取材・写真・文/大草芳江
2013年2月21日公開
結晶成長「その場」観察で、
二酸化炭素の回収・貯留(CCS)へ
Dr. Helen E. King (ドイツ・ミュンスター大学)
<東北大学大学院理学研究科塚本研究室・共同研究者>
温暖化対策の切り札の一つとして期待され、現在実用化にむけ開発が進められている、
「二酸化炭素の回収・貯留」(Carbon Capture and Storage:CCS)。
排出された二酸化炭素を分離・回収して、陸地や海底の地下深くに送り込み、
長期間貯留する技術の総称である。
ユニークな「結晶成長"その場"観察法」で知られる、
東北大学大学院理学研究科地学専攻の塚本研究室では、
「結晶成長"その場"観察装置」を活用し、大気中の二酸化炭素を
炭酸カルシウムの結晶として地中に固定化する研究を進めている。
このCCS共同研究のため、2012年9月にドイツから塚本研究室を訪れたミュンスター大学の
Helen E. Kingさんに、塚本研究室を選んだ理由や共同研究内容について聞いた。
【Interpreter】三浦均(東北大学理学研究科塚本研究室 助教)
【Interviewer】大草芳江(有限会社FIELD AND NETWORK 「宮城の新聞」)
東北大学大学院理学研究科 塚本研究室インタビューシリーズ
―Could you explain what are you studying?
(どんな研究をしているのか、教えてください)
I am studying carbon sequestration by mineral carbonation (*). In the experiment in 2009, my main motivation is not for carbon sequestration. But carbon sequestration is the one of the applications in the 2009 experiment.
* What's the "carbon sequestration by mineral carbonation" ?
Carbon, in the form of carbon dioxide can be removed from the atmosphere by chemical processes, and stored in stable carbonate mineral forms. The process involves reacting carbon dioxide with abundantly available metal oxides to form stable carbonates. (ref. Wikipedia)
This key process is mineral dissolution and carbonate precipitation. In the 2009 experiment, my research is related to the dissolution process. And it is difficult to measure the very slow dissolution rate without Tsukamoto's machine. Then this time, my experiment is related to the precipitation process. I'll measure the precipitation rate of magnesite (MgCO3) with Tsukamoto's machine.
私は「炭素隔離」(もしくは、二酸化炭素回収貯留(Carbon Capture and Storage:CCS))の研究を行なっています。2009年の実験は、別の目的で行いましたが、炭素隔離の研究は2009年に行った研究の応用事例の一つです。
炭素隔離とは、大気中の二酸化炭素を化学反応によって回収し、炭酸マグネシウム(MgCO3)などの安定な炭酸塩鉱物として貯蔵しようというものです。この反応は、オリビンなどの鉱物から目的のイオンを抽出する溶解のプロセスと、それらが二酸化炭素と反応し、炭酸塩が晶出する析出のプロセスからなります。
私の2009年の実験は、このうち鉱物の溶解プロセスに関係します。この大変遅い溶解速度は、塚本研の装置なしに測ることはできません。そして今回の実験では、析出のプロセスに関する測定を行います。二酸化炭素をマグネサイト(MgCO3)という安定な鉱物に固定化する際の析出速度は大変遅いため、それを塚本研の装置で測るのです。
※研究内容の詳細については、【研究ピックアップ】をご覧ください。
―What is the reason why you came to Tsukamoto laboratory ?
(塚本研究室に来た理由は何ですか?)
My main purpose is to use the unique machine (phase shift interferometer : PSI) of Tsukamoto lab for my research. And the lab members are very helpful and kind with the machine.
世界で塚本研究室にしかない装置(位相シフト干渉計:以下PSI)を使うために来ました。研究室のメンバーはとても親切で、装置の使い方や実験の議論に協力してくれます。
―Why do you use the Tsukamoto's PSI, not other machines ?
(他の装置でなく塚本研の装置を使いたい理由は何ですか?)
