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普遍的な自然界の法則を追い求めて/山本均さん(東北大学教授)に聞く

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山本 均さん(東北大学大学院理学研究科 教授)に聞く:普遍的な自然界の法則を追い求めて 取材・写真・文/大草芳江

2015年12月17日公開

普遍的な自然界の法則を追い求めて
~素粒子物理学の新時代を牽引するILC~

山本 均 HITOSHI YAMAMOTO
(東北大学大学院理学研究科 教授)

1955年大阪市出身。東北大学大学院理学研究科教授。1978年、京都大学理学部卒業後、1985年、カリフォルニア工科大学大学院にて博士号取得。シカゴ大学エンリコ・フェルミ研究所研究員を経てハーバード大学助教授および准教授、ハワイ大学教授を経て現在、東北大学教授。博士論文研究としてスタンフォード線形加速器センターの電子陽電子衝突器でチャーム粒子を研究した後、フェルミ国立研究所でK中間子によるCPの破れの研究をおこなう。その後は、高エネルギー加速器研究機構のB-ファクトリー実験に携わると共に、国際リニアコライダーを推進。国際リニアコライダーでは、物理と測定器の国際研究組織(WWS)の共同議長、国際実験計画組織(RD)のアジア代表を歴任、現在リニアコライダー・コラボレーションの物理測定器担当ディレクターを務める。

東北ILC推進協議会×「宮城の新聞」コラボレーション連載企画

「時間も場所もスケールも関係なく全宇宙で成り立つ法則が、現実に
自然界に存在していることが、物理学のおもしろさ」と語る山本均さんは、
物質の最も基本的な構成要素である「素粒子」を研究する物理学者です。
宇宙誕生の謎に挑む素粒子物理学の最前線について、山本さんに聞きました。


山本 均さん(東北大学教授)に聞く


自然の奥深さに魅せられて

■自然界の法則を知りたい

―山本先生はどんなことがおもしろいと思って、研究をしているのですか?

 科学に興味を持ったのは、小学生の頃。鉄腕アトムの「お茶の水博士みたいになりたい」と思ったのが、最初ですね。でも今となっては、お茶の水博士より天馬博士になりたいな(笑)。お茶の水博士は科学技術庁長官で政治的権力もあるけど、天馬博士は世捨て人で、天才物理学者なんです。僕は、世捨て人の天才物理学者の方が好きですね(笑)。今は政治的なこともやらざるを得ない立場にあって、文科省に行ったり議員さんに会ったりしますけども、もともとそういうことが下手だから、物理分野に来たんですよ(笑)。最初は本当に物理がおもしろくて、自然界の奥深さに気づき始めたわけです。

―山本先生がおもしろいと思う、「自然の奥深さ」とは?

 物理法則を中学・高校で習いますよね。ものが落ちることをなぜそんなに難しく考えるのだろう?と思った人も多いと思います。実際に、その法則があると、単に「ものが落ちて・・・」だけでは説明できない、実際に、ものがどのように落ちてどれくらいの速度でいつ地面に当たるかが正確に予想できます。もしくは、他の方法では予測できないようなことも予測できることがあるのです。そこには物理の原理があります。

 ニュートンが、木からリンゴが落ちるのを見て、「万有引力の法則」を見つけた話を知っていますか?最初に聞いた時、ちょっとおかしいと思いませんでしたか?だって、重力でリンゴが落ちることくらい、誰だって知っていますよね。じゃあ、それを見てニュートンはなぜ大発見だと驚いたのか?実はニュートンは当時、惑星の運動を理解しようとしていました。太陽の周りを色々な惑星がぐるぐるまわっていて、太陽の周りに惑星を引っ張っている力があるはずだけど、それが何かがわからなかったのです。そしてリンゴが落ちるのを見た時、実は地球がリンゴを引っ張っていて、その「地球がリンゴを引っ張る力」が、「太陽が惑星を引っ張る力」と同じことに気づいたわけです。これは普通の人にはできないですね。単に、リンゴが重力に引かれているわけではなく、全世界で全宇宙で成り立つ法則がある。それが物理のおもしろさです。

