取材・写真・文/大草芳江
2016年03月16日公開
国際連携のもと、惑星大気の行方を探る
寺田 直樹 Naoki TERADA
(東北大学大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻 准教授 )
1973年大阪市出身。京都大学大学院理学研究科にて博士号(理学)を取得。名古屋大学太陽地球環境研究所研究機関研究員、日本学術振興会PD特別研究員、科学技術振興機構CREST研究員を経て、現在、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻・太陽惑星空間物理学講座准教授。研究テーマは、惑星プラズマ物理学、惑星大気の宇宙散逸、惑星圏数値シミュレーション。
頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」 × 「宮城の新聞」コラボレーション連載企画 (Vol.6)
私たちの太陽系には、かつて水があったと考えられる寒冷な火星や、強力な磁場を持つ巨大な木星など、多種多様な惑星の大気環境があります。なぜ、同じ太陽をエネルギー供給源とするにもかかわらず、このような違いが生じるのでしょうか。
東北大学の国際プロジェクト「ハワイ惑星専用望遠鏡群を核とした惑星プラズマ・大気変動研究の国際連携強化」では、これら太陽系惑星の多様な大気環境そのものを、現在の地球のみでは実現できない「極端環境の実験場」ととらえ、太陽と惑星大気環境の因果関係を、観測と理論の両輪で調べることで、過去・現在・未来の惑星大気環境を統合的に理解することを目指しています。
この研究を国際連携で進めるために、数値シミュレーションを用いた惑星大気の宇宙空間への流出と進化の理論的研究が専門の寺田直樹さん(東北大学准教授)が、世界的な理論研究を展開していることで有名なフランス大気環境宇宙観測研究所(LATMOS)に長期派遣されています。今回、フランスのパリ第6大学、及びパリより約30マイル西に位置するギュイヤンクールにあるLATMOSを訪問し、Francois Leblanc博士らのグループと寺田さんとの共同研究についてインタビューしました。
※同プロジェクトの広報物(WEB及び紙媒体)制作を弊社にて担当させていただいております。
寺田直樹さん(東北大学准教授)に聞く
惑星大気の進化や多様性が生じる原因を探る
【図1】火星大気が宇宙に流出する様子を数値シミュレーションで再現
―どのような研究をしているのですか?
太陽からは光や太陽風(超音速の荷電粒子の流れ)が常時吹き出しています。その影響を受けて、惑星の大気は宇宙空間に剥ぎ取られ、絶えず流出しています(大気の流出現象)。その結果、惑星の大気がどのように変化してきたかを調べることを我々の研究目標としています。
―なぜ惑星大気の変化を調べたいのですか?
惑星がどのように進化したのか、生命がどのように生まれてきたのか、我々がなぜここにいるのか。それらを理解する上で、惑星の大気の流出と、それにより駆動される惑星の環境変化は重要な鍵です。もともと私の研究は宇宙空間の荷電粒子から始まったため、特に惑星間空間を流れる太陽風が惑星の大気に与える影響に興味があります。
―どのような方法で調べるのですか?
大きく分けて3つの方法があります。ひとつ目は、探査機による観測です。2つ目は、地上からの望遠鏡による観測です。そして3つ目が数値シミュレーションです。どの方法にも良い点と悪い点があり、どれかひとつの方法だけで調べることは難しいため、補い合いながら研究を進めます。私の専門は数値シミュレーションですが、今回のように、LATMOSなどと連携し、観測データと比較しながら研究を進めています。
研究手法としての数値シミュレーション
―寺田さんが研究で用いる数値シミュレーションは、どのようなものですか?
私が扱う数値シミュレーションでは、調べたい物理系に対応する方程式に、境界条件と初期条件を与え、多数の格子点上で多数の方程式を満たす解をコンピュータに求めさせることを行います。非線形効果など複雑な現象を含めて研究するには、人間の頭と手で行う解析的方法のみでは限界があるため、数値シミュレーションで研究するのです。
―寺田さんの研究では、どのような方程式を使っているのですか?
太陽風が大気に与える影響を調べるために、電磁場の振舞いを記述する基礎方程式であるマクスウェル方程式と荷電粒子の運動方程式、さらにこの二つの方程式を基本として導出される基礎方程式「磁気流体力学方程式」を使います。今は磁気流体力学方程式を使うことが多いですが、近似が少ないバージョンとして、マクスウェル方程式や荷電粒子の運動方程式も状況に応じて使い分けます。
―数値シミュレーションの良い面と悪い面とは?
