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【研究室訪問】銀河の形成と進化の謎に迫る/秋山研究室(東北大学・天文学教室)/科学って、そもそも何だろう?

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【研究室訪問】大型望遠鏡で銀河の形成と進化の謎に迫る/秋山研究室(東北大学・天文学教室)/科学って、そもそも何だろう? 取材・写真・文/大草芳江

2017年03月03日公開

銀河の中心のブラックホールから
銀河の進化の謎を解き明かす

秋山 正幸 Masayuki Akiyama
(東北大学大学院理学研究科・理学部天文学専攻 准教授)

1972年、兵庫県生まれ。2000年に京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻修了、博士(理学)を取得。博士課程2年の頃から国立天文台ハワイ観測所にて研究を行う。日本学術振興会特別研究員、ハワイ観測所の研究員などを経て、2008年より現職。

一般的に「科学」と言うと、「客観的で完成された体系」というイメージが先行しがちである。
しかしながら、それは科学の一部で、全体ではない。科学に関する様々な立場の「人」が
それぞれリアルに感じる科学を聞くことで、そもそも科学とは何かを探るインタビュー特集。

我々は、一体どこからやって来たのだろう?
我々の外の世界は、一体どうなっているのだろう?
そんな問いかけに応える学問のひとつが、天文学である。
我々人類の知のフロンティアは今、どこまで広がっているのだろうか。

大型望遠鏡で銀河の形成と進化の謎に迫る、
天文学者の秋山正幸さん(東北大学准教授)率いる
研究室を訪問し、研究の最前線を聞いた。

※本インタビューは、東北大学物理系同窓会「泉萩会」とのタイアップ企画です。


■銀河中心の「重すぎる」ブラックホールの謎

―秋山さんはどのような研究をしているのですか?

【図1】すばる望遠鏡の赤外線カメラとハッブル宇宙望遠鏡の可視光カメラで撮った画像を3色合成した深宇宙の画像。遠方宇宙にある多数の銀河が写っている。

 私は、銀河の進化について研究しています。我々の住んでいる銀河系である「天の川銀河」や現在の宇宙にある銀河が、宇宙の歴史の中で、どのようにして現在の姿にたどり着いたのかを明らかにしたいのです。 

 特に最近の観測で、銀河の中心には、非常に大きな質量のブラックホールがあることがわかってきました。大質量のブラックホールがどのようにできて、そして銀河の進化に対してどう影響を与えてきたのかを、宇宙の歴史を遡りながら調べています。

―「銀河の中心に非常に大きな質量のブラックホールがある」ことは、なぜ不思議なのですか?

 ブラックホールは、大きな質量の星が死ぬ時にできることが知られており、その時にできるブラックホールの質量は、太陽の質量の10倍から100倍くらいと考えられています。ところが、我々の銀河系の中心にあるブラックホールの質量は、太陽の質量の約200万倍もあることがわかっています。さらに、我々の住んでいる銀河系のみならず、色々な銀河を見ても、その中心には非常に大きな質量のブラックホールが潜んでいることがわかってきました。

 銀河の中心にあるブラックホールは、ある程度、銀河の重さに比例することがわかっています。我々が住んでいる銀河系の場合、その質量は太陽の約200万倍ですが、銀河系より10倍大きな銀河には、その10倍大きなブラックホールが中心にあり、銀河系より10分の1の銀河では、その10分の1くらいのブラックホールがあります。ちなみに、現在、銀河のような星の集団の中心にあるブラックホールで一番小さいものは、太陽質量のおよそ1万倍の質量のブラックホールもあると言われています。

 つまり、現在知られているブラックホールの生まれ方では説明がつかないような、非常に大きな質量のブラックホールが、銀河の中心には潜んでいるのです。それぞれのブラックホールが、どのようにして生まれ、どのようにして大きくなったのかを明らかにすることが、最近の研究の大きな課題になっています。

―逆に、「軽すぎる」ブラックホールはないのですか?

 今のところ見つかっていません。ブラックホールの形成については、強い重力の影響を他の力が支えきれずにつぶれるという理論が考えられています。そのため、非常に軽いブラックホールの場合には、その元になる天体も軽いと考えられ、その場合は強い重力が働かないので、ブラックホールを形成することも難しいと考えられています。

―ブラックホールの生まれ方として「大きな質量の星が死ぬ時に生まれる」以外のことは、どれくらいよくわかっていないのですか?

