取材・写真・文/大草芳江
2016年03月28日公開
観測と理論の両面で国際共同研究体制を強化
坂野井健
Takeshi sakanoi
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻、
付属惑星プラズマ・大気研究センター 准教授)
1967年栃木県宇都宮市生まれ、幼少より天文と自然に興味をもつ、1986年東北大学進学、1996年オーロラ観測のため南極越冬隊として昭和基地で約1年過ごす。帰国後、東北大学助手に就任。現在、同理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター准教授
頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.8)
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私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。
東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。
同プロジェクトのリーダーを務める坂野井健さん(東北大学准教授)に、2年間にわたる同プロジェクトの意義や得られた成果、今後の展望などについて伺いました。
※同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。
坂野井健さん(東北大学准教授)に聞く
―本プロジェクトの成果を、一言で表すと?
■順調に目標を達成、有意義な結果を得た
坂野井健さん(東北大学准教授)
本プロジェクトは、我々東北大学のグループで所有しているハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした観測と、その結果を普遍化していくための理論モデリングの両面での国際的な連携強化を目的に、若手研究者を海外派遣するものです(プロジェクトの紹介はこちら)。具体的には、2年半の研究期間に合計1年間以上、4名の若手研究者を海外に長期派遣することで、国際共同研究の発展や人的交流の強化、若手の人材育成等を行いました。結論から言えば、順調に目的を達成でき、非常に有意義な結果を得ることができました。
■世界的な観測最適地ハレアカラ山頂に望遠鏡拠点を構築
ハワイ・ハレアカラ山頂に移設された口径60cm惑星専用望遠鏡の前で
まず、3年前はハワイのハレアカラ観測所には十分な観測手段がありませんでしたが、派遣された鍵谷君と中川君の活躍もあって、今では口径60cmの望遠鏡がほぼトラブルなく順調にフル稼働しており、観測時間が足りなくなるほどです。この惑星専用望遠鏡をもとに、国内外の研究者から多くの利用問い合わせがありました。先方の観測装置を設置したり当方のデータを提供したりしながら、ハワイやフィンランド、国内では九州国際大学のグループと、共同研究を進めています。
■ハワイ大学との強固な共同研究体制を構築
ハワイ大学との「PLANETS」ミーティングのようす
特に本プロジェクトをきっかけに、観測分野でハワイ大学との強い連携が築かれました。現在、惑星・系外惑星専用望遠鏡「PLANETS」(口径1.8m)をハレアカラ山頂に設置するための定期的な会合を開いています。半年毎に関係者が一堂に会することで、現地へ赴くたびに仕事が進捗しますね。特に、大変特殊な最先端技術を使う主鏡の製造について、技術とコストの両面で検討が進み、最終的にはマウイ島のベンチャー企業が流体研磨するところまで目処がたったのも大きな成果でした。さらに約半年前からは、半年に1回の会合では足りないということで、週1回インターネット電話ミーティングも行うようになる等、非常に密な交流関係を築き、PLANETSの具現化に向けて着実に計画を進めています。
フランス国立科学研究センター大気環境宇宙観測研究所( LATMOS )に派遣された寺田直樹准教授と共同研究を行った Leblanc博士
モデリング分野も、フランスの大気環境宇宙観測研究所(LATMOS)とドイツのマックスプランク太陽系研究所(MPS)のチームと共同研究を行い、派遣された寺田君と黒田君の得意分野である惑星大気シミュレーションの研究も順調に進んでいます。また人的交流も進み、こちらから研究者を派遣するだけでなく連携先の研究者も来日して、情報交換やセミナーの開催等により相互理解を深め、次の研究にむけた検討も進めています。
NASAの火星探査機「MAVEN」(c)NASA
具体的には2014年9月、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査機「MAVEN(メイブン)」が火星周回軌道投入に成功し、これまでにない全く新しい火星大気の観測が始まりました。火星大気の下層から宇宙空間まで上下にわたる広範囲で最新成果が出始め、世界的に大変注目されています。このような流れを見越して、理論サイドから情報を提供できつつありますので、その意味でもタイムリーな結果を出せたと思います。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」も2015年12月、金星周回軌道投入に成功し、2016年2月頃から本格観測が始まります。我々も「あかつき」のメンバーとして、金星のデータ解析と理論の両面で重要な貢献できると思います。
自前の観測手段を持つ意味
―特に本プロジェクトを通じて新しく切り拓けた点とは?