 さらにそれを突き詰めて、素粒子(物質を構成する最小の粒子)の法則を見ていくと・・・。例えば、地球上で素粒子をぶつけて実験してみます。すると、素粒子にはいろいろな種類があって、どのように反応していくかがわかります。それは太陽の真ん中で起こっていることとも全く同じ法則だし、それからずっと時間を遡って、その同じはずである法則で、ビックバン直後も説明できるのです。時間にも場所にもスケール(大きさ)にもよらず、全く同じ法則が、この自然界を支配している。それを知りたいのですよ(笑)。

 それを知ることができれば、単にリンゴが落ちる速さを計算できるだけでなく、同じ法則で太陽の周りを惑星がどんな速さでまわるかも計算できちゃう。さらに驚くべきことは、「時間にも場所にもよらず物理法則は一緒である」ことを突き詰めていくと、「エネルギーの保存則」や「運動量の保存則」が理論的に出てきちゃうのです。全く関係ないようなものが、実は関係していて、片一方からもう片一方が出てくることが、現実の世界で起こっている。しかも、それが本当なんです(笑)。我々が勝手に想像しているわけではなく、自然界がそうなっているわけですよ。それが物理の一番おもしろいところです。


■物理学は理論と実験の両輪で発展

―時間も場所もスケールも関係なく全宇宙で成り立つ法則が、実際に、自然界に存在していること自体、よく考えると不思議ですね。それを実際に、人間が見つけられることも、不思議です。どうやって、そんな物理の法則を見つけるのですか?

 大きく分けて二つのアプローチがあります。ひとつは、そういうことを一生懸命考えてみる。例えば、ニュートンの古典力学を理解して、そこに「昨日も今日も法則が一緒」と数学的に入れてやると、「エネルギーは前後で一緒」が出てくる。これは理論家の仕事です。

 もう一つは実験屋の仕事です。歴史を遡ると、ガリレオが重いものと軽いものをピサの斜塔の上から落とし、実際に地面に落ちた時間が一緒、つまり、落下速度はものの重さによらないことを示したと言われますが、これが実験です。自然界を自分の制約の中に閉じ込め、その中で自然界のやりたいことをやらせることによって、自然界の法則を実験的に調べるアプローチです。

 理論と実験、両方のアプローチがどうしても必要です。そうでなければ、物理は数学になっちゃう。そもそも自己矛盾があれば理論としても存在しませんが、矛盾がなくとも、それが正しい自然界の法則であるとは限らない。理論としては存在するかもしれませんが、それが実際に我々の世界であるかどうかは、別の話です。それを埋めるには実験するしかありません。

―山本先生は、理論か実験かで言うと、実験屋さんですね。

 僕は実験屋ですが、理論は好きです(笑)。そこにおもしろさがありますからね。ただ、実験をして新しい見方や考え方が出てきたり、実証されたりする時はやっぱり非常に感激します。

―必ずしも先に理論があるとは限らず、実験によって、新しい見方や考え方が与えられることも、実際にあるのでしょうか?

 例えば、「クォーク(素粒子のグループのひとつで、物質を構成する基本的な要素)は、3種類ある」と言われていた時、4種類目のクォークが実験で見つかりました。すると、理論が実験結果に合わせて変化し、さらに統一性のある理論が出来上がりました。ただし、「その4種類目のクォークがあれば理論がうまくいく」という理論的考察はありました。

 これまで物理学は、理論と実験のやり取りで、お互いに影響しながら発展してきました。時には理論で全く予想しなかったことが実験で見つかったり、あるいは理論で予言されたものを実験で探して見つかったり。最近では「ヒッグス粒子」が後者の例ですね。その中で、先述のように、時間にも場所にもサイズにも関わらない、正しい法則が出てきている、ということです。


素粒子物理学の世界

■小林・益川理論(2008年ノーベル物理学賞)を実験的に実証

―山本先生はどのような研究をしているのですか?