 星が死ぬ時にブラックホールができるらしいことは知られていて、観測的にも星が死ぬ際には超新星爆発として見えますが、それ以外にはブラックホールができる瞬間は知られていません。

 ブラックホールの誕生についてはまだまだわからないことがたくさんあります。2016年2月に初めて検出が報告されて大きな話題になった「重力波」は、ブラックホールとブラックホールが合体することによって出てきたと考えられています。それらのブラックホールの質量は、それぞれ太陽の数十倍の質量で、その二つのブラックホールがお互いにぐるぐる回っている連星の状態から合体して重力波が出てきたそうです。ただ、このような重さのブラックホールが連星をつくっている系が宇宙にたくさん存在して、そこからの重力波が最初に検出されることは予想されていませんでした。ですから、我々が理論的には考えていない、ブラックホールが誕生するメカニズムも存在するのかもしれません。

―そもそも何が一番難しいせいで、よくわかっていないのですか?

 銀河の中心にある非常に質量の大きなブラックホールが誕生したのは、宇宙の中で最初の天体が形成されたり、最初の銀河が誕生したりといった、宇宙の始まりの本当に早い時代だと考えられています。その時代に何が起こっていたのか、昔の宇宙を見通してやる必要があるところが、一番難しいところです。我々の銀河系に近い宇宙では、質量の大きいブラックホールや、その種が誕生するという現象は見られていません。


■銀河の進化とブラックホールの成長

―宇宙の始まりの早い時代に一体何が起こっていたか?という難しい問題に対して、これまで秋山さんが研究されてきた中で、わかってきたことと、謎として残っていることは、何ですか?

【図2】図1と同じ領域を X 線衛星チャンドラで得られた X 線画像と比較したもの。多数の銀河があるが、そのうちX 線で光っている丸を付けた銀河が活動銀河中心核の現象を示している銀河。

 銀河の中心がとても明るく輝く「活動銀河中心核」という現象があるのですが、実は、それは、銀河の中心にあるブラックホールに周りからガスが降ってきてブラックホールに落ちる直前に明るく輝いている現象だと考えられています。非常に大きな質量のブラックホールはこのようにガスを吸い込みながら成長してきたと考えられていて、その現象を示す銀河をたくさん捉えて、統計的に解析することで、宇宙の歴史の中でブラックホールがどのように成長してきたかを定量的に解き明かすことができます。

 私たちは、すばる望遠鏡に取り付けた近赤外線を観測する装置で、中心が光っている色々な銀河を測定して、どの時代に激しくブラックホールの成長が起こり、現在の宇宙に見られる非常に大きな質量のブラックホールになったのかを調べました。

 その結果、昔の宇宙では、銀河の中心にある多くのブラックホールが、現在の宇宙で見られるよりも、激しく、まわりのガスを吸い込んで成長していたことがわかっています。さらに宇宙の歴史の中で、実は、大きなブラックホールの方が先に完成して、小さなブラックホールの方が後々まで成長を続けてきたことも見えてきました。

 このように、銀河の中心のブラックホールが成長する様子は、明るく輝く様子でわかるのですが、それでは、その成長する"もともとの種"が何だったのかということはまだ非常に大きな謎として残っているところです。

―銀河の中心にあるブラックホールが成長する前の"もともとの種"の謎は、理論的には、どのように考えられているのですか?

 星が死ぬ時にブラックホールができるという話に基づいていますが、一つの理論では、初期の宇宙は、現在の宇宙で考えられているよりも非常に重たい星ができる状態で、その現在の宇宙ではありえないような非常に重たい星からとても重たいブラックホールができた、と提案されています。

―宇宙の進化を解明するにあたり、色々な研究対象がありうると思うのですが、そもそもなぜブラックホールなのでしょうか?

