうと思ったことと、今やっていることは違いますしね。途中で「予想とは違う結果が出たから、じゃあこっちにしよう」と変化することもあります。それが今回の連携研究室では、自分たちの目でそれを判断でき、実際にやってみようと、企業側にフレキシビリティを与えていただける枠組みが非常に有り難いですね。これにより、実際の成果をもって具体的に研究を行うステージまで上がれることが、企業にとっては非常に重要だと思います。

【DIC 関根】
 今回、企業側のニーズをオープンにできる形での連携を組ませていただいたことで、非常にスムーズに話を進められたと思います。通常、研究のテーマの話を進めようとすると、秘密保持契約などを、例えば10テーマあれば10個別に結ぶ必要があり、社内手続きなどが煩雑になって、おそらく何十年たっても終わらないでしょう。それを今回のように、ひとつの包括的な形で秘密保持が担保される中でしたら、我々企業の必要とするニーズを相談できます。産総研は「NO」と言わず相談を受けてくれますので、次から次へと新しいアイディアや具体的な研究テーマが生まれます。こうして次々と産総研との連携事例をつくることで、社内にもアピールができます。


ニーズに応える産総研

―イノベーション創出に向けた化学ものづくり連携研究室の設置により、スピーディなニーズとシーズのマッチングが可能になったのですね。では、連携研究室でのお試し連携研究テーマは、具体的にどのようなプロセスで設定されているのですか?また、連携研究室が産総研東北センター内に設置されてから約2ヶ月が経ちますが、現場レベルで実際にメリットを感じていますか?

【DIC 関根】
 当社として使ってみたい産総研の技術がいくつかありました。そこで今年4月に、キックオフミーティングを開催させていただき、当社からいくつか提案をさせてもらいました。 西岡さんが仰ったように、展示会で素通りしていたけど、気になっていた産総研の技術が頭のどこかにあり、それを思い出して「連携研究室を使ってぜひ一度相談してみたい」というケースはよくありますね。基本的に産総研は「NO」と言わないのです。そこが企業としては非常に嬉しいですね。

【産総研 宮沢】
 平成27年度からの第4期中長期計画で、「産総研はオープンイノベーションのプラットフォームとして、企業等のニーズを的確に捉えて、それに応えましょう」というスタンスに変わったのです。産総研のイノベーション担当理事が「NOと言わない産総研」を掲げており、それを具現化したひとつが今回の「化学ものづくり連携研究室」です。現在は開設して2ヶ月で、まだ、課題に対するソリューション観点でのマッチング段階ですが、これが伸びて横に広がっていくことが、今後必要だと考えています。

【DIC 関根】
 宮沢さんが仰る通り、お試し連携研究にとどまらず、次から次へと新たな研究テーマを生み出し、ある事業規模で産総研と一緒に仕事をしたいです。産総研の人やモノ、技術やアイディアも使わせていただきますので、企業として、それに対する対価は当然、資金という形で提供します。

 我々企業の最終目標は事業化です。企業として重要なことは、研究のための研究ではなく、事業化を見据えた研究です。産総研には企業サイドに歩み寄っていただき、事業のスケールアップや事業化のコスト、知財戦略などについても、相談にのっていただいています。さらに産総研の幅広いネットワークの中から、「その技術なら、あそこにありますよ」「この大学と一緒に研究しませんか」など広い枠組みで捉えていただき、いち早く事業化するための提案が常に産総研側からあるのが、企業として非常に有り難いです。

 もう一点重要なことは、産総研の中で仕事ができるので、単にパネルや論文などを見るのとは違って、産総研の多様な技術シーズに直に触れることができ、横のつながりができる点が良いです。次のテーマも、産総研に来ることで探せますし、逆にこちらから提案ができることが、仕組みとして大変良いですね。

 宮沢さんが仰ったように、今後このコミュニティをさらに太くして大木へ、そして林から森へと育てていきたいです。例えば、テーマパークにはそれぞれ固有のテーマがあります。そのテーマを大きくし、お客さんが興味を持って、たくさん入ってくださるような、魅力ある大きな研究に育てたいです。

【産総研 宮沢】
 関根さんの仰る通り、産総研はテーマパークですね。様々なテーマがあり、色々な企業の方が入って来て、混みだすと、お待たせしなければいけないのですが、なるべく待たせず、すぐに乗れるようにする。それが連携研究室です(笑)。

【DIC 関根】
 我々は、産総研の"ファストパス"を手に入れたわけですね(笑)。

【産総研 西岡】
 具体的な研究を行える場がきちんと確保されていることは、産総研としても有り難いです。木村さんと研究をしていた時も、「この時期はお断りせざるを得ない」「実験のコツを伝えたいけど、共用の場所では他社の方が作業していることもあり話せない」という場合がありました。それを待たせずできるのは、良いですね。