【図】つくばにあるKEK B ファクトリー。小林・益川理論を実証した。

 「電子・陽電子衝突型加速器」を使った実験です。「陽電子」とは電子の「反粒子」で、電子と同じ重さで、荷電が反対のsign(符号)を持っています。電子と陽電子を加速して衝突させると、反粒子と粒子ですから「対消滅」をして、そこから新しい粒子が出てくる可能性があります。現在、つくばにある高エネルギー加速器研究機構(KEK)に、世界最高強度の電子・陽電子衝突型加速器「Bファクトリー」があります。小林先生と益川先生が、「B中間子」という粒子を見れば、大きな粒子と反粒子の「非対称性」が見つかるはずだと理論的に予想し、その実証のためにBファクトリーはつくられました。実際に我々が実験してみると、理論通りに、大きな粒子と反粒子の非対称性が見つかり、小林・益川理論が実験的に実証され、その後まもなく両先生はノーベル物理学賞を受賞しました(2008年)。つまり、理論的な成果だけでなく、実験で実証されて初めてノーベル賞になったわけです。我々はノーベル賞を受賞しませんでしたが(笑)、小林・益川先生のノーベル受賞に貢献したのです。

―「大きな粒子と反粒子の非対称性が見つかる」と、どんなことがわかるのですか?

【図】粒子反粒子非対称性をあらわす三角形と小林・益川両先生。

 粒子と反粒子では、荷電の絶対値や質量は同じで符号が違います。例えば、我々の体中にある電子を全て反粒子である陽電子に変えて、その陽子の中にある「クォーク」を全て「反クォーク」に変えると、全てが反粒子になります。すると、反粒子の人間が反粒子のテーブルに座って、神経もすべて反粒子になるので、粒子の人間と同じように活動と思考ができるはずです。ところが、実は、物理法則ではそうではないことがわかっています。

 なぜかと言うと、我々の宇宙はほとんどが粒子で、反粒子はほとんどありません。ところが、「宇宙はビックバンによって無から生じた」と仮定すると色々なことが説明できるので、その理論が正しいとすると(我々はその理論を正しいと思っています)、無から生まれる時、粒子と反粒子が「対生成」されます。すると、最後の最後まで粒子と反粒子の数は、いくら対生成しても同じはずですね。そして、どんどん粒子と反粒子が対消滅していくと、最後には何もなくなってしまうはずです。ところが、"我々はいる"わけですよ。この宇宙はほとんど粒子ばかりでできていて、ほとんど反粒子はありません。ということは、どこかで粒子の方が多くなった、対消滅後に粒子が残っちゃったのです。

 それを説明しようとすると、物理法則自身に粒子と反粒子を"えこひいき"するところがないと、説明ができません。素粒子には「標準理論」という立派な理論がありますが、そこにすぽっと入ってしまう形で、その"えこひいき"の理論を提唱したのが、小林・益川先生です。それまでは、クォークの数が3種類しかわかっていませんでしたが、合計6種類、あと3種類あれば自然に粒子と反粒子の"えこひいき"が理論の中に入りますよと、小林・益川先生は提唱したのです。

 実際に、粒子と反粒子の非対称性は、「B中間子」よりもずっと軽い、B中間子の10分の1くらいの重さの「K中間子」で、1960年代に実験的に見つかっていました。粒子と反粒子の非対称性が、約0.1%のオーダーで見つかったのです。それを説明するために小林・益川先生は、「あと3種類あれば良い」という理論を提唱しました。そのすぐ後に4つ目が見つかって、その後、5つ目6つ目と見つかって。それで「ほとんど間違いない」というところで、とどめにBファクトリーで、小林・益川理論が予測した粒子・反粒子の大きな対称性を実証したわけです。どれくらいの大きさかと言うと、K中間子は約0.1%でしたが、B中間子は数十%のオーダーで大きな非対称性があるはずだと理論が予想していたのを実証したわけですね。

―その「%」はどんな意味ですか?「100%非対称性がある」と言ったりするものですか?