【図3】あすか衛星で得られた X 線画像と、その中の X 線源の可視光画像と対応する銀河のスペクトル。「可視光画像の領域のサイズは 図1とほぼ同じくらいの範囲を見ていますが、情報量の違いに隔世の感がありますね」と秋山さん。

 私はもともと銀河の形態の起源を研究したいと考えていました。しかし、私が大学生として銀河の研究に関わった頃、新しい観測装置としてX線で宇宙を見るための日本の衛星「あすか」衛星が打ち上がりました。その衛星で得られたデータを用いて、X線で光っている銀河を探し、その性質を調べるプロジェクトが立ち上がっており、そこに学生だった私も加わり、最初の「研究」を始めました。

 その「X線で光る銀河」というのが、銀河の中心のブラックホールが周りのガスを吸い込んで、X線で光っている銀河でした。そうして、遠方の宇宙を見て銀河の歴史を調べるための具体的なアプローチが、銀河の中心で光るブラックホールの統計を宇宙の歴史を遡って調べる、ということになり、ブラックホールの研究に踏み込むことになったのでした。

 実は、私が大学生だった当時は、銀河の全てに非常に大きな質量のブラックホールがあるとは考えられておらず、銀河の中心が光るという現象を調べることは、特異な銀河だけに起こる、特異な現象を調べているという印象でした。

 ところが、私が大学院生の頃に全ての銀河の中心には非常に大きな質量のブラックホールがあるという研究成果が報告されました。さらに、銀河の中心でブラックホールが光る現象はブラックホールが成長している様子を見ていること、すべての銀河はそのような現象を経験している可能性があること、ブラックホールの成長は銀河の進化にも影響を与えていることが、立て続けにわかってきました。

 大学生の頃に右も左もわからないままに関わった研究分野でしたが、銀河の中心のブラックホールを考えることはいつのまにか銀河の進化を考えることにもつながったのでした。

 もちろん、楕円型の形状や渦巻きのある円盤型の構造といった銀河の形態の起源を宇宙の歴史をさかのぼって調べることも、興味としては持っています。そこで、次世代の望遠鏡に取り付ける観測装置の開発では、銀河を点として捉えるのではなく、銀河の構造を分解して、それが宇宙の始まりの時代からどのように確立してきたのかを見る観測装置を開発しようと考えています。


■地球の大気のゆらぎを補正する「補償光学」

―具体的には、どのようにアプローチをしているのですか?

 ひとつは宇宙の始まりの早い時代にある銀河や超大質量ブラックホールを見つけること、もうひとつはその銀河で何が起こっているかを見ること、です。そのために望遠鏡に取り付ける装置の実験開発を行っています。

 見つけるためには広い視野を見渡す必要があります。すばる望遠鏡に広い視野を見渡すことができて、かつシャープな像で感度の高い赤外線カメラを取り付けて観測したいと考えています。

【図4】次世代地上大型望遠鏡の完成予想図(C)国立天文台

 その銀河で何が起こっているかを見るためには、次世代超大型望遠鏡(Thirty Meter Telescope : TMT)に遠方宇宙の銀河の内部を分解して見ることのできる装置を取り付けて観測したいと考えています。次世代超大型望遠鏡は日本の国立天文台を中心として国際協力で建設が進められており、完成すれば「すばる」望遠鏡よりも16倍も光を集めることができて、4倍も細かい構造を見通すことができます。

 どちらの装置にも共通になるキーワードは補償光学で、私たちは補償光学の実験開発を進めています。補償光学は、地上にある望遠鏡で観測する時に問題になる大気の「かげろう」を補正し、シャープな像によって感度を上げ、遠方の宇宙にある銀河の中の細かい構造を見通せるシステムです。特に補償光学でも広い視野の中のたくさんの銀河を同時に観測することができる補償光学の開発を進めています。

 現在の補償光学では、ひとつひとつの銀河についてシャープな像に直して観測することはできるようになっています。しかし、たくさんの銀河を同時に観測することはできません。宇宙を見渡すとさまざまなタイプの銀河があり、銀河は多様な系になっていて、たくさんの銀河を観測し、統計的に調べることが必要です。そのために、宇宙初期にある多数の銀河を同時にシャープな像に直して観測し、銀河でどのようなことが起こっているのかを統計的に調べることのできる観測装置を作ろうとしています。


【図5】現在の補償光学と開発中の次世代の補償光学の模式図による比較

―「補償光学」について、もう少し詳しく教えていただけますか?

 宇宙にある天体を地球上から観測する場合、地球の大気を通してしか、光を捉えることができません。地球の大気には温度や密度にムラがあって常に弱い「かげろう」が立っています。大気を通ってきた光を捉えると、そのかげろうの影響を受けて、天体の像の乱れが起こるのです。夜空にある星の光がまたたいて見えるのもこのためです。この影響を受けると、天体の細かい構造が乱されて見えない効果が起きてしまうので、かげろうの影響を補正しようというのが、補償光学です。

 補償光学自体は、すでに色々な巨大望遠鏡で使われていて、宇宙の観測に定常的に使われている技術ですが、我々のグループでは、広い視野にあるたくさんの天体を同時に補正するという次世代の補償光学の実現を目指しています。これが実現すれば、効率的に観測を進めることができるようになります。

―これまで秋山さんは、ずっとそのようなアプローチで研究されているのですか?

