取材・写真・文/大草芳江
2015年4月1日公開
太陽系惑星、そして太陽系外の惑星へ
鍵谷 将人 Masato Kagitani
(東北大学大学院理学研究科・理学部 附属惑星プラズマ・大気研究センター 助教)
頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.3)
ハワイ州マウイ島ハレアカラ山頂に昨年完成したばかりの惑星専用望遠鏡観測基地に長期滞在しながら惑星大気研究を進める鍵谷将人さん(東北大学助教)に、研究内容や動機などについてインタビューした。
鍵谷将人さん(東北大学助教)に聞く
■太陽系惑星の希薄大気やプラズマ発光を地上からとらえる
図 1 イオの火山ガスが宇宙空間に広がっていく様子を東北大学の惑星大気観測専用望遠鏡T60で観測した例。木星は火山ガスの発光に比べて極端に明るく観測の支障となるため、短冊状の遮光フィルタで覆い隠されている。
―研究内容についてご紹介をお願いします
太陽系内にあるいくつかの惑星の希薄な大気、あるいはプラズマ発光を、地上から観測する研究をしています。
例えば木星の衛星「イオ」は、太陽系内で最も火山活動が激しい天体と言われています。イオから放出される火山性ガスは、木星磁気圏にばら撒かれ、それが木星やその周辺にある衛星の環境に大きな影響を与えます。それらがどのような影響を与えており、どのような物理的理由で影響が与えられているかについて、私は研究しています。
特に、我々の目で見える領域の光では、木星や衛星などの"眩しい明かり"に比べて、その周辺にある火山から噴出されたガスやプラズマ(電離したガス)の発光といった"微弱な明かり"を見なければならないという、観測上の困難があります。その困難を克服し、観測方法や装置を開発するところに面白みや工夫し甲斐があります。今まで見えなかったものを、見えるようにしたいのです。
■ハイダイナミックレンジイメージング
―今まで見えなかったものを見えるようにする観測方法や装置とは?
一言で言えば、「ハイダイナミックレンジイメージング」です。要は、階調(色や明るさの濃淡の段階数)です。例えば、10,000の"眩しいもの"がある中に、1の意味あるシグナルが混じっている時、その10,000から1をどうやって見分けるか?という話です。
具体的には、明るいものを覆い隠すことで周辺の暗いものを見る「コロナグラフィ(コロナグラフ)」と、「高い波長分解能を持った分光観測」、現在のところ、この二つの技術で攻めています。
―まず、「コロナグラフィ」とは何ですか?
図 2 コロナグラフの原理を示した模式図
「コロナグラフィ」とは、人工的に日食を起こすようなものです。太陽が月を隠すのが日食ですが、日食が起きると、昼間でも太陽近くの星が見えますね。明るくて眩しいものを隠してやると、その近くにある暗いものが原理的には見えます。
―具体的には、どのようにして人工的な日食を起こすのですか?
右上の模式図(図2)に示すように、望遠鏡に接続した光学系の中に、明るい天体を覆い隠す「遮光マスク」を配置します。併せて、回折によって生じる邪魔な光を効果的に抑制する「瞳マスク」も配置します。これらのマスクによって、観測対象のごく近傍にある100万倍ほど明るい光を効果的に減光します。
―もう一つの「高い波長分解能を持った分光観測」とは?
図 3 太陽や惑星から来る光は、広い波長範囲で光っている(連続光スペクトル)。一方、ガスやプラズマの発光は、ある特定の波長で光る(輝線スペクトル)特徴を持つ。観測される光の量は、波長に対する明るさの積(色を塗った面積)に相当する。そのため、観測する波長の幅(帯域)を狭くしてやると、相対的に太陽や惑星のまわりの眩しさが軽減されることになる。
太陽や惑星の光は特定の波長ではなく、広い波長範囲で光っています(連続光スペクトル)。それに対して、我々がターゲットにするガスやプラズマの発光は、ある特定の波長で光る(輝線スペクトル)特徴を持つため、ある特定の波長に限って見れば、太陽から来る光の量を相対的に小さくできます。そのため観測する波長の幅を狭くしてやると、相対的に太陽のまわりの眩しさが軽減されることになるため、それを実現するのが、高い波長分解能をもった分光観測です。
―現在、装置開発はどのように進んでいますか?
ハイダイナミックレンジイメージングができる装置を開発し、昨年12月、T60(東北大学の口径60cmの惑星大気観測専用望遠鏡)に取り付け、一番心配だったステップを無事クリアすることができました。想定以上にうまくいったので、非常に良かったと思っています。これから、面白いデータが取得できるところです。現在は、高波長分解能の分光器を取り付ける準備をしており、また再来週からT60観測基地のあるマウイ島ハレアカラ山頂へ行く予定です。
―どのような面白いデータがとれているのですか?