数値シミュレーションの良い面は、解析解が得られないような複雑な方程式も、空間的・時間的に数値解が求められるため、全体像の把握が可能な点です。一方で悪い面は、誤差の部分や、初期条件や境界条件が必ずしも現実と合っていない部分が入る点です。
―悪い面はどのようにして補うのですか?
現実と合っているかどうか、観測データと比較して確認することが多いです。一方で観測の場合、限られた部分では観測誤差を除いてもっともらしい情報が得られますが、その一点しか見えない場合が多いのです。例えば、探査機の直接観測の場合も探査機がいる場所しか測れませんし、光学観測も多くの場合、酸素や水素の分布といった特定の物理量しか測ることができません。反対に、数値シミュレーションでは全てひとまとめに計算できて全体が把握できるため、観測と相互に補完しながら全体を理解することがシミュレーションの役割です。
火星の水はどこへ逃げた?
―寺田さんの研究ターゲットは何ですか?
【図2】地球と火星
今は主に火星を研究しています。火星は地球や金星と比べて小さい分、重力が小さく、かつ磁場を持たないため、太陽風が直接大気に影響し、大気が剥ぎ取られやすい惑星です。一方、水星ともなると、太陽に近過ぎるため、太陽からの影響が強過ぎて、すべての大気を完全に失っています。現在進行形でなければ現象が見えづらいため、太陽風の影響を受けやすく、かつ大気の剥ぎ取り過程が現在進行形で起こっている惑星として、火星が最適なターゲットなのです。
【図3】火星の水の流れの痕跡(提供:ESA/DLR/FU Berlin (G. Neukum))
実際に、火星大気中に存在する酸素が1億年間ですべて失われるほど、大気が宇宙空間に失われていることが探査機によって直接捉えられています。さらに探査機による地形解析や水和鉱物の観測等によって、火星には、その初期(約30~40億年前)に大量の液体状態の水を湛えた時期があったことが明らかになりました。しかし、その温暖な気候を保持していた温室効果ガスと水がどこへ消えたかは未だよくわかっていません。この劇的な環境変化を引き起こした要因の候補として、宇宙空間への大気の流出が注目されています。その意味でも、火星が一番おもしろいですね。
現在のみならず過去へ遡る
―今はどんなことまで明らかになっているのですか?
まず、太陽に似た異なる年代の若い恒星を観測的に調べることで、太陽は昔どれくらいの光を放っていたかがわかっています。一般に「昔の太陽は暗かった」と言われ、確かに可視光域では現在より20~30%ほど暗かったと考えられます。一方、太陽風や紫外線領域の短波長の光は、現在より約100~1,000倍も強かったことがわかっています。惑星大気を剥ぎ取る原因である太陽風や紫外放射が昔強かったことは、昔は惑星の大気がより剥ぎ取られていたことを意味します。
現在、どれくらいの大気が流出しているかは、探査機観測で明らかになりつつあります。そのため今の研究の焦点は、太陽の活動がより激しかった過去、惑星の大気がどれくらい流出していたか、現在のみならず過去に遡り明らかにしようというのが世界的な動きです。火星探査機もまた、現在のみならず過去の水がどうだったかを調べようという方向です。
しかし、現在の観測のみでは現在しかわかりません。そこで、現在の観測結果を踏まえ過去を調べる道具として活躍するのが、数値シミュレーションです。そこで私は、数値シミュレーションで過去にまで遡れるような精巧なモデルをつくっています。
―寺田さんは、どのようなモデルを開発したのですか?
【図 4】磁気圏モデル(金星・火星大気の現在の少量宇宙流出)
私が開発したのは、磁気圏モデルです。主に「電磁ハイブリッド(粒子イオンと流体電子の混成)シミュレーション」と「磁気流体力学シミュレーション」の2種類を世界に先駆けて開発し、惑星大気が太陽風の影響によって、どのような物理機構により、どのような経路で宇宙空間に流出するかを理論的なアプローチで明らかにしてきました。
―そのモデルを使って、どのようなことがわかりましたか?