 B中間子は、飛びながら崩壊します。僕らの実験では、光の半分くらいの速度で飛んで、生まれてからだんだん崩壊していきます。その崩壊パターンを見ると、B中間子と反B中間子で崩壊の仕方が違うのです。B中間子と反B中間子は両方ともある同じ状態(J/Psi Ksという)に崩壊できるのですが、反B中間子は、崩壊の速さが最初なかなか落ちないでそのあと急にドーンと落ちてしまう。B中間子は、崩壊の速さが最初からドーンと落ちてしまう。その差がだいたい数十%あるということです。ですから崩壊の仕方を見て、粒子か反粒子かを判別できるわけですね。極端な場合、もしB中間子が崩壊するのに反B中間子は全く崩壊しないとすると、「100%非対称性がある」ということもできます。

 先述のK中間子の粒子・反粒子の非対称性の実験が、粒子と反粒子を実際にえこひいきしているのを、はっきりと示した初めての実験でした。そして我らがBファクトリーでは、K中間子よりはるかに大きな非対称性、しかも小林・益川理論の予測した通りの非対称性が見つかったのです。今日では、小林・益川理論は「標準理論」の一部として組み込まれ、標準理論は6種類のクォークからなる理論になっています。


■素粒子物理学の理論的枠組み「標準理論」

―そもそも「標準理論」とは何ですか?

 素粒子の理論には、他にも提案や仮説が色々ありますが、実験的にも実証されており我々素粒子物理学者が最も正しいと思っている理論が標準理論です。標準理論の中には色々な粒子(素粒子)があります。大きく分けて、物質の粒子と、それらを反応させる力の粒子(ゲージ粒子)から成ります。

 まず物質を構成する粒子として、「電子」とそれに対応する「電子ニュートリノ」、「μ(ミュー)粒子」とそれに対応する「μニュートリノ」、「τ(タウ)粒子」とそれに対応する「τニュートリノ」(レプトン族)。さらに先述のクォーク族が6種類あります。そして、これら物質の粒子の反応を司る、力の粒子「ゲージ粒子」が3種類あります。まず、量子電気力学の反応を司るのが「光子」。次に、先述のクォークや電子といった粒子間の「弱い相互作用」を司るのが「Z」や「W」と呼ばれる粒子。また、陽子や中性子は3個のクォークからできていますが、それらをまとめる力を媒介する粒子が「グルーオン」で「強い相互作用」と呼ばれています。グルーオンがたくさんクォークにまとわりついて、ひとつの固まりにしている、その固まりが陽子や中性子というわけです。

【図】素粒子の標準理論の世界(提供:東北大学 山本均教授)

 なぜゲージ粒子と呼ばれるかと言うと、「ゲージ原理」という原理があります。標準理論の中の対称性はたくさんあります。例えば、電子とニュートリノを入替え、ニュートリノを電子、電子をニュートリノと思っても、実際には理論が全く同じになる構造になるという対称性がありす。その時に電子とニュートリノの入替えを、「場所によって違うように入れ替えて、ここでは電子とニュートリノを入替え、ここでは入替えない。さらに時間によっても違うように入れ替えて、今日は入替えて昨日は入替えない」というようなことをしても、理論が全く同じになる理論をつくれます。それはゲージ粒子を導入して、電子やニュートリノなどに特別な反応をさせることでできます。そのような要求をしてやると、電子とニュートリノがゲージ粒子とどう反応するかは、ほとんど決まります。決まってしまうにも関わらず、その反応が自然界で実際に起こります。ですから、そのようなヘンテコな入替えをしても全く同じ理論になるというゲージ原理が、どうやら自然界の非常に重要な原理らしいのです。


■質量の源「ヒッグス粒子」

 このように物質を構成する最小単位には、物質の粒子があり、それらの反応を媒介する力の粒子であるゲージ粒子があり、その反応の仕方は、「ゲージ原理」で決まっています。ところが、ゲージ原理が成り立つには、全ての粒子の質量が0である必要があるんです。しかし僕らは、電子やクォーク、そしてニュートリノなどが質量を持つことを知っています。ですから、このままでは理論が役立ちません。そこで登場するのが、ヒッグス粒子です。ヒッグス粒子が存在して宇宙全体をびっしり"満たしている"と仮定し、その"満たしている"状態を我々が見たところ、"何も無い状態"に見えると仮定するのです。仏教でいう「色即是空、空即是色」、考え方としては全く同じです(笑)。そこらじゅう"満たされている"ということは"全く何も無い"ことと同じ、"何も無い"ということは"全てが満たされている"ことと同じ。そこに、質量の無い粒子を入れると、"何も無い"はずですが"満たしている"ヒッグスと反応して、力を加えた時に抵抗を受けます。その力を受けた時の"動きにくさ"が質量です。