 私は望遠鏡に取り付ける観測装置の開発を行ってきましたが、異なるアプローチから入りました。最初はたくさんの銀河を同時に赤外線で分光観測をする装置を開発しました。アメリカのハワイ島マウナケア山にある「すばる」望遠鏡(口径8メートルの大型光学赤外線望遠鏡)に取り付けて、遠方の宇宙にある銀河や大質量ブラックホールの観測をしました。実は大学院博士課程2年生の時から東北大学へ赴任してくるまでの10年間ハワイに住んで開発に携わっていたのです。

―「たくさんの銀河を同時に赤外線で分光観測する」ことと、「補償光学で大気のゆらぎを補正する」ことは、どんな関係にあるのですか?

【図6】すばる望遠鏡で取得した多数の銀河の赤外線スペクトル。一度に400個の天体を観測した。

 赤外線で観測する必要があるのは宇宙が膨張しているからです。昔の宇宙の光は、銀河から光が出た当時から現在の我々にたどり着くまでに宇宙が膨張するため、引き伸ばされて波長が長くなります。ですから、昔の宇宙で目に見える可視光として出た光は、現在の宇宙では、より波長の長い赤外線として観測されます。現在の宇宙の銀河について、たくさんの観測がある可視光の情報を、昔の宇宙の銀河について得るために、地上の望遠鏡で赤外線を観測し、銀河の性質を調べることが、「赤外線でたくさんの銀河を見る」ということです。

 この「すばる」望遠鏡で行った観測では銀河それぞれを"ひとつの点"として、たくさんの銀河を見ていました。実際の銀河は内部に様々な構造があって、それが複雑に絡み合って「進化」を起こしています。この次のステップとして、点の中にある銀河の構造をきちんと分解してより詳しく見たいと考えています。そのためには、地球の大気のゆらぎを補正して、シャープな像をつくって赤外線で観測することが必要になる、ということです。

―技術的には、どのようにして大気のゆらぎを補正するのですか?

【図7】1秒間に200枚の速度で撮影したカペラの動画

 この動画は、東北大学天文学教室の屋上にある50cm望遠鏡で撮ったぎょしゃ座のカペラという星です。地球の大気がなければ止まった点として見えるはずですが、大気のかげろうの影響を受けて、もやもやと動いて見えます。これを補正するには、まず光がどれだけ乱れているかを測定し、その乱れた光を、表面の形を随時変えられる特殊な鏡を使って、補正します。

―どのようにして光の乱れに合わせて鏡の形を変えるのですか?

【図8】屋上望遠鏡に取り付けた補償光学の試験装置の様子

 鏡と言っても膜のような非常に薄い鏡で、裏側にアクチュエーターという機構をつけて変形させます。我々の実験室で最も単純なタイプは、電圧をかけると、鏡の後ろの電極同士が引き寄せあって凹むもので、場所ごとに電圧を変えることで、表面の形を自由に変えて補正します。

―その鏡の大きさはどれくらいで、鏡の中にはどれくらいのサイズのアクチュエーターが何個くらいあって、どれくらいの速さで形を変えて、乱れた光を補正するのですか?

 我々が使っている鏡の直径は10mm くらいで、その中に32個のアクチュエーターがあります。各アクチュエーターのサイズはおよそ1mmくらいですね。載せている動画はゆっくり再生しているので、星の光はゆらゆらと動いているように見えますが、実際のスピードで再生すると、本当はかなり激しく変動しています。それを1秒間に1,000回程度の速さで補正します。

 この補償光学で用いる鏡の開発は、東北大学の工学研究科の羽根一博先生とも共同研究で行っています。また、補償光学の開発については工学系の研究会で発表することも多いですね。我々の専門は天文学ですが、装置開発は工学的な要素も強く、どこかで実生活に役に立つ技術開発にもつながるかもしれません。

―鏡の形自体をそれほど小さく高速に変形させながら光学的に補正することに驚きました。ちなみに、画像処理等を行うイメージもありましたが、ソフト的な補正はしないのですか?