【DIC 木村】
 そうですね。専有の部屋があることは、過去にもなかなか無いですね。それに普通の研究ではお互いテリトリーに手を出すことはなく、向こうは向こう側、こちらはこちら側というのが、ないわけではないですから。この連携研究室は画期的と、本当にそう思います。

【DIC 関根】
 やはり画期的な取り組みなので単発では終わらせたくないので、ひとつの大きな成果をもたらしたいですね。これは我々サイドの問題ですが、テーマをさらに多く出させていただいて、そこから成果が生まれる場合、さらに部屋を用意してくださいと、産総研にお願いしているところです。

 産総研は東北のほかにもつくばや中部など全国各地にあり、「材料・化学領域」の下に、この化学プロセス研究部門があります。材料・化学領域となれば、さらに広い枠組みで産総研の新しい材料を我々はいち早く入手でき、これまでハードルが高くて使えなかったものも使わせてもらえると思います。

 産総研の約2,300人の研究者の頭脳を、我々は手にすることができるわけです。これは、すごいことですよ。企業でこれだけの研究者を集めようとすると、「まさか、馬鹿な話」で終わってしまいますから。企業として、如何に産総研をうまく使いこなすか。実際の技術として、当社の中に引き寄せることができるか。そこをうまく結びつけつつあるところですし、産総研の技術シーズも色々わかってきたところです。

 その中で当社の研究者たちも成長でき、人と人の繋がりもできます。今後モノを開発していく上で人が重要です。人がいて議論が活発になれば、色々なアイディアや方向性も当然、生まれますし、事業化がスピードアップします。

 その時に必要なのは、繰り返しますが、つくばなどにも連携研究室をもう一つ二つ設けていただき、少しずつ領域を広げて、木の幹をどんどん太くする活動だと思います。産総研は大きな組織ですので、幅広い領域と連携できるよう、DICとして成果を出し、産総研の中で連携研究室の認知度を上げる必要性を感じています。


すべての基盤は「人」

-イノベーションの基盤は「人」であり、連携研究室はそれを実現するための新たなシステムであることが伝わりました。それでは、今後に向けた意気込みや期待などをお願いします。

【DIC 木村】
 この機会を利用して、若い人をどんどん産総研に連れて来たいと思っています。会社ではそれぞれが一つの仕事をしているわけではなく、オーバーラップしている仕事があります。現在の担当に関係するテーマを若い人に経験させる意味でも、非常に良い場だと思います。

【DIC 関根】
 やはり人を育てることが、経営的にも非常に重要です。将来的には、産総研と人材交流を行えたら良いなと思っています。さらにもし可能でしたら、企業には博士号取得者が少なく論文発表の経験が乏しいため、箔を付ける意味でも、そんな経験をさせる場として産総研を活用できたら良いなと思います。

【産総研 宮沢・西岡】
 産総研は第4期中長期計画から、基礎研究と、企業の中でとどまっている技術との距離を縮める「橋渡し」となり、いち早く事業化して世に出すことを、第一目標に掲げています。将来的には様々な企業間連携につながり、企業の業績が上がり、社会が豊かになり、そこに産総研が貢献したと言ってもらえるようになるのが、一番嬉しいですね。

-最後に、「宮城の新聞」読者である次世代にむけたメッセージをお願いします。

【DIC 木村】
 私自身も心がけていることですが、知らないことに興味を持って欲しいというのがひとつです。どうしても自分の関係がないところには、あまり興味を持てないことが多いですが、それが結局、自分の幅を狭めていると思うのです。もちろんすべてに興味を持つことはできないと思いますが、自分の知らない世界に興味を持っていただきたいですね。

 もうひとつは、失敗したことは決してマイナスではなく、プラスにするための経験だと、伝えたいです。もちろん成功することも非常に良い経験ですが、失敗することは悪いことではなく、その経験をどのように次へ活かすかが大事です。むしろ、研究者は失敗の方が多いはずですし、それはどんな仕事でもそうだと思います。

【DIC 関根】
 失敗を恐れては、新しいことは何もできません。失敗を悲観して駄目だと諦めずに、むしろ失敗から得られることがあるとプラスに捉え、自分にとっての新しいことにチャレンジして欲しいです。

 勉強では与えられた教科書と答えがありますが、答えがないものは世の中にはたくさんあります。答えがあるかどうか、判断がつかないものを誰が判断するかといえば、まわりの人たちで、何らかの形でまわりの人たちを幸せにできれば成功だと思います。
 
 また、常に相談できる友達が大切だと思います。なかなか若い時はまだ個性が強かったり固まっておらず、ぶつかり合うこともあると思います。しかし、それも人それぞれの感じ方・考え方と捉えて、コミュニケーションを図りましょう。間違いなく、会社に入ってからも、アルバイトでも、人との関係は必ずついてきます。コミュニティ内で常に仲間意識を持ち、その中で皆がリーダーになれる雰囲気づくりが大切だと思います。それを自らできるよう常に意識して欲しいと思います。