ハワイ・ハレアカラ山頂に開設した惑星観測基地
我々の研究の武器となる自前の観測手段を持つことは、言うは易く行うは難し、科学だけではなく建築や人的交流、経験など総合的な積み重ねが必要とされるもので、本プロジェクトで非常に進展したポイントだと思います。今や外国の衛星データも半年から一年経てば全世界に公開され、研究者は誰でも利用することができます。もちろんそれでも研究はできますが、小口径ながら自前の観測手段を持つことで、研究の発想も豊かになりますし、時間的に連続なモニタリングデータの取得という他にはないユニークな観測が可能となります。また観測技術も使わなければ廃れますので、若手人材育成や技術継承の面からも良かったと思います。それはモデリング分野も同じです。モデリングは高度な技術を要し、かつ簡単に陳腐化するものですから、観測もモデリングも内輪で閉じるのでなく、海外のトップクラスの研究機関と蜜に交流しながら研究を進めていくことが重要でしょう。それが今回、実現できて良かったと思います。
一方、もちろん研究の観点からは、口径60cm望遠鏡で決して満足しているわけではなく、より優れた装置が欲しいわけです。しかし急に我々が「大きな装置を欲しい」と言っても、技術的にも経験的にも身の丈にそぐわないものになりかねまません。名実ともに将来に向けて大きな計画を達成するために今は科学力・技術力・プロジェクト実行力のいずれも身につける必要があります。その意味では、口径60cm望遠鏡で完結する話ではなく、将来的な目標の過程のひとつと捉えています。
■タイムリーな惑星研究
火星 (c)NASA
木星のオーロラ (c)NASA
ちょうど今は惑星研究にタイムリーな時期です。先述のJAXAの金星探査機「あかつき」やNASAの最新火星探査機「MAVEN」のほかにも、我が国の探査機計画では、これから新しい火星衛星サンプルリターン探査機計画が走りはじめています。その探査機は大気やプラズマのみならず固体地質等すべて含む、分野横断的な取み組みになるでしょう。さらに2016年には、NASAの木星探査機「Juno(ジュノー)」が初めて木星衛星軌道へ投入されます。今後、木星オーロラや電磁波、木星の衛星イオの火山活動等、詳細な探査機観測が始まるため、我々はそれらに向かって地上からの連続観測を実施しようとしています。その後も、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とJAXAが共同で打ち上げる木星氷衛星探査機「JUICE(ジュース)」(2030年木星到着予定)や水星探査計画「ベピ・コロンボ」等、これまで努力して蓄積してきたものの成果が出続ける状況にあります。それら探査機計画に合わせて、地上観測は60cm望遠鏡が稼働できましたし、PLANETSも整備していきます。
観測とモデリングの統合したアプローチ
―今後の抱負についてお聞かせください。
各プロジェクトに関しては、4名の若手研究者による研究がそれぞれ深化し具体的な成果も挙がりました。その一方、「観測とモデリングの統合したアプローチ」という点に関しては、今後取り組むべき課題です。
―「観測とモデリングの統合したアプローチ」の特にどんな点が難しいのですか?
本質的な問題になりますが、本来は三次元上の空間のそれぞれの地点で温度や圧力、磁場や電磁等、その場その場の物理プロセスがあります。それを支配する物理法則を知ることを我々は目指していますが、そのためには物理法則を定式化できればより「そこでの物理過程を理解した」と納得することができます。
光学リモートセンシング観測
ところが、地上といった遠くから惑星を観測する「リモートセンシング」の場合の多くは、特に光による観測では、そのような三次元空間の電場や磁場、温度や圧力といった、物理パラメータそのものが直接わかるわけではなく、その発光を見るわけです。つまり、まず「物理パラメータが光に変換される」という発光過程が入ることと、その発光量は三次元空間でわかるのではなく「見ている方向に重なった積分量(視線方向積分)の二次元画像」として見ています。
モデリング・シミュレーション
一方でモデリングは多くの場合、本質的に三次元空間に加えて時間の変化も含まれるため四次元と言ってよいのですが、その意味では、リモートセンシングで得られる観測量とは、性質が異なるわけです。特に、物理法則を成立させる圧力や温度等のパラメータがわかりますここで、シミュレーション結果とリモートセンシング観測と照らし合わせようとすると、パラメータの質の違いや空間分解能、時間分解能といった、物理プロセスを理解するのに必要な情報が、必ずしも一致しないため、単純には比較できないことが多いのです。このため、観測とシミュレーションとの比較研究で十分な結果を出すためには、相当の時間と戦略性が必要です。
■探査機との連携が鍵に
今後に向けて科学的にも人的交流的にも次のステップを広がるためには、先述の探査機との連携がキーになると思います。探査機は、惑星系に突入してその場の物理パラメータの詳細な値が得られますが、その一方で、地上観測で行えるようなグローバルな全体像を捉えるのは難しいのです。そこで、お互いの長所を相補的に活かした、探査と地上リモートセンシングの比較が非常に重要になります。また、探査機データはその場の物理パラメータを観測するので、モデリングとの比較もしやすいわけです。ですからタイミング的にも良いとお話した探査機計画をチャンスと捉え、探査機データも有効的に活用することで、観測とモデリングの統合的なアプローチという目標を果たしていきたいと考えています。
―坂野井さん、ありがとうございました。