 可視赤外線の天文学の分野では、画像処理での像の復元はあまりやらないですね。というのも、多くの場合、天体の像はとても暗く、信号(signal)とノイズ(noise)の比(SN比)が大きくないためです。

 画像処理での像の復元は、信号がノイズよりもはるかに高く、像がぼやっーとしている時にシャープな像を復元することは得意です。ところが暗い天体を観測する場合には、数時間ずっと同じ天体を見続けて検出できるかできないかという信号で、ノイズに埋もれてしまいそうな信号を相手にしているので、ソフトウェアで像を復元する操作を、定量的に信頼度を高く実行することはできないのです。そのため、光学的に補正した上で観測することが主流になっています。

―秋山さんが現在取組んでいる「次世代型の補償光学」は、従来の方法とは、技術的に、どのような点が異なるのですか?

 我々が観測した天体はとても暗いです。一方で、光の乱れを高速で測定するには、その天体と同じ方向に明るい光源が必要です。夜空の明るい星が近くにある場合にはそれを使えばよいのですが、実際にはどこにでもあるわけではなく、観測したい天体の近くに明るい星がある確率は 0.1% くらいです。

【図9】レーザー ガイド星(C)国立天文台

 そこで、従来は望遠鏡から空に向かってレーザー光を打ち上げて、その光で人工的な星(レーザーガイド星)を空の上につくり、それを光源として観測したい天体の方向の光の乱れを測定しています。この場合、ひとつの天体についてはうまく補正できるのですが、少し離れた場所にある天体も同時に観測しようとすると途端に像が悪くなってしまいます。

 私たちが取り組んでいる次世代型の場合にはいくつかの方向にレーザーを打ち上げて、複数の人工星をつくります。それらを測定することによって、広い範囲での補正量を求めて、適用することを考えています。これによって、たくさんの天体を同時にシャープに観測することができるようになります。

 広い範囲での補正量を求めるためには医療で用いられているCTと同じくトモグラフィー推定というアルゴリズムを使います。CTでは色々な方向から人間にX線を当てて中の様子がどうなっているかを推定しますが、それと同じで、色々な方向から光の乱れを測定し、中の乱れの分布がどうなっているかを推定するというところで同じ考え方を使っています。


■宇宙の謎を解き明かしたい

―そもそも「銀河の形の起源を知りたい」と思う、もともとの動機は何ですか?

 宇宙のスケールで考えると一番基本的な構成要素が、銀河なのです。宇宙には銀河よりも大きな構造として、銀河が集まってつくる銀河の集団(銀河群、銀河団、超銀河団)があります。また、銀河が集まった領域と銀河が少ない領域があって「宇宙の大規模構造」と呼ばれる、銀河の分布がつくる構造があります。銀河団や大規模構造の起源は、比較的よくわかっていて、重力で引き寄せられることにより、銀河が集まった場所と集まらない場所ができることが知られていて、計算機のシミュレーションでも再現されています。

 一方で、個別の銀河に注目すると、銀河の構造の起源は様々な物理過程が関わっていて、わかっていないことが多く、その謎を解き明かしたいというのが動機です。

―さらに遡って、秋山さんが天文学者になった原点についても、教えてください。

 もともとわからないことを解き明かすことに小さな頃から興味がありました。ありきたりの話ですが、小さな頃に望遠鏡を買ってもらって眺めることで、星や宇宙に興味を持ち、宇宙の謎を解き明かすことに興味を持ちました。私が小学生の頃にはボイジャーという衛星が何年もかけてリアルタイムで太陽系を探査しながら、様々な惑星について初めて見る詳細な映像を送ってきていましたし、それを紹介する「コスモス」というテレビ番組にも影響を受けたのかもしれません。大学に進学する頃には、天文学の研究をやりたいと考えていました。

―宇宙に興味を持つきっかけとなったエピソード等はありますか?