【産総研 西岡】
 5人の子どもにも自分にも言い聞かせるのは、「犬も歩けば棒に当たる」。行き詰まる時も、調子に乗っている時もありますが、それが研究でも何でも、いつもと違うことをやってみれば、違う結果が出ます。考えることさえやめなければ、いずれ良い結果を見つけることができると思います。

【産総研 宮沢】
 好きなことを見つけたら、好きなだけとことんやってもらいたいですね。その好きなことで将来、職に就けて社会生活を送ることができれば、とても良い人生だと思います。科学にこだわる必要もないですし、職人でもスポーツ選手でも何でも良いです。中途半端に辞めると、後悔します。とことんやって、ダメならダメで、また新しく始めればいいじゃないですか。好きだと思うのなら、ひたすら一生懸命にやれば良いのです。

-皆さん、本日はありがとうございました。

【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯014】東北大学工学部、女子高生向けに進路選択支援フォーラム開催

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【東北大学ALicE×宮城の新聞 ♯014】東北大学工学部、女子高生向けに進路選択支援フォーラムを開催/東北大学工学部 取材・写真・文/大草芳江

2016年09月09日公開

女子高校生のためのミニフィーラム「工学にかける私の夢」のようす=東北大学工学部(仙台市)

東北大学工学部は7月27日と28日の両日、女子高校生を対象としたミニフォーラム「工学にかける私の夢」を開催した。女性の活躍が各分野で期待される一方、工学部に占める女子学生の割合は約1割と少ない。そこで、活躍する工学部出身の女性の姿を伝えることで進路選択の参考にしてもらおうと、同学部がオープンキャンパス企画として毎年開催している。

同学部の5つの学科に所属する現役女子学生たちによるクロストーク

フォーラムでは同学部の女性教員や企業で働く同学部出身の女性らによる講演があった。その後、同学部5学科に所属する女子大学院生によるパネルディスカッションが行われ、各学科の特徴やキャンパスライフなどが紹介された。

 参加した女子学生や保護者からは「大学での研究について具体的に知ることができた」「これまで興味のなかった学科にも興味が湧いた」「東北大学が工学部女子学生を積極的にサポートしていることを知って安心した」といった声があった。

 フォーラムの講演要旨は、次の通り。


■「考えなしの人生をいかに楽しく歩むか」
 古川 幸 助教(都市・建築学専攻

 大阪生まれの大阪育ち。大学受験時、全く縁のなかった東北大学工学部に進学した理由は、周囲が関西の大学に進学していたため関西外に出てみようという軽い気持ちと、暑さが苦手な私にとって仙台は涼しくて過ごしやすそうという理由から。また、現実的な理由として、2次試験入試科目に私の苦手な国語がなかったこともあった。

 なぜ工学部の人間環境系(建築・土木系)を選んだかと言えば、私は環境にやる気が左右されるタイプなので、自分で環境をつくりたいと思ったから。「壮大な雑学」とも言われる建築は、「デザイン」「計画」「環境」「構造」の大きく4つに分けられる。美を追求するのがデザイン。社会学的・人間学的に必要性を追求するのが計画。工学的に合理性や快適性を追求するのが環境。安全・安心を担保するのが構造で、私は構造を専門にした。大学では芸術学から社会学、工学や歴史学、地理学まで多岐にわたる講義を受けた。これらの領域を網羅しながら図面を書き、模型をつくり、その素晴らしさをプレゼンする「設計演習」という授業に私は没頭した。答えがない問題に対して、自分がどれだけクオリティを上げられるかに集中するあまり、1週間の合計睡眠時間が20時間を切るほどだった。

 大学院には「周囲が進学するから」という漠然とした理由で進学した。設計に没頭すると思っていたが、自主性を重んじる研究室で、私は何もしなかった。しかし何をしなくとも、就職の時はやって来る。無為に時間を過ごした私は目的を見つけられず、ある日突然、留学を思い立った。ところが米国一流大学への留学には、語学試験の高スコアや大学での好成績が必要だったため大変苦労した。自分が何をやりたいのかがまだ見つかっていない人こそ、大学では好成績を収めた方が良いと、自分自身への反省から助言したい。

 何とか、米国ミシガン大学に留学することができた。たとえ自分に明確なビジョンがなくとも、ひたすら与えられた課題をこなす過程で何かができるようになるものだ。ただ留学時、高校時に捨てた歴史が問題になる場面に何度か出くわし、歴史問題からは逃れられないと痛感した。その後、恩師が病気で亡くなったため、日本に戻り、京都大学で博士課程を過ごした。その間、日米の企業でインターンシップを経験した後、現職に至る。自分への反省も込めて、現在は学生に愛のムチを振るい、研究では耐震性に優れた構法を提案し企業と研究開発を進めている。女子学生もヘルメットをかぶりながら一緒に研究をしている。