T60では、衛星イオの火山から放出されたガスが木星磁気圏にばらまかれていく様子が観測されます。一方で、JAXAの宇宙望遠鏡「ひさき」 が、2015年の1月下旬以降、木星磁気圏でのプラズマの発光が徐々に明るくなっていく様子をとらえています。我々は、イオの火山ガスの増加がプラズマの密度を増加させ、明るく光らせているのだと考えています。 今後、イオの火山ガスの変化とともに、どのような変化が生じるのか、見守っていきたいと思います。
■系外惑星研究へのステップ
―T60観測基地は昨年9月に無事完成しましたが(ニュース記事はこちら)、T60建設には様々な困難があった中、鍵谷さんが大きな貢献をしたと伺っています。
図 4 米国ハワイ州マウイ島のハレアカラ山頂に完成したT60の前で
あくまで道具をつくる先にあるサイエンスが目的であり、T60の建設はそのための整備という位置づけでしかありません。しかし、T60で得た経験は、現在準備を進めている惑星・系外惑星専用望遠鏡「PLANETS」(口径1.8m)によるサイエンスをより具体的に描けるようになったという意味で、私にとっても良いステップになりました。
私自身、太陽系外の惑星(系外惑星)に興味があり、少なくとも現在のステップの先に、系外惑星を見据えて研究をしています。「木星の周りを木星の衛星が回っている」様子を地球から見ることは、「太陽系外の主星の周りを惑星が回っている」様子を地球から見ることと非常に似通った状況です。ガリレオが望遠鏡で木星の周りを回っている衛星を見つけて地動説を確信したように、系外惑星をシミュレートするのに、太陽系惑星はうってつけのターゲットです。
―今後の抱負について、お話いただけますでしょうか?
まずは、PLANETSを完成させること。サイエンティフィックには、やはり系外惑星をターゲットにしたいですね。そのための手段はいくつかあり、そのためのステップとしてT60でできることを始めています。
―具体的には、現段階でどのように研究が進んでいますか?
フィンランド、ドイツのグループと協力して、太陽の周りを回る惑星による偏光を0.001%まで精密に測定する観測装置を設置し、観測を進めています。偏光を精密に測定することで、惑星の大気がどのような性質を持っているか、木星や土星のような大気や雲に覆われているのか、あるいは金星や地球のような大気や雲に覆われているのか、はたまた水星や月のようにほとんど大気を持たないのか、といったことを知ることができます。
■ものづくりと天文学への興味がつながる
―そもそも本研究分野に進んだ理由は何ですか?
小さな頃から、ものを分解したり壊したりしながら、自分の好きなものを自分でつくることが好きでした。そこに天文学的・惑星科学的な観測という目的がつながったのは大学に入ってから。ものをつくる動機付けとしてサイエンスという目的がある楽しさを知ったのです。
大仰に言えば、そもそもなぜ私たち人間は存在しているのだろう?と議論できるのは、哲学か天文学くらいしかありません。さらに、私たち人間以外に生命は存在するかしないかを確実に言えるのは天文学だけです。そんな面白さを中学生の頃から天文学に感じていました。今それにつながる仕事ができて面白いです。
■海外で研究する意味
―本プロジェクトで得られたことは何ですか?
良い点や悪い点も含めて、考え方などが異なる環境に行くことで視野が広がったことは、非常に良かったですね。日本ではあまりお目にかからなかったような価値観や生き方の人もいたので、そういうやり方もいいなと思いました。それに日本ではあまり会ったことがなかったような、僕と似た考え方の人もいて、自分の考えもいいんだと思えたことも良かったです。
また、日本人は精神論的で、欧米人は合理的とよく言われますが、欧米の人たちはよく休み、働く時はよく働くという、切替がはっきりしています。「人間、頑張って何とかなる範囲はたかが知れている」と個人的には感じましたね。
■一生懸命やったことは無駄にはならない
―最後に、今までのお話を踏まえ、中高生にメッセージをお願いします
好きなこと、つまり、一生懸命できることがあればそのまま一生懸命やったらいい、というのがメッセージです。大それたことはないですが、自分が中高生の頃に好きなことを熱心にやって何かを失ったことはないですし、一生懸命やったことは無駄にはなりません。
また、自分は絶対に英語を喋る必要のない仕事に就きたいと思っていましたが、今では海外で研究する立場になってしまいました(笑)。「英語は必要ない」と思っていても、これからの時代ますます必要になるでしょう。英語は身につけておいて損はないと思います。
―鍵谷さん、ありがとうございました