 それもありきたりな話ですが(笑)、小学生の頃に外で遊んでいて、夕方、すごく明るい流星が見えたことがありました。それだけなら流星で終わりでしたが、翌日新聞を見たら、四国に隕石が落ちたニュースが載っていました。私は兵庫県の出身なのですが、明るく見えた流星が、実はその四国に落ちた隕石だったということがわかって、地球の外側には不思議な世界が広がっているなあと思ったのが、きっかけかもしれません。実際には地球の大気圏で起こっていることですけど。

―以前、現・仙台市天文台長の土佐誠先生(東北大学名誉教授)にインタビュー取材した時(記事はこちら)、「天文学なんて、食えないし、役に立たないし、どうしようか。当時は、大学院に進学する人は少なくて。ましてや天文学に残る人は少なくて。大学院に進学する時は、もう修道院か何かに入るつもりで、世俗の欲望は棚に上げて、というか、捨ててね。やれるところまでやってみよう、食えなくなったらその時に考えよう、という覚悟で入りました」と仰っていたのが印象的でした。当時とは状況が異なるとは思いますが、その辺りはいかがですか?

 土佐先生の時に比べると、私の頃は様々な映像や情報を通して天文学というものが研究をする分野としてより身近になっていたと思います。ただ、現在でも増えたとはいえ天文学を研究できる大学は限られています。20年以上前の話になりますが、私が大学に入った直後にクラスの茶話会で「天文学を研究したいから来ました」と自己紹介をしたら、「天文学の分野は研究者のポストの数が少なくて、たくさんオーバードクターがたまっていて、就職も大変だよ」と言われました。結局、私は博士課程の時にハワイの観測所に移って博士号を取得してから、8年ほど期限付きのポストを渡り歩いた後、現在の東北大学に赴任することになりました。期限付きとはいえ幸い給料はもらえていたのと、研究をしたいという興味は尽きなかったので、あまり悲壮感はなくここまで来ました。

―昨今、科学をとりまく社会環境も変化しています。天文学というのは、ある意味で、理学研究の象徴的存在ですので、その辺りのお考えについても伺えますか。

 そうですね。宇宙を研究していると言うと「実生活には役に立たない研究をしている」「なぜそのような分野に研究費をつけるのか」と言われることもあります。もちろん天文学で開発された様々な技術が、実生活の中で役に立つ場面もあります。しかし、天文学で明らかになった宇宙や銀河に関する知識そのものが、実生活の中に関わることは無い、というのはその通りだと思います。しかし、役に立つことだけを目指すだけが科学の研究ではない、と私は考えています。

 一方で、最近の天文学は、大きな予算を使って巨大望遠鏡を建設するビッグサイエンスになっているので、そんなことに税金を使って良いのか、ということがより強く問われるのかもしれません。天文学は基礎科学中の基礎科学で、天文学の研究は、我々はどこから来たのだろう、我々の外の世界はどうなっているのだろう、という人間の「知る」という欲求を追求することが目的です。その研究によって得られた知識というのは、人間の活動によって生み出される文化の一部だと思います。そういった活動を削ぎ落として、生きていく上で必要なことのみを追求するのでは、我々が存在する意味がないとも思います。

―それでは、秋山さんが生きている間に、知りたいこととは何ですか?

 先ほどお話した、銀河の起源や大質量ブラックホールの起源は、自分が生きている間に解き明かしたい謎ですね。どうして今見える宇宙が実現したのか?を知りたいです。宇宙の研究とは、結局、宇宙の始まりや、なぜここにたどり着いたのか、太陽系や地球がどうしてできたのか、その起源を知ることが動機だと思います。その中で私が知りたいのは、銀河やそれに関わるものの起源ですね。

―それはつまり、なぜ私が今ここにいるか、その理由を知りたい、ということですか?

 そこは少し飛躍もあって、宇宙のスケールで起こったことと地球上のスケールで起こったことをつなげて理解するのはまだまだ遠いと思います。地球上のスケールで起こった生命の誕生ということについても興味はありますが、私は全く手が及ばないので、現在の研究対象としては、銀河の起源を知りたいところです。人間という生物がどうやって、この形にたどり着いたかは、私が死ぬまでに到底理解できないような気がするので・・・。

―私の個人的な感覚からすると、自分も含めた生命より宇宙の方が、逆にずっと遠い存在のような気がします。

 けれども宇宙の方が、どちらかと言うと、理解は単純なのです。スケールが大きくなればなる程、単純な物理が支配するという意味では、大きなものの方が、物理モデルで記述しやすいのです。一方で、小さなスケールで見ると、さまざまな過程が複雑に起こるので、生命の誕生プロセスを物理学の言葉で記述するのは、まだまだたどり着かないところですよね。


■「知りたい」欲求を大切に

―研究機関であり教育機関である大学として、研究室の学生さんに対する指導で日頃、秋山さんが心がけていることは何ですか?