 「考えなしの人生をいかに楽しく歩むか」。留学を何も考えずに決めた私に恩師が送ってくれた言葉だ。「若い頃に限界まで没頭したことは、その時は、わかる形で得ることがなかったとしても、いつか必ず身になるものである」。こう言われた当時はピンと来なかったが、今の私にとっては、実感をもって言える言葉である。この言葉をどこか頭の片隅に置いて、皆さんもぜひ頑張って欲しい。


■「よりそう」ための工学 ~メンテナンスと運用の職場から~
 中嶋 有美 氏(東北電力株式会社 火力原子力本部 火力部[火力業務])

 岩手生まれ。東北大学工学部電気工学科を卒業後、東北電力に入社した。4歳の娘がいる。
一般的に「工学部=モノをつくる」、「工学部卒=開発職・研究職」というイメージがあると思う。実際、東北大学工学部の6割以上が「モノをつくる」製造業へ就職する。一方で、「モノをつくらない」電気・ガス・熱供給・水道業に就職する卒業生は約6%。なぜ「モノをつくらない」のに技術者が必要かと言えば、つくったものを使い続ける運用やメンテナンスにも技術の知識が求められるため。当社では、工学を学んだ技術者が様々な現場で活躍しており、東北大学出身者も多い。

 小学生の頃から電力に興味があった。東北電力主催の「電気の旅」バスツアーで、電気をつくって送り、管理・運用するプロセスを間近に見て興味を持ったのがきっかけ。技術系を志望した理由は、自分で手を動かす仕事がしたいという漠然とした思いからだった。高校2年の時、東北大学工学部のオープンキャンパスで電気系に立ち寄り、電気抵抗ゼロの夢素材「超電導」の電力応用技術に出会った。無駄なく電力を使う超電導技術に惹かれ、東北大学工学部に入学してこの技術を学びたい、そしてせっかく電力を学ぶのだから東北電力に入社したいと、この時に決意した。

 その熱い思いをぶつけ、AO入試で合格。しかし、電気系は当時必修科目が多く、数学とひたすら向き合う困難に直面した。数学は就職後も付きまとうため、苦手意識を持つと心が折れる。さらに超電導応用の研究室が、入学時点でまさかの廃止済。一時はどうしようかと思ったが、大学3年の研究室選択時、新たな教授が赴任し、超電導応用の研究室が復活したことが転機となった。第1期生として研究室に配属されたが、実験機材も研究テーマも何もないゼロからのスタートだった。夏まではオープンキャンパスの展示用に「超電導ジェットコースター」をつくり、秋以降は研究テーマを策定して研究装置の製作から始めた。1年間で卒業したこともあり大きな成果の得られる研究にはならなかったが、ゼロからモノを考えてつくる良い経験になった。

 就職活動では他社も検討したものの、やはり東北電力に入りたいという思いは変わらず,また熱い思いをぶつけて内定をいただいた。初任地は、東北電力最大の火力発電所である東新潟火力発電所だった。火力発電所は様々な専門分野の技術屋の宝庫で、電気系のみならず機械系や化学系がおり、他にも土木・建築系や情報・通信系などが関係する。最初の配属先の発電グループでは、発電所の様々な設備を広く監視するため、専攻に関係なく幅広い工学の知識が求められた。学生時代は必修科目が多くて大変苦労したが、「電気系だから関係ない」と思った基礎知識も役立つことを実感した。その後、技術グループに配属され、発電所のメンテナンスを担った。実際の作業の多くは関係会社、協力会社やメーカーが行うが、作業指示や工程管理を行うために深い専門的知識が必要となった。

 火力発電所の現場の環境は、騒音が大きく高温で危険箇所もあるため、常に長袖長ズボンの作業着で体力勝負、たまに力仕事もある。しかし、「女性だから」で困ることは少なく、むしろ「女性だから」よりも「私だから」という視点や仕事のやり方が重要になった。

入社6年目の終わり頃,本店へ異動。それまで女性ということを意識せず働けていたが、異動直後に妊娠が判明し、育児休業を取得した。会社の育児支援制度が整っていたため、退社は考えなかった。時短勤務で復職したが、家庭や保育園の協力があったことと仕事がおもしろくなったことから、この春から通常勤務とした。育児や時短勤務の経験のおかげで、仕事の優先度や効率化への意識が高まった。現在は技術系事務職として、火力部門の運用に関する業務を行っており、専門外の人にも専門知識を噛み砕き説明することの重要性と難しさを感じている。

 工学と言うと、「モノをつくる」イメージが先行しがちだが、新たなモノをつくるだけが工学ではなく、つくられたモノを理解し使いこなすにも工学の知識が必要。そして自分たちだけが使えれば良いのではなく、皆が使いやすいようにする姿勢が重要。さらに、一度限り使えればよいのではなく、生み出した技術を長く使ってもらうようにすることも大切。これら全て工学の発想で行える仕事だと思う。つまり「工学を学ぶ」ことは、「人々の暮らしに『より、そう』ための知識を身につける」こと。目に見えるモノはつくっていないが、私は誇りをもって東北電力で勤務している。