数年前、火星で過去どれくらいの水が失われてきたかを磁気流体力学シミュレーションで見積もりました。その結果、初期火星から最大70メートル深さの水が失われたことが、私の計算から得られました。
領域間結合モデルの開発
【図 5】NASAの火星探査機「MAVEN」(提供:NASA)
さらに最近は、超高層大気だけを調べるのでは不十分なことがわかってきました。NASA(アメリカ航空宇宙局)の「MAVEN(メイブン)」等の火星探査機による観測結果から、下層大気から来る擾乱(大気波動)が超高層大気や宇宙空間に影響を及ぼしていることが示されています。そこで最近は、超高層大気から下層大気までを結合させたモデル開発が研究テーマになっています。このモデル結合でLATMOSは世界的に先行しているため、我々はコラボレーションしています。
―結合モデルとはどのようなものですか?
東北大学が現在もっている領域毎の複数のモデルは世界トップレベルで、上空の磁気圏から下層の大気圏までをカバーしていますが、これまで別々のモデルに分かれていました。太陽風と惑星大気の相互作用を解く磁気圏モデルは、私が持っています。また、高度130キロメートルよりも上層の希薄大気でまさに宇宙空間に大気が逃げようとしている領域を解く「外圏モデル」を寺田香織さん(寺田さんの奥さま)。地表から大気全体を解く「大気大循環モデル」を黒田剛志さん(インタビューはこちらとこちら)が持っています。
私は火星について、数年前は水が失われた量を調べていましたが、今は下層から超高層大気をつなぎ、かつ温室効果ガスである二酸化炭素の宇宙空間への流出量を、結合モデルを使って調べようとしています。
【図6】東北大学が有する惑星大気変動の領域モデル群(右)と開発中の結合モデル(左)
―各領域では何が異なるために、モデル結合が難しいのですか?
磁気圏モデルでは、電離大気のイオンとエレクトロンを扱います。大気大循環モデルと外圏モデルを分けるのは、流体近似が使えるかどうかです。大気の粒子の衝突がたくさんあれば流体とみなすことができますが、上方に行くと大気が希薄過ぎるため、流体としてではなく粒子として取り扱うのが外圏領域です。それぞれ物理量の表現方法が異なるために専門家が異なり、専門家同士の意思疎通を必要とするので、モデル結合は難しいのです。
LATMOSとの国際共同開発
―コラボレーションに値する、LATMOSと東北大学それぞれにユニークな点は何ですか?
【図7】LATMOSの結合モデル
LATMOSのモデルは比較的実用的です。実際にMAVENの観測データと比較しており、次のステップへ進んでいます。一方で東北大学のモデルは、自分たちで言うのも何ですが、精巧で緻密なモデルなので(寺田さんの磁気圏モデルは、世界で最も高い精度・分解能を達成している)、より詳しく物理機構を調べたい時に貢献しています。
―LATMOSとのコラボレーションによって、寺田さんが得られたことは何ですか?
彼らから学ぶことはとても多く、その研究体制や研究に対する姿勢などからも度々感銘を受けています。特に、衛星データとの比較や、"集中と選択"の考え方が勉強になります。彼らは、「スパッタリング」(大気の叩き出し:宇宙空間で加速されたイオンが大気に突入する時、大気が局所的に加熱されることでエネルギーを得て、大気が流出する現象のこと)という物理過程を軸に研究を展開することを長年続けています。得意とする物理過程を軸にすることで少人数ながら大変効率的な研究が可能となっており、中軸を持つことの大切さを学ぶことができました。
―研究の中軸に置くほど「スパッタリング」は大事な物理過程と推察されますが、それが競合優位性を持つということは、他機関では扱われていないのですか?もしそうならば、その理由は何ですか?
LATMOSの他ではひとつの研究機関だけで、他で行われていない理由は難しいからです。スパッタリングでは、磁気圏で粒子が加速される磁気圏側のプロセスも、大気がぶつかり加熱する大気側のプロセスも両方わかる必要があります。しかし、磁気圏側と大気側でイオンと中性大気の両方を知る必要があるため、普通はそこで専門が分かれてしまうのですが、それをうまくつないでいるのがLATMOSです。衛星データと比較する時もスパッタリングを中軸に拡げていける強みがありますし、対象も火星のみならず水星や木星のガリレオ衛星などまで幅広く、さらに手法についても望遠鏡による地上観測から探査機用の観測機開発まで、中軸があるからこそ発散せず幅広く研究できていると思います。
―LATMOSのFrancois Leblancさんとの共同研究からは、何を感じましたか?