The first, I need to measure very slow growth and dissolution rates. Tsukamoto's PSI is the very good equipment for it. There are alternative methods, for example AFM (Atomic Force Microscope). But AFM is unstable for the long time observations under high-temperature environment. So this is the second reason to choose Tsukamoto's PSI for my research.
まず一つ目は、私はある結晶が成長したり溶解する過程を詳しく知りたいのですが、溶液中にほんの僅かしか溶けない結晶の極めて遅い成長速度と溶解速度を短時間で測れる良い装置は、塚本研の位相シフト干渉計しかないことが一番の理由です。
ほかにも例えば、代替手段として「AFM」(原子間力顕微鏡:走査型プローブ顕微鏡の一種)を使う手もありますが、私の研究は高温環境で長時間観測する必要があるため、高温下で測定が不安定化するATMは適用できません。それが塚本研の干渉計を選んだ二つ目の理由です。
―How many times have you visited this laboratory for your research ?
(これまで何回、塚本研究室に共同研究で来ていますか?)
This is the third time. I came twice in 2009. I visit again for different experiment. This is like a follow-up experiment when I did last time. 今回は3回目で、前回は2009年に2回来ました。今回再び訪れたのは別の実験のためですが、2009年に行った実験から発展した研究を続けています。
―Then, what is Tsukamoto lab's attraction in one word ?
(では、塚本研の魅力を一言で言うと?)
Cool machines!!
すばらしい装置!
―Could you give me message for Prof.Tsukamoto ?
(最後に、塚本教授へのメッセージをお願いします)
I greatly appreciate this environment. For example, in other laboratory, it is difficult to use the very precious machine by visitors. But in this laboratory, I can use such kind of machines. Thank you !
このような貴重な装置を自由に使わせてくれる塚本研究室の環境に、心から感謝しています。どうもありがとう。
―Thank you very much.
【写真】中央:ヘレン・キングさん、右:三浦均助教(インタープリター協力)、左:大草芳江(インタビュアー)。=東北大学塚本研究室にて。
【研究ピックアップ】
「結晶の成長速度を高精度に測定できる、
世界でここにしかない装置を求めて」
Dr. Helen E. Kingさん(ドイツ・ミュンスター大学)
■大気中の二酸化炭素を鉱物として貯蔵
―研究内容について詳しく教えてください。
私は、大気中の二酸化炭素を鉱物として閉じ込めようという「カーボン・シークエストレーション(炭素隔離)」の研究をしています。
鉱物が水に溶けると、いろいろなイオンが水中に放出されますが(溶解:dissolution)、そのイオンと二酸化炭素が反応して別の鉱物として晶出することで(析出:precipitation)、大気中の二酸化炭素を貯蔵しようという研究です。
私が挑戦しているのは、オリビン(かんらん石)という鉱物が水に溶けてイオン化した後、それが大気中の二酸化炭素と反応して、マグネサイト(MgCO3)という安定した鉱物が新しくできる過程についてです。
まず私は2009年、塚本研究室の位相シフト干渉計(phase shift interferometer:PSI)を用いてオリビンの大変遅い溶解速度を測定することに成功しました。今回の実験では、マグネサイトの析出速度を測定するつもりです。マグネサイトの大変遅い結晶成長速度を測定するためには、塚本研の高精度なPSIが必要なのです。
■高精度な溶解速度測定で仮説を実験的に検証
―2009年の実験結果は、いかがでしたか?
[Fig.1] Previous work conducted on the phase-shift interferometer. Top: Secondary electron, scanning electron microscope image of a dissolved olivine grain with etch hillocks visible on the top surface of the grain. Bottom: Interference image of an olivine surface during the phase shift interferometry experiments.