 心がけていることは各自の持つ興味を大事にしてほしい、ということですね。結局、自分で興味を持って、自分で考察して研究を実行しない限り、研究は進まないものですから。大学院に入って研究テーマを最初に決める時は、最近の研究成果に基づいて具体的な課題を設定する必要があるので、こちらから設定はしますが、その課題に対しても、もし興味を持てなかったり、違うアプローチを思いついたのであれば、柔軟に、学生さんの興味に基づいて変えていけば良いと考えています。
 
 私が指導できることは限られていますが、大学にいると他の幅広い分野の先生方もいるので、その環境を活かして、色々なことに幅広く興味を持って研究して、それぞれの興味を追求してもらえればよい、というのが指導方針ですね。そんな意味で、天文学専攻にはいますが、装置開発から工学分野へ、データ解析から情報科学へ進んでいくのも全然構わないと考えています。

―最後に、中高生も含めた、若い世代に対してメッセージをお願いします。

 色々なことに関心を持ち、「知りたい」と思う欲求を大切にすることです。宇宙を「知りたい」という欲求に基づいているのが天文学の研究です。「知りたい」という欲求は、人間の存在の大事な部分だと思うので、ぜひ大切にして大人になってください。

―秋山さん、ありがとうございました。


東北大学天文学教室 秋山研究室 学生インタビュー

Q1. 秋山研究室を選んだ理由は?

鈴木元気さん(修士2年、宮城県仙台市出身):
 私は学部の頃は東京理科大学にいて、天文学とは関係のない、光学素子を扱っていました。「フェムト・アト秒化学」(1フェムト秒は1000兆分の1秒、10のマイナス15乗秒。1アト秒は100京分の1秒、10のマイナス18乗秒)という、非常に時間スケールの短い物理現象を見るための特殊な測定機器の開発が、私の卒業論文のテーマでした。今まで見ることができなかった非常に速い現象を見るための装置を作ったので、今度は、人間が今まで見えなかった遠くのものが見える観測装置をつくりたいと思い、色々調べた結果、東北大学に補償光学を研究する秋山研究室を見つけました。補償光学で、今まで見えなかったものを見られることに大きな魅力を感じて、その装置開発をしたいと思い、大学院から来ました。

渡邉達朗さん(修士1年、静岡県富士宮市出身):
 僕も現在、補償光学の装置開発に携わっているのですが、根本的には、もちろん天文学な興味もありますが、それを見るための装置自体に強い興味があります。天文学の装置開発は、これまでにないようなユニークな装置が必要とされます。それを達成するためには、色々な課題がありますが、それらの困難を解決して新しいものを見たいというモチベーションで、秋山研究室に入りました。また、学部3年生の時、新しい天文学教室の屋上に移設するため望遠鏡の組み立て作業サポートの募集が、天文学専攻の先生からありました。そこで手を挙げて、夏休みの2ヶ月間、大阪の工場に滞在し、職人さんと色々な話をしながら、手作り感溢れる望遠鏡を組み立てるものづくりに携わった経験も、装置開発に携わりたくなった理由のひとつですね。

Abdurrouf(アブドロウフ)さん(博士2年生、インドネシア出身):
 秋山先生が研究している銀河の形成と進化について、自分も同じように興味があったからです。また、秋山先生は、現在建設計画を進めているThirty Meter Telescope (=30メートル望遠鏡)プロジェクトに大きな役割を果たしていることも、選んだ理由のひとつです。銀河の形成と進化に関する天文学研究と装置開発の両輪で研究されていることが、大きな魅力でした。


Q2. どんな研究をしていますか?

鈴木さん:
 補償光学の装置を開発していますが、特に30メートル望遠鏡について、ひとつ乗り越え無くてはならない技術的な課題があるため、それを検証するための補償光学の装置を、屋上にある50センチ望遠鏡につけて実験しています。

渡邉さん:
 最終的な目標は30メートル望遠鏡の装置づくりですが、その装置の仕様は、世界中で色々な補償光学のシステムが出始めているものの、まだ完全には実証されていない段階です。そこで、まだ評価されていない性能をしっかり評価して、30メートル望遠鏡の装置として使えることを実証するため、ハワイにあるすばる望遠鏡を使って実証しようと考えています。そのための光学設計が今そろそろ終わる予定です。それを実際に実験室で組み上げて、光学系の評価を行い、それがうまくいけば、すばる望遠鏡でテストし、新しい補償光学装置の実証実験をしたいです。