 こうしてヒッグスで"満たされている"宇宙に埋め込んでやることで、もともと質量が無かった粒子が、ゲージ理論を壊さずに質量を得るわけです。この理論を最初に提唱したのはワインバーグやサラムらで、ノーベル物理学賞を1979年に受賞しています。そして、実際に実験と比べると、今のところ、全て合っています。ちょっと信じられないですよね。


ヒッグスが新時代の幕を開けた

■ヒッグス粒子の質量がおかしい

―それでは、標準理論で全ては説明できるのでしょうか?

【図】LHC加速器によるヒッグス粒子の発見(C)CERN


【図】スイス・ジュネーブ郊外にあるCERN研究所のLHC加速器外観イメージ

 ヒッグス粒子が2012年、スイス・ジュネーブ郊外にあるCERN研究所のLHC(Large Hadron Collider)加速器によって発見され、これで標準理論の中にあった全ての粒子は見つかりました。標準理論はよくできており、色々なことが計算できます。ヒッグス粒子は、先述の通り、他の粒子と反応することでその粒子に質量を与えます。そして、ヒッグス粒子は重い粒子ほど強く反応することになります。すると、ヒッグス粒子のまわりには特に重い粒子が強く反応して、その粒子の"雲"ができます。我々が見ていたヒッグス粒子は、雲を含めた全体です。その雲は必ずまとわりついて、ヒッグス粒子が飛ぶ時には、その雲もついてきます。電子も同じです。我々が見ている電子は裸の電子ではなく、その周りに光子の雲があり、電子が飛ぶ時には、光子の雲もついてきます。ですから電子の質量は、雲も含めた全体の質量です。

 ヒッグスの質量も、先述の色々な粒子の雲も含めた全体の質量であり、その雲の重さを標準理論で計算できます。ところが、ヒッグスにまとわりつく雲の質量を理論で計算すると、観測されたヒッグスの質量の約100兆倍(10の14乗)といった質量になってしまうのです。これは、毛皮のコートを着た人の全体の重さが100キログラムで、毛皮だけの重さを理論で計算してみると10兆トンになったというようなもので、どうもおかしい。

―どうして、ヒッグス粒子の質量がおかしいのでしょうか?

【図】ヒッグス夫人

 一つの考え方としては、裸のヒッグス粒子の重さが、実は大きな負の値を持っていて、それが測定されたヒッグス粒子の100兆倍の質量の雲をまとうと、約14桁キャンセルして、少しだけ正の雲の重さが残る、それが我々が見ているヒッグス粒子の質量であるという考え方です。しかし14桁も全く関係ないものがキャンセルするのは非常に考えにくいです。その矛盾から逃れるためのかなり乱暴な方法として、宇宙の数が10の 100乗個もあり、そこにヒッグスの裸の質量や他のパラメータが色々な値を持つ宇宙があるという考え方があります。その中で我々の宇宙では、たまたま14桁キャンセルしたために我々が存在している、つまり、我々の宇宙が非常に特別なんだ、という考え方です。


■超対称性理論

 もしくは、他の理論があります。標準理論が提唱された時も、頭の良い人はすぐ「このままだとヒッグス粒子の質量が変だ」と気づき、それを修正できる理論を提唱しています。その代表的なものが、「超対称性理論」です。超対称性理論とは、標準理論の粒子それぞれに対して"影の粒子"があり、影の粒子もヒッグスのまわりに雲をつくる、と考えます。影の粒子の雲の重さと、標準理論の雲の重さが少しキャンセルされるようにできているので、100兆倍にならずに、少しは残るけど、大したものは残らないというわけです。我々はまだ影の粒子はひとつも見つけていません。ひょっとしたら将来見つかるかもしれませんね。