■液体ロケットエンジン・ターボポンプインデューサの研究
 ~下町ロケットを目指して~
 伊賀 由佳 准教授(流体科学研究所/機械系協力教員)

 東北大学工学部機械系出身。同学にて大学院博士課程まで進学し、現在、機械系の教員を務める。私は、液体ロケットエンジンのターボポンプに発生するキャビテーションを研究している。キャビテーションとは、物体のまわりに高速で液体を流すと、圧力が下がるところに気泡が発生する現象で、その振動や騒音が流体機械を破損させる原因として問題になっている。

 私がこの研究を始めたのは、博士課程の学生だった頃、日本のH-IIロケット8号機打ち上げ失敗(1999年)がきっかけだった。8号機は打ち上げ後、エンジンの推力が低下してしまったため、地上からの指令により爆破され、海に落とされた。海からロケットエンジンを回収し原因を究明した結果、エンジン付近に発生した多量の気泡(キャビテーション)が圧力変動を引き起こし、部品の疲労破壊を招いたことが原因だろうと報告された。私は当時、キャビテーション現象を研究していたため、液体ロケットエンジンのターボポンプインデューサで発生するキャビテーションの圧力変動を博士課程の研究テーマにした。それ以来、この研究を続けている。

 高さ約50mのH-IIロケットのほとんどは推進剤のタンクで、燃料と酸化剤が積まれている。エンジンには、燃料と酸化剤を高圧・高速にして燃焼室に送り込むためのターボポンプが、酸素用と水素用の二つ付いている。各ポンプの入口に付いている羽根車がインデューサで、ここでキャビテーションが発生する。もともとキャビテーション現象が発生すること自体は想定されており、通常は振動を止めた後にロケットが打ち上げられるが、8号機の場合、止めていたはずの振動を止められなかったことが失敗の原因だった。

 今日は本物のインデューサを持参した。高さ約50 m、重さ約260 tのロケットを打ち上げるターボポンプの入口部は、私でも片手で持てるくらいに小さい。また、ターボポンプ自体も手を広げた程度の大きさしかない。自動車などに比べて、非常に小さくエンジンをつくっている理由は、ロケットには多くのものを載せられないため、できるだけ小さく軽くする必要があるから。その結果、超高速回転させて非常に高いエネルギー密度になるため、ロケットエンジンのターボポンプインデューサは、流体機械の中でも特に難しい流体機械だと思う。

 私の研究アプローチは、学生の頃から、スーパーコンピューティングである。エンジンを組み立てるといった力仕事は女性にとってなかなか難しいが、コンピュータを使った計算なら体力を必要とせずスマートに研究ができる。さらに最近は、実験も始めた。研究室に大型装置を導入し、男子学生たちが実験を進めている。実験と計算、学生には希望する方を選んでもらい、現在は半々くらいの割合だ。そして、ついにキャビテーションの振動を止めるための良い方法が計算上見つかり、JAXAのインデューサで実証実験する計画を昨年度から進めている。実は、JAXAのロケットエンジン研究・開発部門は宮城県角田市にあるため、ロケットエンジンを研究したい人にとって、東北大学は良い立地条件である。工学部の中でも女子学生が少ない機械系で、その中でも特に"女性らしくない"研究内容だが、男女ともに活躍できる研究分野なので、ぜひ女子学生にも来て欲しい。


■"よきモノづくり"を目指して ~私らしさとバイタリティ~
 石田 華緒梨 氏(花王株式会社 加工・プロセス開発研究所)

 はじめに、私が感銘を受けたスピーチで、悩んだ時の指針にしている、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏の言葉を紹介したい。「あなたが何を選ぶか、あなたが下す決断が『あなた』をつくっていきます」。これからの人生、大学進学や就職、結婚・出産と、選択の連続だが、私の物語が皆さんの選択の一助になれば嬉しい。
 
 私は、青森県の小さな町の出身。まず高校の文理選択時に、なぜ理系を選んだかと言うと、単純に化学や数学が好きで、虹などの身近な現象を説明できることがおもしろく、白衣姿がかっこいいと思ったから。また、小さな頃から何かをつくることが好きだった。将来の夢はまだ決まっていなかったが、理系なら幅広い選択ができそうと思い、迷わず理系を選択した。

 次に、なぜ東北大学工学部を選んだか。実は、大学進学に前向きではなかった両親から、大学進学の条件を二つ出された。一つ目は「遠くても東京まで」、二つ目は「国公立のみ」。選択肢が絞られる中、教育水準が高くて名の知れた大学で、田舎者の私にとって程良い都会で住みやすそうな、東北大学が良いと考えた。そこで高校2年の時にオープンキャンパスに参加した。どの学部も楽しそうだったが、私の中で研究の最終出口が最もイメージしやすく、幅広く学べそうな工学部を志望し、無事入学できた。次の選択は、何を専門分野にするか。モノづくりで社会に貢献したいと思っていた私は、モノづくりに欠かせない分野で、多くの人に貢献できる製品を生み出す化学工学の可能性に魅了され、化学工学を選択した。