アブドロウフさん:
 銀河には色々な形の種類がありますが、大きく分けて、楕円銀河と渦巻銀河があります。私は、渦巻銀河が、宇宙の過去から現在に至るまでに、どのように形成されたかを研究しています。私の研究のユニークな点は、これまでひとまとめに見ていた銀河を、空間的に分解して、銀河における星の分布まで詳しく調べているところです。

渡邉さん:
 僕らの装置開発の目標は、より遠い銀河に対して、今までひとつの点としか見えなかった銀河を、より細かく区切って詳しく見ることです。

鈴木さん:
 さらに30メートル望遠鏡が完成すれば、その鏡の大きさが大きくなるほど遠いものも細かく見えるので、私たちが開発中の装置によって、これまで点として見えなかった銀河の構造がより詳しく見えて、アブドロウフさんの研究が進むことにもつながります。


Q3. 研究に対する心構えやモチベーションは?

鈴木さん:
 私の座右の銘は「好きこそものの上手なれ」。義務感でやらされているのではなく、自分からやってみたいと思って研究をしているので、毎日研究が楽しく充実しています。

渡邉さん:
 自分が今やろうとしていることが実際の装置に採用されるまでには、10年スケールで時間がかかると思うのですが、そのためにやらなければいけない基礎的な研究がたくさんあるので、そのひとつでもふたつでもクリアしたいなという思いで今、取り組んでいます。最終的には今までにない高度な技術を目指しているので、ケアレスなミスだけはしないよう気をつけています。良い結果が出たときは嬉しいし、次のモチベーションになります。

アブドロウフさん:
 新しい関係性などがデータを解析する中で見えてくる時が、研究していて非常に楽しいです。宇宙の遠くを見ることとは宇宙の昔を見ることにつながるので、昔の銀河と私たちの天の川銀河や近傍の銀河を比べて、いつか、昔と今をつなげるシナリオをつくりたいですね。銀河の形成と進化という、天文学における大きな未解決問題にチャレンジしていることが、研究の大きなモチベーションになっています。


Q4. 秋山研究室を一言で表すと?

鈴木さん:
 「攻めている」。東北大学は自前で大型望遠鏡を持っていないので、装置開発のためには、すばる望遠鏡などとコラボレーションする必要がありますが、そのチャンスを秋山先生は積極的につくろうとしているので、勇猛果敢なイメージです。

渡邉さん:
 「野心的」。工学研究科の研究室とも装置開発の共同研究をしていて、そういう意味ではワイドであり、果敢に攻めている感じですね。そして最終目標が、最先端かつユニークな、非常に高いところを目指しているところが、野心的だと思います。

アブドロウフさん:
 「enjoy researching wide field」。装置開発からデータ解析まで、かつ波長も赤外線から可視光、紫外線まで、ここまで幅広く扱っているところは、他にはあまりないと思います。天文学の幅広い分野を楽しんで研究していると思います。


Q5. 中高生たちへメッセージをお願いします

鈴木さん:
 私は、いつも土日にアウトリーチ活動で科学教育活動をしているのですが、その時にも、子どもたちに言うのは、「好きなことを極めてほしい」。やっぱり「好き」という力は最強だと思うのです。自分の「好き」を子どもたち自身で見つけてもらえたら、そこに向かって、あとは突き進むだけで、その過程は、きっと彼ら彼女らにとって非常に楽しいものだと思うからです。

渡邉さん:
 与えられたもので満足せず、自分から積極的にやりたいことを見つけたり、色々なことに疑問を持ったり、視野を広げて欲しいですね。それは与えられたところから吸収するよりも、一歩、自分から踏み出した方が、色々なことが新たに見えて、知らなかったことがたくさん増えるチャンスがあると思うからです。そんな意味では、好きなことしかやっていない気がするのですけど。役に立たないことでも全然良いので、楽しいことや好きなことを見つけて欲しいなと思います。

アブドロウフさん:
 常に、あなたの人生が到達するために、欲しいものに焦点を当ててください。私の場合、それは研究ですが、皆さんの場合、学校の授業でも何でも、興味をもったこと全てに対して当てはまります。いかなる場合もゴールを意識し、それに向かってどうしたら良いかを常に考えて、色々な可能性にチャンレンジしてください。

―皆さん、本日はありがとうございました。


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