■余剰次元理論

 もう一つ代表的な理論が、余剰次元理論です。今、我々の空間は三次元ですが、実は、三次元以上に次元があり、それがそれぞれ我々の空間に対して直角方向に少しだけ厚みがあると考えます。その厚みは非常に小さいので、我々には感知できません。ところが、ヒッグスのまわりの高エネルギーの雲は(エネルギーが高いということは波長が短いということなので)、短い波長は余剰次元に逃げていけるんです。すると、あまり重い雲にならず問題が解決される、というわけです。


■ヒッグス粒子が新しい素粒子物理学時代の幕を開けた

 超対称性理論も余剰次元理論も、その主な動機の一つは、ヒッグスの質量がおかしいことを解決することだったのです。実は、ヒッグス粒子の存在は、1960年代後半から予言されていました。ところが、少なくとも実験家にとっては、「理論家のぼやき」でしたので(笑)、あまり気にしていませんでした。ところが実際に見つかると、その問題を無視できなくなります。すると、先述の問題を調べることは、最も重要な課題になってきました。ヒッグス粒子は、いろいろな問題を抱えて、素粒子物理学の新しい幕を開けたのです。

―今のところ、どの理論が最も有力ですか?

 わかりません。CERN研究所のLHC加速器で解明されることが期待されましたが、今のところはまだ見えていません。LHCは今年6月末、エネルギーを約二倍に増やしヒッグス粒子に対する感度を上げて、ちょうどデータ解析が始まったところで、非常に期待しています。


■標準理論のもう一つの問題は暗黒物質

【図】二つの銀河団の衝突の様子。ピンク色はX線写真、青色は重力レンズによる質量の分布で暗黒物質だと考えられている。

 実は、標準理論の問題がもう一つあります。宇宙には「暗黒物質」があり、宇宙の質量の約8割が暗黒物質であることがわかっています。実際に観測から暗黒物質が「見えている」ものもあります。例えば、「重力レンズ」はご存じですか?光は重力で曲がるため、大きな質量があるところで、むこうから飛んでくる光が曲がります。例えば、むこうの銀河系がひしゃげて見えます。それを解析することで、質量の分布がわかります。有名な写真に、ハッブル望遠鏡とチャンドラX線衛星が撮影した二つの銀河集団の衝突があります。銀河集団が衝突したところでX線が出て、ぐしゃっと潰れているのが見えます。ちょうど、この衝突して潰れて通り過ぎた辺を重力レンズで見ると、元通りの大きな球形の質量がすかっと通り過ぎているのが見えるのです。

 ところが、標準理論の色々な粒子は、どうしてもぐしゃっとなって熱くなるのがほとんどで、その現象を説明できないのです。あるいは、ニュートリノはそうでないかもしれませんが、ニュートリノでは暗黒物質が説明できないことがわかっています。するとおそらく標準理論にない粒子が暗黒物質なのだろうと予測されます。自然にあるものはすべてある種の粒子であろうと考えますが、その粒子が標準理論にないのです。

 ところが、先ほどの超対称性理論や余剰次元理論には暗黒物質の候補があります。もしその候補ならば、おそらく次世代の加速器で生成できるはずだというところまではわかっています。ですから、ヒッグスの質量がおかしいことと、暗黒物質が説明できないこと。他にも色々ありますが、これらをこれから調べていく必要があるわけです。


■宇宙の謎を解明するのに、なぜ素粒子なのか

―そもそも宇宙の始まりを理解するのに、なぜ素粒子を研究するのですか?

【図】ビッグバンに始まる宇宙の歴史

 ビックバンが宇宙の始まりだと言われています。非常に高いエネルギーが、非常に小さな体積の中で生まれました。ではビッグバンの前はどうかは気になるけど、そういった質問は一応しないことにしていまして(笑)。わからないことはたくさんあって、考えても始まらないこともあるので、わかる可能性がないところはあまり真剣に考えません。少なくとも、そこで生まれてそこから始まったと仮定して、どうなるかを考えましょうということです。すると、非常に高いエネルギーの中で色々な粒子が生成されます。生成された粒子は、宇宙の膨張を経て、対消滅など様々な反応を繰り返しながら、今の宇宙に至るわけです。それを理解するには、どんな粒子が生成され、どんな反応が起こっていったかを知ることが必要不可欠です。ですから、この世に存在しうる全ての素粒子と、それらがどのような反応をするかを理解し、この宇宙の発展にはめ込んで、今の宇宙を説明することが究極の目標です。