 大学卒業後は、就職の道を選んだ。就職にあたり、どんな社会人になりたいかを考えた。私は、人々の役に立つモノづくりを通して社会に貢献し、世界で活躍できる人になりたい、そう思って企業選びを始めた。私は洗濯が好きで花王の洗剤をよく利用していたため、花王について調べると、モノづくりに誇りと自信を持ち、化学工学を大切にする企業とわかった。女性が働きやすそうな環境だと思い、数あるモノづくり企業の中でも花王に対して強い憧れを抱いて、花王を志望した。内定をいただけた時は、本当に嬉しかった。

 花王は百年以上前に創業し、従業員約6,000人のうち、約2,000人が研究に携わる。このうち東北大工学部出身者は約70人。花王は特徴的な研究体制をとり、部門の壁を超えたコラボレーションにより、たくさんの花王製品を生み出している。私は加工・プロセス開発研究所という、花王のほぼすべての製品に携わる部署に所属している。

 入社1年目は、反応の手助けをする触媒づくりに携わった。自分で開発した触媒を用いてその反応の結果を見るのにワクワクする日々を過ごした。大学は触媒の研究をしない分野だったが、講義で学んだ様々な知識が非常に役立った。入社2年目からは、新規日焼け止めの開発及び工業化に携わった。求められる日焼け止めは、効果が高く、肌への刺激が少なく、使用感として伸びが良く白残りしないもの。効果を高めるにはUV吸収剤・UV散乱剤の配合量を増やすことが必須だが、多量のUV吸収剤・UV散乱剤の使用は、使用感の悪化や肌トラブルが懸念されるため、日焼け止めの効果と使用感の両立を目指す研究が各社で盛んに行われている。私のミッションは、より少ないUV防腐剤・UV散乱剤でより効果の高い日焼け止めを開発することだった。そのアプローチとして、まずは光学的シミュレーションから望ましい素材についての設計指針を獲得し、組成やプロセスを工夫することで理想状態を具現化した。そして今年2月、自分が開発した日焼け止めを無事に発売開始できた。

 日焼け止めの研究では、素材開発から工業化まで0から100以上のモノづくりに携わることができた。基礎研究では、UV防腐剤の配合量は同じでも、構法や作り方を工夫すれば効果が4倍以上になることを実感し、モノづくりの秘める可能性を実感できた。次に工業化を具現化するプロセスでは、想像以上に様々な課題に直面したが、一つ一つ解決することで達成感を得られた。また、モノづくりの奥深さを体験し、大学で学んだ専門知識を活かすことができたため、自信にもつながった。自分の製品を世の中に提供できた喜びは想像以上に大きく、私の成功体験につながった。今年からは新しいテーマとして、超極細繊維づくりに携わっている。超極細繊維は使用性や持続性に優れた新素材として期待されており、私のミッションは、お客様が驚くような"これまでにない製品"の開発を目指すこと。対象が大きく変わったが、チャレンジングなテーマで、視野が広がる良い機会だと思う。

 これまでの人生を振り返って、工学部を選んで本当に良かった。モノづくりの醍醐味を味わうことのできる職に就くことができ、日々モノづくりの楽しさを実感し、「こうだったらいいな」を自ら具現化することは楽しい。化学・バイオ工学科で幅広く学べたことが、様々な新しいテーマを受け入れられる基盤にもなっている。これからも「工学=具現化力」を強化しながら、皆様の役に立ち笑顔にするモノづくりを目指したい。高校生の皆さんは可能性も無限大。自分が本当に納得できる選択をするために視野を広げ、「自分がやってみたい」と思う気持ちを大切に、たくさん挑戦して欲しい。 


■各学科の女子学生とのクロストーク

Q1. 
自己紹介をお願いします

【機械系】松野優紀さん(工学研究科 ファインメカニクス専攻)

 宮城県仙台第二高等学校出身。液晶ディスプレイなど平面上の傷を検出するためのセンサを開発したり、性能を調査する研究をしている。

【機械系】増田純子さん(工学研究科 機械機能創成専攻)

 埼玉県立浦和第一女子高等学校出身。宇宙をはじめとする真空環境下で使える新しい潤滑剤の研究をしている。よさこいサークルに所属しており、学内外で多くの友達ができた。

【電気系】野々村萌さん(情報科学研究科)

 岩手県立盛岡第三高等学校出身。触れるバーチャルリアリティの実現を目指した研究をしている。学部生の頃は男子ラクロス部のマネージャーをしており、全国ベスト5まで進むことができた。