【写真1】LATMOSのLeblancさんと熱心に議論を交わす寺田さん
Leblancさんはスーパーマンだと思います(笑)。Leblancさんは研究はもちろんのこと人間的にも素晴らしい人です。火星超高層大気研究の世界的権威なのに、どんな人にも優しくできる紳士で、私はかるく凹みます(笑)。研究もスーパーでかつ人間的にも素晴らしいからこそ、国際的に活躍できるのだと勉強になりました。
彼らの研究への姿勢も非常にストイックです。パリジャンと言えば話し好きでランチも2時間かけてゆっくり・・・というのが私の以前のイメージでした。しかし彼らは、朝一番から黙々と仕事を続け、ランチもサンドイッチをかじりながら仕事を続け、休憩無しで夕方に突入します。本当にタフだと思います(笑)。夕方になるとさすがに疲れてきて雑談を始めるのですが、その雑談の内容は火星かシミュレーションがほとんどです。研究が本当に好きなんだなあと感心すると同時に、火星好きでありシミュレーション好きである私は、同じ空間をシェアできる幸せを感じています。
より普遍的な大気進化の解明へ
―今後の抱負について、お聞かせください。
本プロジェクトのおかげで、自分の得意な中軸を持ち、そこから研究を展開する必要性を学びました。今後それを確立し、惑星の進化を火星のみならず様々な惑星で調べられるモデルを開発したいですね。それも太陽系のみならず太陽系外まで発展させ、より普遍的なモデルを開発することが目標です。さらには太陽系外のどんな条件の惑星に生命が存在する可能性が高くなるのか、その成立条件の理解を目指したいですね。中軸を持ちながら、これからも自分がおもしろいと思うことを追求し続けたいです。
共同研究者のFrancois Leblanc博士(LATMOS)に聞く
―寺田さんとは以前より共同研究を行っていたそうですが、特にこの2年間は合計1年間以上、寺田さんがLATMOSに派遣され、より密な交流が行われたと思います。その率直な感想と、今回のコラボレーションによって何を得ることができたか、教えてください。
【写真2】寺田さんと数値シミュレーション結果について議論するLeblancさん
我々と寺田さんは同じ目的を共有していますが、アプローチする方法はたくさんあり、それを相補的に補い合えることが良かったです。例えば、寺田さんが得意な波動のことを、私はよく知らないので、お互いに相手が持っていないものを用いて議論できることが大変魅力的でした。それによって新しい様々なアイディアや戦略が生まれるため、異なるグループで議論することはとても大切です。このような機会に感謝しています。
―寺田さん、Leblancさん、ありがとうございました。
フォトギャラリー
LATMOSのパリサイトが入るパリ第6大学は、パリ中央の南東側(ノートルダム大聖堂やルーブル美術館などの近く)に位置する。パリ第6大学には理学・工学・医学で構成され、ノーベル物理学賞受賞者であるキューリ夫婦の出身校であることから、別名「ピエールエマリーキュリー大学」という。LATMOSは写真右側の建物4階にある。
この日のランチはパリ第6大学の職員用食堂で。ランチ中もずっと研究に関する熱心な議論が続き、気づけば2時間があっという間に経過していた。ちなみにフランスではランチもコースで、メインディッシュで私はウサギ料理に初挑戦。
ランチ後は、パリ中心部より約30マイル西に位置するギュイヤンクール(ヴェルサイユ宮殿の近く)まで列車で1時間ほど移動し、LATMOSのもうひとつの研究開発拠点をLeblancさんからご案内いただいた。
ギュイヤンクールサイトでは、火星探査ミッションなど、これまでLATMOSが携わってきた数々のプロジェクトについて、多数の模型やポスターなどが展示されていた。
火星や水星、木星衛星のモデリング以外にも、粒子計測器開発、衛星光学観測、地上光学観測など多岐にわたって活躍するLeblancさんたちのグループから、現在開発中の探査機搭載用観測機器について、説明を受ける寺田さん。熱心な議論を重ねながら、観測と理論を統合した研究アプローチを国際連携のもと目指していく。
ギュイヤンクールのサイトにはLATMOS以外にも様々な研究機関が入り、研究施設や設備を共有しながら日々研究を行っているそうである。
パリ第6大学の事務・管理棟上階から眺めるパリ市内。Leblancさんと寺田さんには、ご多用のところ、取材に2日間ご協力いただきました。誠にありがとうございました。