 宇宙がどのようにして今の状態になったのか、我々はどこから来たのかは、その一番の根源となる、ありとあらゆる粒子が反応していた状態を理解する必要があります。それを理解するのが、素粒子物理学です。素粒子物理学では、標準理論が、我々が今知っている一番正しい理論です。しかしながら、ヒッグス粒子の問題も暗黒物質も標準理論だけでは説明できないのは明らかです。


素粒子の新時代を牽引するILC

■ILCでヒッグス粒子を精密に測る

 そこで、新しい素粒子物理学の時代を牽引する目的で考えられてきたのが、「国際リニアコライダー」(ILC)です。ヒッグス粒子は、超対称性理論や余剰次元理論でも非常に似た粒子がありますが、標準理論のヒッグス粒子とは少しだけ違うのです。ヒッグス粒子は、色々な粒子と反応しますから、色々な粒子に崩壊します。その崩壊の強さが標準理論から極僅かにずれてきます。そういった崩壊の分岐を、要するに色々な粒子と反応する強さを、非常に精密に測る必要があります。LHCもヒッグス粒子を発見した非常に素晴らしい実験で、これからLHCを高度化し究極のLHCでヒッグス粒子を精密に測ろうとしていますが、ILCは、大雑把に言ってその究極のLHCの約100個分に相当します。

【図】国際リニアコライダー(ILC)加速器。全長約30kmの直線状の加速器で電子と陽電子の衝突実験を行う。


■ILCで新粒子発見

 さらに新粒子の発見についてですが、LHCは陽子と陽子を衝突させるため、エネルギーとしては非常に高い所にいきます。そのため非常に重い粒子を直接見つける可能性はLHCの方が高いですが、その事象は非常に複雑です。例えば、一つの衝突で、数百個以上、一度に色々な粒子が出てきます。その中で、自分の欲しいものを見つける必要があるのですが、なかなか見たいものが見れない可能性があるのです。

 LHCには弟分(本当は年上なので兄貴分)の、ひとつ古くて一回り小さい加速器があります。米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立研究所の「テバトロン」です。陽子と反陽子を衝突させますが、LHCと要素が非常に似ています。テバトロンでもヒッグス粒子をずっと探してきましたが、結局見つけられず、ヒッグスの発見はLHCを待たなければなりませんでした。

 LHCで見つかったヒッグスの測定から、テバトロンでヒッグス粒子がどれくらい生成されていたかを計算できます。すると実は、テバトロンでも2万個のヒッグスが出ていたことがわかりました。実際にヒッグスが生成されていたのに見えなかった原因は、陽子と反陽子や、陽子と陽子の衝突が非常に複雑で、なかなか見たいものが見れないせいでした。テバトロン自身はトップクォーク等、新しい粒子を発見して非常に輝かしい成果を出しています。ところが、ヒッグスに関しては、LHCを待つ必要があったのです。

 LHCでは、実に約100万個のヒッグス粒子が生成されて、発見することができました。一方、ILCでは数十個のヒッグスがあれば見つかります。それはどういうことかというと、既にLHCでは何か新しい粒子が生成されているのに、それが見つかっていない可能性があるのです。ですから、ILCでは単にヒッグスの精密な測定ができるだけでなく新粒子の発見も期待できる、ヒッグスがその証拠だったわけですが、その新粒子はILCを待たなければ見つからない可能性もあります。ですから、ILCをつくりましょう、というわけです。

【図】LHCとILCの比較。LHCでは陽子(3クォーク+グルーオン)同士を衝突させるのに対して、ILCでは素粒子である電子と陽電子を衝突させるため、事象がクリーン(下部イラストは、測定器で見える衝突事象のようす)。そのため、ILCは約100基の高度化されたLHCが同時に走るのと同等の統計的パワーでヒッグス粒子を測定できる。


■ILCは国民の才能を伸ばす財産に

―そのILCの建設候補地が日本の北上山地ということですが、それは東北、そして日本にとって、どのような意味があるでしょうか?