【化学・バイオ系】大嶋珠礼さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 青森県立八戸高等学校出身。高温・高圧水を用いて、タンパク質などの分解を制御する研究をしている。白衣ではなく作業着を着て実験している。サークルでテニスを楽しんだり、食べることが大好き。

【化学・バイオ系】萩原沙樹さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 茨城高等学校出身。混合イオン液体へ水素などのガスがどれくらい溶解するのかを測定している。学部生の頃は女子ラクロス部のマネージャーをしていた。

【マテリアル・開発系】北本祥子さん(工学研究科 材料システム工学専攻)

 ノートルダム清心高等学校出身。金属と金属を接合する際に、その金属を溶かすことなく接合する技術を開発している。

【人間・環境系】長谷川京子さん(工学研究科 都市・建築学専攻)

 埼玉県立大宮高等学校出身。研究テーマは、大規模災害後の地域コミュニティの回復に関する研究をしている。漁村集落の方たちに、地域や生活のことなど、お話を伺いながら調査を行っている。

Q2. 
今の学科を選んだ理由は?

【機械系】松野優紀さん(工学研究科 ファインメカニクス専攻)

 大学選択時点では何を学びたいかが特に決まっていなかったが、機械系なら全8コースあり幅広いことを学べるため、入学後に方針を決められると考えた。評判通り女子は少ないものの、20人ほどいるので心配ない。

【機械系】増田純子さん(工学研究科 機械機能創成専攻)

 高校時代、宇宙に携わる研究がしたいと思って選んだ。摩擦は機械故障の主原因のため潤滑剤が必要だが、宇宙のような真空環境下では普通の油では蒸発してしまうし、宇宙機器となると簡単には補給できない。そこで、宇宙で使える長寿命で低摩擦な新しい潤滑剤を研究中。

【電気系】野々村萌さん(情報科学研究科)

 扱う分野の幅広さから電気系を選んだ。電気系には、電気、通信、電子、応用物理、情報、医工学の6コースがある。私はプログラムに興味があり、AO入試も使えるため、情報系を選んだ。現在は触れるVRをつくるために人間の触覚を研究中。情報系のみならず心理学や脳科学など幅広く必要な研究である。

【化学・バイオ系】大嶋珠礼さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 高校の授業で化学が一番好きだったから。大学では学部3年まで座学が中心で、分野にとらわれず幅広く学べる。学部4年以降は、化学工学・応用化学・バイオ工学の3コースから選択し、研究室に配属される。私は、化学産業において最適なプロセスをつくるという、化学工学を専攻している。

【化学・バイオ系】萩原沙樹さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 高校生の頃、物理や数学よりも化学の勉強が一番楽しかったから、大学でも化学を勉強したいと思って選んだ。4年生で研究室に配属されるまではコース選択がなく、様々な分野の化学について学べ、理解してからコースを選べるのが良いと思う。

【マテリアル・開発系】北本祥子さん(工学研究科 材料システム工学専攻)

 将来は最先端研究をしたい気持ちがあった。材料はどんな分野でも使われ、ものづくりにおいて材料がないものがない。そこで材料系で世界トップクラスの実績を誇る東北大の材料系を選んだ。金属のみならず半導体やセラミックスなど扱う材料は様々なので、入学後にどんな材料に興味があるかを見つけて選択することができる。

【人間・環境系】長谷川京子さん(工学研究科 都市・建築学専攻)

 社会の様々なことや人と関わってものづくりができるから、建築を選んだ。もともと住宅やインテリアの雑誌を読むのが好きだったのがきっかけ。建築を通じて、社会課題について考えられるところや、色々な人と関わってものづくりができることが、建築の魅力だと思う。

Q3. 
大学生になって変わったこと、成長したことは?

【機械系】松野優紀さん(工学研究科 ファインメカニクス専攻)

 中高生の頃は与えられた課題に取り組むのに一生懸命で、勉強と部活以外は特に何もしなかった。大学では一人暮らしや研究室生活という自分でやらなければいけないことが増えた環境の変化で、自主性が身についた。

【機械系】増田純子さん(工学研究科 機械機能創成専攻)

 主体的に行動できるようになったと思う。研究のみならず、アルバイトやサークル活動など、高校と比べて、選択の幅が広がる。裏を返せば、自分で責任をもって行動しなければならなくなり、配分や内容を自分で決める必要がある。その環境の変化もあって、自分から活動できるようになったと思う

【電気系】野々村萌さん(情報科学研究科)

 以前よりタフになったと思う。高校生の時は全くしなかった料理や洗濯などの家事は、大学ではやらざるをえない環境に置かれ、タフになった。さらに大学は何をやるのも自由。自分のやりたいことを自分の好きなようにやるためのスケジュールを組めるようになり、以前より体力的にもタフになった。