実は、2009年の実験は、炭素隔離に直接関係していたわけでなく、結晶の形に関する研究をしていました。通常、結晶の表面は滑らかですが、溶けた経験を持つ天然のオリビンの結晶表面には、「humps」という山型の構造が見られます。この構造がなぜできるのか実験的に確かめることが、2009年の実験の主目的でした。
これまで仮説としては「結晶中に欠陥(defect)が存在する部分は反応性が大変高いため、溶けやすい。そのため欠陥がある部分は速く溶ける一方で、欠陥がない部分は溶けない。このせいで最終的には結晶表面が山型になる」と考えられていました。しかし、本当に欠陥部分が速く溶けているのかを、実験的に確かめた人はこれまでいません。それを私はきちんと実験的に測ろうと思ったのです。
私は欠陥に沿ったこの面を得て・・・と言いたいところですが、実は最初、全く異なる面を測ろうとしていて、たまたま偶然、この欠陥に沿った面を得られたのです(笑)。私は、このアクシデントを失敗と思わずチャンスと捉えて、この偶然得られた面が溶ける速度を測定しました。
その結果、昔の人が考えていた仮説通り、欠陥が走っている面は大変速く溶けることを、実験的に明らかにすることができました。ただし、結晶の溶解速度が「速い」と言っても、普通の干渉計では測るのが難しいくらい大変「遅い」のです。塚本研の高精度な干渉計がなければ、これほど高精度に溶解速度を測定し、この仮説を実験的に検証する成果には、つながらなかったでしょう。
■硫黄は炭素隔離を助けるか?
―今回と2009年の実験の関係性と、今回の実験に対するモチベーションを教えてください。
二酸化炭素という点で、今回の研究と関連があります。2009年に行った実験の主目的は二酸化炭素ではありませんでしたが、測定した溶解速度の応用例の一つとして、二酸化炭素の議論もしていました。
[Fig.2] Present research into the effect of sulphate on magnesite growth. Top: Atomic force microscopy of a growth hillock formed during growth in a sulphate rich solution. Bottom: Differential interference microscopy image showing change in etch pit shape during growth experiment in the phase shift interferometer indicating a direct interaction of sulphate with the magnesite surface, bright particles are gold.
今回の実験は、二酸化炭素を取り込む役割をするマグネサイト(MgCO3)という鉱物についての研究です。マグネサイトには、高温では成長し、低温では溶けるという性質があります。私はすでに低温で溶ける時の振舞いを、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)を用いて研究しました。AFMは高温では安定しませんが、低温ではある程度安定して使えます。
二酸化炭素を鉱物に取り込むプロセスは、基本的には地中で反応させますが、地中の水には二酸化炭素だけでなく、硫化水素など硫黄を含んだ成分も必ず入っています。硫黄が水溶液中にあると、マグネサイトが溶ける速度が遅くなることを、私はAFMを用いて明らかにしました。
カーボン・シークエストレーションの目的からすれば、二酸化炭素を閉じ込める役割をするマグネサイトが、硫黄のおかげで溶ける速度が遅くなることは、プラスの効果です。逆にマグネサイトがどんどん溶けてしまえば、二酸化炭素が開放されて困りますからね。これがAFMを用いて、すでに私が得た研究成果です。
そして今回、塚本研の干渉計で測定したいのが、高温でのマグネサイトの成長速度です。今回の実験で期待することは、成長速度を調べた時、もし硫黄があることで成長が速くなれば、カーボン・シークエストレーションの目的からすれば、嬉しい成果ですね。
つまり硫黄が水中に存在するおかげで、マグネサイトの溶解が遅くなり、もし成長も速くなるのであれば、マグネサイトがどんどん生成されて二酸化炭素固定化に良い環境をつくってくれるでしょう。以上のような理由で、マグネサイトの成長における硫黄の影響について、塚本研のPSIを使って明らかにしたいと考えています。
塚本研の魅力は、PSIを始めとする様々な実験装置と、その装置に関するテクニックです。世界に一台しかない大変貴重な装置を自由に使わせてくれる機会を与えてくれていることに、心から感謝しています。
―ありがとうございました。