 ILCは、次世代の加速器としてつくるべきものという国際的な合意のもとに、国際的に推進されてきた研究施設です。それが日本にできることで、これから数十年にわたって、日本が世界の素粒子物理学の中心になるでしょう。
 そんな国際研究施設が、ここ日本に、東北にある意味は大きいと思います。世界中から多くの研究者とその家族がやってきて、その地域で生活もすれば、地域と交流もします。すると、地域の国際性が非常に大きく発展するのは確かです。そのような国際研究施設がその地域にあることで、次世代の児童・生徒が大きく感化され、科学に興味を持つ可能性が十分にあるでしょう。それは日本にとって、その地域にとって、歴史的・文化的にも、国民が才能を伸ばす非常に大きな財産になると思います。

 さらに、ILCに必要な様々な技術は、様々な分野にとって最先端をさらに広げる必然性をもたらす機会ですので、技術的な発展が促進されるのも、非常に大きなメリットです。もちろん、それはホストする東北・日本は当然のこと、世界中にも当てはまるでしょう。

―世界中に候補地がある中で、日本の北上山地に決まった要因は?

 政府はまだILCを承認したわけではありませんが、少なくとも研究者による国際組織は、日本の北上のみを候補地とし、北上の特性や岩盤の状況などに対して設計を進めています。世界中に候補地がありましたが、ヨーロッパには究極のLHCにする目的があるので、ILCをホストする余裕はありません。米国は基礎科学が低迷しているため、ILCをホストするのは難しい状況にありました。そこで、日本に白羽の矢が立ち、日本の地形を調べると、北上が非常に適していることがわかりました。

―ILCはいつ頃できるのでしょうか?

 来年か再来年度頃までには、日本政府に何らかの方向性を示して欲しいと考えています。それと平行して、ILCは国際的な研究施設ですので、世界の国々から投資をしてもらわなければなりませんが、世界中で各国との準備の話し合いが進行中です。日本だけで決めれるものでないですが、少なくとも日本政府が、「国際的な合意を得られて日本が満足できるものなら、日本に誘致したいから話を始めましょう」と正式に表明することはできるのでは、と思っています。

―今後の抱負について、お聞かせいただけますでしょうか。

 僕の好きな物理のおもしろさを、より多くの若い人たちにも理解してもらって、未来につなげていくことは非常に重要なことです。ILC推進という意味では今が正念場ですので、とにかく全力を尽くしたいですね。


次世代へのメッセージ

■おもしろいと思うことに、ぜひ没頭して

―最後に、次世代を担う中高生へのメッセージをお願いします。

【図】東北大学素粒子実験研究室が担当した仙台年忘れ茶会にて。

 おもしろいと思うことを見つけて、没頭して欲しいですね。おもしろいと思って没頭している時ほど、様々な才能が成長することはないです。反対に、嫌々やっていることは、大体伸びないですね(笑)。それは科学かもしれないし音楽かもしれないし、他のことかもしれないですし、ものによっては親が良い顔をしないこともあるかもしれません。でも、没頭できることを見つけたら、あなたはものすごくラッキーです。それが何であれ、ぜひのめり込んでください。

―山本先生自身も、これまで色々なことに没頭してきましたか?

 おもしろいなと思って、2~3ヶ月他のことを犠牲にして没頭すると、結構力がつきます(笑)。小さな頃は、絵が好きでした。油絵も少し。あとピアノに没頭したこともあります。ブラームスのバラードやシューマンの夜想曲など。米国留学のために英語に没頭したこともあります。ハワイではサーフィンは下手でしたが、インラインスケートはいけましたよ(笑)。米国に行ってからは日本の文化に興味を持ち、日本の誇るべき文化として、茶道に我流で挑戦。日本に帰って来てからはきちんと入門して、今もせいぜい月1回くらいですが通っています。茶道は、ものをコントロールして、決められた順序をきちんと守れば、ちゃんとうまくいくようにできているんです。お点前の手順を間違えると、すぐ後に酷い目に会う(笑)。全く理論的にできているんですよ。非常に楽しいですね。

―おもしろいと思う心が、様々な才能を伸ばしていくのですね。山本先生、本日はありがとうございました。


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