【化学・バイオ系】大嶋珠礼さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 一人でできることが増えた。高校生の時は実家暮らしで家事は一切せず、移動も親の車で、お金の管理もお小遣い、病気の時も親が看病してくれた。今は一人暮らしで、家事や移動はもちろん自分で行い、お金は、奨学金やアルバイトでやりくり。一番大変なのは病気の時で、動けなくても自分で何とかしなければいけない。一人でできることが増え、たくましくなった。

【化学・バイオ系】萩原沙樹さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 人との繋がりの大切さを実感した。一人暮らしをして一番実感するのは、家族にどれだけ支えられていたか。家事や料理、お金の管理まで何でも一人でやる必要があり、家族の有り難さを実感している。友達や先輩・後輩など、いろいろな人に支えられて生活していることを実感している。

【マテリアル・開発系】北本祥子さん(工学研究科 材料システム工学専攻)

 興味の幅が拡がった。高校時代は受験勉強が大きくのしかかり、それを目標に勉強していたところもあった。大学では、講義や実験を通して材料のおもしろさを知り、研究室配属後はさらに材料分野への興味が強まった。他学科の友人の話を通じて知らないことを知り、おもしろいと思うと自然と自分で調べるようになった。自分で調べたことが、今の研究に活かせることが時々ある。興味の幅が拡がっていると思う。

【人間・環境系】長谷川京子さん(工学研究科 都市・建築学専攻)

 自分で色々なことを選択できるようになった。高校生の時は、環境の選択肢は少なく、今置かれた環境で頑張るしかなかったが、大学では環境の選択肢は無限大で、自分で環境を選び、つくることができる。学外や海外で頑張ったり、行ってみたいところに行ったり。まわりにも明確な目的を持って留学している人が多い。

Q4. 
最後に、中高生へのメッセージを

【機械系】松野優紀さん(工学研究科 ファインメカニクス専攻)

 大学選びは重要だが、それよりも入学後の長い4年間をどう過ごすかの方が大事になってくる。ぜひ素晴らしい大学生活を過ごせる環境を探し、辛い受験勉強を乗り切ってほしい。

【機械系】増田純子さん(工学研究科 機械機能創成専攻)

 一点目は、何事にも積極的にチャレンジして欲しい。常に自分にとってプラスになる方向を困難かもしれないが選び行動することで、確実に自分の自信につながるはず。二点目は、人との繋がりを大切にして欲しい。大学に入ると、自分で決めなくてはならない幅が広がる、同時に迷いや辛い思いをすることもある。その時に助けてくれる、友達や先輩・後輩は周りに沢山いると良いと思う。

【電気系】野々村萌さん(情報科学研究科)

 今は将来の夢が見つかっていない人も、大学生活で様々な人から刺激を受けると次第に見えてくると思うし、人間的にも成長すると思う。楽しい大学生活を過ごすためにも今は受験勉強が大変だと思うが頑張って欲しい。

【化学・バイオ系】大嶋珠礼さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 大学では世界が拡がる。全国各地の友達ができ、専門的な授業も受けられ、アルバイトにも挑戦できる。また、学友会やサークルも多数あるので好きなことを見つけられ、学年を越えて多くの人と仲良くできる。勉強以外のことにもチャレンジすると、高校とは違う新しい世界が拡がる。自分がやってみたいことをイメージしながら、受験勉強を頑張って欲しい。

【化学・バイオ系】萩原沙樹さん(環境科学研究科 先端環境創成学専攻)

 今しかできないことを一生懸命がんばって欲しい。受験勉強のため部活をやめた方が良いと思う人もいるかもしれないが、ぜひ両立させて欲しい。私が本気で受験勉強に取り組めたのは高校3年の9月で、模試でも良い結果が出ず焦っていた。しかし、6年間真剣に部活に取り組んでいたからこそ、引退後も勉強に真剣に取り組むことができた。自分のやりたいことを一生懸命やって切り替え、受験勉強を頑張ってもらえると良いと思う。

【マテリアル・開発系】北本祥子さん(工学研究科 材料システム工学専攻)

 他分野の友達の話を聞くと、「もし他分野に進学していたら」と想像して楽しい。どの分野もおもしろいことが絶対にあると思うが、大学に入って材料のおもしろさを知り、工学部に入ってよかったと思う。もし皆さんが工学部に入学してくれたら私は嬉しいが、一生懸命悩んで選択をしたら、進んだ先で自分が何をやりたいかを見つけることが大切だと思う。どんな選択をしても、「これで良かった」と言えるように過ごして欲しい。

【人間・環境系】長谷川京子さん(工学研究科 都市・建築学専攻)

 学科選びは悩むと思うが、学科を選んだ後も色々な選択肢があるので、その都度考えて決めれば大丈夫。また、良くも悪くも大学では「女だから」は関係ないので、自分の興味を大切にして欲しい。偏差値だけでわからないことは多い。だからこそ色々な人と直接話しをして、自分に合った進路を考えて欲しい。

【リンク】

女子学生のためのミニフォーラム「工学にかける私の夢」特別企画・女子大学院生座談会

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